goo

METライブビューイング「エフゲニ・オネーギン」を観て――これは「新しい音楽が生まれる軋み」なのか「勘違いの駄演」なのか

2017年05月24日 17時50分33秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 先日、東京・東銀座の「東劇」で「METライブビューイング」の新作、チャイコフスキー『エフゲニ・オネーギン』を観た。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で4月22日に公演されたばかりのもので、キャスト・スタッフは以下のとおり。

 

オネーギン:ペーター・マッティ

タチヤーナ:アンナ・ネトレプコ

レンスキー:アレクセイ・ドルゴフ

オリガ:エレーナ・マクシモア ほか

  ~~~~~~~~

指揮/ロビン・ティチアーティ

演出/デボラ・ワーナー

 

 オネーギン役が、当初に予定していたホヴォロストフスキーから、この役を歌い込んでいることで知られるペーター・マッティに交代しての上演だったが、メトでは初となるネトレプコのタチヤーナが、ひときわ話題になった公演である。ネトレプコは確か2年ほど前から、この役に取り組んでいたと思うが、私は初めて聴いた。指揮は若手のティチアーティで、最近、グラインドボーンの指揮者に就任したという。

 公演の仕上がりとしては、演出も、舞台装置、衣装もそれなりにオーソドックスでまずまずのものだが、私としては、愛蔵盤レーザー・ディスクのシカゴ・リリック・オペラの1984年の記録の壮麗な舞台に及ぶものではないと感じた。そして、肝心の、音楽の仕上がりに、今回のメトの公演には、大いに疑問が生まれた。

 もともと私は、前述のシカゴ・リリック・オペラにおけるフレーニ、ドヴォルスキー、ギャーロウというベストと言ってよいキャストを得てバルトレッティの指揮する音楽が、このチャイコフスキーの特異なオペラ世界を見事に伝えてくれていると思っていたので、少々、勝手が違った、というのが正直なところだ。

 私は、『エフゲニ・オネーギン』は、オペラ作家としてのチャイコフスキーにとって、いわば、習作というか、試作品の類だと思っているのだ。すなわち、チャイコフスキーの〈本格的なオペラづくり〉は、これに続く『オルレアンの少女』を経て『スペードの女王』で開花し、次の『イオランタ』で、完全にチャイコフスキー流のオペラ書法が完成した、ということだ。それは、ちょうどバレエ音楽が『白鳥の湖』ではパリ伝統のバレエ音楽の書法からかなり逸脱した奇形さをともなっていたのに対して、『くるみ割り人形』や『眠れる森の美女』では、ずっとバレエ音楽の書法がこなれてきたのに似ている。チャイコフスキーは、オペラもバレエも、最初は劇音楽としては奇異なくらいに変則的な、シンフォニックな音楽として書き始めている。

 じじつ、チャイコフスキー自身も、『エフゲニ・オネーギン』を「オペラ」と呼ぶことに疑問を感じたのか、「叙情的シーン(場面/情景)」と名付けている。このオペラを観る者は、このことを忘れてはならない。

 バルトレッティの指揮するオーケストラの響きを聴いてみて欲しい。そこでは旋律がこだまのように響き合い、歌手たちのアンサンブルが溶け合っている。この対話の多いオペラが、声とオーケストラの響き全体の中から生まれ出てくることが、第一幕冒頭のタチヤーナとオルガの対話、夫人と乳母の対話から、すぐに、「それ」と伝わってくる。だから、各幕がそれぞれ、ひとつながりの抒情詩のようにしみ込んでいるチャイコフスキー音楽の特徴が生きてくるのだ。

 こうした演奏スタイルは、おそらく、それなりの歴史を持っているはずだ。1958年にヴィシネフスカヤをヒロインに得て巨匠ボリス・ハイキン指揮ボリショイ歌劇場管で録音されたものは、私自身はもう50年近く昔に抜粋版のメロディアのLPレコードで聴いたのが最初だが、レーザー時代の到来で、「オペラ映画版」で全曲を手に入れたのは、ずいぶん後のことだった。そして、同じ時期には、名盤として名高いショルティ指揮コヴェントガーデン歌劇場の録音も、同様に音源の転用による映画版が発売されている。シカゴ・リリック・オペラのものは、初の公演ライブ収録版だったと思う。だが、いずれの演奏も、私が指摘する特徴を、大なり小なりとも持っている。おそらく、それが、この曲(オペラ)演奏のコンセンサスだったと思う。つまり、「わかっている人」は、皆、そうしていた――のではないだろうか? 念のため、1988年のトモワ・シントウが歌うエミール・チャカロフ指揮ソフィア音楽祭の録音も引っぱり出したが、いささか乱暴ではあっても、傾向は同じだ。

 だから、私の知る限り、今回のメトの音楽づくりは、かなり異質なものだと言ってよい。それが、率直な感想である。

 当日の私のメモには、こんな言葉が踊っている。

――それぞれの歌声が溶け合わず、それぞれの個人のキャラが立っている

――チャイコフスキーの、この曲の特徴が生かされていない

――グランド・オペラに近づけてしまった?

――グランド・オペラ風な転換にはムリがある

――1幕2場のネトレプコの絶唱は凄いが、シンフォニックなつながりが途絶える

――指揮者が、個人プレイの歌手たちを御し切れていないのか?

 じつを言うと、このメモ断片の終わりの2行あたりから解き明かしていこうと、昨日の夕刻までは考えていたのだ。だが、「ひょっとすると、これは、あたらしい『エフゲニ・オネーギン』が生まれるための軋みなのかもしれない」と思うようになったのは、ベテランのマッティが幕間のインタビューで洩らしたひと言が気になっていたからだ。このオネーギン役を何度もこなして当たり役としているマッティが、代役に刈りだされて初めて組んだネトレプコのことを、「彼女がグイグイ押してくるので、自分の音楽が変わった」というようなことを言っていたのだ。

 だから、一晩の間に私のなかに大きな「?」が育ってしまったのだ。

 このチェイコフスキーの〈習作〉〈試験的作品〉であるはずの『エフゲニ・オネーギン』から、その底に眠っているものを抉り出そうと、ネトレプコや若い指揮者がチャレンジしていると見るか、あるいは、わかっていない歌手のわがままと、それを抑え切れなかった未熟な指揮者とによる破綻と見るか、ということだ。

 これは、この音楽の最近の演奏をたくさん探し出すと同時に、おそらく来年になってから「WOWOU」でオンエアされるはずの今年のメト公演を、何度も鑑賞して確かめるしかあるまい。

 

 (じつは、先日「WOWOW」で再放送された『メリー・ウィドウ』を見て、最初の印象とかなり違っていることに気付いて、ちょっと反省し、弱気になったことが関係している。これについては、いずれ、別の機会に。何はともあれ、私は、やはり、「繰り返し視聴」の〈音盤派〉なのだと、そして、「聞き比べ」の〈推敲派〉なのだと思い知った。第一印象だけに頼ってはいけないのだ。)

 

 

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

このごろ思っていること。「METライブビューイング」のこと、「映像オペラ鑑賞会」のことなど。

2017年05月23日 15時04分34秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 この「竹内貴久雄の音楽室」でも、数年前から時折、「METライブビューイング」を話題にしているが、じつは、3,4年ほど前に映画評論をしている友人に声を掛けてもらって以来、ほぼ毎回、観るようになっている。「METライブビューイング」とは、ご承知のように、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の公演を映像収録して、いち早く全世界いたるところの映画館の大スクリーンで鑑賞するという主旨のもので、私自身の「鑑賞日記」としても意味のあることだと思っていたから、最初の内は何とか時間をつくってこの欄にも載せるようにしていた。だが、『唱歌・童謡120の真実』の執筆に気をとられて中々はかどらないまま、いつの間にか、書きたかったことのメモばかり、もう10本以上も溜まってしまった。

 ひとつには、なるべくなら推敲に推敲を重ねてから公けにしたいという生来の編集者癖から、かんたんにブログにUPできないということもあるが、「演奏史」「音盤史」の視点を明確にしたいという欲求が出てきて、手間のかかる方向にはまり込んでしまったのが一番の理由だ。その日に聴いたものをアップデートで感想として書くことを躊躇するのは、「音楽文化史家」などと名乗ってしまったからでもあるが、実際、どれを聴いても(観ても)、目の前の演奏(公演)に至る歴史のプロセスが見え隠れしてしまって、熟考してから発言したいと思うようになったことも事実なのだ。もう20年以上前に出版した『コレクターの快楽――クラシック愛蔵盤ファイル』(洋泉社)の「はしがき」で、様々の同曲異演が「点から線になり、面が見えてきた」と書いていることが、ますます実感となってきている。

 じつは、昨年から、知人を介して知った「オペラ映像」の鑑賞サークルで、年に4回ほど、解説をするようになった。月に一度の会に150人ほどが参集する本格的な団体で、登録会員は200名近いという。そこで配布する「手引き」も執筆しているが、必ず「音盤史」を掲載することにしている。これまでにラヴェル『スペインの時』『こどもと魔法』、ウエーバー『魔弾の射手』、ヤナーチェク『イェーファ』などを鑑賞したが、今後の予定は、『サムソンとデリラ』(サン=サーンス)、『ファウスト』(グノー)、『ラ・ボエーム』(プッチーニ)、『愛の妙薬』(ドニゼッティ)、『ノルマ』(ベルリーニ)、『ワルキューレ』(ワーグナー)と続く予定。3ヶ月に一度くらいのペースだが、もう下調べを始めている。既に終了した分については、当ブログへの掲載も考えているし、それを中心に、「ライブビューイング」の短評も交えて、また1冊、まとめたいと思っている。もっとも、その前に、ヤマハミュージックメディア(4月から「ヤマハミュージックホールディングス」だったかに社名が変わったらしいが)さんと、私がライフワークと決めた「日本人の西洋音楽受容史」三部作の2冊目(1冊目は『ギターと出会った日本人たち』として既刊)を来年春までに完成させるとお約束しているので、もちろん、それが終わってからになるが、少しずつ、オペラの音盤史を書き溜めて行きたいと思っている。

 きょう、こんなことを話題にしているのは、昨晩もライブビューイングで『エフゲニ・オネーギン』を観たからなのだ。増え続けるメモを前にして、これは何とかしなければ、と決心した次第。こうして公けにすれば書き始めるだろう、と自分の怠け心を叱咤激励するつもりでの公言である。黙って書きはじめれば良いものを、こんな風に敢えて書くのも、編集者時代からの「自註癖」。ご寛容いただきたい。

 ――さて、本日は、ここまで。明日はまず、『エフゲニ・オネーギン』。音盤史としては、1958年のボリス・ハイキン指揮ボリショイ劇場、ヴィシネフスカヤの名唱、1974年のショルティ/コヴェントガーデンあたりから。久しぶりにひっぱり出したのは、夕べ帰宅した深夜。それは、昨晩のメトに感動したから? 不満だったから? それは明日、お伝えする。一晩、熟考。

 

 

 

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

福原彰美の真価が眩しく光ったシューマン『ピアノ四重奏曲』――ハイフェッツ門下の巨匠たちとの共演で――

2016年10月11日 15時27分50秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 

 

 一昨日、10月9日、連休中の日曜日に横浜・山手ゲーテ座ホールで行われた「第2回・樅楓舎コンサートシリーズ」を聴いた。ピアニストの福原彰美が参加するということで誘われてのもので、演奏者はヴァイオリンがピエール・アモイヤル、ヴィオラがポール・ローゼンタール、チェロがナサニエル・ローゼンという錚々たる顔ぶれに、若い福原が加わってのシューマンの傑作『ピアノ四重奏曲 変ホ長調 作品47』がメインのプログラム。これに先立って、ナサニエル・ローゼンがバッハ『無伴奏チェロ組曲 第3番』を、ポール・ローゼンタールがバッハ『無伴奏ヴァイオリン・パルティータ』から「シャコンヌ」と、ヘンデル(ハルヴォルセン編)『パッサカリア』を披露するというコンサートである。

 ご存知の方もあるかと思うが、アモイヤル、ローゼンタール、ローゼンの三人はいずれも南カリフォルニア大学で数年間、大ヴァイオリニストのヤッシャ・ハイフェッツに学んだということで、言わば同門の同窓会のようなくつろいだ雰囲気のなかで行われたコンサートに、孫娘が呼ばれて一緒に演奏するといった趣きがあった、と書くと誤解されてしまうだろうか? 久しぶりに、インティメートな暖かさが漂う幸福な音楽を味わう時間が、ゆったりと流れていった。

 しかし、誤解は解かねばならない。シューマンの四重奏曲は、すばらしい演奏だったが、何よりも私が驚嘆したのは、福原のピアノが、ともすれば四人がそれぞれの思いで熱っぽく語り出してしまうこの曲を、第1楽章冒頭から、しっかりとまとめ上げていたことだ。この曲ではピアノがことさらにペースメーカーであることは、古くはリヒテル盤やグールド盤でも証明されているが、アモイヤルと目を合わせて最初の一音を発する決然とした福原の表情が、すべてを物語っていた。数年前、福原からのメールでサンフランシスコ交響楽団の「室内楽シリーズ」にソリストとして参加したことを知った際に、現地の新聞のコンサート評が「小柄で可憐な女性としか見えなかったフクハラが、音楽が開始されると、大の男たちを自分のペースに引き付けてしまった」というような表現で好評価を与えていたと記憶しているが、そのことを思い出しながら、私は、この夜の類まれな、といってよい名演に酔いしれていた。共演者が優れた演奏を繰り広げるときの、福原の集中度、音楽への没入の深さには、並外れたものを感じる。室内楽奏者としての福原の資質、なかなかのものだと改めて思った。鳴り止まない拍手の末、アンコールで再度「四重奏曲」の第3楽章「アンダンテ・カンタービレ」が演奏されたが、思わず涙腺が緩んでしまうのを、私は禁じえなかった。

 

          *

 

 さて、ここまで書いて、私は、数ヶ月前に書きかけたままで放置してしまった文章を引きずり出さなければならない。じつは、今年の5月に行われた福原のリサイタルについての「感想」をブログにUPすると約束したまま、果たせないでいたのだ。その書きかけで放置した文章とは、下記のものである。

 

          *

 

先日、5月25日に「福原彰美ピアノリサイタル 2016」を聴きに行った。東京墨田区の「すみだトリフォニー小ホール」、15歳で単身渡米しサンフランシスコ音楽大学で研鑽を積んだ後、ジュリアード音楽院に進み、さらに思うところあって再度サンフランシスコに居を戻し、ニューヨークとサンフランシスコの双方を拠点にしていた福原が、ほぼ年一回、帰国して行っていた自主リサイタルである。

