goo

スークがプロムスに初登場した1964年のドヴォルザークと翌年のベートーヴェン、2つの協奏曲を聴く

2011年02月28日 16時19分19秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の12枚目です。

  ========================

【日本盤規格番号】CRCB-6072
【曲目】ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品61
    ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲イ短調 作品53
【演奏】ヨゼフ・スーク(vn)
    マルコム・サージェント指揮BBC交響楽団
【録音日】1965年9月9日、1964年8月27日


■このCDの演奏についてのメモ
 このCDでヴァイオリン独奏を担当しているヨゼフ・スークは、1929年8月8日にプラハに生まれた。ヴァイオリニストで、作曲家としても著名な同名のヨゼフ・スークが祖父、大作曲家ドヴォルザークの娘が祖母という、音楽的に恵まれた環境に生まれている。
 初め室内楽奏者として出発し、本格的ソロ活動は1959年以降と言われているが、そのことは、スークが、いわゆる華麗な技巧を聴かせるヴァイオリニストと、かなり肌合いの異なる成長をしてきたことを物語っている。そして、よく知られているように、ソリストとしての活動が本格的になってからも、スーク・トリオでの活動など、室内楽の分野で充実した演奏が続いている。
 このCDでの、周囲の気配を豊かに呼吸し、自身の内に取り込み、しなやかに、軽やかに歌うスークのヴァイオリンを聴くと、スークが、音楽の愉悦の瞬間を聴き手に快感として伝えることができる、数少ない音楽家のひとりだということがよくわかる。それは、経歴からも察せられるように、スークが本質的にアンサンブルの妙手だからでもあるだろう。
 このCDに収められたドヴォルザークの協奏曲は、スークにとって、ロンドン名物のプロムナード・コンサート(プロムス)へのデビュー年の録音だ。音楽を心の底から素直に楽しむ集い、《プロムス》の雰囲気に溶け込み、大歓迎された翌年1965年のプロムスには、ベートーヴェンの協奏曲で再登場している。それが冒頭に収録された演奏だ。伴奏はどちらも、当時のプロムスの主役、マルコム・サージェント率いるBBC交響楽団。
 サージェントの好サポートを得て、ドヴォルザークでは、何ひとつ不安の影のない穏やかで慈しみにあふれた第2楽章が、ことさら美しい演奏として聴かれる。オーケストラや聴衆と深く結ばれた、暖かな気配に包まれたスークの幸福な演奏は、この作品の、最も美しい演奏と言ってよいだろう。
 翌年のベートーヴェンも、この作曲家としてはめずらしい温和なたたずまいを持った作品が、しなやかで伸び伸びした動きのなかで、ひときわ輝いている演奏だ。スークの、心の中のわずかな動きを映し出すようなこまやかなニュアンスが、自在な音楽として達成されている。アンサンブルの名手ならではの、ライヴ録音の利点が刻印された貴重な記録を、大切に聴きたいと思う。(1996.6.28 執筆)

【ブログへの再掲載に際しての付記】
 この「BBCラジオ・クラシックス」のシリーズはイギリスで発売されたオリジナルの段階ですべてプロデューサー名を記載する欄があり、それを日本盤でも踏襲しているのですが、時折プロデューサーの個人名が無記載で「BBC Transcription」とだけ記載されたものがあります。ライナーノート執筆時には知らなかったのですが、それが、昨年11月7日の当ブログで触れている「BBCトランスクリプション・サービス」として、海外の放送局に対して既に業務用LPレコードとして流布している音源であるという意味だったのでしょう。ご興味のある方は、再度、11月7日の当ブログをお読みください。このページ左の欄外をず~っと下に降りて行って「2010年11月」をクリックすると、11月分の当ブログが日付順(降順)で表示されます。



goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

プロムスの夜、ロンドンはウォルトンの人気曲「ベルシャザールの饗宴」で盛り上がる?

