久野康成公認会計士事務所/株式会社東京コンサルティングファーム(TCF)の 【国際化支援ブログ】

東京コンサルティンググループ(TCG)は、日本企業の収益改善・国際化をトータルサポート!!

ライブドアと楽天との共通点

2006年02月24日 | 所長と熱く語ろう!(久野康成)

ライブドアも楽天もIT企業の成功事例としてもてはやされた会社である。

私は、この2社に非常に大きな成功した共通点があると思う。

 

それは、『技術へのこだわりのなさ』である。


楽天の三木谷氏は、ご存知の通り、元日本興業銀行の行員である。このような経歴に人がIT企業を興したこと自体が驚きである。

IT企業といえば、それまでは、技術屋社長という概念が当たり前であった。

また、三木谷氏が行ったインターネットを使った『仮想モール』とうコンセプトは、それまでにも数多くの先駆者がいた。しかし、その多くの先駆者は、最新技術であった3Dを使ったようなものであり、インフラが整っていなかったり、開発コストに莫大な費用がかかったりして、事業としてはことごとく失敗していた。

しかし、三木谷氏は、もともと技術屋ではないので技術に対するこだわりはない。むしろ、事業やマーケティングに対してのこだわりを持ち成功したのである。


ライブドアの堀江氏は、もともと、技術屋であったが、途中で技術を捨て、収益にこだわったところが常人ではない。一見、技術屋に見えたのだが、実は、最初から利益のみにこだわっていたのかもしれない。

いずれにしても、両者にある成功パターンは、一般的にIT企業の経営者ではない。


では、一般的なIT企業の経営者はというと・・・

もちろん技術へのこだわりを持っている。

私の知人で、IT企業の経営者をしている社長は、ライブドアを以前から技術がないといって批判していた。

元、顧客であったIT企業家は、『インターネット総研』が株式公開し、1株6千万円になっていた頃、痛烈にインターネット総研を批判していた。「あそこは、ルーターの技術があるだけだ。ただそれだけである。あそこに技術がないのは業界の常識である。」というようなことを言っていた。



IT企業の経営者の多くは、儲かっているIT企業に対して「技術がない」といって批判する傾向にある。

最初の私の知人は、数人で受託開発を行っている、いわば零細IT企業である。後者の元顧客は、身売りをし跡形もなくなっている。


IT企業の多くの経営者は、「技術力」を売りにしようとする。しかし、本当に技術力で儲かっているIT企業が日本に存在するだろうか?


儲かっているIT企業は、「技術力」ではなく、「マーケティング能力」なのである。

技術は一瞬に陳腐化するのである。


10年前、多くのIT企業は、圧縮技術にこだわっていた、インフラが整っていなかったためである。しかし、光ファイバーが普及すれば、そんな技術は一瞬で陳腐化してしまう。

かつては、パソコンもネットワーク設定が大変であった。しかし、今は、ケーブルを差し込むだけである。

技術革新とは、技術屋をいらなくするためにある。
つまり、SEは、自らの開発によって自らの職を失いことすらあるのである。


技術で勝ち続けることは、至難の業である。しかし、マーケティングで勝ち続けるのは、技術で勝ち続けるよりはるかに楽である。


我々は、何に価値を置き経営すべきか?

誤ったこだわりが、誤った経営をしてしまうのである。

 




【東京税理士法人】開設

2006年02月21日 | 楽しいお知らせ

法人名

【東京税理士法人】

2月10日に登記が完了しました。
いままでは、久野康成公認会計士事務所として、個人事務所で行っておりましたが、今後、税務に関しては『東京税理士法人』ブランドでサービスを行います。

監査・財務系コンサル・デューデリジェンス等につきましては、従来どおり、久野康成公認会計士事務所で行います。

 

