ひねもすのたりにて

阿蘇に過ごす日々は良きかな。
旅の空の下にて過ごす日々もまた良きかな。

Uさんのミャンマーレポート 番外編

2018年05月17日 | Uさんの旅レポ
Uさんはホーチミンを何度も訪れていて、だからこそあの街でバイクを操れるのだろうが、
当然安宿街のデタムやブイビエン周辺の宿に馴染みができることになる。
ミャンマーからは、ホーチミン経由で途中降機して寄ってきたとのこと。
ということで、ミャンマーレポートではないが、ホーチミンの新しい情報等があるので、載せることにしました。


ホーチミンでは、ファングーラオ通りが一方通行になり、
大型長距離バスの駐車、乗客の乗り降りが禁止になっています。
新交通システムの工事のため、ベンタインのロータリーがなくなっています。

ビナサンタクシーにナビが付きました。
ファングーラオ通りの向かいの公園の地下に、スーパーマーケット、フードコートが出現、
エアコンの効いた中、ベトナムの若者で賑わっています。
いつも昼に行くCOM屋のおやじ、おかみさんが渋い顔で営業しています。
このご時世客足も落ちているのかも。
味は相変わらずうまいのですが、値段はすこしずつ上がっている気がします。


サイゴンビア、飲みたい。com屋は美味いよね

貴殿とお孫さんに朝出会った路上カフェのおばちゃんもけなげに頑張っています。
年々プラテーブル、プライスは減ってきていますが。


宿の前ですね。相変わらずプラ椅子がお似合いの奥様

私の友人大野くんにそっくりのサングラス売りのおにいちゃんも、私達に会うたびに微笑んでくれます。
彼からいままでにもう4つ買っています。
かげで私達は彼をオオノとよんでいます。

昔毎晩のように通っていた店で働いていたトアンと3年振りに再会しました。
今はビーサイゴンで働いています。
私達にも紹介してくれた、かわいい奥さんと離婚し、しょげています。
ひとり息子はメコンデルタの奥さんの実家に預かってもらってるそうです。
スマホにとっている肥満児のひとり息子を笑いながら見せてくれました。

ホテルの客引きをしているバックも元気でした。
もう50をこえたそうです。
勤務先が向かいのホテル(娘のリーが最初働いていました)に変わっていました。
彼から借りるバイクは1日100,000ドンです。
いい小遣いかせぎでしょう。

娘のリーがキムホテルに変わって、もうすぐ1年になろうとしています。
田舎の高校を卒業して、最初のホテル(今バックが働いています)で、
ベッドメーキング、掃除、洗濯をやっていた2016年春に知り合いました。
向かいのホテル(バックが以前働いていました)の3階のベランダに出た私を
「グッドモーニング! ハワユー!」と
Tシャツと膝までの短いジーパンのピチピチした女の子が、
路地の向こうのホテルの3階から、大きな元気な声で呼びかけてきました。
それがリーとの最初の出会いでした。


娘のリーさんかな?

いいもの食ってますな

夕方になると、路地をはさんで、プライスに座り、のんびり雑談をするのが日課になりました。
スマホのLINE無料ビデオ電話で、私達の息子たちと会話をしたり、いっしょに夕食を食べにいったり。

今リーはキムホテルで受付もやっています。
私達にはない若さでしょうか、メキメキ英会話が上達しています(ものすごいブロークンですが)。 
朝の6時半から夜10時まで一生懸命働いています。
今からはキムホテルが私達の定宿となりそうです。

以上、 報告終り。


以上をもって、Uさんのミャンマーレポートを終わります。
ホーチミンは相変わらず激流のように変わっていて、ミャンマーはそれ以上のスピードで変わるのでしょう。
経済自由化の波は、金銭至上主義を生み、20年前に訪れた彼の地はもう、懐古趣味の中にしか存在しないのです。
ただそんな中でも、普通の人は毎日を精一杯生きていて、
本質は決して変わらないことを知っておかないといけません。
そこにこそ私が旅に求めるものがあるからです。
ねえUさん、ご夫妻もそうでしょう。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Uさんのミャンマーレポート 7

