川端裕人のブログ

旧・リヴァイアさん日々のわざ

PTA連載、はじまります!@婦人公論

2007-04-07 07:51:34 | 保育園、小学校、育児やら教育やら
婦人公論 the 90th anniversary blog - 2007年4月22日号(4月7日発売)
たぶんきょうあたりから書店にならぶ婦人公論の4月22日号にて、「みんなのPTAをさがして」という連載がはじまりす。
隔週の雑誌なので、結構、ポンポンと書き連ねます。
ほんと公私ともPTAな日々になりそう。
がんばります。
お力添えを!
追記
現役のPTA活動をしながらの連載なので、書きにくいことはたくさん。
でも、そのあたりの指針は最初から決まっていて、

これまでPTAにかかわってきた三年間については、一般論的な言及をすることはありますが、「今」の活動については原則書きません。

あるいは、

実話は書かず、実感は書く。

というスタンスでやります。

追記の追記
とても大事なことをひとつ書き忘れてました。
このブログでいただいたコメントを記事に使わせていただいています。
コメントを戴いた方々、御礼申し上げます。



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14 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ありがとうございます! (カワバタヒロト)
2007-04-11 20:23:55
日記も見せていただきました。

残念ながら、我がPTAもそうすぐには変わらないし、それでも、なにかやらないと腐っちゃいそうなので、がんばります。
なにはともあれ、今のままのPTAを息子と娘の代に持ち越したら、すごく失礼な気がするんですよね。次の世代に対して。
とりわけ、自由加入のことなんですけどね。
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超遅まきながら御連載#1を図書館でコピーしてき... (FJN)
2007-05-17 23:38:02
とまれ、【子持のお父さん作家は「PTA会長をやる」という不文律があるらし】い――と明記されているサイト↓を見つけました。
http://www.din.or.jp/~aoyama/diary200504.html
really?!と叫びたくなるかも。
                FJN拝  
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青山さんは、「友達の友達」です。 (カワバタヒロト)
2007-05-19 08:03:08
同じMLにも入っているし。だから、なんとなく親しみが……。
そうか、今PTA会長をされているのですね。
ちなみに、そういう不文律はうちにはありませんね。

ところで、FJNさんが、お母様に言えない理由とは?
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先週の保護者会で、PTAに関して日頃問題に感じてい... (ヨコハマタカコ)
2007-07-08 16:59:59
実は私は、全校の家庭の中で、一世帯だけ、PTAの会員ではありません。入会を拒否しました。PTAの役員決めの時の心理的圧力から解放されるために、私が選択した方法でした。ですから、今ではこう言って断ることができます「私は会員ではありませんから」。それから、役員決めの時の息苦しい空気を逃れることができます。「PTAに関する決議は、保護者会を一旦閉じてからにしてください。保護者全員が会員というわけではないのですから」。
(急用ができたので、続きはまた投稿します。とにかく議論をできる場をくださっただけでも感謝します。)





