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a young American composer, Ryan Francis

2014年03月14日 14時14分03秒 | エッセイ(クラシック音楽)
It is blog of Kikuo Takeuchi here.
Kikuo Takeuchi is a Japanese music critic(change of the expression in performing; Japanese culture in pre-war period) and an LP collector.


About 2 years ago I heard a composition by a young American composer, Ryan Francis. The work consisted of 8 preludes written for solo piano, inspired by “The Wind-Up Bird Chronicle” by a distinguished Japanese novelist, Haruki Murakami. It contained imaginative allusions to “The Thieving Magpie,” from Rossini’s opera of the same name; “Bird as Prophet,” from Schumann’s character pieces; and “Birdcatcher,” from Mozart’s opera, " The Magic Flute."Mr. Francis’s impeccable craftsmanship and acute sense of tone impressed me immensely. His music expressed an incredible freedom of structure, yet every note seemed perfectly suited for his musical phrasing and total design.
Within a year later, I heard more of Ryan Francis’s compositions---“Etudes for Piano” and “Tri Cantae” --- both performed by Japanese pianist, Akimi Fukuhara. Those pieces alone convinced me that this young composer had established a unique vision for his ompositional style.
Moreover, Ryan Francis’s music has a huge range of emotions. One can perhaps find a similarity between Francis’ music and the music of Romanticism, where human emotions were the primary factor, the very essence of it. In the modern era, we have become overly self-conscious about expressing raw emotions, while in the 20th century we seem to have departed from Romanticism to the more classical forms of structure and balance. Nonetheless, Ryan Francis has apparently discovered an innovative technique of creating a balance between form and emotion in his compositions. Every note, even those in unison, avoid an impression of ambiguity.
It boldly expands its dynamic range and articulation, yet manages to command the listener's attention with moments of deep silence, as if the musical line connects to the nature of the universe, expanding and constricting at the same time. One can only be excited to anticipate the future works of Ryan Francis, as I believe his music is a precursor to a rebirth of Romanticism, yet reinforced with novel ideas of structure and tonality.
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ライアン・フランシスの作品に注目する

2014年03月14日 13時48分24秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 以下は、先日(3月7日付)のこの場に書いた「福原彰美リサイタル2014」への感想の中で、「ライアン・フランシスの作品については、別の機会に」としたお約束で掲載するものです。
 じつは、以下に掲載する文章は、昨年、あることで必要となったために執筆したライアン・フランシス作品に対する「推奨文」です。ライアン・フランシス氏にも読んでもらおうと、知人を通じて英文にも訳してもらいました。英訳のチェックをしてくれたのは、「ニューヨーク・タイムズ紙」にクラシック音楽関係の寄稿をしている方なので、私のややこしい日本語表現を、直訳の英文と日本語のニュアンスを伝えて、的確な英文にしてくれたものと思っています。このあと、その英訳文も、別項にして単独でupします。
 日本ではまだ、その名を知る人は少ないですが、ライアン・フランシスは、注目すべき若手作曲家の一人だと思っています。先日演奏された作品は、日本初演曲ではありましたが、ライアン・フランシスとしては旧作に属するもの。現代の作曲家としては比較的稀な、ロマン的な音楽の動きが、注意深く織り込まれた作品でしたが、以下に触れた作品の印象を凌駕するものではないように思いました。