2011年02月23日 14時15分10秒 | BBC-RADIOクラシックス
 



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の11枚目です。

  ========================



【日本盤規格番号】CRCB-6071
【曲目】ウォルトン:オラトリオ「ベルシャザールの饗宴」
         :「賢き乙女たち」
         :小管弦楽のための「昼寝」
         :組曲「ヘンリー5世」より
【演奏】ジョン・プリッチャ―ド指揮BBC交響楽団
      /ステファン・ロバーツ(バリトン)
      /BBCシンガーズ/BBC交響合唱団
      /ロンドン・フィルハーモニー合唱団
    チャールズ・マッケラス指揮イギリス室内管弦楽団
【録音日】1984年7月20日(「ベルシャザール~」のみ)
     1982年3月28日(上記以外の曲)


■このCDの演奏についてのメモ
 ロンドンのクラシック音楽界の夏の風物詩ともなったプロムナード・コンサート(プロムス)は1994年に 100回目のシーズンを迎えた。その最終日のコンサートのライヴ録音CDが発売されているが、その中で、ウォルトンの「ベルシャザールの饗宴」が演奏されている。この大規模な合唱を伴った作品は、多様な打楽器を効果的に使用した現代作品特有の音響的な面白さも持っている。
 使用される打楽器を列記すると、ティンパニ、小太鼓、中太鼓、大太鼓、トライアングル、タンブリン、カスタネット、シンバル、ゴング、シロフォーン、グロッケンシュピール、ウッド・ブロック、スラップスティック、かな床、といったもので、これらを駆使して、6名からなる2群のブラスバンドで金管を増強した大規模のオーケストラと、大合唱にオルガンまで加わるという壮麗な作品。合唱好きのロンドンっ子たちのフェスティバルを盛り上げる作品として、1931年の初演以来、人気の高い作品なのだ。
 当CDには、戦後世代の指揮者ではプロムスで人気ナンバー1だったと言われるプリッチャードの指揮による、1984年のプロムナード・コンサートでの演奏がライヴ収録されている。プリッチャードの指揮はライヴ収録でありながら、この大編成の音響を、決して直線的になることなく、しなやかに、豊かな陰影を込めて歌わせている。それでいてリズムの立ち上がりも充分だ。さすがにオペラ・ハウスでの経験の長かった指揮者だけのことはある。
 一方、バッハの作品をウォルトンが編曲したバレエ曲「賢き乙女たち」では、バッハの音楽に流麗な横の流れを付加したようなアレンジの中から、一定した律動感を的確に引き出したマッケラスの指揮が光る。マッケラスは、ヤナーチェクの精力的な紹介で知られ、また古典音楽の演奏などでも、その学究的なアプローチに定評があるが、若いころには、サドラーズ・ウェルズで、オペレッタや、バレエ公演の指揮者をしていた。そうしたマッケラスの経験と知識が、ほどよく融合した温和で、さわやかな演奏だ。(1996.6.29 執筆)

【当ブログへの再掲載に際しての付記】
 冒頭で述べているのは、このライナーノートを執筆した当時、確かテルデックの発売だったと思いますが、アンドリュー・デイヴィス指揮の1994年の「プロムス・ラスト・ナイト」とか云うCDが発売されて話題になっていたので、それを枕話にしたものです。その時には「プロムスも、もう終わってしまうのか」などと勘違いした人も出ていたので、会う人ごとに訂正に苦労した記憶があります。「ラスト・ナイト」ですから、ただ、その年度の最終日、千秋楽に過ぎません。
 このBBCシリーズは、1984年のプロムスを中心にウォルトン作品を集めたCDです。「ペルシャザール~」以外はマッケラス指揮イギリス室内管弦楽団。もちろん、小編成のオーケストラにふさわしく、巨大なプロムス会場=ロイヤルアルバート・ホールではなく、バービカン・ホールでの1982年ライブ録音です。
 「ベルシャザール~」は「ゲロンテウスの夢」と並んで、イギリスでは異常なほどに人気の高い曲で、カタログを調べると、主だったイギリスの指揮者の殆んどが録音を残していてびっくりします。
 サドラーズ・ウェルズは、マッケラスが指揮者陣のひとりだった1960年代くらいまでは、軽音楽系の殿堂のような活動をしていて、多くのレコードで、その当時の演奏スタイルを聴くことが出来ます。もちろん、英国国内のみの発売が多いので、ロンドンの中古レコード店あたりでないと、十分にそろってはいませんが、オッフェンバックもヨハン・シュトラウスも、英語で歌っています!

