世界変動展望

私の日々思うことを書いたブログです。

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死刑制度について

2007-07-31 23:50:10 | 社会
 光市母子殺害事件の差し戻し高裁裁判の弁護団は死刑廃止論者であることでも有名だ。被告の少年の死刑回避のために色々と弁論をしている。世論はこうした活動に反対意見だと思うが、死刑の存続・廃止の問題は人の命に関る問題だけに重大で議論が活発に行われている。
 死刑廃止の適否に関して、私はどちらがよいかわからない。昔は単に極悪非道のことを行った人でも、命を奪うのはかわいそうだと思って、どちらかといえば廃止派だったが、それほど単純な議論ではない。受刑者の側からすればそれも要因の一つだろうが、他にも遺族の被害感情や犯罪の抑止効果、再犯防止効果、宗教・社会上の背景、死刑の代替案をどうするかなど要因は多い。死刑廃止問題は複雑な要因を激しく議論して決めていかなければならない。そのような要因のため先にも述べたように私は死刑廃止の適否に関して結論までいたっていない。
 ただし、廃止を考える上での各要因の考察は述べることができるので、それを記述したい。まず最初に、犯罪の抑止効果の観点について。犯罪の抑止効果は刑法的には刑罰の目的そのものである[1]。死刑は絶望を与える極刑だから、廃止状態に比べれば抑止効果があると考えがちだが、実はそうとうはいいきれない。むしろ過去の調査・研究からは死刑の抑止効果については否定的な見解がある。例えば、米国で複数の州で死刑を廃止する前と後で犯罪率の変化があったかというと、優位な差は見られなかった。国連が調査した結果でも死刑の抑止効果については否定的だ。かといって、犯罪を犯さなかった人は死刑を恐れたから統計に入っていないという反論もあるので一概にはいえない。しかし、米国の例ではその反論はあたらないし、統計上の数字で効果が見えない以上私は死刑の抑止効果は否定的と考える。逆に再犯防止に関しては言うまでなく完璧である。
 次に遺族感情だが、光市母子殺害事件の本村さんのように激しい憎しみの感情を犯人に持つ人もいるし、肉親・恋人などを殺した犯人が罪を償って普通に生きていく姿を見たらやりきれない思いをするというのも無理はない。そうした遺族は死刑存続を訴えるだろう。ただ、厳罰を求める遺族ばかりではないことにも留意する必要がある。6月の刑事訴訟法改正にいたる審議でもあったが、本村さんたち犯罪被害者の会とは別の犯罪被害者の会の代表の方の意見主張は本村さんたちの会とは違って厳罰を求めるより、犯罪を犯した人と遺族が向き合う姿勢が真に被害の傷を癒すと考えている。本村さんたちの団体が犯人への報復感情があるのとは対照的だ。被害者内でも意見が分かれているのだから、そこもきちんと議論しなければならない。
 宗教上・社会上の背景は結論をいうと議論は難しい。多くの死刑廃止国は西欧や米国のいくつかの州であり、キリスト教圏だ。一方で死刑を行っている国は我が国の他に中国などで西欧や米国とは宗教上も社会上も違いが大きい。「死を与える」ということに対する根本的な価値判断の基準が異なるのであり、どちらがいいかという優劣はつけられないのではないか。
 死刑の代替刑の観点でも議論は難しい。この観点は別な言い方をすれば死刑の酷さと代替刑の酷さの比較であり、私が昔考えていた死刑が酷すぎるからという要因もこれに含まれる。多くの国民は代替案として絶対的終身刑[用語1]を挙げるだろうが、死刑と絶対的終身刑の比較でどちらが厳しいかという議論は簡単ではない。ドイツでは死刑が酷すぎるとして死刑を廃止する代わりに代替刑として絶対的終身刑を導入した。しかし、受刑者は出獄できないという絶望を与えられ生き殺しのような状態に苦しみ精神的に崩壊した受刑者もいたという。そのためドイツでは絶対的終身刑も廃止され日本でいう無期懲役刑(相対的終身刑[用語2]、以下”無期懲役”と表記)が最高刑だ。ドイツに限らず、死刑を廃止している国の多くは日本でいう無期懲役刑が最高刑であるという点も留意すべき点だ。死という絶望を与えるのと生きならが生涯にわたって苦しめ続けるのと、どちらが厳しいかと判断するのは難しい。仮に死刑の代替刑がなく、西欧諸国のように無期懲役を最高刑としたら、それがきちんと国民に受け入れられるように説得するのは現状の厳罰化の世では難しいだろう。ただし、この問題の結論を出す議論の上で世の一部の人が考えている「無期懲役は服役しても最短で10年で出れる。もっと長くても12~15年程度だろう」と無期懲役を軽く考えるのは現状では間違いである。報道番組のコメンテーターでもたまにこのように発言する人がいるので誤解するかもしれないが、日本の無期懲役囚は平均して25,6年は出ていないし、長い人だと40~50年いる人もいる。死刑の適否を考える際に無期懲役刑との量刑の酷さを比較することがよくあるが、現在の無期懲役刑の酷さを正しく認識することは議論の上で重要だ。
 以上の点から考えて、死刑の廃止の問題は複雑な観点があり、一つ一つが結論をつけるのに非常に難解なものである。よって死刑の適否の結論を出すのは難しいだろう。しかし、将来死刑を廃止するにしろ存続するにしろ、国民が死刑問題を議論する上での様々な観点を知った上で有用な議論をすることが必要だ。

