ひねもすのたりにて

阿蘇に過ごす日々は良きかな。
旅の空の下にて過ごす日々もまた良きかな。

ジャール平原へ ービアラオを友にー 6

2023年08月05日 | ラオス2023
7月26日 シェーンクアン-ビエンチャン

シェーンクアン発の飛行機は、15:05なので、12:30に宿を出れば十分すぎる程間に合う。
余談だが、ハノイで一緒だったAさんは、ハノイ-ルアンパバンのチケットがラオス航空ということだった。
そのラオス航空のサイトに72時間前までにリコンファームが必要だとありました。
だから、ハノイの宿の近くにあるラオス航空の事務所でリコンファーム手続きをすると言っていた。
ところが今年発売の地球の歩き方の地図に載っていたその事務所は閉鎖していたそうで、
結局リコンファームはできなかったと嘆いていた。


ビエンチャンーシェーンクアンのプロペラ機。至極快適

私もラオエアのサイトでそのような一文を読んだような気もするが、無視することにした。
今時航空券のリコンファームなどあり得ないだろう。20年前の時代ではあるまいし、と。
もしそれでラオエアが何か言うようだったら、徹底的に文句を並べる(一部日本語で)つもりだったし、
99%それはないだろうという確信もあった。
で、思惑通りシェーンクアン便は往復とも何事もなく搭乗できたという顛末である。

閑話休題

朝食に出ると大通りに托鉢のお坊さん達がいる。
ルアンパバーンのそれとは坊さんの数も規模も比較にならない程少ないが、
ここがラオスだという事を改めて認識する。


朝の托鉢

食事は、ちょっとしたレストランで、モーニングセットの一番高いのを注文する。
目玉焼き、ハム、ウインナー、ベーコンそれにバゲットである。何故かコーヒーは別料金。
ハム好きの私ではあるが、ここのハムはちょっと頂けない、1枚残してしまった。


モーニングセット。こんな洒落たメニューもあるのです

12:30まではエアコン部屋でゆっくり過ごし、フロントに降りると、
オーナーが、4人一緒に送るので50,000でなく、40,000キープでいいと言って10,000キープ返却してきた。
迎えに来たのはなんとトクトクで、オーストラリア人夫妻のどでかい荷物を載せると4人やっと座れた。
もう1人は少し足の不自由な私と同年配くらいのドイツ人の男性で、
3人で楽しそうに歓談しながら乗っている。
「どこから来たんだ」という会話のお鉢が私に回ってきたので、
「日本からだけど、あなたたちは?」と言って、その後あまり英語は得意ではないと話しかけを断った。


シェーンクアン空港ターミナル(ターミナル?)。日本の我が家くらいの敷地か

空港に着くとまもなくチェックインカウンターが開いて搭乗券をもらう。
これを持ってイミグレーション窓口に行って、パスポートの確認と、搭乗券に確認のスタンプを貰う必要がある。
ドイツ人男性はどうやらラオエアではなく、墜落率ナンバーワンの評価のあるラオスカイエアらしい。

オーストラリア人夫妻はターミナル隣にあるカフェで昼食か。
しばらく後に帰ってきて隣の席に座ったので、「イミグレーションに行ったか?」と訊くと、
すかさずスマホを取り出して早打ちで何やら操作するとその画面を私に見せる。
翻訳アプリだったらしく、画面には、
「私たちは、イミグレーションに行く必要がありますか?」という日本語が表示されていた。
いやいや、いくら苦手でもそのくらいの英語は分かりますけどとは思ったが、思わず笑って、
「Yes you need,here is Laos」と言うと、2人は「Thank you」と笑ってイミグレーション窓口に向かった。


搭乗に向かう乗客

ビエンチャン行きプロペラ機

ドイツ人の老人と握手をして別れ、出発ロビーで待つこと30分程で搭乗開始。
登場後、席が埋まったからか、定時5分前にシェーンクアンを飛び立つ。
順調な飛行で、15:30にはビエンチャンに着き、国内線にあるタクシーカウンターでタクシーを確保。
バスだったら15,000キープだったのになぁと、未練タラタラで119,000キープ払ってホテルに着く。

ホテルは中庭にプールを配した、ニューチャンパブティックホテル。
水泳教室に通っていた孫なら、飛び込んで2掻きで向こうに着いてしまう程度の、ちょっと大きな水溜まりというところか。
ワットミーサイのすぐ裏にある、23日に泊まったホテルとの距離は300m位か。
まだ新しくて非常に快適な宿だが、朝食は別料金で3$というので、
好きなものを食べるためには、と断る。


プールという名の水溜まり

ホテルの室内

6時近くなって夕食に出る。
ホテルを出て右手に少し歩くと空港から来た車が通る一方通行の大通りに出る。
その通りを右方向に歩くと、ナンプ公園{噴水公園)に至るが、その手前にレストランがある。
名前は「コープチャイドゥ(コープチャイ=ありがとう)」と言って、
初めてラオスに来た20数年前から営業している老舗である。