今回のリサイタルに際して福原が付けたタイトルが「ピアノに込めた想い~たくさんのありがとう」だと聞いて、少々の違和感を覚えたのは私だけだろうか? あたかも、引退を決意したピアニストのファイナル・リサイタルのようではないか? だが、じつはそうではない。これは、福原の新たな決意の表明だったようだ。思えば15歳で単身渡米する直前のリサイタルの記録である福原の最初のソロアルバムCDから、もう15年の歳月が流れている。福原は今、折り返し地点に立っているのだ。仄聞するところによれば、これからしばらくは日本での活動にウエイトを高めることになるようで、日本でのマネージメント事務所を決めたのも昨年のことだった。

福原自身も認めていることのようだが、いくつかの偶然が重なり合ってチェロのクリスティーナ・ワレフスカとの共演が実現してからの福原の音楽は、じわじわと変貌していった。私は、彼女のピアノに注目したのがワレフスカとの2010年の共演からだが、その時の彼女の、ぴったりとチェロに随いていくピアノのみずみずしい響きが、豊かで幅のある音楽を獲得していく過程を、ずっと追ってきたつもりだ。――

 

          *

 

 ――この先が書けなくなってしまい、放置してしまったものだ。

 何度か書いてきたことだが、私は、演奏家について書くということを対外的にしてきている以上、それぞれの演奏家やその周辺の人との個人的な接触を殊更に避けることを原則としてきた。いろいろお声を掛けられても、演奏後に楽屋を訪ねたりもしないで帰ってしまう失礼を多くの方にしているが、それを破ったのはギターの山下和仁と、この福原彰美だけだと言っていい。父親が舞踊家だった私が、子供のころから、舞台袖や楽屋の持っている独特の緊張感や孤独感に過敏すぎるのかも知れないが、個人的なお付き合いが筆鋒の自由さを失ってしまうことへの畏れもあると思う。

 じつは、このときも、数年前に福原を陰で支え続けているお母上が、ワレフスカとの共演を収めたCDを聴きながら「あの子が、こんなふうにピアノを弾くようになったなんて」と洩らされていたことを、ふと思い出して、思うところがあったからだ。

 さて、今回のシューマン「四重奏曲」に誘われたときには、私は福原に、以下のメールを送っている。

 

このあいだのリサイタルのこと、

何か書こうと思いながら、果たせませんでした。

ごめんなさい。

以前から気になっていた、あることが、

どうしても私のなかで解決つかず、

書きあぐねてしまいました。

じつは、最近の貴方のピアノから、

辺りのかすかな気配や、

ふと聞こえてくる小さな音の色合いの変化とでもいった、

あなただけが持ちえた美しいものが陰を潜めて、

堂々とした、恰幅のいい音楽に向かっているように感じていることを、

手放しでよろこべないでいるのです。

ですから、今度の、

室内楽でのあなたの演奏がたのしみなのです。

聴き合うこと、奏で合うこと、

その一期一会のなかで、あなたの音楽の感性が、

自在に響くことを期待しています。

音楽は、孤独なものではないはずです。

聴き合い、響き合ってこそ、

高く飛翔していくのだと思っていますし、

その相手は、高く、遠く、はるか彼方にあってこそ、

美しい時を生むのだと思っています。

抽象的な物言いで、申し訳ありません。

 

           *

 

 ことほど左様に、私は、個人的な付き合いに踏み込んでしまうと、「音楽評論」が停止してしまうのだ。とは言え、こんなことを公けにしてしまうというのも、何やら――である。願わくは、ご笑覧いただきたい。

 ただ、私が最近感じている「疑問」とは、おそらく、このところの福原のソリストとしての立ち位置が、どこかひとり合点というか、誰にも相談しないで進めてしまう、というか、何かしらの不自由さに入り込んでしまったように感じているということだと思っている。福原が最近、もうひとつ、私に言ってきたことに、何人かの恩師のひとり(そして、とても大切にしていた恩師)故・松岡三恵氏の演奏を収めたCDが、関係者の尽力でやっと制作されたのだが、それを聴いていていろいろ思うことがあったということだった。ジュリアードでの指導法に疑問を感じていたようだったのが一昨年あたりだったし、だからこそのサンフランシスコへの復学だったのだろうし、福原は、改めて自身の軸線を立て直そうとしているのかも知れない。

 ただ、間違いなく私が確信していることは、福原彰美というピアニストは、いよいよ、大きな音楽を掴みかけている、ということである。またしばらくは、目が離せない。

 

 

 

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

METライブビューイング2015-16第6作プッチーニ「トゥーランドット」を観て。(音盤派のオペラ鑑賞記)

2016年03月03日 17時04分05秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 先日、東京・東銀座の東劇で、METライブビューイング2015-16の第6作、プッチーニの『トゥーランドット』を観てきた。1月30日にニューヨークのメトロポリタン歌劇場で上演されたばかりのものの収録で、キャスト、スタッフは以下のとおり。この半年ほど、縁あって『トゥーランドット』を映像で観る機会が重なっていたので、ことさらに思う事も多々あったので、それらをいくつかを書き連ねてみよう。

 

指揮:パオロ・カリニャーニ
演出:フランコ・ゼフィレッリ
振付:チン・チャン

 

トゥーランドット:ニーナ・ステンメ(ソプラノ)
カラフ:マルコ・ベルティ(テノール)
リュー:アニータ・ハーティッグ(ソプラノ)
ティムール:アレクサンダー・ツィムバリュク(バスバリトン)

 

 スタッフ一覧を見てお気づきの方も多いと思うが、これは、世界に冠たるメトロポリタン歌劇場が1987年から上演しているゼフィレッリ演出の伝統の舞台である。すでに過去に発売されたDVDで幾度も鑑賞している人も多い。実際、私が観た日にも、客席のあちらこちらで、その話が交わされているのが聞こえてきた。この演出の舞台装置の豪華さがよく話題になるが、私は、この演出の最大の成果は、チン・チャンの振付による「京劇」の舞台を思わせるような、あるいは、時として、中国曲舞団を思い出させるような舞踏場面的演出を、全体にふんだんに取り込んだことだと思っている。
 ゼフィレッリが残したこの演出のもうひとりの功労者である振付師チャン・チン氏が、今回のライブビューイングの幕間インタビューに登場したので、思わず見入ってしまった。もう70歳になったという彼女は、ゼフィレッリから突然依頼を受けたときのことを、淡々と語っていたが、その言葉の端ばしから、この二人が、ある芸術的必然で結ばれていたのだということが感じられた。ゼフィレッリにとって、あの第一幕の、途方もない大群集の大合唱の中から、リューとティムールが忽然と浮き出てくる瞬間を支える視覚的処理と音楽的処理を両立させるものとして、かつて観た中国の音楽劇の要素を取り入れる事は、絶対的な条件だったのだと思う。そして、有名な第2幕第2場の、まばゆいばかりの宮殿の場面。ライトが一斉に点いて大歓声が客席から漏れるお決まりの瞬間。これが、伝統的演出の、伝統たる所以である。

 

▲メトロポリタン初演の1987年から22年後、2009年のメト公演を収録したBD。指揮はネルソンスに代わっているが、基本の演出はゼフィレッリのもの。この演出が、レヴァイン指揮で残されている1987年映像から進化を遂げて、完成の域に達したことが伝わってくる舞台だ。

 

 だが、せっかくの伝統に水を差すようだが、もうそろそろメトも、この、ある意味で「完成された」ゼフィレッリ演出を超える手立てを考えなくてはならないだろう、と思ったのは、おそらく私だけではないだろう。

 数ヶ月前だったと思うが、NHK-BS放送の深夜枠で、2015年ブレゲンツ音楽祭の『トゥーランドット』を放送していたが、その演出、衣装、舞台上での人物の配置や動きを、新鮮な驚きを持って観た。たまたま、その数週間前だったと思うが、ズービン・メータが北京の「紫禁城」を舞台に見立てて行なったフィレンツェ五月音楽祭の引越し公演DVDを観る機会があったので、なおさらだった。ブレゲンツの「湖上舞台」での幻想的な上演の印象が消えないまま、その後、今度は、人に勧められて2001年ミラノ・スカラ座の『トゥーランドット』まで観てしまった。プレートル指揮、浅利慶太演出版だ。メータもプレートルどちらも、どうにも消化不良だったのは、音楽的にもさることながら、加えて演出のやりきれない陳腐さだ。浅利演出には、同じスカラ座での『蝶々夫人』の舞台のような潔い鋭さがなくて、何か中国的な要素への媚のごときものまで感じてしまった。その点、ブレゲンツの演出は中々のものだった。
 ある意味で、ゼフィレッリ演出は、不動のスタンダードという地位を得たのだと思う。だがそれは、いずれ、それを受け継いだ者たち自らが、乗り越えなければならないのだ。数年後のメトでの『トゥーランドット』新演出の登場を期待しよう。

       *

 ――と、演出のこと、舞台のことはさておき、今期のメトの『トゥーランドット』の音楽上のことについて。
 今期メト版『トゥーランドット』の最良の収穫は、なんといっても二人のソプラノの素晴らしさだ。まず、アニータ・ハーティッグのリュー。これは、ほんとに美しく儚[はかな]げな魅力があふれ出ていた。一途さがいたいたしいほどのか細い顔から、芯のある伸びのある声でメトの大合唱から抜け出てくる。そして、「お聞きください、王子様」の名唱――。圧巻は第三幕、リューの死に至る「氷のような姫君の心も」だ。思えば、稀代のオペラ作家プッチーニもまた、この名旋律を書いたところで息絶えたのだと思った瞬間、不覚にも涙腺が緩んでしまった。これまでに私が見、聴いた最も美しいリューの歌声だ。これだけでも、今年度の『トゥーランドット』は価値がある。
 そして、ニーナ・ステンメのトゥーランドット姫。このワーグナー作品で何度か聴いたソプラノは、この姫役に、新たな魅力をかもし出した。もともと、プッチーニの革新的な作品の極めて個性的な役柄であるこの役には、イタリアオペラにはめずらしく、ドラマチックなワーグナー歌手が合うとしばしば言われるが、今回のステンメは、それだけにとどまらず、終盤では、氷のような心の溶け出した後の屈折した心情の裏に隠れた乙女の恥じらいをも、表現し得ていた。この落差は、プッチーニが書いた音楽上の書法にも合致している。演技としての表情やしぐさだけでなく、第2幕と第3幕との音楽的な大きな違いが、くっきりと歌い分けられているのだ。
 これほどの二人の歌唱だからこそ、惜しいのがカリニャーニの指揮する全体のサウンドの平板さだ。じつは、このところヨーロッパ各地の歌劇場にしばしば登場しているというこの人、先に触れたブレゲンツ音楽祭の公演でも、ウィーン交響楽団とプラハ歌劇場合唱団を振っている。その時から感じていたことだが、カリニャーニの指揮には、いかにもイタリアオペラといった押し出しの良さはあるが、こまやかさが欠けている。分厚い絵の具を塗りたくったような響きで絢爛たる音の洪水となっているのだが、それらが細心の注意深さできめ細かく配置されている様子が、丁寧に扱われていないのだ。
 こうしたアプローチならば、音盤派の私としては、1955年録音のアルベルト・エレーデ指揮サンタ・チェチーリア音楽院管弦楽団盤(英デッカ=ロンドン)を越えたものはない、と思っている。エレーデのメロディアスなオーケストラ・コントロールは超一流だし、何しろリヒャルト・シュトラウスの『サロメ』『エレクトラ』で名高いインゲ・ボルクのトゥーランドットにテバルディのリュー。とにかくよく通る声のデル・モナコのカラフと、歌手陣にも文句がないという決定盤である。

 

 ←エレーデ盤


 これを「いや、ちょっと待てよ」と思わせてくれたのが1981年のカラヤン盤だ。そして、その方向に向かって決定的に、このプッチーニ最後のオペラのイメージを修正させられたのが、マゼール指揮の1983年~84年シーズンのウィーン国立歌劇場プレミエ公演の記録である。これはCDもLD(その後DVD)も発売された。


 ←カラヤン盤

 ←マゼール盤

 

 マゼール盤の凄さは、プッチーニの『トゥーランドット』が、まぎれもない20世紀の作品であることを実感できるところにある。この作品が生まれた1924年、日本は大正から昭和に変わる時期。既に第一次世界大戦は収束し、翌1925年にドイツではアルバン・ベルクの革新的なオペラ『ヴォツェック』が初演される。プッチーニはこうした時代の流れの中、先行するワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の和声に刺激を受け、更に、ドビュッシーの『ペレアスとメリザンド』の書法に嫉妬していたと言われている。そうした、かつての時代のイタリアオペラの限界を感じながら一作一作を慎重に書き続けていたプッチーニが、最後に目指した新しいサウンド実験が随所に刻まれていることを、マゼールの棒はつぶさに引き出している。これは、マゼール盤と同じくエヴァ・マルトンがタイトルロールを歌ったレヴァイン指揮の1987年メト盤DVDでは、やはり食い足りない。
 せっかく、ニーナ・ステンメとアニータ・ハーティッグという逸材を組み合わせて起用し成功しているメトなのだから、今度はもっと才能ある若い指揮者と演出家を大抜擢して、新しい世界を見せてくれることを期待している。

 

  

 

▲1987年にメトロポリタン歌劇場で行なわれたレヴァイン指揮によるぜフィレッリ演出のDVD。同演出初登場の年の公演。今年の公演は、2009年版に限りなく近く、この演出バージョンが年月を重ねて進化したのだということが実感できる。

 

【付記】(2016.3.23)

ハーティッグに夢中になったあまりに、マゼール盤でのリュー役のリチャレッリのことをないがしろにしてしまった。彼女のリューは、映像を離れて声を聴くだけでも、その儚げな美しさが伝わってくる名唱。か細い声の使い方が、とにかくうまい!彼女をその2年前の録音でトゥーランドット役に起用しているカラヤンは、間違っている! 何を考えていたのか、と思ってしまう。エヴァ・マルトンのタイトルロールと言い、配役は、完全にマゼールの勝ち!

 

 

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

METライブビューイング2015-16のビゼー『真珠採り』は、新たなスタンダード!(音盤派のオペラ鑑賞記)

