和井弘希の蘇生

桂信子先生に師事。昭和45年「草苑」同人参加。現在「里」同人「迅雷句会」参加

三月/今日の俳句 ≪第2062号≫

2016年03月01日 05時51分41秒 | 今日の俳句

≪2016年(平成28年)3月1日(火)≫(旧暦1/23)


 三月の声のかかりし明るさよ
        富安風生

 いきいきと三月生る雲の奥
        飯田龍太

 三月の雲は気まぐれ池濁す
        丸山佳子

 昼の野に遊ぶや雲も三月に 
        池部久子

 三月の甘納豆のうふふふふ
        坪内稔典



※ 三月・三月尽
 三春のうちの仲春にあたる。寒さは峠を越すが、中旬ごろまでは季節風が吹き、裏日本では雪もまだ多い。東京付近では、上旬にはもう鶯も雲雀も聞かれ、気温が著しく上昇する。
 九州では下旬に桜(ソメイヨシノ)が咲き、南日本には燕の飛来が見られ、彼岸を過ぎると、春の歩みは急速で、北海道では春告魚の鰊漁が始まり、全国各地は百花繚乱を迎える。三月の尽くることを三月尽という。

【新訂「現代俳句歳時記/石田波郷・志摩芳次郎編」主婦と生活社より抜粋】


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       ※☆*わが友に贈る*※

 さあ 躍動の3月だ。

 みずみずしい精神で

 足取り軽く前進を!

 希望送る語らいで

 笑顔の花を咲かせよう!

       2016年3月1日



       ※☆*寸 鉄*☆※

 「羊千匹より獅子一匹」牧口先生。青年よ一人立て!創価三代の闘魂胸に
      ◇
 未来部希望月間が開幕!たな出発と成長の時。員に励ましの春風送れ
      ◇
 御書「賢者はよろこび愚者は退く」。苦難は飛躍の。勇気満々の大賢者と
      ◇
 読書しない大学生、最多の45%と。名著を開けば心広がる。精神の錬磨を
      ◇
 春の全国火災予防運動。「自分は大丈夫」の過信は禁物。指さし点検を励行

【聖教新聞:2016年(平成28年)3月1日(火)付】



      ※☆*名字の言*※


海のない長野県の人が東京の離島に行き、島特産の塩を買い求めた。後日、同じ長野の山深い村を訪ねて驚いた。村の店に、自分が島で買ったものと同じ塩が並んでいた。「苦労して長い距離を運んできたのに!」



その島と村が友好交流関係を結んでいたからなのだが、このように、それぞれの地域の特産品を互いに消費することを「互産互消」という。地域で生産したものを地域で消費する「地産地消」とともに、地域活性化のキーワードである



出あいは成長のチャンスを生む。地域間交流が新しい知恵と活力を生み出すのと同じく、人と人が交流すれば、新しい発見と価値が育まれる。先の言葉を人に当てはめれば、家族や地域で切磋琢磨するのが人間関係の「地産地消」、地域を超えて心を結び合うのが「互産互消」といえようか



都内の壮年部の勉強会で、人のつながりの大切さを学んだ。「人」という字が互いに支え合う姿を表すように、皆が支え、支えられて、社会は成り立っている。だから、支えられる人は感謝、支える人は喜びと誇りを持とう――と



春3月。冬ごもりの虫たちが地上に出てくる「啓蟄」も、もうすぐだ。身近な人を大切に、離れた友とも旧交を温めたい。励まし、励まされる人間交流に勇んで動きだそう。(川)


【聖教新聞:2016年(平成28年)3月1日(火)付】


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常楽50〈小説「新・人間革命」〉

2016年03月01日 05時36分51秒 | 今日の俳句
【常楽50】法悟空 内田健一郎 画 (5738)



 山梨の歌「文化と薫れ」は、十一月九日、山梨本部での山梨県支部長会で発表された。
   
 一、見よや厳然 富士光り
   我と歴史を 語りなむ
   この地尊き 山梨は
   いついつ讃えむ 勇みなむ
   
 二、若葉は露に 楽園の
   広布の幕は この地より
   いざいざ立ちなむ 山梨は
   文化の華と 咲き薫れ
   
 三、この河あの河 幾歳か
   地涌の瞳は 走りゆく
   今 今 勝ちなむ 山梨の
   君と我との 不落城
   ああ この城は 金の城
   
 富士光る山梨は、山本伸一にとって師と共に青春の思い出を刻んだ天地であった。
 一九五五年(昭和三十年)の六月十一、十二の両日、戸田城聖にとって最後となった「水滸会」野外研修が、山梨県の河口湖畔と山中湖畔で実施された。青年たちは、師に見守られるなか、相撲にも汗を流した。
 十一日夜、戸田を囲んで懇談が行われた折、“故郷に錦を飾るとは、私たちの立場から、どうとらえるべきか”との質問が出た。
 「戸田の弟子となって、広宣流布に戦っている姿が、最高にして永遠の錦じゃないか! この錦こそ、最高にして不変の錦なんです!」
 真実の錦とは、世間の栄誉や地位、名声ではなく、広布に生き抜く姿にあることを、彼は、若き生命に打ち込んでおきたかったのだ。
 青年たちは、創価の師子として、広宣流布という地涌の使命に生きるなかに、永遠不変の最高の栄誉があることを知り、決意を新たにした。そして、各地に散り、恩師の誓願である会員七十五万世帯の成就へ大進撃を開始していったのだ。その歴史を伸一は、「広布の幕は この地より」と詠ったのである。



【「聖教新聞」2016年(平成28年)3月1日より転載】


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