何故コープチャイドゥなのか、この店では昔からビアラオの生を飲ませてくれるのだ。
多分今では多くの店で提供されるのだろうが、当時そんな洒落た店はなかった。
早速ビアラオ生の330mlの18,000キープを注文する。1Lだと30,000キープでお得なのだが、
1人で1Lだと飲んでいる間にビールが温まる可能性がある。
不経済だけど仕方がないといいつつ、結局3杯飲んで量は1Lになってしまった。


コープチャイドゥの店先。看板にはいろんな言語で「ありがとう」とある。もちろん日本語でも

肴はフレンチフライ、牛肉の細切りを炒めた皿。
その牛肉の60%くらいは脂身だったので、取り除くと半分程皿に残ってしまった。


脂身主体の牛肉炒め

少し驚いたのが、20数年前のコープチャイドゥには欧米人しかいなかったが、
出入りする客の半分以上がラオス人らしいと思われたことだ。
ラオスの富裕層(と言う程の高級店ではないが、庶民的でもない)が来店しているのか、
ラオスも中国経済圏で一部潤っているのだろうか、
そんな感想を抱いて店を出た。

なんとなく帰るには物足りなく、ホテルのある通りをメコン川方向に歩く。
もう川に近くなる少し手前の右側に、タイソンキッチンというレストランがあり、賑わっている。
通りに面した方に空席があったので、そこに座って赤ワインを注文する。
一杯だけ飲んで、満足して今日は終了する。
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ジャール平原へ ービアラオを友にー 5

2023年08月04日 | ラオス2023
7月25日 ジャール平原

町中まで朝食を摂りに行く。
今朝はカオピヤックをと思ったが、ベトナム風のフォーで麺は米の麺、具は牛肉の謂わばフォーボー。
やはり東南アジアの麺料理にハズレはない。



美味いコーヒーはないかと歩くとすぐ近くに洒落たカフェがある。
ブラックコーヒーをオーダー。これがなかなか味のいいコーヒーだった。


シェンクアーンには不似合いなカフェ

口直しの茶と共に

9:00出発で世界遺産のジャール平原に石の壺(巨大な壺=ジャール)を見に行く。
現在石壺を見ることができるのは、サイト1~サイト3まであって、サイト1は比較的町から近い。
サイト2とサイト3は少し遠いので、サイト1だけを見ることにした。
何処を見ても石の壺があるだけで、一カ所だけ見れば十分だろうと思ったからである。

見物できる1~3までのサイトは、不発弾等の撤去がなされて安全が確認されている場所である。
ベトナム戦争時に大量の爆弾が投下されて、その不発弾が大量に残っている可能性があって、
未だに全体の調査はなされていないのが現状らしい。
実際サイト1を歩いていると、爆弾投下の後のクレーターが至る所に見かけられる。

さて、久しぶりのバイクタクシーで風に吹かれながら20分弱のドライブ後、サイト1に着く。
途中運ちゃんが信号無視でポリスに捕まり、5分程説教され罰金を払う。(私、思わずニヤニヤ)
サイト1の事務所でチケットを35,000キープで購入し、シャトルバス風の10人乗りくらいのトラックを改造したような乗り物に乗る。
乗り物でそこ1㎞ほどの距離を行くと、すぐに石の壺が見える見物処に着く。


チケット売り場

まずは小高い丘に登り、そこにもいくつかの壺はあるが、下の草原に数多くの壺が散在しているのが見える。
完全に残っているものもあるが、割れたもの、バラバラになったものも多い。
蓋付きの壺はここには一つだけだった。

以下ジャール平原のサイト1風景














爆弾投下後のクレーター

1時間半程ウロウロして、時には日陰で休んでは歩き、
シェンクアーンは標高が千メートルを超えるので、日陰は涼しいが紫外線は強烈で、首筋が焦げそうになる。
遺跡入り口でシャトルバス(?)を待ち、10分後他の乗客と一緒に事務所の場所まで戻る。
結局外国人の観光客には1人も出会わなかった。

なにぶんにもシェンクアーンでは日本人には1人も出会わず、中国人らしきのが数人、欧米人には若干出会った。
世界遺産といってもこんなものだ。
同じラオスのルアンパバーンとは桁違いである。
中国人観光客に侵略されたルアンパバーンに行きたいとは決して思わないが、シェンクアーンも一度来れば十分か。

本来世界遺産指定は、アスワンダムで水没するはずの遺跡を救うために始まったことを考えれば、
ジャール平原の世界遺産指定も観光のためではなく、遺産保護のためとも言える。
そう考えれば大して見所はなくても、今後この遺跡が朽ち果てないように祈るばかりである。

宿に帰った後は、宿の冷蔵庫からビアラオの大瓶(20,000キープ)を出して一杯。
宿のオーナーとバイタクの運ちゃんが顔見知りで、3人でしばらく話し込む。
バイタクの運ちゃんは信号無視違反の罰金がよほど悔しかったのか、
「今日はあのポリス達はハッピーディナーだよ」と言う。罰金でいい飯が食えると言いたいらしい。
すかさず私が、「With Bialao」と揶揄うと苦笑いしていた。

昼食は再び町に。大通りに出てすぐ右にある食堂でビアラオを友にチキンチャーハンを食べる。
多分私が作ったものの方が美味い、という程度だった。


チャーハンは何故か少し甘かった

食後は朝行ったカフェに入り、パッションフルーツスムージーをオーダーするも品切れで、イチゴスムージーに。
これがなかなかの味と量が半端なく、冷房も効いていて文庫本を片手に1時間は粘る。


