日本史学習拾遺

日本史よもやま話、授業の補足、学習方法

日本内閣史ノート

2012-12-30 17:34:59 | 受験
大人にとっての冬休み二日目。私も家で、受験生の皆さんが使っているであろう問題集などを眺めて同じ気持ちになってみようとしたりしています。

さて、昨日ちょっと書いた、お知らせしたかった情報についてです。
近現代史は、内閣ごとに、どういう出来事があったかを整理し、理解しておく必要があります。その事項は何内閣の時にあったのか?というのが、すぐに頭の中から引っ張り出せるようにしておかなければなりません。
あんまり今みたいに内閣がコロコロ変わると迷惑なんですよねえ。
必ず覚えるべきは、まず1970年代くらいまで。それからもっと覚えられる人は、皆さんが生まれた1994年くらいまで。ただし80年代以降は、全部覚えなくても重要な事項のある内閣だけでいいでしょう。

その対策として、私が受験生であった高3の冬休みに「日本内閣史ノート」を作りました。1つの内閣に1ページを使い、その内閣の時の事項を年号とともに整理します。それを作るにあたっては、山川の『日本史B用語集』を使ったように記憶しています。

私は国立大学志望でしたので5教科受験しました。ですから日本史に割ける時間は、それほど多くありませんでした。けれども、この「日本内閣史ノート」は、楽しみながらあわてることなくのんびりと作り上げたような記憶が残っています。
私の場合、大学受験は、あせりというものはほとんどなく、精神的にはかなり安定して受験できたように思います。大学受験よりは、2回の就職試験(公務員試験と教員採用試験)の方が、心身ともに苛酷で苦労しました。

そんなわけで、国公立大学受験の生徒は、本校の場合ごく少数で、これを読んでいる人も、ほとんどが3教科受験だろうと思います。3教科ならば、意外と時間はありますよ。だから、今日という日を大切にしつつ、あわてないで、着実に、日々知識を加え、足もとを固め、前に進んで行ってください。

「日本内閣史ノート」は、作ったものを覚えるために利用するというよりは、書きながら整理して覚えるためと考えた方がいいと思います。というわけで、皆さんにも「日本内閣史ノート」を、自分で作り、書きながら覚えることをお勧めします。

まっさらから作ってもいいのですが、参考までに、私が作り、Word文書に起こしたものを公開します。これをちょっと見て参考にして自分で作るか、全部をプリントアウトしてノートに写すかしてください。
数年前まで、「日本史A」という授業があり、そこで配布して使っていたので、事項が空欄になっていたりします。そこは、自分で埋めてください。
かなりのページ数になるので、二つに分けてあります。
下のURLにアクセスしてダウンロードしてください。

日本内閣史1
http://yahoo.jp/CWuzT8
日本内閣史2
http://yahoo.jp/D6gT_e

もし質問があれば、コメント欄(←このブログの)に投稿してください。

では、こうしたノートを楽しんで作ったりしながら、日本史の理解を深め、少しでも日本史を好きになってください。解ける問題が増えると、日本史も好きになるでしょう。

年末年始、少しでもパワーアップして合格に近づけるように、幸運を祈ります。


※ちなみに、これは基本的に高校生の勉強のために公開しているもので、著作権等を放棄しているわけではありませんので、そのあたりはご了解ください。「大人の方」が他で活用する場合には、ご一報くだされば幸いです。

センター試験の過去問

2012-12-29 10:21:08 | 受験
このブログでも時々書いてきたミニトマトですが、クリスマス前後にやっと収穫できました。まだこれからのものもありますが。5ヵ月かかりました。ペットボトルで育てるという形でスタートしましたが、最後の方はたわわになってその重みでゆらゆらして、ペットボトルでは耐えられなくなりました。また、水を足すのにペットボトルだと不便なのです。そういうわけで、最後は別の器に代えました。
毎日水を足し、毎週水溶性の肥料を入れ替え、手塩にかけてきたミニトマトの味は・・・お店に売っているものよりも皮がやわらかく、とても甘く、また酸味もあり、とろけるようでおいしかった!

