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「フルトヴェングラー、未完の大器」を再確認/F・ライトナーのブラームス/レイポヴィッツ指揮「幻想」

2018年06月28日 10時23分12秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)
半年ごとに、新譜CDの中から書いておきたいと思ったものを自由に採り上げて、詩誌『孔雀船』に掲載して、もう20年以上も経ちました。2011年までの執筆分は、私の第二評論集『クラシック幻盤 偏執譜』(ヤマハミュージックメディア刊)に収めましたが、本日は、最新の執筆分で、今年上半期分。最新号のために書いたものですが、このブログに先行掲載します。なお、当ブログの、このカテゴリー名称「新譜CD雑感」の部分をクリックすると、これまでのこの欄の全ての執筆分が順に読めます。
 
■改めて「フルトヴェングラーは未完の大器であった」と確信

 一九五四年の初冬、七〇歳になる一年前という〈老年期〉に病に倒れて世を去った大指揮者フルトヴェングラーについて、私は、かつて「フルトヴェングラーは〈未完の大器〉だった」と書いた。三〇年以上も前、一九九〇年代の初め頃のことだ。趣旨はこうだ。「フルトヴェングラーは第二次大戦の終結まで、ナチの時代と共に歩み、その特殊な状況の中で無我夢中で指揮を続けた悲劇の音楽家だ。その彼が落ち着いて自己の芸術を本格的に検証し始めたのは、五〇年代に入り、LPレコードの登場で積極的に録音を行なうようになってからのことだ。それはフルトヴェングラーの音楽が大きく変わりつつあることを予感させる演奏を生み始めたが、その途上で世を去ってしまった」というものだ(拙著より引用)。録音技術が飛躍的に進化した現代では実感が湧かないだろうが、英EMIレコードのプロデューサーだったウォルター・レッグの回想に、一九五二年の『トリスタンとイゾルデ』全曲録音で、録音されたばかりの自身の指揮する音楽に耳を傾けるこの不世出の大指揮者の感嘆ぶりが記されている。録音嫌いだった彼は、この日以降、自身の指揮する音楽の客観化を急速に進めていったと、私は今でも確信している。第二次大戦終結までの十数年は、言わば〈ナチの時代という熱病〉に冒されていた歪んだ時代だったということだ。そのことは、一九三〇年代初頭の彼の録音に聴かれる鮮やかな隈取りの構築的な音楽づくりへの志向からも確認できる。「失われた二〇年」というものが、フルトヴェングラーにもあるということだ。だからこそ、このフルトヴェングラーの〈開眼〉からわずか二年半での死は、あまりにも早い。今回ドイツAUDITEから二枚組で発売されたCDは、フルトヴェングラーの死の前年一九五三年八月二六日に行われたスイス・ルツェルンでの音楽祭のライヴ収録。曲目はシューマン「マンフレッド序曲」ベートーヴェン「交響曲第三番《英雄》」シューマン「交響曲第四番」。「序曲」も含めた当日の全プログラムが収められた初の発売盤で、しかも放送局に残されていたマスターテープに遡ったという触れ込みで音質が飛躍的に改善され、「英雄」などは、客観化されたフルトヴェングラー芸術の偉大な成果と言ってもよいEMIの正規スタジオ録音と容易に比較試聴できるほどのものになっている。この「ルツェルンの英雄交響曲」は、テンポの自在な伸び縮みの天才的なドライブと伸びやかで輝きにあふれた雄渾さを確保しながら、内声部を濁りなく聴かせ隅々まで彫琢の限りを尽くそうとする強い意志の感じられる名演が繰り広げられている。しばしば、はやる心を落ち着かせようとするかのような足取りを聴かせるが、そこにも、自在なテンポの揺れがある。私は、久しぶりにフルトヴェングラーの天才的な音楽の自在さに触れて、改めてこの指揮者の〈早すぎた死〉を惜しんだ。シューマン「第四」は、DGGへのスタジオ録音の、いかにもワンテイクで即興的に採られたといった観のある録音と比較すると、曲想の変転とテンポ設定との関係性など、全体設計に格段の工夫の跡が聴かれる。特に第二、第四楽章の節回しに、それが顕著だ。ベートーヴェンのように堅固な構築性を保った音楽とは異なる、こうしたロマン派の不安定な音楽に対する方法論が確立しつつある予感を感じた。それは、私が今、新しい世紀を迎えてずいぶんと回り道をして戻りつつあると感じている、戦後の屈折したロマン派音楽演奏の歴史を一気に飛び越えてしまうものでもある。言うなれば、一過性の芸術である「演奏」と繰り返し再現される「録音」との接点を、どこに形成するかということだ。改めて、「フルトヴェングラー未完の大器説」を、声を大にして言う。

