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日本史学習拾遺

日本史よもやま話、授業の補足、学習方法

ふるべ ゆらゆらと ふるべ・・・「鎮魂祭」の神社・・・石上神宮訪問記その3

2015-11-22 18:01:48 | 旅行
ドコモの地域情報のページで、奈良でアクセスの多いブログというのに取り上げられていたせいか、そこからいらっしゃる方がちらほらいて、それなのに、その期間、あまり奈良と関係のない記事(卒論)がトップ記事のままで恐縮です。

再び、奈良県・天理市の石上神宮について、さらに書きます。

この神社の神事で興味深いのが、11月22日に行われる、鎮魂祭(石上神宮HPでは「ちんこんさい」ですが「たましずめのまつり」ともいう)です。
鎮魂祭を行っているのは、石上神宮の他には、皇居(宮中)と、物部神社(島根県・石見一宮)、彌彦神社(新潟県・越後一宮)だけのようです。

物部神社のHPによると、

「この鎮魂祭を古くから伝承し斎行しています神社は奈良県石上神宮(物部の鎮魂法)・新潟県弥彦神社(中臣の鎮魂法)・島根県物部神社(物部・猿女の鎮魂法)の三社です。特に物部神社の鎮魂祭は宮中において斎行される鎮魂祭に最も近いものです。」

とのこと。
以下はWikipediaからの引用で恐縮ですが、鎮魂祭の概要はこのようなものです。

「宮中で新嘗祭の前日に天皇の鎮魂を行う儀式である。宮中三殿に近い綾綺殿にて行われる。一般的ではないものの、宮中と同日に行われている石上神宮や、彌彦神社や物部神社など、各地の神社でも行われる例もある(うち彌彦神社は年二回)。天皇に対して行う場合には「みたましずめ」「みたまふり」と言う。鎮魂祭はかつては旧暦11月の2度目の寅の日に行われていた(太陽暦導入後は11月22日)。この日は太陽の活力が最も弱くなる冬至の時期であり、太陽神アマテラスの子孫であるとされる天皇の魂の活力を高めるために行われた儀式と考えられる。また、新嘗祭(または大嘗祭)という重大な祭事に臨む天皇の霊を強化する祭でもある。第二次世界大戦以後は皇后や皇太子夫妻に対しても行われている。」

原田常治『古代日本正史』(同志社 婦人生活社 1976)という本があります。著者は、学者ではなく、アマチュアですが、大胆な説を開示したこの本は、知る人ぞ知る存在です。論証が十分でなく、決めつけが激しいので、多分学者の世界からは無視されているのかもしれないのですが、全国を駆け回って本当に多くの神社・遺跡等を調査したものだと驚きます。その中に含まれる面白い発想や発見は、私には小気味よく感じられ、参考にはしたいと思っています。

おととし図書館で借りて読んだのですが、今、検索するとなぜか「貸出不可」になっています。当時すでに多くの人に読まれてぼろぼろだったので、それがさらにひどくなって、貸し出せなくなったのでしょうか。

そのため、手元にないので読書メモなどを参考にしながら書くと、内容的に強烈なのは、現在の多くの神社の祭神が書き換えられているので、それを元に戻せという主張です。特に、ニギハヤヒを祀っていた神社が、今ではアマテラスなどを祀る神社に書き換えられているというパターンが多いです。

それについてはここでは触れないとして、今、石上神宮の話題ですから、そこに絞ります。『古代日本正史』を読んでいて、とても興味深く思ったのが、石上神宮の「鎮魂祭」を行う11月22日夜に、宮中(=皇居)でも同じく「鎮魂祭」を行っているという話です。
著者の原田さんは、宮内庁に電話して(笑)確認したそうですが、実際に11月22日の夜に行っているという回答があったそうです。

その時間が午後6時とのことで、ちょうど、私も、11月22日の午後6時「ぴったり」に生まれたので、なんだかすごく奇遇で、自分が生まれた日時に行われるこの神事に興味津々なのです。

石上神宮のHPによると、午後5時頃から関連の例祭が始まるようです。
以下、石上神宮HPから11月22日の鎮魂祭の流れについて引用してみます。

「当日午後5時、鎮魂にかかわりのある八神と大直日神(おおなびのかみ)を祀る天神社(てんじんじゃ)並びに七座社(ななざしゃ)の例祭が斎行されます。(※祝詞奏上などが行われ、これは午後5時30分すぎ終了)」

