ミクロもマクロも

心理カウンセラーが気ままに書き続ける当たり前

賞と証・・・雲泥・月とすっぽん

2006-03-29 09:07:00 | Weblog
な~んとなく嬉しいこの頃。
「カフカ賞」に、三島以来という世界の言語に翻訳されている村上春樹の、
これも何やら因縁めいた「海辺のカフカ」が対象に選ばれたそうよ。この
受賞者から、ノーベル賞へって人がいる、のだそう。それへの登竜門めいた賞
と言われてるのですって。
カフカの「変身」は、多感な頃の出会いとしては強烈だったわね。
ウチの本棚の隅っこにひっそりいたそれを4~5年前に読み返して、改めて
その斬新な切り口に感心してたの。短編なんだけど、そのインパクトはすごか
ったわ、何しろ突然虫になってしまうのですもの。

「ノルウェイの森」で出遭った村上作品。今は亡き母も、私の薦めで一気に
読んで、いたく感銘を受けていたのを、昨日のことのように思い出します。
彼のエッセイの中で、思うように筆が進まない彼に、奥さんが
「そんなに書けないのならやめたら?」
って言われる、そんな文章を覚えてるので、彼の才能・努力は凄いのかもしれない。
今や、諸外国の読者は、川端・三島を軽く超えてるのかも。
巷に溢れかえっているセックス、暴力を、これでもかこれでもかと書く、そして、
それを表現の自由として印刷、売りまくる。限りなく下品になっている中で、彼の
作品はそこから遠いのが嬉しい。
「海辺のカフカ」も、しっかり村上ワールド。不思議な空間へいざないます。
「アフター・ダーク」もそうだったわね。

反吐が出そうな、どぎつい作品群が多い中で、とりすましてはいないけど、だか
らって、今更本能の剥き出しを文字に起こさない彼の作品が好きなのです。です
から、受賞の記事は嬉しかったわねぇ。内弁慶ではないってことよね。

村上春樹の話から、あまりにも矮小な私の話なのですが、今年になって、小さな
文(エッセイ)が続けて3回活字化になりました、なります。
4月初旬、産経新聞に、母の介護とその旅立ちまでを書いた文が載ります。
ちなみに『介護ふれあい大賞』第1回の中で採用されました。応募総数1410
点だったそうです。
やがて、私達万人が迎える老いと終焉。私が経験した母のその時。
佳作でしたが、私にとっては生涯一度の母との貴重な共有時間の描写でした。
「認定証」なんて、こそばゆい賞状を戴きました。カフカの賞のあとに、小さすぎ
る賞にもならない、併記するのもおこがましい証ですが、なんだか今年の春は素敵
な春なのです。

ミニ・チューリップの真っ赤なお花は、10球揃って咲き出しました。
5~6才の女の子達のようです。青空の下でオシャベリに夢中な様子です。
背丈が低いので、他のお花たちの中に埋もれそうで、別に植え替えました。
「ワーイワイ、私達だけのお部屋よー」って、言ってるようです。

今冬の異常な寒さにも負けず、植物達は、お約束通りに
「始めまして」「こんにちは」「おまちどおさま~!」
って、元気良くそれぞれの顔を見せてくれています。
前後左右どちらへ向いても、ウン歩で突き当たってしまう小さなお庭ですが、
1日中その中へ身を置いても飽きません。
昨日は、ミモザの枝を切りました。15度ほど傾いているかなり大きな幹から
出ている枝は、その隙間なく咲くお花のせいで、陰になってしまう花々のために、
思い切ってバッサリ。バラもボタンももう少し太陽光線が必要なもので。

抱えきれないほどのミモザのお花。どうしようかしらと思案していたら、ご近所の
二人のお嬢さんのお母様のキョウコチャンが貰ってくださるって。水揚げの悪い
お花だってご存知。でも、いかんせん、全部は無理よって。そのくらい見事に
切ってしまったミモザだったのです。

ああ、私ったら~~~!
もう少ししたら、「強香バラ」苗が届くのだったわ。エッ?・・・そうなのよ、
その強い香りという文字に惹かれて、注文しちゃいました。バラの香りは全ての
香りに勝る。なんてこともないのでしょうが、でも、そう言い切ってしまいたく
なるほど私を魅了するのです。
どこに植えるのよ!・・・思案投げ首。
でも、でも、・・・・・来たらなんとかするわ。ああ、待ち遠しい!
   バカな女。

中国料理と植物たち

2006-03-27 22:10:19 | Weblog
月1回の『身体に優しい中国料理』の講習会へ、ナカザトサンと初参加。
昨日、インターネット注文の5本のバラ苗をどうにか植え付けて、説明書通り、
早朝、サプロール・マラソン・ダイン(貼着剤)の混合液を、植え付けた翌朝に
消毒って書いてあったので、薬剤は私の勝手選別調合。それで、ついでに全ての
バラに吹き付けて、全部咲いた時を思い出したりして、一人悦に入ってたの。
その後、さあ朝食よで、いつものように、しっかりした内容、ゴージャスな
一人ご飯。セニョール・ダンはまだ夢の中よ。未明から読書して、夜がシッカリ
空けたら熟睡モードに入るから。
さあて、そろそろマリリンとお散歩、なんて思ってたら、講習会の時間になりそう。
「車借りるわね、歩いてたら遅れちゃうから!」
エプロン、筆記用具をバッグに入れて、先生に遅刻になるかもとお電話を入れて、
初めて行く地区センター。駐車場に入ったら、先生も同時。ホ~~~。

10人ほどのオバ様たち。黒1点の60代後半~70代初の男性。
今月のお料理は『なべ』。
牛肉・海老・イカ・それにラム肉・キノコ・野菜数種類・この辺までは和食と同じ。
ここに凍み豆腐と見たことがない食材、揚げ麩。テニスボールを二周りほど小さく
した大きさ。1ヶ所に穴を空けて、その穴に味付けした豚ひき肉を詰めて、それも
鍋の具材。人数分よけていたそれを中華なべに入れ、水をかぶる程度に入れて蓋をし
て煮込む。私達が知っているお麩と食感がかなり違って、モチモチしているお麩。
それはそれで戴く。お肉に味付けがしてあるのでそのまま。美味しい!

鍋のタレが知らないそれ。練りピーナッツに腐乳(腐った豆腐)。これが?少し
腰が引ける、私が知識上知っているもの。すごく勇気が必要なんて、こういう
自分が嫌い。食わず嫌いなんて。でも、ナカザトサンにお先にお味見して戴いて、
「ウン、美味しいわ」
では、戴きます。・・・美味しいじゃない!いけるわ。こんなものです。
ポン酢も用意して下さってて、先生は四川の豆板ジャンを入れて召し上がってらっ
しゃる。
「私、日本に来てから辛いの平気になって、今大好きよ」って。

始めから終わりまで、まるで、早送りのテープみたいな全員の動き。
伊達に主婦はやってないのよの見本みたいだったわ。
残った色々は、手際よくみんなに分けて。次回は、4月の最終月曜日。
先生ご持参の調味料容器には、お砂糖はなし。
化学調味料も、コンソメスープ、ブイヨンの類も使わないお料理だそうです。
何もかも先生が用意してくださって、私達は、ただ作って食べ、後片付けをする
だけ。とっても楽な講習会です。 『香りで食べさせるフランス料理、見た目で
食べさせる日本料理、味で食べさせる中国料理』と言われるのですから、月1回
ではあるけれど、しっかり覚えましょう!