2016年02月12日 15時03分29秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 先日、東京・東銀座の東劇で「METライブビューイング2015-2016」のビゼー『真珠採り』を観てきた。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場でエンリコ・カルーソーがナディール役を歌って以来、新演出での100年ぶりメト再演だという。その初日、1月16日の公演を収録したものを、わずか2、3週間後、東京に居ながらにして字幕スーパー付きで観ることができるのだからありがたい。キャスト、スタッフは以下のとおり。

 

レイラ:ディアナ・ダムロウ(ソプラノ)
ナディール:マシュー・ポレンザーニ(テノール)
ズルガ:マリウシュ・クヴィエチェン(バリトン)
高僧ヌーラバット:ニコラ・テステ(バスバリトン)

(指揮)ジャナンドレア・ノセダ
(演出)ペニー・ウールコック

 

 オペラ『真珠採り』はビゼーの若書き、25歳の作品だが、美しく魅惑的な旋律と、異国趣味あふれる力強いエネルギーに満ちた傑作だと20年くらい前には思うようになったが、決して広く親しまれている作品ではないと思う。だが、そうは言っても、メトで100年ぶり、というのも極端な話だ。音盤派の私の感覚では、少なくともフランスに於いては相当に人気があるようで、モノラル時代のクリュイタンス指揮パリ・オペラコミーク盤から、フルネ盤、デルヴォー盤といった具合でフランス系の録音だけは目白押し。デルヴォー盤が特に人気が高く、LPレコード時代にはフランスでも何度も、パッケージ・デザインを変えて登場している。

 だが、じつは、私が最初に『真珠採り』に親しんだのは、恥ずかしながら、リカルド・サントス楽団が演奏する『真珠採りのタンゴ』なのだ。第1幕の有名なナディールの夢見るようなアリア「耳に残るは君の歌声」のメロディをそのまま使ったもので、この楽団の最大ヒットでもあるはずだ。まだ私が小学校の高学年か中学生になり立ての昭和36、37年(1960年代初頭)、フルトヴェングラーに夢中だったころで、フランス物と言えば、ミュンシュの『幻想交響曲』をレコードが擦り切れるほど繰り返し聴き、オーマンディ、フィラデルフィア管のビゼー『アルルの女』を、グリーグ『ペール・ギュント』のB面で聴いていた時期である。『真珠採りのタンゴ』は、舞踊家だった父が振付をして使用するつもりで買って帰ってきたもののひとつだった。父は同じリカルド・サントス楽団の『オレ・ガッパ』が使い易かったようで、私の記憶に『真珠採りのタンゴ』の振付が抜けているが、音楽は私のお気に入りになって、何度も聴いた。解説でビゼーのオペラの中のアリアのメロディだと知っていたから、その時からオペラ全曲を、いつの日か聴きたいものだと思っていた。

 たぶん、デルヴォーの全曲盤(東芝EMI)を私が初めて聴いたのは、1980年代になってからだったと思う。その後に、フィリップスのフルネ盤や、仏パテのクリュタンス盤などモノラル盤の存在を知ったが、日本ではようやくデルヴォー盤が70年代に発売されたままだったような記憶がある。日本では殆ど聴かれない作品だった。そうした事情は、アメリカも似ていただろう。二重唱の名曲が多いこのオペラは、アメリカでは古くから『真珠採り』のデュエット・アルバムは発売されても、全曲盤はなかなか作られなかったようだ。メトの100年ぶり再演というのも、それなりに理由のあることなのだ。

 

 写真はフルネ盤CD初出と思われる90年代初頭の欧州盤。この時期に日本ではたくさんのフルネのフィリップス録音が発売されたが、このアイテムは日本では発売されなかったと思う。

 ひょっとすると国内で発売された唯一のLPレコードがデルヴォー盤だが、CDの国内盤は欧州にかなり遅れた。1987年に仏EMIから発売されたが、私は買いそびれていて、写真のものはその後90年代になってからのCD。英EMIが「HMV CLASSIC」というロゴを用いて、いくつかのめずらしいアイテムを発売した中に、このデルヴォーによる「真珠採り」全曲が含まれていた。

 

 そして、私自身も、『真珠採り』というオペラの真価にほんとうに耳を洗われたのは、デルヴォー盤を耳にした時より更に遅く、プレートル指揮パリ・オペラ座盤を90年代になって偶然聴いてからのことだ。レイラ役をコトルバスが歌っているEMIの仏パテ録音である。
 プレートルという指揮者とビゼーの輪郭のくっきりとした音楽との相性の良さについては、別のところ(RCAのプレートル「ビゼー曲集」CD解説。第二評論集に収載)で詳しく言及しているので、ここでは繰り返さないが、私は、このプレートル盤が理想的な演奏だと思っている。それほどに、プレートル盤は私の中に、このオペラ像をしっかりと築き上げた。CD化された英EMI盤が、今でも比較的簡単に入手できるので、お勧めである。


 プレートル盤は、仏パテからLP発売後、英EMIでCDが2、3回発売されている。写真は英EMI系の廉価盤「クラシック・フォー・プレジャー」シリーズのCD。何と、デルヴォー盤と同じ16世紀の画家の「真珠採り」という絵を使用している。ちょっと調べてみたら、ルネサンス後期マニエリスム期のイタリアで代表的な画家のひとりアレッサンドロ・アローリの「真珠採り」という有名な絵だった。

 

           *
 例によって前置きが長くなってしまったが、今回のメトの『真珠採り』は、じつに素晴らしかった。それは、まず、ジャナンドレア・ノセダの、スコアを丹念に読み込んだ確信にあふれた指揮の成果を挙げなくてはならない。それがあってこそ、それぞれの歌手たちが、伸び伸びと歌うことができる。ノセダは、幕間のインタビューで、このビゼーの創り上げたオペラ世界をヴェルディ、プッチーニへと連なる傑作と絶賛しつつ、詳細な検証の末に、このオペラが、恍惚とした魅惑の夢の第一幕から、大きくうねりにうねる海の波の音楽へと移行し、やがて終幕で炎の音楽へと昇華して行くのだというようなことを述べていたが、そうしたビゼー音楽ならではの大きな振幅のあるドラマを、求心力を持ってまとめ上げた手腕は、正に、私がプレートル盤で感じて以来のもの、いや、それ以上と言ってよい。この音楽のダイナミズムこそが、ビゼーの真骨頂なのだ。
 だが、それを更に確実なものにしているのが、粒揃いの歌手陣と、しなやかさと底力を兼ね備えたメト伝統の合唱の力だ。特にダムロウが凄い。第一幕での〈祈り〉から、〈慈しみ〉、〈燃え上がる愛〉と、さまざまの場面の女心を演じ分けてしっかりと聴かせる。第二幕のアリアは本当に美しかった。豊かで美しく、しかも力づよい。思わず聞き惚れてしまった。聞くところによると、ダムロウは既にヨーロッパのオペラハウスでこの役を歌って好評を得ているそうだが、今回のメトからの出演交渉に際して、メト総裁に直談判して、今回の100年ぶりの再演決定に持ち込んだという。彼女にとっても、このレイラ役は、今後、大切に育てて行く役柄になるものと思われる。一方、彼女を取り合う二人の男たちは、二人とも若い頃からメトで鍛えられ育てられた歌手だという。息もぴったり合っており、レイラを交えてさまざまに組み合わせが変わりながらの二重唱が多用されるこのオペラのアンサンブル・オペラとしての醍醐味を満喫できるものとなっている。
 演出は、オーソドックスな面を大事にしながらも、斬新で大胆なもので、音楽の変化と場面転換がうまく連動し、このオペラハウスの良さが随所に現われたものとなっていた。私は、今回の『真珠採り』を観て、「メトに新しいスタンダード作品が誕生した」と思った。『カルメン』と並ぶビゼーの人気演目に成長するのではないかと思ったのである。「ライブビューイング2016」の『真珠採り』は、これから、要チェックである。

 

【付け足し】 

 この項を書き終えてから、どうしてももう一度ゆっくりと聴き比べをしたくなって、クリュイタンスのCDをネット検索していたら、タワーレコードで発売しているクリュタンスの56枚物BOXセットに収録されているのを発見した。何の解説書もない同じデザインの紙ジャケに1枚ずつ収まっているだけの素っ気無いものだったが、このVENIASというレーベルの「Andre Cluytens The Collection」第3集は、クリュイタンスが残したオペラ全曲盤ばかりをそろえたもので、グノー、ビゼーはもちろん、ムソルグスキー、ワグナーまで網羅され、しかも、EMI系の正規盤だけではなく、放送録音も収めているという稀少アルバム。どれも音は自然で、かなりいい。EMIでモノラル、ステレオの2回制作されたものは、両方とも収録するという念の入れようだ。1枚あたり200円程度という超廉価盤なので思わずクリックしてしまったが、これは、いい買い物だった。

 そして、これが到着した時に、私のCD棚のフランス物のあたりを眺めていて発見したのが、下の写真のマニュエル・ロザンタール指揮の「真珠採り」だ。すっかり忘れていたが、この良好な放送録音も、このオペラ演奏史を語る上で、重要なはずだ。いずれ、ゆっくりと聴き返さなくてならないが、それをする前に、メトが、今年よりももっとすばらしい「真珠採り」を上演するかも知れない、とも期待している。

 

 (3月7日追記、同8日一部修正)


 

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

METライブビューイング2015-16、ネゼ=セガンが見事に統率した「オテロ」の悲劇

2015年11月17日 15時05分10秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 昨日、東劇でMETライブビューイングの最新作「オテロ」を観ました。10月17日にニューヨークのメトロポリタン歌劇場で上演されたばかりの公演を収録したものです。キャスト、スタッフは以下のとおり。

 

オテロ:アレクサンドロス・アントネンコ(テノール)

デズデーモナ:ソニア・ヨンチョーヴァ(ソプラノ)

イアーゴ:ジェリコ・ルチッチ(バリトン)

カッシオ:ディミトリー・ピタス(テノール)

   *

指揮:ヤニック・ネゼ=セガン

演出:バートレット・シャー

 

  ================

 

 「音盤派」としての私が、最初に告白しなくてはならないことがある。

 じつは、ヴェルディの『オテロ』は苦手である。劇としての重さというか激しさがヴェルディの音楽とシンクロして、どうにも腹と心にもたれるといったところだろうか。この曲の往年の名盤といえば、カラヤン~デル・モナコのDECCA盤ということになるだろう。私自身も中学生頃から、友人の家で聴かせてもらっていたし、FMラジオから流れてくるのも聴いた記憶がある。だが、一度として積極的に聴こうと食指が動いたことがなかった。

 その私が『オテロ』に付き合わされてしまったのは、ひとえに私が「マゼール・マニア」とも言うべき異常な執念でマゼールを追い続けてきたからに他ならない。

 マゼールに詳しい方ならよくご存知のように、彼ほどのキャリアを持ちながら、あれほどに熱心だったプッチーニの録音に比して、ヴェルディのオペラ録音は極端に少ない。その例外中のひとつが『オテロ』である。ドミンゴのオテロ、リチャレッリのデズデーモナで、スカラ座のプロジェクト。ゼフィレッリ演出によるものだ。CDはEMIから出たが、それと同じプロジェクトながら収録日・編集が少し違うので同一音源とは言えないレーザー・ディスクによる映像版が、日本クラウンから国内盤で発売された。私は、このマゼールの『オテロ』だけは、かなり丁寧に聴いているはずだ。

 さて、METライブビューイングに戻ろう。昨晩、ネゼ=セガンの『オテロ』を聴いて即座に思い出したのが、件〔くだん]のカラヤン盤でもなければ、1990年代に鳴り物入りで喧伝されたパリ・オペラ座(バスティーユ)のチョン・ミュンフン盤でもなく、マゼール盤の精緻な響きだったのだ。私が唯一、苦手の『オテロ』を克服した響きである。

 ネゼ=セガンの『オテロ』は、冒頭の一撃から入ってすぐ、じつによく響きが整理されているのが聴き取れた。「あ、マゼールだ!」と瞬間的に思った。喧騒と静寂との対比が鮮やかで、極度に抽象化され、徹底してスタイリッシュに、シンボリックに人間が描かれた特異な世界の開始である。

 一聴すると分厚くしか聞こえない響きの奥底にある音の襞〔ひだ〕が、大劇場を揺るがすほどの音量でありながら、まるで室内オペラのように聴き取れる。晩年のヴェルディが、ただでさえ丹念に書き込んだオーケストラの動きである。それを隅々まで聞かせる手腕は、私の期待を遥かに超えていた。

 作品の抽象性を舞台上で表現しているバートレット・シャー演出によるクリスタルな壁面が移動するだけの広間に、心理の変化を表現する照明の色合いが、また見事に生かされている。

 第1幕第3場で、デズデーモナのアリアの美しい響きがクリスタルな広間に響きわたり、オテロに芽生えた心のにごりが音化され、しなやかな弦の調べの上を泳いでいく。まるで、上質なフランス・オペラのような柔和で暖かい時間がしばし流れる。ネゼ=セガンの腕の冴えで、一とき、マスネでも観ているような錯覚をしてしまった。

 私は、この第1幕第3場で完全にネゼ=セガンの世界に引き込まれた。マゼール盤は1985年の収録だから、もう30年も前に提示された解釈というわけだが、私は、ネゼ=セガンの『オテロ』の響きに、マゼールが挑戦したスタイルの帰結を聴いたように思う。それほどに方向性の際立った音楽づくりをしていた。

 『オテロ』の音楽は、ヴェルディが心がけてきたはずの、心理の変化を不連続的に、点描的に描く音楽――いわば、落差の大きい音楽が、ことさらに、心の内に向かう音楽と外部に向かって攻撃する音楽とに仮託されているわけだ。そのシンボリックな落差がくっきりと、にごりなく聴けたことで、正に、ヴェルディの『オテロ』が、やがて、ヤナーチェクの『イェヌーファ』やバルトークの『青ひげ公の城』へと連なる音楽であったということを証明してみせたということである。

 そして、それは、ネゼ=セガンの力量が只者ではないということの証明でもあった。

 

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

METライブビューイング2015-16、第1作「イル・トロヴァトーレ」に想う

2015年11月04日 16時45分52秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 先日、今シーズンの「METライブビューイング」第1作のヴェルディ『トロヴァトーレ』を観てきました。10月3日にニューヨークのメトロポリタン歌劇場で上演されたばかりの公演を収録したものです。キャストは以下のとおり。

 

 レオノーラ:アンナ・ネトレプコ(so)

 マンリーコ:ヨンフン・リー(te)

 ルーナ伯爵:ディミトリ・ホヴォロストフスキー(br)

 アズチェーナ:ドローラ・ザジック(ms)

 フェルランド:ステファン・コツァン(bs)

 

 指揮:マルコ・アルミリアート

 演出:デイヴィット・マクヴィカー

 

 以下、とりとめなく、想ったことを書き連ねてみます。