「宮司以下神職一同は本社拝殿に進み、鎮魂祭が斎行されます。祭典の内容は概ね玉の緒祭(2月1日実施 ※筆者ツツコワケ補注)と同じように進みます。」

「(前の方省略)・・・宮司の祝詞奏上の後、宮司・禰宜により招魂の儀が行われます。殿内及び周囲の照明が一斉に消され、殿内は結灯台のほの暗い明りだけとなります。
暗闇の中で、衣擦(きぬず)れの音と共に、呪言と鈴の音が微かに聞こえ、殿内に霊気が漲り神秘の世界となります。
御簾が巻き上げられると同時に点灯され、禰宜が十代物袋を取り付けた著鈴榊で参列者一同を祓います。
次に、宮司が玉串奉奠を行います。宮司に合わせて神職以下参列者一同が拝礼します。続いて神饌を撤し、宮司が柳筥に入った玉の緒と洗米を奉書に包み、神職2名を従えて本殿に納めます。最後に、宮司が幣殿の御簾を降ろし、殿内にて参列者に挨拶をして、午後7時前後に終了します。」

「この祭りは、饒速日命(にぎはやひのみこと)の子の宇摩志麻治命(うましまじのみこと)が天璽瑞宝十種(あまつしるしのみづのたからとくさ・10種の神宝)で、瀛津(おきつ)鏡・邊津(へつ)鏡・八握(やつか)剣・生玉(いくたま)・足玉(たるたま)・死人玉(まかるがへしのたま)・道反玉(ちがへしのたま)・蛇比禮(へみのひれ)・蜂比禮(はちのひれ)・品物比禮(くさぐさのもののひれ)と鎮魂(たまふり)の神業とをもって、神武天皇と皇后の長久長寿を祈ったことに始まると伝えられています。
鎮魂の呪法には、猿女(さるめ)系・阿曇(あずみ)系・物部(もののべ)系などあり、当神宮は『先代旧事本紀』に記された物部氏伝来の鎮魂呪法で、宮廷の鎮魂祭にも取り入れられています。日常の生命力が衰微し枯渇する状態を克服するために、鎮魂(たまふり)がなされ、振り起された生命力に新たな力が宿ると考えた古代人の霊魂観の側面を窺うことができる神事です。」
(http://www.isonokami.jp/saiten/index.html)

「鎮魂」といっても、ここでは死者の鎮魂・レクイエム、という意味ではないのです。太陽の力が弱まるこの時期に、生きている天皇の、魂が元気になるように、振起するおまじないのようなものですね。

そのおまじないのような言葉にもひかれます。
またウィキペディアからで恐縮です。後でちゃんとした出典にかえたいと思いますが・・・
「布瑠の言(ふるのこと)とは、「ひふみ祓詞」・「ひふみ神言」ともいい、死者蘇生の言霊といわれる。
『先代旧事本紀』の記述によれば、

一二三四五六七八九十、布留部 由良由良止 布留部
(ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり、ふるべ ゆらゆらと ふるべ)


と唱える「ひふみの祓詞」や十種神宝の名前を唱えながらこれらの品々を振り動かせば、死人さえ生き返るほどの呪力を発揮するという。」(wikipedia 十種神宝 より)

この「ふるべ ゆらゆらと ふるべ」という言葉、なにやら神秘的じゃありませんか。

それで、詳しいことは今日は省きますが、それを、まさに今日、この時間に、行っているのですね。
もうちょっと前に書こうかと思ったのですが、昨日までいろいろイベントがあって、やっとPCに向かう余裕ができたのが今なもので・・・

原田氏『古代日本正史』の文章をひくと、

「11月22日の夜、天理市のしゅうとをまつった石上神宮と、養子側の東京の皇居で、同じ鎮魂祭をやっている。神武が養子だったというこれほど確かな証拠はあるまい。」(p.442)

「しゅうと」とは、このばあい、ニギハヤヒになります。いきなりニギハヤヒが出てきてもさっぱりわからない人もいらっしゃると思いますが、今日のところは、説明は省略であしからず。

石上神宮のこの神事「鎮魂祭」には、一般の人も参列可能であるようなネット上の記事をかなり以前に見たことがあります。その後、今でも参加できるのかはわかりません。
でも、前回書いたように、チャボを抱かせてくれたり、若くて親切・フレンドリーな神職さんもいらっしゃったことだし、一般人にも開けた神社なのだろうと思います。