さて、受験生の皆さんは猛勉強の毎日と思います。補習に来る人数は、私が受験生を担当したおととしに比べてかなり少ないです。今年の学年は、塾や予備校に行っている人が多く、自分でしっかり勉強してくれているならそれに越したことはありません。
補習に来た生徒は、熱心に集中してよくやっています。初回は、まだ昨年度の過去問をやっていない生徒がほとんどだったので、やってきてくださいと。そしてそれを解説するということを、予定の時間より1時間早くスタートしてやりました(その他に2013年のための傾向と対策もやりました)。
昨年度の日本史Bの問題は、簡単だったようで、全国の平均点も例年よりかなり高かった(67.92点)です。簡単だった次の年は難しくなるのが常です。しかし、まだ過去問をやっていなかった生徒がこれに取り組むと、簡単じゃないか、と自信になります。ちょうど、授業でやったり定期考査で出したりしたものと似たものが出ていたりもします。
補習に来ていた生徒の中には、8割以上とれた生徒もいました。生徒は、口をそろえて「簡単。」と言っていました。今の時期に過去問をやっていないのは少し遅いですが、簡単に思えるというのは頼もしいです。まだやっていない人は、大学入試センターのホームページからダウンロードするなどして必ず一度はやってみてください。

http://www.dnc.ac.jp/modules/center_exam/content0278.html

センター試験は、教科書に書いてあることからしか出ませんし、一つ一つの問題は意外と簡単なのです。ただ、注意力不足で勘違いをしたり、血迷ったりして、失点してしまうことが多いのですね。一つ一つの問題に慎重に取り組んで、よく見直しをすることが必要です。何しろ、1問3点という問題がほとんどですから、3、4問間違っただけで、9割を切る事態になります。
センター試験の日本史は8割9割は容易に目指せるレベルですので、ぜひ、あきらめないで、最後の最後まで、繰り返し問題練習と教科書を読むことを続けてください。今年の3年生には大いに期待しています。これを読んでいる君ならできる!

昨日28日は、学校も仕事納め、年内最後の日でした。先生もほとんどお休みをとって、学校は閑散としていました。そんな中、私の所に用事があって来た生徒がいました。その生徒は、そのまま学校の図書館に行き、勉強をしていました。そういう生徒は昨日は一人だけだったかなと思います。
その姿を見て、私は、がんばれ!と心の中でエールを送りました。努力は必ず報われます。一生の中でも、こんなに勉強にしんから没頭できる時期はありません。勉強を楽しむくらいの余裕をもって、存分に勉強してください。勉強さえしていればいいという生活は、私ならば幸せだなあと思うのですが。

本当は、別の情報を伝えるつもりだったのですが、意外と長くなってしまったので、また明日にします。センター試験の過去問をやっていない人は、ぜひ大学入試センターのホームページにアクセスして、3年分はありますからやってみてください。繰り返しやる必要はありません。間違いを確実に理解して自分のものにしたらそれでOKです。または、過去問は市販されています。あまりそれに時間を費やす必要はありませんが、ざっとやってみてください。古本屋さんなんかでも売ってるかな。
今年も押し詰まってきましたが、皆さんは関係なく勉強三昧。春にあこがれのキャンパスに立っている自分を想像して、猛烈にがんばってください!

雨森芳洲

2012-12-24 00:28:01 | 江戸時代
クリスマス・・・は、あまりそういう気分ではないのですが、去年は特に、東日本大震災で、イルミネーションなども控え目だったのかなと思います。今年だってまだ、被災して大変な状況にある人はいらっしゃいます。
 でもともかく、子供の頃は、小学校3年生くらいまで本気でサンタクロースはいると思っていましたし、クリスマスは子供のためのもの、と私は思います。ということで、子供は特に、クリスマスは純粋に楽しんでほしいと思います。私はまあ、毎年ケーキくらいは作ることにしています。

さて、何となく、雨森芳洲の名前が頭をよぎって離れないので、ちょっと書いておきます。
山川の教科書には出てこないし、授業では触れなかったのですが、私大入試などでは出てくることもあると思います。
そもそも雨森芳洲(1668~1755)は「あめのもりほうしゅう」と読みます。
この人が生きた時代は、生没年を見てだいたい想像してほしいのですが、新井白石などと同時代の人です。参考書などでは、儒学者として名前が出てきます。
儒学の系譜の中では、木下順庵の門下になります。木下順庵の門下生としては、新井白石や室鳩巣がいます。彼らの名前と一緒に、雨森芳洲も記憶してください。
儒学者として木下順庵門下でありますが、他に、朝鮮との関わりで、ぜひ名前を覚えてください。
雨森芳洲は、朝鮮にも渡り、朝鮮語を習得し、対馬藩の人間として、朝鮮との外交の場面で活躍します。朝鮮通信使に同行して江戸まで行ったりという役目も果たしました。

