日本史学習拾遺

日本史よもやま話、授業の補足、学習方法

「出雲と大和」展も強制終了

2020-03-08 22:59:10 | 自己啓発
コロナウィルス対策で、突然に学校が休業になって、1週間です。
卒業式も簡素化されて、今年の卒業生にとっては気の毒なことになってしまいました。でも、明るい表情で卒業していったのは救いかなと思います。卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。
センター試験後の進路決定について、すべては把握していませんが、一般受験で合格できた人たちも少しいるようで、よかったなと思っています。昨年度、浪人した人も、今年はどうなったかな??

さて、コロナウィルスで学校も非日常的な日々となっていますが、インフルエンザなどと比べてどうなのだろうと考えてちょっとネットで検索してみたら、こんな記事が引っかかってきました。

「なんと1日50人以上『インフル死者』が日本で急増する不気味 怖いのは新型コロナだけじゃない」(プレジデントオンライン 2020/02/18)

https://president.jp/articles/-/33053

毎年流行しているインフルエンザで死亡する人は、日本だけで1日に50人以上もいるというのです。コロナより全然恐いじゃないですか。

厚生労働省の人口動態統計によると2018年にインフルエンザで亡くなった人は3325人。
月別のデータでは、2019年1月にはインフルエンザで1685人の方が亡くなっていて、1日平均で死者54人という計算になるとのこと。

「同じように感染が広がり犠牲者が出るウイルス感染症であるのに、既知の病だからといってこの『54人』の病状についてはほとんど報道されることがないのもバランスが取れていないのではなかろうか。昨年2019年もデータが公表されている9月までにインフルエンザ死亡者数は3000人を超えている。この人数は、医師が死因をインフルエンザと認めた人のみである。インフルエンザで入院した人でも、肺炎を併発したり、持病が悪化し心不全などその他の病気で亡くなったりした場合は含まれない。」

とあります。
確かに報道はバランスが悪いと思います。
インフルエンザの話もすると、ややこしくなるとか、コロナの恐さが薄れるとか、政府の揚げ足取りになるとか、あるんでしょうか。
アメリカでは毎年インフルエンザで1万2000人が死亡するとのこと。それもすごい数字です。

それ以上のことは、そちらの記事を読んでいただくとして、歴史の話に回帰すると、世界史ではペストの流行、日本史では、関東大震災の時など、社会がパニックに陥りました。関東大震災の時には、デマが飛び交い、朝鮮人や中国人の虐殺ということが起こりました。甘粕事件のようなことも起こりました。パニックに陥った時に、人は何をしかねないのかを歴史から学び、デマなどに踊らされず、冷静に行動しなければなりません。
今回も、トイレットペーパーが店頭から消えるなど、デマ・不安から人々の異常な行動がみられました。

昨日、地元の図書館に行ったら、予約していた本の貸し出しや、返却だけで、閲覧室は閉鎖していました。子どもたちは図書館にも行けないんですね。本はネットで予約して借りればいいと思いますが。

どこもかしこも休業状態で、先日行った、東京国立博物館もそうです。
日本書紀成立1300年「出雲と大和」という、興味深い特別展が、今日までだったのですが、途中で強制終了していました。私は2月上旬に見に行きました。

なかなか大規模な、見ごたえのある展示でした。

出雲の展示では、出雲大社のあの巨大神殿の跡と考えられる宇豆柱などの展示に始まり、神庭荒神谷遺跡の358本の銅剣すべてが一面に展示されていたり、加茂岩倉遺跡の銅鐸をはじめ、こんなに銅鐸をいっぺんに見たことがない、というくらい多数の有名な銅鐸が集結したりと、見応えのある内容でした。神庭荒神谷のは出雲風土記の丘で見ていましたが、加茂岩倉遺跡の方は、あれだけの数は初めて見たのかもしれません。