今、18時くらいです。ちょうど今、行われているのでしょうか。
可能ならば、一度参加してみたいですね。この不思議な言葉、本当に魂を元気にしてくれそうな響きを感じます。

やはりまだ終わることができないので、次回に続きます。

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ニワトリが闊歩する神社・・・石上神宮訪問記 その2

2015-11-08 15:54:22 | 旅行
石上神宮の紹介が、もたもたしてやっと本題に入るという感じです。天理の記事で思わぬ反応がありましたが、信者でない我々も、観光地の一つとして訪れてみるといろいろ有意義ではないかと思いました。都道府県ごと?の信者の宿泊施設を、信者でない一般人も宿泊できるようにしていただけないのかな?奈良県は意外なことにホテル(宿泊施設)が日本で一番少ない県だとか。今後も奈良には毎年のように旅をしたいと思っていますので、よい宿が増えるのを願っています。

さて、石上神宮ですが、拝殿が国宝になっています。ホームページの説明によると、石上神宮への崇敬が厚かった白河天皇が、鎮魂祭(ちんこんさい)のために、永保元年(1081)に宮中の神嘉殿(しんかでん)を寄進されたものと伝えられているとのこと。建築様式の区分では鎌倉時代初期の建立と考えられるそうです。いずれにしても拝殿としては現存する最古のものだとのことです。そうですか、伊勢神宮や出雲大社などの神社は式年遷宮などでよく建て替えられていますから、建て替えられないできたのは珍しいですね。


私が昔から神社に興味がなかったのは、寺院とは逆に、その建物が古くなく、仏像などの芸術品もないためです。古いものほど価値がある、と考えていたのです。
最近では逆に神社に興味がわいてきているのですが、伊勢神宮などの式年遷宮の場合は、20年ごとに行うことによって次の世代に技術を伝承していくのだという理屈にも感心しましたし、神社の場合は建物そのものよりもその立地に大きな意味があるように思うようになったためです。また、すべての神社が天皇陛下万歳というような皇国史観などに染まった神社ではなく、天皇家以前の、弥生時代・古墳時代から続いている信仰の跡も確認できる場合もあるためです。

石上神宮のある地域は、天理市の広い範囲にわたる布留遺跡に含まれています。布留遺跡は、縄文・弥生・古墳時代にかけて繁栄した遺跡です。この遺跡で初めて発見された土器に命名された「布留式土器」は、古墳時代の初期に使われ、全国で出土する土器の年代を判定する基準となっています。私が現在卒論のテーマとしている考古遺物も、この布留遺跡からも出土していますので、多少そんなことも意識しながら石上神宮を訪れたわけです。
後にも書きますが、私はこの「布留」という言葉を見聞きするだけで何かわくわくするような、不思議な気持にとらわれます。
要するに、石上神宮の信仰は、相当古い時代からのものであると考えられ、私にとっては一度は訪れてみたい神社だったのです。

また現実の石上神宮の話に戻りますと、神社よりまだ下の方にある駐車場で、もう第一村人・・・いやニワトリ発見!石上神宮境内にはニワトリが自由に闊歩しています。奈良公園・春日大社はシカ、ここではニワトリです。なんだかのどかでいいですね。
東天紅、烏骨鶏、レグホン・ミノルカなどがいるとホームページには書いてあります。

これが烏骨鶏かな



これが東天紅かな?

どちらも天然記念物とホームページに書いてありますが・・・

拝殿のある境内に足を踏み入れると、平日の午前中でもあったためか、ほとんど人の気配がありませんでした。「神宮」と名のつく延喜式内社ではありますが、境内はこじんまりとして小規模といえます。


楼門は雰囲気があってかっこいいです。これは後醍醐天皇の1318年に建立されたとのこと。

様々な出土物のあった禁足地も気になりましたが・・・様子はわかりませんでした。





静かな山の中腹にある神社です。このような場所に、白河天皇も行幸したのですね。1092年とのことなので、上皇になってからのことですね。とてもひっそりとした雰囲気の場所なのですが・・・あまり観光地化していなくて逆にとてもよいです。あまり交通便利にしない方がいいのでしょうか。

お守りなどを売っている場所に行くと、観光客のお二人連れが、若い神職さんとお話ししながら、ニワトリを抱っこしていました。おとなしく、逃げようともしません。私も一緒にニワトリさんを抱えさせてもらいました。とてもやわらかく、暖かい感触でした。