息子からもらった録音器。テープと電池を買いに、講習会から量販店へ向かう。
それも買ったけれど、ミニ・キャベツの4連ポットとレタスの苗2株も。
帰ってきて、大き目のプランターに土作りをして植えました。お庭からちょっと
収穫なんて贅沢ねぇ。帰り道、セニョールが借りている菜園をのぞいたら、私が
何種類かの種を蒔いていたその畝。ブロッコリーがモコモコ出来ていました。
もちろん、両手に抱えきれないほどのそれを持って帰り、すぐ茹でて冷蔵庫の中へ。
ホウレンソウも健やかにって表現がピッタリのように数株育ってましたから、明日
採りに行きましょう。昨日買ったホウレンソウも食べきったので。

今日も、中身の濃い1日、週初め。
原種のチューリップは細く小さい。まだ蕾は見えないわ。けれども他50球には
もれなく蕾が育ってきて、バラの大鉢の周りに埋め込んでいたチューリップは、
1球1輪ではなく、複数の蕾がついています。楽しみ~~~!
次から次へ、様々なお花たちの美の饗宴が繰り広げられます、小さなお庭で。

容赦なく!

2006-03-25 22:06:02 | Weblog
Ni hao.
中国語のアルファベット表示、ピンインと言います。
けれども、英語の発音とはかなり違いますので、
オタオタしてしまうのです。 こんにちはのNi haoはそのままですが。
発音は三声です。あ~あの抑揚です。

今日の授業は終わり。
隣の女の子曰く「楽しい中国語じゃなく、苦しい中国語ですね」ハイ、
その通り。イヤ~~~疲れました、今日は。
四声の一声はフラット。そのフラットを勝手に上げて二声にしたり、
四声にしちゃったりと。ピンイン通りにいかないもどかしさ、悔しさ
なのです。
ええ、みんな、直されるところは同じで、またまたナカザトサンは、
「舌のつき方が違うのよ」なんて、説得力のない発言。
日本語にはない発音がある上に、アルファベット通りに言えないもの
ですから、ごちゃごちゃになってしまうのです。厄介なのです。

先生は、容赦なく、甘い顔はせず、ビシバシの進め方です。
ナカザトサン、「幼稚園レベルでして欲しいわぁ」ホントに。
先生の質問に、
「アッ、これはあの紙の一番上にあったわ」って、おっしゃる方が。
やっぱりビジュアルなのよね、耳じゃなく目という事。表記文字の日
本語で生きてきた私達ですから、表音文字はちょっと苦手。

しかし、皆さん、録音器をお持ちになって、ちゃんと授業を録音して
いらっしゃいます。質問も、どんどん出て、熱心な授業風景で、間に
5分の休憩を入れても、熱心にプリントと向かい合って、あっという
間の2時間。脱帽ものです。

先生のタフさにも驚きます。
中国語の授業は、他にも色々お持ち。足の健康法、お料理の指導って。
「どうやって疲れを取るの?ストレス解消法は?」
「食べることと踊る事よ」
「何のダンス?」
「ディスコよ」

いつものようにファミレスでコーヒータイム、ナカザトサンと。
「中国人とディスコって、結びつかないわ。すごい偏見だと思うけど」
「そうねえ」
「食べてって、痩せる方法もご存知っておっしゃってらしたわねえ、
是非お聞きしたいわ。その手当てを受ける前と後ではウェストのサイズ
が違うなんて、にわかには信じられないけど、私もナカザトサンが受け
られた足のそれ、あつかましくも、身のほど知らずでも、お勉強して講
師くらいの習得をしたいなんて思ってるの。その前に、明後日はお料理
教室に、ですね」

ナカザトサン、足部反射区治療を1回受けられて、なかなかのものだっ
たそう。腎臓が悪いって、ご本人も気がつかれなかった部位も見事に
当てられてお手当てを受けられたそう。そういえば、むくむことがよく
あったのよ、ですって。それは、腎機能が良くないって事ですよね?
あと何回かは受けられるらしいけれど、良くなる予感がするって。
重畳至極。

面白がれる事がまたまた私の前に現れて、今年は、前にも増して貪欲に
挑戦よ。知らないことを知る楽しみ。面白がれる自分が嬉しい!

夕方遅く、宅急便の知らせ、着払い。
ウッヒッヒヒヒ・・・・・、いつも注文する所から、注文通りにバラの
苗が5株。ウチの庭をご存知の方は
「エ~~~ッ、どこに植えるの~~~?」
いいの、いいの、気になさらないで。なんとかなるものなのです。

そうそう、今日の授業で、北方と南方の違いをお話してらして、
「例えば、南方では白面、その通りに白い顔。でもこれに○が付くとヘロイン
麻薬になります」ですって。広大な中国ですからこういうこともあるの
でしょう。○は中国文字で、変換できないのです、設定をしてないので。

義兄曰く、「文法なんてないも同然の言語だから、単語さえ覚えればなん
てことないよ」ですって。その単語すら、ン~~~~~~。
ま、2週間の間にしっかり暗記しましょう。それが絶対に必要なのですから。
先生も、覚えられるようでしたら、覚えて下さいって。先生にしたら、私達
が覚えようとどうしようと、実際のところ、痛くも痒くもないのですもの。
生徒の意欲次第という事でしょう。

マリリンへかける言葉の数が増えたら面白いわ。彼女は面食らうでしょうけど。
脳は、甘やかしたらいけないのです。ええ、身体もです。40歳過ぎたら、
ビシバシと己が身体に(脳に)、負荷をかけなきゃいけないのです。それには
楽しまなきゃやってられないですよね、苦役はしたくありませんものね。
ですから、若い頃より面白い日々です。何しろ人と比較はしない女ですから、
昔から。母を嘆かせた娘でした。

「悔しくないの?」
「ウン、だって、人と比べること自体がナンセンスって思うもの」
母は、ガックリうなだれてしまいました。可哀想に。
勝気な人間ではありません。私は私という、揺るがない信念、哲学をもっている
女なのです。いつも人と比較して、一喜一憂する人を、心から「バカ!」って、
思うのです。まぁ、そういう人と縁を結びたくない人間ですから、勝手にやって
なさい!って、冷ややかな視線を送るだけです。私は私なのですから、近寄らな
いで!鬱陶しいだけなのよ、そういう人は、ってね。

さぁ、暗記暗記。でも、本が
「まぁだ?」って、呼んでますから、中国語はあとで、になってしまいそうです。
私が行く先々に本があるのですから、・・・・・やっぱり続きを読もう!
                         再見!