2018年05月12日 | Uさんの旅レポ
VN942便の謎 その3


通路をはさんで斜め右前方のシートに座っていた女性が
いきなり振り向いて、
「日本の方ですよね」と少し訛っているが、流ちょうな日本語で話しかけてきました。
「チェックインのとき見かけたものですから」

どうやらとなりの席は日本人のご主人のようで、こちらを向いて丁寧にお辞儀をされました。
「あのー、100ドルは貰われましたか?」
「は?何ですか、それは?」
「どうもこの中に迷惑料として100ドル貰った人達がいるみたいなんです。
「私達は貰ってないのですが」
「え! 本当ですか?」
「今貰っていないベトナム人達がベトナム航空の職員さんに抗議してます。
どうなるのかは私があなたたちに教えますから」


揉めて当たり前でしょう。アナウンスせーや!ベトナム航空

乗客たちと職員の押し問答が続いています。
斜めうしろの金髪ギャルたちからは、いつになったら出発するのか、とこれまた大声が飛んできます。

私の隣の韓国人男性に100ドル貰ったかどうかそっと尋ねると
あっさり「もらったよ。えっ、お前貰ってないのか?」
チェックインの時、別のカウンターへ行くように言われ、
そこでパスポート、搭乗券を見せ、書類にサインしたら貰えたよ」とニッコリ。

少しずつ状況がわかってきます。
どうやら10時以降にチェックインした乗客たちには100ドルが支払われ、
我々や日本人男性とベトナム人女性のカップルのように、
10時以前にチェックインした者にはナシのつぶて。
そりゃあ貰ってない者たちが怒り、騒ぐのも無理はありません。

ベトナム人にとって100ドルはものすごい大金のはず、
かくいう私だって目の前にあの白い100ドル札がひらめけば・・・・・・
たぶん10時以降にチェックインカウンターで迷惑料を執拗に要求した強者がいたのでしょう。

ハノイでの駐機の間に世間話を隣同士話しているうちに、
貰った、貰ってないが発覚し、大騒ぎになったようです。

「まだ貰ってない人は、タンソンニャットのベトナム航空カウンターで貰えることになったようです。もしよかったら、私についてきてください」
さきほどの女性からありがたい言葉を頂戴しました。
こうして私達はめでたくビッグマネーを手にすることができたのです。
意外とベトナム航空もいいエアラインかもしれません、フフフ。

もちろんいろいろお世話になった、日本人男性と国際結婚されているベトナム人女性には丁寧にお礼を言って別れました。ラッキー!!

追記

今考えてみますと、100ドルの件、英語でのアナウンスは
一切なかったので、貰ってない不幸な人々も多数いたかもしれません。 
さてこの100ドルX約100名分 どこが負担するのでしょうか?


私からの返信


こりゃ意外な結末。
Uさんがお得で終わるとは、想像もしませんでした。あな悔し。
終わりよければ全てよし。
100ドルなら、私もハノイ経由にします。

今年後半に、プノンペンーホーチミンー福岡の便を考えていますので、
ハノイ経由の上、一人200ドルの迷惑料を払うよう交渉してきます。

放送しなかったのは、今流行の隠蔽ですな。
黙ってりゃ分からんし、ごねるやつだけ黙らしとけばいい、という発想でしょう。
それにしても運がいい。
日本語女性が声を掛けなければ、貰えるはずの100ドルも幻だったというわけですね。
本当にラッキーでした。

今後の旅行の参考に致します。
何かあったらごねます。

さて、約1万ドルという多額の弁償金の負担。
ミャンマーが支払うべき金なのでしょうが、とてもそれは考えられない。
ベトナム航空の裏金かな。
ベトナム政府への貸し、としてベトナム航空が負担した、というところではないでしょうか。
穿ちすぎかな。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Uさんのミャンマーレポート 6

2018年05月10日 | Uさんの旅レポ
窓の外を見ると、そこにはミャンマー、ベトナムの小旗を振る少年少女たち、軍楽隊、儀仗兵たち。
さらに黒塗りの高級外車が次々とやってきます。
タラップが取り付けられます。軍楽隊が演奏を始めたようです。
しかしさすが飛行機、気密性が高くまったく音が聞こえません。
まるでサイレント映画のようです。


