世界変動展望

私の日々思うことを書いたブログです。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

フェルマーの最終定理を否定する自然数解に限りなく近い解

2009-04-30 01:50:11 | 物理学・数学

●フェルマーの最終定理

この定理は1635年頃、フランスの数学者ピエール・ド・フェルマーによって提起され、1995年にイギリスの数学者アンドリュー・ワイルズによって証明された。この定理の証明は伝説的な難問で、これまで数多くの著名な数学者が証明や反例に挑戦し、約360年間解決しなかった。フェルマーの最終定理の証明は最近20年の数学の証明で最も顕著な業績といえる。

上述のように、フェルマーの最終定理は正しいことが証明されているので、nが3以上の自然数の時に、xn + yn = zn を満たす正の整数解(x, y, z)は存在しない。

しかし、フェルマーの最終定理を否定する正の整数解に限りなく近い解を考えることは可能である[注意1]。一例は次の考えである。

[説明]

[説明終了]

無論、これはフェルマーの最終定理の反例ではない。N → ∞で  ε → 0 、つまりz → 1となるが、無限大でz→1ということは、ずっとzは自然数1にならないということである。「1/3 = 0.333・・・⇒ 1/3×3 = 1 = 0.999・・・ ⇒ よって、限りなく近いことは等しいことである。」のように考えて、1+ε=1 などと考えてはいけない。

また、「N → ∞のとき、 z → 1 だから無限大の自然数ではx=y=z=1」などとするのも間違いである。x=y=z=1では 「1 + 1 = 1 」となり、不合理であることは明らかである。そもそも無限大に自然数、有理数、無理数の区別があるのかわからない。無限に大きい自然数、有理数、無理数というのはいずれも考えられるが、無限大という概念は非専門家の私にはよくわからない性質だ。きちんと数学を学べば確かに正しいことを答えられるのかもしれないが、私の数学の学力では残念ながらできない。

上記の私の説明が正しいならフェルマーの最終定理を否定する正の整数解に限りなく近い解を考えることは可能だ。しかし、フェルマーの最終定理を否定する正の整数解は決して得られない。

上記の議論も数学の非専門家である著者が述べていることなのでどこまで正しいのか不明だが、フェルマーの最終定理が証明されているにも関わらず、これを否定する正の整数解が発見されたら数学界はたいへんなことになるだろう。

そういうのはファンタジーだが、この定理に限らず完全に証明されたと信じられている定理の反例が見つかる事例がおきるのを見たい。

注意
[1]「フェルマーの最終定理を否定する正の整数解に限りなく近い解を考えることは可能である」という文章は誤解を招くおそれがあるので、説明します。フェルマーの最終定理は正しいので、「フェルマーの最終定理を否定する正の整数解」は存在しません。よって、存在しない解に限りなく近い解を観念し得ないと反論されるかもしれません。私がこの文章で述べたいのは「フェルマーの最終定理を否定する正の整数解が存在して、それに限りなく近い解を考えることができる。」ということではないので、そのように解釈しないでください。

私が言いたいのは『xn + yn = zn を満たす正の実数解x, y, zの中には、x, y, zのうち2つが正の整数で、残りの1つがある正の整数に限りなく近い数である解を考えることができる。』ということです。[説明]のとおり、Nを大きくしていくとこの解はフェルマーの最終定理を否定する結果に限りなく近づいていくので、「フェルマーの最終定理を否定する正の整数解に限りなく近い解を考えることは可能である」と表現しています。

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

北朝鮮、安保理に謝罪要求、追加的核実験を宣言

2009-04-30 00:23:05 | 政治・行政
北朝鮮は人工衛星打ち上げと称した長距離弾道ミサイルの発射を非難した国連安保理の議長声明に反発し、安保理が謝罪しなければ、追加的な自衛的措置として核実験と大陸間弾道ミサイル発射を行うとの報道官声明を発表した[1]。

これでますます北朝鮮の孤立化が進むだろう。北朝鮮はどうしても核実験して核兵器を持ちたいらしい。すでに核兵器を持っているのかもしれないが、日本の防衛が心配だ。

北朝鮮はいつもこのように相手国に脅威を示して外交を進める手段をとるが、こういうやり方がどれほど有効なのだろうか。

参考
[1]時事通信 2009.4.29

この記事をはてなブックマークに追加

海の不思議

2009-04-29 19:20:14 | 合唱・音楽

『海の不思議』(作詞・川崎洋、作曲・平吉毅州)は1989年(平成元年)のNHK全国学校音楽コンクール中学校の部の課題曲として作られ、現在でも合唱コンクールでよく歌われる。

この曲自体はとてもよい曲だと思うのだが、歌詞は昔から疑問だった。

「 海は広くて限りなく海の不思議も限りない。
①五千万年むかし絶滅したと思ってたシーラカンスが泳いでいる。

②人間は宇宙へ飛んで月の石まで持ち帰ったが地球の海の一番深いところへはとてもじゃないがまだ行けない。
ああ、月より遠い海なのだ。
(中略)

③夜になってもずっと水平線は明るさをほのかにそっと残している。

④あの向こうはるか彼方に、伝説の里ニライカナイが。泉のように炎があふれ
続けてて、太陽は日々その中から新しくうまれるという。」

①は調べてみると本当であることがわかった。goo国語辞典によると「シーラカンス:シーラカンス目の海魚。全長約1.5メートル。色は全身が青褐色を帯びる。シーラカンス類は古生代に出現し、白亜紀[用語1]に絶滅したと考えられていたが、1938年、南アフリカ東海岸で発見。原始的な形質を有するので、生きた化石といわれる。コモロ諸島周辺に多い。 」との事。シーラカンスが現生しているのは間違いない。

