私はどう生きるべきか熟考してきました。
現代社会は物質的成功や経済合理性の過度の追及の果てに起きている地球温暖化や原発事故などがあります。
そして環境省のデータだと、もし世界中の人たちが日本人のライフスタイルを実践したら、地球は2,9個が必要という報告もあります。
またトランプ現象など資本主義の行き過ぎた競争社会の弊害などに悩む時代だと思います。
そこで私が今のところ、これからの時代に必要で、すべての人が幸福感を持って、全員が人間として成功できる思想や生き方だと考えるあり方について、お伝えさせてもらいます。
この情報でどなたか、何か生きやすくなったり、何か参考やお役にたてたり、社会をいい方向に変えてくれる人になって頂けたら幸いです。
「一灯照隅、万灯照国。」
私は一番大切なあり方として、必ずしもいわゆる立身出世やお金儲けではなく、「一灯照隅、万灯照国」という精神を、もっとも重要な人生の指針にしています。
意味は「世間の暗闇を嘆くより、片隅でもいいから自分自身で明かりを身近から灯そう。
それだけでは小さい明かりかもしれないが、その一隅を照らす人が増えていき、万の灯りとなれば国全体を照らすことができる。」という意味です。
この言葉は平安時代の僧侶の最澄が言い、昭和時代の陽明学に基づいた教育者の安岡正篤が改めて広めた概念です。
この言葉は平安時代の僧侶の最澄が言い、昭和時代の陽明学に基づいた教育者の安岡正篤が改めて広めた概念です。
近年では、アフガニスタンで医療活動や水路を作る活動をしていた医師の中村哲が大切にしていた想いです。
この思想は、東洋思想の論語の精神のあり方にも近いと思います。
またガンジーが言った「世界に変革を望むなら、自らがその変化になれ。」という言葉とも、内容はかなり似ていると思います。
つまるところ自らのあり方から始めて、あるべき救世の社会変革を志す価値観や生き方が重要と思います。
「素直な心」
そして私は物事の捉え方や考え方あり方として、なにかと権威や長いものに巻かれがちな現代日本には、こういう姿勢がもっと必要と思います。
私が学んできたポジティブ心理学や脳科学の研究による、皆が幸せを感じられる幸福学(ウェルビーイング)のあり方の概要はこちらになります。
そうして私なりに考えて現代に必要だろう生き方は、必ずしも今までの社会の傾向の様に地位やお金などを追うばかりではないと思うので、物質的な豊かさにはどこか物足りなさを感じやすいかもと思います。
しかしそれを満たすものとして、近年盛んな心理学に基づく幸福学の研究を学び、それらではお金や地位財を追うより、もっと重要なこととされる心的な豊かさのあり方などがあります。
「道徳と感情のバランスをとる自我を磨く。」
この概念を生み出したのは、心理学の立役者のフロイトです。
意味は自分なりの倫理的なけじめや親や社会などから教えられた道徳と、自分の生き物としての欲や感情とのギャップや差異による葛藤から、ノイローゼなどが起こりやすいので、その調整というかバランスを自我(理性や合理主義)で行うという意味です。
「生きる意味があれば、どんな苦しみにも耐えられる。」
精神科医のビクター フランクルが言った、ロゴセラピーとも言われるあり方です。
人は生きる意味が見いだせないと、うつやひょっとしたら自殺などに陥りやすく、そこで家族を守っているとか、ボランティア活動しているとか、自分なりの生きる意味が見いだせれば、いろいろな困難や苦しみにも耐えて、生きていけるという意味です。
ちなみに私は自分なりの生きがいを、人や社会への貢献としています。
またコペルニクス的転回で、あなたは世界や人生から何をすることを求められているか考えることも、必要な大切な発想です。
「レジリエンス力を身につける。」
最近よく言われるレジリエンス力とは回復力、復活力といわれる、失敗や逆境に陥っても、そこからタフさと言うより、竹の様なしなやかさで回復していく力や方法のことを言います。この能力も今の厳しい、強さばかりが重んじられる同調文化の日本では、生き抜くためにも、そういうあり方を変えていくためにも重要なスキルだと思います。
幸福学でも問題解決能力の重要さは言及されています。
そのレジリエンスの方法については、こちらのブログの記事を、参照してもらえたらと思います。