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先ほどの続きです。 (ヨコハマタカコ)
2007-07-08 21:16:16
違和感を感じながら、PTAをがんばってやっている人たちもたくさんいて、でも、誰も何がおかしいのか、ちゃんと問題を指摘できないでいます。
結局、全体主義である、ということです。(ウィキペディアで「全体主義」の項目を確かめてみてください!)。
私立校ならば、親が選んで子供を入れたわけですから、PTAに参加を求められても仕方ないわけです。しかし、公立小学校というのは、義務教育なのですから、私たち親は、法的な義務によって、また権利によって、子供を学校にやっているわけで、何か共通の理念を持って集っているわけではないのです。ですから、なんらかの組織員になることを強制されるいわれはこれっぽっちもないし、違憲なり違法なはずです。
誤解されやすいのですが、私はPTAの理念や活動の賛同しないけれども、賛同する人たちの自由は認めています。それに、女性やまた父親が、自主性をもって創造的に積極的に奉仕活動をするのは、大いに推奨したいです。しかしながら、PTAのような一組織が、保護者のコミュニティの中に存在するたったひとつの巨大な(校内500世帯のうち499世帯というのは巨大ですよね?)組織であるということが過ちなのです。
これは、よく批判されているある国の共産党一党支配や、バース党一党支配などと同質なことです。
そして、もう一点、学校側とあまりに依存的な関係を築いてきてしまっていることです。
教育と、一言に言うけれども、家庭教育と、学校教育は本質的に役割が違います。その違う役割、違う目的、違う立場の教師と親の二者が一緒に何かをやるというのは、役割を混同する元なのです。そして実際いま、混同されている現実があるからこそ、一緒にしてはいけないです。親と教師のコニュニティは別々にあるべきであり、立場の違いを明らかにした上で、二者の協力または、対峙があるべきです。(また教師たちのあいだも、学校の執行部と、現場の「ヒラ」教師では立場が違うはずです)。同じ立場で一緒に同じことをやるのは、息苦しくなって当然なのです。
私自身が考える未来について結論からいうと、PTAを変える必要も、廃絶する必要も、事業を縮小/拡大する必要もありませんが、PTAは親たちのコミュニティの中にあるいくつかの組織の一つという位置に「成り下がらなければ」なりません。そのためには、強制加入であることを偽るのを止め、互いに心理的圧力をかけるのを止め、学校側との共依存的関係を断ち切ることです。
そしてもう一点、PTAではない「保護者会」というほぼ全員参加の新たなグループ――協議・提案の場が必要です。しかし、そのグループは組織ではなく、理念やスローガンがあってはいけません。唯一の原則は、民主的であり、公平であることです。互いの自由を最大限に尊重するためにルールは合意のもと最低限でなければならないこと、お互いを結ぶ関係は「○×学校に子供を通わせている親である」ということだけであることです。そして、「保護者会」は主体的・自立的・自治的で、現存のPTAよりも影響力をもたなければなりません。つまり、民主的な活動の結果として、影響力を持つように自然となるべきです。

……と思います。でも、どのように実現していったらいいか、皆目見当がつきません。苛立ちが募っています(泣)。
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ヤノさん、はじめまして。素敵なコメントありがと... (カワバタヒロト)
2007-07-09 06:56:32
ひょっとして、雑誌での連載に引用させて頂くこがあるかもしれません。
さてさて、ヤノさんのおっしゃる保護者会ですが、単に名前の問題として、多くの小学校で「保護者会」は学校が主催しています。学期に一度か二度、保護者をあつめて諸々伝達事項を述べたりする、やつです。
ヤノさんがおっしゃる「保護者会」は、保護者組織としての保護者会、ということですよね。
そこで、疑問なのですが、組織ではないとはいっても、たべんすべての「会」ゆるくてもきつくても組織ではあると思います。そのあり、組織ではないとする具代的なイメージは?
どうしても、会を維持するためには、最低限事務局機能は必要ですが、それを学校に預けてしまうと(あずかってくれるかどうか分かりませんが)、今の学校主催の保護者会と変わらなくなってしまうかもしれません。主体的・自律的・自治的な非「組織」というのが、すごく困難なような気がするのです。さっきも述べたとおり、やはり事務局機能はいるし、自治などどというと事務局だけでは済まない気もするし。そのあたりのお考えをぜひ。
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フィードバックありがとうございます。誰かに聞い... (ヨコハマタカコ)
2007-07-10 18:14:38
保護者会の名前的なこと川端さんに理解していただいたとおりです。先日の保護者会のあとでは、教師に「どうしてここでそのような発言をするのだ。校長に言えばよいではないか」というような趣旨のことを言われました。保護者が意見するということに慣れていなかっただけだろうな、と思うようにしていますが、誰かが勇気を出して真摯な思いでした発言が歓迎されないのは好ましくないですよね。保護者会の主役が保護者でないとすれば、名前を「一学期中間報告会」とか「期末報告会」に変えてほしいと思います。いずれにせよ、私としては保護者のひとりとして、PTA会員さんたちに、PTAのやっていることがとても困るのでやめてほしい、という話をしたかったので、保護者会が一番適切な場であるはずだったし、その場所以外に意見を言う場もありません。たとえ、それが慣例的でなくても。それに、校長先生はPTA会長でもないし、なんで校長なのかちょっとわかりませんでした。それくらい、学校を囲むコニュニティの人間関係や責任所在が複雑怪奇になっていて、どこで何を話してもこんがらがった議論に巻き込まれます。ただ、イヤだからヤメテ、と言いたかっただけなんですけれど。
コミュニティの中の誰かが苦痛を感じているときに、現存のやり方の正当性ばかりを強調するのは、「それは人としてやっていいことなのですか?」、と思います。

