世界変動展望

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二重投稿の基準について

2011-07-26 02:10:21 | 社会

最近東北大学の井上総長が国際会議のプロシーディングス(参考[1])と査読付フルペーパー(参考[2])の内容が重複しているとして論文が取り消された。二重投稿は不正行為であり許されない。しかし、二重投稿の基準は論文発行機関によってまちまちで統一していない。だから、二重投稿のおそれがあるならきちんと投稿規定を読んだり発行機関に確認してから発表した方が無難である[12]。よくプロシーディングスは査読付論文でないから、同じ内容を査読付論文として発表するのは二重投稿でないと思っている人がいるが、下手をすると井上氏のようになってしまう。

私の知る限り、二重投稿の判断基準は次のものだ。緩い基準から順に述べると、

(1)査読付論文(参考[3])として既発表かどうか

研究成果を査読付論文として発表していれば、その後の投稿を二重投稿とみなす基準。新たな読者層への発表を目的として同じ研究成果を異なる言語で発表することも二重投稿と見なされることが多い。もっとも、転載として許されることがあるので、論文発行機関に確認してみるとよい。

ここでいう査読とは学術雑誌の査読をいい、国際会議の査読は含まない。確かに、国際会議の発表は事前に査読が必要なことがあるが、通常それは学術雑誌の査読より甘いので、プロシーディングスは査読付論文と見なさないのが通常。

しかし、査読付論文の発表ならレター(参考[4])でもフルペーパーでも同一内容なら二重投稿と見なされる。これは当然だろう。常識的に考えて、同じ内容なのにレターかフルペーパーかという形式的な違いだけで別物とみなすのはおかしい。実態的に同じものなら、同じと考えるべきである。レターの内容をフルペーパーで発表したいなら、さらに内容を発展させて発表しなければならない。

この基準は研究成果は査読付論文として発表しないとほとんど評価されないという考えから、査読なし論文でしか発表していないものは査読付学術雑誌への発表を認めようという考えに基づく。従って、この基準の設置は査読付学術雑誌だけが妥当する。これが(1)の基準の実質的な理由である。日本計画行政学会や情報メディア学会のように査読付論文発表前のプロシーディングスなどの発表は途中経過の報告であり、最終報告でないから重複してもよいとする学会もあるが、それはおかしい。当然だが、途中経過の報告ならその後の発表はより発展的かつ差分となる新規の発表があるはずだ。同一内容なのに途中経過報告だとするのは論理的におかしい。そのような考えから、おそらく情報メディア学会などの理由はただの建前であり、実質的な理由は査読なし論文の研究成果をジャーナルに掲載し、十分な業績評価にすることを許容したいからだろう。

査読なし論文の発表はこのような目的はないから、基準は(2)が妥当するだろう。一度業績として評価されているのだからそれで十分のはずである。たまに同一内容を複数の査読なし論文として発表する人や発行機関が存在するが、新規性のない発表をしており不当である。また、査読付論文の投稿のように十分な業績評価に上げる必要性もないし、重複発表を認める理由がない。このケースの重複発表は単に業績を水増ししただけの意味しかない。そういう発表を許容する研究者や発行機関は確かに存在するが、そういう発表は論文の本質である新規性がないという意味で論文発表や論文発行機関とはいえないだろう。

(1)の基準では例えばプロシーディングスと全く同じ内容を査読付論文として発表しても二重投稿とならない。

(1)の基準を使っている論文発行機関は具体的には電子情報通信学会、日本計画行政学会、情報メディア学会など[5][11]。ただし、電子情報通信学会のように執筆のもとになっている論文をきちんと論文中で明記しないと二重投稿と見なされることがあるので、きちんと明記した方が無難である[5]。

(2)業績と評価される媒体で論文が既発表かどうか

査読付かどうかを問わず、業績と評価される媒体(学術雑誌、会議録、紀要など)で研究成果を論文として発表していれば既発表とし、その後の投稿を二重投稿とする基準。この基準は著作物の余剰出版を回避することが趣旨であり、一旦業績と評価される論文を発表したら、言語や発表媒体を問わず、同一内容の発表は二重投稿と見なされる。例えば、プロシーディングスと査読付フルペーパーの内容が同一なら二重投稿となる。

この基準を使っている論文発行機関は具体的には日本原子力学会や日本社会学会など[6][7]。

(3)なぜ二重投稿が不正行為とされるのか?

二重投稿が不正行為とされるのは主に次のことが理由である。

(3-1)論文の独創性や新規性を否定する[10][13]。読者にとって無価値。
(3-2)著作権を侵害する[10][13]
(3-3)研究成果の重要性や価値を誤認させる[8]
(3-4)業績水増しであり、評価を誤らせる[9][13][14]
(3-5)学界の相互の信頼を害する[10]
(3-6)不必要な査読の手間がかかる[13]。※査読付論文のみ該当

論文は新規性があることが本質で重要である[10]。すでに発表されている論文は新規ではないのだから(3-1)は当然といえよう。自分の過去の論文をもとに新たな論文を書いた場合はきちんと原論文をもとにしていることを明示しないといけない。なぜなら、それがないと通常読者はそれを新規の論文と思うからだ。新規性のない発表なのに新規性のある発表と誤信させることは背信的である。日本計画行政学会のように査読付でない論文を原論文とする場合は、それを明示していなくても二重投稿としないとする学会もあるようだが、それはこの理由からおかしい。