個人事務所と税理士法人の最大の違いは、『支店が出せること』にあります。

個人事務所では、支店の開設が認められていませんでしたが、税理士法人では、支店が認められます。

今回、税理士法人を設立した最大の理由はここにあります。

昨年、私どもは、コンサルティング会社の『株式会社人財開発』の横浜支社を開設しました。

今年は、6月に名古屋・大阪支社を同時開設する予定です。

さらに、今後、同じ地域に【東京税理士法人・横浜事務所・名古屋事務所・大阪事務所】を開設する予定です。



日本においては、この4拠点を中心に全国展開を行います。






35歳 サラリーマン限界説

2006年02月20日 | 所長と熱く語ろう!(久野康成)

私は、これまでの2年間の間で、約2,000人の履歴書を見てきました。


そので、以下のような統計が現れました。

①転職を繰り返している人は、一番最初に入った会社がもっとも良く、後は、会社のレベルがどんどん下がっていく。

②入った会社が倒産して転職する人は、また、倒産する会社に入ってしまい。また転職を余儀なくされる。

③派遣社員で長く働いた人は、35歳でピークアウトし、その後は、良い仕事が回ってこない。


①の人は、ストレス耐久性のない人です。せっかく良い会社(といっても、良い会社ほど、仕事は厳しいもの)に入っても愚痴を言って辞めてしまう。しかし、世の中は、それほど甘くなく、最初に入った会社以上の会社に中々入ることができない。転職で成功する人など、世の中では、統計的にはわずか。転職する理由が、自己中心的では絶対に失敗します。

②の人は、たまたま倒産する会社に入ったのではない。倒産しそうな会社しか入れなかったのである。しかし、自分が原因でそのような会社にしか入れなかったと気づいていない。従って、自分が入る会社が如何に不運であったを語り続ける。自分が原因と気づかない限り、この負のスパイラルから抜け出すことはない。

③は、技術志向の人です。特に派遣社員は、35歳でピークアウトしてしまうことに気づいておらず、いつまでも技術・知識・経験を追い続けてしまう。もっとも重要なのは、リーダーシップや管理能力・部下の育成能力であることに気が付いていない。目先の仕事のみを行っていると取り返しが付かなくなる。そのような状態になって、初めて資格等でカバーしようと思っても手遅れになっている可能性がある。


全てに関して言えることは、今、自分自身が何を重要と思っているかだ。その価値観が重要で、目先の経験・技術・お金にこだわり、本質的な修行をしようとしなければ、人生の漂流者となるだけである。

『自分探し』など一生見つからない旅路に出てしまう人になるのである。

重要なことは、最初に自分を探すことではない。
世の中のニーズに着目することである。


そして、そこに自分の長所をぶつけることである。

 


会社は誰のものか

2006年02月18日 | 最新ビジネス書評

会社は誰のものか(新潮新書)吉田望著

昨日、ミッション経営研究会で吉田氏の講演を聴く機会がありました。
『会社は誰のものか』という直接的な問いに関しては、株主のものということになるが・・

『会社は誰のためのものか』というと、多くの利害関係者であり、会社のミッションが大きいほど、社会性が増し、みんなのものということになることが理解できた。

私は、今まで、『会社は誰のものか』というというに大して、社会性を訴えてしまっていたことに気が付いた。この二つは区別しなくてはならない。


さて、企業が虚業か否かが分るのは、グレーゾーンの仕事をするか否かであると吉田氏は言っていました。


企業は、決して虚業であってはならない。
しかし、この虚業の定義が非常に難しい。

企業が虚業であるほど、実業を装っているからである。




吉田氏は、ライブドアをはじめ、多くのIT企業に精通しており、その分析力・洞察力は非常に素晴らしいものを持っておられました。


人間の器

2006年02月15日 | 所長と熱く語ろう!(久野康成)

器の大きい人、小さい人という言い方がされますが、いったい、大きい人と小さい人の違いはどこが違うのか?


会社の器は、社長の器とも言いますね。

また、経営者の目線、従業員の目線。
経営者マインドの本質?