さて、問題の「非組織であるグループ」についてのお返事ですが、よくぞ聞いてくださいました! というのは、自分で発言しておきながら、質問に答えようとしている今「うーん」と唸っているからです。実は「組織ではない」という一言は、一番最後に付け加えたのです。考えが、少し先走り過ぎたようです。
しかし、多くの「自助グループ」と呼ばれているグループがやっている方法は参考になると思います。自助グループの運営方式については長くなりそうなので、また今度の機会にお話します。
それから、NPO方式も参考になると思います。これは、つまり、意思決定の主体と実行体が違うというやり方です。今私たち父母に必要なのは「学校教育の意思決定の主体は誰なのか?」という疑問なのではないでしょうか。
事務局は必要そうだ、という考えは同意します。事務局や事務員を「雇う」ことができれば、そこで名簿の管理や連絡係などを任せることができます。とくに、PTAが抱える問題のなかには、構成員が年々変わる為に責任所在がはっきりしない、ということがあると思いますので、安定した事務局があるのは良いことかもしれません。

「事務局機能を学校に預けてしまうと…」というところで、私もとても考え込んでしまいましたが、よく考えてみると、今、すべての答えを出す必要はないのですよね! 現存のPTAか新たなる組織か?という疑問自体が私たちの中に根深く潜む全体主義なのだと思いました。ゼロかイチかというものの考え方です。私たちが恐れずに慣習に立ち向かい、お互いの必要を満たし、過ちを正していくうちに、自然と答えが出て来るようになるのだと思います。新たな学校社会が実現するのは、数年後、ひょっとして10年後、20年後なのかもしれません。PTAの問題を次世代に残すのはとても失礼だと、私も深く思います。

また書きます。
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ヤノさん、ありがとうございます。 (カワバタヒロト)
2007-07-10 22:06:25
味読しますね。

コミュニティの中の誰かが苦痛を感じているときに、現存のやり方の正当性ばかりを強調するのは、「それは人としてやっていいことなのですか?」、と思います。

私たちが恐れずに慣習に立ち向かい、お互いの必要を満たし、過ちを正していくうちに、自然と答えが出て来るようになるのだと思います。新たな学校社会が実現するのは、数年後、ひょっとして10年後、20年後なのかもしれません。PTAの問題を次世代に残すのはとても失礼だと、私も深く思います。

このあたり、初読の時点で胸にとても響きます。ありがとうございます。
ぼくも元気でますよ。がんばりましょう。何をって、具体的に示せないところがしんどいですが。
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現在、PTA役員をやっておりまして、関心をもって読... (モト ミホ)
2007-07-11 22:48:04
横から口をはさんで恐縮ですが、

ヤノショウコさんの「PTAのやっていることがとても困るのでやめてほしい、」という部分、具体的にはどのようなことなのでしょうか? 

自分が気づかずにそういうことをしている可能性もあると思いましたので。
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ちなみに、ぼくがその質問に答えるなら……やっぱり... (カワバタヒロト)
2007-07-13 06:20:35
それは、とても困るし、常に胸が痛いです。
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