前回の続きです。出雲での10月6日の出来事です。
前回も少し紹介しましたが、出雲大社の隣に、古代出雲歴史博物館があって、そこには出雲にまつわるすごいお宝がたくさん展示されています。
神庭荒神谷遺跡の銅剣、加茂岩倉遺跡の銅鐸、出雲大社の巨大神殿跡の宇豆柱、出雲大社の高層神殿の模型、卑弥呼が魏に使いを送った景初3(239)年銘の鏡、高層神殿の絵が描かれている角田遺跡の壺・・・
出雲大社内に入る前に見学したのですが、かなりのボリュームなので、それだけでかなり消耗してしまいました。その日はまた、10月なのに恐ろしく暑かったのです。
しかし、出雲大社に初めて行く場合には、必ずこの博物館も見学していただきたいです。
8年前に来た時にはありませんでした。新しくて、デザインも洗練されたすてきな博物館です。
さて、出雲大社といえばこの大きく太いしめ縄が有名です。これは、神楽殿という建物に下がっています。夏に諏訪大社に行った時も出雲大社に似た太いしめ縄がかかっていました。こちらも出雲系の神様(オオクニヌシの子どものタケミナカタが祭られている)ですので。しかし、やはり出雲大社のしめ縄の巨大さはけた外れです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/ba/64f2d91c982712e9c4c77bec31abe9ec.jpg)
出雲大社は、龍蛇信仰が元になっているともいわれます。しめ縄は、蛇に似ていると思いませんか?私はこの頃そう思うようになりましたし、ネットを見ても、そのように説明しているサイトもたくさんあります。
一通り見学が終わって、再び大社の正面入り口の鳥居まで戻った頃、ちょうど、「御柱建立」のための「巨木の里曳き」の人々の群れが参道を上ってくるところでした。
ちなみに、長野の諏訪大社の「御柱祭」は「おんばしら」と読みますが、こちら出雲は、タクシーの運転手さんは、「みはしら」と言っていました。出雲の方は、今年だけのイベントで、恒例化しているわけではありません。
そして、肝心の「巨木」ですが、実際に見ると、あまり大きいとは感じられませんでした。タクシーの運転手さんも、そんなに大きくないと言っていました。見物のお客さんは、まあまあ多かったですが、そんなに大々的にPRしていたわけではないですし、大規模なイベントというほどでもありませんでした。
しかし、8年前に訪問した時に比べると、出雲大社前の参道は、おしゃれなお店がたくさんできて、観光客もいっぱいで、お昼に出雲そばを、ともくろんでいたのですが、どこも混んでいて、少し難儀しましたし、さすが、遷宮効果だなと思いました。8年前は、10月の平日に訪問したということもあって、観光客はまばらで、神殿も老朽化がひどく、参道も本当に人がいなくて、大丈夫なんだろうか、出雲大社の神威は?と失礼ながら思ったものでした。遷宮があった今年だけでなく、ずっとにぎわいが続いてほしいものです。ちなみに、この年末年始も出雲大社参拝ツアーはかなりの人気の様子。
ちなみに、今回も楽しみにしていた出雲そばは、1回だけでしたが参道に面したお店で食べました。つゆが甘くて、やはり出雲でなければ食べられない味だなとおいしくいただきました。前回来た時には荒木屋という老舗のお店で食べましたが、今回は混んでいるのではと予想してそちら方面には行きませんでした。出雲そばは、遷宮で注目されたせいか、最近、近くのスーパーでも買えたりしますが、普段はなかなか関東地方では売っていません。銀座線三越前駅近くの「にほんばし島根館」(アンテナショップ)では買えます。私はよく、年越しそばとして買って来て食べます。
けれども現地で食べるのはやはり格別ですね。
なかなか話が前に進みませんが、「御柱」の列ですが、こんな感じでした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/b5/df0afea362ec443a387553e4d2d99f25.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/2f/fc930bb03fbc1c41a878d190abb4b673.jpg)
割った竹を次々と通り道に敷いていき、その上を、御柱を載せたそりがすべっていきます。
途中で列が止まって、諏訪の御柱祭のように?「木やり唄」のようなものを歌い始めましたが、これは出雲っぽくないかなと思いました。まあ、仕方ないですね。臨時のイベントですし。
その後、11月10日に、この柱3本を立てる「柱建て」が行われました。その様子は、以下のURLに写真があります。1年間、この建てた柱は公開されるそうです。
http://www.city.izumo.shimane.jp/www/contents/1334622140653/index.html
しかし、これは17mです。今の神殿は24m、古代には48mあったのではと言われていますので、もっともっと高かったわけです。記録では、上の方に霞がかかって見えないくらいだったとか、何度も神殿が倒れたと書かれているそうです。
今日は、ここまでとします。それにしても、もう2013年が終わってしまいますね。今年中にアップしておきたい話もありましたが、時間切れです。