②人類が地球上で最も深い海の底に到達したことがなく、行くのはとても無理であるというのは嘘である。世界最深は西太平洋,マリアナ諸島の東側にあるマリアナ海溝のチャレンジャー海淵(現在の測定で深さ10911m)で、1960年1月23日にアメリカ海軍の協力のもとにオーギュスト・ピカールが開発した潜水艇バチスカーフ・トリエステ号にドン・ウォルシュ大尉とオーギュストの息子ジャックが搭乗してマリアナ海溝・チャレンジャー海淵に挑戦し、チャレンジャー海淵の底まで到達した。

人類が月面に着陸したのは1969年7月20日で、アポロ11号が月の静かの海に着陸し、ニール・アームストロング船長が人類で初めて月面に降り立った。

つまり、人類が海の最深部へ到達したのは月に到達する前の話である。歌詞を作ったときにはこの事実はすでに知られているはずだから、海を賛美するための作詞者の粉飾・でっちあげであると思われる。

ちなみに、日本の無人探査機「かいこう」も1995年5月にチャレンジャー海淵の10911mまで潜った記録がある。

③これは本当かどうかわからない。もし、本当だとすると科学的に理由がきちんとあるはずである。

④ニライカナイとはgoo国語辞典によると「奄美(あまみ)・沖縄地方で信じられている、海の彼方あるいは海の底・地の底にあり、年ごとに神が訪れ、豊穣を約束してくれるとされる楽土。」。これは伝説であり、歌詞はまったくの荒唐無稽な話である。

以上、海の不思議の歌詞は海を賛美するために海の偉大さや不思議さを粉飾し、でっちあげているだけだが、曲自体はとてもよいと思う。

用語
[1]白亜紀:「中生代最後の紀。今から約一億四三〇〇万年前から約六五〇〇万年前までのおよそ七八〇〇万年間。大規模な海進があり、アンモナイト・ベレムナイト・斧足類・腹足類などが栄え、恐竜類も繁栄した。末期には世界的に海退があり、動物界は激変した。 」 goo国語辞典より

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

楽天・野村監督通算1500勝、田中将大開幕4連続完投!

2009-04-29 17:47:57 | スポーツ・芸能・文芸
29日、楽天は日本ハムに2-1で勝利した。野村監督は監督通算1500勝を達成、監督の通算1500勝はプロ野球史上5人目。

一方、田中将大は開幕から4連続完投勝利。しかも、36イニング登板してたったの2失点という素晴らしい内容。この記録も十数年ぶりらしい。

2人ともすばらしい記録だ。

この記事をはてなブックマークに追加

殺人時効成立後に出頭した者への損害賠償認める、除斥期間適用せず-最高裁

2009-04-29 00:28:07 | 社会
『1978年に東京都足立区立小の女性教諭を殺害して自宅の床下に埋め、殺人罪の時効成立後の2004年に自首した元警備員に自宅の床下に埋め、殺人罪の時効成立後の2004年に自首した元警備員の男に遺族が損害賠償を求めた訴訟の上告審判決が28日、最高裁第3小法廷(那須弘平裁判長)であった[1]。

同小法廷は、不法行為から20年で賠償請求権が自動的に消滅するとした民法の除斥期間を適用せず、殺害行為に対する賠償責任を認め、男の上告を棄却した。計約4200万円の支払いを命じた2審・東京高裁判決が確定した[1]。最高裁が除斥期間を適用しない判断をしたのは98年の予防接種禍訴訟の判決以来2件目。

 判決は、元警備員について、「被害者を殺害したうえ、被害者の相続人(遺族)が被害者の死亡の事実を知り得ない状況を作り出した」と指摘。「相続人が一切権利行使できない原因を作った加害者が損害賠償義務を免れることは、著しく正義・公平の理念に反する」と判断した[1]。』

刑事事件の方でも最近時効撤廃の動きがあるが、最近の殺人事件の遺族感情を考慮した判決といえるだろう。この判決は民法の除斥期間の規定を無視して損害賠償を認めたものだが、法的安定性を欠くのは否めない。

問題はどのような時に除斥期間が適用されないのか、基準が不明確だという点だ。判例は「相続人が一切権利行使できない原因を作った加害者が損害賠償義務を免れることは、著しく正義・公平の理念に反する」というが、損害賠償の請求権者が加害者を知らなかったり、被害を知らなかったため権利を一切行使できないという事は本件に限らずいくらでもある。いったいどういう時に除斥期間は適用されなくなるのか。

思うに、損害賠償の請求権者が加害者を知らなかったり、被害を知らなかったため権利を一切行使できなかったとしても20年たてば不法行為の損害賠償請求権が消滅するというのが本来の除斥期間規定の原則だ。

法律の条文を無視した判例である以上、この判例が適用されて除斥期間が考慮されないのは極めて例外的なケースにとどまるだろう。除斥期間の規定を無視しなければ、正義公平が保たれない時に最終的な手段として適用される判例であると考える。

参考
[1]YOMIURI ONLINE 2009.4.28

この記事をはてなブックマークに追加