 ~~~~~~~~~~~~~ 

 今回の公演での最大の話題は、アンナ・ネトレプコのレオノーラだろう。この役でのメト出演は初めてだ。昨年ザルツブルク音楽祭でレオノーラ役を披露して大喝采を浴びたそうだが、確かに今回のメトでも、第1幕、ネトレプコが歌いだす第2場の有名なアリアから、一瞬にして観客を掴んでしまう圧倒的な歌唱だった。だがそれは、ネトレプコのずしりとした手ごたえの重い歌唱が、伸びやかに生かされる絶妙のテンポと間〔ま〕に支えられているからだ。ネトレプコは決して理想的なヴェルディ歌手ではないと思うのだが、それが、これほどに魅力を湛えて響いたのは、指揮のアルミリアートの力量に負うところが大きいと思った。この、合唱を多用し、舞台裏からの歌声にまで重要な役割を与える壮大なオペラ全体のアンサンブルを、見事にコントロールした仕上がりに、音盤派の私は即座に1962年に録音されたミラノ・スカラ座の名盤を思い出した。名指揮者トゥリオ・セラフィンのDG盤である。これは、アンサンブル・オペラとしての仕上がりで、若きカラヤンがスカラで、マリア・カラスと録音したEMI盤の語り上手な音楽をも超えていると思っている。そして、ヴェルディの音楽を追い込んでいくセラフィンのたたみかけの妙は、デル・モナコ、シミオナートらとのエレーデ指揮のデッカ盤でも得られない。それほどにセラフィンのヴェルディは素晴らしかったのだ。

 アルミリアート率いるオケの音楽の動きに、ネトレプコは、ほんとうに歌い易そうだった。イタリアからは、こういう上手い指揮者が、時々あらわれるが、なるほど、アルミリアートがあちらこちらの歌劇場からのラブコールで多忙なのも納得できる。これから、ヴェルディは、この人を規範にしようと、ひとり決めしてしまった。

 マクヴィカーの演出も、じつに音楽的な展開で、有名な第2幕のコーラスによる幕開け、「朝の光が射してきた」は、第1幕から音楽を戸切ることなく回転舞台で転換させて第2幕へと続ける。ここで、メトのつややかな合唱の魅力が頂点に達する。

 じつは、私にとって「トロヴァトーレ」は、「オペラ」の魅力というか魔力を初めて感じさせてくれた音楽なのだ。まだ私が中学2年生だった1963年のNHK招聘による第4次イタリア歌劇団公演のテレビ中継だった。おぼろげな記憶では、それ以前のイタリア歌劇団公演(たぶん1961年の第3次)を少し観て、ひどく退屈したように思っている。まだ交響曲ばかり聴いていた時期だ。それが、なぜ、この「トロヴァトーレ」に釘づけになってしまったのかわからないが、確かに、合唱を多用した音楽のドラマチックな魅力にあふれた作品ではある。そして、この第2幕冒頭「アンヴィル・コーラス」の中からアズチェーナが登場してソロで歌い始める不吉な音楽。私は、この1963年のテレビ中継で観たシミオナートが歌うアズチェーナが、いまだに忘れられない。だから、後年、オペラのような「組み物」のレコードにも多少は手が出るようになった学生時代に最初に買った全曲盤は、シミオナートが歌う英デッカ原盤のロンドン・レコードだった。マンリーコがデル・モナコのエレーデ指揮のものだ。

 思い出といえば、この63年の来日では、当初に予定されていたデル・モナコが急病でキャンセルになったことも、よく憶えている。当時から、私はどことなくニヤケたデル・モナコの歌は好きじゃないと言っていた生意気な子供だったので、それは、あまり気にならなかったが、デル・モナコ不在のおかげで、NHK秘蔵の来日音源がCDとLPレコードとの並行発売でいくつか登場したときにも、「オテロ」など配役がベストメンバーのものと違って冷遇されてしまった。私は、LPでだけ発売された「トロヴァトーレ」を購入して、大切な思い出にしまってある。

 さて、今回のメトでの「ライブビューイング」でのアズチェーナは、ドローラ・ザジック。音盤派の私には、レヴァインのメト録音CD(ソニー・クラシカル)で既におなじみだ。この人、メトの主とも言われる大ベテランで、この役は20年も演じ続けていると幕間のインタビューでも答えていたから、驚きである。堂に入った演唱とはこういうものなのかも知れないが、安定して危なげのない歌いっぷりで、スッキリとまとまったアズチェーナには、少々拍子抜けした。おどろおどろしい凄みというか重みが足りないと思ったのは、私の中に巣食うシミオナートの亡霊の仕業かとも思えるが、じつは、私が一番好きな「トロヴァトーレ」の音盤は――繰り返しになるが――奇しくもNHKのイタリアからの来日団公演が放映される前年にミラノ・スカラ座で録音された1962年のセラフィン盤。マンリーコがベルゴンツィでレオノーラはステッラ。アズチェーナはコソットという布陣だから、亡霊の仕業とも言い切れまい。

 結局のところ、シミオナートがアズチェーナを歌うエレーデ盤を措いて、ここでのセラフィンの音楽に対するドライヴ感が、私は最高だと思っているわけだ。聴けばわかる、といった類のノリのよさである。それは、ていねいな語り口で飽きさせないカラヤン/スカラ座盤(マリア・カラスのレオノーラ)をも凌駕している。

 このカラヤン盤は中学校の音楽室に置いてあったので、放課後に何度か聴いていた。そして、結局、シミオナートのエレーデ盤にも飽き足らず、その後、カラヤン盤より先に買ったのが、このセラフィン盤というわけだ。

 今回、アルミリアートによる「METライブビューイング」のおかげで、これらの思い出の音盤を久しぶりにひっぱり出して聴き比べてしまったが、聴きながら改めて、アルミリアートの快調な音楽の見事さと、メトのオーケストラ、合唱団の底光りする音楽の艶やかさが、まず思い出された。そして、その中を高く飛翔するネトレプコの名唱。その哀しみの表現は、遠くはるかな世界にまで私を誘なうものだった。合唱とオーケストラと各独唱者が一体となった第3幕のマルチサウンドのようなアルミリアートのコントロールには舌を巻いた。終幕に至って圧巻だったのは、本来はかなり重心が低いネトレプコのドラマティックな歌唱が、どんどん軽やかになり、声が伸びてきたことだ。観客も沸きに沸いた。

