和井弘希の蘇生

桂信子先生に師事。昭和45年「草苑」同人参加。現在「里」同人「迅雷句会」参加

小説「新・人間革命」

2015年09月08日 13時01分24秒 | 今日の俳句


【「聖教新聞」 2015年(平成27年) 9月8日(火)より転載】

【勝利島42】

 離島本部は、当初、本部長と二人の副本部長でスタートし、次いで九州と沖縄に方面離島長が誕生した。
 彼らが、離島の実態を調べて驚いたのは、約四百ある有人の島の多くに学会員がいるということであった。といっても、一世帯から数世帯しか会員がいない島も少なくなかった。島の同志は、まさに一人立って、創価の松明を掲げ、孤軍奮闘していたのである。
 離島本部の幹部たちは、励ましの手を差し伸べることの必要性を痛感した。
 彼らは、愛媛県の中島をはじめ、熊本県の御所浦島、鹿児島県の奄美群島、東京の伊豆大島、八丈島、三重県の菅島、答志島などを回り、力の限り激励を重ねた。
 島を訪ねる時は、各県の幹部にも同行してもらった。同じ県内であっても、初めて島に渡るという幹部もいた。日帰りができないケースや、海が荒れると、いつ帰れるかわからないこともあるため、島に行く機会を逸していたのである。
 しかし、離島本部の幹部が、島を駆け巡る姿を目の当たりにして、地元の県や本部の幹部の意識にも変化が起こった。厳しい条件のなかで活動している人にこそ光を当て、讃え、励まし、希望と確信を与えていくという幹部の基本姿勢を、再確認する契機となったのだ。そして、積極的に離島を訪れる流れが生まれていったのである。
 離島本部長の三津島誠司らは、山本伸一の沖縄指導があった翌月の三月、完成したばかりの、その記録映画のフィルムを持って、沖縄の久米島、宮古島、池間島、伊良部島、西表島、石垣島を回った。“先生が石垣島や宮古島を訪問された様子を各島々に伝え、歓喜の波動を広げよう!”と意気軒昂であった。
 各島で「映写会」や「講演と映画の夕べ」など、趣向を凝らした催しが行われた。友人も参加しての楽しく有意義なひと時となった。
 時を逃さずに、直ちに行動を起こす。その素早い反応と懸命な実践が、広宣流布の流れを大きく開く好機を創る。










   

草蜉蝣(くさかげろう)/今日の俳句 ≪第1889号≫

2015年09月08日 06時24分55秒 | 今日の俳句
  草かげろふ吹かれ曲がりし翅のまゝ
       中村草田男


  離れては又来てとまる草蜉蝣
       藤間雅童


  草かげろふのごとく居て良夜かな
       飯田龍太


  草かげろふ小月光に舞ひ出でにけり
       森田 峠


  僧行きて草かげろふをたたしめぬ
       早野麦丘人




※ 脈翅目クサカゲロウ科。体長一センチ(約三分)内外。ウスバカゲロウよりもはるかに小さい。からだは緑色、羽は透明で、成虫は七、八月ごろ、おもに山地に出現する。
 幼虫も成虫も植物特に草の上にすみ、アブラムシ(ありまき)・キジラミ・カイガラムシ・ダニその他の害虫をさかんに捕食し、農業・林業上きわめて有益である。優曇華はこの虫の卵である。
→優曇華(夏)

【新訂「現代俳句歳時記/石田波郷・志摩芳次郎編」主婦と生活社より抜粋】





     ※わが友に贈る※


 わが地区の青年を
 新時代の人材に!
 皆で真剣に祈り
 励ましを送ろう!
 後継者こそ最大の宝だ!

   「2015年9月8日」



     ※☆*寸 鉄*☆※


「原水爆禁止宣言の日」。核兵器は絶対悪!恩師の遺訓は今、世界の潮流に
        ◇
宮崎の日。友の行進は昇る太陽の如く。大誠実の対話で幸福の光を拡大
        ◇
「人目をも・はばからず命をも・おしまず」御書。信心一徹の人に功徳厳然
        ◇
学会の役職は「責任職」。同志の為に真剣勝負で!そこに自身の境涯革命が
        ◇
高校生の就職活動開始。求人は増加傾向と。挑戦の友よチャンスを生かせ



     ※名字の言※


初めて信仰の話を聞いた時の率直な感想を、新入会の男子部員が語っていた。「洗脳されるんじゃないかって身構えていました」。誤解はすぐに解けたが、「宗教」と聞いただけで、そう思ってしまったそうだ

一昨年の内閣府調査で、“宗教が心の支えになっている”と答えた日本の若者は18・4%。調査対象の7カ国で最も低かった。日本人の多くが自らを「無宗教」と考え、「宗教はどれも同じ」と言う人もいる

