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アメリカのオーケストラに初めて登場した黒人指揮者《ディーン・ディクソン》のディスコグラフィ(3)

2015年09月18日 11時26分13秒 | ディスコグラフィ的な話題

 一昨日から掲載している分の第3回、最終回です。昨日までの掲載分で友人からは、オリジナルLP発売後の怪しげなレーベルでの再発盤まで丹念に買いあさっていることに、「よく、ここまで集めた」と感心され、半ばあきれられましたが、もちろん、こうした類は、まだまだあるはずですので、ご存知の方からの情報をお待ちしています。そうした異盤の集積から、原盤ソースの異同や、プレス年代、音源の売買ルートなど、さまざまなことが派生してわかってくることがあるので、侮れないのです。

《CD》
■米Bay Cities
*ランダル・トンプソン「交響曲第2番」(オリジナルは「Desto 406」と表記)
 ウィーン交響楽団(他指揮者によるJerome MorossおよびNorman Dello Joio作品とカップリング)

■米MCA CLASSICS
*マクダウェル「ピアノ協奏曲第1番イ短調op.15」/「同 第2番ニ短調op.23」
 ウィーン国立歌劇場管弦楽団(ピアノ:ヴィヴィアン・リヴキン)           MCAD2-9842

■SPECTRUM
*ドヴォルザーク「チェロ協奏曲ロ短調 op.104」(LPレコードからの盤起こし)
ウィーン国立歌劇場管弦楽団(チェロ:アントニオ・ヤニグロ)(Michelin演奏曲と併録)  CDSMAC023

■英PRT(Precision Records & Tapes)
*リスト「交響詩 前奏曲」「同 フン族の戦い」「同 マゼッパ」「同 オルフェウス」
 ロンドン交響楽団(誤記。実体はロイヤル・フィル)((P)1954 & 1986)と表記)   PVCD-8387

■Forgotten Records
*リスト「交響詩 前奏曲」「同 フン族の戦い」「同 マゼッパ」「同 オルフェウス」
 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(LPレコードからの盤起こし)        fr-824

■Essential
*ガーシュイン「ラプソディー・イン・ブルー」/「パリのアメリカ人」
 ウィーン交響楽団(ピアノ独奏:ヴィヴィアン・リヴキン)(米オリンピック盤と共通デザイン)894231000000

■伊Hunt
*プロコフィエフ「ヴァイオリン協奏曲第1番op.19」(1959年1月3日ライヴ)
 ローマ放送局(RAI)交響楽団(ヴァイオリン独奏:サルバトーレ・アッカルド)

■独Audite
*ストラヴィンスキー「メロドラマ ペルセフォーネ」(1960年11月11日ライヴ)
 フリッツ・ヴンダーリッヒ(テノール)ドリス・シャーデ(語り手)
 ヘッセン放送交響楽団、同 合唱団、南ドイツ放送合唱団、シュワンハイム少年合唱団
*ベートーヴェン「交響曲第9番 合唱付」(1962年4月13日ライヴ)
 シゲ・ヤノ(ソプラノ)/マルガ・ヘフゲン(アルト)
 フリッツ・ヴンダーリッヒ(テノール)/テオ・アダム(バス)
 ヘッセン放送交響楽団、ヘッセン放送合唱団、南ドイツ放送合唱団

《ついでながらの付記》

これまでの3回で掲載したLP、CDのほかに、じつは、いわゆる「名曲集」に収められた「半端な」ものを所有しています。

1)スメタナ「モルダウ」(ケルン放送交響楽団)

  キングレコードの1000円盤名曲シリーズ(上部がオレンジ色の帯)のLP。ただし、曲の中ほど、月光の場面の手前に、オリジナルにはない数秒の空白があります。これは、このLPリリース前に、A/B両面にまたがって収録した45回転盤があり、その音を使ってのLP制作時に、接続部分をきれいに繋ぎ損なったものでしょう。45回転盤は、教育用レコードのカタログで見た記憶がありますが、(「モルダウ」は音楽鑑賞必修教材に指定されていました。)私は現物は持っていません。私が最初にディクソンの「モルダウ」を聴いたのがこの名曲シリーズ盤でした。不思議な「休止」があるので、ひょっとしたらと思っていましたが、10インチの独盤で聴いて、そんな休止がないことを確認しました。

2)ブラームス「ハンガリー舞曲第5番/第6番」(プラハ交響楽団)

 日本コロムビアの1000円盤名曲シリーズ(黒いジャケットのもの)のLPに収録されています。他の指揮者のさまざまなオーケストラ小品を、スプラフォン原盤で集めたものです。

3)ブラームス「ハンガリー舞曲第5番」(プラハ交響楽団)

 小学校音楽鑑賞教材用の1枚として作られたコロムビア学芸部制作のCD。ついでながら、小学生に「鑑賞教材」として聞かせるような標準的な演奏からは、ほど遠い演奏です。

*なお、ディスコグラフィでは触れませんでしたが、キングレコードの「くるみ割り人形」は、子ども向けの「絵本仕立ての」レコードです。

 

《さらなる付記》

 ほんとうは、、このような一覧を作っただけで満足してはいけないのは承知しています。この指揮者について、この指揮者が第二次大戦後のヨーロッパに残した演奏スタイル上の影響について、真正面から論じなければならないと思っています。つまり、私は、そういう面で、ディーン・ディクソンの存在は、それほどに重要だったという仮説を持っているのです。

 先日「コメント欄」から教えていただいた、最近やっと出版されたという伝記本は、イギリスのアマゾンから取り寄せました。もう届くはずです。そこにディスコグラフィがあるかも知れません。あれば照合に便利ですが、私の方が情報が豊富だろうという、クソ自信があります(笑)。

 

(2015.9.18追記)

 届きました。これから、ゆっくり、慣れない英語を見てゆきますが、「ディスコグラフィ」はありませんでした。

 やっぱり、私のこの「ディスコグラフィ」を英訳して、ここに掲載するしかなさそうです。

 それで思い出しましたが、じつは、このディスコグラフィ冒頭のアメリカン・レコーディング・ソサエティの部分は、最初、英語で入力していたので、その入力データも保存してあるのです。ムリしてカタカナ書きにしているので、調査不足でミスがあるかも知れません。もっとも、まだ日本でのカタカナ表記が安定していない人名、作品名もありますから、なんとも言えません。何かお気づきのことがありましたら、お教えください。

 

 

 

 

 

 

 


 

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アメリカのオーケストラに初めて登場した黒人指揮者《ディーン・ディクソン》のディスコグラフィー(2)

2015年09月17日 11時11分08秒 | ディスコグラフィ的な話題

昨日の続きになります。合わせてお読みください。「第3回(最終回)」は明日の掲載です。 

■独EURODISC(Ariola-Sonopress)(モノラル盤)
*ブラームス「ピアノ協奏曲第2番」
 ウィーン・フォルクスオーパー管弦楽団〈ピアノ:アレクサンダー・イェンナー〉  70498KK

■英ORIOLE(Realm)(モノラル盤)
*ブラームス「ピアノ協奏曲第2番」(独オイロディスクと同一音源)
 ウィーン・フォルクスオーパー管弦楽団〈ピアノ:アレクサンダー・イェンナー〉   RM-161

■英World Record Club(モノラル盤)
*ブラームス「ピアノ協奏曲第2番」(独オイロディスクと同一音源)
 ウィーン・フォルクスオーパー管弦楽団〈ピアノ:アレクサンダー・イェンナー〉   T-213
*ドヴォルザーク「チェロ協奏曲op.104」
 ウィーン国立歌劇場管弦楽団(チェロ:アントニオ・ヤニグロ)(米ウエストミンスター録音)  T-342
*メンデルスゾーン「真夏の夜の夢」~序曲、スケルツォ、夜想曲、結婚行進曲
 ケルン放送交響楽団 (Ariola-Eurodiscの録音と表記。デルヴォー指揮の曲とカップリング)T-343             

■独BERTELSMANN(モノラル盤)
*スメタナ「モルダウ」/「売られた花嫁 序曲」
 ケルン放送交響楽団                                                        13 332
*チャイコフスキー「バレエ組曲 くるみ割り人形」
 ケルン放送交響楽団                                                              13 345

■日セブンシーズ=オイロディスク(キングレコード)
*チャイコフスキー「バレエ組曲 くるみ割り人形」
 ケルン放送交響楽団 上記と同一録音.ヨゼフ・レオ・グルーバー指揮の曲とカップリング SET-5016
*チャイコフスキー「交響曲第6番 悲愴」
 ケルン放送交響楽団                 (17cm盤2枚組)17S-5029~5030

■独EURODISC
*チャイコフスキー「交響曲第6番 悲愴」
 ケルン放送交響楽団(上記と同一録音。1963年8月27日録音と表記)    28 695XBK(2枚組LP)
*ドヴォルザーク「交響曲第9番 新世界から」
 ケルン放送交響楽団(1959年録音と表記)               28 695XBK(2枚組LP)


■米EVEREST
*チャイコフスキー「交響曲第6番 悲愴」
放送交響楽団(Rundfunk Symphony Orchestra)ヘッセン放送交響楽団1962年録音か? SDBR-3115

