世界変動展望

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材料の機械的性質の捏造、改ざん - 東北大学井上前総長事件

2012-09-01 01:30:27 | 社会

いつもデータの使い回し関連の不正ばかり扱っているので、今回は違う不正疑惑を紹介します。題材は井上明久東北大前総長が行った材料の機械的性質に関する捏造・改ざんです。昨年6月24日にApplied Physics Lettersの論文(以下APL論文)が二重投稿を理由に撤回となりました。井上はこの論文の筆頭著者です。

この論文は以前に重複データを別の実験条件に変更して、別実験の結果と偽装した捏造があったことを紹介しました[1]。実はこれだけでなく材料の機械的性質の捏造、改ざんもあったのです[2]。

(1)全ひずみ量、ヤング率の改ざん

結論からいうと、APL論文に記載されている材料の全ひずみ、ヤング率は以下のように改ざんされています。


図1 全ひずみ量、ヤング率の改ざん (一番上の行の値が真値)[2]


この図は何かというと金属に圧縮試験をしたときの結果の一部です。全ひずみ量というのは圧縮して金属が破断するまでに基準長の何%ひずんだかを示す量で、ヤング率は弾性変形([3])で単位ひずみ量あたりの応力のこと。ヤング率というのはフックの法則のばね定数と同じものです。

こういう全ひずみ量やヤング率はどう求めるかというと、材料に圧縮試験をした時の応力ひずみ曲線から求めます。


図2 材料の応力ひずみ曲線とそれから求められる全ひずみ量、ヤング率 [2]

全ひずみ量もヤング率も求め方は簡単で、まず全ひずみ量は破断点からひずみ軸に垂線をおろし、その交点と原点との長さが全ひずみ量です。図から、ガラス材(as-cast)が約1.3%、準結晶材(quasicrystalline)が約1.7%と求まります。

ヤング率は弾性領域の比例定数を求めればよく、ガラス材が約130GPa、準結晶材が約150GPaと求まります。

しかし、論文記載の値はガラス材が全ひずみ量2.2%、ヤング率85GPa、準結晶材が全ひずみ量約3.1%、ヤング率88GPaであり一致しません。なぜ一致しないのでしょうか。それは後に考察します。今は論文記載の値が通常求められる値と一致しないということを理解してください。

論文の値はどちらも展性が大きく、ヤング率が低い方へ変っています。これは後の考察で重要です。

(2)0.2%耐力の捏造・改ざん

APL論文に記載されている材料の0.2%耐力([4])も以下のように捏造、改ざんされています。


図3 0.2%耐力の捏造 (一番上の行の値が真値) [2]

図4 材料の応力ひずみ曲線とそれから求められる0.2%耐力 [2]

0.2%耐力の求め方も簡単で、応力ひずみ曲線から求めます。ひずみ軸で原点から0.2%だけ正の点から弾性領域の応力ひずみ曲線に平行に線をひき、曲線と交わった点の応力が0.2%耐力です。図4のガラス材(左側)は破断点から真下に向かって線が延びていますが、実測値なら通常はひずみ軸まで垂直に線が延びるにも関わらず、そうなっていないので、これはただの補助線と考えられます[2]。

このやり方に従って0.2%耐力を求めると、ガラス材は求めらず、0.2%耐力は存在しません。準結晶材は目視では1800~1860MPaの間に見えます。

しかし、論文にはガラス材が1750MPa、準結晶材が1780MPaと記載されており、一致しません。なぜ一致しないのでしょうか。それは後に考察します。今は論文記載の値が通常求められる値と一致しないということを理解してください。

(3)適切にデータ解析する意思がない

以上で説明したように、APL論文のデータは通常求めた値と一致しません。これは単純ミスで生じたと考えることはできないと思います。なぜなら、上で求めたデータの求め方は簡単で、きちんと解析をやればまず間違いません。ミスでこれだけたくさん上のように間違うことは難しいです。特にガラス材の0.2%耐力は応力ひずみ曲線がほぼ弾性領域しかないのは一見してわかるので、0.2%耐力が求められないことは一見しただけでわかったはずです。