 すばらしい今シーズンの幕開けだったと思う。次の演目、「オテロ」はネゼ=セガンの指揮で11月14日からの1週間の上映。楽しみである。そして、今回の「トロヴァトーレ」は、あと残すところ明日、明後日の2回。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

クラリネットの名曲・名演盤で、ロマン派音楽の誕生過程をたどると…

2015年09月01日 11時18分23秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 少し前のことです。クラシック音楽好きのC…君が「ロマン派の始まりは何でしょう」といったような大命題を問いかけてきました。そんな一生かかっても結論の出ないことを、よく簡単に尋ねるなァと思いながらも、私なりに様々と考える機会をもらったのは、C…君のおかげです。以下は、その答えへの試みのひとつとして、お読みください。忙しく働いているC…君にも便利なコンパクトな2時間半(75分×2)で聴き終えられる「CDコンサート」風に仕立ててあるのは、C…君のためのチョイスをそのまま、以前から頼まれているある愛好会のCD鑑賞会に転用して書き起こした解説文だからです。使い回しで申し訳ありませんが、つい最近のオリジナルです。読み返してみたら自分ながら割とおもしろい仕上がりと思ったものですから、ここに掲載します。ご感想なり、ご叱責なりいただければ幸いです。

   =====================


《クラリネットで辿るロマン派音楽の誕生》
 ロマン派の黎明期は、さまざまの楽器が、その性能を急速に向上させた時代でもありました。例えばモーツァルトは、最初は大嫌いだったクラリネットのための傑作を晩年に残しましたが、それは、楽器の性能の向上と、それを使いこなせる名手に出会ったことがきっかけでした。このクラリネットのふくよかで色合い豊かな音色は、瞬く間にオーケストラの響きの重要な役割を占めるに至りました。音楽に「色香」が与えられたのがロマン派の時代だとすれば、オーケストラの響きに一番色香を加えることに寄与した楽器が「クラリネット」ではないでしょうか。
 モーツァルトがクラリネットの魅力に惹かれたのは晩年のことでしたが、モーツァルトの晩年の音楽の、あの何とも形容しがたい味わいのある響きこそ、ロマン派誕生の「気配」とでもいうものでしょう。本日は、クラリネットに焦点を当てて、モーツァルトからブラームスまでのクラリネット音楽の魅力をたどってみましょう。演奏家もすべて異なるように構成しました。お楽しみください。

■ウェーバー:「クラリネットのための小協奏曲 変ホ長調 op. 26」
ザビーネ・マイヤー(cl)ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団                   (1985年録音/英EMI盤)
ウェーバーは、シュポアと並んで、ロマン派初期にたくさんのクラリネット曲を作りました。クラリネット協奏曲第1番、第2番という傑作があるのですが、本日は時間の関係で「小協奏曲(コンチェルトシュトゥック/コンチェルティーノ)」をお聴きください。バロック音楽とはまるで趣きの異なる、甘く優しい音楽が至福の世界を広げます。クラリネットはドイツ・オーストリア系の美音の奏者ザビーネ・マイヤー。伴奏のオーケストラが滋味あふれる響きで聴かせるドレスデン・シュターツカペレという絶妙の組み合わせです

■シュポア:「クラリネット協奏曲 第1番 ハ短調 op. 26」
ジルヴァーズ・ド・ペイエ(cl)コリン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団
(1961年録音/英DECCA盤)
シュポアはクラリネット協奏曲だけでも第6番まで書いています。きょうお聴きいただく第1番は、中でも、その軽やかで柔和な曲想が魅力の傑作です。ド・ペイエは60年代に活躍したイギリス系の名手。その気品にあふれたクラリネットをお聴きください。

■モーツァルト:「クラリネット五重奏曲 イ長調 kv. 581」
エドゥアルト・ブルンナー(cl)ハーゲン弦楽四重奏団
(1987年録音/独DG盤)
モーツァルト晩年の傑作です。この曲が、これほど夢見るように、そして揺れ動く心を映す鏡のように響く演奏はない、と思ったのが、このブルンナー+ハーゲンSQ盤です。もう、完全にロマン派の音楽の熱っぽさが響きます。ブルンナーは南ドイツの州都ミュンヘンにある名門バイエルン放送交響楽団の主席奏者を長く務めていました。ハーゲンSQは、そのインティメート(=親密)な演奏スタイルが絶大な支持を得ているグループです。

■メンデルスゾーン:「クラリネット・ソナタ 変ホ長調」
エンマ・ジョンソン(cl) ジョン・レネハン(pf)
(2012年録音/英ニンバス盤)
若き日のメンデルスゾーンが書いていたと言われているクラリネット・ソナタをお聴きください。演奏は、80年代に17歳でデビューしたイギリスの天才少女エンマ・ジョンソンの成熟ぶりを伝える最近のCD。古典的な形式感からはみだしてくる抒情精神が、静かに、美しく広がります。ジョンソンのピアニッシモは消え入りそうに小さく鳴り、ピアノがそれを大事に包み込みます。このやりとりに耳を傾けるのは、ロマン派音楽の醍醐味です。

■ウェーバー:「クラリネット五重奏曲 変ロ長調 op. 34」
リチャード・ホスフォード(cl)ゴーディエ・アンサンブル
(2005年録音/英ハイぺリオン盤)
ウェーバーの「クラリネット五重奏曲」は、モーツァルト、ブラームスと並び「クラリネット五重奏曲」の三大傑作のひとつと讃えられている名曲です。今日は、だれが主役でもなく、全員でこの名曲を奏でている、といった趣きの演奏スタイルで聴きましょう。クラリネットならではの音色を最大限に生かした第3楽章は、特に聴き物です。クラリネット奏者の名前を掲げてありますが、じつは、このCDの表紙には「ゴーディエ・アンサンブル」の表記しかなく、中の解説書に、ひとりひとりの名前が記載されているだけなのです。このアンサンブルは、ヨーロッパ室内管弦楽団とイギリス室内管弦楽団という、いずれもイギリスを代表する室内管弦楽団で中心的に活躍しているメンバーが集って室内楽を演奏する目的で1988年に結成されました。ひとりひとりの技量が高く、それでいて、そのインティメートな味わいで高く評価されているグループです。

■シューマン:「3つのロマンス op. 94」第1曲
ポール・メイエ(cl) エリック・ル・サージュ(pf)
(1993年録音/日デノン盤)
メンデルスゾーンの音楽的な盟友だったシューマンは、古典的な音楽の造形を不定形で不安定なもの、いびつなものへと変貌させていった最初の奇人だと、私は思っています。そのシューマンも、クラリネットが奏でる不思議な音楽を、いくつも書いています。きょうは時間の都合で、この曲だけを聴いていただきますが、これだけでも、充分にシューマンの独自の世界を感じていただけるでしょう。演奏は、1990年代に数々の個性的アルバムを発表した、ポール・メイエとル・サージュのコンビです。怪しげな旋律にしっかりと芯を与えています。

■ブラームス:「クラリネット五重奏曲 ロ短調 op. 115」
リチャード・ストルツマン(cl)東京カルテット
(1993年/独BMG録音)
三大クラリネット五重奏曲の最後の傑作です。どうかすると、渋すぎて随いて行かれないといった感じで、暗闇に迷い込んでしまったような演奏に出会う曲ですが、私が「クラリネットは、これほどに、ゆらめく音楽を演出する楽器なのだ」と、耳を洗われた思いをした最初の演奏がこれです。東京カルテットは、日本人を中心に1970年代に結成された弦楽四重奏団ですが、初めてヨーロッパ、アメリカでメジャー・レーベルに次々に録音をして数々の受賞にも輝いた四重奏団です。彼らの新鮮なブラームス解釈に、イギリスの名手ストルツマンがピタリと合わせて、ブラームスの音楽から、くっきりとした輪郭と、音楽の深部にある「ゆらぎ」が両立した世界を表出させることに成功しました。この深遠な世界こそが、ロマン派音楽の目指した「心の内にある音楽」です。

 

 

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

ドヴォルザークのアメリカ体験と『新世界交響曲』誕生の背景についての一考察 覚書

2015年07月21日 15時08分07秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 

 数年来のクラシック音楽好きの友人C…君が、FMラジオで聞きつけて、ドヴォルザークの「新世界交響曲」作曲の背景には、構想だけで終わったアメリカ・インディアンの物語「ハイアワサ」を素材としたオペラがあって、それを復元したCDがあると言い出して、もう一度しっかり聴いてみたい、と言ってきました。
 もうお解りの方も多いでしょう。2、3年ほど前だったか、ナクソスの「アメリカン・コンポーザー・シリーズ」の1枚だと思いますが、ちょっと奇妙なCDが出ました。「ドヴォルザークのアメリカ」と題されたアルバムのことです。ドヴォルザークの構想していたオペラ「ハイアワサ」のためのスケッチから作成された「メロドラマ」という代物を中心としたもので、かなりでっち上げくさいものではありますが、そこから始まったC…君とのやりとりで、以前から考えていた様々なことを少し整理したので、その一端を以下に掲載しておくことにしました。もちろん「未定稿」、「そう言われてみれば~」みたいな感じで、ドヴォルザークが受けたアメリカ的インスピレーションについて、少し考えてみたことの中間報告です。

 

   ~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 最初C…君からは、「アメリカの風」というタイトルでさまざまなアメリカの作曲家の音楽が聴けるようなプログラムに、との提案があったのですが、20世紀の西洋音楽のなかでの「アメリカ」の位置というか意味合いというものは、簡単に語れるものではないと思っていますから、それは無理でした。「アメリカ的」なるものは、モーツァルト以降に熟成した19世紀の「ドイツロマン派」の温床をひっくり返してしまったといっていいほどの、大きなものなのだと、私は仮説しているのです。そして、それに続く21世紀は、アメリカが中心になって起きた「ポスト・ロマン」の動きが、アジアと中東を中心に、「ネオ・ロマン」へと回帰し始める、という仮説です。
 それと、もうひとつ大事なことは、ドヴォルザークがアメリカに行ったころは、アメリカに渡ったチェコ移民の大きな居留地が出来ていたということ。そして、現在のアメリカの、夏の学生キャンプとか、フォークダンスのナンバーなどにチェコ移民の影響が残っている、ということです。YMCAの歌だった「おお牧場はみどり」は、今や日本人のほうがよく知っていますが、あれは、チェコ民謡が原曲です。そのことは『唱歌・童謡100の真実』(ヤマハミュージックメデイア刊)で、数年前に少し触れました。カントリー&ウエスタンのメロディも、そう見ていくと、「新世界交響曲」の第2楽章を思い出させます。――というように、どこまでも連想は続きます。

 

 「新世界交響曲」は、当時、ヨーロッパにとって〈新大陸〉として話題となっていたアメリカに新しく設立された音楽院の院長として赴任したドヴォルザークが、そのアメリカから様々な刺激を受けて生んだ傑作といわれています。けれども、その実体は、「黒人霊歌」のメロディが引用されていると、しばしば指摘されているような単純な話ではなく、もっと複雑なものがある、と言われています。そのひとつ、当時、ドヴォルザークが構想を進めていたアメリカ・インディアンの英雄譚を元にしたオペラが、新世界交響曲の源流だとする説を「音」にして聞かせるCDが数年前に発売され、話題になりました。
 それが、このCD(写真)です。

 

 
 