同じ内容なら新規性がなく読者にとって発表の価値がないし、研究成果の重要性や価値を誤解させるおそれもある[8]。著作権を侵害するおそれもある。また、重複発表は業績の水増しであり、不当という考えもある。そのため、このような基準となっている。近年はこの基準が広まりつつある。

私は(2)の基準が一番適切だと思う。査読があろうとなかろうと、同一内容の発表は新規性がなく読者にとって意味がないからだ。それに同じ内容の発表なのに、査読付かどうかや論文の形式的な違い(例えばフルペーパーやレターといった違い)で別物とみなして、複数の業績としてカウントするのは不当である。業績として高く評価されたいなら、最初から査読付論文として発表すればいいわけだし、迅速に発表したいならプレプリントで出せばいいだけだ。特に査読なし論文のケースがひどく、業績水増しを目的としていろんな発行機関から同一内容を発表するケースがある[9]。それは業績水増しであり、不当だ[9]。だから、(1)の基準は適切でないと思う。

伝統的に発表の目的や完成度で論文の形式や媒体を区別しているので、それに応じて適切に発表すべきである。私の知る限り、完成度に応じてテクニカルレポート→レター→プロシーディングス→学術雑誌のフルペーパーというように発表することが多いと思う。

インターネットの意見などを見てると、研究者は各々勝手に二重投稿の基準を考えて発表していることがある。しかし、それは危険な考えである。上でも述べたように、二重投稿の基準は論文発行機関ごとに違うので、基準を確認せず投稿すると二重投稿になってしまうおそれがある。きちんと適切な発表を心がけてもらいたい。

参考
[1]プロシーディングスとは国際会議の会議録又は会議録に掲載された論文のこと。
[2]フルペーパーとは学術的成果を略すことなく完全な形式で伝える論文のこと。完全論文。レターやショートペーパーと違い、略されることなく目的、対象、方法、結果、考察、結論など研究成果を伝えるのに必要なすべての要素から構成される。通常、完成した研究成果を伝えるときに発表される。狭義には、これを原著論文とよぶことがある。
[3]ここでいう論文とは原著論文のこと。即ち、新規でオリジナルの学術的成果を伝える文章一般を指す。具体的には研究業務などの報告書、テクニカルレポート、レター、フルペーパーなど。左から順に伝える成果の完成度が高くなる。
[4]レターとはすばやく成果を伝えることを目的とした論文のこと。速報論文。フルペーパーと違って内容が簡略である。ページ数で、1~4ページ程度が多い。
[5]電子情報通信学会の二重投稿基準
[6]日本原子力学会の二重投稿の基準、その1その2
[7]日本社会学会の二重投稿の定義
[8]同じ研究成果が何度も発表されると「重要な成果だから何度も伝えられている」と考えられることがある。そのように誤信させないことが二重投稿禁止の趣旨の一つだと考える論文発行機関もある。
[9]もっとも、業績水増しが不当という考えから、査読なし論文を発行する機関でも(2)の基準を使い、既に査読なし論文を発表したなら同一内容は発表できないとするところもある。常識的に考えても、例えばA大学とB大学の紀要に載っている論文が同一なのに、複数の業績とカウントするのはおかしいし、読者にとっても先に出されている論文を見るだけで十分なので、改めて発表する意味がない。

査読なしの論文はほとんど業績として評価されないから、同一内容を発表してもいいじゃないかと考えている研究者もいるようだが、そういう問題ではなく論文の本質である新規性が失われていることが重要な問題である。それに例えば大学の紀要で発表した論文が人事で重要な役割を果したということもあるし、ミレニアム懸賞問題の一つであるポアンカレ予想を証明したペレリマンの論文は査読なし論文であるプレプリントで発表されたもので、これがミレニアム懸賞やフィールズ賞の評価対象となった。査読なし論文でも重要な評価対象となることがあるので、業績水増しは許されないだろう。

[10]市川周一:"論文を書く前に ~或いは,平均点の論文を書くには~" p15,p18,p20 2011.3.2
[11]情報メディア学会の二重投稿基準
[12]ほとんどの論文誌は投稿規定で二重投稿の規定が設けられている。それに従って投稿すればよい。本文の(1)の基準なら投稿規定で「掲載できる論文は他の査読付のジャーナルで発表していないものに限る」「掲載できる論文は未発表のものに限る。ただし、国際会議のプロシーディング、学位論文、テクニカルレポートはそれらを論文中で適切に引用している場合に限り発表済みでも投稿できるものとする。」などと規定されている。(2)の基準なら投稿規定で「投稿論文は未発表のものとする」等とプロシーディングス等の掲載を許す趣旨の例外規定なく定められている。はやい話どの論文誌も原則未発表論文しか掲載できないが、例外規定があればその例外が許される。当たり前だが査読付だろうと査読無しだろうと規定に違反しなければセーフ、違反すれば不正である。無論、二重投稿が例外的に許されても論文中で原論文の引用を明示するのは必須である。そうしないと読者がオリジナル論文と誤解してしまう。
[13]"研究者の公正な研究活動の確保に関する調査検討委員会報告書 - 1(1) 二重投稿とは " p1  東北大学 2012.1.24
[14][13]においても「二重投稿等による研究実績の不当な水増しにつながる可能性があるとの指摘もなされている。」 (p1)、「研究業績の評価の際に同一内容の論文、特に二重投稿の論文は業績から除外するなどの対処が考えられる。」(p6)との見解が示されている。