■独MUSICAPHON(「チェコSUPRAPHON」との共同制作と記載)
*ベートーヴェン「交響曲第7番」
 プラハ交響楽団(1968年8月18~20日、10月1~2日、5~6日録音)         BM-30-SL-1701
*ブラームス「交響曲第1番」
 プラハ交響楽団(1968年10月、1969年2月、7月録音)             BM-30-SL-1702

■独SASTRUPHON-DISCO CENTER KASSEL(オリジナルは「独MUSICAPHON」と記載)
*ウェーバー「交響曲第1番」/「交響曲第2番」
 プラハ室内管弦楽団((P)1972年・1973年と表記、1984年発売)               SM-008014
*メンデルスゾーン「交響曲第3番 スコットランド」
 プラハ交響楽団((P)1970年と表記、1984年発売)                      SM-008015

■チェコSUPRAPHON(独KASSELとの共同制作と記載)
*《ロマンティック序曲集》(シューマン「マンフレッド序曲」/ブラームス「悲劇的序曲」/ワグナー「ファウスト序曲」/メンデルスゾーン「美しきメルジーナ」
 プラハ交響楽団                                                              1-10-1095
*メンデルスゾーン「交響曲第3番スコットランド」
 プラハ交響楽団(1972年発売?)                                                   1110-1124
*モーツァルト「交響曲第33番」/「交響曲第34番」
 プラハ室内管弦楽団                               1110-1125
*ハイドン「交響曲第92番 オックスフォード」/「交響曲第48番 マリア・テレジア」
 プラハ室内管弦楽団(1972年発売?)                       1-10-1202
*ブラームス「ハンガリア舞曲第1, 3, 10, 2, 5, 6, 11~16, 17~21番」
 プラハ交響楽団                                                                 1110-1206
*ウェーバー「交響曲第1番」/「交響曲第2番」
 プラハ室内管弦楽団(1974年発売?)                                       1-10-1635

■英Three Centuries Musick(Oryx production)
*ベートーヴェン「交響曲第7番」
 プラハ交響楽団(表記はないが独ムジカフォン盤と同一音源)                             3C-318


■英Legend(Rediffusion Records)
*《ロマンティック序曲集》
 プラハ交響楽団(スプラフォン録音と表記 (P)1977)                     LGD-014

■米Nonesuch
*メンデルスゾーン「交響曲第3番 スコットランド」
 プラハ交響楽団(西ドイツのレコード会社による録音と表記。(C)1971)         H-71254

■日スプラフォン(日本コロムビア)
*メンデルスゾーン「交響曲第3番 スコットランド」
 プラハ交響楽団(1973年4月新譜)                                      OS-2845-S

■独ヘッセン放送交響楽団
*メンデルスゾーン「交響曲第4番 イタリア」/ブラームス「悲劇的序曲」
 ヘッセン放送交響楽団(1969年5月24日、1968年9月12日録音)           76 726
*ハルトマン「バリトン独唱と管弦楽のための《聖歌の情景(Gesangsszene)》」(インバル指揮の曲とカップリング)
 ヘッセン放送交響楽団(バリトン:フィッシャー=ディスカウ)(1964年11月13日録音)   66 28044-02

■独Harmonia Mundi
*ハルトマン「バリトン独唱と管弦楽のための《聖歌の情景(Gesangsszene)》」上記と同音源
 ヘッセン放送交響楽団(シュトックハウゼン、ヘンツェ、ツェンダー作品他)    DMR-1019~21

*私が収集したLPレコードは、これで終わりです。あとは明日、CD(およびCD-R)で発売されたものと、付記を掲載します。 

 

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アメリカのオーケストラに初めて登場した黒人指揮者《ディーン・ディクソン》のディスコグラフィー(1)

2015年09月16日 11時30分08秒 | ディスコグラフィ的な話題

 お待たせしました。やっと、私が収集したディーン・ディクソンの音盤のすべてのリストが出来ました。A4判でフォントを10.5Qにしてプリントアウトしたら、6ページになってしまいました。最近はスマホで読んでくださる方が多いので、ちょっと長すぎるかと思い、3回に分けて掲載します。きょうはその第1回目、第2次大戦後、アメリカが当時の強いドルの力でウィーンに乗り込んで間もない時期、アーカイヴ的な「アメリカン・レコーディング・ソサエティ」のLP(これは、ディクソンの母校でもある米コロンビア大学のプロジェクトだったはずです)や、ウエストミンスター、ヴォックスとのLPです。

 明日の第2回は、オイロディスク、ムジカフォン、スプラフォンなど、ヨーロッパ資本によるケルン、ヘッセン両放送局のオーケストラ、プラハのオーケストラとのLPなどです。そして第3回は、ごくわずかですが「CD}で発売されたものと、私の付記です。

《LP》
■米AMERICAN RECORDING SOCIETY(ARS)(すべてモノラル録音)
*ウォルター・ピストン「交響曲第2番」
 アメリカン・レコーディング・ソサエティ管弦楽団          ARS-1(10インチ盤)
*ヘンリー・コーウェル「交響曲第5番」
 アメリカン・レコーディング・ソサエティ管弦楽団          ARS-2(10インチ盤)
*エドワード・マクダウェル「インディアン組曲」op.48
 アメリカン・レコーディング・ソサエティ管弦楽団          ARS-3(10インチ盤)
*ランダル・トンプソン「交響曲第2番」
 アメリカン・レコーディング・ソサエティ管弦楽団          ARS-4(10インチ盤)
*ダニエル・グローリー・メイスン「《おんどり君》序曲」
 ジョン・パウエル「黒人風ラプソディ」
 アメリカン・レコーディング・ソサエティ管弦楽団         ARS-20(10インチ盤)
*ロバート・ワード「交響曲第1番」(ワルター・ヘンドル指揮の曲とカップリング)
 アメリカン・レコーディング・ソサエティ管弦楽団              ARS-9
*ダグラス・モア「交響曲 イ長調」
 ランダル・トンプソン「交響曲第2番」(ARS-4と同一)
 アメリカン・レコーディング・ソサエティ管弦楽団                   ARS-45
*ハワード・スワンソン「短かい交響曲」(ワルター・ヘンドル指揮の曲とカップリング)
 アメリカン・レコーディング・ソサエティ管弦楽団              ARS-116

■米DESTO(すべてモノラル録音)
*ロバート・ワード「交響曲第1番」(ARS盤と同一。ワルター・ヘンドル指揮の曲とカップリング)
 ウィーン交響楽団(前記の匿名「アメリカン・レコーディング・ソサエティ管弦楽団」の実体)   D-405
*マクダウェル「インディアン組曲」(ARS盤と同一。ワルター・ヘンドル指揮の曲とカップリング)
 ウィーン交響楽団(前記の匿名「アメリカン・レコーディング・ソサエティ管弦楽団」の実体)   D-408
*Leo Sowerby“Prairie” ARS盤は未発見。マックス・シェーンヘル指揮の曲とカップリング)
 ウィーン交響楽団                             D-421

■米WESTMINSTER(英NIXAと提携)
*シューベルト「ロザムンデの音楽(全曲)op.26」
 ウィーン国立歌劇場管弦楽団(コントラルト:ヒルデ・レッセル=マイダン)
 アカデミー合唱団(フェディナンド・グロスマン指揮)((C)1953)            WL-5182
*マクダウェル「ピアノ協奏曲第1番イ短調op.15」/「同 第2番ニ短調op.23」
 ウィーン国立歌劇場管弦楽団(ピアノ:ヴィヴィアン・リヴキン)((C)1953)            WL-5190
*ドヴォルザーク「チェロ協奏曲op.104」
 ウィーン国立歌劇場管弦楽団(チェロ:アントニオ・ヤニグロ)((C)1953)            WL-5225
*モーツァルト「ピアノ協奏曲第11番k.413」「同 第22番k.482」
 ウィーン国立歌劇場管弦楽団(ピアノ:ヴィヴィアン・リヴキン)((C)1954)            WL-5244
*リスト「交響詩 前奏曲」「同 フン族の戦い」「同 マゼッパ」「同 オルフェウス」
 ロンドン・フィルハーモニック交響楽団(「ロイヤル・フィル」の変名)((C)1954)   WL-5269
*シューベルト「交響曲第4番 悲劇的」「同 第5番」
 ロンドン・フィルハーモニック交響楽団(「ロイヤル・フィル」の変名)((C)1954)   WL-5274
*シューベルト「交響曲第4番 悲劇的」「同 第5番」
 ロンドン・フィルハーモニック交響楽団(上記の再発売)           XWN-18485
*シューマン「交響曲第3番」「同 第4番」
 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 ((C)1954)                   WL-5285
*シューマン「交響曲第3番」「同 第4番」
 ウィーン国立歌劇場管弦楽団(上記の再発売)                   XWN-18368

■英NIXA(米WESTMINSTERと提携)
*マクダウェル「ピアノ協奏曲第1番イ短調op.15」/「同 第2番ニ短調op.23」
 ウィーン国立歌劇場管弦楽団(ピアノ:ヴィヴィアン・リヴキン)               WLP-5190
*シューベルト「交響曲第4番 悲劇的」「同 第5番」
 ロンドン・フィルハーモニック交響楽団(「ロイヤル・フィル」の変名)       NLP-913

