北海道大学のキャンパスを散歩していたら、鈴なりの「姫林檎」に出会った。
羽田から早朝に飛び立って、千歳空港から札幌駅に着いたら、まだ十時そこそこであった。たっぷり時間があるので、同行のI氏と共に北大まで歩いた。正門に立てかけられていた日本原子力学会の看板の前で、若干恥じらいつつも、記念写真を写してキャンパスに入った。クラーク先生の銅像を訪ね、農学部の裏道を経てポプラ並木に到った。
姫林檎の大木が、道路に覆いかぶさるように枝を伸ばしていた。しかも枝には赤く色づいた実が、鈴なりであった。左側の農場のフェンスには、名も知らぬ蔦が絡み付き、色鮮やかに紅葉して、我々を迎えて呉れていた。
午後から始る、「シニアと学生の対話イン北海道」に参加する学生達の思いが、凝縮したかのような情景であった。
その昔 農学校に始まりし
北大訪ねて 先ず農場に立つ
紅の粒煌めきて姫林檎は
君らも学ぶや枝も撓に
フェンスには熱き思いを紅に
葉を染め学ぶ 若人か 蔦よ
虚庵さまは、北海道で見ていたのですね。
私は、実家の魚津で見ていました。
駅前の通りの街路樹が姫林檎の木だったのです。
いつごろから、こんなステキな(美味しそうな)
街路樹に変わったのか・・・全然知りませんでした。
これまで、秋に実家に帰った記憶があまり無いので、気づかないで過ごしたのだろうと思います。
10月初旬に父が他界しました。
それで、実家に帰っていました。
私には、とてもやさしい父でした。
この秋を思い出す時、姫林檎の木も一緒に
思い出すのかもしれないなぁなんて思いました
かわいい林檎が・・・心を癒してくれる気がします。
こんな近況報告していいものかどうか迷いましたが
この月が終わる前に、虚庵さまに聞いてもらいたい
と思いました。m(__)m
お父様のご訃報、こころからお悔やみ申し上げます。
娘のジャム様にとって、優しいお父様は特別な存在であったように、お父様にとっては、娘のジャム様は特別な宝であったことと思います。一杯の思い出をどうか、大切になさって下さい。
虚庵居士の父母は、殆ど親孝行も出来ぬままに夙に他界しましたが、存命中にこんな言葉を残してくれました;「親孝行が出来ない分を、子供達に尽くしてお上げ」と・・・。
悲しい気持ちは中々癒えないかと想いますが、精一杯サンダー君を可愛がって下さい。それが何よりのお父様孝行ですから。
丁度同じ頃に、姫林檎を見上げていたことに、不思議な「えにし」を感じつつ、こころよりご冥福を念じ上げます。 合掌
自分のブログは、更新しないままになって久しいのですが・・・
虚庵さまのブログには時々おじゃまして、お花を採取
させて頂いてました。
また散歩に来させてくださいね