民間機で国家訪問とは、いやはや

儀仗兵たちが隊列を移動させ始めます。
何やらいかめしい制服を着た人物を先頭に、数人がタラップを降りて行きます。
「ささげ、つつ!」 「敬礼!」とでも言っているのでしょうか。
全くのサイレントです。その人物が出迎えに来た人々と、次から次へと握手をかわします。
そして高級外車に乗り、あっという間に去って行きました。


おまけにVIAハノイでお出でになるとは

ものの5分ぐらいだったでしょうか。ショーは終わりました。
あとで聞くと、どうやらミャンマーの将軍がハイジャックしたようです。
我々に事前通告、説明ができなかったのは、ミャンマーの政治的な理由からのようです。

それにしても自分たちの都合に合わせて、民間機の時間、ルートまで無理矢理変えてしまうとは、さすが東南アジア。
拍手喝采です、ほんとにもう。
あとは前方の扉を閉めて出発するだけです。
ところが乗客の一部が立ち上がり、大声を出し、
何やらキャビンアテンダントのおねえちゃんたちにくってかかっています。
それがどんどん機内に広がっていきます。
ベトナム語なので私達外国人たちは蚊帳の外、
呆然として、互いに顔を見合わせています。

機外からベトナム航空の職員らしき男性も数人入ってきました。
大声で叫ぶ乗客たち、それをなだめようとする職員たち。
どうなるんだVN942便、いいかげんにしろよ。何があったというんだ?

VN942便の謎 その3に続く


私からの返信

進路変更の理由は、ナッツ姫ではなくて、将軍様でしたか。
恐るべし東南アジア。
貴重な体験をなさいましたなぁ。
正直、したくはなかったでしょうが。

ミャンマーも銭コがないのでしょうか。
スーチーさんはこのような非道をご存じだったのか、訊いてみたいところです。

さらなる火の粉とは?はて、引っ張りますなぁ。
私が想像するに、
ベトナム人乗客の誰かが、「オレもついでに降ろせよ。寄ったついでにハノイに住む祖父様の家に寄るんだ。」
それにつられた男や他の数人が、「オレもオレも、ハンガイ通りにあるキャバクラのリェンちゃんに会いたい。」
てな具合に、「オレオレ」騒ぎになってしまったとか。
は、ないか。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Uさんのミャンマーレポート 5

2018年05月08日 | Uさんの旅レポ
ミャンマーの映倫についての報告

高倉健を倍償千恵子の待つ家に送り届けた鉄矢とかおりが涙を流しながら、夕張の町を去って行きます。
赤いファミリアの中で自然に手と手を重ね合うふたり。
そして車を路肩に止め、見つめ合い唇と唇を・・・・・・・・・
カットが替わり、ふたたび見つめ合い唇と唇が・・・・・・・・
まるでイタリア映画の名作「ニューシネマパラダイス」そのものでした。
健全なのか、不健全なのか私にはよくわかりません。
テレビの前で、生唾を飲んでいるのか、はやしたてているのか。

韓国のオモニ達の件、昔日本のヤクザ、プロ野球選手に流行したアレではないですか。
日本ではヤクザもプロ野球選手も卒業しましたが、
オモニは頑張っていまでもパチパチパンチ、原色のピンク、赤を身に纏い、
パチパチパンチのたわし頭(ついはしたない表現をしてしまった私をお許し下さい)でガニ股歩き。 
正解はパンチパーマ、別名たわし頭でどうでしょう。


正解の証拠写真

3月30日(金) ホテルの屋上で朝食をとった後、フロントへ行き、
ホーチミン行き(VN942便)の出発時間12時15分に間に合うよう、
9時にタクシーを手配してもらい、10時前に空港へ到着。


さくらタワーから見たヤンゴン市内(7年前の写真で済みません)

チェックインカウンターが開いていたので、Eチケットとパスポートを出し、手続きしようとしたところ、
「申し訳ありませんけどVN942便はハノイ経由となり、搭乗時間も14時45分に変更になりました」と突然の通告。
「キャンセルされたの?」と私。
「いえ、キャンセルではありません。時間とルートが変更になったのです」
「なぜ?どうして?」 混乱するばかりです。
「私達にはわかりません。