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 ライアン・フランシスの作品を初めて耳にしたのは、2011年1月にすみだトリフォニー小ホールで行われた「福原彰美ピアノ・リサイタル」だった。世界的に著名な日本の作家、村上春樹の小説『ねじ巻き鳥クロニクル』にインスパイアされたという、8曲から成る『前奏曲集』である。ロッシーニ「どろぼうかささぎ序曲」や、シューマン「予言の鳥」、モーツァルト「魔笛」の「鳥刺しの歌」などの旋律が変形されて挿入された、じつに手の込んだピアノ独奏曲だった。その巧みな音づかいで突き抜けていく斬新な響きが印象に残った。自在に飛び跳ねる音楽の伸びやかさと、それでいて絞り込まれ、選び抜かれた音の組み立てに、強く魅かれた。
 その後、一年ほどの間に、ライアン・フランシスの新作を続けて聴く機会に恵まれた。いずれもピアノ曲で、『エチュード』、『トライカンテ』という作品(すべて福原彰美の独奏)だが、それはライアン・フランシスという若い作曲家が、既に自身の創作の語法に確信的な方向性を掴んでいることを感じさせるものだった。
 ライアン・フランシスの音楽は、感情の抑揚の幅がとても大きい。人間の情念の動きに全幅の信頼を寄せていたロマン派の時代と、それは似ている。だが、過剰な自意識の発露に恥じらいの感覚を持ち込んだ近代に至って、20世紀という抑制と均衡の古典的フォルムに逃げ込んだ音楽の時代を経た今日にあって、ライアン・フランシスの世界では、フォルムとエモーションとの新たな関係が築かれている。彼の音楽は、同時に響きあうすべての音が、それぞれ裸形で置かれ、混濁が注意深く取り払われている。彼の音楽は、大胆に拡散しながらも、細心の注意深さで、沈黙の深さを計測し続けている。それは、あたかも、拡散と収縮を同時に行っている宇宙の神秘と通じているかのようだ。我々の時代に蘇生した新たなロマン主義の芽として、ライアン・フランシス作品の今後に注目している。

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「福原彰美ピアノ・リサイタル2014」への感想が、私のブログにコメントで寄せられました。

2014年03月10日 11時23分04秒 | エッセイ(クラシック音楽)


 先日のこの場に載せた「福原彰美ピアノ・リサイタル」についての私の小文に、早速、とても心温まるコメントが寄せられました。すぐに公開扱いとしましたので、お読みになった方も多いと思いますが、より多くの方に読んでいただきたいと思いましたので、以下に、そのコメント全文を掲載します。

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極上の時間でした (吉田一郎)

2014-03-07 22:39:49

一昨日の福原さんのリサイタル、私も拝聴しました。ピアノの演奏技術のことはわからないので、適切なコメントはできませんが、これまで足を運んだコンサートの中で、特に印象に焼きつく感動的な演奏を聴かせていただいたと思います。
彼女が18歳の頃録音したCDと、ネットでたまたま発見したワレフスカとのピアソラの動画で、彼女の演奏を聴いたことがあるだけで、おそらく清楚で端正なピアノを弾くのではないかと勝手に想像していましたが、良い意味で完全に裏切られました。
感情表現の深さと豊かさは驚くほどです。心から演奏することを楽しみ、音と対話しながら、一音一音を慈しんで弾いている誠実さが、ステージからひしひしと伝わってきました。当然、聴き手としてもおろそかに聴き流すわけに行かず、終演のころには、ヘトヘトに疲れてしまいました。もちろん、快い疲労です。
これだけ感情の揺れを表現できるスケールの大きさを備えているからこそ、あのワレフスカに寄り添うことができたのだと納得した次第です。
とにかく、濃密で幸福な時間を過ごしました。フルコースのご馳走を堪能したあと、更に予想外の2皿(ラフマニノフとストラヴィンスキー)が出てきたという感じです。
今後も福原さんの演奏はフォローしていきたいと考えています。竹内先生、ぜひ彼女の成長を見守り続けてあげてください。

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 改めて、福原彰美のピアノ演奏の「力」を強く感じました。こうして、より多くの方が、彼女のピアノに触れる機会を作ってくださることを願っています。
 なお、これを機会に、私のブログの「カテゴリー分類」を久しぶりに変更しました。
 これまで「ワレフスカ&福原彰美」としていたカテゴリーから、福原のピアノについてのみ言及している文章を抜き出して「エッセイ(クラシック音楽)」に移動させました。そして、残ったものだけで「ワレフスカ来日公演関連」というカテゴリーを新設しました。今後は、福原に関するものを探す場合は、パソコン画面では左側欄外をスクロールして「ブログ内検索」で「福原彰美」で検索してください。「~来日関連」に残っているものを2、3本拾って、「エッセイ」30数本のなかから福原への言及を5、6本拾い出してくれると思います。数えませんでしたが、今日現在で488本の文章を載せているこのブログ内で、10本ほどはあるようです。比較的多いほうでしょう。それだけ、私自身が書きたいことを持っている演奏家のひとりだということです。