イチゴスムージー

観光の疲れも治まったので宿に帰って昼寝休憩。
明るいうちに夕食に出かけて、昨日客の多かった食堂に座る。


魚フライとご飯、もちろんビアラオも(本日3本目)

食事中に客が多くなってテーブルは8割方埋まる程の人気店のようだ。
私のテーブルの近くに来た痩せた老婆が、すぐそばの店の一角でジーッと食事を摂る客達を見ている。
席に座るでもなく、物乞いするでもなく、ただ立ち尽くしている。
店の客達は老婆を気にすることもなく歓談し食べている。
私は女将さんに会計の金を渡し、量が多くて食べきれなかったご飯と魚一切れを、
「あのお婆ちゃんに上げてくれないか」と言うと、 女将さんは微笑んで頷いた。
私にはいいことをしたという気持ちは湧かず、気が重くなるだけだった。

ビエンチャンに比べると、シェーンクアンのような田舎町では貧富の貧に属する人の姿が目立つ。
発展途上の国では仕方ないとは言え、それを見せつけられる身には遣る瀬ない。
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ジャール平原へ ービアラオを友にー 4

2023年08月03日 | ラオス2023
7月24日ビエンチャンーシェーンクアン
事前にそのチケット取得に苦労したラオエアの13:40のシェーンクアン行きに乗るまではしばし余裕がある。

朝食はなかなかお粗末で、一流ホテルのビュッフェとは月とすっぽん。
外に出なくて涼しい環境で食べられるだけでいいか。
11:30頃に空港に向かえばいいので、朝食のまるで味のしない薄いコーヒーの代わりに
町のどこかで美味いコーヒーを飲みたい。
昨日ターラートサオに行く途中で見つけた「DADA Cafe」カフェまで行く。


オムレツだけはオーダーで、後は食べるものほぼなし

コーヒー豆を選んで抽出してもらう本格的なカフェで、
ラオスの豆を教えてもらい、その豆をミルして入れてもらう。
このコーヒーは実に美味かった。
苦みと酸味のバランスが良く、微かな甘みもあって、シェーンクアンから帰ってきたら又来よう。


DADAコーヒー

1時間程Wifiを使わせてもらい、ゆっくりした後宿に帰る。
宿の近くで客待ちしているトクトクに空港までの料金を聞くと100,000キープと言う。
まいいか、と11:30に来るからと時計を示して予約しておく。
宿で荷物の整理をしてチェックアウトし、トクトクに乗る。


トクトクはホテル周辺に屯している

空港までは10分強の距離なので出発2時間前には、国内線の方で下ろしてもらいロビーに入る。
国内線にしろ国際線にしろ、発着数が少ないワッタイ空港のロビーは概ね閑散としている。
空港内で昼を食べようと思って来たが、食欲がない上にこれといった店もないので、昼食は抜く。
国内線なのにイミグレーション窓口があり、そこでボーディングパスに押印して貰わないといけない。
これは到着した空港でも同様で、国内での移動を当局が把握しておきたい中国化の影響かとも思ってしまった。
日本人はあまり意識していないが、現状最近のラオスとカンボジアの中国化は著しい状況なのである。


国内線ロビー

飛行機はプロペラ機の7、80人乗りで、30分の距離なら当然か。
プロペラ機は結構安定飛行になることが多く、今回も揺れなく定時の14:10にシェンクアーン空港に到着する。
ここでもイミグレーション窓口でパスポートをチェックして宿からのピックアップの車に乗る。
空港から10分程で今夜の宿、SIPANYA GuestHouseにチェックイン。


まだ比較的新しい宿で、手入れも良くされている

宿は料金の割(2日で30$)にはまあまあ快適だが、レストランがある中心地には少し遠い。
休憩した後5時過ぎに夕食に行くと、その距離は往復2㎞近くあり、毎食これかと思うとうんざりする。
朝昼晩の3食毎に歩くと、1日食事だけで5㎞程歩く計算になる。
と思いつつ早めの夕食をクレーターズレストランで摂る。
宿から町までの道は、多分暗くなると街灯もなく、店もほとんどないので旅行者としては安心できない。


ビアラオ&スプリングロール

ともかく今日は1往復で済んだことを良しとする。
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ジャール平原へ -ビアラオを友にー 3

2023年08月02日 | ラオス2023
7月23日ハノイからビエンチャンへ
飛行機の時間が、ノイバイ空港発9:30なので、できれば6:30位の空港行きバスには乗りたい。
ホテルを6時前にチェックアウトして、10分足らずで停留所に着く。
しかし86番バスはなかなか来ない。焦り始めた頃6:25にやっとバスが来る。乗客は旅行者4名。

市内を抜けて、ニャッタン橋の手前でバスは一時停車し、そこで運転手がバス代を集める。
この後は高速で停留所がないからなのだろう。
バスはまず国内線で乗客を降ろし、終点は国際線T1のバス亭だった。
到着時間は7:10、所要45分で着いたことになる。
朝のラッシュ前という条件が良かったのだろう。