普通に考えて、著者が論文掲載の応力ひずみ曲線から適切にデータを求めようとしたとは思えません。

解析を実施せずにデータを捏造したか、求めた値を改ざんしたと判断されます。応力ひずみ曲線のデータを違うデータと取り違えたのではないかと考える人もいるかもしれません。確かにこの事例だけみると、その可能性はないとはいえないでしょう。しかし、青木清氏(北見工業大学名誉教授)らによると、同じ誤りが6編もの論文に共通しているそうです[2]。さすがにそれだけの論文で同じ不正疑惑があると、過失によるデータの取り違えと考えるのは合理的ではありません。

著者はデータを捏造又は改ざんした可能性が高いです。

(4)著者にとって有利な方向へ変更

(1)でガラス材、準結晶材の全ひずみ量は展性が大きい方向へ変更され、ヤング率は低い方向へ変更されていると述べました。一般にガラス材、準結晶材は硬く、脆く、延性が乏しいという欠点があります[2]。展性も乏しいのでしょう。展性が大きい方向への変更はこの欠点を改善する効果を出しています。

また金属ガラスは低ヤング率という特性があります。しかし、通常のやり方で求めたヤング率は通常の結晶金属のものとあまり変わりません[2]。論文記載のヤング率は「金属ガラスは低ヤング率という特性を持つ」という方向と合致し、有利な効果を出しています。

つまり、論文記載の全ひずみ量、ヤング率は著者にとって有利な方向での変更です。しかも、同じ変更が6編もの論文で共通しているそうです[2]。

本当に過失ならミスはランダムで規則性はないはずです。これほど有利な方向にだけ偶然間違うのは不合理です。「有利な結果を発表するためわざと虚偽の値を発表した」と考えるのが至極当然です。

(5)結論

最終的には第三者調査機関が判断することになりますが、総合的に考えてAPL論文は捏造論文と考えざるを得ません。客観的な側面から考えて、著者は適切なデータ解析をする意思があったと思えないし、常に有利な方向で捏造まがいのデータを作成しており、作為がなかったとは考えられません。

それだけでなく、キャプションで実験条件を変更してデータを使いまわす捏造、二重投稿など不正がたくさんあります。APL論文は極めて悪質な不正論文で、とても酷いあり様です。とてもまっとうな研究者が書いた論文とは思えません。以前に井上に対する怒りを記事にしたのは、こういう理由です[6]。

「論文のタイトル、著者、実験条件を変えて既発表論文を別の論文に見せかけよう。」
「優れた材料ができたように偽装しよう。」

客観的証拠から、著者のそういう意思を感じます。おそらくこれは多くの人にとって同じではないでしょうか。そういう意思や著者の欺網は常識的思考力があれば誰でも見抜けると思います。そういう当たり前の判断を東北大学や日本金属学会がしていれば、この問題はとっくに解決していたでしょう。

しかし、ただでさえ不正の認定に関しては非常に消極的で、常識的には不正でもわざと過失で済ますことも珍しくない研究機関にとって、日本学術界の重鎮に対する調査や裁定は、どうしても不正認定を避けるという方向でしか動かなくなりました。匿名投書に対する不公正な調査、不条理な告発握りつぶしはその表れに他なりません[6][7]。

これほど不正や所属機関や学協会の不公正さが明白でも、一向に文科省等は第三者調査機関を作る動きを見せません。あまりに無責任です。

一刻もはやく第三者調査機関を作って客観的、公正、厳正、積極的に不正の調査をし、事態を改善する必要があります。

参考
[1]世界変動展望 著者:"上下逆などの細工ありの使い回し例 - 東北大学井上明久前総長事件" 世界変動展望 2012.8
[2]青木清氏らのJSTへの告発文 2012.3.22
[3]弾性変形:「外力を受けて変形した物体が、外力をとり除くと完全に元の形に戻るような変形。」(大辞泉より) 弾性変形は応力とひずみが比例関係にある。
[4]0.2%耐力:除荷した後に残る塑性ひずみが0.2%(0.002)になる時の応力のこと[5]。明確な降伏応力がない材料で替わりに用いる値。
[5]CAE技術者のための情報サイト 2012.8.31閲覧
[6]世界変動展望 著者:"東北大学は井上明久総長を即刻懲戒解雇せよ!退職金を絶対に支給するな!!" 世界変動展望 2012.3.28
[7]世界変動展望 著者:"結論ありきの調査委員会か?- 井上明久不正事件、匿名投書への対応" 世界変動展望 2012.6.28
[8]世界変動展望 著者:"研究機関のあらゆる不正を調査する第三者調査機関を必ず設置せよ!" 世界変動展望 2012.5.30