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「福原彰美ピアノ・リサイタル2014」を聴いて――この一年の福原の、変貌の端緒を確認して思ったこと

2014年03月07日 18時23分30秒 | エッセイ(クラシック音楽)


 一昨日の3月5日(水曜日)にすみだトリフォニー小ホールで行われた「福原彰美ピアノ・リサイタル」を聴いた。ニューヨークとサンフランシスコを拠点に活躍している彼女が、5年前から、年1回、必ず帰国して開催している自主コンサートである。毎回、アメリカの若手作曲家の作品の日本初演や世界初演を必ず交えて、コンセプチュアルなプログラム構成で聴かせるもので、5回目となった今回は、『夜に紡ぐ~ロマンティシズムの灯り』と題された。
 スカルラッティの『ソナタ』K. 213(L. 108)、『同』K. 13(L. 486)で開始され、ショパン『ノクターン』第16番、『バラード』第4番、ラフマニノフ『音の絵』39-5、『同』39-1、『同』33-9と続いて、休憩後に、彼女のリサイタルではすっかり馴染みとなったアメリカの作曲家ライアン・フランシス(1980年生まれ)の『コンソレーション』日本初演。最後にラヴェル『夜のガスパール』全曲で締めくくられた。
 福原彰美のピアノについて、私はこれまで、機会あるごとに積極的にコメントをするようにしてきたが、昨年のクリスティーヌ・ワレフスカとの2回目の日本公演ツアーは、ワレフスカのコンディションが最後まで満足の行く状態に回復しなかったこともあって、何も触れずに終わってしまった。だが、福原の好サポートは、以前にも増して心に留まるものだった。
 じつは、その2回目の全国ツアーがスタートした昨年3月の数ヶ月前、福原は、サンフランシスコ音楽院から、ジュリアード音楽院での勉学へと転進して以来住み慣れていたニューヨークのアパートメントを引き払い、古巣のサンフランシスコでの研鑽を進める決断をしていた。そのことについて彼女は、核心の部分については黙して語らなかったが、ジュリアードで学んだものに留まれない「何か」を感じ取っているに違いない、と様々に推測しながら私なりに納得したのを、昨日の事のように思い出す。
 いずれにしても、それが引き金になったものか、あるいは順序が逆なのかはわからないが、明らかに彼女は、奏法の大改造に着手した。そして、昨夜、彼女のピアノを長年にわたって聴き続けている聴衆が多数集った会場で、――(そうなのだ。福原のリサイタルでは、10代のころからの彼女を聴き続けているに違いない熱心で真摯な聴き手に、よく出会う)――その成果の一端が披露された。

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 ご存知の方も多いと思うが、サンフランシスコに戻ってからの彼女は、ティルソン=トーマス率いるサンフランシスコ交響楽団の首席奏者たちを中心にした「室内楽コンサート」にも参加して好評を博し、その室内楽ピアニストとしての才能でも頭角を現わし始めたが、ソリストとしての福原彰美のピアノは、さて、どのような変貌へと向かっているのだろう。
 ここ数年、ブラームスやシューマン、あるいはリストなどの作品を通して、ロマンティシズムの有り様を探求してきている福原は、昨年のリサイタルでのシューマン『幻想曲』にも聴かれたように、手の内に入った確信に満ちた表現が隅々にまで行き渡り、細心の注意を払ったかのように色づけされたピアノの響きに、大きな特徴があったと思う。鮮やかな色合いと、危うさと紙一重の軽やかな繊細さが魅力だった。だから、その反面、有無を言わせぬ力強さに欠けることに不満を持つ聴き手がいたことも事実だ。私自身は、例えば往年のルドルフ・フィルクスニーのように、「かすかな音の変化に耳を澄ました者にだけ届く音楽」があってもいいではないか、とさえ思っていた。
 かつて私はフィルクスニーの音楽をこんなふうに表現した。