本質的差異とは、いったい何か考えてみたいと思います。



私が思うに、差異の本質は、個人が持っている【時間】と【空間】の思考に関係があると思います。



時間軸で考えると、短期思考・長期思考というように分かれます。

経営者思考とは、基本的に長期思考でなくてはなりません。



【時間軸】は・・・
今日・1週間・1ヵ月・1年・10年・30年・世紀 という広がりを持っています。


今日一日の事しか考えられない人。
高校生であれば、大学合格までのことしかとりあえず考えられない人。
税理士や会計士の受験生であれば、とりあえず合格までのことしか考えられない人。


しかし、例えば、日本を代表する大企業であるトヨタの社長であれば、世紀を超えて考えているはずです。


つまり、考えている長さが、自分の命の長さよりも長いのです。

サラリーマン経営者でダメな経営者は、自分の任期期間中のことまでしか考えられない人もいます。
長い時間軸を持つことが重要なのです。



さらに、空間の広がりを考えてみましょう。


【空間軸(個人)】とは・・・
自分・家族・親戚・地域社会・日本・世界 といった広がりを持っています。

自分のことだけで精一杯の人。
自分や家族のために働く人。

高い志をもって、日本や世界を変えようとする人。
ワタミの渡辺社長のカンボジア等への学校建設は、世界規模の視点といえます。


この空間軸には、もう一つ、会社の視点があります。

【空間軸(会社)】とは、
課・部門・自社・顧客・顧客の顧客・社会
といった広がりを持ちます。

自分の担当部門のことしか考えられない取締役は、自社の利益より、担当部門の利益を優先してしまいます。

ある、日用品を作っている会社が、歯ブラシのブラシの幅の短いものを顧客のために開発したところ、歯磨き粉を作っている部門の人が反対したそうです。
歯ブラシのブラシが小さくなれば、歯磨き粉の使用量が減り、自部門の売上に影響が出ると考えたからです。
しかしながら、このような反対は、全く、顧客不在の不毛な議論となります。

誰のために働いているかといえば、自分のためであり、自分の所属する部門のことまでしか考えられない人なのです。


このようなことは、より大きな視点に立ったときに解決するものです。
これが、第3の意見ということです。

いずれにしても、時間軸・空間軸での広がりがない人は、器が小さいということでしょう。



『貧すれば、貪(どん)す』
というように、一旦、不のスパイラルに入ってしまった人は、どんどん、近視眼的に自分のことしか考えられなくなり、自分がうまく行かない理由を、人の責任にしていきます。

そして、2度と抜け出せない程、地に
落ちていくのです。


上司がレベルが低い、意見を聞いてくれない場合の対象法

2006年02月14日 | 所長と熱く語ろう!(久野康成)

多くの従業員は、上司が自分の意見を聞いてくれなかったり、動いてくれない、レベルが低いなどの愚痴を言ったりします。


しかし、この中には、非常に重要な誤りがあります。


この愚痴の前提条件は、 『上司は自分よりも優秀である。』というものです。
このような前提条件に立つ限り、愚痴は一向に消えません。


なぜ、このような前提条件に立つかというと、自分の経験上、ほとんどの上司が自分よりも優秀であったからです。
従って、『優秀でない上司』の下に付くと、その能力のなさに愚痴が出てしまうのです。


ここに大きな誤りがあります。



本当に優秀な人にとっては、上司(自分が仕える人など)が自分よりも優秀でないことの方がほとんどになるのです。
自分より、優秀な人と共に仕事ができれば、非常にラッキーと思えるようになるのです。
(このことから、優秀な人ほどメンター(指導者)との出会いの重要性に気づくのです。)



優秀ではない上司に仕えることが、苦労するのは当たり前です。自分が成長する程、このようなことは度重なり起こるものなのです。

そのように思えば、むしろ、この状態の方が普通になり、愚痴を言うのではなく、解決策だけを考えられるようになります。




コンサルタントとしての仕事は、この状態が【上司】ではなく【顧客】になります。

つまり、上司ができない人だといって愚痴を言っている人は、コンサルタントとしては、全く使えない人間なのです。

 



公開企業がなぜ、不正経理を行うのか?

