こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

2015年3月8日 日曜日 小雨・7℃ 冷たい空気に包まれた朝

2015-03-08 10:05:21 | 音楽帳

天気予報の方が”ここから不安定な天候が続く時期に入りますので”。
そう言うのを聞いたのは、先々週くらい。
もう何十回もこの時期を迎えている。それでも、初めて知ったような聞こえ方をした。

三寒四温、と昔の方が命名したことにはいつもなるほどと思う。
予報の方の言葉も含めると、春めいたり冬に戻ったり、降ったり晴れたり、ここいらの陽気に納得する。

カーンという垂直に立った空気、蒼い空・澄んだ視界の冬の日も、もう訪れない。
ひたすら毎日喜んで、凍てつく空気の中にすすんで分け入っていった日は、もうない。

と言っても、どんな日も歩く。
秋冬は好きだが、にんげん界の春はどうにも。嫌悪感がずっと去らず。
不快な類の人の群がり・狂騒する声が聞こえると、その場を回避し立ち去る。

そうして、冬越えをした草木・生き物たちの生命感のほうに眼をフォーカスする。
どんなことがあっても、花が春を迎えて咲く。そのさま。

歩いてさまざまなものと出会うことが愉しくてしかたがない。
意味や目的も何もない。それが愉しいのだ。

昨日、元旦以来の実家に行き、親が元気な姿を確認し安堵する。
そのいっぽうで、世界はとてつもない。

神保町界隈などをうろつくたびに、つい読まねばと思う本を買ってしまう。
追加追加がなされ、数冊並行で本を読むことになり、なかなかそれぞれが読み終わらない。

やっと辺見庸さん「絶望という抵抗」、適菜収さん「バカを治す」を読了。森山大道さん・吉本隆明・三島さん・ゲーテなどが同時進行状態。

もっと好きで楽しい本を読めよ、と言う心もあるが、どうもこういった本に傾いてしまう。
それは自分と周囲の世界への不安。その源を知りたい。それと、兄への幼少以来のコンプレックスが根底にある。
とうの昔に分析された問題。

永遠に超えられない兄という存在への抗いであり、たとえ本など読んだところでバカは治せず・超越不可能なことも分かり切っている。
それでも諦め得ない抵抗。実にバカバカしい永遠に辿り付かない抵抗。

夜明けに目覚めてしまい、音楽を聴いていた。

■坂本龍一 「Water’s Edge・君と僕と彼女のこと」1994■

彼女は約束をした 夏が来たら暮らすことを
ボクは仕事を変えた かせぐために
昼も夜も働き
君には打ち明けたはずだと 信じ続けていた

寒い朝
突然に 彼女は消えた
ボクたちは もう何もさがさないだろう
それぞれに街を去り 会うのをやめた
三人の週末は、色を無くす

彼女はいつもの通り その日のすべてを話した
君に会っていたことも 知っていた
ボクはデキた奴じゃない
君を殴り飛ばし 友情を笑えば良かったのか?

ボクたちは10年後 「あの頃」のように
波を受け 風を切り 海原を行く
それぞれの家族をむかえ
輝いた航跡を・・・振り返らない











コメント
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