フランス料理

2006-03-23 10:01:22 | Weblog
こってりとしたフランス料理。
今は輸出禁止になってしまったらしいフォアグラ、鳥インフルエンザの余波で。
それもあったようなこってり内容。
 フランス料理を食べたのかって? いいえ、『ダ・ヴィンチ・コード』の話。
しっかり胃の腑に残って、消化するのにちょっと時間を要するみたいな、濃い
中身だったのよ。とってもスリリングで、グングン読み進んだのだけど、ええ、
3日で上・中・下巻3冊。久々に読み応えのあった本に出遭って、友人が強く
薦めてたのがようくわかった。
G・ハンコック『神々の指紋』を読んだときも感じた、同じ人間でも背負ってい
る背景の違いから出ている差をいやっと言うほど知らされたわね。そして、
1神教の強烈さ。
まぁ、常識程度にしか知らないキリスト教ではあるけれど、あのマグダラのマリア
が、娼婦などではなく、名家のお姫様で、キリストの出も当時の名家だったって、
そして、2人は夫婦、その子もいた、連綿と続く家系。ビックリ。

ええ、お話よ、小説なんだけど、芸術作品、建造物、組織など等は、事実に基づく
って。協力がバチカンを始め、色々となんだけど、いいの?こういう風に書いちゃ
って、なんて思ったくらいドキドキの内容だったのよ。
かなり物議をかもして、今なおらしいけれど。
ウ~ン、1神教は強烈過ぎる、重い。
けれども、引き込まれたことと言ったら、すごいに尽きる内容。
男女の交合が、神に近づく手段だったなんて、インドにもある交合の壁レリーフ。
そして、この日本でも『立川流』なんて、怪しげな宗教があったなんてことをチラ
ッと思い出したり。
男性の射精時と女性のオーガズムが一致したら、それは神の域に達することになる
のかもしれない。英語圏で言う”Heven comes"決して「行く」ではない。
そうなのね、やっぱりその瞬間は神がおわす天国が降りてくるということなのねぇ、
なんて、妙に1人納得して、でも、その時代のそれは、現代人が考えるそれとは違う
いつも神を意識する交合だったらしいわ。そして、女性は命を生み出す尊い存在で、
今のように、心に深手を負った女達がヒステリックに叫ぶ「男と同じ権利を」なんて
なかったらしいわ。全てはカソリックが始めた巧妙な仕掛け。フ~~ンよ。

12歳の文学賞なんて賞まで設けられたらしいけれど、人生経験もわずか、学問の
何たるかも知らない子どもが書く文章なんて、読む気もしない。昨今の文学賞は、
羽より軽い。エンターテイメントって、読者、視聴者におもねることじゃあないって、
思うんだけど、昨今のテレビ・雑誌の下品なこと・幼稚なこと、自国民を馬鹿にして
るって思うわね。
それで、翻訳本に手が出る。
13目の出版社でやっと出版にこぎつけたって、女性作家の本。これはアメリカ。
そしてその作家は、処女作品からすでに10年は軽く過ぎている。翻訳家の腕が
かなり物を言うものだけど、近頃は未読の作者との出会いが楽しみ。

『87分署』エド・マクべイン。出だしがよくて、それを読みたいばかりに買って
いたんじゃない?ってシリーズ。『警察(さつ)嫌い』が1冊目だったと思うけど、
久しぶりにめくってみれば、その字の小さい事に驚いたのよ。
愚息その①のお友達へ貸して。
その作者も今は亡き人となって、寂しいわね。

でも、さあ、ダン・ブラウンの手になる作品を読みまくるわ。
F・フォーサイスに通じる面白さ。フォーサイスも事実をベースに書く人。
湾岸戦争を舞台にしたお話もたまらなかった(面白かった)。

この本を片手に、旅行してる人が大勢ですって。これはミサコサンから。
サラーッと見てまわる美術館より、最後の晩餐に女性が描かれてるなんて、今まで
思いもよらなかった事実が書かれたこの本は、案内書に一役買ってるのかもしれな
いって思うわね。興味が倍増するでしょう。
ダビデの星の意味するところ、なんて。
この本を読んで、『ソロモンとシバの女王』の映画を思い出しました。
あの、ユル・ブリンナーと、ジーナ・ロロブリジーダの主演。
そういえば、イチローのあの物腰は、ユル・ブリンナーを彷彿とさせるんだけど。
観客を意識している彼の美意識。プロとしての意識をね。
好き嫌いはともかく、自分を持っている人は美しいと思います。それには努力という
裏づけがあるはずですから。

さあ、緑茶でもすすりましょうか、フランス料理のあとは。
そうそう、お話はルーブルから始まります。謎解きのお話で進みます。

どうしよう?どう使用?

2006-03-21 09:25:28 | Weblog
お夕飯抜きだと、朝食の美味しいこと。これは昔に体験済み。
3大不味い料理って、息子達に言わしめた「カレー・ハンバーグ・餃子」
今は、クリアよ、全て。それで、ちょっと多めに作っておいたハンバーグを
朝食にまわして、ハイ、美味しく戴きました。ウーン、プロの味!なんてね。
そこまではいいの。
ハタと、考えてしまった今朝。食器を流しへ運ぼうとして、お皿を見れば、
油(脂)がドローッとあるじゃない。ティシューをパッパッパって引き抜いて、
お皿の油をふき取ったのよ。そこで、・・・・・良かったのかしら?

まあかなり前のことだけど、割り箸を使うな、なんて話があったわよねえ。
こういう、隅をほじくることが好きな人々がいる。枝葉末節大好き、本体は見
ない、見ようとしないって人がね。
東南アジアの木材伐採は日本の企業がしている事だって。今や怒涛の勢いの
中国の経済発展。日本に代わって、乱伐は彼等。なにせ、公称13億人の経済
活動、要求にこたえるためには、自国では賄いきれないお家の事情。

そのノンフィクションの中で、悲しげに言っていた現地の女性。
「紙の消費を抑えてください。洗ってまわせる布の使用に切り替えてください」
建材用だけじゃなく、木材は伐採される。
クリネックス、ネピア等が消費紙を大量生産し、今や、ティシューは切り離せない
物になって、なんでも捨てる文化になってしまった、『もったいない』は、これも
捨てられたティシュー文化のなかに。

油(脂)をそのまま流せば、水質汚染。洗剤と化学反応を起こして・・・。
to be or not to be 難しい選択ね。 それで、・・・ 使い物にならない布を
切って、お台所の隅にストック。そして、ふき取れるものはふき取って、水の使用
と洗剤の使用も抑えて、あとは燃えるゴミの中へ。これが今のところの最善策かも
しれない。

いいとこ取りをしていたら、必ずツケは払わされる。
最悪、あなたも要らないって、捨てられる・・・・・かもしれない。
やっぱり、時々立ち止まって、「これでいいのかしら?」のオツムの使用はしなく
てはいけない。流されてないかしら?操られてないかしら?頭も手も使わなければ
人にいいように、知らない所で操られることになるのです。オ~~怖!
そして、結果だけ貪る、おぞましい人間になってしまうのです。人を攻撃すること
になんら、後ろめたさをもたない、恐ろしい人格の人になってしまうのです。

さぁ、物置に突っ込んでる、布たちを引っ張り出して、ほどよい大きさに切って、
お台所のどこかに置きましょう。
時々ダ・ヴィンチ・コードを読みながら、ね。

やっぱり魔女!?