 「構成:ヨーゼフ・ホロヴィッツ&ミヒャエル・ベッカーマン/音楽:ドヴォルザーク」とクレジットされ、『メロドラマ《ハイアワサ》』(ヘンリー・ワーズワース・ロングフェロー詩)というものです。演奏者はアンヘル・ジル=オルドニエ編曲・指揮 ポスト・クラシカル・アンサンブルで、彼が編曲者でもあり、ケヴィン・ディアスというバスバリトン歌手がナレーターです。
 全体が6トラックに分かれていて、それぞれ「プロローグ」「ハイアワサの求愛」「ハイアワサの結婚式の宴」「ミンネハハの死」「パウ=プク=キーウィスの狩り」「エピローグ(ハイアワサの出発)」と題されています。
 未完のまま放置されてしまったオペラ『ハイアワサ』のために残されたメモは、旋律のスケッチに過ぎないようですが、愛読していたロングフェローの叙事詩「ハイアワサの歌」のチェコ語訳の断章が書き添えてあるので、ある程度の場面設定ができるようです。ただし、それが劇音楽なのか、歌のメロディなのか、どの楽器で演奏されるのかなど、まったくわからないので、「新世界交響曲」を参考にして指揮のジル=オルドニエが作り上げた編曲に、それぞれ該当すると思われる詩の朗読を重ね合わせて構成したと主張しているのが、この「メロドラマ」です。
 これを聴くと、「新世界交響曲」の所々に不可思議に現われる歌謡的な旋律の謎の一端(つまり、純粋にソナタ形式的な展開ではなく不意に曲想が変わったりする、ある種の風変わりさのことを言っています)が解けるようには思いますが、さて?
 そして、このCDは、メロドラマ「ハイアワサ」に続けて、ウイリアム・アームズ・フィッシャーの『ゴーイン・ホーム』が収録されています。「新世界交響曲第2楽章」によると注記され、「W・アームズ・フィッシャーの作詩と書かれています。歌っているのが先のナレーターです。もちろんオーケストラ伴奏曲です――というより、第2楽章を歌っている、という不思議なバージョンです。
 この「新世界交響曲」第2楽章の旋律に歌詞を付けたフィッシャーという人物は、ドヴォルザークのアメリカでの音楽院の同僚です。作曲者の了解をもらって作られた作品だそうですが、アメリカでは最初、この歌のほうが交響曲よりも有名になりました。日本でも堀内敬三の名訳「家路」で大正時代から愛唱され、この歌が交響曲の原曲だと勘違いしている人も多いのですが、作られた順序は逆です。
 ただ、この第2楽章の主題旋律は、この時期、ドヴォルザーク自身が院長をしていた音楽院の生徒だった黒人青年が歌う黒人霊歌に熱心に耳を傾け、書き留めていたものと深い関わりがあると伝えられています。この時、ドヴォルザークは、そうしたヨーロッパの伝統的な構造から大きくかけ離れた構造を持つメロディにこそ、未来の音楽の可能性が潜んでいると気づいたはずです。ドヴォルザークが院長を務めていたナショナル音楽院は、当時から人種差別のない革新的な思想で運営されていて、この後、20世紀の音楽シーンの様々な影響(コープランド、ガーシュイン、デュ-ク・エリントン)の源流ともなりますが、それも、この時期にドヴォルザークが関心を示した「アメリカの土地に眠る音楽」を掘り起こすことから始まったことと思われます。
 じつはメロドラマ「ハイアワサ」には、明確に新世界交響曲と同じ旋律のほかに、ドヴォルザークの『ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ』作品100の第2楽章の旋律が「ハイアワサの求愛」に現われます。このあたり、ヴァイオリンの小品として後に有名になったドヴォルザークのピアノ曲『ユモレスク 作品101-7』を思い出させます。(そう言えば、ガーシュインが6歳の時に音楽の魅力に取り憑かれた作品が、この「ユモレスク」だったというのは有名なエピソードですね。)
 「新世界交響曲」の終楽章の構想は、なかなかまとまりませんでした。そこで、ドヴォルザークは、当時かなり大きな規模になっていたアメリカに於ける「チェコ人の入植地」に出掛けます。そののどかな草原地域での母国語を話す人々との触れ合いから刺激を受け、一気に終楽章が完成したと伝えられています。アメリカの大自然の広がりは祖国の風景を思い出させ、それに黒人霊歌の旋律、リズムが、チェコの民族舞曲と重なり合って行ったのでしょう。

  こうして、ブラームスの強い影響を受けていたドヴォルザークの作風が、大きく変わり始めました。ドイツの伝統的な音楽から大きく踏み出して、真にドヴォルザークらしい作品を次々に書き上げた晩年の充実した作品群として、作品95の「新世界交響曲」に「弦楽四重奏曲《アメリカ》作品96」「弦楽五重奏曲 作品97」と続くわけですが、この流れの最後にあるのが「チェロ協奏曲 作品104」です。アメリカ在任中にほとんど完成し、任期を終えて祖国に戻ってから完成した作品ですが、この傑作もまた、アイルランド出身のアメリカの作曲家ヴィクター・ハーバートの「チェロ協奏曲」が刺激となっているということが、最近、立証されています。ヴィクター・ハーバートもアメリカでのドヴォルザークの同僚ですが、院長として在任していたドヴォルザークを、自身が独奏する自作の「チェロ協奏曲」の初演に招待し、チェロ協奏曲の書法についてドヴォルザークに大きな刺激やヒントを与えたとされている人物です。そして、ドヴォルザークは、この「チェロ協奏曲」の完成後は、「交響曲」「ソナタ」「協奏曲」「弦楽四重奏曲」など、古典的な形式を堅固に守る作品をほとんど書かなくなり、祖国の民話に材を採った交響詩やオペラの作曲などに多くの時間を割くようになります。
 ドヴォルザークがアメリカによって目覚めさせられたこととは、何だったのでしょうか? 軽々に断定することはできませんが、ひょっとするとそれは、ヨーロッパの伝統からの開放だったのではないでしょうか? ドヴォルザークがアメリカに渡った時期は、建築様式では「脱ゴシック建築」がトレンドで、「プレーリー・スタイル(=草原様式)」が提唱されていました。それが「時代のアトモスフィア(=気分)」でした。そんなことを重ね合わせて考えてみると、おもしろいかも知れないと思っています。つまり、「新世界交響曲」や「アメリカ四重奏曲」や「チェロ協奏曲」などの傑作群は、「望郷の念」が生んだものではなく、ずっと彼を縛り付けていたドイツ・オーストリアの音楽伝統から解き放たれた心が生んだ作品だということです。そう思ってコープランドやアイヴス、バーバーの作品を聴くと、何かしらの感慨があります。それは、どこまでも広がる草原の輝きのようなものかも知れません。

 

goo | コメント ( 1 ) | トラックバック ( 0 )

METライブビューイング2015、ロッシーニ「湖上の美人」を観る

2015年04月16日 10時23分05秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 ロッシーニが作曲して初演された1819年から、約200年近くを経て、ようやくMET初演となったというロッシーニ『湖上の美人』のライブ映像を、東京・東銀座の「東劇」で鑑賞した。収録は2015年3月14日。演出がポール・カランで、指揮は、若手ながらロッシーニ振りとして第一人者と評価の高いミケーレ・マリオッティである。

 配役は次のとおり。

エレナ……ジョイス・ディドナート(メゾ・ソプラノ)

スコットランド王(ウベルト)……ファン・デイエゴ・フローレス(テノール)

マルコム……ダニエラ・バルチェッローナ(メゾソプラノ)

ロドリーゴ……ジョン・オズボーン(テノール)ほか

 以前にも、このブログに書いたと思うが、このオペラを私自身はこれまで、1983年のロッシーニ・フェスティヴァルの際に録音されたエレナ役をリチャレッリが歌ったポリーニ指揮ヨーロッパ室内管弦楽団によるCDで聴いているに過ぎない。私のような音盤派にとっても、それ以後、ビデオ画面も見たことがなかった作品である。それもそのはずで、この『湖上の美人』は、軽妙洒脱なオペラ・ブッファで知られる(というか、人気の高い)ロッシーニの、生真面目なオペラ・セリア作品なのだ。19世紀の半ば過ぎから100年近くもの間、特定の作品しかほとんど上演されなかったロッシーニのオペラが、1970年代になって、やっと広がりを見せはじめ、ロッシーニ・ルネッサンスともいうべき80年代になって、さまざまの作品が上演され、録音される中で、ようやく脚光を浴びた作品のひとつが、この『湖上の美人』だったと記憶している。

 

 ポリーニ盤(写真)で初めてこのオペラを聴いた時、私自身は、その旋律線の美しさにまず魅せられ、そして、伴奏オーケストラに登場人物の心理状態をきめこまかく想起させるロッシーニの手法に舌を巻いたのを憶えている。オーケストラの動きが、じつに複雑なのだ。よく書けているオペラである。だからこそ、近年、評価が高まっているのだと思う。

 今回のメト初演を指揮するマリオッティは、この『湖上の美人』を、8歳のときに初めてオペラ・ハウスで観て、それ以来大好きだという。幕間に上映されたインタビューでの発言である。――ということは、年齢から推して、ロッシーニ・ルネッサンスの波のなかでの邂逅というわけだ。私も、ずいぶん長い間、音楽を聴き続けてきたのだな、と思わず苦笑した。

 オペラ・ファンなら先刻ご承知と思うが、このオペラはべルカントの饗宴といったもので、このオペラの上演を成功させられる歌手を揃えるのは並大抵ではないが、その意味では、メト初演の配役は、望み得る最高の組み合わせと言っていいのだろう。彼女ら、彼らは、幕間のインタビューで、異口同音に、ヨーロッパのオペラハウスでもいつも、このコンビで歌ってきたとか、メトを通じて、世界中にこのオペラの素晴らしさを発信できるのがうれしい、と語っていた。その意気込みが伝ってくる名唱でもあった。特に、第2幕冒頭のフローレス、フィナーレ直前のディドナートは圧巻。ズボン役のバルチェッローナとのメゾ二重唱も圧倒的な迫り方で聴かせる。メト初演を勤める喜びがあふれてくるような舞台である。

 マリオッティの指揮するオーケストラが響きを抑制された薄塗りの色を敷く上で繰り広げられる歌合戦は、じつに聴き応えがある。精緻な室内オペラのような響きを確保しながら進行させるのは、この指揮者にかなりの力量があるからで、合唱が全開するのも、フィナーレでの国王万歳だけである。全体に響きを高域に寄らせるようにオーケストラがドライブされており、なかなかに、ロッシーニ・サウンドの名手である。木管を中心にした音楽の動きが、よく透けて聴こえるのもいい。ポリーニの指揮で気付かされたロッシーニの書法が、ロッシーニという斬新で革命的だったこの作曲家が、既に、後の時代のヴェルディやプッチーニへと連なるヴェリズモ・オペラ的なオーケストラ書法のさきがけだったということを確信させる。マリオッティ自身も、幕間のインタビューで、『湖上の美人』は、10年後に書かれたロッシーニ最晩年のオペラ・セリア『ウィリアム・テル』へと連なり、それは、イタリア・オペラのその後へと連なっている、と語っていた。すべて、手の内にある人の見識である。この指揮者、これから、もっと評価が高まるだろう。

 なお、カランの演出(既にヨーロッパで定評があるものをメトに持ち込んだものだそうだ)も見事なもので、この複雑な人間関係が、じつにわかりやすく、それでいて、豊かな想像力を喚起させるものだった。

 すばらしい上演記録だと思う。音盤派を自認している私にとって、これまで、こうしたいわゆる「ライブ収録もの」は、あくまでも興行の一環であって、「今年、この日は、まぁ、こんな様子でした」といった程度のものだと思っていた。かつて、レコードのためのスタジオ・セッションが、大げさでなく、私たち人類の記録として100年、200年先まで残るはずだという確信と覚悟を以って制作されていたのとは意味合いがちがう、と思っていたのだ。実際、ほとんどのライブ収録映像は、その域に留まっている。いわば、参考資料であって、「永久保存版」ではないのだ。

 この2015年3月のメトロポリタン歌劇場における『湖上の美人』の記録は、ロッシーニ・ルネッサンスの大いなる成果のひとつとして、「永久保存版」と言っていいのだと思った。それほどにすばらしい上演記録だった。

 

(4月15日に執筆したのち、16日、17日と推敲、加筆を数回繰り返してしまいました。これにて、ひとまず決定稿とします。)

(なお、今回の執筆に際して改めて、さまざまな検索で他の音盤の有無を調べ直してみたところ、最近になって、セラフィン指揮による1958年のフィレンツェ五月音楽祭公演という伝説的復活上演の記録というCDが発売されていることを知った。ロッシーニ・ルネッサンスの経過を辿る、またとない「資料」だと思う。)

 

 

 

 

 

 

 

 

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

福原彰美『ピアノリサイタル2015』を聴いて

2015年03月17日 11時27分42秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 

 先週の金曜日、3月13日の夕方、サンフランシスコとニューヨークを中心に活躍しているピアニスト、福原彰美が一年に一度、必ず帰国して行っている自主リサイタルを聴きに行った。すみだトリフォニー小ホールである。曲目は次のような意欲にあふれたもので、福原自身によって『故郷への憧れ――ロマン派時代に響いた遥かなる鐘』と題された。

スカルラッティ:ソナタ K. 9 ニ短調『田園』
         ソナタ K. 27 ロ短調
         ソナタ K. 96 ニ長調『狩』

ブラームス:4つの小品 op. 119
        間奏曲 ロ短調
        間奏曲 ホ短調
        間奏曲 ハ長調
        ラプソディ 変ホ長調