とにかくハノイ経由で14時45分発でホーチミン着は19時になりました」とカウンターのおねえちゃん。
「ハノイに行く乗客がいるの?」と私。
「いえVN942便はホーチミン行きです」とおねえちゃん。
「そりゃおかしいじゃないか。どうしてわざわざ遠回りして行くんだ。
「こんなことは聞いたことがない(怒)」なぜかすらすら英語がでてきます。

となりのカウンターにいた別のおねえちゃんも「わたしたちもわからないんです」と弁明してきます。
家内に事情を話し、見つめ合う私達。(鉄矢とかおり?)
どう考えても正三角形の二辺を飛ぶことになります。
ハノイへ行く乗客もいないのに、なぜホーチミンへ直行しないで、遠回りまでして、ハノイへ行かなければならないのか。
いくら考えてわかりません。

空港内の出発案内ボードが via HANOIと変わりました。
どうやら本当にハノイ経由のようです。
ホーチミンの私達の娘リーから次々とLINEが入ってきます。
「DAD、MOM、 もうすぐ会えるね、何時に着くの、早く来て」
いらいらして、「ベトナム航空はもううんざりだ。二度と乗らない」と悪態をつき、スタンプを送ります。

搭乗ゲートのイスに座っていると、ベトナム航空の関係者が現れ、
機内食と水を配り始めました。ふとガラス窓の向こうを見ると、VN942便がボーディングブリッジで待っています。
なぜ飛ばないんだ、どうしてハノイまでわざわざ行くんだ。
そしてどうして何も説明がないんだ。

搭乗率は50%前後でしょうか。無事ベトナム時間17時前にハノイに着陸。
なぜかターミナルをそのまま通過します。
あたりまえですか、降りる乗客がいないのですから。
ゆっくりとVN942便が止まりました。


誘導路を進むベトナム航空のVN942便

しばらくすると進行方向左側の乗客たちがザワザワと騒ぎ始めました。
みんな窓の外をくいいるように見ています。
我々二人も左側に座っていたので、みんなにつられて外を見ました。
「オオオ・・・・・・」と思わず声をあげた私。
「わあ、すごいすごい」と家内も大興奮。

VN942便の謎その2に続く


私からのレス

この展開、韓ドラ並みだなぁ。
一番いいとこで「続く」だもんなぁ。

しかし訳が分かりませんな。
どう考えてもあり得ないハノイ経由、燃料費だってバカにならんでしょうに。
乗客に迷惑をかけるてるけど、なんて感覚は彼のベトナム航空にはもともと存在しないでしょうから、
恐縮もしないし、説明もしない、これはよく分かります。

もしかして、偶然乗り合わせたベトナム航空のナッツ姫のせい?
「ハノイ経由して私を降ろしてからホーチミンへ行きなさいよ。」
てなことで、黒塗りのベンツが飛行機を迎えに来ていたとか。

そう言えば、武田鉄矢は思いを遂げたんでしたね。
ミャンマーでは、あれでもエロいのか。
ということは週刊現代や週刊ポストを持ち込むと、相当稼げるか、それともかなりヤバい事態になるのか。
週刊実話だと、禁固刑ですな、きっと。

さすがに韓国オモニに精通したUさん。
正解!です。
今回の旅行で気付いたのは、パチパチパンチの確率が異常に高いことです。
あ~あ、そうだったのかと、やっと納得したのです。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Uさんのミャンマーレポート 4

2018年05月07日 | Uさんの旅レポ
バガン、ヤンゴンともにホテルが早朝からのチェックインをこころよく受け入れてくれ、
深夜バスの疲れ、冷えた体(怒)をシャワーで洗い流し、暖めることができました。

ヤンゴンのホテルはチャイナタウンのホテルグランドユナイテットで、1泊1部屋5000円です。
あとバガンのアレインドマールホテルは1泊1部屋3000円ではなく、1泊1部屋5500円でした。
シャワーを浴び、服を着替え、中国人街、インド人街と歩き、
ヤンゴン中央駅へ向かいます。途中うまそうなモヒンガー屋台が出ていたので、朝食がわりに一杯、二人とも大満足でした。