雨森芳洲は、『交隣提醒』という書物によって、対朝鮮外交の心得を著しています。外交に際しては、朝鮮の風俗・習慣をよく理解し、違いを尊重するべきであり、偏見や蔑視を抱いてはならないと述べているとのことです。これを「誠信の交わり」という言葉で表わし、朝鮮通信使との関係で有名な言葉のようです。互いに欺かず、争わず、真実をもって交わることこそ、まことの誠信であると説いています。この「互いに欺かず争はず」の思想が、現代の外交、特に、朝鮮や中国などの東アジアにおける外交においても、大切なことでしょう。
1990年5月、韓国の盧泰愚(ノ・テウ)大統領が国賓として来日した際に、宮中晩餐会で挨拶の中で、雨森芳洲について触れているそうです。
雨森芳洲は、こうしてみると、理想的な外交官といえるでしょう。

 木下順庵や新井白石と同時代で、朝鮮通信使にも深く関わった雨森芳洲、今日は覚えてください。

作者の氏神 近松門左衛門の生き方

2012-12-17 04:45:26 | 江戸時代


日曜日時点のミニトマトです。携帯電話の、一眼レフ風という設定モードで撮りました。
なかなか赤くならなくて、やっと一つは鮮やかな赤になってきました。8月下旬に育て始めたので、季節がよくなかったですね。
明るいうちに自宅にいることがほとんどなく、今週もこの日曜日の朝だけでした。
本当に学校まで遠くて、行き帰りだけで疲れます。

さて、授業も月曜日の授業で日本史はおしまいです。お名残り惜しいですね。補習や1月からの特別授業でお会いする人もいると思いますけれども。
近松門左衛門のビデオを最後に見せています。時間があれば、別のビデオも見せたかもしれないのですが。
近松門左衛門は、偉大な劇作家として「作者の氏神」と呼ばれる存在で、武士をやめて人形浄瑠璃などの脚本を書く作家に転職した人です。当時は、作家としての地位が確立されておらず、武士をやめるなんてことは全く普通の人には理解できないことでしたが、お芝居が好きだった近松は、好きな道を行くことを選んだんですね。
このビデオを見せると、例年、生徒は感動して見ています。本校は、演劇をみんな経験しますから、身近に感じるんでしょうか。「曽根崎心中」は近松の作品。覚えてください。赤穂事件と同時代の元禄時代です。

私自身は、役人から教員に思いきって転職して、自分の好きな日本史を教えることと、好きなソフトボールの顧問とをやらせてもらっている現在の生活、好きなことを仕事にできて幸せだなと思います。これからもっと自分のやりたいことができれば、まだ転職するかもしれませんけれども。

受験生の皆さんの進路選択を見ていると、資格が取りたいのでその大学学部、という人が多いです。保育士や看護師など、やりがいがある大切な仕事ですが、命を預かる大変な仕事だし、実は人と接するのが苦手だったりする人もいるはずで、就職に困らないから、といった理由で決めてしまって、大丈夫ですか?本当に、その仕事を好きで一生やっていけますか?本当に好きなら、いいです。今、就職が厳しいから、就職に困らない職業がいい、という理由なら、違います。

大学は、学問をやる所だということは、前にも書きました。専門学校の4年生版ではありません。
例えば、哲学を勉強したって、就職できないんじゃない?というのではなくて、自分が本当に好きで、深く勉強したいと思う分野があったら、それを選んだ方がいいです。大学の勉強は、いやいややるものではなくて、自分で進んで勉強したいと思えるものをやるべきです。

就職なんて、一生懸命勉強した人にとっては、どうにでもなることです。ほどほどの大学に入って、あまり好きでもない勉強を仕方なくやって、資格を取れば就職できるかというと、意外とそうはうまくは行きません。その仕事が心から好きで、熱意がなければ、何をやってもうまく行きません。
逆に、自分の好きな勉強をするならば、ほどほどの入りやすい大学ではなくて、その分野のナンバーワンかオンリーワンの大学を目標にしてほしい。この先生のもとで勉強したい、という先生を見つけられたらなおよいです。
就職の時には、自分は大学でこれだけの勉強・研究をした、と胸を張って言えるものがあれば大丈夫です。
好きなものを勉強した上で、別の職業に興味が出て来て、資格を取る必要が出てきたと思えば、大学を出た後で専門学校に行ったり、大学に入り直したりしてもいいと思います。人生は長いですから、何度でもやり直して大丈夫です。
私が骨折して入院していた時、そこのリハビリの若い女性の先生は、大学では社会学を勉強していたけど、その後リハビリの学校に行ったのだそうです。

