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冷戦時代にショスタコーヴィチを招聘したイギリス「エジンバラ音楽祭」。作曲者立会いのライヴ録音を聴く!

2012年03月28日 11時29分33秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの81枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6091
【曲目】ショスタコーヴィチ:交響曲第12番「1917年」(*)
       :「カテリーナ・イズマイロヴァ」組曲(*)
       :歌劇「カテリーナ・イズマイロヴァ」より2つのアリア
        ~「ある日窓越しに私は小鳥の巣を見た」
        ~「森の奥の湖の水は私の良心のように黒い」
    ムソルグスキー(マルケヴィッチ編曲):「6つの管弦楽伴奏歌曲」
【演奏】ロジェストヴェンスキー指揮フィルハーモニア管弦楽団(*)
    ガリーナ・ヴィシネフスカヤ(ソプラノ)
    マルケヴィッチ指揮ロンドン交響楽団
【録音日】1962年9月4日、1962年8月26日

■このCDの演奏についてのメモ
 このCDは、ショスターコヴィチも招待されていた1962年のイギリスのエジンバラ音楽祭の記録だ。この時期のソビエト連邦の芸術家たちは、当時の社会主義政権の文化政策によって様々な形で苦しめられていた。海外への演奏旅行には必ず、ソ連当局による身辺捜査が付きまとい、行動にも多くの制約があったことは、よく知られている
 このCDで歌っている名ソプラノ、ガリーナ・ヴィシネフスカヤは、チェリストのムスティスラフ・ロストロポーヴィチの夫人だが、1962年は、彼女とイギリスとの関係に、ソ連当局が大きく干渉してきた年でもあった。
 ヴィシネフスカヤがイギリスの大作曲家ベンジャミン・ブリテンと初めて出会ったのは、前年1961年のこと。ロストロポーヴィチとブリテンは60年に知り合って以来意気投合しており、その後の共同作業の下地が既にできていたが、ブリテンはロストロポーヴィチ夫人ヴィシネフスカヤの歌唱に感動し、そのころ作曲を進めていた『戦争レクイエム』に彼女のパートを加えることを決意したのだった。初演は1962年5月30日と決められた。
 作曲者の構想は、ピーター・ピアーズのテノール、フィッシャー=ディースカウのバリトン、ヴィシネフスカヤのソプラノ、という3人の独唱を組み込むというものとなった。これは、第2次世界大戦で苦しんだイギリス、ドイツ、ソ連、を代表する歌手を一堂に会して初演を行うという目論見だったが、このブリテンの世界平和を願う真摯な企画を政治的に意味付けして嫌ったソ連当局は、初演1週間前までロンドンのコベントガーデン歌劇場でオペラ『アイーダ』を歌っていたヴィシネフスカヤに、強制的に「急用ができた」との記者会見を命じ、帰国させてしまった。
 このCDの録音は、その数ヵ月後、傷心の日々を乗り越えて、自身の歌での『戦争レクイエム』の再演を実現しようと密かに運動中の時期のものだ。曲目に、ソ連当局から上演が禁じられたために改訂を余儀なくされていたショスタコーヴィチのオペラ『ムツェンスクのマクベス夫人』が加えられているのも、何かしら象徴的だ。ただし歌詞は、現在復活上演されている原典版ではなく、翌年に初演される改訂版(オペラ『カテリーナ・イズマイロヴァ』と改題)で歌われている。
 このCDの録音された時代の背景に、そうした政治の影があったということは、記憶しておいていいだろう。この音楽祭の主賓ショスタコーヴィチの新作交響曲の西側陣営での披露は、そうした中で行われた。演奏にあたって、作曲者は細かなアドヴァイスを与えたと伝えられている。(1997.1.26 執筆)

【当ブログへの再掲載に際しての付記】
 この時期の記念碑的な録音として、ブリテンとロストロポーヴィチとが共演したブリテン作品が英デッカに残されているので、ご記憶の方も多いだろう。そして、この後、ロジェストヴェンスキーはロンドンのBBC交響楽団の主席指揮者に迎え入れられる。イギリス政府の意向を受けて、BBC放送局やイギリスの音楽界が、執拗にソ連の共産主義体制に風穴を開けようと刺激を与えていた時代だったことを思い出していただきたい。下世話な話だが、テレビの『スパイ大作戦』や、映画の『007シリーズ』の時代である。
なお、このCDのイギリスでのオリジナル盤の曲目表記は、『ムツェンスク郡のマクベス夫人(Lady Macbeth of the Mtesnsk district)』となっているが、この原稿が執筆された1997年は折しも、原典版での上演が話題になっている時期でもあったことから、混同を避けるため、敢えて、改題されたタイトル表記で国内盤を発売した。ついでながら、このCDに残された歌唱は、翌年1963年の改訂版初演に先立つ試演だったはずである.