モヒンガー美味いですよね

ヤンゴン環状線。相変わらずののろのろ運転でしょうか

前回同様、環状線を時計周りに1周、物売りからゲットしたゆでたトウモロコシをかじり、
うずらのタマゴを口に放り込み、のんびり車窓を眺めます。
そして途中下車して、喫茶店に入り、ボーと次の列車を待ちます。
昼過ぎに中央駅に戻り、歩いて前回も立ち寄った日本料理店へ。
きんきんに冷えたミャンマー生ビール、冷奴、だし巻き玉子、
塩サバ定食、野菜炒め定食、生ビールのおかわりが続きます。
千鳥足でチャイナタウンのホテルまで帰り、お昼寝時間となりました。


結構日本料理ですね

目をさました時はもう夕暮れ時でした。
その夜はバーベキューストリートへくり出し、うまくもない串焼きを注文し、
モジートのおかわりを続けました。

ホテルに帰り、ひょいとテレビのリモコンのスイッチを押すと、
なんと高倉健の「幸せの黄色いハンカチ」を字幕スーパーでやってるじゃないですか。
もちろんミャンマー語のスーパーです。健さんのあのドスのきいた声、
鉄矢の博多弁、桃井かおりのなんともかったるい声が聞こえてきます。


懐かしい健さん

鉄矢さん、若いですなぁ

うちのビデオにも録画してある私達のお気に入りです。
しばらく見ていますと、あるシーンがことごとくカットされています。
ここで問題です。さてそのシーンとはなんのシーンでしょう?

解答をお待ちしています。さて次回はVN942便の謎についてお話します。


これに対する私のレス

前回のミャンマーレポートでのプールサイドの写真では、
暑苦しい男どもの写真のあとに、見目麗しい美女の水着姿を見られると期待しておりましたが、
御自らDELETEされるとは、あな勿体なし。
私個人としては、暑苦しい方にBACKSPACEのキーを押したかった。

ヤンゴンの環状線に乗られたのですね。
私も、今回釜山に行った友人と、20年ほど前に一度乗ったことがあります。
当時外国人は1$で、現地の人はほとんどがタダ乗りでしたね。
バガンの宿が朝食付きで3$だったことを考えると、もの凄く高い乗車券でした。

私も「幸せの黄色いハンカチ」は3回ほど見ているのですが、
カットされるような場面がありましたっけ。
強いて言えば、武田鉄矢が桃井かおりに挑みかかってビンタされる(されたかな?)場面か、
健さんが入っている刑務所のシーンとか。
正解は、はてなんでしょう。日本の映倫とどう違うのか、興味津々です。

ミャンマー、特にヤンゴンでの日本食ブームは吃驚するくらいだと、
テレビで紹介がありましたが、そうなんですか?
油ギトギトのミャンマー料理に閉口して、
麺料理か白飯に持参のふりかけが定番だった我々の20年前とは、隔世の感ですね。

ここで私からも質問。
釜山で一つ気づいたことがあります。
韓国のオバさんは、東南アジアを旅していて出会ったとき、オモニだとすぐに判別できる理由。
それは、何故でしょう。
(4月の鎮海桜祭りに行ったのでその関連での質問
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Uさんのミャンマーレポート 3

2018年05月05日 | Uさんの旅レポ
バガンでの初日の夕方、
夕日を見ようとガイドブックにある朝日夕日の絶景ポイントのシュエサンドーパヤーに駆け付けたところ、
あまりに閑散としています。
どうしたんだろうと訝っていますと、その辺りにいた日本人青年が、
「今年から閉鎖らしいですよ。アメリカ人観光客が滑落死亡したため、バガンのすべてのパヤーは登ることができなくなったようです」
と無情の宣告。バガンで一番の楽しみが喪失した瞬間でした。


バガンのパヤーですね。いいですよねぇ。大好きです

悄然と2人でバイクにまたがり、ぶらぶらしていますと、
道にまで迷い、今どこを走っているのか、まったく見当がつかなくなってしまいました。
その時です。左前方のパヤーの上に人影が。
「あれ?もしかして……」
「あなたあれ見て!」と家内の叫び声。
起死回生の時でした。裏に回ればいろいろあるんですね。

パヤーの下まで行くと、タナカを塗ったひとりの男の子が寺院内部にある秘密の入り口を指さしてくれました。
真っ暗でまったく何も見えません。
スマホのあかりを照らすと、そこには階段が上に上にと続いています。しばらく登っていくと明るくなってきました。