ニワトリの寿命を尋ねたのですが、10年くらいとのことだったかな・・・?早く書かないとどんどん忘れて行ってしまいますね。この抱かせてもらったニワトリさんは、かなり老齢で、もう長くはないだろうとのことでした。そうなのか・・・ちょっとしんみりしました。
せっかく神職さんと言葉を交わせたのだから、もうちょっとこの神社について突っ込んでお聞きすればよかったかなと思うのですが、暑くて疲れて頭が回らなかったです。

ここでは、あの七支刀をデザインした御神劔守(ごしんけんまもり)が「起死回生」のご利益があるとの説明書きが目にとまり、買うことにしました。普通とちょっと違った形をしていて面白いし、「起死回生」をうたっているものは珍しいし、私も猛暑で倒れたりしないようにとちょっと切実だったので・・・「起死回生」の由来は、神武天皇のピンチ脱出の話からきているようです。

すでに長くなってしまったので、続きは次回にしようかなと思います。
昨日もイベントのため出動で、8時間ほとんど立っていたので久しぶりの疲労感でした。
早めに回復を図り、また続きを書きます。

驚き・不思議の宗教都市・天理

2015-11-01 20:28:54 | 旅行
日が経ってしまいましたが、8月の5~10日まで5泊6日で奈良のウィークリーマンションに滞在していた時のことを書きましょう。大学通信教育のスクーリングはいつも前泊などもせず観光する暇がないので、今夏こそは、いや、今夏しかできないのではないか(こんなにゆとりのある夏休みは今年だけではないか)と考え、ウィークリーマンションを使っての長期滞在を決行しました。

その滞在中に見た、
京都の伏見稲荷大社・三十三間堂
秋篠寺・薬師寺
なら燈花会
の記事は以前にアップしました。

今回は、最終日、8月10日に訪れた石上神宮について書きます。
何しろこの旅の期間は近畿地方も東京も猛暑の絶頂期で、近畿地方の寺社観光には適しない時期だと実感しました。暑さで消耗してあまり動き回ることができません。

今までスクーリングが終わればその日のうちに東京に帰っていましたが、今回は贅沢にもう一泊、後泊したわけです。しかし、暑すぎてあちこち動き回る元気はありませんので、観光も一点に絞って、余力を残して東京に帰ることにしました。
当初は、天理大学附属の天理参考館という大きな博物館も見るつもりでしたが、やめて、石上神宮だけにしました。

8月10日もうんざりするほど暑くてよいお天気でした。JR奈良駅からJR線を乗り継いでJR天理駅へ。ホームにあるコインロッカーに荷物を預け、駅の裏手にあるレンタサイクルのお店へ。とても和やかなご夫婦が営んでいるお店でした。私の他に、リクルートスーツを着た女性(学生さん?)も自転車を借りるところでした。その格好で自転車に乗ってどこへ??
私が石上神宮に行くとお店のお母さんに言ったら、今日はなんだか多いねえ、とのこと。

旅先で、レンタサイクルで街を走るのはわくわくします。そんな気持ちでいざ天理の街を走り出しました。

今回の奈良のウィークリーマンションには、オプションで自転車がついていて、無料で使用することができました。暑くて自転車を乗り回す元気もありませんでしたが、一度、なら燈花会を見に、夜、奈良の街を走りました。自転車に乗っていたので地元民と思われたのか、観光客に東大寺はどっちの方ですか?と道を聞かれたりもしました(笑)。

やはり、真夏ではなくて、春や秋など気候がいい時に自転車で走るならよさそうです。
そういえば、私が自転車で奈良県を走るのは通算3回。一度は桜井で借りて山の辺の道を走り、2回目が奈良市内、3回目が天理です。7月に宿泊した大和郡山のホテルでは、無料で使用できるレンタサイクルがあって使いたかったのですが、やはり昼間の学外学習(考古学特殊講義)で疲れ果てて、朝も夕も自転車に乗る元気はなく、残念でした。

さて、天理の街のサイクリングに話を戻します。
石上神宮への道は、まっすぐ伸びる商店街を行きます。この商店街がすごい。とてもゆったりとした空間のアーケードが、延々と続きます。天理市はいうまでもなく天理教の本部のある宗教都市です。

日本史の教科書にも、幕末に生まれた教派神道の一つとして、金光教や黒住教とともに天理教は記述されています。教祖は中山みき。「陽気ぐらし」が大切な教義だそうで、私は天理教をくわしく知りませんが、この「陽気ぐらし」というのは、なかなかすてきなことではないかなという印象を持っています。授業でこうしたことに触れたところ、うちは天理教だよと教えてくれた生徒がいました。東京にも少ないですが信者の方がいらっしゃいますね。