9:30の定時発、10:40にビエンチャンのワッタイ空港に着く。
まずラオス滞在分の両替をする。1$=18,560キープで、日々のキープ安は歴然。
参考にタイバーツのレートを見ると、1バーツ=575キープ。因みに4日後は585キープだった。
5月時点に比べると60キープほどのキープ安になっている。
キープを円に換算するときは、下3桁の0を除いて8を掛けるが(100,000キープ=800円)、
現レートでは7.7を掛けて丁度いいくらいと思われる。


100,000キープ札があるのに、全てが50,000キープ札だったので全部を財布に収納できない

2022年のネット情報では市内行きバスが運行しているとあったが、バスチケット売り場はない。
今は運行していないらしく、タクシーカウンターで7$か119,000キープとある。
レートからいえばキープの方が得なのでキープで支払ってタクシーでホテルに向かう。

ホテルはマノロムブティックホテル。朝食付きの23$=435,000キープでレートは悪いがキープを減らすためにキープ払い。
ホテルはバスが運行していれば、ワットミーサイの停留所で降りるところだが、
国立カルチャーホール近くで、市内のナイトマーケット(フードコート)にも近い。
ホテルやレストランが集まる便利な場所にある。


ホテルのフロント。洒落ているが客は少なく、設備は古かった。

12時30分を過ぎたたので、タラートサオ辺りまで散策することにして、国立カルチャーホール前の道を行く。
途中昔よく行ったナンプカフェを見ると、もう店じまいにかかっている。
仕方なくカオピヤック(ラオスの麺料理)を諦めて、2軒隣のレストランで肉めしとラオコーヒー。
これで500円弱だから安いといえば安い、しかし現地の人から見れば結構高い昼食かも知れない。


ビエンチャン市内


ラオス最初の昼食。米がカオニャオ(餅米)でなかったのでいまいち。

昼食後更に東進して行くと左手に草むしたパゴダが見える。
久しぶりに拝んでいくかと側まで来ると、韓国人の若いグループが写真を撮っている。
彼らに頼まれて写真を撮ってやると、口々に「ありがと」「カムサハムニダ」と礼を言われてしまった。
そこからアメリカンセンターの前の道を通ってタラートサオに着く。


タートダム=黒い仏塔の意

タラートサオはその昔バスターミナルと同じ場所にあり、昔風の市場だったが、
今では立派なタラートサオモールと変化していた。
あまり効いてはいないが冷房の入ったショッピングモールになっているとは・・・。
市内にはBigCミニというコンビニが至る所にあり、ビアラオプレミアムの缶を買ってホテルに帰る。
350mlのビールが12,000キープ=約90円で買えるとは、第三のビールより安いんじゃねえ。

ホテルで2~3時間涼んで、6時前に市内のナイトマーケットに行く。
川縁のナイトマーケットに比べると規模が小さいので、二回りして串を仕入れて、
ビアラオを売っている店で、ビアラオの大瓶を買ってそこのテーブルで串を肴に飲む。

以下ホテルから徒歩5分のナイトマーケット(フードコート)






動画でないと分からないが、氷を入れた樽の内側の部分がモーターで回転して飲み物を冷やす装置

いかげそ1本、焼き鳥2本、ウインナー1本とビアラオ、ラオス最初の夜に乾杯!

いい気分になったところでメコン川沿いへ。
丁度夕焼けの空が美しい時間だった。



しばし休憩して近くのBigCミニでビアラオブラック缶とおにぎり一つ買って帰る。
食事はおにぎりだが、これは随分と不味かったが、ビアラオブラック缶は美味い。
ブラックビールの中では抜群に美味いと感じて、これ以降のお気に入りとなる。
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ジャール平原へ ービアラオを友にー 2

2023年08月01日 | ラオス2023
7月22日、ハノイ2日目。
ジャール平原は、ビエンチャンから飛行機で30分弱の近距離にある。

で、福岡からビエンチャンへ行くには幾つかのルートがあり、例えば陸路超えで入る場合は、
タイのバンコクからノンカーイというラオスとの国境の町まで国内線或いはタイ国鉄で移動し、
そこから国際バス又は国際列車でラオスに入国してビエンチャンに向かう。
列車は確かビエンチャンまでは行かないず、終点で降りた後はトクトク等を利用することになる。
今回ハノイ経由にしたのは、飛行機に乗っている時間をなるべく短くしたいというのがあり、
福岡-ハノイ間が4時間ちょい、ハノイ-ビエンチャン間が1時間15分程で、多分これが最短ルートと思われる。
ハノイ経由ならついでだ。ハノイ2泊して馴染みの店でビアホイ三昧を決めこもうという魂胆もある。

朝食はホテルで食べて9時に出る。
午前中の予定は、今まで5回以上ハノイに来ながら、まだ行ったことのないタンロン遺跡。
2010年に世界文化遺産に登録されたれっきとした世界遺産なのだ。
私のスマホはWifiがないと使えないので、グーグルマップのナビは使えない。
事前に地図を調べておいたところ、宿からは2㎞圏内にあるようなので歩いて行くことにする。