2006-03-20 08:57:51 | Weblog
チラッチラッと外の気配を確かめるべく、薄目を開けて。
まだ夜明けには遠い。
眠さは遠のき、仕方なく電気スタンドを手元に引き寄せON!
ウ~ン、まだ4時半?それじゃぁ、義経の屋島攻めの夕べの続き場面でも
読みましょうか。 
早朝から読書も贅沢かもしれないわねって。只今12巻終盤。
追い詰められる平家一族。ひたひた押し寄せる源氏・義経とその郎党。

まぁ、この続きはやっぱり就寝時にとっておきましょう、で起床よ。5時。
今朝はぐっと気温が下がってて、寒い!正に早春譜。
   ♪春~は名~のみ~~の風の寒さや~~~♪
 独唱の思い出の歌。

昨日は1日「ダ・ヴィンチ・コード」に。家事の合間合間に読む事、もう上巻が
終わりそう。上・中・下の3巻も、1週間はもちそうにない面白さ、その展開。
トム・ハンクス主演で映画化。個人的には、トム・ハンクス?ちょっとミスキャスト
って感じがしないでもない内容。ハリソン・フォードのほうがいいみたいだけど、
ちょっとお年を召し過ぎかしら?
それにしても日本人には出来ない、取り組めないキリスト教とダ・ヴィンチその作品。
それを軸とした物語の展開。
ただ感心しながら読み進めて、気が付けば、その巻もまもなく終わりに。
又、新しい作家に出会えて、作品を全部読もう!よ。

大人のドリルは、毎晩7時頃に「始めー!」で、秒針を確認して。
足す・引く・掛けるが101問。
知能指数を計るクレペリンテストだったかしら?あれは得意だったから、それを髣髴
とさせる易しい問題に、これで脳みそが活性化?ウン、嬉しいわ。よ。
本当は、午前中にやってくださいって書いてあるのだけど、お夕飯抜きの私は、その
時間暇なのですもの、セニョール・ダンが晩酌している脇で、その計算をしてるのよ。

5日ごとに確認項目があって、ドリルに取り掛かる前に挑戦した記憶問題。
「ありゃあ~~~、やっぱり~~!」って、無残な結果に今更ながら驚いた始末。
記憶に関しては、物心ついた頃から、劣等性って、自分で認めてたから、驚くには
あたらないのだけど、でもねえ、最近の物忘れは、なんとかしなきゃって、思わせる
ものがあったのよ。 でも、好きなことは、結構覚える。フフフ、家事なんかにミス
が多い、ってことは、言わずもがなね。この魔女は家事には魔法を使えないときてる
のですから、「あらっ、お洗濯の途中だったわ」なんて、しょっちゅうの最近でね。

でも、いい時代に生きてるって思うわ。
脳機能の再開発なんて、ついこの前まで不可能と思われていたのですもの。
あの、アルツハイマーですと言って、亡くなったレーガン元アメリカ俳優で大統領も
このトレーニングをやってたら、もう少し人らしく生きられたかもしれないって、思
ったものよ。アルツハイマー型痴呆症(認知が出来なくなるのに認知症って、変)は
脳が萎縮するって言われてきて、回復不可能って、本人も家族も、奈落の底に突き落
とされたようだったのが、この川島教授のお陰で、多くの人々が救われる。
それも、難しいことはやらなくていい、要らない、という嬉しさよ。

それで、嬉しいような怖いような、その初めてのトレーニング結果を試す5日目毎の
テストの1回目を今晩するのです。はてさて記憶機能はいかに?
ええ、かなり真剣に考えているのです。坂道をころげおちるような老化阻止を。
見てくれも、脳みそも、自然のままに。ええっ?そんなことをしてたら、しょっちゅ
う口をもぐもぐ、食べっぱなし。その結果、身体は溶けて流れるようなたるみを
引きずるデブバーバ。あっちが痛い、こっちが不具合、なんて病院が自宅みたいに
入り浸り。テレビの番人で、やたら詳しい芸能情報と三面記事。

オーヤダヤダ!
で、スクワット15年弱。これは階段の下り、エスカレーターの乗り降りへの、わず
かな躊躇、何かに躓きそうになって、バランスを崩したことなど等がきっかけで。
自宅で、隠れて行う筋トレ(ジムは行きません)、隠れてやります。
おぞましいだけですから、家族にも見せません。もちろん犬・猫にもね。ハハハ・・・
歩く時は、やや反り加減に、少し威張った風。もちろん歩幅は広く。1週間前から、
お夕飯カット。現代人に3食は多過ぎるそうなのです。目的数値があって、いつも
気にはなってても、なんだかんだと言い訳を自分にしながら、食欲に負けて今。
術後の注意事項「太るな!そして楽しく暮らす、それだけ!」だったのよ。脳外科の
部長が何度も何度も念押しだったの。その太るな!が危なくなってきだして、許容範
囲を逸脱しかかって、久しぶりに自分に喝!なのよ。

イメージしながら色々な事に挑戦よ。
何もかも、自分はお見通しでしょ?原因も経過も結果も。
誰のせいでもないすべて自分だって事を。だから、自分以外のためになどしません。
誰それがどうだから、そんな理由では何事もしません。息を引き取るまでが我が人生
なのですから、この幸せな日本に住んで、恩恵をいっぱいいっぱい戴いて、私が望む
ことは、手を伸ばせば手に入れられる。その気になりさえすれば、全ては私に微笑む。

ミモザの花が満開です。小さなお庭はミモザに覆われて、その花の下で、小さな草花
達が時折戻る寒さに震えながらも、春を謳歌。笑い転げているように見えます。
肩から指先まで、気色の悪い痺れが2ヶ月近く続いています。病院へ?ええ、チラッ
とは思いました。そして、あわてて拒否しました。ごめんなさい私って。
今度はこれよ。どうする?負ける?それは許されないことなのよって。
『信じる』ということには期限はないのですから。1度決めたことは終生です。
自分を信じきれないで何を信じられましょう?
そして、私は自分に語りかけます。
「痺れ?それがどうしたの?生きてるって事ね。フフフ、お生憎様。無視だったわよ
ねぇ。忘れちゃダメよ」って。
だって、私は魔女なのですから。フフフ・・・・・・・

白州から都会を考える

2006-03-18 11:37:40 | Weblog
なしのつぶての我が友人ミチコサン。
それで、「このままだと、ああ、そういえばそういう人もいたわね、に
なっちゃうわよ。お元気なの?」
で、久しぶりに封書のお手紙を送りました。書き始めたら止まらない私
なので、思い切って4枚でやめました。
そうしたら、やってきました。お手紙が?いいえ、お電話が。
のっけから、
「今年の大事件!」
ておっしゃる。なにか困ったことでも?
「あのね、熊が出たのよ」
山の中のミチコ邸。サルもキジも出る。アンディと言う名の犬。これで
鬼が島へ、だったのだけど、熊まで。
「まだ冬眠中だと思ってたんだけど、地元の人が言うには、今年の眠りは
浅かったんだよ、なの。私は出かけてたので見なかったけど、主人の目の
前を通り過ぎたんだって。80キロくらいだったって」
「まあ、この神奈川だって、ちょっと奥に入ればいっくらでも熊はいるの
ですもの、当然よねそこにいても」
「蛇もね」
「そう、あなたの大っ嫌いな蛇も」