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

『クラシック・スナイパー/7』で、許光俊氏が読み応えのある「吉田秀和論」を展開しています。

2011年02月21日 16時37分18秒 | 雑文
 週末に『クラシック・スナイパー』(青弓社)の第7集が届きました。おそらく今週中には書店やCDショップの一部大型店舗の店頭にも並ぶと思いますが、今回は、特にお勧めです。
 特集テーマは「吉田秀和は本当に偉いのか?」で、もちろん私も執筆参加しています。「《吉田秀和の居る場所》をめぐる、いくつかのこと」と題して7ページ分ほどで、私なりの吉田秀和観を綴りましたが、今回は、うれしいことに編集主幹の許光俊氏が、猛烈に踏ん張って17ページも書くという結果となっています。このところ、特集のテーマに対して、少々斜っかいに揶揄してばかりで、正面から勝負に出ないのが、私としては物足りなかったのですが、今回は、読み応えがありました。この許氏の原稿、当初は予定になかったのではなかったかと記憶していますが、見本誌が届いてびっくりしました。私の原稿もそうですが、彼の原稿も「吉田秀和という存在をどう捉えるか」という視点で様々な試みを繰り出しているといった風情のメモ書きを開陳したような仕立てですが、とても示唆に富んだ見方が提示されていて面白く読みました。その他も、今回の特集は内容豊富で、鈴木淳史氏、杉本のりひこ氏、須永恒雄氏、若林幹夫氏、そしてアンケートに答えられた方々のいくつかの興味深い証言と、なかなか賑やかです。ぜひご購読を。

 そういえば、2月6日付けの毎日新聞に吉田秀和氏の新刊『永遠の故郷 夕映』(集英社)の紹介文が載っていました。毎日新聞学芸部の梅津時比古氏によるインタビュー交じりのものです。その中で、吉田氏がご自身の「戦時下体験の苦さ」から派生してカラヤンに触れ、「カラヤンにしても誰にしても(中略)戦争の後は非常に非政治的になった。カラヤンの音楽が純粋に音の構造の美しさと、感覚的な美しさを捉えて、非イデオロギッシュな、ほとんど非人間的な耽美主義に聞こえるのは、彼が戦争でこりごりした経験があったんだと僕は思う」と発言していますが、私は、どうして、そういう見方に走るのだろうと思いました。私はむしろ、吉田秀和の中にずっしりと根を張っている戦前の「ドイツ精神主義」の呪縛のことを思ってしまいました。ちょっとおもしろい見方ではありますが、事はそれほど単純ではないでしょう。むしろ、そうした吉田の論の立て方に、彼自身の戦時下体験の「すり抜け方」の秘訣を読み解く鍵があるように思いました。

 さらに、もうひとつの「そういえば」です。なんでも、音楽之友社発行のCD紹介誌『レコード芸術』が「吉田秀和」を特集するらしいのです。もともと、あの雑誌の発想にはとても滑稽なところがあって、もう30年近くむかしのことになりますが、私が編集担当した当時の新刊書『ヤナーチェク――人と作品』(泰流社・刊)の「書評」を、『レコード芸術』さんにお願いした時のことです。翌月、とても好意的な佐川吉男氏の書評が掲載されたのですが、その欄がなんと「新刊紹介のページ」。それとはまったく別の場所に麗々しく「書評」というページがあって、そこでは音楽之友社が発行した新刊に箔を付けるのか、様々な偉い方々の「書評」が掲載されていたのには呆れました。編集担当の女性曰く、「ウチでは、よその出版社の本は、紹介しかできませんから…」。それって、逆じゃないですか。私は、自社の刊行物は新刊紹介や案内欄に回し、推奨できるような他社の刊行物には敬意を払ってその「評価」を掲載する、というのが自明のことだと思っていましたから、自分のところの新刊を自分たちの仲間で書評するなんて、考えたこともありませんでした。
 そんな出版界の常識がズレている会社のようですから、長年にわたって『レコード芸術』の巻頭を飾っている人物の「特集」も、なんの葛藤もなく決まったのでしょう。が、どこまで本格的な論戦の場になるかは、期待薄です。誰もが遠慮なく論を立てる特集が組めたら、凄い会社だと思いますが、さて。



goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

プロムス会場6000人収容の巨大ホール「ロイヤル・アルバート」に響いたメシアンのオルガン曲を聴く

2011年02月17日 13時26分21秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の10枚目です。