2006年02月13日 | ビジネスの感性

ライブドアなどの公開企業がなぜ、不正経理を行うようになったのか?


かつての決算操作をする企業は、銀行から融資を受けるため、赤字を黒字化することが一般的でした。しかしながら、近年の不正経理は、非常に儲かっている会社が行っています。

なぜか?


一番の原因は、『株式交換』が商法で認められたことが原因といえます。



これによって、企業買収がお金ではなく、自社の株式で行えるようになりました。

その結果、自社の株価をより引き上げることが、企業買収に有利といえます。企業買収を繰り返している企業は、ソフトバンクに代表されたように、時価総額最大化をテーマに企業運営を行っていました。

ライブドアのケースもこれに該当します。


昨今の商法改正が、不正経理の遠因となっているのは皮肉な話です。


日本公認会計士協会も、不正経理に対応するための監査強化を図っていますが、まだ、十分とはいえないのが実情といえましょう。

今までの監査は、内部統制の評価によるリスクマネジメントが中心でしたが、経営者自身が不正を行う場合は、内部統制は機能しません。

重要なのは、コーポレートガバナンスということになります。




しかしながら、『論語』に以下のような一節があります。
『これを道びくに政を以ってし、これを斉うるに刑を以ってすれば、民免れて恥ずることなし。
 これを道びくに徳を以ってし、これを斉うるに礼を以ってすれば、恥ありて且つ格し。』

(法令などの小手先で統制しようとしても、法網をくぐりぬけて、恥ずかしいとも思わない。しかし、道徳で導き礼で統制すれば道徳的羞恥心をもって正しくなる。)

違法でなければ、何をやっても良いという考えは、まさに孔子の指摘どおりの結果となったわけです。


つまり、株式を公開する会社は、その会社(経営者)が持つ経営理念が重要で、何のために株式公開をするのか?公器としての気概を持っているか?

そのような発想のない企業は、常にすり抜けることしか考えなく、イタチゴッコが延々に続いてしまうということです。

不正経理をなくすためには、道徳・礼節を国民が正しく以って、国民としての意識レベルを上げていくことが、実はもっとも重要なことなのでしょう。


下流サラリーマンになる人 幹部候補になる人

2006年02月12日 | 所長と熱く語ろう!(久野康成)

企業の2極化が進んでいるように、サラリーマンの2極化も急激に進みつつあります。

会社の中の困った人たち -上司と部下の精神分析-(ケッツ・ド・ブリース著)『創元社』の中の最初のページに次の言葉が引用されている。

【自分の職業を弁護し続ける者など、ビジネスマン以外にいない。(H・L・メンケン)】


自分の職業を弁護するとは、仕事に対して言い訳をする人のことである。

つまり、世の中の職業の中で、仕事に対して言い訳をする人は、サラリーマンだけということである。

この言葉の意味を、我々が行っている朝の研修会で、スタッフのみんなに以前聞いてみた。

言葉を聞いてピンとくる人が意外に少なかったことには驚いた。
中には、『前後の関係が分からないので、その言葉だけでは分らない。』というスタッフまでいた。

なぜ、我々が毎日、朝の研修を行い続けているのか、ここに理由がある。
分る人にとっては、自明の事柄も、よくわからない人にとっては、相当難しいらしい。


では、どんな人が、分らないかというと、文字通り、『普段から、自分の仕事を弁護し続けている人』である。

私は、あなたのことを言っているのに、言われている本人は、自分のこととは決して思わない。
そこまで直接言わなければ理解不能なのである。

言い訳をし、被害者意識を持つ、加害者なき被害者集団となるのである。



教育とは、非常に根気の要ることである。
論語に、『人の己を知らざることを患えず、人を知らざることを患う。』とある。

とかく人間は、自分が理解されないと苛立つものだ。しかし、これでは教育者にはなれない。

経営者は、教育者でなくてはならない。私自身の戦いでもあり、成長の根源ともいえる。
経営者は、教育に関しては短気であっては決してならない。気長さと根気を身に着けなければならない。




さて、下流サラリーマンになるか?幹部候補になるか?