大和=奈良の方は、石上神宮の七支刀が展示されていたのが印象に残りました。黒塚古墳の三角縁神獣鏡、飛鳥寺の塔心礎の埋納品は日本史の図説などでもおなじみですが、そういったものもありました。出雲と関係あるのかなあという展示も多く、とにかく大量の、幅広い内容の展示でした。出雲の「見返りシカ」もかわいかったです。出雲の埴輪の顔がちょっと独特だと思いました。
出雲は「幽」、大和は「顕」の世界をつかさどるという『日本書紀』の箇所も展示されていました。

この「出雲と大和」というテーマは、私にとっても、とても大切なテーマです。ですので、図録も買いました。まだ詳しくは読んでいませんが、いろいろな研究成果や、研究の視点がコンパクトに整理されている記事もあって、興味深いです。

とても力の入った大規模な展覧会でしたので、コロナウィルスで会期途中で終了になってしまって、多くの人に見てもらう機会を失って、とても残念です。


写真は、加茂岩倉遺跡の銅鐸の埋納状況を再現したものです。
発見された時は、工事中に、ポリバケツみたいなものが出てきた・・・という印象(つまり、青緑色)だったようですが、この展示は、銅鐸は新品の10円玉のような輝く色をしていました。当時はそんな色をしていたのでしょう。

銅鐸の中にまた銅鐸が入っている、という、入れ子の状態が再現されていました。

神庭荒神谷の方は過去に見てきた記事を書いています。→こちら
こちらは、現地で発掘当時の状況がレプリカによって再現されています。
神庭荒神谷も、加茂岩倉も、こんなに大量に、いっぺんに見つかるというのは、出雲という土地がただならぬ土地であるといえると思います。その時代に、文字が使われていなかったのが残念です。しかし、神話が残されていますね。

加茂岩倉遺跡の方も、いつか見に行きたいです。



「奈良大和四寺のみほとけ」展は23日まで。遅きに失した・・・?

2019-09-22 23:48:37 | 自己啓発
上野の東京国立博物館「奈良大和四寺のみほとけ」展が、23日(月)までなんだ・・・と知り、私も好きな奈良のお寺からわざわざ東京まできてくださっているのだから、行ってお会いして来ようか、と思い立ち、今日、行って来ました。

https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1966

大和四寺とは、岡寺、室生寺、長谷寺、安倍文殊院です。なかなか味わい深いラインナップです。私も結構好きな、興味のあるお寺ばかりです。6月からやっていたんですね。気に留めていませんでした。仕事で余裕がなかったからかもしれません。

これは常設展の一部として開催されていましたので、常設展の料金だけでOKです。よく見ると、高校生以下は無料、高校生以下の子どもを同伴してきた場合は大人も団体料金、など、料金もいろいろ細かいんですね。

以下、HPの紹介文より

奈良県北東部に所在する岡寺、室生寺、長谷寺、安倍文殊院の四寺は、いずれも7〜8世紀に創建された古刹で、きわめて魅力に富んだ仏像を伝えています。奈良時代に流行した木心乾漆造の岡寺・義淵僧正坐像、平安時代初期の重厚な特色を備える室生寺・釈迦如来坐像、鎌倉時代に高度な技術で造られた長谷寺・十一面観音菩薩立像、安倍文殊院本尊の像内に納められていた文書など国宝4件、重要文化財9件を含む名品を展示します。卓越した造形と厚い信仰を物語るみほとけをぜひご堪能ください。

私が印象に残ったのは、まず、初めて見た義淵さんの像です。義淵は日本史の教科書にも出てきます。法相宗の僧で、玄昉、行基などが門下と教科書に書かれています。実物より一回り以上大きいのではという立派な像で、はだけた胸のあばら骨が印象的でした。これで乾漆像なんだ・・・塑像のような印象でした。室生寺の釈迦如来さんは、多分過去にナマでお会いしていて、教科書にも写真があるので授業では毎年生徒にも紹介しています。阿部文殊院本尊の像内の文書も、なるほど、こういうものが国宝になるんだ、と目に焼き付けました。
さすがに長谷寺のご本尊はお出ましにはなっていませんでしたが・・・あのご本尊は建物の構造的に外に出られるものなのでしょうか?

他に私が心に残ったのは、長谷寺の赤精童子(雨宝童子)立像です。これは、アマテラスオオミカミであるともいわれているとのことで、童子のなりをしていても、顔立ちなどは女性であると。アマテラスオオミカミは、長谷寺を通って伊勢に鎮座した、その由縁でこの像が・・・と解説に書いてありました。
そういえば、2年前に長谷寺に行った時の記事でもこの雨宝童子のことは触れていて、その時にもこの像を見ていたようです。

長谷寺の観音様のおみあしをさする


私は、アマテラスは卑弥呼ではないかと以前から少し書いてきました。三輪山から長谷寺、室生寺、伊勢のラインは・・・とても興味深いです。
そんな考えから、この、赤精童子(雨宝童子)立像は、卑弥呼・アマテラスのイメージなんだろうなと思って見てきました。この像が作られたのは室町時代のようですが。

そんなこんなで、明日で終わってしまうこの展覧会ですが、もし間に合えば行ってみてください。高校生は無料。この展覧会だけでなく他にも常設展で多くの名品が見られます。

さて、特に写真を撮ってこなかったので、先日文化祭の振休の時にごあいさつしてきた、宗吾霊堂の、平日だったのでお休みだった境内のお店前で気持ちよさそうに寝ていた三毛猫さんの画像でも。



千葉は台風による災害で停電や断水などが続いていたので、宗吾さまのあたりはどうなのだろうと思いながら行って来ましたが、大丈夫だったようでした。電柱が倒れてしまったりといったことによる災害は、これからもたくさん発生することでしょうね。電気がなくても耐えられる、たくましさが必要でしょうか?それにしても、今、復旧できずに大変な状況にある方々が、早く普通の生活に戻れますように。
そうだ、どら焼きさん、大丈夫でしょうか?

あと1日、明日の休暇を大切にして、また元気に学校生活を再開したいと思います。

妖怪・オバケを見て涼しくなろう――太田記念美術館

2019-08-15 22:00:31 | 自己啓発
夏休みもあと2週間??早いです。今の私には生徒の皆さんに宿題やってますかと言える義理はないかもしれません。でもがんばりましょう。私もいろいろがんばります。
暑いですね。台風の威力も恐ろしいですが、各地の皆さん無事でしょうか?
合宿とか講習とかで自分の勉強をほとんどしておらず、博物館学芸員資格課程のことはもちろん頭の片隅にありますが、行動できず、しかし自分自身も夏休みを取ったので、博物館に一つくらいは行こう、ということで行って来ました。

今まで行ったことのない博物館・美術館ということで、探してみましたら・・・原宿にある浮世絵専門の美術館=太田記念美術館「異世界への誘い ―妖怪・霊界・異国」という展覧会をやっていて、ポスター(チラシ)にインパクトがあって、夏といえばお化けだよね、見たらゾゾーッと涼しくなるかなという期待も込めて、その展覧会に行ってみることにしました。

結構お客さんでにぎわっていました。私と同じ期待感からかもしれません。子供も多かったです。
ポスター(チラシ)の絵は、歌川国芳「東海道五十三対 桑名 船のり徳蔵の伝」で、黒い大きなオバケが描かれています。これを見て行ってみたくなった人がたくさんいたことと思います。宣伝効果抜群でしょう。

http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/exhibition/isekai

「桑名屋徳蔵という船乗りは、大晦日には船を出さないという決まりになっていたにも関わらず、船を出したところ、沖で巨大な海坊主に遭遇してしまいます。海坊主は自分のことが怖くはないのかと徳蔵に尋ねますが、徳蔵は世の中で生きていくことの方がよほど怖いと答えます。すると海坊主は恐れをなして消え失せてしまいました。黒い影に目だけがぼんやりと浮かんでいるという、異世界の住人らしい海坊主の不気味な姿が印象的な作品です。」

こういう解説が1枚1枚にあって、ふむふむと足をとめて読んでしまいます。

印象的だったのは、作者不詳の「雷光の図説 豊年魚」(1866)というものです。淀川に出現した怪獣(魚)で、ゴジラとよく似ているなあと思いました。恐竜みたいでもあります。これが出現すると、その年は豊作になることから豊年魚と呼ばれているとか。これがゴジラと似ていると思う人は他にもいるようで、ネット上にそういう話題がみられます。ゴジラはこんなのをモデルにしたのかなというような。

他にも、面白かったのはたくさんあります。自分が前から知っていた王子の狐火の別バージョンとか(歌川広重)、ユーモラスな顔の土蜘蛛とか、とにかく足のない女性の幽霊も多数。

葛飾北斎の「新版浮絵 浦島龍宮入之図」も、登場人物が、さかなクンのように魚のお面を頭に着けていて、これは、擬人化の表現で、黄表紙などによく見られる表現だとのことです。さかなクンもこういう絵を見ていたんでしょうか。

「妖怪」も「霊界」も「異国」も、一つ一つの絵が興味深くて、浮世絵ということだから版画ですが、その精細な線・色に驚かされました。こんなに浮世絵版画の細部までじっくり見たことがなかったかもしれません。たくさんの版を、ずれないように重ねて刷るわけですが、その技術もそうですし、こういう版を手作業で作れる人というのは、現代にはいないのではないでしょうか?
本当に細かくて、また写実的な絵が、線が、表現されていました。
この展覧会は8月28日までです。おすすめです。ゾッと背筋が寒くなるような幽霊も、いましたよ。

その美術館の地下には、「かまわぬ」という手ぬぐい専門のお店がありました。ここの手ぬぐいはいただいたことがありましたがお店はここなんだ、ということがわかり、覗いてみて、魅力的な手ぬぐいがたくさんありましたので自分なりに今一番ほしいかなと思うものを2枚だけ買いました。
手ぬぐい、すてきですね。使い込んだ手ぬぐいもいいです。もう少し日常的に愛用しようかな。

そして、さらに新大久保に移動して、皆中稲荷神社へ。ここはお正月に行ったらものすごい行列だったのでお参りするのをやめた所です。今日はほとんど人はいませんでした(笑)。百人町にあります。


江戸時代、鉄砲組から信仰された神社で、ある隊士が霊夢により百発百中の腕前に上達したことが起源とのことです。「皆中」とは「みなあたる」という意味です。「当たる」ということで宝くじなどの当選を期待する方々が多くいらっしゃるのかなと思います。私は宝くじは買わないのですが違う意味で皆中が必要なのでお参りしました。初めてです。お守りもいろいろありました。



新大久保あたりはエスニックというかアジアの食べ物のお店がぎっしりつらなっていてすごいですね。若い子がたくさんいて道にあふれていました。韓国とは今、政府同士でなかなかうまくいっていませんが、若い人達はそういった問題は全く関係ない、気にしていないように見えます。韓国側の若い人はどうなのかはわかりませんが。

今日は終戦記念日でした。令和になり、新天皇も戦後生まれの世代となりました。天皇と同世代というわけではありませんが、戦争について原体験はなくとも、国が経験した過去を、風化させてはならない、歴史の教員としても、できるだけ迫真の当時の状況を伝えていけたらと思います。

・・・というわけで、仕事を離れて都内の行ってみたい場所をぐるっと訪れて来ました。真夏には涼しくて清潔・美しい空間の博物館・美術館で展覧会を見るのが結構おすすめです。穴場のカフェなども併設されていることも多いです。もう少しこの夏休み中に見学して、そしてその勢いで学芸員資格課程のレポートを1コでも書けたら・・・いや書かねば・・・ここに書くことで自分を縛ることにしましょう。

東寺とか円覚寺とか・・・都内で名品に出会う

2019-05-02 21:13:10 | 自己啓発
令和元年が明けましておめでとうございます、という感じで。4月30日から5月1日にかけての新年カウントダウンのようなテレビ中継の明るいノリには驚きました。前回の改元は、昭和天皇が亡くなっての代替わりでしたので、三日間くらいはふざけたテレビ番組やCMも自粛で、レンタルビデオ屋さんが繁盛したと記憶しています。ですから今回の代替わりはとてもハッピーな感じで、全然違いますね。生前退位もいいものかもしれませんね。
「新天皇は歴史学者」との見出しをどこかで見ました。確かにそうですね。令和時代がよい時代になるといいですね。