  ========================


【日本盤規格番号】CRCB-6070
【曲目】メシアン:「主の降誕」
        :「キリストの昇天」
【演奏】フランシス・グリアー
    ティモシー・ボンド
    (オルガン:ロイヤル・アルバート・ホール)
【録音日】1985年8月17日、1981年8月22日

■このCDの演奏についてのメモ
 現代の最も重要な作曲家のひとりだったオリヴィエ・メシアンは、つい先頃、1992年に世を去ったが、作曲家としての生活の傍ら、生涯を通して教会のオルガニストとしての生活を続けていたことでも知られている。
 メシアンにとってはオルガンのための作品は重要なジャンルであり、自作自演の録音もいくつか残されている。そうした中で、イギリスでは、サイモン・プレストンがメシアンのオルガン曲奏者として著名で、CDもまとまって発売されている。
 今回CD化されたのは、いずれも、ロンドンの夏の行事としてすっかり定着したプロムナード・コンサートでのライヴ収録だ。したがって、6000人以上収容できる巨大ホール、ロイヤル・アルバート・ホールのオルガンを使用している。オルガン演奏の場合、それぞれが、どこのオルガンを使用しているかは、大変重要だが、私の知る限り、ロイヤル・アルバート・ホールでのメシアン作品の収録は、これまでなかったのではないだろうか?
 「主の降誕」は1985年のライヴで、演奏者はフランシス・グリアー。生年が不祥だが、キングズ・カレッジで学び、1981年以降、オルガニストとして活動しているということだから、比較的若い世代に属する演奏家と思われる。その後、インドで暝想修業を経験して帰国、催眠療法のカウンセリングを行ったり、多方面で活躍している。鳥の鳴き声を初めとして、自然界の音を巧みに取り込むメシアンの音楽世界を、詩情豊かに演奏する達者なオルガニストだ。
 「キリストの昇天」は1981年のライヴ録音で、オルガンを弾いているのはティモシー・ボンド。ボンドの生年も手元のデータからはわからないが、現代音楽への関心の高い人のようで、メシアンの他、シェーンベルク、リゲティ、シュトックハウゼン、クセナキス、ルチアーノ・ベリオなどがレパートリー。王立音楽院で教鞭もとっている。(1996.7.1 執筆)

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

カテゴリー分けを大幅に変更しました。

2011年02月09日 16時54分23秒 | 雑文
 このブログも、2008年7月に開始して以来、upした文章もずいぶん増えました。ブログとは名ばかりで、意識的に日記風な雑文は避けて、完成した原稿のアーカイブとして進めてきたため、私自身が自分の過去の執筆を読み返すのに便利なように途中からカテゴリー分けをし、更に、カテゴリーの追加、変更も繰り返してきました。言わば、書籍編集を長年してきた私自身が、様々なジャンルに広がってしまっている自分自身の著作の編集整理作業をしているようなものでした。
 ところが昨日、あることで自分のブログにupした文章を探すのにとても苦労してしまいました。そして、3年近くも経ったために、「雑文」というカテゴリーに放り込んでいたものだけでも40本近くになってしまったことに気づいた次第です。
 私は活字の世界で育ちましたし、父親の関係で、楽屋と舞台とを区別する、或いは創作過程と完成品とを区別する世界を、子供のころからみて育ちましたから、ブログでも、「完成した原稿」を披露するということにこだわりがあります。そのため、原則として「雑文」というカテゴリーは、書籍や雑誌に発表していないメモ書き、未定稿、覚書のつもりで使っていました。完成原稿ではない、という意識があったからです。例外的に、放送用のメモ書きを「演奏家論」カテゴリーなどで掲載したかも知れませんが、それが原則でした。
 今回のカテゴリー分けの変更点は、以下のようなものです。そして、なるべく「雑文」カテゴリーは使わないようにしようと思いました。「雑文」というカテゴリーを、言い訳的に使わないようにしようと戒めたつもりです。


1)しばらく、臨時に「ワレフスカ&福原彰美」というカテゴリーを起こします。
 昨年、30数年ぶりに来日したチェロ奏者ワレフスカと、その伴奏ピアノにコンサートツアの途中から急遽来日して代役を務めたニューヨーク在の若いピアニスト福原彰美は、昨年来というより、今年に至って、むしろますます注目度が高まっていますので、しばらくの間、探しやすいようにします。私のブログ内を探し回っている方のご不便を、多少なりとも緩和できるといいのですが。ただし、様々の名盤選やコラム記事でワレフスカについて言及しているものは、それぞれのカテゴリーに置いたままですから、それらは「ブログ内検索」でお探しください。