タンロン遺跡まではハンガイ通りを真っ直ぐ行って、途中から2回右折するといい。
最初の右折から200mほどのところに間口2m位しかない珈琲屋があった。
前の歩道に例によってプラ椅子とプラ机がひと組ある。
店の奥をのぞき込むと女性がいたので、声を掛けて「カフェスア(コンデンスミルク入りのコーヒー)」を注文する。
ここで2,30分ベトナムコーヒーを味わった後再びタンロン遺跡を目指す。


やっぱりベトナムコーヒーはこうでなくっちゃ

案ずるまでもなくタンロン遺跡に到着し、30,000ドン(180円)の入場料を払って園内に入る。
ここで昔の衣装を貸し出しているのか、外国人観光客が当時の衣装を着て記念撮影したり、
京都で着物を着て散策する観光客を思い出させる。この暑い中ご苦労なことだ、とは思うのだが。
小一時間園内を見物し、世界遺産はこんなもんでしょうという感慨を持って外に出る。

以下タンロン遺跡






 
撮影会かな、ちょっとポーズ


来た道をそのまま引き返し、ハンガイ通りで行くときに気になった店に入った。
そこに置いてある絵はがきは、観光写真の絵はがきではなく画家が描いたもののコピーで、
なかなか芸術性の高い絵はがきである。
店員に話を聞くと、画家を支援する一環で販売しているらしい(英語不足なので飽くまでも・・らしい)。
6枚買ったら2枚オマケしてくれて得した気分で宿に帰る。


ハノイから北へ向かう鉄道のレール。脇にはカフェなどの店がある

12時過ぎに昼飯食わないかんと外に出る。暑くなってきた。
当てにしていたCOM屋が廃業してたので、近所を30分以上彷徨いたが決めきれず、
結局ミーヴァンタンの店に入り、満席近いテーブルのカップルと相席してワンタン麺を食べる。
店先の女将さんの席には4年前の時の女将の姿は無く、よく似た顔の娘らしき女性が座っていた。
光陰矢のごとし。


ワンタン麺の具が豊富になっていたような・・・

昼食後、Tシャツを値切って購入する。
というのも10年以上前に買ったHANOIのロゴ入りTシャツを、今回買った地で処分することにしたのが理由。
暑いので宿に帰る途中のサークルKでビアハノイを買って帰る。
待ち合わせの6時までは体力温存のため、エアコンの部屋でビアハノイを友に本を読んだり昼寝したりと過ごす。

時間が来てフロントに降りると、Aさんが既に来ていて、すぐにMさんも降りてきた。
「じゃあ、行きましょうか」と3人で出かける。
行き慣れたビアホイへの道で吃驚したのが、そこへ右折する角にもう1軒少し小さめのビアホイ屋があって賑わっている。
それじゃこの近辺にビアホイ屋が3軒あるのか、やっぱりハノイはいいなぁ。
ホーチミンのビアホイ屋はどんどん姿を消しているのになぁ。

3人でまずはビアホイで乾杯。
肴は3人なのでちょっと贅沢に蛙の唐揚げ、鳥軟骨唐揚げ、牛肉炒め物、魚のグリルの4種。
私はビアホイ一本槍。Aさんは味が薄いとビアハノイに替え、Mさんにも強く勧める。
ビアホイに来て瓶ビールもないだろうと思ったが、人はそれぞれビールもそれぞれ。


贅沢なビアホイのつまみ

宿が一緒だったMさん、グローバルWifiを持参してきていた

イギリスから来た隣の席の3人組に肴を皿に盛って提供したり、冗談を言い合って盛り上がる。
私はひたすらビアホイを飲む。昨夜行けなかったので意地になって取り戻す。
Aさんは結局ビアホイは最初の1杯だけ、Mさんは最後の2杯はビアホイで締めた。
会計は年長のAさんと私の割り勘で済ませ、その場でホテルが異なるAさんと別れる。
Mさんと道行きでホテルに帰り、結局フォーザオ(焼きフォー)は食べずに終わった。
明日は早い。ホテルを6時前に出てバス停に行き空港バスを待つのだ。
早く寝よう。ビエンチャンが待っている。
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ジャール平原へ ービアラオを友にー 1

2023年07月31日 | ラオス2023
7月21日、約3年半ぶりの海外一人旅に出た。
3年以上のブランクは結構大きくて、ワクワク感があまり立ち上がらなくて、若干不安感さえある。

これにはもう一つ原因があって、6月中旬から7月初めに掛けて体調の優れない日が続いたということもある。
毎日欠かさずと言う程の晩酌していたのが、飲む気にならないでずっとノンアルビールで済ましていた。
これほど長い期間飲む気にならなかったのは初めてで、
心配になって、7月初めに病院でエコーやレントゲン、胃カメラに血液検査などした。
その結果異常はないという診断になり、その診断のおかげか随分気が楽になって、
少しずつ体調は戻り、ウォーキングも少しずつ量を増やし、旅行先で困らない程度に体調を整えた。
晩酌も1日おきにだが、量を半分程に減らして日本酒を飲めるようになってきた。