最新の「宗教年鑑」によれば、国内の宗教団体は22万にも上る。信者数の累計は約1億9千万人で、人口の1・5倍になる。こうした傾向を見て、日本人は宗教に寛容というより無自覚なのでは、との指摘もある

信教の自由は人間の権利だが、宗教の中身には高低浅深がある。日本人は、その点にもっと自覚的であっていい。宗教を見極める基準について、池田名誉会長が米ハーバード大学での講演(1993年)で言及している。「宗教をもつことが人間を強くするのか弱くするのか、善くするのか悪くするのか、賢くするのか愚かにするのか、という判断を誤ってはならない」と

信ずるに値する信仰とは何かーー私たちが日々取り組む対話は、日本の精神土壌を耕す。“宗教革命”でもある。(険)

【聖教新聞:2015年9月8日(火)付】




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      教 学 入 門
     世界宗教の仏法を学ぶ

【「(教学入門/創価学会教学部編)聖教新聞社刊」より抜粋】

     第1部 日蓮大聖人の仏法(1)

     第2章  生命論

 (4)修羅界

 修羅とは、もともとは阿修羅といい、争いを好む古代インドの神の名です。
 自分と他者を比較し、常に他者に勝ろうとする「勝他の念」を強くもっているのが修羅界の特徴です。
 他者と自分を比べて、自分が優れて他人が劣っていると思う場合は、慢心を起こして他を軽んじます。そして、他者の方が優れていると思う場合でも、他者を尊敬する心を起こすことができません。また、本当に自分よりも強いものと出会ったときには、卑屈になって諂うものです。
 自分をいかにも優れたものに見せようと虚像をつくるために、表面上は人格者や善人をよそおい、謙虚なそぶりすら見せることもありますが、内面では自分より優れたものに対する妬みと悔しさに満ちています。このように内面と外面が異なり、心に裏表があるのも修羅界の特徴です。
 ゆえに、大聖人は「諂曲(てんごく)なるは修羅」と説かれています。「諂曲」とは自身の本音を隠して相手に迎合していくことです。「諂」は「へつらう、あざむく」という意味で、「曲」は「道理を曲げて従う」ということです。
 修羅界は、貪瞋癡の三毒(貪り、瞋り、癡かという三つの根本的な煩悩)にふりまわされる地獄・餓鬼・畜生の三悪道と異なり、自分の意思で行動を決めている分だけ、三悪道を超えているといえます。
 しかし、根本は苦しみを伴う不幸な境涯なので、三悪道に修羅界を加えて「四悪趣」ともいいます。

   



           

小説「新・人間革命」

2015年09月08日 04時54分54秒 | 新・人間革命
【「聖教新聞」 2015年(平成27年) 9月7日(月)より転載】

【勝利島41】

 離島本部の第一回代表者会議では、奄美大島、喜界島、屋久島に「地域長」が設けられたことが発表され、その人事も紹介された。
 各島の地域長は、その島ならではの特色を生かしながら、それぞれの島の発展、広宣流布の責任を担う中心者である。
 山本伸一は、代表者会議を終えて、帰途に就くメンバーの見送りにも立った。
 バスに乗り込む一人ひとりの魂を揺さぶる思いで、声をかけ、励ましていった。
 「島のことは、皆さんにお願いするしかありません。皆さんが動いた分だけ、語り合った分だけ、広宣流布の前進があります」
 「皆さんのご健康を、ご活躍を、島の繁栄を、懸命に祈ります。朝な夕な、題目を送り続けます。私たちの心は、いつも一緒です。じっと、皆さんを見守っていきます」 
 「島の人びとは、すべて自分が守るのだという思いで、仲良く、常識豊かに、大きな心で進んでいってください。信頼の大樹となって、全島民を包んでいただきたいんです」
 広布の一切は、一人立つことから始まる。この日、離島の同志たちは、広布第二章の新しい扉を開いたのである。
 参加者を見送った伸一は、三津島誠司ら離島本部の幹部に語った。
 「各島々の広布の基盤をつくるまでは、離島本部の幹部は、徹底して離島を回って激励に力を注ごう。私も、そうします。あらゆる機会に離島の方々を励ましていきます」
 その言葉通り、山本伸一は、香港から帰国した翌々日の二月二日には沖縄を訪問。石垣島、宮古島へも足を運んだのである。
 どちらの島でも、一緒に記念のカメラに納まった。地域の友人も参加しての「八重山祭」「宮古伝統文化祭」に出席し、共に踊りもした。「先祖代々追善法要」も、会館の起工式も行った。西表島の中学校、伊良部島の小学校への図書贈呈も行い、皆と懇談を重ねた。
 島民と融合した数々の行事は、まさに「仏法即社会」の在り方を示すモデルケースとなった。一つの範を示せば流れは開かれる。