信者が雨に濡れないでお参りできるようにということなのでしょうか、アーケードは非常に長いです。天理教の関係の神具を売っているお店も多いし、高校野球では強豪でおなじみの天理高校のユニフォームは紫色であることを私も知っていますが、この商店街も紫色で彩られています。「ようこそ おかえり」の文字が目につきます。

天理教ホームページによると、

「天理教信仰の中心である『ぢば』の一帯は、もとは大和の国の庄屋敷村(しょやしきむら)(現在の天理市三島町)という小さな村でしたが、やがて多くの人々が寄り来るようになり、『親里(おやさと)』と呼び親しまれるようになりました。親里・天理は、子供である人間の“里帰り”をお待ちくださる“親なる神様”がいます、人類のふるさとなのです。」

こういうことから、「ようこそ おかえり」になるのでしょうか。私は天理教信者ではありませんが、そういう言葉を目にして、なんとなくあたたかい気持ちになりましたし、この商店街も、夏休みの平日で、人通りも少なめでしたが、「陽気ぐらし」をしている人々が営むお店が並んでいるのかなと思うと、いい所なんだろうなと思いました。そもそも暑い・熱い夏の太陽を遮ってくれているだけでもありがたいのですが、このアーケードの空間は、穏やかですがすがしい空気が流れているように感じられました。


アーケードの出口には大きく「陽気は幸せの種」という横断幕。実際、陽気ぐらしを実践できたら、幸せだろうと思います。「陽気」って、いい言葉ですね。

さて、石上神宮に行く途中にあるものですから、この天理教の本部にも立ち寄ってみることにしました。


自転車をとめて、広大な敷地に建つ大きな神殿に向かって、砂利を踏みしめながら歩いて行きました。和やかな友人連れのおばさまたちなどが三々五々神殿に向かっていました。一応、事前にネットで天理についての情報を見て、信者でなくても中に入ってお参りしていいらしいということを知っていたので、上がらせてもらいました。高校生くらいの少年が、神殿の前で案内係なのか、立っていて、靴を脱いで上がる時にあいさつされ、私もあいさつを返しました。陽気ぐらしなので、信者のみなさんは、朗らかなのだろうと思いながら。

畳敷きの広間のような所があって、さらに奥の方にも人が集っている場所がありました。ネットで見たある人の話では、信者でなくてもお祈りしている横で座っていても何も言われないというので、私もちょっと畳に座って、周囲を観察しました。家族がおじいさんから子どもまで、連れ立って訪れ、座って、不思議な手の動き=手の平をひらひらくるくるさせる、をしながら、何かを唱えています。
怪しいというよりは、のどかな感じがしました。
その広間の窓際などに、お兄さんが立っていて、御用係なのかよくわかりませんが、監視しているわけでは決してないでしょうが、お祈りするわけでもないのに何となく長居するのも悪いかなと思って、少しだけで退出しました。

靴を履こうとすると、先ほども書いた、神殿の前で立っていた少年が、近寄って来て、「靴べらどうぞ。」と言うのでした。そのために立っていたんですね。なんか、遠目に見て、短い棒をひらひら振っていると思ったのは靴べらでした。私は靴べらはいらないので、いや、大丈夫です、ありがとうございます。と断ったのですが、なんだか天理教の方々は親切なんですね、と思ったことでした。
その後、神殿からのびる参道のような所をちょっと行ってみようかと思って歩いていたら、すれ違った若い大学生くらいの女性が「こんにちは。」と明るくあいさつしてきました。私ももちろん返しましたが、道端を歩いているだけの人にもあいさつするのか・・・天理教の方は・・・となにやら感心しました。あいさつの感じは、怪しいどころか、明るく、自然で、感じのよいものでした。


その神殿の参道の、普通の神社だったら鳥居にあたるような門、のつくりがこの写真です。ものすごく巨大で、おそらく祝日などには巨大な日の丸が掲げられるのだろうかというような大きな黒白のポールが印象的で圧倒されました。