毎年のように、日本のあちらこちらで熊が、鹿が、イノシシがサルがって、
大騒ぎのニュース。 鼻じらむ私。あの動物愛護団体のような組織もいやらしい
けれど、大騒ぎする人々も・・・・・知らないわ。
ミチコサンも言われたって、地元の方に。
「誰が?何が?いっちばん恐ろしいのは人間だよ」
そうです、そのとおりです。
この狭い国土(有効面積)に住む人間が1億2千万人を超えてるなんて、種とし
て過剰な数なのですもの、他の動物達を圧迫しているのよ人間と言う名の種が。
だから、
「ごめんなさいね、ちょっと住まわせてくれる?邪魔はしないから、の精神は
必要よねえ。人間だけ、何をしても構わない、なんて事はないでしょ?」
って、私は言っちゃう。

飛行機から、地上を眺めれば、なめくじが這った跡のように、山々に開発の爪あ
とがクッキリ。なんで、人間だけが勝手なことをしていいの?
核家族で、地面を小さく細切れにして、何もかもを人間の数に合わせて物を持つ。
それにつれてゴミも増える一方。
大きな家族が住む広い敷地に、数に見合った家屋。手入れを怠らずに直して使う
何もかも。糸と針は手放さず、繕った衣服は女達の愛が繕う。家族をつなぐ糸よ。
そこに起こる人間の軋轢。煩わしさ。ええそれが厭でみんなばらばらになるのよね。
でも、そこに知恵が要求され、人々は賢くなるよう、祖父母の、大伯母達の、先輩
達の無形の財産を受け継ぐ。

最早、それらを捨て拒否した私達は、孤独の中で、知識は増えても知恵なき人と
して生きている。
自分の生活を邪魔するものは、問答無用で切り捨てる。傲慢の極み。
伝承はなくなり、年寄り達を「社会で見ましょう」なんて、恐ろしいことを平気で
言う。知恵なき人々。
「春に3日の晴れ間なし」
なんて、知らない。試験に出ないことは覚えない。
「恵方」なんて知らない。生きることのなんたるかを教えない親達。
それは、本を書く専門家の仕事になった、バカバカしさ。
あなたの事なんか何も知らない人々に指針を示してもらおうとする現代人。
祖父母が、父母が、近所のオジサン、オバサン、オバアチャンが、あなたのことを
小さい時から知っている人が教えてくれる生きることの意味。

ミチコサンの白州報告のお話から、なんだか地面から浮き上がって、うつろな顔の
都会人達のことに思い浮かべてしまいました。
きっと、お電話の向こうから、アルプスの雪、清涼な空気、イメージする熊、それ
らが私に、こんなことを思い出させたのかもしれないわ。
自然の中で、野生の動物達と共存している彼女達は、自然な生き方をしてるのです。
自然は、耐える、しょうがない、ということを教えてくれます。
都会人は、告発好きになってしまう歪んだ人格になるのです。なす術もない忍耐を
学ぶ場所ではないのですから都会は。「我」がぶつかり合う所です都会は。

私を魅了する

2006-03-17 13:53:08 | Weblog
1m以上の長さで切って。車の後部座席に横たわるストレリチア、寄り添う
クリスマス・ローズ。 大きな花瓶に活けて。乾隆帝の時代に作られた、
中国人の義兄の家から貰ってきてた花瓶。
「すっごい!乾隆帝だなんて、清朝を代表する皇帝じゃない。その時代の
物?いいのかしら?もらっちゃって」
「いいんだよ、本物かどうか怪しいものだよ」
という花瓶。
クリスマス・ローズは、洒落た名前と違って、地味な色合いのお花。実家は
ヨーロッパのアルプス。そんな地味な色合いのお花たちは、小ぶりの備前焼
の花瓶にさしてお玄関へ。
ミサコサンから頂いたお花達。
大きな広いサンルームに、聳え立つような極楽鳥花が幾株も。お玄関周りに咲く
クリスマス・ローズ。それをバッサリ切って下さったのよ、白とピンク。

彼女の町にある大きな大きな、昔ならハタキが飛び出す立ち読みの困った人達へ
どうぞ、おかけになってお読みくださいな、の椅子がしつらえてあるコーナーも
あって、そこで、買うかどうかわからない来店者達へサービス。
鷹揚な「た・い・じ・ん」本屋。
「ミサコサン、私このお店に住所変更したい」
「ねぇ」
「ああ、誰か私を止めて~~~!」
最早、抱えきれなくなりそうな。そんな私は、カードは家に置いてきて、現金も
最少携帯にしたの。よ~くわかってるからねぇ、自分のことは。
その本屋へ行く。ミサコサンへお電話。予定行事がキャンセルになって、
「どうぞ、どうぞ、ご一緒させていただくわ」

ド忘れは今に始まったことじゃないけれど、これが鬱陶しい。
50才になったら公文。こう思ってた私が買ってきた大人のためのドリルは、
認知症の人々をも回復させ、考案者の先生ご自身がビックリされたという、
その脳科学者が考案された中身で、出版はくもん出版社だったのよ。それは
全国の書店で販売されているものだから、そのお店でなくても良かったのだ
けどね。ものはついで、と言うこと。

世界で500万部は出たという「ダ・ビンチ・コード」
ある友人がしつこく読めって。面白いんだからってね。上・中・下の3巻も
ハードカバーで読むのはしんどくて、平積みになってる文庫を見つけて、これは
読みましょう、よ。バチカン辺りからクレームが出たっていうシロモノらしいじゃ
ない。あのキリスト教は、いっつもいつの時代も胡散臭い話はつきまとってるも
のだから、驚くこともないとは思うけど、スケール、緻密さ、ミステリアス、
どれをとってもうならされるって。
これでまた、わたしの楽しみが増えたって事。ククク・・
お財布と相談して、次回に出来るものはそれにして、ほどほどのお買い物でやめ~~~!

ミサコサンのお家へお邪魔して、浮世と関係のないお話をじっくりたっぷり。
フォトンベルト(ベルトやサッシュではない)のお話なんかもして、彼女は
「覚悟はできてる」って。ええ、私もね。そして、偶然はない、必然なのよ、
身の回りに起こるさまざまな現象は。
彼女のお話は、「方丈記」を思い出させる。
そうなのよね、一瞬にもならない私達の人生は。
「レイコサンはどうお思いになる?」
「ええ、昔から、生物の一つでしかないのよ人間もって、ずうっと思ってきた
人間で、私達が手にしているものや知識は先人や多くの人達から頂いた、ある
いはお借りしたものでしかないって、思ってるし、断言できるのよ。そして、
なぜか、今の話題に関係のない事だけど、オレンジを切る時、いっつも私は感
動するの。この滴り落ちる果汁の一滴ですら私には作れない、自然て凄いって」
「そうなのよねぇ、全てお借りしているものでしかないって、私も思うの」
「ええ、あなたのおっしゃるとおりだと思うわ。だから、形あるものをひけら
かす人を尊敬しない出来ないなのよね」
「ええ、オオイヌノフグリに出遭うと、ああ、春がきたのねぇって」
「その名前は悲しい。空が映った青色なのに、ひどい命名よねえ」
こんな話が続きます。
彼女は、今いることに使命を感じるって。
彼女もガンで一命を取り留めた方ですから、人生を深く味わうのです。
お互いに、
「無駄なことはないって本当ねえ」
こんな友人が私を磨いてくれます。磨き甲斐のない私かもしれないけれど。感謝!