■仏VOX(MINIVOX)(モノラル盤)
*ガーシュイン「ラプソディー・イン・ブルー」/「パリのアメリカ人」
 ウィーン・プロ・ムジカ管弦楽団(ピアノ独奏:ヴィヴィアン・リヴキン)  MV-213(10インチ盤)
  (オケ名は米VOXが使用していた「ウィーン交響楽団」の変名。)

■米OLYMPIC
*ガーシュイン「ラプソディー・イン・ブルー」/「パリのアメリカ人」上記と同一録音
 ウィーン交響楽団(ピアノ独奏:ヴィヴィアン・リヴキン)              OL-8121

■伊JOKER
*ガーシュイン「ラプソディー・イン・ブルー」/「パリのアメリカ人」上記と同一録音
 ウィーン交響楽団(ピアノ独奏:ヴィヴィアン・リヴキン)(C)(P)1983年の表記あり  SM-1309

 

 

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独エレクトローラ(EMI)のレハール「オペレッタ・シリーズCD」について

2015年02月26日 16時25分03秒 | ディスコグラフィ的な話題

 昨日の当ブログでの話題からの追補的な話題。

 皆様もご存知の通り、昨今のCD業界の離合集散は、目を覆いたくなるような惨状だが、冒頭の写真を見ていただきたい。BOX入りの5枚組CDで『レハール・オペレッタ集』である。すべてハイライトだが、もともとメロディの使い回しが多いオペレッタだから、セリフを飛ばして重複曲を外すと、だいたいは1枚のLPに収まるものだったことは、オペレッタ・マニアならご存知のとおりである。だから、この5枚組みも、レハールの代表作をほぼ網羅したものとなっている。現在、価格はネットで2000円前後という大バーゲンで、往年のEMI系・独エレクトローラ原盤の名盤が揃うというものだが、右上のマークに注目である。

 「W」をデザインしたこのマーク、「ワーナー・ミュージック」のマークである。名門EMIが無くなって、これに変わったのは、確か一昨年のことだったと思う。じつは、この5枚組、私は発売予告が出たときに、いち早く予約購入を申し込んでいたのだが、発売延期に次ぐ延期を繰り返し、確か2ヶ月ほど遅れて、やっと届いたのを憶えている。その時気付いたのが、まず、このマーク。予告では「EMI」だったのだ。ちょうど、世界中から順次「EMI」マークが一掃されだした時期に当たっていた。おそらく、パッケージの作り直しか何かがあっての遅れではなかったか、と思ったのだが、真相はどうだろう。

 その後、しばらくはEMIの音源が次々に「W」に変わってしまったが、これにはかなり抵抗があった。フィリップスマークが消え、ユニバーサルに統一されて、どれにも「DECCA」マークが付いている以上に、私にはショックだった。

 ところが、最近になって、どうやら同じワーナー系列のクラシックレーベルとして「エラート」の「E」マークが選ばれ、その展開から、今度は本家のエラート原盤物と区別するためか、EMI系は「真っ赤な」エラートマークに変わった。これで、フランス物などは、旧エラート原盤が昔ながらの「緑のE」、旧パテ原盤が「赤のE」となったわけだ。エラート・マークの「赤」にCD時代になってからのEMIの面影を見出すというのも、滑稽で哀しい。

 こうしたマークの変更、統合は、いったい、いつまで続くのだろう。

 思えば、20世紀になってレコード文化が発展していった時、ヨーロッパでは「電気屋さん」がレコード会社を牽引していった。日本でもそうだった。日本グラモフォンが発足当初は「富士電機」の子会社だったことを憶えている人は、もうほとんどいない。戦後のビクターには「松下」、そしてEMI系の再編にからんでは「東芝」の名が出てきた。コロムビアの建て直しには「日立」が入り込んだ。 

 昨今の再編で、ユニバーサルに、DG、DECCA、PHLIPSが収束し、ソニーにCBS、RCA、ワーナーにEMIとERARTとなって、文字通りエンターテインメントというか映画会社のような有様だ。マークは違えど、LP時代のオリジナル・デザインをひっぱり出しているところが、また、なにやら怪しげだ。

 この写真は左が今度の5枚組の1枚、右は私が30年ちかく以前に購入した『メリー・ウィドウ』のCD。オリジナルのLPをアレンジしたデザインのようだが、この時代は、そんなにオリジナルデザインにこだわりはなかった。今回、レハールの『この世は斯くも美しい』を加えてぎりぎり80分収録となったので、ルドルフ・ショックの写っている写真が加わっているが、おそらく、そのオリジナル盤の表紙から部分が取られているのだろう。オリジナルLPから、1、2曲の省略をして「80分}に収めているかも知れない。

 レーベルの離合集散の話など、どうでもいいことかも知れないが、それぞれの音源が最初に世に出た時の状態への探求だけは、忘れてはならないことだと思っている。

 とは言え、この5枚組はレハールのオペレッタを語る上で、重要なコレクションとして、お薦めである。

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コメントをくださった方々へのお詫びと、ディーン・ディクソンのCDについての続報など

2015年01月14日 17時33分19秒 | ディスコグラフィ的な話題

以下、まずは、2013年7月19日付の当ブログ「CD化されていたディーン・ディクソンのガーシュイン録音」に対してのコメントを、到着順に3本、転記します。なぜ、そんなことをするのかについてのご説明。
じつは、下記の2つ目のコメントを戴いたのが3日前のことですが、それに気づいたのは昨日でした。それは、私の古くからの書籍編集者仲間で友人の木村正行氏が、私宛の賀状の誤記についての他愛のない弁命を、ブログのコメント欄に入れたので読んでほしいと言ってきたことに始まります。
この2ヵ月ちかく、さまざまの事が重なってしまって時間が取れず、ブログの更新どころか、コメント欄のチェックもしないまま推移していましたので、そんなムリヤリの要求でもなければ、コメント欄のチェックは更に数日遅れてしまっていたでしょう。それでも、木村氏の要望があってから2日後のことでした。
彼のコメントは私信に類するものなので公開扱いはしませんが、その時、未開封のコメントが何本も貯まっているのに気づいたというわけです。下記の2本目のコメントもそのひとつで、文面でお分かりのように、その木村氏のお知り合いのようです。じつは、この方も、私からのレスポンスがないことに不安を感じられたのか、ほぼ同じ内容のコメントが、翌日にも到着していました。そのように2度、3度送信なさった方が、他にもいらっしゃるのには、ほんとうに恐縮してしまいました。古くは10月末あたりからコメントをくださった多くの方々に、深くおわびいたします。
下記に引用したコメント以外では、「ソンドラ・ビアンカ」についての情報が多かったのですが、これについても、なるべく早急に、この場でご返事なり、私からの情報の返送をします。
また、映画「危険な月光」へのコメントへのご返事も、この場で詳報しなければなりません。
なお、下記の引用コメントの最初のものは、昨年の春にいただいたもので、私としては「どんな演奏?」と問われた答えを「ひと言」では表現できないままになっています。申し訳ありません。以前、当ブログ内で書いたと思いますが、いずれ「ディーン・ディクソン論」を書かなければ、と思っており、そこで納得の行く言及をしたいと考えています。それまで、お許しください。今、ずいぶん昔に聴いた時の印象だけを言えば「素っ気ない演奏」の範疇にあると思いますが、そうした演奏の意味について、私自身が、このところ考え直していることがありますので、(それは、昨日、この場にupしたものも含め、最近の当ブログ内カテゴリー「新譜CD雑感」を4、5本遡ると、お気づきになる方も居られると思います。)間違った印象かも知れません。

  ==================
以下、2013年7月19日付の当ブログ「CD化されていたディーン・ディクソンのガーシュイン録音」に対してのコメントの転記です。

タイトル:ディーン・ディクソン
投稿者:GABBY 


2014-04-26 09:29:18


ヴィヴィアン・リブキンの検索でたどりつきました。ウエストミンスターから出ていたモーツアルトのピアノ協奏曲、ディクソン指揮、リブキンピアノのLPもお持ちだと思いますが、どんな演奏なのでしょうか。聞いてみたいなと以前から思っているのですが、CD化される気配はまったくないようです。


タイトル:ディーン・ディクソン
投稿者:Tarakowski


2015-01-10 22:19:06


初めまして。木村正行さんから紹介されて覗いてみました。ディクソン、N響に一時客演していましたね(齢がばれる)。ガーシュウィンのは持っています。最近ヴンダーリヒがテオ・アダムらと歌っているヘッセン放響の第九の指揮がディクソンで感激しました。レーベルはaudite まだ入手可能です。


タイトル:Tarakowskiさんへ
投稿者:竹内貴久雄


2015-01-13 11:30:54


コメント投稿に気付くのが遅れました。申し訳ありません。上記のほかにも、12月に入ってから、何人もの方からコメントを(私信の類なので公開処理はしませんが)戴いていて、それらも貴重な情報だったのですが、投稿に気付いたのがまとめて全て一昨日で、そのご返事もまだしていないという状況です。このコメントのあとで、すぐ、久々に、このブログを更新しますので、それで事情をお察しください。原稿の執筆で追われていたのです。
年末は散々でした。毎日新聞の「小学生新聞」で毎日掲載している「論語」の監修で、かなり時間を取られました。私、もともとが時間をじっくりかけてまとめ上げる書籍の編集者が長く、ずいぶん昔に月刊雑誌の経験がある程度でしたから、月曜から金曜まで出ずっぱりの連載など、初体験でした。「年末進行」も、月刊や単行本ペースとはまるで違っていました。ここで楽屋落ちも何ですが、年末は、相当早い段階で1日に2日分ずつ「降版」(これも新聞業界用語ですね。出版業界では「下版」と言っています。)するので、クリスマスのころはもう、成人の日あたりのゲラを眺めていました。
それはともかくとして、きょうもまだ野暮用であたふたしているので、さまざま、懸念の解消は今週末までかかりそうです。
というわけで、申し訳ありません。ディーン・ディクソンについても、近いうちに、必ず書きます。それまで、ごめんなさい。「第9」ともう一枚とも、私も買いました。表紙がヴンダーリッヒのアップ写真なので、イヤですね。