「人間としての成功とは、高い社会的な地位やお金持ちや名誉を得ることよりも、自らの天分や使命を完全に生かしきることである。」
これも松下幸之助の言葉で、一般的に社会的な成功というと大富豪になったり立身出世を果たすことと、定義されることが多いと思います。
しかし、松下さんは、「人間とは皆が各々で異なる顔をしているように、各自で素質や特質も適性も皆異なっている。例えば野に咲く草花も多種多様な生え方や咲き方をしている。
この思想は、東洋思想の論語の精神のあり方にも近いと思います。
またガンジーが言った「世界に変革を望むなら、自らがその変化になれ。」という言葉とも、内容はかなり似ていると思います。
つまるところ自らのあり方から始めて、あるべき救世の社会変革を志す価値観や生き方が重要と思います。
そしてできたならいろいろな方達と、協力していきたいです。
また彼らが言う理想や志や正義や道徳や良心や、またクリスチャンの教師である渡辺和子が言う愛や優しさや思いやりのあり方を両面とも持ち生きたいです。
厳しい弱肉強食的で経済合理性ばかりの社会を生き抜く生き方より前に、良い生き方を生きるあり方を信念として、なるべくしっかり持つことが大切と思います。
「素直な心」
この言葉はパナソニック創業者の松下幸之助が自ら生み出した彼の座右の銘です。
素直な心の意味とは、一般的な意味のおとなしく従順という意味ではあまりないです。
それより私心や自分なりの知識や思い込みや、一つの思想や主義のみで捉えるという色ガラスに、できるだけとらわれない様に心がけます。
そしてすべての森羅万象から真摯に学び、なるべく幅広く衆知を集めそれに真剣に耳を傾けます。
それらから自習自得で、その実相や真実や真理や本質をできるだけ曇りなくあるがままに把握すると、その道理が見えてきます。
そしてその道理に合った、何が正しく何をなすべきかがわかってきます。
そして独学のエジソンや宮本武蔵みたいに、素直な心を学んで考えて試して反省して自得することを目指します。またはグループで学び合っていきます。
そして私は物事の捉え方や考え方あり方として、なにかと権威や長いものに巻かれがちな現代日本には、こういう姿勢がもっと必要と思います。
「我思う故に我あり。」
16世紀の哲学者のデカルトが言った言葉で、私の解釈では、「常識を疑い自分が科学的(合理的)に妥当と考えたこと以外は、真とは認めない。」という意味です。
彼の時代は教会の権威や聖書が当たり前の絶対の答えとされがちでしたが、彼は数学や物理学などの理系的なとらえ方で、物事を自分の頭で思考しました。ある意味彼の理論が近代合理主義を生み出し、ひいては産業革命を引き起こしたと思います。
16世紀の哲学者のデカルトが言った言葉で、私の解釈では、「常識を疑い自分が科学的(合理的)に妥当と考えたこと以外は、真とは認めない。」という意味です。
彼の時代は教会の権威や聖書が当たり前の絶対の答えとされがちでしたが、彼は数学や物理学などの理系的なとらえ方で、物事を自分の頭で思考しました。ある意味彼の理論が近代合理主義を生み出し、ひいては産業革命を引き起こしたと思います。
(5,6年前に出版された本でも、「99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方」というタイトルで、固定概念や社会通念や常識に縛られず自分の頭で合理的に柔軟に考えようという本があり、その本も私の愛読書です。)
また弁護士の伊藤真さんが自ら考える力を育み本質を把握する思考法について書いたブログの投稿はこちらになります。
それに近いあり方として、今までの受験教育などに多かった暗記による記憶力より、近年よく言われる自らによる思考力を鍛える「真の賢さ」ともされる、地頭力というあり方についてまとめたブログは、こちらになります。
私が学んできたポジティブ心理学や脳科学の研究による、皆が幸せを感じられる幸福学(ウェルビーイング)のあり方の概要はこちらになります。
そうして私なりに考えて現代に必要だろう生き方は、必ずしも今までの社会の傾向の様に地位やお金などを追うばかりではないと思うので、物質的な豊かさにはどこか物足りなさを感じやすいかもと思います。