私は魔女?・・続き

2006-03-15 10:27:09 | Weblog
キョウコサンとの会話で、
彼女:「私も耐えられない今時の女達の言葉」
魔女(私):「いっぱいあるけれど、特に?」
彼女:「ヤバイ!うまい!どうしておいしいって言えないのって」
魔女:「もう、ヤクザよねぇ。ウチのお父さんが、パパが~。
    オ~~身震いしちゃう。それと同じくらい抵抗がある言葉だわね。
    ヤバイなんて、なんでもかんでも反抗したいって、10代の子の
    粋がりなら、まだ苦笑い、じゃない苦虫も潰した顔になるくらい
    だけど、社会人、ううん、人の子の親となった人が嬉々として言う。
    最近、友達がドンドン減ってきてるわよ。ブルータスお前もか?で」
彼女:「だから、私はハッキリ言うのよ。ジャンジャン指摘しちゃうもん、
    聞き苦しいからやめてって。みっともないわよってね」
魔女:「私は逃げる。ヤバイ・ウマイ・~してみな・~だよなんて、そういう
    表現になんら抵抗のない人とは関わりを持ちたくなくなって。汚い。
    うつりそうよ。だから、君子危うきに近寄らずでね、さっさと逃げる」
彼女:「そう、ほかにもね。たとえば夫が食事のときに”いただきます”って
    言わない時なんか、
    大きな声で、”いただきます!”って、わざと聞こえよがしに言っちゃ
    ったり。一人の時だってちゃんと言ってから食べるもの」
魔女:「ええ、私もよ。”いただきます”は、色々な事・人に感謝してだから、
    誰もいなきゃ言わないっていうのはおかしいものねぇ。私はね、外国に
    行っても、ちゃんと言うし、周りの人にも”いただきます””ご馳走様”
    って教えてあげるの。ホラ、”もったいない”が世界の言葉になるように、
    サムライ・スシ・ヤクザ・テンプラなんかを覚えられるより、日本の
    美しい言葉、意味付きでね、教えてあげるのよ。
    でも、永六輔が本の中で、かなり昔のことだけど、彼も言葉に深く関わ
    ってる人じゃない?その彼が、彼のお嬢さん達の言葉がひどいって、嘆い
    てた文があったけど、それから長い年月が経ってるから、それは益々悪化
    してるってことよね。ああ、嘆かわしい、よ」
彼女:「永六輔で思い出したけど、お金を払えば”いただきます”は言う必要はない
    って大人がいるって、どこかで言ってたわ」
魔女:「同じ事を、C・W二コルもテレビでだったかな、給食費を払って、なんで
    ”いただきます”を言わせるのだ!って、抗議した親がいたって。
    こんな美しい言葉はないのにって。こういうことは、四の五の言わないで、
    言わせないで、ああ、でもちゃんとわかってないと一人なら言わない、に
    なっちゃうのかもねえ。親は何をしてる!って、怒っちゃうのよ私は。
    でも、もう滅び行く日本だから、ひたすら逃げて避けて、私は横浜の片田
    舎でひっそりと生きてゆくわの心境なのよ」
彼女:「ウン、そんな気がするわ。悲しみは持ちたくないから、孫はいらない。
    孫達が苦しむ姿は見たくない、想像もしたくない。だから、娘達には、
    この家で2人仲良く暮らしなさいって言ってあるの。結婚する気もないみ
    たいだけど。ある種ホッなのよ」
魔女:「ウン、真剣にそう思うわ。アメリカと中国が世界を滅ぼすって。巻き込ま
    れてるものねえ。地球規模の異変は、文明諸国がむさぼった結果、起こし
    たものよ。まあ、そのうち息子が結婚なんてことがあっても、昔の姑みた
    いに、”孫はまだか?”なんてことは絶対に言わないわね。できれば、
    夫婦2人で仲良く暮らしなさいって、言いたい。姉の孫でも食べちゃいた
    いくらい可愛いもの、我が孫だったら、想像するだけで頬がゆるむ。
    だから、だからそんな孫達へこんな地球を渡すわけにはいかないって、
    本当に思ってるの」
彼女:「言えてるわ。とんでもない地球になってるものねえ」
魔女:「際限なき大めしぐらいが大きな顔をして地球の資源を食い散らかしてる。
    長男と時々言うんだけど、”地球が怒ってる”って。今、爆発寸前の
    状態の地球じゃない?怒ってるのよ、”いい加減にせんか!”って」    

魔女:「ところで、なんで手話?」
彼女:「まわりもそう言うわ。深い意味はないんだけど、ちょっとやってみようか
    なあってね。合わなきゃやめる。それだけよ」
魔女:「そう、やってみなきゃわからないものねえ。私、いっつも思うんだけど、
    つまんなかったは、立派な理由だって。でも、チャレンジしない批評家は
    最低!そんなのが多い。でも、日本語だけに対応なんでしょう?」
彼女:「それが、共通手話らしいのよ」
魔女:「ああ、そうなの。それはいいわねぇ。障害者の人たちの一助になる、しかも
    世界共通なら、限定なしでいいじゃない。私も今年は資格を取るために
    お勉強があるの。資格なんてっても、公認ナントカなんてものじゃあない。
    4月に連続講義が日本医科大学で、秋に認定なんてだったって思うわ。
    でも、ボランティアじゃあないの。あれはちょっと胡散臭く、傲慢て思う
    から、そういうのには加わらない。○○グループ、要するに集団には
    加わらないが私の主義だから。あくまでも個人プレーに徹する」
彼女:「私も、命令されるの大っ嫌いだから、技術を盗むだけ。そのための勉強は
    するけど、あとはこっちが判断するのよ。偉そうなのが嫌い!」
魔女:「フフフ・・似てるわねぇ。でね、私も指図されるのが嫌いだから、人に対
    しても、グチャグチャは言わない。指図もエネルギーがいるから、そんな
    ことにはエネルギーは遣わない。”大人でしょ?自分で判断しなさい”よ」

筆まめだった私の書簡を、はるばる大西洋の島にまでもって行ってたキョウコサン。
信じられない話よ。ありがたいことね。そして、彼女も筆まめな人なんですって。
生憎、彼女からのお手紙類は私の元にはないのよ。ごめんなさい。
これからマメにやり取りしましょうね、こんな時代だからこそ手書きよねぇって。
彼女からのお手紙は、必ず絵付きになるはずよ。でも、巷間流行の絵手紙(ハガキ)
みたいな絵じゃない。あれは、「ごめんなさい」だから。
彼女の絵は多分植物。それでは私からのお手紙には女の人の姿を送りましょう。

