和井弘希の蘇生

桂信子先生に師事。昭和45年「草苑」同人参加。現在「里」同人「迅雷句会」参加

さより/今日の俳句 ≪第2066号≫

2016年03月05日 05時31分33秒 | 今日の俳句

≪2016年(平成28年)3月5日(土)≫(旧暦1/27)


 ちりやすくあつまりやすくサヨリらば
         篠原梵

 桟橋の灯にうちこごみさより汲む
       楠目橙黄子

 進みくる針魚の波も入江なれ
       井上白文地

 きらきらと雨は磯打つさより舟
        草間時彦

 青空の映れる水に針魚みゆ
        長谷川櫂



※ さより→竹魚・細魚・水針魚・針魚・かんぬきさより・さいより・長いわし。
 サヨリ科の海産魚。全国の沿岸でとれるが、とりわけ南日本に多い。体は細長く、体長三〇~四〇センチぐらいの魚。針嘴魚」「細魚」と書くがいずれもさよりと呼ぶ。肉は透きとおり味は淡白で吸い物、鮨だね、刺身などにする上等の食用魚である。

【「俳句歳時記(春)/飯田蛇笏編」・平凡社より転載】




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       ※☆*わが友に贈る*☆※


  他者に尽くす行動が

  わが生命を豊かにする!

  友の悩みに同苦し

  歓喜を分かち合う

  創価の世界を広げよう!


       2016年3月5日


       ※☆*寸 鉄*☆※


 壮年部結成50周年。広布と社会の偉大な黄金柱!断じて勝利の歴史を刻め

      ◇

 「まことの・みちは世間の事法にて候」御書。青年よ使命の舞台で正義の旗を

      ◇

 誠実という人間の大道を真っすぐ歩め―恩師。足元から信頼と友情を拡大

      ◇

 リオ五輪で「難民選手団」結成へ。国家超えて人類結ぶ祭典。平和の道共に

      ◇

 父の育児参加は子の成長に好影響と。時間見つけ聡明な関わりで絆を強く


【聖教新聞:2016年(平成28年)3月5日(土)付】



      ※☆*名字の言*※


画家の原田泰治さんは子ども時代、家が貧しく、音楽の授業で使う木琴を買ってもらえなかった。その時、父が、人から借りた木琴を見本に、手作りで用意してくれたという(朝日新聞社会部編『おやじのせなか』東京書籍)



当時が、最も家計の苦しい時期だったようだ。それでも、心まで貧しくさせてはいけない、とわが子を思っての行動だった。その親心を感じた原田さんは、木琴を宝物にした



東日本大震災の4日後、妻を病で亡くした壮年部員がいる。当時、中学生の娘と小学生の息子がいた。悲しみは尽きないが、子らを立派に育てようと、感傷の涙を封印した。寂しい思いをさせまいと、自営の食堂をやりくりし、授業参観にも駆け付けた



高校生になった娘が言った。「創価大学に行きたい。お母さんとの約束なの」。壮年は妻の分まで応援した。娘は店を手伝いながら、客がいないと、レジの前で勉強した。努力は実り、見事合格。朗報を知った壮年の目から、これまで我慢してきた涙が一気にあふれた



自分の苦労や苦悩を多くは語らなくても、忍耐強く、家族や同志を支える姿の中に、人間としての真金の輝きをみる。きょうは壮年部結成50周年。全ての“創価の父”の奮闘をたたえつつ、心からのエールを送りたい。(城)

【聖教新聞:2016年(平成28年)3月5日(土)付】


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常楽54〈小説「新・人間革命」〉

2016年03月05日 05時17分40秒 | 今日の俳句
【常楽54】 法悟空 内田健一郎 画 (5742)

 堺支部の誕生は、一九五三年(昭和二十八年)十一月である。山本伸一の堺訪問は、支部結成二十五周年にあたっていた。彼は、堺文化会館で、集っていた代表幹部と共に、その佳節を祝う勤行を行った。
 支部結成前年の八月十四日、伸一は、堺への第一歩を印し、座談会に出席している。この日は、彼が戸田城聖と出会ってから、ちょうど五年となる記念の日であり、胸には、師弟共戦の決意が燃え盛っていた。
 さらに、一九五六、七年(同三十一、二年)と、“大阪の戦い”の指揮を執った折にも、何度となく堺に足を運んだ思い出がある。
 堺文化会館で勤行を終えて、彼が席に着くと、堺支部の初代支部長を務めた浅田宏の、メガネをかけた温和な顔があった。
 伸一は、懐かしそうに語りかけた。
 「久しぶりにお会いできて嬉しい。草創期を戦った先輩方が、いつまでも元気で活躍していることが、後輩たちの希望になるんです。
 仏法の真実、創価学会の信仰の正義は、一生を通じて、一個の人間の生き方を通して証明していくべきものなんです。
 七十代、八十代、九十代となっても、青年時代の信念をいささかも曲げずに、喜々として広宣流布に生き抜いている。その姿を見れば、後輩たちは、“この信心は本物なんだ。生涯をかけて悔いない信仰なんだ”と、安心して信心を貫いていくことができる。
 反対に、昔は、華々しく幹部として頑張っていたが、いつの間にか、活動にも参加しなくなってしまったという人もいる。それを見た後輩たちは、どれほど、わびしい思いをするか。先輩の責任は重いんです。
 ゆえに、信心は、生涯、全うしていかなければならない。よろしく頼みます」
 「はい! 頑張ります」
 浅田は、既に七十六歳であったが、その声には、若々しい闘志があふれていた。
 「嬉しいね。まるで青年のようではないですか。幾つになろうが、この心意気が学会精神なんです。“永遠の青春”ですよ」



【「聖教新聞」2016年(平成28年)3月5日より転載】


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