フィルクスニーは、言わば「音の小さなピアニスト」だったと言えるだろう。聴く者に、一見静かに動かぬ水面の、かすかなさざ波に気付かせるような、そして、一たびそれに気付いた者の心を、限りなく浄化してゆく、そういうピアニストだった。だから、独奏もさることながら、室内楽の分野でも傑出した録音を残している。室内楽での相手との聴き合い、語り合いながらの進行には、素晴らしい瞬間の煌めきを聴くことができた。

 そんなふうに、福原の世界もイメージしていた私が、自分の不明を恥じたのが昨年のワレフスカとのコンサート・ツアーでの福原のピアノだった。まだ、変貌の端緒に着いたばかりだったから、それほど特徴的ではなかったが、それでも、音楽がグイと前に出てくるような「大きな構え」が垣間見られるようになり、それは日増しに高まっていった。不調のワレフスカが彼女を頼みとしていたのを、妙に納得してしまったほどだった。(そのことに気付いた方もいたようだ。ネットへの書き込みで、それを発見したときは、わかる人にはわかってしまうものだ、と思った。)
 考えてみれば、福原彰美というピアニストは、まだ30歳前後という若さなのだ。まだ、ふた皮も三皮も剥けて行くに違いない。だが、その原点である彼女の美質は、決して失われないだろう。これまで半世紀以上も様々な演奏家を聴いてきたが、真のアーティストは、どんなに変貌しても、その原点の光が失われたことはなかった。各々の特質が、「取って付けた」ものではなく、「内から滲み出てくる」ものだからこそ、なのだ。

           *

 さて、前置きが長くなってしまった。一昨日のリサイタルの演奏について少し書いておこう。
 全曲目の中で最も印象に残ったのが、ラフマニノフ『音の絵』からの3曲である。音楽的に振幅の大きな演奏で、力づよい低域の輪郭の上を、高域が自在に跳ね回るといった趣きで、右手と左手のバランスが一回り大きな段階で達成されているように感じた。それが、ラフマニノフの音楽の背景にある重さを、陰影の濃いものにしていた。
 それはショパンの2曲、特に『バラード』でも言えることだが、はて、これは福原のショパンにとって相応しいことだろうか? シューマンやブラームスの演奏では、これは間違いなく、福原の大きな成果となるはずだが、ショパンには、かつての福原のショパンから時折聞こえてきた危うさに似たニュアンスが薄れていることが惜しまれた。福原のピアノが導き出す弱音のニュアンスの細やかさが後退しているのは、おそらく、構えの大きな音楽を、福原自身がまだ持て余しているからだと思う。自身の変貌の過渡期にあるのだと思う。だが、このことは次回に期待しよう。最高に美しい弱音は、芯を捉える強い打鍵力にしっかりと制御されたときに生まれるものだからである。
 このところいつも、リサイタルの冒頭で数曲採りあげることの多いスカルラッティの『ソナタ』は、低域の輪郭が一段と冴える方向に変貌してきた福原のピアノを堪能することができたのが収穫だろうか。
 しかし、コンサートの最後に置かれたラヴェル『夜のガスパール』は、曲のイメージがしっかりと定位するに至らないままに弾いているといった印象が拭えなかった。福原は基本的に、極めてクレバーなピアニストである。それぞれの曲の構造や仕掛けに対する鋭い洞察が群を抜いていることは、いつも彼女自身が執筆しているプログラム・ノートを読めばわかることだ。だから、『夜のガスパール』に対しては、不満が残った。福原のことだから、いずれ別の機会に、『夜のガスパール』にも鮮やかな演奏を披露してくれることだろう。それを待っていたいと思った演奏だった。
 ライアン・フランシスについては別の機会に書きたいと思っているが、これまでの福原のリサイタルで聴いた限りでは、繊細な感覚を持った俊英として楽しみな作曲家だと思っている。
 蛇足ながら、当日はアンコールを求める大勢の拍手に応えて、ラフマニノフ『音の絵 33-2』と、昨年弾いていたストラヴィンスキー『ペトルーシュカからの3章』第1曲が弾かれた。いずれも手の内に入った好演だった。