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ご覧のように3本目のコメントは、私のつまらない弁命ですが、以下に補足します。

ヴンダーリヒの「もう1枚」というのは、これです。

 



「第9」と同様に、ヴンダーリヒが前面に出てきて嫌ですが、仕方なく購入しました。曲目は、ストラヴィンスキーの『朗読付きメロドラマ《ペルセフォネ》」です。但し、原典のフランス語版ではなくドイツ語版です。1960年11月11日のヘッセン放送局によるライヴ録音です。
ディーン・ディクソンは、レコードで発売された音源でCD化されたものがほとんどない人ですが、私がこれまでブログで触れていないものでスタンダードな作品のものとしては、写真の「リスト交響詩集」もあります。


これは米ウエストミンスターと英ニクサの業務提携で制作されたレコードがオリジナルで、各々から1954年にLPレコードが発売されています。オーケストラ名は変名になっていますが、現在は「ロイヤル・フィル」が実態だったとされている、シェルヘンやロジンスキーが振っているのと同じパターンです。ところが、このCDでは、「ロンドン交響楽団」と誤記されています。
英NIXAとPYEを受け継いだ「英PRT」初期のCD(1986年)で、デジタル・リマスター担当者がMichael J. DUTTONとなっていますが、あまりいい音ではありません。曲目は『前奏曲』『フン族の戦い』『マゼッパ』『オルフェウス』の4曲。LP時の収録順のままです。


いよいよ、ディーン・ディクソンのディスコグラフィを作らなければ、という気持ちが高まってきました。

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「ワルソー・コンチェルト」について、続報です。

2014年10月01日 10時22分32秒 | ディスコグラフィ的な話題
 「瀕死の若様」から、下記のコメントが寄せられました。いやぁ、びっくりです。ちがうタイトルで、テレビで流されていたんですね。テレ東(東京12チャンネル)だったら、字幕スーパーではなく、吹き替えだったでしょうね。
 コメント公開処理をしましたが、そこまでたどり着かない方のために、以下にコピーします。

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タイトル:英映画「危険な月光」とそのDVDのことなど
送信者ニックネーム:瀕死の若様
日付:2014-09-28 11:06:54

 またまたお邪魔いたします。何せ「危険な月光」のタイトルを見たからには、黙って見過ごすわけには参りません。この映画を1966/67年頃に「戦雲に散る曲」というタイトルで東京12チャンネル(現テレビ東京)で放映されたの2回観ました(同じ年に半年ほどの間をおいて)。これ以前にも少なくとも地方局で放映されています。
 もちろんワルソー・コンチェルトとの関連は知らなかったのでタイトル・バックで流れてきたのには大変驚きました。記憶が定かではないのですが、確か主人公はポーランドの空軍パイロット兼コンサート・ピアニストで、後に英国へ亡命し空軍に参加するという内容。
 冒頭英国の病院の一室で(記憶喪失症の患者である)主人公が窓辺に立って外を眺めている場面から始まる、一種の回想物です。途中の亡命前に軍服姿でオケをバックに演奏会場で聴衆を前にこのコンチェルをほぼ全曲を通して弾く場面が非常に感動的です。実際にはケントナーが担当している、というのは多くの資料からも間違いのないところでしょう。ただ、画面には名前が出てなかったような・・・・。
 さてこの映画のDVDは数年前に英国から発売されていますが、わざわざ取り寄せるまでもなく、日本のアマゾンから入手可能です。2,000円前後(数店からの出品あり)で、また送料は350円くらいです。当方は日本語以上に英語が不得手なので、ずうっと購入を躊躇しております。
 次に現在2枚のワルソー・コンチェルトのCDが手元にあります。
(1)D・アド二独奏 K・オルウイン/ボーンマス響(英CFP)
(2)マーティン・ジョーンズ独奏 指揮者同上/ロイヤル・バレエ・シンフォニア(英ASV)
 2枚ともステレオ盤(後者はデジタル録音)。
 最後にコンサート・ホールから発売のステレオ盤について。日本盤25センチのレコード番号SM-202でよろしいということであれば、
 ピアノ独奏はジョルジュ・ヴァンサン、伴奏はフレッド・ヘンドリック指揮のコンサート・ホール・プロムナード管です、尚組み合わせはビアンカ独奏のガーシュウィン/アイ・ガット・リズム変奏曲とアントルモン独奏のラプソディー・イン・ブルー。

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 以上が、いただいたコメントの全文です。「瀕死の若様」がお持ちのCD2種についてですが、ダニエル・アドニは、なんとなく記憶があるので、ひょっとしたら別のカテゴリーを収めるCD棚にあるかも知れません。あるいは、LPレコードで持っているのかも知れません。近日中に探してみます。
 ASV盤の方は、仕事の関係でASVの国内未発売アイテムをまとめ買いしたまま、細かく内容を吟味していないオムニバス盤が何点もあるので、これも近日中に確かめます。
 おどろいた、というか、すっかり忘れていたことを思い出させてくれたのが、コンサートホール盤のことです。ビアンカのガーシュイン「アイ・ガット・リズム変奏曲」といっしょだったのですね。それで、「アントルモンだったか?」と勘違いが生まれたのですね。そう言えば、「ビアンカ・ディスコグラフィー」を作成したあとで入手したものに、コンサートホールの国内CDがあって、それは、上記10インチLPの「アイ・ガット・リズム変奏曲」と「ラプソディ・イン・ブルー」に、ビアンカ独奏で「ピアノ協奏曲」を加え、さらに「パリのアメリカ人」を収録したものを、リサイクルショップのガラクタの山の中から見つけて入手しました。ただし、「ワルソー・コンチェルト」は省かれています。

 さて、「瀕死の若様」のおかげで、忘れてしまっていたことを、ずいぶん思い出しましたが、もちろん合わせて、DVDの探索もしました。なるほど、「危険な月光」で検索したから見つからなかったのだ、と納得。念のため「戦雲に散る曲」でも検索しましたが、とりあえず、アマゾンでは空振りでした。日本語吹き替え版は、ビデオにもなっていないのでしょうね。
 諦めて、英語版ということで、日本のアマゾンのなかを「Dangeras moonlight」で検索しましたがヒットしませんので、AmazonUKでチェックしたら、続々と出てきましたので購入しました。日本への送料込みで、2150円程度の中古DVDを買いました。(もう、ここまで来たら、深堀りするのみ、です)お笑いください。字幕なしでも、とにかく、音楽は聴けるし、ピアニストが誰で伴奏の指揮とオーケストラ名前、作曲家、編曲者などスタッフの表記などだけでも、見たいのです。飛んだ深入りです。ご報告は後日。



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「ワルソー・コンチェルト」について。そして、そこから派生したさまざまの話題

2014年09月27日 15時14分12秒 | ディスコグラフィ的な話題



 先日、ひょんなことから「ワルソー・コンチェルト」(リチャード・アディンセル作曲、ロイ・ダグラス編曲)が話題になりました。翌日、すぐに、このブログ用に以下の文章をメモ書きしたのですが、いろいろと手の離せない仕事があって、仕上げと写真のUPに手間取ってしまい、本日の公開となりました。
 じつは、私、この妙に思い入れたっぷりのベタな音楽が耳に残ってしまって、いろいろ調べてみたことがあるのです。ですから、目に付いたときには購入するようにもしてきましたが、ビアンカ盤は見落としていました。この曲の録音としては、かなり初期のものだと思います。
 「ワルソー・コンチェルト」は、昔読んだことのある解説(岡俊雄さんだったと記憶しています)によれば、『危険な月光』という日本未公開映画の挿入曲だということです。その映画のビデオというかレーザーディスクというか、あるいはVHD、DVDと、新しいメディアが出てくるたびにチェックしているのですが、私は未だに観たことがありません。したがって、サウンド・トラックの音も耳にしていません。ネット情報では弾いているのはイギリスのピアニスト、ルイス・ケントナーだそうですが、画面クレジットを見ていないので鵜呑みにはできませんし、伴奏のオケと指揮者もわかりません。
 この曲を始めて耳にしたLPはコンサートホールの10インチ盤ですが、誰の演奏だったか、どこかに紛れてしまっていて、思い出せません。アントルモンだったかも知れません。また、私が所有しているCDは、下記の3点です。この映画について、あるいは他の録音について、何か情報がありましたら、お教えください。

●イサドール・グッドマン(ピアノ)
 パトリック・トーマス指揮メルボルン交響楽団
 独DGG 1981年録音 演奏時間:8分03秒
●クリスチーナ・オルティス(ピアノ)
 モーシェ・アツモン指揮ロイヤル・フィルハーモニー
 英DECCA 1984年録音 演奏時間:9分08秒
●ゲオルク・ライデル又はジョージ・ライダー(ピアノ)
 アントン・ナヌート指揮リューブリアナ放送交響楽団
 蘭Selcor(Grand Gala) 1990年頃録音 演奏時間:8分36秒

オルティス盤(冒頭写真)のしなやかな抒情味は、なかなか魅力的です。
その他の盤も、ご参考までに写真を掲出します。



右側のナヌートのものは、CD初期の廉価盤ワゴンセール物で、当時「石丸電気」が直輸入盤として日本語帯を巻いて販売していたものです。原盤ソースは違うはずですが、それは「ナヌート・マニア」にお任せしましょう。
 ちなみに、オルティス盤のカップリング内容がなかなか面白いので、ご紹介します。
 いずれもガーシュインの作品ですが、演奏者が変わっています。
●「キューバ」序曲
 ロリン・マゼール指揮クリーヴランド管弦楽団
●「ラプソディ・イン・ブルー」
●「パリのアメリカ人」
 スタンリー・ブラック指揮とピアノ
 ロンドン・フェスティヴァル管弦楽団
●「《アイ・ガット・リズム》変奏曲」
 ダヴィッド・パークハウス(ピアノ)
 バーナード・ハーマン指揮
 ロンドン・フェスティヴァル・レコーディング・アンサンブル

 マゼールは有名な録音ですが、こんなところで、スタンリー・ブラックやバーナード・ハーマンといった映画音楽畑、ポップス・コンサート系の演奏家のガーシュイン録音が手に入るとは、思ってもいませんでした。ちょっと興味深い演奏です。思わぬ副産物でした。





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またまた、ソンドラ・ピアンカにコメント情報が寄せられました!

2014年09月24日 11時58分17秒 | ディスコグラフィ的な話題
 どうも、こういう話題だと盛り上がるようです。久しぶりに、「瀕死の若様」からも、ソンドラ・ビアンカについてのコメントを戴きました。お馴染みの方です。ありがとうございました。コメント欄から引き出して、以下にも掲出しますので、お読みください。私の返信も添えました。

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コメント・タイトル:
ビアンカのワルシャワ・コンチェルト

送信者:瀕死の若様

2014-09-20 22:33:39

 多分見落としではないと思いますが、ビアンカのディスコグラフィーに以下の2枚が載っていないようです(手元の資料参照)。
1.米LION L70110(mono)1954年発売
Warsaw Concerto & Othrer Concertos for Loversというタイトルで伴奏は
 Robert Asheley and his Symphonic Orchestraです。
2.コンサート・ホール SMS976(STEREO)1963年発売
 リスト/ハンガリー幻想曲(カール・バンベルガー/ハンブルグ北ドイツ響)

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情報、ありがとうございます。 (竹内貴久雄)

2014-09-24 11:55:34

「瀕死の若様」というペンネームの方、久しぶりのコメントですね。ありがとうございます。
 ご指摘の2点のLP、どちらも知りませんでした。ビアンカが「ワルソー・コンチェルト」を録音しているのでしょうか? それとも、アルバム・タイトルに使われているだけで、ビアンカは「その他の協奏曲」なのでしょうか? あるいは、協奏曲の聴きどころを集めたものでしょうか? ちょっと怪しいタイトルですね。いずれにしても、ロバート・アシュレー(と発音するのでしょうか?)という指揮者との共演盤は初耳です。
 リストの曲は、ビアンカにとって得意曲、あるいは、話題曲なのかも知れませんね。マルティノン盤に次いで、二度目の録音ということになりますね。かなり、曲調に合っている感じの演奏でしたから、これも期待できますが、伴奏のレベルがどうでしょう。チャイコフスキーの協奏曲では、まあまあでしたけど。
 いずれにしても、ある意味では粗い弾き方をするビアンカの持ち味に合った曲だと思いますので、しばらく「探求盤」ということになりますね。



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ソンドラ・ビアンカのディスコグラフィについて、久しぶりにコメントをいただきました。

2014年09月18日 13時16分14秒 | ディスコグラフィ的な話題

 当ブログの「ソンドラ・ビアンカ/ディスコグラフィ」に、鈴木さんという方から以下のコメントが寄せられました。私がそれに続けて入れたご返事のコメントが、その次にあるものです。コメント欄にまで辿り着かない方のために、ブログ本文にも掲載します。
 ビアンカは、データ情報の少ないアーテイストのひとりです。私の中間報告的なリストに漏れているものをご存知の方からの情報を、お待ちしています。
 私の作成したディスコグラフィは、ブログ内検索で「ソンドラ・ビアンカ」と入れるか、あるいは、以下二つのコメントのどちらかをコメント一覧からクリックすれば、現われます。


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コメント・タイトル:ビアンカさん
投稿者 (鈴木)

2014-09-17 20:38:11

はじめまして。ソンドラ・ビアンカさんの音源はピアノソロで三曲だけ所有してます。キングレコードから出たオムニバスのCDに収録されてました。
とても熱のある演奏で、オリジナルのLPを探してるけど見付からず。。他の演奏も聴いてみたいです。録音はモノラルなのか音がノイズだらけだけどそれが味があっていいなって思ってます。

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コメント・タイトル:鈴木さんへ
投稿者 (竹内貴久雄)

2014-09-18 13:14:42

コメント、拝見しました。キングレコードの「オムニバス」とは、どんなものでしょうか。私は、「母と子の~」とか「マタニティ・クラシック~」とかいったタイトルのものを、見かけたことがあって、LP、CDともいくつか所有していますが、キングレコードだったか? 今、すぐに出せないところにしまいこんでしまったので確認できませんが、ちょっと意外です。でも、CD初期には、さまざまなヨーロッパ音源が出回っていましたから、あり得ることではあります。少なくとも、MGMレコード時代のモノラル音源を、オムニバスCDに収録するというのは考えにくいので、たぶん、テイチクやコロムビアでLPレコードとして出ていたステレオ初期のマイナーレーベル音源だろうと思います。曲目や、オムニバスアルバムのタイトルが知りたいです。
演奏について、鈴木さんが「とても熱のある演奏」と書いていらっしゃるのは、その通りだろうなぁと、うれしく読みました。まさに、それが、ソンドラ・ビアンカの大きな特徴でしたから。
 「協奏曲」録音が多かったのも、うなづけます。大オーケストラを向こうに回して、一歩も引かずに弾いていますね。だからこそ、ブルーノ・ワルターが、「小さなからだいっぱいに、大きな音楽を持ったピアニスト」と評したのでしょうね。







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『ピーターと狼』日本語バージョン史とストコフスキー――蛇足篇

2013年06月21日 11時33分33秒 | ディスコグラフィ的な話題
 本日、とってもコアな話題です。ごめんなさい。
 昨日の『ストコフスキーの芸術』第3集のライナーノートの原稿に、「瀕死の若様」を名乗る方からコメントが投稿されました。面白かったので、皆様にも読んでいただこうと公開扱いとしましたのでお読みください。
追記:コメント欄をわざわざ開かずにお読みいただけるよう、下記に引用しました。

 =================
Unknown (瀕死の若様) 2013-06-20 20:29:50
「ピーターと狼」のナレーション史、大変興味深く読ませていただきました。自分が当時購入(正確には父に買ってもらった)したのは、やはり芥川也寸志の語りで指揮はロジェストヴェンスキー、新世界レコードの25センチLP(1500円盤)。番号は忘れましたが、プリフィックスは確かPLVだったような。そういえば「ピーター」ではなく「ペーター」の表記でした。オーマンディ盤とどちらが先の発売かは不明です。
 尚、当然ご存知だとは思いますがカウントダウン・メディア社の音源提供によるエヴェレストのCDは数年前に米Classic Records Inc.より10点ほど発売になっております。

ナレーターの訂正 (瀕死の若様) 2013-06-20 21:10:31
 先程のロジェベン指揮の「ペーターと狼」の新世界盤の語り手は勿論、芥川比呂志が正解です。
 =================


 「瀕死の若様」は、私とほぼ同世代の方のようですね。昭和30年代に小学生だったのでしょうか? 芥川のナレーション版の「ピーターと狼」を聴いて育った方のようです。この方のロジェストヴェンスキー盤は、確か同じ芥川のナレーションのオーマンディ盤の数ヵ月後の発売だったはずです。今度のライナーノート執筆のために調べたときに気がつきましたが、今度確認しておきます。
 じつは、今回の日本ウエストミンスターさんにお渡しした私の原稿は、ストコフスキー・ファン、初期LP復刻CDファン、オーディオファイル・マニアの方々が購入するCDだと思っていましたから、ピーターと狼の日本盤の歴史にスポットを当てて調べ、かなり詳しく紹介するつもりでいたのです。時間があれば、学校の教育現場の再生装置がステレオ・プレーヤーが当たり前になったのはいつごろか(つまり、音楽鑑賞教材レコードのステレオ発売はいつからだったのか? 児童舞踊家だった私の父親のところに各社から届いていたサンプル盤の記憶では、わりと遅いのです。)などにも言及したかったのですが、果たせませんでした。発売の日本ウエストミンスターさんの意向です。「昔のレコードの話は簡単でいいから、曲目解説を入れて欲しい」という要望でした。
 復刻盤CDを発売している側が、復刻の意義に理解が行き届かないのは困ったことですが、それも、昨今の不況の影響でしょう。復刻に価値を見出す人だけに売るのではなく、新たな購入者(今度のCDの場合は、「わかりやすい発音の英語バージョン」を児童の英語教育の現場に生かせないか、ということ)を獲得するために、曲目解説(楽器編成や物語のあらすじなど)を入れたいということだったようです。
 ――というわけで、ロジェヴェン盤の発売もわかっていたのですが、字数オーバーするので、割愛してしまったのです。「瀕死の若様」、ごめんなさい。ほかにも、いろいろわかったことがありましたが、それらはいずれ、別の機会にしましょう。書きかけていた調査メモのままで、まだ文章にまとめていないのです。読者の方からの「思い出話」のコメントも歓迎しますが、このブログのノリではないでしょうね。

 さて、そのボツになった原稿をテスト版段階でお見せしたレコード・コレクター仲間の今村享氏が、昨日の私のブログに掲載した最終原稿を読んで、以下のようなメールをくれました。これもなかなか面白い内容なので、彼に個人的なご返事をするのをやめて、ブログ上での公開とします。今村さん、いいですよね。

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曲目解説の部分を随分加筆されましたね!
だいぶ竹内さん流に情報を入れながら面白く纏められましたが、初稿でも充分だったように思います(こんなマニアックなCDを初心者は買わないでしょうし…)。
ところで、カラヤンの『ピーターと狼』を‘疑似’ステレオと書かれたのは、何故でしょう?
『ピーター~』とL.モーツァルト(当時は未だハイドン!?)の『オモチャの交響曲』はオリジナルのステレオ録音で、ナレーターはピーター・ユスチノフが務め、日本でも全く同じジャケットでコロンビア盤が発売されました。
英コロンビアの契約先が東芝に移ってからは、ご指摘の通り、坂本九のナレーションと付属の絵本でベストセラーを記録しましたが、この時追加された『アイネ・クライネ~』が疑似ステレオだったので、全体が疑似ステレオと勘違いされたのではないでしょうか?
 ===================

 以上が、今村氏からのメールです。
 私がカラヤン版を擬似ステレオと書いたのは、当時中学生だった私が、学校の音楽室で見たレコードに記載されていたという記憶からのことです。「東芝」独自の技術でステレオ的プレゼンスを加えた、というような表現も記憶しています。この時期以降、廉価盤17センチのクラシックシリーズなどでも、同じような表記を見た記憶があります。ステレオ音源に後から日本語ナレーションを被せるのが技術的に難しかったのか、モノラル音源に日本語ナレーションを加えて、ステレオ的な音の広がりだけ加えたのか、と思った記憶もあります。この時期、「ナレーションのみモノラル録音」と記載した学校劇レコードなんかも見た記憶があります。声の音像の定位に苦労したのでしょうか? 録音に詳しくないのでわかりません。
 この東芝盤の「擬似ステレオ説」は、私の少年時代の記憶だけが根拠ですので、何かまったく別の出来事との混同をしている可能性は否定できません。せっかくの今村さんからのご指摘ですので、しばらくお時間を頂いて、調査したいと思っています。
 何はともあれ、7月24日発売予定の『ストコフスキーの芸術・第3集』をお買い求めください。今、レコード・CD会社は、世界中、どこも苦しいのです。おもしろい仕事をしているレーベルは、その会社のCDを購入することでしか「応援」することができません。コピーして他人にあげるなど、論外です。今回のCDでは、『シンデレラ』が演奏もさることながら、音質の改善が、一番成果を上げていますし、この3曲でのアルバム化は初めてだと思います。収録時間的には、同じプロコフィエフの『みにくいアヒルの子』も入れてしまってよかったと思ったのですが、私に相談してきた時には、既に曲目が決まって、様々な手続きが進行してしまっていました。ライナーノートの文中にもあるように、ドイツのライセンス会社、カウントダウンメディア社の技術者はオリジナルLP「3108」に『子供の領分』が収録されていることを知らなかったようですから、『アヒル』にも気づかなかったかも知れません。『子供の領分』の音が、どちらの段階のテープの音なのかもわかっていません。ただ、聴いた感じでは『子供の領分』だけ、少々音質が異なるようにも思います。いずれにしても、カウントダウンメディアは若い技術者が情熱的に先人の遺産を扱っているようですから、昔の事は知らないのでしょう。当時の事を知らないもの同士で、日・独を行きつ戻りつする時代になってきたわけですから、私も、これまで以上に慎重に調査しなければ、と思っています。

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ハンブルク放送交響楽団を初め、ドイツの放送オケをめぐるさまざまなことがわかりました。

2011年11月25日 15時23分18秒 | ディスコグラフィ的な話題


 昨日の私の質問に、早速、レコード・コレクター仲間の今村亨氏から返事がメールされてきました。以下に、全文、掲載します。冒頭、「座ったまま」とは、このところ当ブログで掲載が続いている山田俊幸氏の「病院日記」=「寝たまま書物探偵所」をもじったものです。
 今村氏からは、以前、私が自分のことを「どうやら私は《マニア》ではなく《コレクター》らしい」と発言した時に、「そうですよ、マニアは珍品を血眼になって買い集める人のことですが、コレクターは、買い集めたものを分類、分析する人のことだから」と言われたのを思い出しました。その彼と《コレクター道》を極めようと対談したものなども収録して、来年春に、久しぶりに私の「名盤コレクション」を語りつくした単行本の出版が決まりました。1994年の『コレクターの快楽――クラシック愛聴盤ファイル』(洋泉社)以来、18年ぶりの「クラシック音盤本」です。その間、演奏の変遷史を踏まえて、多くの視点を見出してきたつもりです。その意味では「総決算」の第一弾と認識しています。詳細は追って、このブログでもお伝えします。
 では、以下、今村氏のレポートをお読みください。

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 面白いコメントですね。今まで見過ごして来た事柄を改めて見直す良いきっかけになりました。大分長くなったので2つに分けてコメントします。“寝たまま”と云う訳には行きませんが、手が届く範囲の資料だけで、ほぼ“座ったまま”纏めてみました。

 レントさんご指摘の通り、ハンブルク響は1957年に創設された、ハンブルク・フィル(1896年発足: 母体のシュターツオーパー管は17世紀の創立)、NDR響(1945年創設)に続く同市第3のオケで、初代の常任指揮者はフルトヴェングラーと同世代のオペラ指揮者、ロベルト・ヘーガーが、61年まで務めました。レントさんが言及されたヘリベルト・バイセルはこれまでで最も長く常任を務めた(1972~86)第4代指揮者で、現在の常任は2009年からジェフリー・テイトが務めていますが、ここで肝心なのは、ビアンカの録音で共演したオケが、このハンブルク響だったのかという事だと思います。
 鋭い方なら既にお気付きのように、現在のハンブルク響の創立は1957年ですから、ビアンカの録音が行われた1955年夏には、未だ同オケは存在していない事になります。つまり簡単に結論から言えば、両者は別の団体と云う事になってしまいますが、それでは、ビアンカと共演したオケは何なのかと云う疑問は相変わらず残ります。
 これについては、一つの推論に過ぎませんが、現在のハンブルク響と繋がりがある可能性も考えられるのです。
 ハンブルク響は年20回ほどハンブルク国立(州立)歌劇場でオペラやバレエ公演を行っているようですが、国立(州立)歌劇場には17世紀に創設されたシュターツオーパー管があり、そのコンサート・オーケストラはハンブルク・フィルとして広く知られていて、両者の関係はウィーン国立歌劇場管とウィーン・フィルのようなもので、やはりハンブルク・フィルにもウィーン・フィル同様に、参加しないメンバーが存在し、ビアンカと共演したのは、この正式なハンブルク・フィルではなく、シュターツオーパー管の外のメンバーではなかったかと考える事も可能です。
 ビアンカの当時の経歴には海外ではハンブルク・フィルとコンサートで共演したと記され、米MGM盤のライナーノートにも、「1955年6月末に、ハンブルク“プロ・ムジカ”響の特別コンサート“オール・ガーシュインの夕べ”にソリストとして登場した…」とあるので、このオケが臨時編成だったにせよ、ハンブルク・フィルと云うか、同歌劇場管のメンバーによるものだったのではないかと想像されるからです。
 そして、もしかすると当時からハンブルク“フィル”に対し、もう一方を“響(シンフォニカー)”と呼ぶ別の団体がある程度常設に近い形で活動していたのかも知れないと考える事も出来るのではないでしょうか。
 現在のハンブルク響が1957年10月の創立だとしても、元になるオケがあった事は充分考えられますし、むしろそう観る方が妥当でしょう。それが、このビアンカと共演したオケだった可能性も否定出来ないのではないでしょうか。
 勿論全く別の、ミュンヘンのグラウンケ響のような、ユルゲン=ワルターの私設オケかも知れませんが…

             *

 竹内さんご指摘の通り、ドイツの放送響の名称はなかなかややこしいのですが、ハンブルクには有名なNDR(北ドイツ放送)響があり、レントさんが言及されたハノーヴァー放送フィルも同じ北ドイツ放送局のオケですが、1950年の創立ながら元々ライトクラシックが主なレパートリーのハノーヴァー放送フィル(ランパルのモーツァルト『フルート協奏曲』で読響を指揮したウィリー・シュタイナーやベルンハルト・クレーが常任を務めていた)とNDR響を混同する事は、まず無いと思います。
 ハンブルクには1920年代から放送局があり、ナチスの第三帝国時代も接収されて放送を続け、所属のオケも活動していましたが、第二次大戦後に同市を占領した英国軍が、新しい放送局を設立し、BBCに倣って所属するオケの編成を同市近郊に住んでいたイッセルシュテットに依頼したので、彼は旧放送響のメンバー等から新しいオケを組織し、1945年夏(11月とも)に最初のコンサートを行いました。この放送局は最初北西ドイツ放送局(NWDR)と呼ばれ、同局には2つのオケが所属し、両方ともNWDR(北西ドイツ放送)響と呼ばれていましたが、その後北西ドイツ放送局が1955年に、ハンブルクを本拠地としてニーダーザクセンとシュレースヴィヒ/ホルシュタイン、及びハンブルクを所管する北ドイツ放送局(NDR)と、ケルンを本拠地としてノルトライン/ヴェストファーレンを所管する西ドイツ放送局(WDR)に分割されたので、それぞれオケも、北ドイツ放送響と西ドイツ放送響と呼ばれるようになりました。
 しかし、フランクフルトを本拠地とするヘッセン放送局が以前は西ドイツ放送局という名称だったので、同局所属のオケもやはり西ドイツ放送響と呼ばれていた為、指揮者との関係から両者が容易に区別出来るドイツ国内はともかく、国外では西ドイツ放送響をケルン放送響、ヘッセン放送響をフランクフルト放送響と“通称”で呼ぶのが一般的になりました。

 現在は、ドイツ国内にある12の放送響とその通称は以下の通りです。

・NDR(北ドイツ放送局)所属のハンブルク放送響(NDR響)と、ハノーヴァー放送フィル
・WDR(西ドイツ放送局)所属のケルン放送響(WDR響)ともう一つのケルン放送管
・SWR(南西ドイツ放送局)所属のシュツットガルト放送響(SWR響)とバーデンバーデン/フライブルク放送響
・BR(バイエルン放送局)所属のバイエルン放送響と“ミュンヘン放送管”と呼ばれるバイエルン放送管
・MDR(中部ドイツ放送局)所属のライプチヒ放送響
・SR(ザールラント放送局)所属のザールブリュッケン/カイザースラウテルン放送響
・hr←何故か小文字(ヘッセン放送局)所属のフランクフルト放送響(hr響)
・ベルリン放送局所属のベルリン放送響

  ====================

 以上が、今村さんからのメールの全文ですが、これによって、米ヴォックスの「ハンブルク・フィル」や「プロムジカ響」なる表記に、またまた「???」が点灯してしまいました。瑣末なことはほどほどにしたいものです。

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ソンドラ・ビアンカのデイスコグラフィにいただいたコメントから、つい……

2011年11月24日 16時23分07秒 | ディスコグラフィ的な話題
だいぶ以前に当ブログにUPした「ソンドラ・ビアンカのディスコグラフィー、初公開!」にまたコメントが届きました。ただいま公開の処理をしましたが、こうした内容には、様々、興味深いコメントが寄せられる傾向にあるようです。今回もそうでした。「レント」様、ありがとうございます。以下に、そのコメントを転記します。

   =========================

・コメントが届いた記事のURL
http://blog.goo.ne.jp/kikuo-takeuchi/e/3249fe62fea22939841d16afb637af16

・コメントを書いた人
レント

・タイトル
ハンブルクのオケ

・コメント
 ハンブルク交響楽団は確か実在するオケで日本にも来ていたヘリベルト・バイセルが指揮していたと思います。ヴォックスへの録音もありました。但し、ここに出てくる録音上の「ハンブルク交響楽団」と同一団体だったかは不明ですが。
 また、「ハンブルク放送響は最近は北ドイツ放送響と名乗っている」というのは少々ニュアンスが不正確で、元々「北ドイツ放送響」が正式名称(それ以前は北西ドイツ放送)で、「ハンブルク放送響」の名称の方がイレギュラーだと思います。要は、正式名称「デンマーク放送響」を「コペンハーゲン放送響」とLP表記上しているような類ですかね。
 北ドイツ放送局で言えば、ハンブルクとハノーバーにオケをもっていたはずなので、これらを考証していけばわけがわからなくなることになるかもしれませんが。

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 コメントはここまでです。
 私が興味深く感じたのは、「ハンブルク交響楽団」は実在するオーケストラではないかということ。古い記録を調べてみようかと思いました。ただ、日本では昔から、いわゆる興業屋さんが通りのいい名前を与えて日本公演を仕切ることがありますから、要注意です。(今でも、「ウィーンなんとかアンサンブル」とか、「ロシア○○フィルハーモニック管弦楽団」といった感じで…)。ヘリベルト・バイセルという指揮者も知りませんでした。VOXというアメリカ資本のマイナーレーベルのヨーロッパ録音というのも、どうでしょう。「ハンブルク・フィルハーモニー」は「ハンブルク国立歌劇場管弦楽団」のコンサート時の名称、ケルン・ギュルツェニッヒ管弦楽団が、同じくケルン歌劇場管のコンサート時の名称ですが、メンバーが中途半端で、録音用にエキストラも混じっていると、その土地の名に「交響楽団」を付けたりして、実在しないオケ名が登場することはドイツ国外で発売されるレコードなら、なんでもあり、だったかもしれません。
 その意味では、むしろ、「放送交響楽団」と付くと、勝手はできません。
 「ハンブルク放送響は、最近、北ドイツ放送響と名乗っている」と私が書いたいるようですが、それは、確かに不正確です。が、それは、「北西ドイツ放送局と言っていたものが、最近、北ドイツ放送響と名乗るようになった」と言いたかったのです。ただ、レント氏もお書きになっているように、同局はハンブルクとハノーヴァーとにオーケストラがあったはずなので、「ハンブルクの北西ドイツ放送交響楽団」「ハノーヴァーの北西ドイツ放送交響楽団」というのを略して、「ハンブルク放送交響楽団」と表記する習慣が、日本やアメリカにあったようです。(「ハンブルク」と入っていないのは、ランク落ちの「ハノーヴァー」のオケを隠すためだという説までありました。(――と、ここまで書いて、「ハノーヴァー」は「西部ドイツ放送局(ケルン放送局です)の所属だったかな?と不安になりました)いずれにしても、ややこしいことだらけです。また間違っていたら申し訳ありません。今村さん、これ、目に入ったら、教えてください!
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ショスタコーヴィチの交響曲第11番は、安保闘争前夜の1950年代に大ブームだったらしい。

2010年09月22日 14時54分54秒 | ディスコグラフィ的な話題
(ご注意)
10月1日付けで、下記の内容に関して、当の今村亨氏からの訂正が「コメント欄」に書き込まれました。初演者のことです。以下をお読みになる方は、コメントを併せてお読みください。コメントは、この文章の一番下の「コメント」という文字の次の「(1)」にカーソルを合わせてクリックすれば、別ウインドが開きます。

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昨日の続きになります。今村亨氏から、昨日、ブログupの数時間後に、私の携帯に以下のメールが到着しましたのでご紹介します。

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 オケ側の事情とは気付きませんでした。確かに客演ではなく、常任指揮者は、好きなレパートリーだけを取り上げる訳にはいかないでしょう。さすがにシリーズ全体を見渡した見解ですね。
 でも、プリッチャードが何故ショスタコの11番を取り上げたか? という、この録音の一番の興味と云うか、一種の“謎”はある程度分かったにしても、何故それが時代遅れの演奏スタイルだったのかは、やはり不思議に思います。クリップスのように、かなり幅広いコンサート・レパートリーを残した人も居ますが、一般にオペラ指揮者が残したコンサート・レパートリーはオペラ+αの事が多く、ショスタコの11番は、かなり特殊なものと思います。たとえば、最近N響によく客演するネロ・サンティがショスタコの11番を振ったら、やっぱり意外でしょう!? ですので、そうした馴染みの薄い曲だったために、プリッチャードが持っていたイメージがコンヴィチュニー的なもので定着していたのでしょうか?
 この曲は初演後数年の内にムラヴィンスキー(初演者)、ラフリン(モスクワ初演者)、ストコフスキー(西側&アメリカ初演者)、クリュイタンス(仏初演者)、コンヴィチュニー(東独初演者)等が次々に録音し、今では想像出来ないようなブームを巻き起こしたようなので、プリッチャードが当時何か強い印象を抱いた事は想像出来ます。それが偶々コンヴィチュニー(か、それに類する演奏)だったのかも知れません。
 そう言えば、以前、俵孝太郎が「11番は当時の学生でも良く知っていた革命歌が出てくるので、お堅い交響曲というより、歌声喫茶の延長の曲のような気がした。」と言っていましたので、何か世代によっては個人的に特別親しみがある曲なのかも知れません(もちろん、英国人のプリッチャードに、歌声喫茶は関係ないでしょうけど)。
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 ここまでが、今村氏のメールです。さすが今村さん。詳しいですね。ショスタコの11番の録音が、一時期、これほどたくさん出現していたとは、うっかりしていました。やはり、並べて検討しなければダメですね。
 そういえば、私の手元にも、フランス・コロンビアの美しいジャケットのオリジナルLPでクリュイタンス盤があるのを忘れていました。実は、この盤、中袋を入れ替えてしまっていて例の「棒」がないという理由でフランスの通販が格安で売り出していたもので、もう20年以上前に手に入れたのですが、棒の背文字が無いために長いことレコード棚から見失っていたのです。テスタメントから出たCDは数年前に買いましたが、まだ聴いていません。つまり、どんな演奏だか、BBCのプリッチャ―ドとの聴き比べという観点では、一度も聴いたことがないのです。
 今村さんのおかげで、またひとつテーマが出来ました。感謝!

