世界変動展望

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裁判の証明度

2012-09-07 00:32:29 | 法律

裁判では証拠をもとに事実認定する。どの程度の証明がされれば認定されるかというと、判例上は「高度の蓋然性」を証明すれば認定される。ただ、実務上は民事は刑事よりやや低い証明度でよいとされている。詳しく説明すると、刑事事件では

「元来訴訟上の証明は,自然科学者の用いるような実験に基づくいわゆる論理的証明ではなくして,いわゆる歴史的証明である。論理的証明は『真実』そのものを目標とするに反し,歴史的証明は『真実の高度な蓋然性』をもって満足する。言い換えれば,通常人なら誰でも疑いを差し挟まない程度に真実らしいとの確信を得ることで証明ができたとするものである。」(最高裁昭和23年8月5日判決)

民事事件ではいわゆる東大ルンバール事件の判例

「訴訟上の因果関係の立証は,1点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし,かつ,かつ,それで足りるものである。」(最二小判昭50・10・24 民集29巻9号1417頁)

これだけみると、刑事も民事も同じ証明度が要求されていると考えられます。刑事では「合理的な疑いを容れない証明」とも言われます。通常裁判では自然科学の証明と違って反証が残されており、全く反証を許さない証明がされないと事実認定できないとすると、全く認定できないのでこのように扱われているわけです。ですので、上でいう「疑い」というのは合理的な疑いを指し、合理性のない疑いは含みません。最近最高裁も

「刑事裁判における有罪の認定に当たっては,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要である。ここに合理的な疑いを差し挟む余地がないというのは,反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく,抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても,健全な社会常識に照らして,その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には,有罪認定を可能とする趣旨である。」(最高裁平成19年10月16日判決)

と端的に示しています。

では、刑事と民事では同じ証明度が要求されるのかというと、実務上はそうではなく、民事の方が若干低い証明度でもいいようです。根拠は様々な民事訴訟の専門書にそう書かれているからです。それなら事実と考えて間違いないでしょう。なぜ違いがあるのかというと、刑事と民事では訴訟目的が違うからです。

刑事は真相の究明だけでなく、人権を守ることも重要な目的です。有罪となれば刑罰という非常に重い制裁が与えられるので、絶対に間違いない判断が要求されます。故に非常に高度な蓋然性を証明する必要があるのでしょう。それに対し民事は私的な紛争を解決することが目的です。当事者間の公平性や弱者救済といった観点で訴訟を行いますから、刑事に比べて緩い証明度でもいいのでしょう。アメリカでは証拠の優越程度の証明度でよいとされているようです。

では具体的な事例で「高度の蓋然性」の証明を見ましょう。

事案
暴力団員の被告人らが被害者の少女に覚せい剤を注射し、被害者は錯乱状態になった。しかし、被告人らは何の救急医療の要請もせず放置し、被害者は死亡。被告人らは保護責任者遺棄致死罪で起訴。被告人らが救急医療の要請をしなかったことと、被害者の死亡との因果関係が争われた。

判決 (最高裁第三小法廷 決定 平成元年12月15日)
上告棄却(保護責任者遺棄致死罪の確定)

判旨
『・・・「原判決の認定によれば、被害者の女性が被告人らによって注射された覚せい剤により錯乱状態に陥った午前零時半ころの時点において、直ちに被告人が救急医療を要請していれば、同女が年若く(当時一三年)、生命力が旺盛で、特段の疾病がなかったことなどから、十中八九同女の救命が可能であったというのである。

そうすると、同女の救命は合理的な疑いを超える程度に確実であったと認められるから、被告人がこのような措置をとることなく漫然同女をホテル客室に放置した行為と午前二時一五分ころから午前四時ころまでの間に同女が同室で覚せい剤による急性心不全のため死亡した結果との間には、刑法上の因果関係があると認めるのが相当である。」したがって、原判決がこれと同旨の判断に立ち、保護者遺棄致死罪の成立を認めたのは、正当である。』

この判例では「十中八九確からしい」ことを「合理的な疑いを超える程度に確実」と考えているようです。専門書によっては「高度の蓋然性=十中八九確からしい」という趣旨で書いてあるものもあります。要するに8割方の証明でいいということです。実務上本当にこの程度でいいのかわかりませんが、「8割方の証明」と記載している専門書がいくつかあるのは事実です。

統計的な検定だと有意水準は1%か5%にとることが多く、2割は高すぎてまずとらないと思いますが、裁判では意外と高いですね。



2 コメント

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Unknown (とおりすがり)
2013-03-11 09:11:49
最後の判例は証明度の関係であげるべきものですか?
不作為における因果関係の話ですよね。
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回答 (世界変動展望 著者)
2013-03-11 21:27:06
専門家ではないので詳しくはわかりません。

文献によれば高度の蓋然性の証明は約8割以上確からしいという証明度と書かれている文献がありまた。

判例を探して根拠を発見しようと思い見つけたのが上の判例です。判例では"十中八九確からしい=合理的な疑いを超える程度に確実"としているようなので紹介しました。

高度の蓋然性の別な表現として"十中八九確からしい"ということでもよいのではないでしょうか。因果関係の証明度も他と同じ証明度が要求されるわけですから。
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