気球が浮かんでいますね~。20年近く前のバガンではあり得なかった風景です

数名の欧米人たち、日本人はひとりもいません。感動しました。
いったんあきらめたので余計に、グッときました。
それからは毎朝、毎夕その秘密のパヤーに行きました。
しかしそのパヤーの名前はとうとうわからずじまいです。

最後に謝らなければならないことが。
家内の水着写真は家内が自分でDELITEしてしまいました。


かわりに私の肉体をどうぞ、
って。できればご勘弁を(とは私の気持ち)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Uさんのミャンマーレポート 2

2018年05月04日 | Uさんの旅レポ
どうしてバス内の設定温度がわかったかと、不審に思われるかもしれません。
バスの入り口のステップを上がったところに、大きくデジタル表示されているのです。
右の数字が外気温、左の数字がバスの内気温、
右の数字が33℃~35℃、左の数字が18℃~20℃を行ったり来たり、

寒くて眠れないので、デジタル表示が行ったり来たりするのを、
震えながら、一晩中ボーとながめてました。
外国人らしき者は私達を含めて6人ばかり、残りは現地のミャンマー人達です。
彼らはきっと家に帰ると、「今日のバスはきいたぜ、18℃だからな。むっちゃ寒かったぜ、フフフ」
と周りに嬉しそうに自慢するのでしょう。

我々からしたら、たまったもんじゃありません。
帰りのバガン発ヤンゴン行きのバスはなんと3列の超VIPバス、
4列のVIPバスには負けられないのでしょう。
設定温度は16℃~18℃を行ったり来たり、
さぞ現地のミャンマー人達もおおいに満足し、全身ガタガタ震え、凍り付いていたでしょう。

一言、「そんなところで、張り合うな、ミャンマーバス!!」

さてバガン。
バガンでの宿泊は、ニャウンウー、オールドバガン、ニューバガンとある中で、
ニューバガンのアレインドマールホテルを選択しました。
安くて(1泊1部屋3000円)のリゾート型ホテルで、もちろんプール付き、

3月から5月、東南アジアは暑期、昼間の行動は慎み、
プールサイドでゆっくり寛ごうというコンタンからです。

ホテルの前にはEバイクのレンタルショップがあり、
1日5000K(500円)で借りることができ、
バッテリーは1日40kmの距離を保証するとのことで、
3日間、午前6時頃から9時頃までは朝日を、午後4時頃から7時頃までは夕日を見に、
Eバイクを走らせました。まったくもって静かなものです。


カンボジアのシェムリアップでも流行のEバイクとは一味違う本格派ですね

奥様写真出して済みません。て、もう遅いか。このプラ椅子がよくお似合いです。さすが旅の達人夫妻です

昔々、北海道でレンタカーを借りることになり、
当時新発売のプリウスを初めて運転するとき、なかなかエンジンのかけかたがわからず、
車を降り、受付まで行き、「どうしてもエンジンがかからないんだけど、見に来てくれないか」
と頼むと、ひとりの係員がいっしょに車まで来てくれて、「もうかかってますよ」と一言、
大恥をかいたことを思い出しました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Uさんのミャンマーレポート 1

2018年05月03日 | Uさんの旅レポ
2015年の春。孫を連れてホーチミンに旅行したときのこと。
空港前のバス停で、152番バスの出発を待っているときに、言葉を交わしたのがきっかけで知り合ったUさんご夫妻。
デタム近辺まで同じバスに乗ったり、宿がやはり同じデタム周辺だったので、
偶然、何度か顔を合わせて言葉を交わし、帰りの便も一緒だったので、空港までタクシーをシェアしたりもした。
それがきっかけでお付き合いするようになり、メールでお互いの旅情報を交換したりと、今に続いている。
その旅の顛末は、私のブログ「ベトナム2015」に記載。
https://blog.goo.ne.jp/luckyriver2014/c/87411b191e5920f37eef0cd2503b4d48

最近思うのだが、Uさんご夫妻は旅の達人(名人)であると。
多くの国や地域に旅をし、馴染みの店を作ったり、現地に友人ができたりと、
とても私には真似のできない旅の達人である。