ショパン:マズルカ第15番 ハ長調 op. 24-2
      マズルカ第25番 ロ短調 op. 33-4
      バラード第1番 ト短調 op. 23

 ここまでの3群のプログラムで、いったん休憩に入った。
 これを見てお気づきの方も多いと思うが、小品4曲があたかも小さな交響曲宇宙のように組み合わされたブラームスの作品になぞらえるように、スカルラッティ作品とショパン作品が3曲ずつ福原によって選び取られ組み合わされ、それぞれ、ひとつながりの世界を形成するように仕立てられたプログラム・ビルディングである。各々のグループが、導入曲から終曲に向かって間断なく奏されるのを聴いて、改めて福原が、それぞれの曲に、はっきりとした方向性を与えていることを確信した。特に、スカルラッティはお気に入りのようで、じつによく響く、色彩豊かな音楽が、水を得た魚のように跳ね回る。スカルラッティのソナタを近代ピアノで奏する意味を、はっきりと伝えてくれる数少ないピアニストの仲間入りを福原が果たすのは、もう時間の問題だと思った。おそらく、彼女の中では既に方法が見えているのだろう。

 それに比べるとショパンはどうだろう。ショパンを弾くには覚醒し過ぎていないだろうか? 覚醒しているからには、言葉は悪いが、ショパン世界の、ある種のいい加減さ・だらしなさに代わる世界が確立していなければならない。だから、福原のショパンはまだ、よく弾けているが酔えない。彼女の弾くリストに聴かれる陶酔感との違いが、それだと思う。

 ブラームスの小品は、「とうとう、ブラームス晩年の作品を弾くようになったか」と、ここ数年の福原の成長をずっと聴いてきた私にとって、感慨深いものだった。この4曲を、どのようにして有機的につなげ、融合させ、干渉させ合って、ひとつの世界をつくり上げるかが大きな課題なのだが、それに福原はよく応えていた。内省的な音楽が、ワルツの3拍子に入って突如、視界を広げ、それが終曲へのリズム変化へと導かれて行くのは、福原のピアノが繊細な色合いの変化をも実現しているからだ。この一、二年の福原の変化に一時、音楽の構えが大きくなるにつれて、彼女本来の小さな音での粒立ちの良さと色彩の鮮やかさが後退しているように感じ危惧していたが、それは杞憂に過ぎなかったようだ。スカルラッティでの美点が、ここにも生きている。

 休憩のあと、プログラムは大きく変わり、数年前に福原が日本初演をしたアメリカで活躍する俊英作曲家ライアン・フランシスの『ねじまき鳥プレリュード集』で開始された。この作品の斬新な魅力については、既に、初演の際に別のところで書いたので繰り返さないが、福原の演奏は、彼女が、もうすっかりこの曲を手中に収めていることが伝わってくる佳演だった。彼女のピアノ演奏での、さまざまな色合いが選び取られ、ひとつひとつの音が立っているという美質と、この曲の特徴とが、うまく合致していると思う。次にこの曲を弾くときには、もっと自分に引き付けて感情移入してしまっても、決して、この作品のフォルムは崩れないだろう。

 プログラムの最後に置かれたのが、ラフマニノフ『ピアノソナタ第2番 op. 36』だった。作曲者自身によって短縮された1931年版ではなく、1913年のオリジナル版での演奏である。両版の折衷のようなホロヴィッツ版がしばしば演奏されているが、オリジナル版は、特に第1楽章がかなり長いようだ。執拗な繰り返しの多用がさらに強調されているが、福原の演奏は、その辺りの演奏がすばらしい。繰り返し寄せては返すうねりに、豊かな色彩が与えられ、聴く者を放さない。じつに柔和でカラフルな第一楽章が実現している。これは、この曲の演奏に於いて、極めて特徴的なことだ。曲の冒頭が、叩き付けるように開始されるのが常だが、それが、福原の手にかかると、まったく様相を一変させて、するりと入る。その必然を納得するまでに、さほどの時間はかからなかった。
 ひっそりと穏やかな第二楽章は、雲間の明るさ。そして第三楽章で初めて、福原のたたみ掛けに激しさが加わる。しかし、ここでも福原の演奏は個性的だ。独特の拍節感のあいまいさが、旋律を、小節線をはずしたようなひとつながりのものにして揺れ動く。そして、最後まで、きらきらとした色彩感を保ち続ける。私は、この曲の極めて野太い、ずしりとしたものであったはずの「ロシア的憂愁」が、かくも美しく飛翔するのを、初めて聴いた。私が、福原は他の誰とも代え難い個性を手にしつつある、と確信した瞬間である。

 アンコールに、福原はショパンの前奏曲『雨だれ』を選んだ。その繰り返される音型が、あたかも、ラフマニノフのソナタが奏でた鐘の音型のように響いた。ラフマニノフのソナタを終えた後にはふさわしいショパンだった。
 そして、もう1曲、スカルラッティの囀りで軽やかにリサイタルは閉じられた。
 福原彰美は順調に成長している、と改めて思った一夜だった。

 福原はわずか15歳で日本を離れて単身渡米し、サンフランシスコ音楽大学とジュリアード音楽院で研鑽に励み、今でも一年の大半をアメリカで過ごしているが、そのためだろう、福原のピアニズムの根底に日本人的な特質をあまり感じない。だから、ある種のスクエアな音楽、あるいは折衷的な音楽に傾斜してしまうかも知れないということを、私は一番恐れていた。だから、その福原が独自の世界を育んで大きく成長していることを、今、うれしく思う。少女然としていた福原も、いつの間にか30歳を越した。来年のリサイタルが楽しみである。日本のつまらない音楽マーケットの動向など気にせず、自分の道を歩み続けて欲しいと思っている。


 

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

METライブビューイング『メリー・ウィドウ』2015年公演から、このオペレッタの歴史的名盤に思いを馳せた

2015年02月25日 17時23分17秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 

 METライブビューイングの『メリー・ウィドウ』を東劇で鑑賞した。ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場での新演出公演、先日、1月17日の舞台を収録したものだ。スタッフ、キャストは以下の通り。
指揮:アンドリュー・デイヴィス
演出・振付:スーザン・ストローマン
配役
 ハンナ:ルネ・フレミング(ソプラノ)
 ダニロ:ネイサン・ガン(バリトン)
 ヴァランシエンヌ:ケリー・オハラ(ソプラノ)
 ロシヨン:アレック・シュナイダー(テノール)
  ほか
 私のお気に入りの演目なので期待して行ったのだが、正直なところ、かなり肩透かしを食った感じだ。決して出来が悪いわけではない。劇としては充分に楽しめた。だが、どうにも、からだの奥底からワクワクするといった音楽ではないのだ。何故だろう? そればかり、上映中に考え続けていた。
 演出は、ニューヨークの歌劇場にとってはお膝元と言ってよいブロードウエイのミュージカル演出でベテランといわれているスーザン・ストーローマン。彼女の堂に入った演出は、登場人物の細かな動作や、位置移動にまで及んでいると思われるもので、そのコミカルな味わいはなかなかのものだが、その動きで、例えば半世紀も前のジョージ・キューカー監督のミュージカル映画『マイフェアレディ』での「運がよけりゃ」の場面を思い出させたりもして、どこか類型的な観がついてまわる。もちろん、「マキシム」の場面のダンスも然り。ブロードウエイ・ミュージカルはこの50年ですっかり様変わりしたが、それを無理に押し戻して、50年代、60年代のロジャース=ハーマンシュタイン時代のミュージカルを想起させたが、どこか取ってつけたようではあった。だが、一番の問題はやはり、メトの舞台が大きすぎるということではないだろうか? このオペレッタはもっと、サロン的なコンパクトさが不可欠なのかも知れないと思った。
 このあたらしいプロダクションがそれなりに成熟するまで、もう少し待たなければならないのかも知れないと思ったが、問題は、音楽のほうだ。
 ご承知のようにアメリカの映画音楽は、ウィーン仕込みのオペレッタに大きく影響されている部分があるが、それは、全盛期のディズニーの長編漫画映画、例えば『ピーターパン』のような、あるいは『シンデレラ』のような夢見るサウンドに結実している。だから、メトのオーケストラ・サウンドで聴くオペレッタの音楽に期待していた。
 今回のMET公演での指揮者アンドリュー・デイヴィスはロンドン名物の『プロムス』の「ラスト・ナイト」でも、観客への語り掛けやアドリブの受け答えで会場を沸かせるなど、中々に芸達者なところを見せていたから、このオペレッタの指揮も期待していた。だが、出て来た音楽は、軽妙洒脱というよりダイナミック、甘くやわらかな音楽というよりガッチリと組みあがった音楽、といったもので、これには失望した。私の愛聴しているいくつかのCDのような、南ドイツの暖かな揺れ動く音楽でもなければ、ロンドンのサドラーズ・ウェルズ風のヌケのよい軽快さでもなく、パリ・オペラコミークの華やかな喧騒とも違うのだ。分厚くボッテリとしたサウンドが、ここでは、どうにも座りが悪い。これはどうしたことか?
 このオペレッタも他のオペレッタと同じく、〈架空の〉異国情緒が満載だが、そこでの様式の異なる音楽の描き分けがなく、ヴィリアの歌へと連なる場面でも、繰り広げられるダンス音楽がどれも通り一遍だからリズムが走らない。ここで、「きちんとした音楽」を聴きたくはない。アンドリュー・デイヴィスという指揮者は、こんな大味な音楽をやる人ではないと思っていたから、ちょっと驚いてしまった。言わば、「インテンポのレハール」だ。やはり、小屋の大きさと細かな打ち合わせの演出で、「事故」を避ける無難な指揮に徹したのか、と残念に思った。
         *
 じつは、この翌日から、そんなわけで、『メリー・ウィドウ』のさまざまな録音を、久々にひっぱり出して聴いてしまった。
 私のお気に入りのひとつは、ハイライト盤だがフランツ・マルシャレク指揮のアカンタ盤。ハンナをインゲボルク・ハルシュタイン、ヴァランシエンヌをルチア・ポップが歌っている。ダニロはペーター・アレクサンダーだが、これがめっぽう芸達者。リズムのくずれ、メロディのゆらぎが何とも言えず魅力だ。もちろん二人の女声も最高に楽しめる。このアカンタのオペレッタ・ハイライトシリーズは、独RCAがラジオ音源でLPを出していた流れを汲むものだったと思う。旧西ドイツは、オペレッタのローカルな名盤の宝庫だ。
 だから、EMI系の独エレクトローラのオペレッタ・シリーズも私のお気に入り。『メリー・ウィドウ』は1960年代にヴィリー・マッテス指揮グラウンケ管弦楽団がある。ローテンベルガーのハンナ、エリカ・ケイトのヴァランシエンヌで、ロシオン役はニコライ・ゲッダだ。このクルト・グラウンケによってミュンヘンに設立されたオペレッタ専門といってよいオーケストラは、60年代に数え切れないほどのオペレッタ録音を残した楽団だが、ひとつとして駄盤が無い。
 そして独エレクトローラで1979年に録音されたのがハインツ・ワルベルク指揮ミュンヘン放送管のもの、ダニロにヘルマン・プライ、ヴァランシエンヌにヘレン・ドナートだ、これらドイツのローカル系録音の魅力は、何と言っても、その体内リズムのように血肉に同化した音楽の動き、加速度やテンポ・ルバートにある。そのあふれる魅力は、英EMIが大プロデューサー、ウォルター・レッグが心血を注いで製作したシュワルツコップ(ハンナ)、エーリッヒ・クンツ(ダニロ)、ニコライ・ゲッダ(ロシオン)らを起用した1953年のアッカーマン盤をいとも簡単に凌駕したはずだ。几帳面で生真面目なオペレッタ録音の典型である。
 おそらくレッグという完璧主義のディレクターは、このアッカーマン盤の「弱さ」に気づいたはずだ。1963年のマタチッチ指揮による再録音は、前作がモノラルだったから、というだけではなかっただろう。ダニロがヴェヒターに替わったがシュワルツコップとゲッダの布陣は変わらない。しかし、マタチッチのスラヴの血を良く理解した勢いのある音楽は、アッカーマンとまったく違う。
 確かに、それはレハール音楽の大事な要素ではあるが、そのレハールに強く聴かれるハンガリー系の、あるいはスラヴ系の、あるいはチャールダッシュ風の音楽の勢いは、オペレッタという音楽文化がアメリカに与えた影響全体の流れの中では、一部分に過ぎないように思う。
 ミュンヘンを中心とした南ドイツのオペレッタの温かさから、なぜ私はアメリカのハリウッド黄金時代のサウンドや、リチャード・ロジャース時代のブロードウエイ・ミュージカルを思い浮かべてしまうのだろう。まだ確証を掴んでいないので、単なる私見に過ぎないが、アメリカの映画音楽はウィーン仕込みのオペレッタを持ち込んだ亡命ユダヤ系音楽家の影響を強く受けたが、それは、こうしたレハールのものよりも、オスカー・シュトラウスやコルンゴールドの甘く揺らめく音楽、あるいはセンチメンタルな音楽が持つ豊かなサウンドの延長にあるものだと思っているのだ。
 だから、このマタチッチ盤も、レッグの懸命な努力にもかかわらず、私は、この曲の本当の魅力は出せていないと思っている。音楽的には、ドイツ語歌唱であるにもかかわらず、むしろ、サドラーズ・ウェルズ風の抜けのよい闊達な金官群と引き締まった弦の音楽が小気味よいものとなっている。(サドラーズ・ウェルズのオペレッタ録音は、50年代から60年前後まで、こちらもイギリスのローカル発売盤でいくつも聴ける。)ある意味では、その亜流ともいうべきものが、今回のアンドリュー・デイヴィスによるメト公演だったとも言える。
 ――と、ここまで書いてきて、少し、デイヴィスという指揮者を支えている音楽文化が理解できたような気がした。すると、アメリカ人の、あるいはブロードウエイが持っている音楽文化とのギャップが、今回の、取ってつけたような音楽を生んだのかとも思った。
 メトよ、指揮者の選択を誤ったのだ、と言っておこう。英語バージョン公演だからといって、ロンドンから指揮者を呼んだのが間違いだった?