しかしそれを満たすものとして、近年盛んな心理学に基づく幸福学の研究を学び、それらではお金や地位財を追うより、もっと重要なこととされる心的な豊かさのあり方などがあります。
「道徳と感情のバランスをとる自我を磨く。」
この概念を生み出したのは、心理学の立役者のフロイトです。
意味は自分なりの倫理的なけじめや親や社会などから教えられた道徳と、自分の生き物としての欲や感情とのギャップや差異による葛藤から、ノイローゼなどが起こりやすいので、その調整というかバランスを自我(理性や合理主義)で行うという意味です。
「生きる意味があれば、どんな苦しみにも耐えられる。」
精神科医のビクター フランクルが言った、ロゴセラピーとも言われるあり方です。
人は生きる意味が見いだせないと、うつやひょっとしたら自殺などに陥りやすく、そこで家族を守っているとか、ボランティア活動しているとか、自分なりの生きる意味が見いだせれば、いろいろな困難や苦しみにも耐えて、生きていけるという意味です。
ちなみに私は自分なりの生きがいを、人や社会への貢献としています。
またコペルニクス的転回で、あなたは世界や人生から何をすることを求められているか考えることも、必要な大切な発想です。
「レジリエンス力を身につける。」
最近よく言われるレジリエンス力とは回復力、復活力といわれる、失敗や逆境に陥っても、そこからタフさと言うより、竹の様なしなやかさで回復していく力や方法のことを言います。この能力も今の厳しい、強さばかりが重んじられる同調文化の日本では、生き抜くためにも、そういうあり方を変えていくためにも重要なスキルだと思います。
幸福学でも問題解決能力の重要さは言及されています。
そのレジリエンスの方法については、こちらのブログの記事を、参照してもらえたらと思います。
「人間としての成功とは、高い社会的な地位やお金持ちや名誉を得ることよりも、自らの天分や使命を完全に生かしきることである。」
これも松下幸之助の言葉で、一般的に社会的な成功というと大富豪になったり立身出世を果たすことと、定義されることが多いと思います。
しかし、松下さんは、「人間とは皆が各々で異なる顔をしているように、各自で素質や特質も適性も皆異なっている。例えば野に咲く草花も多種多様な生え方や咲き方をしている。
私はその様に各々が自分の天分(素質や適性や特質など)や使命を、素直な心で自然に適切に自己の持ち味を、人生や生活や仕事やボランティアなどで生かしていくことが、周りも喜ばせ幸せだと思う。
(ポジティブ心理学の幸福学ウェルビーイングでも、
①労働(お金を稼ぐことが目的)より、
②キャリア(地位、名誉の獲得を目指すこと)より、
③天職という(自分がやりたいこと、社会に貢献すること、自分の強みを活かすことが重なる自己実現をする働き方を通してお金を稼ぐこと)が、一番幸せを感じられると言われます。
そしてその己の天分や使命を完全に、または存分に生かしきることが、人間としての成功だと考える。またそれは自分らしく輝きながら、全体ともイキイキと調和している状態だ。」とおっしゃっています。
また私は現代は半農半Xの提唱者の塩見直紀さんが紹介する自然の分をわきまえながら、自分の天分を生かしきるバランスも求められる時代と思います。
そしてお金持ちや権力者や有名人にはすべての人はなれません。しかし自然の分をわきまえながら、各自で異なる自分の天分や使命をなるべく生かしきることならできると思います。そういう考え方精進しだいなら、お互いの共同生活に彩りや豊かさを生み百花繚乱の様に、誰もが幸福や人間としての成功をつかめるだろうと思います。
そしてお金持ちや権力者や有名人にはすべての人はなれません。しかし自然の分をわきまえながら、各自で異なる自分の天分や使命をなるべく生かしきることならできると思います。そういう考え方精進しだいなら、お互いの共同生活に彩りや豊かさを生み百花繚乱の様に、誰もが幸福や人間としての成功をつかめるだろうと思います。
これらが私が現状もっとも重視している信条です。
そこで私は環境問題や格差問題などの解決を自分の志にしているので、それを模索して実践する社会企業エコフェアネットワークを行っています。
社会企業エコフェアネットワーク
皆様この真剣な志の事業をどうぞよろしくお願いいたします(^^)