出発日の7月21日には体調に関する若干の不安はあったが、7月初めに比べるとそれは微かなものになっていた。
一人旅の不安(主に久々の英会話に関する不安)もまあ、出たとこ勝負だなと開き直ることにした。
ということで、目的地には福岡ーハノイービエンチャンーシェーンクアン-ビエンチャンーハノイー福岡という行程で出発した。
ビエンチャンまではベトナム航空、ビエンチャンーシェーンクアン往復はラオエア。

事前にラオエアの航空券を取得する際にVISAカードの決済が上手くいかずに、
ラオエアサイトに何度かメールをしたところ、VISAカード側が引き落とし先の認証に問題ありという判断をしたということが分かる。
これが何故解決できなかったというと、VISAカードのサイトに登録した電話番号が固定電話であったからである。
もしVISAカード側で認証に疑問がある場合は、ショートメールで持ち主に認証するかどうか確認するようなシステムになっていた。
そこで、登録情報の電話を携帯番号に変えて、再度ラオエアサイトでシェンクアーン便の申し込みをすると、
VISAから携帯に認証するかどうかの確認メールが来たので、認証OKの返事を送るとすぐにチケットを確保することができた。
何故こんなにラオエアサイトでのチケット取得にこだわったかというと、
別に日本語のサイトがあるのだが、これはラオエアと契約したようなサイトでラオエアサイトの日本語版ではない。
この日本語サイトでチケットを頼むと、ラオエアサイトの2倍の料金がかかるのだ。
いくら何でもそれはないでしょう。

なんとか出発前に全行程のチケットを確保して、ベトナム航空のハノイ行き10:30発のVN357便は出発した。
ハノイからの帰りの便もそうだったが、搭乗率は多分半分以下で、乗客は窓側と通路側の席に配置され、
3列の真ん中の席はほとんど空席状態、一人だけの席もあるという状態だった。
機内食の前にまずは白ワインを一杯頂く。機内食の時にもう一杯。これこれLCCではこうは行かない。

私の前の席にいる同じくらいの年配の男性が、懐かしき「地球の歩き方」でルアンパバーンのページを見ているのが目に止まる。
かなり熱心に予習をされているようだ。どうにも気になって、ハノイ到着1時間程前に話しかける。
名前はAさんで、私より2歳下のやはり一人旅。熱心な話し手で、私はほぼ聞き役。
イミグレーションも一緒に抜け、バゲッジクレームにも付き合って(私は預け荷物なし)、到着ロビーに出る。

まずは空港内ではレートがいいと言われるSongVietの窓口で両替をする。
Aさんはタクシーで市内のホテルまで行くという。ホテルの地図を見せてもらうとハノイ駅から徒歩10分くらいにある。
で、Aさんにバスで行かないかと提案する。この86番バスの終点はハノイ駅なのだ。
私はその前にホアンキエム湖近くの停留所で降りる。
Aさんはしばし躊躇した後に「一度は乗ってみたかったのでバスにしましょう」と言ってくれた。

その86番バスが止まっている場所だが、ネット情報では始発が国内線のT2とあったが、
実際は国際線T1のA1出口を出て、前の車道を横断したプラットホームの左方向に停車しているオレンジ色のバスが見える。
バス正面の上部液晶に86の数字が輝いている。
間に合うように小走りで近づき、バスの運転手に「シティー?」と確認すると頷いたので乗り込む。
席は半分程空いていて、乗ってしばらくしたらチケット売りが来て、45,000ドンを払う。
Aさんはその金額に驚愕する。前回来たときのタクシー代にその10倍程払ったらしい。

その一部に日本の名前がつけられた立派な橋までは高速で順調に走る。バスも結構かっ飛ばすのだ。
橋を降りると市内に入り、それでもラッシュ時ではないので結構スムーズにロンビエンバスターミナルに来る。
私の降りる停留所はこの次にある。ワンマンバスの運転手に一応確認して、
Aさんには終点で降りるように言って、夕食を一緒に摂ることと待ち合わせ場所を約してバスを降りる。

私にはよからぬ目論みがあって、
ハンガイ通りに入ってすぐハンガイ通りに平行したハンクエット通りに抜ける路地にあるフローラホテルというミニホテルを宿にした。
チェックインが終わった頃、宿の前にタクシーが止まって、降りてきた30~40代の男性がチェックインする。
パスポートを見ると日本人だ。声を掛けてハノイは初めてですかと問うと、そうですとのこと。
エレベーターを待つ間に、明日の夕食を一緒にしませんか?一応6時にロビーで会いましょう。
と、何処まで当てになるか分からない約束をして部屋に行く。

取り敢えずAさんとの約束の時間までは3時間余り予定はない。
まずは懐かしきハノイの空気を吸おう。
ホアンキエム湖に足を伸ばし、人形劇場の隣の店でビアハノイをゲット。
湖の周りにある木陰のベンチに座って缶を開ける。久々のビアハノイ美味し。


ホアンキエム湖畔

飲み上げた後は近所を散策し、昔から幾度となく通ったCOM屋(コムビンザン)が廃業して麺屋になっているのを嘆く。
コロナ禍はここにも及んだのだろうか。残念でならない。
向かいのミーヴァンタン(ワンタン麺の店)は盛況で、栄枯盛衰は世の習いとはいえ、遣る瀬ない思いになる。