 

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

METライブビューイング『ニュルンベルクのマイスタージンガー』で、レヴァインのワグナーを堪能した。

2015年02月10日 16時07分24秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 昨夕、東京・東銀座の「東劇」で、METライブビューイングのワグナー『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を鑑賞した。
 指揮はジェームズ・レヴァイン、演出は最早〈伝説的な〉とも言えるオットー・シェンクによるリアリスティックかつオーソドックスな舞台。主なキャストは以下のとおり。
 ハンス・ザックス:ミヒャエル・フォレ(バリトン)
 ヴァルター:ヨハン・ポータ(テノール)
 エファ:アネッテ・ダッシュ(ソプラノ)
 ベックメッサー:ヨハネス・マルティン・クレンツレ(バリトン)
 ダフィト:ポール・アップルビー(テノール)
 ご承知のように、この楽劇は神話世界に材を採っていたワグナーが、珍しくも人間界を舞台にした作品だが、その分だけ、ことさらに象徴的なシチュエーションとストーリー展開にあふれた抽象性が際立っており、そのため、ことさらに渋くリアルな舞台の中で展開される「人間喜劇」の滑稽さが、さらにデフォルメされて楽しめた。そして、いつもながら、レヴァインの、読みの深いワグナー音楽の響かせ方から聞こえてくる明瞭な音楽が、じつに充実した一夜だった。いわば、全編に亘っての「ごった煮」のような人間喜劇が、ある巧妙な操り糸によって手繰り寄せられていく過程が、くっきりと浮かび上がってくる。これは壮観だ。特に第2幕の終盤の、長大なクレッシェンドというべき数分間における安定した刻みと咆哮との錯綜は圧巻で、その頂点からの弱音へと向かう音量というか音力の絶妙の調整には、心底感激した。このあたり、カイルベルトのバイエルン国立歌劇場盤(オイロディスク)が見事に聴かせるのを、私は愛聴してきたが、レヴァインとメトロポリタン・オペラ管弦楽団の底力を、改めて確信した。そして、第3幕前奏曲の密やかで艶やかな響きの美しさ! この深さ、豊かな陰影は、このコンビにして初めて成し得ることだと思う。(惜しむらくは、総奏で、やはり、「東劇」の音響設備の脆弱さが露呈してしまうことだ。)
 ザックス役のミヒャエル・フォレは、当初予定されていたヨハン・ロイターが降板したため、昨年メト・デビューしたばかりのところをレヴァインの推挙で代役となったそうだが、ザックス役は、一昨年、バイロイトで好評だったという。レヴァインの目に適ったものと見え、2018年のメト「指環」でヴォータン役が決まったと伝えられている。私自身は、私事めいて恐縮だが、まず、故ロリン・マゼールを思い出させる面構えにまず印象づけられたが、その歌もじつにいい。ニュアンスの豊かな表現がスパッと食い込んでくる音楽を持っている。じつに小気味良い。だから若すぎる、と不満をもつ人もいるかも知れないが、その観客を引き付ける力は、会場のスタンディング・オベーションにも現われていた。
 そのほか、特に私の印象に残ったのは、ベックメッサー役のクレンツレだ。この滑稽な役作りと、絶妙な調子っぱずれに歌うセレナーデや歌合戦での下手ぶりの名演技・名唱は大したものだと思う。とにもかくにも、6時間近い長丁場が、あっという間だった。
 今回の上映は今週の金曜日まで。

 なお、以前から思っていることだが、今回の字幕スーパーでも「ドイツの芸術」「芸術の~」と、英語でいうところの「アート」を「芸術」と訳しているが、これは、英語の「art(=アート)」が「芸術」であったり「技術」であったりするのと同じく、「技術」という訳語を当てるべきだと思っている。今日の日本でもしばしば言われる「技術立国」を目指しての「マイスター同盟」のようなものを、ワグナーは言っているはずだからである。

 

 

 

 

 

 

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

METライブビューイング「セヴィリアの理髪師」から、思いがけない「ディスク談義」に展開してしまいました

2015年01月30日 13時25分41秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 先日の「蛇足」の部分を読んで、「何のこと」と思われたり、「例のあれだろう」と思われたり、さまざまな方がいらっしゃると思う。ロッシーニ作品の「使いまわし」に関することである。

 じつは、私の『セヴィリアの理髪師』体験というか、ずっと長年にわたって親しんできた音源は、もう50年近く以前から聴いている「マリア・カラス盤」なのだ。アルチェオ・ガリエラ指揮のEMI正規録音。私にとっては、これが基準である。私のことを古くから知っている友人たちならお見通しのことだろうが、それ以外ではアバド指揮のレーザー・ディスクを購入して鑑賞した程度で、それ以外の『セヴィリア~』を丹念に鑑賞したことがない。だから、フィナーレに、ここ数年(あるいは数十年)前から、『チェネレントーラ』のフィナーレで有名なアリアの旋律が「流用されて歌われる」のが主流となっている(らしい)ことが、私の中では欠落していたのだ。

 だがこれは「逆」で、「セヴィリア」の旋律を「チェネレントーラ」で流用しているのだという話まで横行しているので、私はすっかり戸惑ってしまった。

――さて、ここで私の言っていることの意味が、伝わらないかも知れないと思う。

 じつは、カラス~ガリエラ盤のフィナーレでは、『チェネレントーラ』の旋律は歌われていないのだ。だから、私の「感覚」では、「今回は、拡大延長バージョンで歌われている」となるわけだ。

 『セヴィリア』が『チェネレントーラ』より前に書かれているので、「チェネレントーラに流用された」と、今ではほとんどの文献に書かれているが、ほんとにそうだろうか? これが私には疑問だ。

 ひょっとしたら、チェネレントーラのために書いた旋律を、後に、改定版セビリアに流用して、フィナーレを充実させたのではないだろうか? ということである。  何しろ「セヴィリア」の初演当時は、同じストーリーで同題名の別の作曲家の作品が横行していたので、ロッシーニ作品は『アルマヴィーヴァ伯爵の恋、あるいは無用な用心』だったはずだ。それが人気作品となって再演に次ぐ再演となって今日、ロッシーニの代表作『セヴィリアの理髪師』になったわけだから、その間に、他の人気曲の使いまわしで拡大バージョンが出来ていてもおかしくはない。少なくとも、EMI正規録音の「全曲盤」が「短縮バージョン」で作られたというのは納得いかない。何か根拠がなければならないのだ。だから、ある時期までは、カラス盤の版がスタンダードだったのではないかと考えるわけだが、どうだろう。

 そう言えば、ショパンの遺作(これも、近年は別人の作という研究成果が発表されているが…)に『ロッシーニの主題による変奏曲』というフルート(ピアノ伴奏)曲があり、これも、私は1960年代の終わりころから、ランパル盤で愛聴しているので、耳にタコのついたメロディだが、これが今回話題にしているアリアの旋律だ。私はもちろん「チェネレントーラ」に現われて感激したのが、「セヴィリア」より先である。「セヴィリア」では伯爵が歌うテノールの曲だが、「チェネレントーラ」ではソプラノの歌だから、当然、フルートで奏でられる。そして、昔から、どの文献でも、ロッシーニの「チェネレントーラ(シンデレラ)」からの旋律による、と解説されていた。今では「偽作」とされているから、それこそ眉唾ものだが、ショパンが「チェネレントーラ」でシンデレラ物語を観て感激して書いた、というエピソードまで用意されていた。あの旋律=チェネレントーラという時代は長かったのかも知れない。

 

 (以上、新しい情報以外に、○○盤では歌っている、●●盤では歌っていない、といった情報でもけっこうですので、お寄せいただけると幸いです。以前、このブログ内のどこかでも書きましたが、日本の「名曲事典」の類は情報が古過ぎるものが多いので、参考になることが少ないのです。)

 

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

METライブビューイングのロッシーニ「セヴィリアの理髪師」は現代喜劇のデジタルなテンポ感にあふれていた

2015年01月28日 14時06分47秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 昨年11月末にニューヨーク・メトロポリタン歌劇場で上演されたばかりのロッシーニの傑作オペラ・ブッファ『セヴィリアの理髪師』を、きのう、東京・東銀座「東劇」でのライブビューイング上映で鑑賞した。
 今回の演出は、このところブロードウエイ・ミュージカルでも注目を浴び続けている鬼才バートレット・シャーによる「再演」とのことだが、私は初めて観た舞台だった。外見上の最大の特徴は、オーケストラ・ピットを囲みこんだ迫り出し舞台だが、私は、まず、舞台上の各歌手たちのピタリとタイミングを合わせた細かいジェスチャーや表情、舞台上を所狭しと動き回りながら開け閉めするたくさんの部屋扉など、そのコミカルでリズミカルな動きの闊達さに驚いた。
 イザベル・レナードのロジーナのお転婆娘というか、ヤンキー・ガールのようなテキパキとしたテンポ感・切れの良さは正に現代的で、ローレンス・ブラウンリーのアルマヴィーヴァ伯爵、クリストファー・モルトマンのフィガロ、マウリッツオ・ムラーニのバルバロともどものドタバタ劇が、あたかも現代喜劇の舞台を観ているような感覚で、進行する。その切り替え、転換の瞬間芸のような切れ味は、指揮のミケーレ・マリオッティの手際にも負っているはずだ。マリオッティの指揮する音楽は、ただでさえその差がはっきりしているロッシーニの音楽の緩急を、ことさらにクッキリさせ、ゆるやかな部分と快速な部分との中間がない、極めて切り替えの素早い、デジタルな音楽づくりで押す若さが聴きものだ。
 思えば、ロッシーニの音楽そのものに、こうした音楽を受け入れるだけの懐の深さがあるわけだが、それをここまで活かしきった演出と歌手、オーケストラ、指揮者の力に脱帽した。「リリカルな古典」と思っていた『セビリアの理髪師』が、衣装や装置を無理に現代に置き換えるような「無用な努力」をしなくても、これほどに新鮮さを獲得できるのだ、と証明して見せた快挙である。メト(MET)のオペラの若々しさにこそ、オペラの未来が大きく拓けているように、ますます思うようになった。
 マリオッティは、私は詳しく知らないが、ロッシーニを得意としている指揮者だという。確か、今期のMETでは、春にはロッシーニの珍しい作品『湖上の美人』も振る。この作品は、私は、ポリーニが「指揮者デビュー」をしたCDで全曲を聴いただけだが、かなり肌合いの異なるロッシーニ世界を、次はどのように聴かせてくれるか、今から楽しみだ。
 蛇足だが、幕切れ直前は他のロッシーニ作品からの人気曲の使い回しの大幅延長バージョンの充実フィナーレで楽しめる。何が聴けるかは、当日のお楽しみとしよう。何はともあれ、とりあえずの各映画館での上映は、今週金曜まで。お急ぎを――

 

■上記「蛇足」に関連して、2015年1月30日付けで「追記」をUPしましたので、お読みください。 

 

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )
« 前ページ