参考
[1]刑罰の目的は犯罪抑止効果の他に受刑者の矯正という目的もあるが、死刑の場合は矯正を目的としないので除外した。

用語
[1]絶対的終身刑:仮出獄の可能性がなく、生涯にわたって服役する刑。日本では単に終身刑とよばれていることが多い。厳密にいうと終身刑は無期懲役刑・禁固も含まれるので本記事では区別するためにあえて絶対的終身刑と記述した。
[2]相対的終身刑:刑の執行は生涯続くが、仮出獄の可能性のある服役刑。仮出獄の場合でも、長い期間服役する。もちろん仮出獄しなければ生涯服役する。仮出獄したとしても、保護観察下であり刑の執行は生涯続く。そのためにこちらも終身刑とよばれる。日本では無期懲役・禁固刑が該当する。

朝青龍は再度怪我による休場の正統性を説明すべき

2007-07-31 23:17:44 | スポーツ・芸能・文芸
 横綱朝青龍の仮病疑惑が浮上した。先の名古屋場所で優勝したが、腰の疲労による骨折とひじを痛め全治6週間と診断された。その診断書を相撲協会に提出して夏の巡業を休む予定であったが、25日に朝青龍の地元のモンゴルで元日本代表の中田英寿と楽しそうにサッカーをプレイし軽快にゴールを決めるシーンが報道された。
 問題のサッカーをプレイしているシーンは確かに元気そうにみえて、腰の骨折やひじを痛め6週間の怪我を負っているようには見えない。「そんな大きな怪我をしている人があんなに元気にサッカーできないよ。」と疑われても不思議はないかもしれない。しかし、通常人が外から見ただけではわからないのではないか。朝青龍が負った怪我の程度を詳しく考えれば、あれぐらいの運動はできてしまうものなのかもしれない。いいかえれば、医師など専門家の方が見立てればわかるのかもしれないが、極めて明白な場合を除けば通常人が怪我の程度と運動のできる度合いについて正確に判断するのは困難だ。今回の騒動で医師の方の診断書の真偽も疑われてしまうだろうが、診断にあたった医師の方がきちんと説明すれば問題ないだろう。専門家の医師の方は他にもいるはずだし、説明の正当性はすぐにわかるはずだ。個人的には医師の方はきちんと職責を果たされたと思うので、今回の騒動は診断した人には災難だったのではないか。
 夏の巡業が予定されている地域では横綱朝青龍の対応に不満を述べているが、軽率な行動は本人も謝罪しているようだ。朝青龍自身も相撲協会も夏の巡業は予定どおり休場するようだが、仮病の疑念を抱かれている以上は自身が負った怪我による休場の正当性をきちんと説明すべきである。

参議院選を終えて-今後の政治の行方

2007-07-30 19:33:38 | 政治・行政
 29日に行われた参議院選挙では自民党の獲得議席は37にまで下がり、歴史的な大敗を喫した。与党は過半数割れし、参議院第1党の座も民主党に奪われてしまった。年金問題や大臣たちの不適切な発言による逆風が非常に強かったと思われる。選挙にあたった党の関係者からは「逆風がここまで強いとは思わなかった」という声も聞かれた。阿部首相の進退問題も浮上したが、阿部首相は続投を表明した。
 確かに、今回の参議院選挙において自民党にとっての一番の逆風は社会保険庁の年金問題であったし、それは阿部内閣の責任ではない。不適切な発言をしたり職を退いた閣僚を数多く指名した責任が首相にあるとしても、阿部内閣の続投を容認する声があがっても不思議はないだろう。与党には厳しい国民の「ノー」という主張が突きつけられたわけだが、与党はそれを真摯にうけとめて体質改善をしていかなければならない。
 一方で大勝した民主党は獲得議席数が60となり、過去最高を記録した。参議院第1党として参議院議長の座を与党から奪い政治における権力を強めた。与党への批判に国民が同調した形だが、これからどのような政治を行っていくのかが問われる。90年代も与野党の逆転というのはあったが、野党によって結成された内閣も決して評価できるものではなかった。今後民主党は参議院での攻勢によって与党に圧力をかけ、衆議院の解散に追い込んで政権を奪取することが目的となろう。そうした流れの中で、国民の同調にきちんと応えられる活動を行わなければならない。
 このまま進めば我が国の政治のあり方として二大政党制を選択するかどうかを問われる可能性も十分にあるだろう。政治の基本的な流れとして、どのようなものを選択するのか国民の側も真剣に考えることが求められる。