一度宿に帰って待ち合わせ場所の水上人形劇場に行く。
午後6時近くになると、食事を取る観光客が食堂の前に並べたプラ椅子の席も大賑わいを見せている。
ほぼ定刻にAさんがやってくる。


人形劇場も結構な人出

夕食はバスに乗せてくれたお礼だと言ってAさんがご馳走するという。
そういうことならとありがたく厚意を受ける。
場所は近くの広場にあるハイランドカフェのビル2階にあるベトナム料理店(まあまあ料金高め)。
生春巻きやエビなどの料理4品と私はビアハノイ一本槍。
話し好きらしいAさんの口が休まるときはなく、9時まで3時間歓談(ほぼAさんの独壇場)する。

Aさんの宿はハンガイ通りを道なりに歩いて15分くらいの場所にある。
私の宿に入る路地で別れたが、その際この路地の先でハンクエット通りに出る手前に自分の宿があることを教えて、
明晩は宿のチェックインで出会ったMさんと6時に夕食に行くと話したら、
Aさんも一緒にいいかというので、時間を伝えて別れる。


ロティというメロンパン風の食べ物

ビールと肴だけの夕食だったので、なんとなく落ち着かず近くにあったロティ専門店に寄った。
この食べ物はベトナムで始めて見るので、1個買い求める。ついでに近くのサークルKで性懲りもなくビアハノイを1本。
帰宿してロティを食べる。表面はカリッとしたメロンパン風。中にはチョコレート。
チーズ味を頼んだつもりが間違ったようだ。
ビアハノイのつまみにはならず、シャワー浴びて身体を清めた後ビアハノイを飲んで寝る。
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インザプール

2023年06月23日 | 最近読んだ本
奥田英朗さんの本はほとんど読んだことがなかった。
食べ物に食わず嫌いというのがあるように、本にも何という理由もなく近寄らなかった作家がいる。
奥田英朗さんの作品は多分そんな感じかな。

阿蘇市立図書館の新刊紹介で、彼の新刊「コメンテーター」の概要を読んで借りてみようと思ったのがきっかけ。
で、探してみるとこれは神経科医者「伊良部一郎」シリーズが既に3冊刊行されている。
その第2作の「空中ブランコ」はなんと直木賞を受賞している。
新刊は最後の「町長選挙」から17年ぶりのシリーズ第4作ということだった。

    

伊良部一郎というキャラクターが実に際立っていて、様々な患者との関わりもハチャメチャ。
読んでいると思わず「クックッ」「ムフフ」と笑い声が出て、隣にいる奥方が「何読んでるの?」と訊く始末。
ということで読んだ後は奥方に回すと、めったに本を生まない彼女が2冊を完読。
1作目の「インザプール」は既に返却していたので、図書館に再度予約を入れておく。

どんな話か?
「インザプール」に納められている一作に「勃ちっぱなし」という話がある。
「立ちっぱなし」ではない、「勃ちっぱなし」なのだ。
女性には理解しがたい内容だが、男どもには抱腹絶倒の話で、最初から最後まで含み笑いをせずに読むことはできない。

    

最新作の「コメンテーター」は予約しているが、他の人が借りていてまだ読めていない。
実はワクワクしながら待っているのだ。
ハチャメチャではあるが、その結末には思わず納得する温かいものがあって、
現在、私のお勧めナンバーワンのこのシリーズ本である。
まだ読んでいない方々、悩みを抱えている方々、是非にご一読を。

さて、蛇足ではあるがもう1冊。
かって紹介した砂原浩太郎さんの最新作「藩邸差配役日日控」がいいです。



彼らしい安定感のある時代物で、この作品の後には7月に神山藩シリーズ「霜月記」が刊行予定。
これもまた大いに楽しみです。
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産土ーうぶすなー

2023年06月05日 | 酒と料理と
このところ酒の話が続く。
熊本北部にある和水町に花の香酒造がある。
花の香という銘柄で美味い吟醸や大吟醸を出してきた。
その蔵が,産土(うぶすな)という銘柄の酒を出してきた。
種類は3本、最も高価なエフェルヴェセント、穂増という米を使ったHOMASE、それに山田錦を使った産土 YAMADA NISHIKI。


産土 YAMADA NISHIKI

今回飲んだのは、YAMADA NISHIKI 生酒。
納戸の暗所には置いていたが、冷蔵庫に入れていなかったので、開けるときに若干不安があった。
以前、同じようなケースで開栓の時、栓が飛んだことがあったのだ。
で、栓が飛んでもいいようにLEDの電灯からは慣れた場所で開栓に及んだ。
すると、案の定「ポンッ」と大きな音を立てて栓が天井にまで飛んだ。
幸いなことに酒自体が溢れることはなかったが。

口に入れてみると、シュワシュワと生きのいい口当たり、それでいて幾分まったりした飲み口。
立ち香、飲み香とも穏やかで口の中を幸せが駆け巡る。
一気に飲み上げてしまいそうな予感さえする。