この鳥居だけでなく、天理教関係の建物が周囲に至る所にあるのですが、とても独特な外観をもつ建物群です。各都道府県等から来る信者の宿泊所が多いようでした。


天理大学もやはり同じようなデザインで威容を誇っていました。

神殿は、365日・24時間お参りが可能だそうで、信者にとってはとてもよいですね。
江戸時代においては新興宗教であったわけですが、すでに180年ほど経過しても残っている宗教ですから、立派なものですね。市の名前に宗教団体名が使われているのは日本でここだけのようです。
「おぢばがえり」とか「ひのきしん」といった独特の言葉もホームページなどで目にとまりました。一応記録しておきます。

人にとって、信仰は大切なものであり、他の人に危害を加えたりするようなものでなければ、それぞれ自由な信仰があっていいと思います。
どんな宗教でも、人が集まる組織というのは、いろいろな問題を抱えているのでしょうが・・・

以上、紫に染まる、不思議な宗教都市・天理について、通りすがりの印象として書きました。

・・・というわけで、すでに長くなってしまって石上神宮にたどりつかなかったので、次回にします。

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科目修得試験と正倉院展(@奈良)

2015-10-25 23:05:33 | 旅行
大学通信教育の科目修得試験を、昨日奈良大学で受けて来ました。ついでに昨日は正倉院展も初日にあたり、見て来ました。日帰りです。朝6時に家を出て、22時半頃帰宅しました。

10月2回目の試験ですが、11月は土日に学校のイベントが多く、今月中にすっきりしたかったので東京でなく奈良で受けることにしたのです。今回は西洋史特殊講義、これでテキスト科目の受験は最後にするつもりです。試験の出来は、まあまあかな。たぶん前回と今回ともに合格だろうと計算させていただき、あとは卒論提出と、2月の二つのスクーリングで終わり・卒業です。

これで科目修得試験も終わりかと思うと、とてもすがすがしい気分です・・・とか終わった気になっていると、案外不合格になったりして。レポート再提出は経験しましたが、試験不合格は一度もありません。

お昼前に試験を終え、後から来るだんなと近鉄奈良で合流して、まず春日大社に行くことにしていました。
正倉院展は、2年前に初めて行きました。前回は11月の平日の昼間だったのですが、長蛇の列で入場まで30~40分かかって辟易しました。昼間より夕方の方が混雑は落ち着くと学習して、今回は、先に観光してから正倉院展に夕方頃行くことにしました。土日は19時までやっていますし、閉館1時間半前の入場はオータムレイトチケットといって、1100円→800円になるのでお得ですし、遅い時間の方が空いていていいようです。
私は奈良大学の学生なので、キャンパスメンバーズといってこういう企画展は400円で入れます。

そういうわけで、奈良に着いても正倉院展には直行せずに春日大社へ行ったのですが、この時期(観光シーズンの土日)は春日大社本殿行きのバスが本殿まで行ってくれず、「東大寺大仏殿・春日大社前」というバス停までしか行かないのでした。そのために、午前中も大学のキャンパスを歩いていたうえに、かなりの距離を歩くはめになり、昨日の歩数は、今のスマホの歩数計では過去最高の歩数を記録しました。2万2,500歩くらい。それでも意外と元気で、私も歩けるんだなと再確認しました。

道中シカさんにもたくさん会えて、シカせんべいをあげたり頭をなでたりしながら上までたどりつきました。とにかく外国人がたくさんで驚きます。外国の方々もシカさんとのコミュニケーションを楽しんでいました。
特別参拝といって500円を払えば奥の方まで入れたようなのですが、余計に歩くのも疲れるのでそこは行きませんでした。現在春日大社は式年造替中で入れる所がいつもと違うのか同じなのかよくわかりませんでした。



無料エリアから覗いた有料エリア おなじみの建物(中門)です。

結婚式もやっていました。残念ながら宝物館は工事中で入れませんでした。





だいぶ上の方まで上がってきていたシカさん。

そこから歩いて奈良国立博物館まで行きました。帰りは下りなので楽です。
東大寺は今回パスしましたが、その近くに、「夢風ひろば」という飲食系中心のお店が集まっているスペースがあって、気になっていたのですが、やっと今回立ち寄ることができました。
ちょっと暑いくらいでしたので、大仏プリンのソフトクリームを食べました。他にもおみやげ屋さんもあるし、おしゃれでおいしそうな料理・お菓子を出しているお店がいくつもあって、スクーリングの際の夕食などに使えないかなと考えたりもしたのですが、お店の閉店時間が奈良は全体的に早いんですよね。でも都合が合えば入ってみたいと思いました。

