ひねもすのたりにて

阿蘇に過ごす日々は良きかな。
旅の空の下にて過ごす日々もまた良きかな。

幻の声

2024年01月17日 | 最近読んだ本
1995年にオール讀物新人賞でデビューした宇江佐真理さんのその受賞作が
「幻の声」という短編で、その主人公である髪結いの「伊三次」をシリーズにした、
髪結い伊三次捕物余話はその代表作か。
此の捕物余話は事件の解決を話の主とはせず、その事件にまつわる人間模様に話の主体がある。



ふとした偶然で、図書館で彼女の作品を見つけ、試しに読んだのが、
「古手屋喜十為事覚え」という小説で、古手屋(古着屋)のどちらかというさえない主人の喜十が、
隠密同心の捜査に心ならずも巻き込まれて捜査の手伝いをするという話だが、
これもどちらかというと事件の解決に主は置いていない。
その事件に纏わる人々の哀感や喜びを描いている。
隠密同心の身勝手に振り回される喜十と温和しげながら芯の強い女房の遣り取りも微笑ましく、
2作目(このシリーズは2作のみ)の最後にはほのぼのとした読後感となる。



この本を最初に読んだおかげですっかり此の作者の本を読みたくなった。
次に読んだのは、「夜鳴きめし屋」。
あまり商売気のない主人が商う飯屋に集まる人々の哀歓を描いた連作短編集で、



因みに、「髪結い伊三次捕物余話」と「古手屋喜十為事覚え」も連作短編集である。
「髪結い伊三次捕物余話」は15冊を数え、宇佐江真理さんの代表作と言っていいだろう。
現在第一巻の「幻の声」から第5巻の「黒く塗れ」まで完読した。
あとは阿蘇市立図書館の閉架書庫にある物を予約しよう。

宇佐江真理さんは、残念ながら病気を得て2015年11月に他界された。
今後は彼女の新作を読めないかと思うと残念である。
遅ればせながら、愛読者の一人としてご冥福をお祈りします。
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霜月記ほか

2023年09月01日 | 最近読んだ本
読んだ本の前回で少し触れた砂原浩太郎さんの「霜月記」。
神山藩シリーズの第3作になる。
今回の主人公は、神山藩の町奉行に18歳で就任せざるを得なくなった草壁総次郎と、
かって名奉行と言われたその祖父が関わっていく事件の話。



同じ神山藩シリーズではあるが、主人公の職責はそれぞれ異なり、それぞれの面白さがある。
私としてはやはり初めて接した「高瀬庄左衛門御留書」を一押ししたい。

そのほかには、宮部みゆきの「青瓜不動 三島屋変調百物語九之続」。
三島屋シリーズの最新作で、第5作までは不思議物語の聞き役は「おちか」で、
第6作目からは三島屋の次男坊「富次郎」に替わり今回は第9作になる。



実はこのシリーズは数年前にNHKで主演が波留でドラマ化されて放送されている。
宮部みゆきさんの作品はミステリーからSF風のもの、怪談物など多岐にわたるが、
三島屋シリーズは、得意分野の一つである怪談物に分類されるだろう。
そのドラマを見たせいか、波留の「おちか」が今でも鮮明に残っていて、
主人公が富次郎に替わってからは、場面が脳の中で映像的に結ばない気がして、今ひとつ入り込めない。

最後に、太田 愛さんの「未明の砦」。
巨大自動車産業に仕事する非正規社員、契約社員、季節労働者を取り上げたミステリーで、
社会派ミステリーと言っていいのかな、太田愛さんの弱者に注ぐ温かいまなざしが感じられる作品になっている。
この本を読むと、労働者に関する日本の法律がいかに企業に都合のいいように作られているのか驚くことになるだろう。



政治は常に強者に優しく、弱者に厳しい。
何故なら強者は声高で、弱者の声は小さくて届かないからである。
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インザプール

2023年06月23日 | 最近読んだ本
奥田英朗さんの本はほとんど読んだことがなかった。
食べ物に食わず嫌いというのがあるように、本にも何という理由もなく近寄らなかった作家がいる。
奥田英朗さんの作品は多分そんな感じかな。

阿蘇市立図書館の新刊紹介で、彼の新刊「コメンテーター」の概要を読んで借りてみようと思ったのがきっかけ。
で、探してみるとこれは神経科医者「伊良部一郎」シリーズが既に3冊刊行されている。
その第2作の「空中ブランコ」はなんと直木賞を受賞している。
新刊は最後の「町長選挙」から17年ぶりのシリーズ第4作ということだった。

    

伊良部一郎というキャラクターが実に際立っていて、様々な患者との関わりもハチャメチャ。
読んでいると思わず「クックッ」「ムフフ」と笑い声が出て、隣にいる奥方が「何読んでるの?」と訊く始末。
ということで読んだ後は奥方に回すと、めったに本を生まない彼女が2冊を完読。
1作目の「インザプール」は既に返却していたので、図書館に再度予約を入れておく。

どんな話か?
「インザプール」に納められている一作に「勃ちっぱなし」という話がある。
「立ちっぱなし」ではない、「勃ちっぱなし」なのだ。
女性には理解しがたい内容だが、男どもには抱腹絶倒の話で、最初から最後まで含み笑いをせずに読むことはできない。