さて肴は何にするか。
最近は野菜をよく食べることが多い。
菜園から取ってきたレタスとサラダ菜、それにサニーレタスを千切りにして混ぜ混ぜにして水に晒しておく。
新じゃがの収穫漏れになりそうな小さいジャガイモを皮付きのまま縦4つに切り、レンジで3分温める。
このジャガイモをオリーブオイルを敷いたフライパンで炒める。味付けは黒瀬のスパイス。

水に晒した野菜を水切りして大皿に盛る。
その上にジャガイモとミニトマトを周囲に置いていく。
真ん中にはライトツナの缶を一つ開けてひっくり返して乗せる。
ドレッシングはお好みで、マヨネーズとスイートチリソース、和風ドレッシングなどを混ぜ、
その時々でマスタードや和辛子を加えたり、適当に作って小皿に取り分けて食べる。

そばには、昨日取ってきた真竹の筍を奥方がきんぴらにしたものが控えている。
そうそう、庭でやたらと増えた蕗を圧力鍋で炊いて幾分甘く仕上げた佃煮もある。
ツナ缶以外は全て野菜の肴だが、美味い酒には何でもありだ。

因みにこの酒は、長女からの早めの父の日のプレゼントです。
もちろん、父の日までは残ることはありません。
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十四代 秘伝玉返し

2023年05月29日 | 酒と料理と
最初に断っておくが、十四代を手に入れたという話ではない。
この前の回で、十四代に挑もうとする酒があるという話題を出したので、
ついその思い出の十四代が頭に浮かんだという話である。

もう随分昔のこと、阿蘇市が町村合併になる前、まだ阿蘇町の頃。
熊本でも日本酒愛好家には名を知られた酒屋で、「千代の屋」という店がある。
コロナ前には、国酒の会を主催し日本酒の美味さを広く知らしめたという店でもある。
その千代の屋の主人に、あるとき「十四代は手に入らんでしょうね」と訊くと、
「ああ、問い合わせてみましょうね」と気楽なご返事。
数日後連絡があって、「十四代が入りましたよ、ただ本醸造ですが」と。
「いいです、いいです」欣喜雀躍すぐに店に駆けつけたのです。
代金は一升瓶で二千数百円だったような。
今はと、ネットで調べると4~5万円のお値段です。
呆気にとられるというか、馬鹿らしくなります。
酒蔵の高木酒造さんも呆れているというより気分が悪いでしょうね。


十四代秘伝玉返し。5万円はないでしょう。たかが酒じゃないですか

え、味はどうだったかって?
本醸造とは言っても磨き55%とはさすがに十四代ではありまして、目の覚める美味さだった。
さて「千代の屋」だが、この店に関しては私には自慢がひとつあって、
「井筒ワイン 生」を紹介したのは実は私なのだ。
これも随分前の話で、通販の送料を辛抱したいばっかりに「千代の屋」さんに仕入れてもらった。
それ以来「千代の屋」さんでは毎年ワインの新酒が出る頃には井筒ワインの生ワインを仕入れていて、
私はその瓶を見てほんのちょっぴり誇らしく思いながら買って帰るのだ。


阿蘇の酒店「千代の屋」さん。日本酒や焼酎の品揃え、田舎の酒屋にはもったいない

さて、話は飛んだが十四代に挑んだ酒を飲んでみました。
純米吟醸槽口絞り無濾過生酒、限定酒であります。
遙か昔に飲んだ十四代と比べるには私の口は綻びを見せておりまして、比べることは叶いません。
だけど、大変美味い酒で味わいは甘口でしょうか、槽口絞り無濾過の生という酒のせいか、
十四代の玉返しに比べるとよりまったりとした口当たりだが最後はすっきりと終わる感じ。
吟醸なれど香りは穏やかで含み香もそれほど立ち上がりはしないが、これも癖がなくていい感じ。
この酒の名前まだ公開しますまい。十四代のようにプレミアムな金額が付けば、
飲む側にも売る側にも、どちらにとっても不幸であります。
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瀧澤 ー信濃銘醸ー

2023年05月23日 | 酒と料理と
長野の信濃銘醸という蔵の酒。
瀧澤純米吟醸のスペックは、長野県酒造好適米「ひとごこち」を精米歩合55%に磨き、アルコール度数16~17度。
日本酒度は不明だが、口当たりからいえば中口の部類か。
口に含むと穏やかな吟醸香でふっくらとした甘みはあるが、切れ味はよく後味すっきりしている。
黒曜水と呼ばれる超軟水で仕込んだと表記されていて、ミネラル分の少ない軟水は酒造りには難しいらしい。
いくらでも飲める印象の酒。久しぶりに美味い酒に出会う。


瀧澤純米吟醸

実はこの蔵ではHPにも載っていない酒があって、かの十四代を目指して造られた酒という銘柄がある。
日本でも限られた10数店舗でしか販売されていない酒で、やはり黒曜水と米は美山錦。
まだ飲んだことはないが、十四代を超えようとする酒造りの意気や良し。
その酒の名前はここで公表するわけにはいかない。その酒がなくなっては困るのだ。

さて、瀧澤純米吟醸に合わせた肴はというと、冷凍のホタテを解凍した刺身と、
同じくホタテの両面を塩こしょうでバター炒め、中心はまだレアの状態にしたもの。
肴は何にしても、結局美味い酒は飲み過ぎるのだ。
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