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メト(MET)の「ライブ・ビューイング」オペラでネゼ=セガン指揮『ルサルカ』を観ました!

2014年03月05日 12時36分24秒 | エッセイ(クラシック音楽)
 昨晩、東銀座の「東劇」でメト・オペラ「ライヴ・ビューイング」上映のドヴォルザーク『ルサルカ』を鑑賞してきた。タイトルロールはルネ・フレミングで、指揮がネゼ=セガン。2月8日に上演したばかりの舞台を収録して日本語字幕付き上映という早わざも、すっかり定着したようだ。これまでにも、誘われるままに何本か観てきたが、今回は、ネゼ=セガンの見事なオーケストラ・コントロールにすっかり驚いたので、ひとこと、ご紹介する次第。この上映、今週金曜日の「3月7日」までなので、ご興味のある方はぜひ。昨日は、何人か、知ってる顔も見かけたし、いつもより混んでいたから、現地メトロポリタン歌劇場でも好評だったのかもしれない。
 ネゼ=セガンについては、私はこのブログの1月初めにも触れた。今後の仕事に注目しているひとりだが、配給の「松竹」のパンフレットにある「世界中で快進撃を続ける俊英Y・ネゼ=セガンの情熱的な指揮」という表現は、どなたの手に拠るものなのか? ネセ=セガンの指揮の最大の美点は、そのしなやかで緻密な、あたかも室内オペラを聴くようなオーケストラのつややかな響かせ方にある。このドヴォルザークの音楽は、通常のオペラの伴奏の域をはるかに超えた雄弁なものだが、その交響詩的とも劇付随音楽とも言うような語り口、音色の変化を、これほどに聴かせるとは、この指揮者の実力に、改めて驚嘆した。リハーサルを徹底して繰り返し、ある意味では、練りに練ったスタジオ・セッションで完成させたかのようなアンサンブルが、ライヴながらしばしば聞こえていた。それでいて、即興的な盛り上がりの劇性にもあふれていた。幕切れ直前の消え入りそうなピアニッシモからの巨大な音楽の立ち上がりは圧巻。ネゼ=セガン、恐るべし、である。

 蛇足ながら、「東劇」のスピーカーの音が、もう少し、である。これもいつもながらだが、おおむね音響は、なぜか松竹系より東宝系の小屋のほうがいい。

 なお、4月5日から11日までに上映が予定されている次回作は、3月1日に収録したばかりのボロディン『イーゴリ公』。このめずらしい作品の新演出上演だそうだから、これも期待だ。



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駆け足で辿る西洋音楽史(3)「近代/現代」

2014年03月04日 15時45分32秒 | エッセイ(クラシック音楽)
 前々回から続いてきた本稿は、これで終わりです。いわゆる「二〇世紀音楽」の時代へと連なっていくわけですが、それは、レコード、ラジオ、映画など、急速に発達した様々のメディアの影響下に音楽が置かれた時代であり、交通網の発達によって「西洋音楽」が「西洋」から外に飛び出してしまった時代の始まりでもあったのですが、「音楽文化史家」の立場からの考察を始める以前の私自身は、まだ、その視点の重大さにまだそれほど気づいていませんでした。今となってはいささか不満のある旧稿ですが、そのまま掲載します。(本稿のオリジナル執筆時の経緯は、「(1)」をご覧ください。)