2)「《大正・昭和初期と音楽》の研究」というカテゴリーは、「《大正・昭和初期研究》関連」と改称。「大正イマジュリィ」「セノオ楽譜」「絵葉書」など、文化全般を含めてひとまとめにすることにしました。昨年末から松濤美術館で開かれていた展覧会が話題になって以来、そちらの美術畑の方の来訪が多くなったようで、この時代の文化全般にフィールドを広げて読んでいただく方がよいと判断したためです。ちなみに、私が「昭和初期」と使うときは「戦前」です。昭和中期が「戦後第一期(昭和30年代まで)」昭和後期が「戦後第2期(昭和40年代~)」と、一応、目安としています。戦後第2期は昭和45年前後からかな? とも思いますが。

3)「ディスコグラフィ」は「ディスコグラフィ的な話題」と改称して、そうしたことに関連した覚え書きやメモの類も加えることにしました。その方が、私も読者の皆さんも、役に立つかな? と思いました。あくまでもメモだと言うことをお忘れなく。

4)「《気谷誠》および書物に関する話題」というカテゴリーを起こしました。
 美術史家、愛書家として知られた気谷誠が2008年9月に亡くなりましたが、その彼の追悼の会のお手伝いをして以来、彼を知る多くの美術史家、造本家、装幀家、全国各地の図書館関係者、美術館関係者の方々が訪れるようになりました。私の追悼講演録の閲覧、追悼会場で配布された彼を追悼する私家版のCDアルバムについての問い合わせ先などを探しに訪れる方の便宜を図りました。早すぎた気谷の死を思うと、感慨深いものがあります。このカテゴリーを独立させたのは、私なりの彼への追悼です。これからも、書物にまつわる話題は、このカテゴリーに入れていきたいと思っています。
goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

ロンドンを中心とするイギリス人たちの「内なる異国」のイメージを、ダウンズ指揮BBCフィルで聴く

2011年02月08日 14時02分05秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の9枚目です。

  ========================

【日本盤規格番号】CRCB-6069
【曲目】バックス:交響詩「ティンタジェルの城」
        :北方のバラード第2番
        :北方のバラード第3番
    バントック:異教の交響曲
【演奏】エドワード・ダウンズ指揮BBCフィルハーモニー管弦楽団
【録音日】1983年9月2日、1982年9月23日、1984年1月27日


■このCDの演奏についてのメモ
 このCDは、ロンドンを中心としたイギリスにとって、〈内なる異国〉ともいうべき世界のイメージがコンパクトに収められたようなアルバムになっている。
 前半の3曲がアーノルド・バックスの作品で、後半にはグランヴィル・バントックの作品が収録されているが、いずれもアイルランドやケルト、あるいはスコットランドなど、北方を想起させる作品ばかりだ。しかし、北方ネイティブの作品ではなく、北方への憧憬が創作のインスピレーションとなっている点でも、また共通している。
 演奏は、かつてBBCノーザン交響楽団と呼ばれていたマンチェスターを本拠地とするオーケストラ、BBCフィルハーモニックで、指揮がエドワード・ダウンズだ。
 私たち日本人には、彼らイギリス人たちの中にあるアイルランドやケルト文化への空間的・時間的距離の実感がどのようなものであるかは、想像すら出来かねるが、ダウンズは、こうした作品の演奏に適任者のひとりなのだろう。
 めずらしい作品ばかりが収録されていて、このアルバムの演奏以外に聴いたことがないので、比較のしようがないのだが、いずれの作品にも共通しているのは、メロディ・ラインの枠組が茫漠とした広がりを持っていて、一見とりとめのないことだ。こうした地を這うように流れ出てくる音楽は、ともすれば、とらえどころのない世界に陥ってしまう。だが、ダウンズの指揮は、作品の随所に聴かれる夢想的な情緒の周辺に漂う曖昧模糊とした雰囲気への程良い距離感が、これらの作品にふさわしい。曲想の流れに沿った自然なメリハリが効いている。穏やかな起伏の中から、名口上役による幻想的な物語が前面にせり出してくるような、達者な語り口でまとめられている。
 指揮のダウンズは、1924年バーミンガム生まれ。ロンドンの王立音楽院を卒業。現在はロイヤル・オペラ・ハウスの首席指揮者として活躍しているが、このCDの録音の頃は、BBCフィルの首席指揮者だった。50年代から協奏曲の手堅い伴奏指揮で、しばしばレコードに登場しているが、オペラ畑で数々の英国初演を手掛けるなど、意欲的な仕事で知られている。(1996.6.29 執筆)



goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

ハーパーのソプラノで歌われるブリテン『イリュミナシオン』に聴くアルチュール・ランボーの詩世界

2011年02月04日 11時32分23秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の8枚目です。

  ========================

【日本盤規格番号】CRCB-6068
【曲目】ブリテン:イリュミナシオン 作品18 
        :狩りをする我等の祖先 作品8
        :4つのフランス語の歌
    ブリッジ:子守歌   
【演奏】チャールズ・グローブズ指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
    エドワード・ダウンズ指揮BBCフィルハーモニー管弦楽団
    スチュワート・ベッドフォード指揮イギリス室内管弦楽団
    ヒーザー・ハーパー(ソプラノ)
【録音日】1978年5月30日、1986年2月12日、1980年3月30日


■このCDの演奏についてのメモ
 今世紀を代表するイギリスの作曲家ベンジャミン・ブリテンによる、オーケストラとソプラノ独唱による作品を中心にしたアルバムで、ソプラノ独唱はすべてヒーザー・ハーパーによるが、オーケストラおよび指揮者はそれぞれ異なる。
 ヒーザー・ハーパー(ヘザー・ハーパーと表記することもある)は、1930年5月8日にイギリスのベルファーストに生まれ、ロンドン・トリニティ・カレッジで学んだ。初めはピアノを学んでいたが、声楽に転じたとされている。
 一時アンブロジアン・シンガーズ及びBBC合唱団に所属していたが、1954年にオックスフォード大学オペラ・クラブでヴェルディ「マクベス」のマクベス夫人役を歌い、次いで、1956年にはBBC放送でのヴェルディ「椿姫」のヴィオレッタ役で成功を収めた。翌57年からグラインドボーン音楽祭に出演、1960年にはクレンペラー指揮のメンデルスゾーン「真夏の夜の夢」の録音に抜擢されて、初録音をしている。その後、マーラー歌手として、ショルティ「第2」「第8」、マゼール「第4」、ハイティンク「第8」「嘆きの歌」などの録音に参加している。また、ブーレーズ指揮の「ウェーベルン全集」にも加わっており、現代作品は得意にしている。
 ブリテン作品では、1962年の「戦争レクイエム」初演に参加した後、歌劇「ピーター・グライムズ」のエレン役でも出演している。
 こうした経歴からもうかがえるように、ハーパーは、知的で神経のこまやかな表現力を持ったソプラノ歌手だ。まとまった歌曲集としては、前記のブーレーズによるウェーベルンの他には、同じくブーレーズ指揮でラヴェルの歌曲集「シェエラザード」があるくらいだったハーパーの歌曲集として、このブリテン作品のCDは、ハーパーの実力を示す1枚ともなっている。
 指揮を担当している3人についても簡単に紹介しよう。チャールズ・グローブズは1915年にロンドンに生まれ、1992に世を去った名指揮者。エドワード・ダウンズは1924年バーミンガム生まれ。BBCフィルの首席指揮者を経て、1991年からロイヤル・オペラの首席指揮者を務めている。スチュアート・ベッドフォードは1939年ロンドン生まれ。指揮者としては1967年にサドラーズ・ウェルズでデビューしたが、1965年以降、王立音楽院の教授としてブリテン作品の研究者として、むしろ著名な人物だ。(1996.6.29 執筆)

【ブログへの再掲載に際しての付記】
 発売当時、ほとんど話題にならなかったCDアルバムだが、ハーパーの細やかで繊細な表現は、もっと聴かれていいと思う。特に『イリュミナシオン』は、グローブズの柔和な表情の指揮ともども、ソプラノによる歌唱が、ブリテン自身の指揮によるテノールのピーター・ピアースの英デッカ盤や、同じくテノールのポストリッジとのラトル/ベルリン・フィル盤とは別の魅力で聴かせる。アルチュール・ランボーの詩世界の異相を聴く思いだ。


goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

イギリス人の感性で演奏された「アルプス交響曲」の、なだらかな起伏の〈奇異な仕上がり〉で気づいたこと

2011年02月02日 11時43分25秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の7枚目です。