その別れ道は、もうお分かりの通り、自分の仕事を弁護し続ける依存型人間になるか、全てを自分の責任と思える自立型人間との違いである。

その違いは、最初はほんのわずかの違いにしか見えないが、長く生きている間に、取り返しの付かない違いになる。



歳を取れば、この違いは誰でも気づく。しかし、若いうちに気づくか否かが勝負の別れといえる。
私は、より多くの人に、良い人生を送ってほしいと思っている。

『言にとがめ寡なく、行に悔い寡なければ、禄はその内にあり。』
目先のことにとらわれず、本質を見抜いて行動をすれば、お金は後からいくらでも付いてくる。


自立さえすれば、いくらでも稼げるようになる。だからこそ、自立を目指してほしい。



 


ザ・プロフェッショナル

2006年02月11日 | 最新ビジネス書評

ザ・プロフェッショナル(大前研一)ダイアモンド社

当社の社長が、読んでいて感動していたようなので、私も買って読んでみた。

ドラッカーの「プロフェッショナルの条件」と合わせて読んでみるのが良いかもしれない。

今後の、サラリーマンは、スペシャリストでもましてや、ジェネラリストでもいけない。プロフェッショナルとは、まさに、経営者・それと同等のコンサルタントスキルを身につけたプロフェッショナル・サラリーマンである。


マッキンゼーの「UP OR OUT」のことが、詳しく書いてあった。
マッキンゼーは、非常に退職率の高い会社である。それゆえ、組織の活性化が図られている。

従業員からすると、退職率の高い企業を悪く思う人もいるかもしれないが、これからの時代、社員を飼い殺しにするほうが罪が重い。


終身雇用は、既に終わっており、今、終身雇用を宣言している企業であっても、経営環境如何によっては、「松下」のようにリストラせざるをえないであろう。

自分の身は自分で守らなくてはならない。


そのためには、自分をプロフェッショナルと呼ぶことである。

何のプロフェッショナルになるべきか?


自分の長所を生かすべきである。人間は、短所を克服しようとするが、短所では、プロになれない。


長所を認識し、それを伸ばし続ける(ひたすら努力する)こと。

これが、プロへの最短距離である。

 




使える弁証法

2006年02月10日 | 最新ビジネス書評

使える弁証法(田坂広志)『東洋経済新報社』

弁証法に関する本とは、いかにも田坂氏らしい本である。

実は、私も弁証法の愛好家と言っていいほど、戦略の組み立てには、『弁証法』を使っている。というより、私の場合、ロジカル・シンキングそのものベースに使っていると言った方が良いかもしれない。

そもそも、田坂氏の主張は、世の中に新しく出てくるものは、全て弁証法で説明できるというものだ。

その通りである。


私が、弁証法を使うようになったきっかけは、大学のゼミで『本田技研のイノベーション』に関して、イノベーションのプロセスを、弁証法を用いて発表したことから始まる。

(私は、経済学部経済学科であったが、なぜか、ゼミは経営学を専攻していた。理由は、経営学のほうが、経済学より楽と思っていたからである。実践は難しいが、勉強するだけなら、本当に楽である。)


このとき、担当の教授が私の発表を非常に評価してくた。それ以来、調子に乗り続けて使っている。
弁証法は、哲学というより、論理学に近い手法で、物事を体系立てて説明するには打って付けの方法論だからである。




経営を成功させるには、【高いレベルの論理思考】と【志(情熱)】が必要になる。

この2点のどちらが欠けても成功はしない。
この二つは、「頭(知性)」と「心(感情)」の問題であり、大半の人間は、どちらかは持っていても、片方に欠ける人間が多い。


私の場合、ぱっと見は、勢いだけの人間と思われるところがあるが、元々は、【志(情熱)】の分野は、非常に弱かった。

独立した後、志・情熱・理念・哲学を考え続けた結果、今度は、勢いだけの人間、会計士らしくない人間のように思われるようになってしまった。


経営者になったのだから、会計士らしく見られる必要はそもそもない。
逆に、会計士らしさは、経営者としての資質が欠如しているように思われるのが落ちだ。


さて、この本では、弁証法の有用性は説かれているが、弁証法とは、どのように使っていくものなのか、思考プロセスがあまり書いていない。従って、この本を読んで、論理思考の欠如する人間が、弁証法が使えるようになるとは思えない。


論理思考を身に着けることは、身についていない人には非常に困難なことだと思う。

中学の時に行った、数学の証明問題(幾何)を沢山解いて思考力を身につけることが、もっとも良いと思うが、中学時代に数学の勉強をサボってしまった人は、たぶん、論理思考は一生身に付かないのではないかとさえ思う。




コンサルタントとして、論理思考が欠如している人は致命傷である。
仕事を変えたほうがよい。









キャッシュフロー経営で何が変わったのか?

2006年02月09日 | 所長と熱く語ろう!(久野康成)

本日で新潟 三条への出張も終わりです。
中小企業大学校、三条校で3日間に亘るキャッシュフロー経営の講義を行いました。

さて、キャッシュフロー経営でいったい何が変わったのか?

最終的に考えれば、発生主義ベースで考える損益計算も、キャッシュフローベースも、利益=キャッシュという公式が成り立ちます。


利益は、キャッシュの増加を先取りする指標であって、経営者にとっては、キャッシュの先行指標として経営管理上、重要な意味があります。

これは、今も昔も変わりません。



では、キャッシュフロー経営でいったい何が変わったのか?

ここで、経営者がもっとも認識したことは、
最終的には、
利益=キャッシュ
なのですが、利益がキャッシュに変わる遅行性の程度なのです。

利益は、いずれキャッシュとなるが、いつなるのか資金効率性を見る上では、キャッシュフロー経営は、非常に重要なものとなりました。

損益計算だけでは、収益性の判断はできても、資金効率性の判断が困難だったのです。その意味で、キャッシュフロー経営は、重要な意味があったのです。


もうひとついえることは、キャッシュ・フローの確実性です。
銀行が企業評価(信用格付け)を行うとき、キャッシュフローの評価が重要になります。

というのは、利益のみを上げようとすれば、期末に押し込み販売等をおこなって、利益のかさ上げをすることができますが、キャッシュフローベースで見れば、売掛債権の増加は、キャッシュの減少を意味します。

キャッシュフロー計算書で見れば、異常点が簡単に発見されてしまいます。

今後、銀行代理店の解禁・会計参与等により、中小企業も正しい会計が今まで以上に要求されます。

決算操作をして、銀行借入をする時代は終わりました。
経営者自身の意識改革のためにも、また、財務に経営者が強くなるためにも、キャッシュフロー経営を導入する価値は、まだまだあると感じました。


これからの『30年戦略』

2006年02月06日 | 所長と熱く語ろう!(久野康成)

今は、新潟の三条にいます。中小企業大学校の講師に招かれ来ました。

雪が20センチほど積もっています。東京とは違った情緒ある風景です。



さて、これから30年の日本を考えると、人口減少に伴い産業の空洞化は避けることができないと思っています。

これを前提にすれば、我々が戦う場所は、海外に求めなくてはなりません。
つまり、今後の30年は、アジアの時代と言えるでしょう。

その中でもマーケットの中心は中国になると思います。


ということで・・・最近、中国研究をはじめました。

中国関連本を読んできると、中国人は、プラグマティズム(功利主義)で、成果主義をベースに競争させることが良いとどの本にも書いてあります。

確かに、そうかもしれません。


しかし、会社の機能を、『人材育成』にあるとすれば、成果主義だけで決して十分ではないと思います。

ここで、理念が重要ということになるのですが、日本的経営理念は、浸透しがたいと、多くの本に書いてあります。これも真実なのでしょう。。


では、どのような理念を共有すべきか??

中国には沢山の思想家がいます。
『そうだ。論語をベースに経営理念と行動指針を作ろう!』
と考えるのは私だけでしょうか?

渋沢栄一も推奨しているように、論語には現代の経営に通じるものが沢山あります。


しかしながら、現代の中国でどこまで通じるのかはわかりません。

無策で戦うよりも良いはずです。
『そうだ、論語を研究しよう。』

我々が今もっている経営理念を、論語を通じて多くのアジアの人々に説明できるようにしておこうと思います。


国を超えて分かち合えるものを作ることができれば、もっと人生は豊かになると思います。


ライブドア事件は、平成の二二六事件か?

2006年02月05日 | 所長と熱く語ろう!(久野康成)

神田昌典氏が提唱している
「歴史は70年で循環している」
という考えに従うと、今年は、2006年-70年=1936年で、二二六事件をきっかけに、日本が軍国主義に大きく傾いていった時。

大きな価値転換を迎える年ということになる。

2006年が時代の転換期というのは、私自身もそのように感じており、一点に経営資源を集中するよりも、探りを入れながら、今後の会計事務所の方向性を見極める年と思っている。



しかしながら、神田氏自身が、「ライブドア事件」に関するブログを書き直したことには驚いた。なぜ書き直したかというと、神田氏は、「何が違法なのかが分からない。」とコメントしていたからだ。

しかし、その後の新聞報道等を読めば、違法性は明らかなのだが、強制捜査が入った時点で何を感じたのか、その『感性』の方が私は重要だと思っている。

私自身も、神田氏が感じたと同じように、「なぜ、強制捜査なのか?」非常に疑問を持っている一人である。


私は、マスコミやそれに便乗する輩を見ていると、
いかにこの国には、卑劣で臆病な卑怯者が多いのかと思う。


堀江氏自身は、逮捕される前も後も全くその価値観に変化はないのだ。
彼自身を批判するのであれば、逮捕前にするべきである。

彼の、『お金で買えないものはない』という価値観を、好き嫌いはあっても、否定すべきテーマではないと思う。

なぜなら、それは、彼自身の哲学であり、生き方の問題だからである。
個人が持つ価値観を、全く関係のない他人がとやかく言うべきものではない。

逮捕後に批判をするのは、『後出しじゃんけんで勝った』といっているようなものである。全く、取るに足らない卑怯者の言い草である。




それにしてもこの逮捕劇は、非常に釈然としないものを感じる。まさに、戦前の警察と同じではないか?

土足で人の家に上がりこみ、共産主義者の証拠をつかんだと言って逮捕する戦前の警察と同じやり方ではないか?


黒か白かは『外観』で判断すべきで、パソコンを差し押さえて『内心の問題』である証拠をつかみ『ほら、違法性の認識があったでしょ!』というのは、いかなるものか?

もちろん『認識』があれば、もちろん黒なのだか、認識とは本来、心の問題。つまり、外観から詰めていくべき物のはずである。


今回の問題は、強制捜査ではなく、法改正によって抑止していくべきものではなかったのか?
もし、そうでなければ、オーバーな株式分割を行った企業に全て強制捜査を入れれば、多くの経営者が逮捕されるのではないか?


ライブドアのみを見せしめにするのは、あまりにも法治国家とは言いがたい。






公認会計士受験生の皆様へ

2006年02月03日 | 所長と熱く語ろう!(久野康成)

今まで、公認会計士受験生が勉強しながら合格するというのは、非常にハードルが高かったですが、今度、税理士試験と同じように科目合格制になるため、働きながら受験勉強ができるようになりました。

これは、非常に大きな変化です。

私が会計士の受験勉強をしていた頃は、働きながら合格できる人は、ほとんどいませんでした。

というのは、会計事務所は、3月15日までの個人の申告期限まで激務が続くだけでなく、3月決算の申告を乗り切るまでの5月末(申告期限が2ヶ月なので)まで非常に激務となります。