●近代/現代

■個性の重視が背景となった民族意識の発露
 ロマン派の時代も終わり頃になると音楽は、それぞれの地域の特性を持ち出すようにもなってきました。もちろん、その背景として、社会的には、様々な民族運動の高まりが関係していますが、個人の問題としては、各人の感性を大切にするという気運の影響もあります。それらをまとめて〈国民楽派〉と呼ぶこともありますが、互いに連係していたわけではありません。むしろロマン派と近代の音楽をつなぐものと考えるのが自然でしょう。
 代表的な作曲家としては、ロシアのチャイコフスキー、ボヘミアのドヴォルザーク、ノルウェーのグリーグなどがいます。チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」や「弦楽セレナード」には、寒いロシアの雪原のような広がりが感じられるかも知れません。ドヴォルザークの「スラヴ舞曲」にはボヘミアの土の香りが、グリーグの「ソルヴェイグの歌」からは、北欧の調べが聞こえてくる気になるでしょう。
 しかし、それらはどれも、映画の伴奏音楽のようなこじつけや、辻つま合わせの音楽ではないのです。それぞれ、その場所に生まれ育ってきた作曲家自身の、内面にある感情から生まれてきた音楽なのです。自分の心を映す鏡にまで発達した音楽は、こうして、ひとりひとりの感性の違いを、くっきりと定着させられるようにまでなったのです。

■〈後期ロマン派〉は世紀転換期の音楽
 近代の音楽と言われるものは、一般的には19世紀最後の10年間ほどから、第一次世界大戦終結の1918年過ぎまでの約30年間を指しています。別名〈世紀転換期〉とも言います。 この時代の流れのひとつに、マーラー、ヴォルフ、リヒャルト・シュトラウスなど、ドイツ、オーストリアの〈後期ロマン派〉と呼ばれる人々がいます。
 彼らが与えられた共通の大きな影響は、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」における〈半音階的和声〉でしたが、それは現代の音楽に大きな革命をもたらしたシェーンベルクの〈十二音技法〉へと突き進んで行きました。
 後期ロマン派では、もうひとり、ブルックナーの存在も特異なものです。ブルックナーは、人間中心の主観主義全盛のロマン派時代の最後に現れた異端児と言ってもいいでしょう。宗教的な世界に彩られたブルックナーの音楽は、人間的世界から遠く離れた高みから、客観的に音楽世界を構築するといった広大無辺な「交響曲」を数多く生みました。
 また、古典派時代以降、作曲の分野ではほとんど見るべきもののなかったイギリスにも、後期ロマン派的な成果を収めた作曲家、エルガーが登場しました。交響曲、協奏曲など、オーケストラ作品の大曲に傑作がありますが、ヴァイオリンのための小品としてよく知られる「愛のあいさつ」も美しい作品です。エルガー以降、イギリスの作曲界は、ヴォーン・ウィリアムス、ホルスト、ブリテンなど様々な作曲家によって多くの成果を上げて、現代に至っています。

■ナショナリズムから近代、現代の音楽へ
 19世紀末から20世紀にかけてのヨーロッパは、民族国家形成の社会運動に伴って、各地で、ナショナリズムに目覚めた人々が活躍しました。これらの動きは、ロマン派音楽の範囲に入る〈国民音楽〉として発生しましたが、やがて発展して、ヨーロッパ中央を中心とした音楽に疑問を持ち始めた〈現代の音楽〉への橋渡しともなりました。
 ドヴォルザーク以後のチェコからはヤナーチェクが、グリーグ以後の北欧からはフィンランドのシベリウスが登場しています。
 一方、ヨーロッパ中央に影響されたチャイコフスキーに批判的だった同世代のロシアの作曲家たちは、民族主義を前面に押し出して活動しました。彼らは「ロシア五人組」と呼ばれ、特にボロディン、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフが有名です。
 「ロシア五人組」がフランスの近代音楽に与えた影響にも大きいものがあります。中でもムソルグスキーのピアノ曲は、〈印象主義〉の音楽を確立したドビュッシーに大きな影響を与えました。また、リムスキー=コルサコフは、近代管弦楽法の父とも讃えられ、巧みで効果的な色彩感あふれるオーケストラの用い方は、後の時代への大きな遺産となりました。リムスキー=コルサコフの見事な管弦楽法は、「交響組曲《シェエラザード》」で聴くことができますが、ドビュッシーより、ほんの少し後の世代のラヴェルの管弦楽法にも、このリムスキー=コルサコフの影響が聴かれます。彼らの作品は、正にオーケストラの音色できらびやかに織られた絵巻物です。
 スペインでは、グラナドス、アルベニス、ファリャなどが活躍しますが、彼らには、フランスの近代音楽の祖とされるドビュッシーの確立した〈印象主義〉音楽の影響を聴くことができます。