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エルガーの音楽世界に浸る、チャールズ・グローヴズの貴重な一枚!

2012年03月14日 15時12分03秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の15枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6090
【曲目】エルガー:序曲「フロワッサール」作品19
     :「バイエルン高地の風景」作品27
     :「主に捧げよ」
     :「凱旋行進曲」
     :「ためいき」作品70
     :「スルスム・コルダ(心は上に)」作品11
     :「二つのパート・ソング」作品26
【演奏】チャールズ・グローヴズ指揮BBCスコティッシュ交響楽団
      スコティッシュ・フィルハーモニック・シンガーズほか
【録音日】1983年1月16日、1981年2月9日

■このCDの演奏についてのメモ
 これは最初の曲が鳴り始めただけで、うれしくなってしまうCD。いかにも「BBC-RADIO クラシックス」らしい企画物の登場だ。イギリス作曲界におけるロマン派的巨匠エルガーの、あまり知られていない作品をスタジオ収録したBBCのライブラリーからの編成盤だが、合唱付き管弦楽作品を中心にしたアルバムで、しかも指揮が、親しみやすく自然な語り口の演奏で多くのファンを魅了しているチャールズ・グローヴズというのだから、これ以上はないという贅沢な組み合わせだ。
 エルガーは有名な小品「愛の挨拶」を捧げていることからもわかるように、愛妻家として知られている。このアルバムの中心を成す「バイエルン高地の風景」は、そのエルガー夫人の作詞によるものだ。平和で温かな雰囲気に満ちた作品で、グローヴズの指揮も優しさにあふれた伸び伸びしたもの。その自然な音楽の運びからは、この作品を支える素直で飾り気のない抒情精神が伝わってくる。
 この作品に先立って当CDに収録されている序曲「フロワッサール」は、エルガーが結婚した翌年の作品。この輝かしさを伴った曲をアルバムの冒頭に置いて、エルガーの世界への招待を演出するというCD構成上の配慮にも、こまやかな工夫が感じられる。
 そして、「バイエルン高地の風景」の後、オルガン付きの作品をいくつか挟んでエルガーらしい敬虔さとロマンティックな感情の高揚を聴き、アルバムの最後には再び夫人の作詞による小品を聴いて閉じるという趣向には、制作者のエルガーに対する愛情さえ感じられる。親しげに微笑みかけるエルガーの一面を凝縮した美しいアルバムだ。
 これは、イギリス音楽が持っている〈人なつこさ〉という一面を聴くには、恰好の1枚といえるだろう。
 この楽しい1枚のCDで指揮をしているチャールズ・グローブズは、1915年ロンドンに生まれ、1992年、同じくロンドンで心不全により急死したイギリスの指揮者。イギリスの音楽に囲まれて成長し、イギリスの聴衆と共に育ったと言っても過言ではない生涯を送った指揮者のひとりで、その温かくのびやかな音楽で、死の直前までイギリスの長老指揮者として愛されていた。グローヴズの演奏は、いつも、幸福な音楽の営みが聞こえてくるのが特徴で、このCDアルバムは、そうしたグローヴズの持ち味が、作品とうまくマッチしている。(1996.7.25 執筆)

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ロンドンのオーケストラを振った「ウィーン音楽」で聴く、指揮者としてのボスコフスキーのアマチュアリズム

2012年03月07日 12時11分24秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の14枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6089
【アルバムタイトル】ボスコフスキー「ウィーン音楽コンサート」
【曲目】スッペ:ファティニッツァ行進曲
    ツィーラー:行進曲「ウィーン市民」
    ベートーヴェン:メヌエット~トルコ行進曲
    シュトラウスⅡ:ワルツ「ウィーンの森の物語」
    コムツァークⅠ:行進曲「本物のウィーン気質」
    シュトラウスⅡ:皇帝円舞曲
    シュトラウスⅡ:山賊のギャロップ
    ヨゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「おしゃべりやさん」
    スッペ:オペレッタ「美しきガラテア」序曲
    シュトラウスⅠ:シュペール・ギャロップ
    シュトラウスⅡ:アンネンポルカ
    シュトラウスⅡ:ポルカ「帝都はひとつ、ウィーンはひとつ」
    レハール:ワルツ「金と銀」
【演奏】ボスコフスキー指揮BBCコンサート管弦楽団
【録音日】1974年6月1日