このような状況下の中で、勉強と両立することは、非常に困難です。

しかし、我々は、派遣スタイルで顧客側で仕事をする(今までの持ち帰りの記帳代行からスタイルを転換し、顧客側で実務を行う。)ことによって、拘束時間が一般の会計事務所と比較して非常に少なくなりました。

その結果、昨年、公認会計士2次試験に2名の合格者を出すことができました。

実は、日本全国でも、会計事務所で働きながら、公認会計士2次試験に合格できた人は、5名しかいなかったのです。

なんと、弊事務所の合格シェア率は、全国で40%あったのです。


この数字が、何を意味するのか?
働きながら、合格できるシステムの構築に成功したということです。

7科目一度に合格できる人も生み出せたということは、いわんや、今後、科目合格制になれば、非常に多くの合格者を出せる可能性があります。


会計の仕事に携わりながら、勉強と両立していく仕組みは、非常に少ないと思います。

私自身は、かつて勤めていたPWで、研修生として採用していただき、勉強と仕事の両立を図ることができました。



監査法人での「研修生制度」も良い制度ですが、TAC等での全答練の成績上位者でないと採用されません。

私自身が、働きながら受験勉強をしてきたので、それが、両立できる環境作りには、非常に力を入れています。



しかしながら、その中で、乗り切れるかどうかは自分次第です。受験勉強に疲れて就職を考えるようであれば、あっさり、受験をあきらめて、転職するほうが良いです。

信念を持った受験生であれば、仕事と勉強の両立はできます。

がんばってくださいね。








年収400万円の壁 下流サラリーマン急増

2006年02月01日 | 受験生・応募者の皆様へ

さて、近年、派遣社員・契約社員が急増し、労働市場は、現在好転しているとはいえ構造的に質的な変化をしています。

簡単に言えば、派遣社員・契約社員といった流動的労働者人口が非常に多くなり、労働市場がアメリカ型になってきています。

アメリカ型の労働市場とは、簡単に言うと、
①経営管理者、および幹部候補
②単なる作業員

の2つに分かれ、単なる作業員から、エグゼクティブに昇進することは、ほとんど不可能です。
エグゼクティブになれるのは、最初から幹部候補として採用された人のみです。


つまり、日本においても、
幹部候補かそうではないかで、その先のサラリーマン人生は大きく変わります。

単なる作業員であれば、派遣や契約社員で十分であることが、企業側も理解しています。


そして、一般事務や経理の場合、一般的に派遣会社に払う費用は、年間400万円強です。

これを正社員で雇ったとすると、社会保険料等の会社負担分を考慮すれば
、2割は正社員の方が高く付きます。

従って、派遣会社への費用から換算すると、正社員としては、年収350万円程度が、費用的に見て同一になります。



ここからいえるのは、正社員として年収が400万円を超えるためには、一般的な派遣社員以上の生産性をあげるか、管理者としてのポテンシャルがあると思われる必要があります。


生産性で勝るのは、実は非常に困難です。というのは、派遣社員・契約社員は、経験者ばかりで、スキル自体は非常に高い人も多くいます。

つまり、幹部候補生になるためには、スキルではなく、ポテンシャルということになります。


将来、経営者候補・上級管理者候補とみなさなければ、年収400万円の壁を破ることはできない時代が到来しています。



今までのような、なまぬるい中流意識を持つ人間は、どんどんいなくなることでしょう。

給与格差は、米国のように益々差が開いていくことでしょう。



上流に上るか、下流に流されるか・・・・

資格や知識・経験は、『必要条件』であっても【十分条件】にはなりえません。



経営者とは、いかなる人間がなれるのかをよく考えてください。
問題の本質は、常に自分自身にあります。

あなたの人生がうまく行かないのは、あなた自身に大きな問題があるのです。
ここに気づくか否かが、経営者になれるか、延々と自立できない人間になるかの境目なのです。