    

最新作の「コメンテーター」は予約しているが、他の人が借りていてまだ読めていない。
実はワクワクしながら待っているのだ。
ハチャメチャではあるが、その結末には思わず納得する温かいものがあって、
現在、私のお勧めナンバーワンのこのシリーズ本である。
まだ読んでいない方々、悩みを抱えている方々、是非にご一読を。

さて、蛇足ではあるがもう1冊。
かって紹介した砂原浩太郎さんの最新作「藩邸差配役日日控」がいいです。



彼らしい安定感のある時代物で、この作品の後には7月に神山藩シリーズ「霜月記」が刊行予定。
これもまた大いに楽しみです。
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最近読んだ本 8

2022年06月10日 | 最近読んだ本
つい最近、新聞の書評で高い評価のあった本を読んだ。
作者は砂原浩太郎氏。書名は「高瀬庄左衛門御留書(たかせしょうざえもんおとどめがき)」。
書名でわかるように時代物である。
作家はなじみのない人だったので、そろそろと読み始めたが、いつの間にか作品に引き込まれ、
かなり厚い本にもかかわらず、2日間で読破した。
それだけ暇だということかもしれない。



最近は、就寝前にベッドで本を読む癖があって、長くても20~30分読んだら寝る習慣をつけているのだが、
この本の前には、その習慣がもろくも崩れ、途中やめられずに1時間以上かけて読破したのだ。
おかげで、眠り損なったようで、なかなか寝付けなくて翌朝欠伸の連発で寝覚めた。

まだ今年は半分も過ぎていないが、今年一番の本に出会った気がした。
神山藩という架空の小藩を舞台にした物語で、主人公は50歳を前にした郡方役人。
扶持の少ない下士である。
この主人公の目線から見た人の生き様を描いているが、物語としても、伏線が巧妙に張られたりと、飽きさせない。

思い返せば、私は時代物の小説は数多く読んでいる。
山本周五郎、藤沢周平、葉室麟、青山文平などなど。
こうしてみると、傾向としては似通っているかなと思わないでもない。
砂原浩太郎氏もそれに連なる作家なのかな?
いずれにしても今後目を離せない作家の一人ではある。
ちなみに、神山藩シリーズの第2弾は、「黛家の兄弟」で、もう出版されている。
乞うご期待というところか。
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最近読んだ本 7

2017年04月20日 | 最近読んだ本
まずは、恩田陸さん。
直木賞と本屋大賞の2冠達成、おめでとうございます。
と、私が言ってもなんてことないか。

さて、最近読んだ本。例によってミステリージャンルです。
サスペンス的な要素が多い作品ですが、今年今までの中では一押しの作品。
太田愛さんの「天上の葦」。
「白昼渋谷のスクランブル交差点で、老人が何もない空を指さして絶命した。」
というシチュエーションから始まる物語は、それだけでもワクワクするプロローグです。



散りばめられた伏線と、公権力による重なる妨害。
知恵と、人との絆、そして強い思いでその妨害を乗り越えていく筋立ては、
あたかもドラマのように映像が脳裏に浮かんでくるのです。
そういう点では、アメリカの作家、ジェフリー・ディーバーのリンカーン=ライムシリーズを思い起こさせます。

この作品も、実はシリーズもので、主人公は共通しています。
最初の作品が、「犯罪者 クリミナル」(上下巻)、「幻夏」、そしてこの「天上の葦」(上下巻)と続く一連の作品で同じ主人公が活躍します。
主人公は3人組で、最初の作品で初めて出会います。
そういう意味では「犯罪者 クリミナル」から読み始めることを勧めます。

小説そのものの面白さも去りながら、私は作家のスタンスが大好きです。
権力を持つ者への懐疑とそこから生まれる世界への危惧。
単なる反権力的なスタンスではなく、
権力の使い方はこうなんですよ、その結果このような世界が出現するのですよということを、
読んだ人の胸にストンと納得させるところがいいです。

まさに、今の政府が同じようなことをやっているのではないかという疑惑を持ってしまいます。
この小説でも大きなキーワードになる、今流行の「忖度」という言葉が出て来ます。
今年の流行語になるかも知れない「忖度」に、この小説を読むと非常に不快な思いを抱かれるでしょう。
どうしようもない程質が落ちた昨今の政治家の、相続く失言に、謝罪したからいいじゃないかという傲岸不足の態度。
「忖度」してもらう側の人間の不遜さが滲み出ているではないですか。

ミステリーというジャンルで、この作家はそういう状況を優しく解きほぐしてくれます。
そういう意味でも是非読んで欲しい作品です。
もちろんミステリーとしても特上の味わいを保証します。

太田愛さんは、小説を書き始めるまでは、シナリオ作家として活躍した人で、
人気シリーズ「相棒」のシナリオを書いた人です。(現在も書いているのかな?)
それで映像が目に浮かぶような文章なのかなと思います。

さて今年のミステリー界にこれ以上の作品が出るでしょうか。
自称ミステリー小説評論家の私が勧める、今年ナンバーワンの作品です。

そうそう、「天上の葦」とはどういう意味なのか、これも読まなければ解を得ることは難しいでしょう。

このような勝手な評論ができるのも、阿蘇市図書館あってのことです。
いつもいつも感謝しております。
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