どの学部にしようか、まだはっきりしていない人がいたら、自分が本当に好きだと思える分野を選んでください。就職に有利とかそんなこせこせした理由で選ばないでください。

私が高校時代、何となく法学部はどうかなと思っていたら、父親に、おまえは法学部なんて無理だと言われて、そうなのかなと思って、やめました。なぜ法学部がいいと思ったのかといえば、たぶん、実社会と関わりのある分野がいいと思ったのと、法学部はつぶしがきく、という一節をどこかで読んだためです。やめてよかったと思いますが。私は、法律の条文を読んで、理屈攻めで解釈をする世界は好きではないので。父親が言ったのは私のことをよくわかっていたわけではなくて、適当に言ったのだと思いますが。
私自身は、高校では英語が得点源だったのと、日本史もまあできたし好きでしたし、伯父が史学科を出て成功しているので、いざという時には助けてもらえるかなと思い、英文科や史学科など、入れそうなレベルの中で上限いっぱいの大学を選びました。節操ないですね。
英文科でなくてよかったと思いますが、もし英文科に行っていたら、人生は全く違ったものになっていたでしょう。

史学科のある友達は、大学を出てSEをやっていましたが、しばらくして退職し、今は在宅で翻訳の仕事をしています。大学では日本の中世史をやっていたんですけどね。何でもできちゃうんですね。
皆さんも、何でもできちゃう人になってください。そのためには、目の前の勉強を、遮二無二、全力でやり尽くして、キャパシティを大きくしておいてください。あれはやだこれはやだと、勉強する範囲をどんどん狭めていかないでください。貪欲に、学びましょう。

・・・と、近松の話から、ずいぶん広がってしまいました。

補習の予定

2012-12-09 20:37:19 | 連絡事項
明日が日本史の試験ですが、時間は十分ありましたよね?低い得点だと面倒なことになりますから、心して、受けてください。

今日これを書いているのは、まずは、13日(木)から始める、ごく基礎から勉強したい人のための補習についての連絡のためです。試験期間中に掲示はしておきましたがあまり見ていなかったでしょうか?先着10名に限定して補習を行いますので早めに声をかけてください、と連絡したのですが。
明日で試験が終わりますので、受講者にはあらかじめ解いてくる問題を渡します。
希望者は、明日・10日(月)、必ず私の所に来てください。

受験生の学年を相手したのは過去に2回・・・2回とも同様に初歩の補習を放課後に行いました。それぞれにとても熱心な生徒がいて、クリスマスイブの夕方というのに関係なく、熱心に補習を受けに来ていた、私はそんな生徒達に幸あれと思って、その日はチョコレートを配ったり・・・そんな思い出もありました。
2年生の日本史Bしか履修していないけど、日本史で受験したい、といって、3年で演習も取っていなかったのに、補習を受けに来て、いわゆる青短に無事受かった生徒もいました。

12月13日(木) 15:00~17:00  原始~鎌倉時代
12月14日(金) 16:00~17:30  開国~立憲政治
12月18日(火) 13:15~15:30  日清戦争~第二次大戦
12月21日(金) 14:00~16:00  戦後史

このような予定です。今年はクリスマスイブにはやりません(笑)。
あらかじめ、ちゃんと問題を解いてから参加してください。
ゆっくり丁寧にやるとすれば、これだけではおさまらないので、鎌倉あたりは別の日にずれ込むかもしれませんが・・・

自分でどんどん問題を解ける人は、猛スピードで数多くの問題を自学自習してください。
わからないことが多すぎて・・・という人は、一緒に勉強しましょう。

それから、冬季講習ですが、掲示のとおりです。本当は、先週金曜日までが申込みだったのですが、木金と試験がなくて学校に来ていなかった人も多かったようで、申込みできなかった、忘れていた人は、やはり明日・10日に、職員室入口にある申込用紙を記入して私の所に持って来てください。
印刷などの都合もあり、ばらばらと直前になって申し出があると困りますので、早めにお願いします。

冬季講習も過去2回担当しましたが、前回の時は、本番と同じ問題を講習の中で取り上げました。つまりは予想を当てたのですが、生徒が本番で実際できたのかというと・・・?わかりません。一度出会った問題は、確実に理解し、ものにしないとだめです。
こちらの講習は、上記の放課後の補習と違って、できるだけ多くの、センター試験受験者に受講してほしいと思っています。今回もがんばって皆さんの本番に役立つ内容を精選して行いたいと思います。

期末考査が終わろうが、冬休みが来ようが、ノンストップで、意欲的に、強気でがんばろう!
こんなに存分に勉強に没頭できる時期は、人生の中でも今しかありませんよ。
それでは、明日、忘れないように。