旅人に共通する、好奇心の旺盛なお二人で、行く先々で楽しまれる様は、本当に羨ましい。
だが、一つだけご勘弁というのは、ホーチミン市内でのバイク運転。
あのバイク洪水の中でバイクを運転するのだけは羨ましいとは思わない。
ホーチミンでは、セオム(バイクタクシー)でさえご勘弁と思っている。

さて、そんな私が尊敬する旅名人のUさんご夫妻から、
先日ミャンマーに行かれたレポートを数回に分けて送っていただいた。
その内容が非常に面白いのと、そんなことがあるのかというハプニングもあって、
是非私のブログで紹介させて下さいと言うと、「光栄です」と快諾して頂いた。
その顛末を、私からのレポートに対するコメントも交えてアップすることにしました。


ミャンマー通信 1

さてさて今回の旅行ですが、2度目のミャンマーです。
前回ヤンゴンのシュエダゴンパヤーで出会ったボーミンガウン様に衝撃を受け、
ぜひとも、もう一度お目にかかりたい、
それも聖地ポッパ山に鎮座される姿をこの目で見てみたい、
私の真剣な想いが、家内にも通じ、実現することに相成りました。

広島(全日空)羽田(全日空)バンコク(タイ航空)ヤンゴンと乗り継ぎ、
着いたのは6:45pm、深夜バスが9:30pmなので、いそいで300ドル両替し、
タクシーでアウンミンガラーBTへ。
1時間あまり余裕があったので、近くの食堂で、まずミャンマービールをグイッと一杯、二杯、三杯、定番の焼そば、焼飯。


画像なしでは寂しいので2枚ほど


バスはELITEという会社、4列のシートたっぷりリクライニングでき、
快適といいたいところですが、エアコンの設定温度が18度、
これはききました。いくらなんでもこれは。

ドライバーの横に座っている乗務員も肩から毛布を被ってふるえています。
何を考えてるんでしょうか?
乗客全員毛布を被って身体をまるめています。
飛行機の緊急着陸態勢をみんなとっているのです。だれも文句を云うものはいません。
我々もザックからダウンジャケットを取り出し、
ソックスをはき、緊急態勢をとりました。しかし眠れません。

この状況で寝るのは、不可能です。そうするうちにトイレ休憩となり、
バスから出た時のうれしさ、言葉にはできません。
トイレ休憩だけが楽しみのVIPバスの旅でした。寝不足のままバガンに到着。
なお帰りのバスの設定温度は16度でした(涙)。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

国酒の会 2018

2018年04月27日 | 日記(?)
今日のこと。
ほぼ毎日同じようなコースを歩いているのだが、
その時、軽のバンが停まり、千代の屋(酒屋)のご主人が降りてきて、
「これ持ってって。」と渡されたのが今年の国酒の会の案内状。

それによると、今年は
7月14日(土曜日)開催。時間は、午後7時から
場所は例年通り、「阿蘇プラザホテル」
参加料は6,000円。
チケット前売りなので、申込は「千代の屋」さんにどうぞ。

宿泊する場合は、朝食付きで5,600円でホテルに直接申し込む。
ということである。

以下、パンフレットの画像


今年は私も参加しますぞ。飲むど~~!!!日本酒。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

桜とマッコリ 3

2018年04月16日 | 釜山の桜
今日は15時過ぎには船が出るので、12時にホテルで待ち合わせをしての各自自由行動にする。
T氏は25年前行かなかった海雲台(ヘウンデ)に行くことに。
西面で地下鉄2号線に乗り換えれば、ヘウンデ駅に着くので、アクセスの心配はない。

私は、25年ぶりに竜頭山公園に行くことにした。
8時に出るが、T氏は帰りがチェックアウトの10時に間に合わないだろうということで、
チェックアウトを済ませて、荷物を預けて出かけた。


T氏が撮ったヘウンデのリゾート

私は十分間に合うので、そのまま地下鉄へ。
南浦駅は2つ目なのですぐに着く。
1か3番出口を出ると、光復路からの竜頭山公園に上るエスカレーターは近い。
偶数出口は道の反対側に出るので、気を付ける。


登り口

あとちょっと

公園の見事な桜

釜山タワー。入場料がいるので入りません

それほど高い山ではないので、あっという間に到着。
車で通る道もあって、昔は5人でその坂道を上ったことを思い出した。
若かったなぁ。
しばし思い出に耽って下山し、近くのロッテモールに入る。