15時半過ぎ頃博物館に着いてみると、えー?建物の外に行列が?やっぱり初日だしこの時間でもまだ多いのかなあと思いましたが、周囲の出店などを覗いて少々時間つぶしをしたら、列はなくなっていました。いやーよかった。

中に入ってもほぼスムーズに観覧することができました。
今回の目玉は、ポスターチラシにも印刷されている、紫檀木画槽琵琶(したんもくがそうのびわ)で、パッと見て、なんか、ルイ・ビトンの柄に似ている・・・と私も思いましたし、ネット上でもそう思う人がたくさんいるようでした。やはりそうですよね。こげ茶色の具合もそっくりです。ビトンもこれを見たのかどうかわかりませんが、そうでなくても日本の家紋などからインスパイアされているとかなんとかというのをちらっと読みました。
いずれにせよ著作権などはとっくに切れていますから、デザインは使えると思いますが。

私はスポーツ用品のブランドはともかくファッションのブランドには全く興味がないので、ビトンのものなど持っていませんが、ビトンと間違えられるのを期待して、この琵琶の柄のコースターを買いました。職場で使おうかなと(笑)。

現物は、本当に美しい精巧な模様でありました。他のデザインの琵琶(螺鈿紫檀琵琶など)も有名で見たことはありますが、これは今回初めて存在を知りました。中国は確実ですが、それよりさらに西の方の国から来たのでしょうか。

今回は、この琵琶の他、楽器がいくつか出ていて、蛇紋岩という石でできた笛があり、それを吹いた音も再生されていました。私も今の学校でお祭りをやるのでこの3年ほど横笛を練習していますので笛には少し興味がありますが、硬い石でよく造ってあるなあ、しかもデザインも彫刻してあってすばらしい、と感心しました。

あとは琥碧魚形(こはくのうおがた)という、コハクで魚の形をつくり、腰にぶら下げる装身具も見に行く前から気になっていました。5cmもないくらいの大きさの魚形で、横から見るとつやつやとした光沢がとても美しくて、生き生きした魚そのもののようでした。それをつなぐ細かい鎖は、現代のものと遜色ないような、繊細なつくりでした。

古代のフェルトも、初めて見ることができました。あったかそうなカーペットみたいです。どの宝物にも何時代のものかという情報まで表示はされていないのですが、奈良時代だとすれば、千年以上前のものが、きちんと保存されて残っているんですからすばらしいですね。

七夕のお祭り(乞巧奠 きっこうでん きこうでん)に使った針や糸も展示されていました。糸(ひも?太いです)も色が鮮やかに残っていました。大学時代の同級生は乞巧奠をテーマに卒論を書いていたなと思い出しました。古代では七夕の時にお相撲もやっていたそうで、その人はプロレス好きなので格闘技つながりでこのテーマを選んだとか。彼女も今年の正倉院展を見に来るといいのですが。

古代の定規も、きっちり目盛が刻まれていて、模様も描かれていて、繊細さに感動します。

日本の天平時代、中国の唐の時代あたりのこれらの宝物は、デザインが繊細で凝っていて、本当に見事です。

だんなも前回の混雑に懲りたかと思ったのに、喜んで来たので、意外でした。まあ、奈良に来ればシカさんに会えるというのも期待の要素の一つだったのかもしれませんが。
人ごみがちょっと大変ですが、空いている時間や場所もあるにはありますので、気候のいい秋に、正倉院展を見に奈良を訪れるのはおすすめです。この時期宿も確保に苦労するだろうし、料金も高くなっていると思いますが、奈良以外に泊まればいいのかもしれません。

紅葉には少し早いですが、色づいている木もありましたし、平城京跡を電車で通過した時に、ススキの波が広がっていて、ああいいなあ、と心を動かされました。ただし、セイタカアワダチソウがススキと勢力争いをするようにとなり合って黄色く咲いていて、これはまずい、なんとか征伐してほしい、と思いました。鳥取県ではセイタカアワダチソウにかなり侵略されてしまっていました。奈良もそろそろやばいです。

今回入ったお店としては、近鉄奈良駅前の柿の葉すしのお店「たなか」のイートイン、そして私が好きなコーヒー店ROCOCOでした。

今年は、「奈良ファン倶楽部」というものに入会してみました。会費が3000円でいろいろな特典が受けられるものです。私もこれまでに拝観料やおみやげ購入などで利用していくらか恩恵を受けています。折々に観光情報誌も送られてきます。多彩な講座やツアー参加もできるようですが、今年はその余裕はないですね。
奈良が好きでよく訪れる人には入会おすすめです。