それでは、よいお年を。
前回も少し紹介しましたが、出雲大社の隣に、古代出雲歴史博物館があって、そこには出雲にまつわるすごいお宝がたくさん展示されています。
神庭荒神谷遺跡の銅剣、加茂岩倉遺跡の銅鐸、出雲大社の巨大神殿跡の宇豆柱、出雲大社の高層神殿の模型、卑弥呼が魏に使いを送った景初3(239)年銘の鏡、高層神殿の絵が描かれている角田遺跡の壺・・・
出雲大社内に入る前に見学したのですが、かなりのボリュームなので、それだけでかなり消耗してしまいました。その日はまた、10月なのに恐ろしく暑かったのです。
しかし、出雲大社に初めて行く場合には、必ずこの博物館も見学していただきたいです。
8年前に来た時にはありませんでした。新しくて、デザインも洗練されたすてきな博物館です。
さて、出雲大社といえばこの大きく太いしめ縄が有名です。これは、神楽殿という建物に下がっています。夏に諏訪大社に行った時も出雲大社に似た太いしめ縄がかかっていました。こちらも出雲系の神様(オオクニヌシの子どものタケミナカタが祭られている)ですので。しかし、やはり出雲大社のしめ縄の巨大さはけた外れです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/ba/64f2d91c982712e9c4c77bec31abe9ec.jpg)
出雲大社は、龍蛇信仰が元になっているともいわれます。しめ縄は、蛇に似ていると思いませんか?私はこの頃そう思うようになりましたし、ネットを見ても、そのように説明しているサイトもたくさんあります。
一通り見学が終わって、再び大社の正面入り口の鳥居まで戻った頃、ちょうど、「御柱建立」のための「巨木の里曳き」の人々の群れが参道を上ってくるところでした。
ちなみに、長野の諏訪大社の「御柱祭」は「おんばしら」と読みますが、こちら出雲は、タクシーの運転手さんは、「みはしら」と言っていました。出雲の方は、今年だけのイベントで、恒例化しているわけではありません。
そして、肝心の「巨木」ですが、実際に見ると、あまり大きいとは感じられませんでした。タクシーの運転手さんも、そんなに大きくないと言っていました。見物のお客さんは、まあまあ多かったですが、そんなに大々的にPRしていたわけではないですし、大規模なイベントというほどでもありませんでした。
しかし、8年前に訪問した時に比べると、出雲大社前の参道は、おしゃれなお店がたくさんできて、観光客もいっぱいで、お昼に出雲そばを、ともくろんでいたのですが、どこも混んでいて、少し難儀しましたし、さすが、遷宮効果だなと思いました。8年前は、10月の平日に訪問したということもあって、観光客はまばらで、神殿も老朽化がひどく、参道も本当に人がいなくて、大丈夫なんだろうか、出雲大社の神威は?と失礼ながら思ったものでした。遷宮があった今年だけでなく、ずっとにぎわいが続いてほしいものです。ちなみに、この年末年始も出雲大社参拝ツアーはかなりの人気の様子。
ちなみに、今回も楽しみにしていた出雲そばは、1回だけでしたが参道に面したお店で食べました。つゆが甘くて、やはり出雲でなければ食べられない味だなとおいしくいただきました。前回来た時には荒木屋という老舗のお店で食べましたが、今回は混んでいるのではと予想してそちら方面には行きませんでした。出雲そばは、遷宮で注目されたせいか、最近、近くのスーパーでも買えたりしますが、普段はなかなか関東地方では売っていません。銀座線三越前駅近くの「にほんばし島根館」(アンテナショップ)では買えます。私はよく、年越しそばとして買って来て食べます。
けれども現地で食べるのはやはり格別ですね。
なかなか話が前に進みませんが、「御柱」の列ですが、こんな感じでした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/b5/df0afea362ec443a387553e4d2d99f25.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/2f/fc930bb03fbc1c41a878d190abb4b673.jpg)
割った竹を次々と通り道に敷いていき、その上を、御柱を載せたそりがすべっていきます。
途中で列が止まって、諏訪の御柱祭のように?「木やり唄」のようなものを歌い始めましたが、これは出雲っぽくないかなと思いました。まあ、仕方ないですね。臨時のイベントですし。
その後、11月10日に、この柱3本を立てる「柱建て」が行われました。その様子は、以下のURLに写真があります。1年間、この建てた柱は公開されるそうです。
http://www.city.izumo.shimane.jp/www/contents/1334622140653/index.html
しかし、これは17mです。今の神殿は24m、古代には48mあったのではと言われていますので、もっともっと高かったわけです。記録では、上の方に霞がかかって見えないくらいだったとか、何度も神殿が倒れたと書かれているそうです。
今日は、ここまでとします。それにしても、もう2013年が終わってしまいますね。今年中にアップしておきたい話もありましたが、時間切れです。
それでは、よいお年を。