さて、連休は、自由に過ごしておりまして、毎日勉強はしています。授業準備の他、ちょっとだけ博物館学芸員資格課程のテキストも開きました・・・開いただけでレポートを書くまでには至っていません。
4月~今日までに美術館・博物館を二つ見ましたのでそれについて簡単に書いておきます。

一つは、東京国立博物館で開催中の特別展「国宝 東寺―空海と仏像曼荼羅」です。
立体曼荼羅が売りとのことで、なんか、以前に似たような企画を見た気がするんだけど・・・それがどういうものだったか思い出せないけど・・・というものでした。内容は別物でしたが。

この展覧会は、いきなり入ってすぐ、三つ目くらいに、空海による、高校日本史でもおなじみの「風信帖」が展示されていて、おっとっと・・・こんな名品をこんな最初の方に・・・と思いましたが、この展覧会のメインは、立体曼荼羅だからですかね。最澄へのお手紙である「風信帖」の実物は、私も初めて見たのだと思いますが、やはり実物を見ることは大切ですね。黒々とした墨の感じなど、記憶に残りました。

立体曼荼羅のそれぞれの仏像の表情は豊かで、じっくり見ることができました。
一体だけ、写真OKの像がありました。


「帝釈天騎象像」です。イケメンの帝釈天がゾウに乗っているものです。過去にも見たことがあったのかもしれません。多くの人が写真を撮るために群がっていました。そのシャープな顔立ちをじっくりと、前からも横からも拝見しました。ゾウに乗っているというのは、これを制作したのは日本人なのでしょうか・・・?顔立ちは日本的です。

そして、今日は、三井記念美術館で開催されている「円覚寺の至宝」展に行って来ました。
円覚寺には、実はまだ行ったことがないのです。そして、ネットでこの展覧会の展示内容をざっと見たら、鎌倉時代といっても意外に繊細な彫刻の像がいくつも出ているんだな・・・ということを知り、円覚寺ではなくて「三越前」だけど、行ってみようか、と思い立ちました。

この美術館には過去1,2回は行っています。なかなかよい雰囲気の美術館です。
一応、学芸員資格課程で学んでいる者としての視点で振り返りますと・・・
蘭渓道隆や無学祖元の坐像があったのですが、それらとばっちり目が合う高さだったのです。とても写実的で、確か、無学祖元は等身大で、なで肩だとか解説に書いてあり、なるほどと思ったり。
目が合うように正面に立つと、ドキッとしますが、負けずにしっかり向き合って、心の中でご挨拶してきました。内面に秘めた気魄のようなものが感じられる像でした。
他にもいくつも坐像等があったのですが、高さを調節して、ちょうど私くらいの者と目の高さが合うくらいに展示されているものが多かったです。また、掛け軸も、ちょうど絵の中心が、同じ高さに来るように掛ける位置を調整してありました。

国宝は、蘭渓道隆と無学祖元の墨蹟(書)がありました。

円覚寺といいながら、建長寺他の作品も結構出品されていました。
宋の時代の青磁もたくさん展示されていて、きれいな色だな、と改めて感じました。そのかけらも展示されていて、その解説によると、材木座の海岸あたりでは、数年前までこうした青磁のかけらを拾うことができたとのこと。私も拾ってみたかったな・・・

展示室を出た所にミュージアムショップ、カフェ、トイレ・・・と、よい感じで配置されていて、とても居心地のよい美術館です。

さて、10連休も折り返しに入り、一層有意義に、時間を大切に使いたいものです。
学芸員資格課程のレポートも構想してみようかな・・・?ちなみに、博物館実習の権利は得たのですが、今年は、都合が合わないため、見送ることにしました。残念ですが。来年は、違う日程にしていただきたいものです。

「玉」の展覧会を見に行こう

2018-10-28 17:20:05 | 自己啓発
珍しく、連日のアップです。昨日も書きましたが、おとなの試験=奈良大通信教育・学芸員資格課程の科目修得試験を受けてきました。本当におとなの方々ばかりで、私が最年少だったと思われます。