奈良は穏やかないい夕暮れでした。
卒論執筆その他夏の疲れもとれたようで、やっと例年のように秋を楽しめる元気が出てきたような気がします。試験も一区切りして、心が軽くなったということもあるんでしょうか。
昨夜は東京でも木枯らし1号が吹いたようですが、昼間は適温ですね。しばらく穏やかな気持ちで秋を味わいたいと思います。
ただ、それもあと1ヵ月ほどで卒論草稿が返却されてくるまでの間・執行猶予期間、という感じでしょうかね。

そして次の旅の計画を頭の中で練り始めています・・・来月、来年・・・旅の計画は楽しいものですね。

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外国人観光客に大人気!伏見稲荷大社(京都)

2015-09-21 00:22:11 | 旅行


シルバーウィークですが、私は大学通信教育の卒論草稿執筆で出かける予定はありません。執筆の合間に息抜きで軽くこちらに書こうかなと思いまして。

本当は、この5連休の間に、福島県浜通りの被災地・南相馬の方へ、卒論の関係もあって現地調査に行くつもりだったのですが、宿が取れず、先週の土日に前倒しで行って来ました。その話はまたの機会にということで、今日は、夏休みの旅行のスナップを載せるだけで。

8月の上旬に、大学のスクーリングとあわせて京都奈良を観光するために、ウィークリーマンションを借りて5泊6日で奈良に滞在しました。一番暑くてとんでもない時期でした。

ウィークリーマンションは、2Kで、2名分で契約しました。前半はだんな、後半は高校時代の友人が泊まりました。普通のホテルに泊まるより金額的にかなりお得です。きれいなマンションで申し分ありませんでした。洗濯機もあるしよかったです。JR奈良からの距離が微妙でした。涼しい季節ならなんともないかもしれませんが。

滞在初日は、新幹線で京都下車、だんなが見たことがないという三十三間堂に行き、私は大学時代、成人の日に、ここで弓道部の仲間と大的大会に出場して弓を引いた時のことを偲んできました。ここに来たのは私は三度目です。三十三間堂には御存知のとおり1000体の千手観音が延々と立ち並んでいます。この中に、会いたい人と同じ顔をした仏像がいるとか、ネットでちらっと見ました。そんなことも頭の片隅に置きながら、ざっと眺めながら歩きました。確かに少しずつ違う顔をしています。会いたい人というのも、そうですねえ、強いて言えば、御本尊が似てるかな、と、直感的に思いました。頬がふっくらして若い感じがするのかな。

三十三間堂に行ったのは、京都駅から近いためです。その日のうちに奈良まで行かなければなりませんから、あまり消耗できません。歩いても行けますが、暑いので電車にしました。戻りながら、途中にあった「Amazon」という通販サイトと同じ名前の喫茶店で軽食。アイスコーヒーで涼みました。

次に、外国人に最近大人気だという伏見稲荷に行ってみました。意外と、日本人の我々には盲点というか、私も行ったことがありませんでしたし、言われてみれば、あのたくさんの連続する赤い鳥居はインパクトがあってきれいでわかりやすいかなと思います。少し前に、テレビで紹介されているのを見て、結構よさげな所じゃないか、と思いました。門前町というのか、の風情もあるようだし、と。

JR奈良線を使って「稲荷」駅から行きました。もう、降りると目の前がどーんと伏見稲荷です。
京阪電車を使った方が、いろいろなお店を覗きながら行き帰りできるのでしょう。しかし何しろこの日(8月5日)は暑くて身の危険を感じましたので、できるだけ歩く時間を短くしました。







朱色がとてもきれいでした。奥行きのある立派な神社でした。消耗しないために鳥居の所もあまり奥まで行かずに引き返しました。暑くなければ・・・
外国人は確かに多かったです。



JR奈良線の車両は、昔の山手線の車両を使っているということを、後で知りました。全身が緑色で、なつかしい感じがするな、と思ったら、そういうことだったんですね。

JR奈良線の車内では、伏見稲荷についても英語でアナウンスがあります。京都駅に戻って、再び奈良線の快速に乗って奈良に行ったのですが、この電車(快速)は「稲荷」駅には止まりません、と、しきりにアナウンスしていました。外国人にとっての伏見稲荷の人気ぶりがよくわかりました。

軽く書くつもりが、長くなってしまいました。ではまた、息抜きに必要と思う時に書くことにします。