阿部 菜穂子氏の著書。
阿部氏は1981年国際基督教大学を卒業、毎日新聞社記者を経て2001年8月から
イギリス・ロンドン在住。
2014年春から1年間毎日新聞紙上で「花の文化史」に関するコラムを執筆するなど
近年はエッセイストとしても活動といふ経歴をお持ち。
一言で言へば、当時欧州で起きてゐた「ジャポニズム」に影響され旅の途中で日本
立ち寄りを希望し、そこで日本文化と日本の自然、桜を目にした英国人が桜に没頭する
人生を過ごしたといふ話であるが、これが中々興味深い。
まづ、このコリングウツド・イングラムと言ふ人の生い立ちといふか、家柄である。
一言で言ふと、英国の富裕階級の家の出なので、子供の頃から続けてゐた鳥類の研究
をそのまま継続し、研究者としての道をずつと歩んでいくことが出来るといふ、かなり恵まれた
人である。
仕事らしい仕事に就いてゐるやうすがなく、祖父と父の起こした事業により多数の不動産を持ち
自身で仕事をして日銭を稼ぐことなく研究に没頭できるといふこの環境だからこそ、出来た桜の
保護活動と研究であらう。
イングラムの日記や手紙からの引用が面白ゐ。 初来日した際の日記
「日本の女性は本当に魅力的だ。髪を美しくまとめあげ、身に着けた派手な着物と帯が色彩的によく
マツチしていてまるで絵みたいだ」「恥しがるでもなく彼女たちは私の機嫌を取りにきた。日本の女性は
人を喜ばせることを極上の喜びとしてゐるかのようだ」
浮世絵の世界がほんたうにあつたのだと実感させてくれる記述。
イングラムは初来日で桜を見るが、当時のジャポニズムのブウムにより日本の桜が欧州に輸出され
始める。
日本では今や「染井吉野」一色となつてゐる桜だが、実はすごく多様多種なのが桜であり、江戸時代に
武家おかかへの植木職人たちが競つて桜を交配させ、新種の美しい桜を創り上げてゐた。また、
山にある山桜は自然交配し、色々な種類があつた。 それらの多様な桜が日本から欧州に輸出されて
ゐたので、イギリスには多くの桜がある。
その桜を広める役割を果たしてくれたのがコリングウツド・イングラムであり、本書はその活躍を
紹介してゐる本であり、日本人の桜守や植木職人との交流やイングラムが作り名づけた新種の桜
など様々な桜があることを紹介してくれてゐる。
同時に多種多様な桜があつた日本でなぜ染井吉野一色の風潮になつたのか、その結果「桜の風景」
が今と昔では異なつてゐること、「昔の日本の桜の風景」が今イギリスにあることなどもわかり
面白ゐ。
大正15年桜に憧れ、再来日したイングラムの日本の印象が興味深い。
「近代化」「文明化」を目指した日本の風景は「東洋の街並は消滅しその同じ場所に超西洋的な恐ろしく
巨大で醜いビルが建ち並んでいる。
私の目には日本が西洋の文明をあまりにも速く大量に、ひと息に飲み込もうとしているかに見える。
この国は美的感覚を失い猛烈な消化不良を起こしている」 (P44)
日本人が文化や芸術の発展に力を入れていた時代西洋からは野蛮人だと言われた、といふ
外交官の言葉を引用し「この外交官の言う野蛮な時代を懐かしむ。その頃並外れた芸術・園芸文化があり」(P80)
といふ英国人の意見を見ると今政府が行つてゐる「外国人の意見を取入れ、日本を国際化」する事は日本を失くす事では
ないかと思ふ。
そもそも、国際化を声高に叫び繰り返す連中は外国人が何を観に日本に来るのかを無視してゐる。
「外交」を主張し海外に行きまくり東京にブロオド・ウエイを作るなどとホザゐた舛添といふ人間は外国人が
世界文化遺産である歌舞伎の1幕を4等席で観るために1時間以上並んでゐる事実を無視してゐる。
ブロウド・ウエイなどより日本独自の文化継承と発展に税金を使ふべきである。それを観に外国人が来れば
外国人観光客など自然に増えるのである。