博士取得者の就職難問題-大学・学生・企業の改革が必要

2007-07-30 03:10:41 | 社会
 応用物理学会が求職中の博士課程修了者が「求職中」であることを示す「キャリアエクスプローラーマーク」を新設した。文部科学省のポスドク増加計画や大学院重点化計画で、90年に7813人だった博士課程修了者は近年急増して、現在も1万7000人程度で推移しているという[1]。博士課程修了者の就職率も6割程度、現在もポスドク等の任期付き研究者が1万5000人おり、高齢化が深刻だ[1]。
 90年代の後半からの科学技術政策は優れた研究能力を持つ人を育成し、世界をリードする優れた科学技術上の業績を生み出すことを目指して行われたが、少子化に伴う大学生の減少等で大学の助教や准教授といったポストの削減の影響や、受け皿と思われていた民間企業の博士課程受け入れの抑制のため就職難が起きた。民間への受け入れは多くの場合就職を希望する博士取得者が企業のニーズと合わないため受け入れが難しいとされている。
 博士号取得者は彼らの専門分野については非常に高い能力を持つ人ばかりであり、その能力を活かせないことは非常にもったいないことである。そこをきちんと活かせる政策をつくっていくことは重要だ。
 一方で大学・企業や博士課程修了者も変革が必要だと思われる。博士課程修了者は企業等で行われている研究が大学や国立の研究機関のように自由な研究ではないと考えており、それを嫌って大学等の就職先を希望している場合が多い。民間企業にとって有益だとしっかりと主張していかないと、企業に採用されるのは難しいのではないか。大学もまた一部の大学で率先して行っているように産業に役立つ研究や企業にとって大学での研究がどのように役立つのかといった説明をうまくできるように学生を教育することが必要だ。特に、これまでの博士課程修了者は研究の説明や企画力、交渉能力の点で同世代の企業人に遅れをとっていると評価されている点が就職難の一つとなっているので、これを克服するのは重要だ。企業もまたそうした大学や学生の姿勢を受けとめて考えるべきではないだろうか。
 応用物理学会の考案した「キャリアエクスプローラーマーク」もまた、民間企業等への有用なアピールになるだろうが、企業・学生・大学の3者がそれぞれ改革を進めていく必要があるのではないか。

参考
[1]asahi.com:「ポスドクや博士号取得者数データ」2007年07月29日16時41分

用語
[1]ポスドク:ポストドクター(Postdoctor)の略。主に博士号取得者の就く任期付き研究員の職を指す。

女流棋士残念ながら2年連続全敗-第55期王座戦

2007-07-29 02:54:30 | 囲碁・将棋
 7月28日に第55期王座戦1次予選の女流一斉対局が行われ、4人の女流代表選手は四段の棋士と対決したが2年連続で全敗した。対局者は以下の通り。

矢内理絵子女流名人-伊藤真吾四段
清水市代女流二冠-佐藤天彦四段
斎田晴子倉敷藤花-豊島将之四段
千葉涼子女流三段-瀬川晶司四段

昨年度デビューしたばかりの伊藤、佐藤(天)、豊島の各四段とアマからの編入者で話題となった瀬川四段という新人が対局者だったので、一般棋士側も全員緊張したのではないだろうか。
 藤井猛九段の話によれば、全敗の結果の一つの要因は持ち時間5時間という女流には慣れない対戦だったからだという。女流は通常持ち時間3時間での対戦であり、5時間という対局はあまりない。そのあたりの対策が一つの課題ではないかとのことだった[1]。
 矢内-伊藤、千葉-瀬川戦のように短い時間で終わってしまったものもあるが、清水-佐藤(天)戦は中盤まで清水の優勢だったが、ミスをしたために形勢逆転。佐藤天彦四段が勝利した。青野九段も清水女流二冠の健闘をたたえていた。女流の一般棋士との対局は終盤にミスが出てしまうのが一つの課題なのかもしれない。
 いつか女性の中からも一般棋士が誕生してほしいと願う。そうなればかなり話題性も高くなるだろう。

参考
[1]将棋王国(NIKKEI NET):「藤井猛九段のコメント」 2007.7.28