(追記)
 現在、今年の暮れに発刊予定で執筆中の書籍『ギターと出会った日本人たち――近代日本の西洋音楽受容史』(ヤマハミュージックメディア)の原稿のラスト・スパートに突入していて、そのことで頭がいっぱいなので、ショスタコについて考えるのは、だいぶ先になります。申し訳ありません。
 直近では、それと、もうひとつ。11月末から来年1月23日まで渋谷の松濤美術館で開催される展覧会『大正イマジュリィの世界――デザインとイラストレーションのモダーンズ』で、大正・昭和初期の楽譜書(セノオ楽譜、ビクター、新興、ハーモニーなど)や楽譜絵葉書の世界を概観します。展覧会と同名の書籍も、ピエブックスから刊行されますが、その編集作業、コラム執筆、出展作家(無名の人がたくさん)の経歴調査にも参加しているので、かなり追われています。
 以前にも当ブログのどこかに書きましたが、大正・昭和初期の西洋文化受容史の研究は、私にとって、音楽を真ん中に置いてはいるものの、どんどん範囲が広がっていて、興味が尽きません。これらを総合して考えるだけの時間が、私にどれだけ残されているのだろう、と、考えるようになりました。




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ストコフスキーのショスタコーヴィチ「交響曲第11番」はキャピトル盤です。

2010年09月21日 13時05分06秒 | ディスコグラフィ的な話題
9月15日のブログに掲載の「BBCラジオクラシックス」のCDへのライナーノートについて、今村亨氏から「訂正と感想」のメールが到着しました。「ショスタコーヴィッチの交響曲第11番」について1996年2月4日に執筆したものの再掲載でしたが、ブログ掲載時の追記で、うっかりミスをしました。もう訂正はしましたが、当日分をお読みになったままの方も多いと思いますので、訂正を掲載し、併せて、彼の「感想」が面白かったので、以下に「無断で」ブログにupします。今村さん、ゴメンナサイ。

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ショスタコの11番について書かれたライナーノートは今でも興味深い内容ですね。竹内さんが、かなり前から演奏史の変遷に触れられていたのは意外でした。コンヴィチュニーやストコフスキー等の初演当時の録音と丁寧に比較されていたので、これ等を知っていれば、プリッチャードの演奏が、ほぼ想像出来ます。ショスタコのように初演当時から実際の録音で演奏史を辿れる“現代音楽”では、「80年代のコンヴィチュニー」は、確かに時代と乖離した感じがします。尤も、プリッチャードは竹内さんがわざわざ長い略歴を入れられたように、オペラ指揮者ですから、ショスタコの、それも11番は、かなり異例の選曲だったように思えますが、何故この曲だったのでしょう? 革命歌の旋律が多く登場する音の壁画のような曲は、オペラと似ていると考えられたのでしょうか?
ところで、折角の追加コメントですが、ストコフスキー/ヒューストン響のショスタコの11番はキャピトル録音です。エベレストはニューヨーク・スタジアム響との5番の方です。
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ここまでが、今村さんからのメールです。
プリッチャ―ドが「なぜ、この曲を採りあげたか」に関する今村さんの想像は、かなり興味深いものです。ですが、それは楽曲構造に対するアプローチの傾向としては、ありそうなことではあっても、選曲の動機は、下世話な話で申し訳ないのですが、このオーケストラの親会社であるBBC放送局の「政治的な思惑」があるように思えてなりません。このBBCのシリーズをずっと聴いていて、時々思ったことがあります。このライナーノート再録をずっと読んでいただければ見えてくるはずです。この前年に何があったか(政治的な事件が)を調べてみると、何か分かるかもしれません。ちょっとプリッチャ―ドのレパートリーとは離れているように思うのです。でも、当時はBBC響の首席指揮者でしたから、局側からの要望だった可能性があるということです。もちろん、そうした下世話な話は、音楽演奏の本質には何も関わらないことですけれど。

ところで、今村さんの「初演時から、録音で演奏史が辿れる」という表現、その通りなのです。ドビュッシーやラヴェルあたり、ストラヴィンスキーあたりから、そうです。いくつかの曲を、そういう視点で詳細に比較試聴したことがあります。もちろん、同時代の他の音楽や演奏傾向などと並置しながら(先を行く人も、周回遅れの人もいるのが、社会の本質ですから)ですが。でも、当時の録音機や再生装置の問題を加味すると、この1950年代の作曲作品あたりからが、ほんとうの対象なのかも知れません。
「キャピトル」「エヴェレスト」の件は、私の完全な勘違いです。申し訳ないことをしました。(とは言っても、どちらも現在、廃盤のようですが……)やはり、現物で確認しながら書かないとダメですね。ブログの「追記」なので、つい気軽に書いてしまいました。



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モーツァルト『ピアノ協奏曲/第23番』で思い出したこと

2009年05月29日 15時20分24秒 | ディスコグラフィ的な話題
 昨日のブログ、モーツァルト「ピアノ協奏曲第23番」の「付記」を書いている内に、それに関連して思い出した友人のエピソードで付記がどんどん長くなってしまったので、大半を破棄して昨日は掲載しました。けれども、破棄した部分をもう一度読み直して、私自身の備忘録として、本日掲載することにしました。プライべートな内容で恐縮です。

                 *

 ハイドシェック/ヴァンデルノートの演奏は、70年代の半ば、学生時代に友人のアパートで聴いたのが最初です。東芝エンジェルのLPでした。東芝セラフィムの緑色の統一デザイン・ジャケットになる前の盤です。その友人は、「ピアノとオーケストラが、こんなに自由に戯れている演奏って、めずらしいと思わない?」と言い、「モーツァルトの音楽のいくつかは、それを可能にするんだよね」と言っていたように思います。私にとっては、この日以来、愛聴演奏になりました。もちろん私が買ったのは、緑色のセラフィム盤です。
 彼の結婚相手と私の結婚相手と、そして私自身の3人は、大学入学時の同級生で、彼は、彼女たち二人のテニス同好会での知り合い。彼のアパートに初めて行ったのは、彼女たちが夜行列車で帰省するのを見送りに東京駅まで行った日。乗る列車が違っていましたが、彼の相手が出発してから数十分後だったか、私の相手の列車が発車するまで付き合ってくれ、お互いに相手がいなくなって取り残された駅のホームで、「なんか、寂しいね。僕んちに来る?」と誘われたのが最初でした。彼は年末ぎりぎりに帰省するから、明日はヒマなんだと言っていました。
 そんなふうに、共に青春時代を過ごした彼が、昨年の正月に亡くなりました。先日、1年以上経って、やっと気持ちの整理がついたと言って、関西から彼女が「青春感傷旅行」と称して上京、ひとりで同棲時代をすごしたアパートのあたりを歩いて、その翌日、私たち夫婦と十数年ぶりに再会しました。「懐かしいから…」と一緒に何度も行った名曲喫茶に行ってしばしぼんやりしていたら、モーツァルトの23番の協奏曲が流れ、私は気づかなかったのですが、彼女が、「この曲、何?」と聞いてきました。「メロディを知っている」と言うのです。それほど音楽が日常的ではない彼女がそう言ったのですから、彼の愛聴曲だったに違いありません。
 彼との会話が急に甦ってきた私は、彼女に、「曲はモーツァルトのピアノ協奏曲23番の第2楽章だけど、彼がずっと聴いていたのは、ハイドシェックという人がピアノを弾いてるレコードだと思う」と話しました。彼がレコードを処分しないでずっと持っていると聞いていたからです。彼は病を得て、数年前からカウントダウンの生活を送っていました。

 5月13日や5月15日のブログで書いた「交響曲39番」「40番」の付記とも通じますが、死が近づいたとき、モーツァルトの音楽は、それまでと違った光を放つのかも知れません。指揮者の若杉弘さんがまだ40歳になる前だったと思いますが、「年をとったら、モーツァルトを指揮したい」と言っていました。「まだ僕には出来ない」と。
 モーツァルトは、汲めども尽きぬ泉です。

                *

 ここまでが、昨日、破棄した文章です。
 文中の、学生時代に通った名曲喫茶(のひとつ)とは、渋谷・道玄坂の「ライオン」です。この日、私たちが聴いたモーツァルト「23番」のピアニストは、ジェルメール・ティッサン=ヴァランタンでした。これもまた、フランス系のすばらしいモーツァルト演奏で、確か、「シャルラン・レコード」のLPが初出だったと思いますが、当日はCDを使用していました。たぶん、パレットかヴィーナスの古い国内盤でしょう。現在はいわゆるインディーズ系の「グリーンドア音楽出版」でCDが制作され発売されています。(「アマゾン」で取り寄せられます。)この演奏の「ゆらぎ」も絶品でしたから、彼女が「聴いたことがある」と感じたのも当然でしょう。




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