■ワーグナーの影響から出発した近・現代の音楽
 これまでの西洋音楽の歴史は、旋律は落ち着くべきところに落ち着いて終わるという、安定した着地感とでもいうものを中心にしてきました。それが〈機能和声〉の考え方です。
 ところが、ワーグナーは「トリスタンとイゾルデ」で、そうした達成感を先送りすることを試みました。この方法は次第に調性を曖昧にして、ついには、〈無調音楽〉へと突き進んで行きました。それを〈十二音技法〉として確立したのがシェーンベルクです。
 それは〈新ウィーン楽派〉として、アルバン・ベルク、ウェーベルンへと受け継がれて行きましたが、その他にも、多くの今世紀の作曲家に多くの影響を与えました。調性感の喪失の周辺をさまようアルバン・ベルクの作品は、マーラー以後のウィーンの抒情精神の現代的な帰結のひとつとして、痛切なものがあります。また、ウェーベルンは、その瞬間々々に意味を求める点描的な作風を中心に、第二次大戦後の世界の若い世代にまで影響を残しています。
 一方、ワーグナーの影響から出発したものの、フランスでは、サティやドビュッシーのように、古代趣味とも結びついて、五音音階、全音音階、中世の教会旋法などを用いて、意図的に脱ワーグナーを試みる動きが起こりました。ドビュッシーは和音を西洋音楽の伝統的な進行から開放し、一見断片的でとりとめのない姿から、独創的な呼び交わしで光のスペクトルを束ねていくような音楽を作りました。言わば、一定の方向に意味付けしながらつなぎ合わせて終結へと向かうのではなく、瞬間のきらめきをそのまま積み上げていくといった感覚で、これを一応〈印象主義的和声法〉と呼んでいます。
 ドビュッシーの音楽は、ドイツを中心としたロマン主義からの決別に、決定的な影響を与えて現代に至っています。それは、例えば、民族主義的な研究から出発して全音音階的な語法で今世紀の音楽のあり方のひとつを示したハンガリーのバルトークや、リムスキー・コルサコフ的作風から出発したストラヴィンスキーにも聴かれるのです。

■古典への回帰とリズム重視の音楽の台頭
 ストラヴィンスキーは、印象主義的な作風から原始主義的でエネルギッシュな音楽に至り、やがてロマン派的情緒を排した新古典主義的な作風へと向かいました。バルトークも古い民族音楽やバッハの研究を通して新古典主義的な傾向を持っていますが、一方で、原始主義的な面も備え、打楽器を多用する張り詰めた音楽などをたくさん残しました。
 高らかに歌い上げる音楽から、打楽器の多用に象徴されるリズム重視の音楽への転換も、今世紀の音楽の大きな特徴のひとつです。その中には、ガーシュインに象徴される〈ジャズ〉のリズムも忘れることができません。ジャズの影響は、パリを中心としたラヴェルや、それ以降のミヨー、プーランクなどに飛火し、一時期パリに居たロシアのストラヴィンスキーやプロコフィエフにも現れています。
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