答案、書けました!質量ともにまあまあなのではと思います。
今日は、朝から5時間くらい勉強していました。
これで、また少し前に進む元気が出てきたかな。
時間を見つけて、新たにレポートを書いていこうと思います。

さて、今日書いているのは、試験がよい感じで終わってうれしかったのと、また博物館を見に行きたいなということで、自分の覚え用と、皆さんへのご紹介をしようと思ったからです。

江戸東京博物館で、企画展「玉 ―古代を彩る至宝―」が、10月23日~12月9日まで開かれています。
以下江戸博ホームページより。

本展は、古代歴史文化とゆかりの深い14県からなる古代歴史文化協議会と共同で開催します。古代歴史文化協議会の共同調査研究「古墳時代の玉類」の成果をもとに、古代の玉たまの歴史的意義をわかりやすく展示します。

とのことで、この14県の共同研究のシンポジウムには私も3年前に行き、その時の記事も過去に書いています。
「古墳時代の玉作りと神まつり」シンポジウム(2015.11.15)

今回のような展覧会の形で、その後の研究成果をお披露目してくれるんですね。

私は、奈良大通信教育の卒論で、子持勾玉の出土地、について書きましたし、子持勾玉以外にも、ひすいの勾玉など、勾玉全般に興味がありますので、この展覧会はとても興味深いです。必ず行かなければ。子持勾玉も展示されるようです。

この展覧会では、連続ミニ講座として「古墳時代の玉類~14県の玉文化~」が、

会期中の毎週土曜日 17:00から40分程度 
      毎週日曜日 16:00から40分程度
開かれているとのことです。

以下、ホームページより

【参加料】無料(常設展観覧料は別途必要)
【場所】常設展示室5階、中村座前にて(事前申込不要)
  10月27日(土) 島根県
  10月28日(日) 三重県
  11月 3日(土) 佐賀県
  11月 4日(日) 和歌山県
  11月10日(土) 奈良県
  11月11日(日) 宮崎県
  11月17日(土) 兵庫県
  11月18日(日) 岡山県
  11月24日(土) 福岡県
  11月25日(日) 石川県
  12月 1日(土) 広島県
  12月 2日(日) 福井県
  12月 8日(土) 鳥取県
  12月 9日(日) 埼玉県


行きたいですねえ。私は、江戸博の友の会に一応入っているので、常設展は何度でも無料で入れます。
しかし、昨日、特に興味深い島根県が終わっちゃいました。仕事もあり行けず。今日もやってたんですね。行けたかもしれませんが・・・
来月も結構土曜日も仕事があるので、なかなか行くのは難しいです。奈良県は行きたいですが・・・

ミュージアム・トークは11月9・23日(各金曜日)16時から30分程度とのこと。

常設展入場料は、一般は600円、中高生は300円です。高校生、江戸博あたり、行ってほしいけど・・・


今日の写真は、卒論作成のために現地調査に行った際に撮ったもの。これは、福島県白河市にある、円錐形の神奈備型の山(三輪山と同じ)、建鉾山(たてほこやま)です。
どうでしょう、円錐形に見えますか。三輪山と似ていませんか?

ここに、陸奥国一宮の都々古別神社(ツツコワケ神社)があります。そして、三輪山・大神神社と同じく、この地付近から子持勾玉が出土しています。三輪山・大神神社付近でも子持勾玉がたくさん出ているんです。
そして、この建鉾山の向こう側に・・・?それは、この写真では隠れて見えませんが、私は現地に立って驚きました・・・奈良大の現地主義の成果です。

大分書いてしまいましたが、いつか、もっと詳しく書くことがあるでしょうか。
ツツコワケというハンドルネームは、ここの神社からとっているわけですが、この付近の不思議なことを、いつかもっとはっきりさせるために、忘れないようにと思って使っています。

それでは、今日はこのへんで。明日以降の仕事の準備等に戻りたいと思います。
明日からの1週間も、元気に参りましょう!