■このCDの演奏についてのメモ
 このCDには、シュトラウス・ファミリーの音楽の指揮で有名なウィリー・ボスコフスキーが、ロンドンに来演した折りの録音が収められている。
 ボスコフスキーは、長年ウィーン・フィルのコンサート・マスターを務めたが、そのかたわら、名指揮者クレメンス・クラウスの死後、1950の後半から、1979年までの長い間、クラウスが創始した「ウィーン・フィル/ニュー・イヤー・コンサート」の指揮を毎年担当し、ウィンナ・ワルツの代名詞にまでなってしまった音楽家。必ずしも指揮は本業ではなかったが、この種の音楽では、仲間であるウィーン・フィルとの共同作業で自身の持ち味が率直に反映していた。
 このCDは、そうしたボスコフスキーにとってはめずらしい〈他流試合〉の記録ということになる。
 ボスコフスキーの相手をするのは、BBCのライト・ミュージックのチャンネル、第2放送所属のオーケストラ、BBCコンサート管弦楽団だ。
 他流試合というのは、聴き慣れた指揮者の演奏であっても、勝手の違いが思わぬ結果を生んでいたりして、面白いものだ。このCDでも、しばしば指揮台に立っているのがボスコフスキーであることを忘れてしまうような、きりりとしてリズミカルな運びが、プロムスのラスト・ナイトのような快活さで聞こえてくる。
 曲目構成にもそれは表われていて、行進曲が多いのは、やはりイギリスの聴衆の好みなのだろうか? しばしば飛び出す金管の響きも、この国の音楽の軽快さを思い起こさせるし、小太鼓も快調だ。スッペの序曲の鳴り方や加速度は、サドラーズ・ウェルズのオペレッタの楽しさだ。
 ボスコフスキーとウィーン・フィルの演奏には、いわゆるウィーン・スタイルのリズムのひきずりがあり、それが、独特の雰囲気を生んでいるのだが、当CDでは、「皇帝円舞曲」でさえ前へ前へと進む推進力に突き動かされている。こうした演奏を聴くと、改めてボスコフスキーの、良い意味でのアマチュアリズムからくる素直さを感じる。ボスコフスキーは、決してバトンのテクニックでオーケストラをドライヴしていく人ではないのだ。むしろ自分たちなりに独自の音楽文化を形成しているロンドンのオーケストラが、自分たちのスタイルで奏でるウィーンの音楽を、楽しむ側にまわってさえいるのが、このCDでのボスコフスキーだ。
 実に面白いCDが発売されたものだ。(1996.7.30 執筆)

【当ブログへの再掲載に際しての付記】
 私の「ウィーン音楽」に関する考え方は、1996年の「ウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサート(マゼール指揮)」のライナーノートで詳しく述べました。じつは、私は、ある意味で、ボスコフスキー/ウィーン・フィルの一連のウィーン音楽録音全体に横溢している、一種の、八百長試合のような甘えに懐疑的なのです。もちろん、良い面も多々あるのですが、クレメンス・クラウス時代のようなみずみずしさはないように思っています。そういう意味では、その真反対にマゼールの、徹底してバトンをしっかり振り続けて「キッチュなウィーン音楽」を現出して見せた演奏が興味深かったわけです。ボスコフスキーが降りたあと1980年からの連続7年間のことです。そのマゼールが大転換を成功させた最初が、1996年(最初のRCA盤)と思っています。その2年前の再会、1994年のソニー盤は、その転換に至る前の軋[きし]みから来る歪んだ音楽が痛々しいものでした。私がRCAの96年盤のために執筆したライナーノートは、当ブログにも掲載してあると思いますので、左の欄外を下にスクロールして「ブログ内検索」で「マゼール ニューイヤー」としていただければ見つかるはずです。
 ついでながら、ボスコフスキーは、ウィーン・フィルを離れて、彼が気心知れた仲間とだけでEMIに残した「ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団」との録音のほうが、その徹底されて楽しく華やいだ雰囲気が好きです。これは名演だと思っています。ボスコフスキーは、ほんとに、バトン・テクの人ではなかったのです!

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