こんなやり取りが出来るなんて、やっぱり幸せ者の私です。
良かったわ~~~~、彼女が違う星の住人じゃなくて。
星?あっそうだった!!! 『星の王子様』の本を読みかけていたんだった。
スペイン語と英語の両方の並読を。スペイン領に行ってたキョウコサン。少し、
教えていただこうかしら?現地仕込みのそれを。
な~に自慢してるのよ、感じ悪い!かな?そういう反応をする人は、観念論者だっ
てことじゃない?私は面白がりたい屋なの。若かりし頃接することが出来た英語、
自分から飛び込んだスペイン語、それに地中海?大西洋?海の底に沈んでしまった
作者、あの可愛い王子様。お話はみんな知っている。それを、他の言語ではどういう
表現になるのかしら?なんてね、面白がれる世界の扉を閉めまくるなんて、そして、
そうじゃない人を胡乱な目で見るなんてもったいない。
挙句、人を試すようなことを平気でして、どうなのよ!へえ、こんなこともわかん
ないの? ご自分は挑戦しないでよ。そういう悲しい人になってはいけないって、
この魔女は思うのです。
同じロマンス語でも、フランス語だけは、舌の遣い方が難しい、あれは特殊って、
キョウコサンも言う。

やっぱり私の想像どおり、生臭い話は出なかったのよ。事実はあったけど、それを
乾いたお話にして、感心させてもらったり、笑わせてもらったり、その内容は、
”事実は小説より奇なり”のそれ。違う世界をかい間みせてくれたわ。
パリで知り合った人とバッタリ、ロスで出会って、交友が続いてる。ウ~ン、
なに人だったっけ。小説みたいな、いいえそれ以上のドラマがあるって事よ。
キョウコサンに言わせたら、私の今回の行動・思いだって充分小説以上よって、
言われる不思議の連続。ええ、いつか、キョウコサンをモデルに小説でも書いて
みたいって思うほど、スリリングで魅力的な人生を送ってらっしゃる彼女なの。
    
フランスの翻訳本を電車の中で読み終わって、その先で再会した女性は、私のイ
メージの中にあるフランス女性のようでした。お洒落で自分を持ってる、芸術の
香りが漂う、しっかりとした個人、大人の成熟した女性がいました。
パパが~~とか、~~~なんだよ、なんて表現がはしたないということをちゃんと
知っている教養人です。
ああ~~~~、嬉しい~~~!! 魔女のお友達は皆素敵です。

私は魔女?

2006-03-13 23:51:05 | Weblog
待ちに待ったキョウコサンとの逢瀬。
マリリンのお散歩はセニョール・ダンにお願いして、心せかるるままに、
家を出て、通勤ラッシュは幸いにも終わってて、どうにか本を広げる空間
はありの電車の中。
横浜駅で、キョウコサンへ乗車時刻をお知らせして、ついでに我がいでた
ちもお知らせして、一路逗子へ横須賀線。
古都・鎌倉も過ぎて、久しぶりの電車で眺めるその景色は、まだまだ残る
歴史を物語る建物が車窓から見ることが出来て、おのぼりさんみたいな好
奇心を、思いっきりそそられたそれだったわ。

駅に着いてみれば、改札口が2箇所。最早、おうちへ電話しても無駄な時間。
多分、海側と判断したのは正解。
向こうから、スタイルのいい、ソバージュヘアの女性が。独身時代よりぐ~ん
と魅力的になってたキョウコサンがいました。
「お久しぶり~~~、本当にキョウコサンよね。ああ、やっと会えたのねぇ」
この感激は言葉では表現できないわ。

彼女の水彩画が飾られている喫茶店に入って、その繊細な植物画に感心して、
さあ、ウン十年のお互いの年月のお話に突入よ。

彼女のお父様が外交官だったこと。中国生まれだったなんて知らなかった。
なんと、最近の中国関連話が身近にある事にちょっと驚き。
お父様と妹さんが、セニョール・ダンの大学の先輩後輩関係にあって、私の
生誕地(鹿児島・国分)とも深い関わりがあったりと、なんだか因縁すら感
じる彼女とのつながり。
彼女のスペイン(カナリア諸島)滞在、帰国後の婚家との関わり、生活。
彼女の日々のお話は、辛かったでしょうねえのお話すら
「もう、ドラマの台本みたい。ト書き付きなんですもの」
で、大笑いの中身が次から次へ。しごくまじめに話すのよ。それがハッキリ、
クッキリ、ごまかしのない、カッコつけない語り口で。誉めるのよ自分を!
それが少しも厭味じゃあない。だって、ホントなんですもの、よ。
こうなると、もう小気味いい!それで?それで?で、先を促したりしてね。

喫茶店の次は、我が町にはないお洒落なレストランへ連れられて。
ええ、逗子の顔は、まだまだ個性的で、ノッペリ顔じゃないわ。
彼女に言わせれば、どんどん今風になってきてるらしいけど、思わず見とれる
広いお庭に、どっしりとそこにいる日本家屋の個人宅が。
彼女宅の周りにあった3軒の敷地に、20軒の家が建ったなんて。いかに広い
お屋敷があったかということよ。大体が相続で、売却されてしまうらしいそれぞれ。
ついでに、海岸まで案内してもらって、これもまた久しぶりの潮の香をかいで。

彼女がご主人のご両親を迎え、彼岸への旅立ちまで同居したそのお家は、
「ねえ、生活してるの?」
というほど、整理整頓が行き届いた美しいそれぞれのお部屋他すべて。
友人の中に、数人いるわ、主婦の鑑みたいな女性達が。その中の1人になる彼女。
彼女の作品の鎌倉彫の数々は、センスのよさと腕のよさがハッキリ出てる。
「私って、器用でセンスいいのよねえ」
本当にその通りの作品、生活の風景、スタイル。
知り合いの中にも鎌倉彫りをする人はいるけれど、キョウコサンのそれは秀逸。
水彩画は10年以上師事してらして。そう、階段のコーナーにはバラが描かれた
6号の油絵。お父様の形見。
私 :「油はしないの?」
彼女:「ウン。だって臭いんだもの」
私 :「しかし、最近の絵描き人口の多いことね?」
彼女:「そうなのよ、あっちでもこっちでも展覧会」
私 :「作品はどうするの?」
彼女:「すごく気に入ったもの以外は捨てるわ」

北側に窓がある部屋が創作には向いてるのよって。直接光線が入らない部屋がい
いって、初めて知ったわ。

私 :「そういえば、高校時代に、美術の先生の好意で毎週先生のお宅でデッサン。
   当時は、デッサンと言えば木炭だったでしょう?うまく描けないと パンは
   口よ。
   それで、今あなたが北側のお部屋がいいって、そのアトリエも、北面に大き
   な窓があった、思い出したわ。そうなのね」
彼女:「でしょう?」

彼女と話してて、気持ちが良かった事。
ごく当たり前な会話。ごく普通の表現。その中でご主人のことを「夫」「主人」
と表現していられることに気づいてたの。巷に氾濫している「ダンナ」なんて出
ない。
ぞんざいな、コメンテーターなんかにする必要のない芸能人の、あくまで、個人
的バックボーンから出た、育ちの悪さ、意趣返しのそこから発せられる汚い、ぞ
んざいな言葉を、嬉しげに遣うパッパラパーの視聴者達、巷の女達。
そんなことから、

彼女:「ねえ、あなたはどう思う?」
私 :「何が?」
彼女:「自分の夫のことを人に言う場合に、うちのお父さんが」
私 :「そう、パパがなんていう女もね」
彼女:「私、言っちゃうのよ。アラッあなたのお父さんだったの?って」
私 :「ハハハハハ。でもそうなのよねえ、教養なき聞き苦しい言葉の氾濫よ、巷は」
 
ほかの、我が教養ある友人は、ご自分の夫君のことを、例えば
「ウチの鈴木(仮名)が」とか「タロウ(仮名)」がって、名前を言うのよ。
とってもきちんとしたしつけを親御さんから受けてらしたって、思ったもの。
ここでは、立場じゃなく個人がいるということね。べチャーっとした関係は見ら
れない。いまでも仲良しこよしのご夫婦で、お子さんご一家ともい~い関係を構
築よ。前にも書いたけれど、彼女は私の仕事上の先輩だった人。そして、そうだ
ったわ、キョウコサンのお姉さまと同じ美大卒。なぜかつながる関係よ。

キョウコサンの下のお嬢さんは幼稚園の先生。幼稚園児を見てれば親のしつけが
浮き出てくる。
当たり前のことだけど、その差がひどすぎるのですって。地域による差もありって。
いわゆるハイソサエティの地にある幼稚園では、家庭での子ども達のしつけもきち
んとしてる。もう、親の姿そのものよ、だそう。
けれども、ハイソの女達がやってくれる人を見下す言動。

私 :「ああ、やっぱりあるのね、この辺も」
彼女:「そう、凄いわよ。いやらしいたらありゃあしない人種が住んでるのよ」
私 :「フ~~ン、私が思うには、自分に自信のない人間がそういう風になるん
   じゃない?ちゃんと考えて、自己の確立が出来てる人間はそうはならない
   はずだから、私は、そんな人は数に入れないし、バ~カってなものよ」
彼女:「なるほどねえ」
私 :「でしょ?でも、女も社会にって、戦後の教育の弊害はひど過ぎる。
   大部分のフェミニズム、ウーマンリブ活動を声高にしてきた女達は、幼い頃
   あるいは思春期に、そう、人格形成期に女の子として人として、心がドクド
   クと血を流すような経験をしてきたって、私はみるのよ。身近な人に傷つけ
   られた。
   そこに平等を!って、心地いい言葉が後押しをしたんじゃないかってね。
   そうすると、彼女達の行動が良くわかる。でも、賛同は出来ない胡散臭さが
   ぬぐいきれないもの、それは個人の恨みの吐き出しでしかないって。
   そして、、そういう心に傷を持つ女達が「そうだそうだ!!!」ってね。
   恨みつらみを抱える男達も、そこに連なる。可哀想だけど、いや~~ねぇよ
   私には。なんか厭なのよね、人を巻き込もうとするその根性が。心のどこか
   で、意気地なし!って思う部分があるの。ちゃんと向き合いなさいって。
   親子の関係にケリをつけなさい!それができてから社会運動でしょうが!っ
   てね」

子育てを甘くみて、軽んじてるから、その時々の、2度と見られない子どもの
決定的嬉しい瞬間、変化に立ち会うこともしない。要するにいいとこ取りをしたい
あさましい親、女達なのよね。だから、堀エモン?そういう人間に踊らされる、
数えられるものにしか関心がない。
最近悲しいばっかりよ。子ども達が大人の犠牲になってる。

彼女:「ねえ、今や、きちんとお料理をする親達が減少してるって知ってる?」
私 :「ええ、らしいわね。包丁・まな板がない家庭まであるらしいものねえ」
彼女:「そして、弧食じゃなく勝手食なんて有様らしいわよ」
私 :「そんな人たちを生み出した団塊の世代がいよいよ年金を食いつぶす集団に
    なるのよ。お~~怖(こわ)!なんせ、恥じということを知らない。教育
    にはお金をふんだんにかけてもお行儀は教えない。女の子はひざ頭を離さ
    ない、下着は他人の目に触れないように干す。
    こんなことが大事なのにねえ。言葉遣いに親は神経をとがらさなきゃいけ
    ないのによ。言葉が乱れると生活も乱れるのよ。
    社会に出る我が子が恥をかかないように、愛される人になるようにってね。
    才能なんて、あれば勝手に出てくるものだから、ね?
    それでさあ、私、聞きたくないセリフ、バツ一。
    バツ一なんて平気で言うばか者恥知らず。己が愚かしさを隠そうともしない。
    子どもがいなきゃお好きにどうぞ、だけど、子どもがいたら、その子が受け
    た心の傷は一生治らないと言うことを知らなきゃいけないのよ。
    離婚に至る期間の両親の喧嘩。それがどれほど子どもの心を傷つけたか。
    どんな理由もいいわけも、その子の助けにはならないって事をね。子ども
    は自分の非力・無力さを悲しんだはずよ。親の離婚を食い止められなかっ
    た自分も呪ったり」
彼女:「そうよねえ」

話は尽きずだけど、お暇(いとま)する時間になって、

私 :「楽しかったわ。また会いましょうね」
彼女:「先生を囲む会の地図、FAXしてね」

駅まで送ってもらって、名残惜しかったけど、さようなら~~。

うちに帰ってから、同期会のFAX送信。お礼も書いて。
そうしたら、キョウコサンからの返信に、
”駅で見た時魔女かと思った。でも、本当に魔女かもしれない。だって、
私の母と会い、その1週間後にはもう、おしゃべりしてるのですもの。母に
電話をしたら驚いてました”

それで思い出したのが、30才あたりだったかなぁ、友人(女)の男友達達が、
私のことを”魔女”って言ってた事を。
フフフ面白いじゃない。う~ん、なんで私は魔女じゃないのかしら?なんて、
お掃除やお台所の後片付け時に言ってたものよ。そう、奥様は魔女のサマンサ
みたいにね。でも、私って、もしかしたら魔女かもしれないわね、ホントは。
記憶にない(しない)本日の我がいでたち。帽子から靴まで黒尽くめだったから?
ええ、帽子の下は、黒い絹のスカーフが顔を大きく隠していたし。彼女を確認
してから、濃い黒のサングラスをはずしたけれど、彼女はすでに私を見てたの
かも知れないわね。

よかったわ、その辺のオバサンなんかに見られなくて。
いくつになってもミステリアス。これがなくなったらおしまいです。
これから、彼女とのお付き合いが再開されそうです。
手話のお勉強を始めるキョウコサンへ、大きな拍手を送ります。
そうそう、向かい合って、彼女のおうちでお話してて、
「ねえ、ずっと感じてたんだけど、岸恵子に似てる。言われたことない?」
「あるのよ」
岸恵子みたいな大きな口はしてないわ。なんともいえない顔の表情と作り。
自信に満ちた、人生の辛酸の何がしかを上手に乗り越えてきた大人の雰囲気。
美しい女性と、楽しい時間を過ごしてきた魔女(?)でした。