南浦洞にあるロッテモールのフードコーナー

フードコーナーに行くと、キムチ売り場では必ず日本語で勧められる。
やはり日本人に見えるのか。
というのも、今回の旅行で、現地の人から数回道を訊かれたり、話しかけられたので、
すっかり自分は、韓国人系日本人だと錯覚していたのだ。

先年、カンボジアに行くとき、福岡空港の免税土産品店でショッピングをしたのだが、
カンボジア女性に日本らしい布製の小物を数点、プレゼント用に買ったとき、
店員が何を思ったのか、「アンニョンハセヨ。××××・・」とハングルで対応してきたのだ。
「韓国語上手だね」と言うと、「あっ、済みません」と恐縮していたが。
カンボジア女性への私の下心が思わぬ結果を招いた一幕だった。
要するに、日本人から見ても、韓国人から見ても、私は韓国人に見えるということだ。

閑話休題

ロッテモールから帰り、ホテルのフロントで近くのスーパーマーケットを教えて貰う。
朝食べた韓国海苔のふりかけとコチジャンを買いたかったので、5分ほどの店で調達。
その後10時にチェックアウトして荷物を預け、釜山駅構内をうろつく。
ここに、さつま揚げのような練り製品の店があって、その場で揚げている数種類を購入。

12時前にT氏が帰ってきて荷物を受け取る。
フロントで、宿賃に含まれるTAX払い戻しのレシートを貰って、東横イン釜山駅1とはお別れ。
アクセスを始め、なかなかいい宿でした。


東横イン釜山駅1

釜山駅。セマウル号の表示もありました

T氏の風味のないそばは、やはり原料はそば粉なのでしょうか

釜山駅2階のレストラン街にあるうどん屋で私はウドン、T氏はそばを食べる。
可もなし可もなしという味ではありました。
来たときとは逆に釜山港へ歩いて戻る。


釜山港ターミナルのテラスから

イミグレ前の土産物屋。食堂も釜山港ターミナルにあって、ここの方が安い。

チェックイン手続きは午後2時からだったので、資産家のT氏は土産物屋で残りのWを使うが、それでもまだ残る。
中の免税品店で使えばいいかと、しばし待ってチェックイン後イミグレーションを抜ける。
抜けたところにTAX返還手続きの窓口があったが、閉鎖中。
カスタムの窓口で、と書いてあるが、それがどこかが分からない。

500円くらいだからもういいやとも思ったが、取り戻せる税金は必ず取り戻すというのが私のポリシー。
免税品を購入した人が品物を受け取る窓口で、レシートを見せて、これはどこですかと訊いたら、
お姉さんが、ついておいでとカウンターから出て案内してくれた。

なんと、その窓口はセキュリティチェックの手前にあり、スタッフが通る専用のようなゲートを出なければならない。
そのゲートの係官の女性が、合図をしてくれて、先ほど通ったチェックを抜けた右側の窓口で手続き。
氏名、クレジットカード種類番号、電話番号等を書いてレシートを提出。
よく聞き取れなかったが、2ヶ月後にカードへ返金らしい。
二人で、しなきゃよかったというのが正直な感想。
特に、カードを持参していなかったT氏には、カード番号を尋ねるために後日電話がかかるそうな。
大枚700円だから仕方ないか。

今後釜山でTAX返還手続きをされる方への情報。
まず、イミグレーションを通過した後、セキュリティーチェックのゲートがあります。あのピッというやつ。
そのゲートで検査を受ける前に、向かって左にカスタムの窓口があって、そこで返還手続きをします。
それからおもむろにピッを通るのです。

T氏、免税品店に行くも、高級品ばかりで買うものないな、と。
その前にあるコンビニのような店で、3万円じゃない、3万Wあまりを使い切る。
私が買って、足りなかった4千Wも払って頂きました。

帰りの船は、波の高さが2~2.5mと書いてあったにしては穏やかで、T氏も酔わずに博多港に着く。
博多からは釜山は近いなぁ、いつでも行けるじゃんと言うのが最後の感想でした。
でも次回は飛行機にしたい。
今回は運がよかったが、春の嵐で船が欠航になる事態を全く想像していなかったのは不覚でありました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加