■N響ライヴシリーズでライトナーのブラームスアルバム登場
 この一、二年ほどの間、私は、この欄で「一筆書きの音楽」という言葉を幾度も使っている。カイルベルトについて書いたあたりからだ。そして、この数十年にわたって迷走していた西欧クラシック音楽の指揮者の在り様に希望を見出すとしたなら、オペラハウスでのライヴ感覚を武器にしたネゼ=セガンのような指揮者に可能性があるとも書いた。おそらく、そのことは、前項でのフルトヴェングラー再考とも深く関わっているし、皮肉なことには、昨今のレコード業界の不況からライヴ収録の編集ものばかりがリリースされていることとも、密接な関係がある。「完璧な録音」を目指したことで失ったものもある。もう三十年ほど昔に、私は、フランス系指揮者を論じる際に「劇場指揮者の系譜」という言葉を使ったが、今にして思えば、その時に、数多あるドイツの「劇場指揮者の系譜」にも目を向けるべきだったのだと思う。六〇年代以降、世界のレコード会社は、コンサート指揮者のスタジオ・セッションを中心に回り始めていた。フェルディナント・ライトナーも、そうした流れの中で軽んじられてきた指揮者のひとりである。その彼のブラームス交響曲一、二、四番、ドイツレクイエムといった大曲をNHK交響楽団で振った演奏が、三枚組アルバムとなって発売された。N響のブラームス「第一交響曲」と言えば、一九八七年定期演奏会での収録が、サヴァリッシュとの共演でソニーから発売されている。その切り立った大きな落差からくる〈静寂〉の巨大さには一歩譲るが、ライトナーの柔和で自然な運びが豊かに息づいた演奏である。カイルベルトのような「この人でなくては」という強い自己主張の指揮ぶりではないが、まちがいなく「音楽がそこに生まれている喜び」があふれている。
 
■レイポヴィッツ指揮の『幻想交響曲』復刻盤の存在意義は?

 ベルリオーズ「幻想交響曲」の名盤史については、私の音楽評論としては最も古いものの一つとなった文章がある。一九九〇年五月にクラシック新譜の紹介雑誌『レコード芸術』編集部の求めに応じて寄せたもので、後に私の第一評論集にも収録したものだ。今でも、そこで展開した見方に変更はないし、チョイスされた各盤にも、その後の登場したいくつかの問題提起を孕んだ盤をほんの少し加える程度で構わないと思っている。うっかり書き落とした演奏は無い、と断言してもよい。――ということは、この一九五八年に米ウエストミンスター社の末期に録音・発売されたレイポヴィッツ指揮ウィーン国立歌劇場管による録音は「選外」ということになる。いくつかの、レイポヴィッツが残した録音について書いたことはあるが、ひとつの時代の〈あだ花〉のようなところのある人で、決して長い歴史の中での普遍的な存在意義のある演奏を残した人ではないと思っている。ある時代に刺激を与えたことは事実だが、それは、果たして、今になって聴きなおす意味がどれほどあるのか、ということだ。最近、かつての時代の、こうした癖のある演奏を珍重する聴き手が増えているのかと思ったが、どうも、そうではないようだ。むしろ、次々に「聴き比べ需要」を開拓しなければならない売り手の側の趣味に、その原因があるようだ。私の所有している米盤LPレコードと聴き比べてみて、かなり音質的には優れたCD化だと感じたが、もっと地味でも、復刻する価値のある録音があると思った。レイポヴィッツは、シェーンベルクやウェーベルンに師事したという経歴から、「革新性」が神話化された指揮者だが、「やりたいこと」が散発的で、まとまりのある印象に欠けることが多い人だと思っている。
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