  ========================

【日本盤規格番号】CRCB-6067
【曲目】リヒャルト・シュトラウス:アルプス交響曲
            :交響詩「ドン・ファン」    
【演奏】ノーマン・デル・マー指揮BBC交響楽団
    ジョン・プリッチャ―ド指揮BBC交響楽団
【録音日】1982年8月4日、1982年12月17日

■このCDの演奏についてのメモ
 リヒャルト・シュトラウスの2作品を収めたアルバムで、オーケストラはどちらもBBC交響楽団。いずれも1982年のコンサート・ライヴだが、会場、日時が異なり、指揮者も「アルプス交響曲」がノーマン・デル・マー、「ドン・ファン」がジョン・プリッチャードと、異なっている。
 ノーマン・デル・マーは1919年に生まれ、1994年に世を去ったイギリスの指揮者。名指揮者トーマス・ビーチャムに見いだされ、ロイヤル・フィルのホルン奏者をしながら、やがて指揮者となった。BBCスコティッシュ交響楽団などで活躍し、後期ロマン派を得意にしていた。特にリヒャルト・シュトラウスについては著作もあり、周到な研究を演奏で実践していたと言われるが、あまり録音には恵まれていず、1990年録音で交響詩「マクベス」および、交響的幻想曲「イタリアから」がASVレーベル(日本クラウン発売)にある程度だった。BBC-RADIOクラシックスのシリーズでは、管弦楽伴奏付きの歌曲とオーボエ協奏曲の録音が発売されているが、デル・マーのR・シュトラウス演奏の本領を発揮するレパートリーとしては、今回の「アルプス交響曲」が一番だろう。
 デル・マーの〈アルプス〉は不思議な世界だ。金管群と弦楽とのバランスが、聴き慣れたリヒャルトのサウンドよりずっと薄めの管の響きを基本にしているからでもあるが、いわゆる壮大な山を想起させる部分よりも、「森への立入り」以降しばらくの間のように平面的な動きの部分で、独特のきめ細かな音楽を聴かせる。「頂上」での呼吸も決して深くないので、響きが分散していく。むしろ、その直後の「見えるもの」のなだらかな流れのほうが自然で好ましい。そして「哀歌」。デル・マーの自然観が音楽の表現にまで及んでいるようで興味深い。イギリスの自然には切り立った山々は似合わないのだということを、音楽で知らされるとは思わなかった。
 一方、プリッチャードの指揮する「ドン・ファン」は、デル・マーの録音の数ヵ月後程度であるにもかかわらず、同じオーケストラとは思えないほど、鳴り方が違う。プリッチャードは長い間、ドイツのケルン歌劇場の指揮者をしていたせいか、冒頭から、金管の弦へのかぶさり具合がスタンダードな響きだ。低域に重心の寄ったサウンドのバランスも普通に聞こえる。この二人のリヒャルト演奏の比較は、演奏の「らしさ」とか「お国ぶり」を考える上で、興味の尽きない現象を生み出している。(1996.6.30 執筆)

【ブログへの再掲載に際しての付記】
 これも、執筆当時のことをよく覚えています。イギリスの風景画だとか、イギリス詩人の田園詩を読んだりしたときに漠然と感じていたものの正体に気づいたように思って、膝を打ったのを思い出しました。
 私の編著になる『クラシック名曲名盤事典』(ナツメ社)で寄稿をお願いしたひとり岡田敦子さんが使った「農耕民族的な演奏」といった表現を、すっかり気に入って私も多用するようになったのは、この頃からだったと思います。当然のことですが、それぞれの民族の感性は、自然環境にも大きく左右されています。富士山のなだらかな稜線を美しいと感じるのが日本人の感性です。最近は、無理して西欧の感性のまがいものを目指さずに、自分の感性に素直な演奏家が日本人の中からも出てきたように感じていますが、イギリス人はとっくの昔に、自分たちの感性を、堂々と表現していたのです。


goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )