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グローヴズを聴く3枚

2008年12月31日 09時47分46秒 | 「指揮者120人のコレを聴け!」より



 今回も、このところ続けている1998年6月に発行された『名指揮者120人のコレを聴け!』(洋泉社ムック/絶版)に寄せた原稿の再掲載です。


■チャールズ・グローヴズ Charles Groves (1915~1992)

●略歴
 1915年3月10日にロンドンに生まれ、92年6月20日に同じくロンドンで心不全により急逝した。

●エルガー:弦楽のためのセレナーデ、ブリテン:フランク・ブリッジの主題による変奏曲他/ロイヤルpo.
[英RPO:CDRPO5005]1989年録音
 滔々とした音楽が冒頭からはちきれそうにあふれ出てくる。エルガーのロマンティシズムが、何の衒いもなく、まっすぐに伝わってくる。とても大きなものに全身が包まれていくような、聴く者を幸福で満たされていくような演奏だ。これは、絶対に聴くべし。グローヴズが、なぜロンドンの聴衆に愛されていたのかが、何の言葉も用いずに理解できる。こうした演奏に接したときには、ほんとうに言葉の無力さを感じる。聴いていて、思わず涙するほどの高揚感に襲われる。ブリテンも、いきなり胸に突き刺さるような開始によって、耳をそばだたせる。このCDはロイヤル・フィルが残してくれた至宝だ。

●ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調《新世界より》他/BBCso.
[Cr-BBC・RADIOクラシックス:CRCB6012]1975.6.16年ライヴ録音
 グローヴスの初来日時のライヴ。会場は、東京の武道館だ。BBC響はこの時ピエール・ブーレーズの来日に同行していた。ブーレーズ指揮のコンサートの合間をぬって、プロムスの心をよく知っているグローヴス指揮による気軽な名曲コンサートが、プロムスの会場ロイヤル・アルバートホールにその規模が匹敵する武道館で開催されたもの。このCDには、旅の途中でのリラックスした気分が満載された幸福なひとときが聴かれる。グローヴスの人間性にあふれる温かさが最大の魅力だが、そのスマートなアプローチからにじみ出てくる大らかな演奏は、自然を愛する都会人の哀愁かも知れない。

●ブリテン:《シンフォニア・ダ・レクイエム》、ハイドン:交響曲第104番《ロンドン》他/日本po.
[日本フィルハーモニー協会:JPS-28CD]1987年、1991年録音
 グローヴズのような指揮者は、どの曲の録音がいいとか悪いとかいった見方には無縁の人だ。彼が振れば、どんな曲であろうと、どんなオーケストラであろうと、音楽が生まれ出てくる瞬間の喜びに接することができる。それだけで充分ではないか、と一度も思ったことがない人には、このCDを私が大切にしていることが不思議でならないだろう。ブリテンは確かこのオーケストラとの初共演。たちまち楽員をとりこにしてしまったグローヴズへの敬愛に満ちた演奏だ。ハイドンは死の前年の演奏会の記録。グローヴズの感興にあふれた音楽がみずみずしい。



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レイボヴィッツを聴く3枚

2008年12月25日 17時44分07秒 | 「指揮者120人のコレを聴け!」より




 以下は、このところ続けている1998年6月に発行された『名指揮者120人のコレを聴け!』(洋泉社ムック/絶版)に寄せた原稿の再掲載です。10年前に書いたものですが、先週のように「10年前の…」とタイトルに入れていないのは、もちろん、バレンボイムのような現在進行形の音楽家ではないからです。
 9月1日付のブログの冒頭にも書きましたが、私は、原則としていつも、それぞれの演奏家についての考え方は、よほどのことでない限り、書き加えることはあっても、一度書いた内容を否定したり、書きなおしたりはしません。その時々の、売り手側で作り上げる風潮に合わせたりしていないから、と自負しているからです。だから、著書としてまとめる時にも、それまでに書きためたものをなるべくそのまま再録して、「初出誌一覧」を付けてきました。それが普通の書籍の作り方です。このブログも、いずれはカテゴリー分けをして(本で言えば「章建て」して)、完全な、私の文章のアーカイヴにするつもりですが、しばらくは、この、何がどこにあるのか分からない状態をお許しください。(少なくとも「ブログ内検索」だけは有効に使えます。)

■ルネ・レイボヴィッツ Rene Leibowitz (1913~1972)

●略歴
 1913年にポーランドのワルシャワに生まれたが、26年に家族とともにパリに移住。30年から33年にベルリンでシェーンベルク、次いでウィーンでウェーベルンに師事、12音技法を修得した。フランスに戻ってからは、ラヴェルの指導も受けている。12音技法の指導者として、ブーレーズ、ヘンツェらに影響を与えた作曲家としても知られている。

●キーワード
 この人、ほんとに「指揮者」なの?

●レイボヴィッツを聴く3枚

○ストラヴィンスキー:バレエ音楽《春の祭典》/ロンドン・フェスティバルo. [CHESKY:CD42]1960年録音
 オーケストラは決してヘタではない。むしろ、当時の水準では、かなりのものだ。だが、指揮は相当に怪しい。たぶんきちんと振れていないのだろう。少々オーバーに表現すれば、リズムのややこしさをわかりやすく組み立て直して、イチ、ニ、イチ、ニと数えて、それでも「あ、ずれちゃった。ま、いっか」といった感じ。だが、この録音が行われた1960年当時、この曲に、どのような演奏があったかを考えると、それなりの意義を感じてしまう。必要な音が全部きちんと聞こえてくる真面目な演奏。61年に発売された時、『リーダーズ・ダイジェスト/世界名曲集』でこれを買った人は正解。

○A PORTRAIT OF FRANCE/パリ演奏協会o.、ロンドン・フェスティバルo. [CHESKY:CD57]1960年録音
 これは、フランス音楽の小品(ピエルネ、グノー、オッフェンバック他)を収めたオリジナルLPの8曲に、上記「春祭」のLPの余白に収録されていたドビュッシーの《牧神の午後への前奏曲》を加えたCD。メインの8曲のオケ名は「パリ音楽院」の名が使えなかったからと言われているが、どうだろうか? クリュタンスが振っていた頃の音楽院オケにしては、彼らのなかで出来上がっている美学にかなり反した裸形の音楽がむき出しになっている。レイボヴィッツがそれぞれの様式に無頓着な人だということがわかる。ただし、ラヴェルの《ラ・ヴァルス》は、ウィーン風のパロディではなくパリの社交界への風刺のようでおもしろい。

○ベートーヴェン:交響曲第2番ニ長調、同第5番《運命》、《レオノーレ》序曲第3番/ロイヤルpo.
[CHESKY:CD17]1960年録音
 レイボヴィッツには、このほかに『オペラの夕べ』と題する小品集もあるが、これは時代も国籍も無視して「どれも同じ味」になってしまっている。というよりも、塩、コショウどころか、醤油、ソース、タバスコも使わず、何の味もしないまま食べさせられるような演奏。「何も加えず、何も足さない」を、ほんとに実践してしまう人もいるのだ。ベートーヴェンの『第2』は、「スコアを隅々まで読みました」というだけのぶっきらぼうな演奏だが、音楽そのものが自分の力で凝縮していく。皮肉なことに、9曲のベートーヴェンの交響曲で一番、「これは、」という演奏のない盲点をクリアした盤がこれ。

(付記)
以上の3CDは、いずれも「リーダーズ・ダイジェスト」が発売した通信販売のセット物が原盤。




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10年前の、「指揮者バレンボイム」を聴く3枚

2008年12月19日 17時40分31秒 | 「指揮者120人のコレを聴け!」より





 以下は、1998年6月に発行された『名指揮者120人のコレを聴け!』(洋泉社ムック/絶版)に寄せた原稿。先週、先々週に続いての掲載です。今、読み返してみて、自分で言うのもおかしいですが、あれから10年経って、バレンボイムはどうなっているだろうか? と興味を持ちました。あまり関心のある音楽家ではなかったので、「その後」を追いかけていなかったことを思い出しました。なるべく近いうちに、何か聴いてみてご報告します。でも、その後の10年間のバレンボイムをまったく聴いていませんが、以下の文章の私の予感は、たぶん、間違っていないと思っています。
 そういえば、今度の「ウィーンフィル・ニューイヤー」は彼でしたね。


■ダニエル・バレンボイム Daniel Barenboim (1942~ )

●キーワード
脱臭装置が使えない
武骨者恐妻家だった?


●シェーンベルク《浄夜》、バルトーク《ディヴェルティメント》、ヒンデミット《葬送音楽》/イギリス室内O.
[英EMI:CDM5-65079-2]1967年、1969年録音

 《浄夜》と《葬送音楽》はバレンボイムがピアニストとしてもEMIにメジャー・デビューした67年の録音。数ヵ月後には同じオケでモーツァルトの交響曲も録音している。そのモーツァルトは古典的な様式感よりも、随所で発揮される熱っぽさが目立つ演奏で、表情づけのたっぷりとした大きくうねる表現だが、息の短いフレージングで区切りながら進む硬質の音楽づくりが、前進する意志を強調していた。このシェーンベルクも、音楽の底に横たわる情念を、骨格を透かして抉り出そうとする実験精神にあふれた意欲的な演奏だ。すっきりとした音づくりのバレンボイムは、この時期にしか聴けない。


●シューベルト:交響曲全集/ベルリンpo.
[独CBS:M5K45661]1985~88年録音

 バレンボイムという人は、ピアノを弾いているときにはとても粒立ちのよい造形感覚に優れた演奏をするのに、オーケストラの指揮では、デビューして数年後にはベタベタと引き摺り、情念の塊のようになってしまった。汗臭い下着で顔じゅうを撫で回されているような感覚だ。ひょっとしたら、夫人だった天才チェリスト、ジャクリーヌ・ドゥ・プレに弦楽の表現スタイルの影響を受けすぎたのかも知れない、と思うことがある。我が道を行けばよかったのに、彼女が偉大すぎた? このシューベルトの全集は、特に4、5番が、オケの優れた造形感覚に安心して、彼の熱っぽさを聴き取れる。シューベルトに必要な熱が、バランスよく放射されている。


●ブルックナー:交響曲第7番ホ長調/ベルリンpo.
[独TELDEC:9031-77118-2]1992年録音

 パリ管との録音は概ね、バレンボイムの大暴れのおかげでオケの音がどろんこになってしまい、ブラームス全集などでのシカゴ響は、指揮者の思いが空回りしてすっぽ抜けた感があるが、このブルックナーは様になっている。オケがいいんだと言ってしまっては身も蓋もないが、バレンボイムという人は、やりたい音楽は体じゅうからあふれ出てくるのに、それが指揮棒にまで伝わって行かないもどかしさがある。このブルックナーはオケがとても協力的だ。今日、こうした呼吸の深いブルックナーを堂々とやる人は少ない。みな浅い呼吸でこせこせしている。この人、指揮技術を問われない老人になったときに、続々と名演を生むタイプかもしれない。




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「アルヘンタ」を聴く3枚

2008年12月12日 18時31分07秒 | 「指揮者120人のコレを聴け!」より




 以下は、先週に続いて、1998年6月に発行された『指揮者120人のコレを聴け!』(洋泉社ムック/絶版)に掲載した文章のひとつです。これまでも、当ブログにいくつかを再掲載しました。「オーマンディ」(7月21日付の2つ目)「カラヤン」(7月23日付の後半))「ストコフスキー」(8月18日付)「ビーチャム」(8月21日付)「チェクナヴォリアン」(10月9日付)が、そして、前回12月6日付の「プレートル」です。今回も、ムック掲載時に半ページしか割り当てのないショートバージョンですから、総論抜きで、3枚のCDの各論のみとなっています。もっとも、よく読むと、紹介しているのはレコード換算で3枚。実際のCDは2枚しか言及していませんでした。
 執筆当時から10年ほど経過している間に、アルヘンタのCDも、ずいぶん発売されました。その調査結果については、次回にご報告します。なお、前回のプレートル~パリ管の《新世界》は、最近タワーレコードから復刻CDが発売されていることに気が付きました。


■ 「アタウルフォ・アルヘンタ」

●略歴
1913年、スペイン生まれ。スペインの伝統的な歌芝居「サルスエラ」を中心にスペイン国内で積極的な録音活動を行っていたが、50年代の数年間には英デッカ/ロンドンによりパリ音楽院管、スイス・ロマンド管、ロンドン響などで集中的に録音。個性的スペイン出身指揮者として将来の大成が期待されていたが、58年1月、自動車事故に遭遇して、わずか44歳で世を去った。英デッカ=ロンドンへの録音の他、スペイン・コロンビア、仏ムジディスク(米オメガ)にも録音があった。最近、スペイン放送局がライブ演奏を収録した4枚組のCDを発売した。

●キーワード
スペイン伝統音楽の演奏に、短かった人生のほとんどを捧げた。本格的な国際活動の最初の年に事故死。開花を前に散った大輪の花?

●特記事項
人生が未完に終わった人の評価には、つらいものがある。そう思うと、ストラディバリウス盤は、聴いていてほんとに悲しい。スペイン放送局盤ではベートーヴェン、ブラームスも聴ける。

●「アルヘンタ」を聴く3枚

○『エスパーナ!』/ロンドンso.
[PO-ロンドン:POCL9707]1957年1月録音
 次項のドビュッシーを合わせて元のLP2枚分を収録したCD。タイトルの「エスパーナ!」はオリジナルLPと同じ。ロマンド管より数段に弦の揃いが良く、ラッパがちゃんとなるロンドン響が底力を示しているシャブリエの「狂詩曲《スペイン》」が圧巻。それでも時折、隅っこでチャランポランに鳴る音が滑稽だが、指揮者からオケが貰った「元気の素」の魅力は大きい。リムスキー=コルサコフも、細部のバランスなどおかまいなしのアマチュアぶりが、大らかでアッケラカンとした音楽の開放感にあふれた賑やかさを生んで、とにかくヘンな演奏。オケのフレームがしっかりしているからガタピシにならず、「名盤」になったのかも知れない。

○ドビュッシー:管弦楽のための映像/スイス・ロマンドo.
[PO-ロンドン:POCL9707]1957年3月録音
 演奏は、いわゆるドビュッシーの語法からは大きく離れたもので、極彩色を大胆にぶつけるといったもの。独特のおおらかな金管楽器の吹き鳴らしも開放的。単純にオケを開放しっ放してるだけなのかな? と不安になったりもするほどに破天荒なドビュッシーだが、音楽の芯は熱く太い。53年ウィーン響ライヴ(オルフェオ盤)のメンデルスゾーンは明らかに指揮がメチャヘタとしか聞こえないし、55年録音のスイス・ロマンド管とのリスト《前奏曲》は、がさつな野人がひとりで暴れまくっているといった感じが濃厚だから、この57年録音は、ようやく彼の持ち味が空回りしなくなった時期なのだろう。10ヵ月後の急逝は、ほんとに惜しい。

○ファリャ:《恋は魔術師》/フランス国立o.
[伊STRADIVARIUS:STR10059]1957年2月21日ライヴ録音
 メゾ・ソプラノ独唱はテレサ・ベルガンサ。パリでのコンサートライヴ盤で、同曲の53年の仏パテ(EMI)へのパリ音楽院管との正規録音よりずっと、演奏のまとまりと野放図な推進力とのバランスが良い。EMI盤ではオケを掌握し切れていないのか、全体が奇妙に丁寧でこわごわ動いていて、借りてきた猫のようではある。指揮者が持っている音楽が、意外とこまやかな抒情性に根差していることは感じさせるが、「正統」から見れば未熟な指揮者が、オケに内在する伝統に負けたといった感は免れなかった。その点、この57年のライヴ盤は隅々まで良く鳴って生気にあふれている。1957年がアルヘンタの音楽の完成への第一歩だったのかも知れない。




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「プレートル」を聴く3枚

2008年12月06日 12時37分29秒 | 「指揮者120人のコレを聴け!」より
 


 以下は、1998年6月に発行された『指揮者120人のコレを聴け!』(洋泉社ムック/絶版)に掲載した文章のひとつです。これまでも、当ブログにいくつかを再掲載しました。「オーマンディ」(7月21日付の2つ目)「カラヤン」(7月23日付の後半))「ストコフスキー」(8月18日付)「ビーチャム」(8月21日付)「チェクナヴォリアン」(10月9日付)が、それです。今回の「プレートル」は、ムック掲載時に半ページしか割り当てのないショートバージョンでしたから、総論抜きで、3枚のCDの各論のみとなっています。
 文中の、ボストン交響楽団との「幻想交響曲」については、2005年7月発行の詩誌『孔雀船』の新譜CD雑感のページで、タワーレコードから発売された復刻CDで言及しています。これは当ブログでは、9月5日付で掲載してあります。
 プレートルは、今年のウイーン・フィル・ニューイヤーに出ていました。その感想を書くつもりだった今年7月発売の『孔雀船』で触れずじまいだったので、来年のニューイヤーの感想でも書きながら触れたいと思っています。
 それにしても、私のこのブログ、私自身が自分のアーカイブのつもりで、過去の文章を整理しながら再掲載するつもりでいるのに、「カテゴリー分け」をしていないので、だんだん、どの日に何をUPしたのか、分からなくなりつつあります。早くカテゴリー分けをしなければ、と反省しきりです。

■「ジョルジュ・プレートル」Georges Pretre (1924~ )

●キーワード
太くて輪郭のくっきりした旋律線

●特記事項
作曲者にも信頼されていたプーランク作品の演奏は全て聴きたいもの。
プレートルの音楽傾向のルーツと重なり合うようだ。

【プレートルを聴く3枚】

●ビゼー:《アルルの女》組曲第1番、第2番他/バンベルクso.
{独EURODISC:610332-231]1985年録音
 プレートルは、クリュイタンス/パリ音楽院の繊細な感覚がフランス音楽の精華だと信じ込んでいた時に、音の太い逞しく響きわたる音楽を聴かせてくれた指揮者だ。CD化されたプーランク《牝鹿》デュティユ《狼》などを収録したパリ音楽院管盤がそれだ。プレートルは、プーランクのモノドラマ《人間の声》の名盤を初めとして、プーランク作品の録音で大きな功績のある人。旋律線の明瞭さがプーランクの信条だが、それはビゼーが大先輩。ビゼーの旋律がこんなにしっかり鳴りながら、香り豊かな音楽を聴かせる演奏は、ありそうでなかなかない。ミュンシュのようにあわてず、腰の座った音楽が力強い。

●ベルリオーズ:幻想交響曲/ウィーンso.
[WJ-テルデック:WPCC5766]1985年録音
 プレートルの《幻想》は、ボストン響との旧録音がRCAにある。そちらの方が、もっと個性的で原色を塗りたくったような演奏だったが、このテルデック盤も注意深く聴いていると、至る所の隅から、おやっと思うフレーズが断片的にしっかりと聴き取れる。音楽の輪郭が逞しく、とても男性的な音楽だ。しかも、ベルリオーズの情熱の高まりに連れて、グイグイとテンポが速まり盛り上がる。ドラマティックで、低域の動きをベースにくまどりのくっきりした演奏としては、ボド、スーストロなどとも共通する味わいを持っている。彼等が一様にオペラ畑の指揮経験が長いというのは、偶然ではない。フランスの劇音楽の伝統と関係があるのだろう。

●ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調《新世界より》/パリo.
[仏EMI:4-71602-2]1970頃録音
 プレートルには、ビゼー『カルメン』、グノー『ファウスト』など歌劇の名盤も数多いが、3枚目には、敢えて、ドヴォルザークの《新世界》を選んだ。この人は、ニュー・フィルハーモニア管とのシベリウスの交響曲第5番も、なかなか興味深い演奏だった。パリ管の《新世界》というのもめずらしいと思うが、どうだろう。演奏は後半2楽章に端的に表れているが、思い入れの一切ない、音の運動体そのものでばく進していく演奏。テンポの動きだけで勝負しているような演奏だが、それがぶっきらぼうにならないのは、オケの響きが充実しているからだ。ぎっしりと詰まって、匂いがぷんぷんしてくる。気持ちいいこと、この上なしの快演だ。



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