1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。
――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの83枚目。
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【日本盤規格番号】CRCB-6093
【曲目】ツェムリンスキー:叙情交響曲 作品18
:メーテルランクの詩による6つの歌曲 作品13
【演奏】エリザベート・ゼーダーシュトレーム(sp.)
トーマス・アレン(br.)
ミヒャエル・ギーレン指揮BBC交響楽団
フェリシティ・パルマー(sp.)
ベルンハルト・クレー指揮BBCフィルハーモニー管弦楽団
【録音日】1981年2月18日、1986年6月6日
■このCDの演奏についてのメモ
つい先頃、シノポリ盤が登場したばかりのツェムリンスキー『抒情交響曲』だが、BBC-RADIOクラシックスの1枚にも同曲が加わった。録音は最近のものではなく1981年2月で、BBC交響楽団の創立50周年を記念するコンサートを収録したものだ。指揮は当時このオーケストラの首席客演指揮者(78~82年の5年間就任)だったオーストリア出身のミヒャエル・ギーレンだ。
今でこそ、ツェムリンスキーの名前はかなり浸透しているが、50年代の終わりから始まったマーラー再評価の高まりの中からツェムリンスキーの名前が取りざたされ注目を集めたのは生誕100年の1972年以降だ。日本では若杉弘指揮の京都市交響楽団が、やっと78年7月4日に日本初演を行っている。そして、この交響曲のメジャー・レーベルによる録音は、81年3月に行われたドイツ・グラモフォンのマゼール指揮ベルリン・フィル盤まで待たなければならなかった。
それに先行するドイツ、オーストリア圏の録音として、当CDの余白に収められた「6つの歌曲」の伴奏指揮をしているベルンハルト・クレーによるベルリン放送交響楽団(西ベルリン)盤がある。80年6月の録音で、ドイツ・シュワンからLPが発売されている。意欲的な活動をしていた人々が、先を争って、ツェムリンスキー作品の演奏を競っていた当時の状況が浮かびあがってくるようだ。
BBC交響楽団も、当CDのギーレンに先立ち、既に1978年には早々と「抒情交響曲」の演奏をしている。ドロシー・ドロウのソブラノ、ジークムント・ニムスゲルンのバリトン、ガブリエル・フェッロの指揮で、これはイタリアのフォニト・チェトラからLP発売されている。私の知る限り、これがツェムリンスキー復権後の初の「抒情交響曲」の録音だ。
もっとも、同じBBC響でもフェッロ盤は、表情豊かな歌に溢れた演奏で、オペラの一場面をちぎって美しく並べて見せたような味わいに満ちて、世紀末的な刹那の美を表わした個性的演奏。特に第2楽章が特徴的だ。これに比べてギーレン盤は、全体の構成を重んじた標準的演奏に引き戻して、当時の音楽的関心の方向に沿っているように思われる。この曲の存在を最も広く知らしめたマゼール盤がオーケストラに細心の表現を求めて多くのことを語り尽くしているのに比し、控え目で抑制された様式で、この曲の紹介という役割をまっとうしている。
この曲はこれからも多くの演奏家によって、様々の角度からの解釈が試みられるだろう。そうした際の尺度となる演奏が、このギーレン盤となると思う。(1997.1.26 執筆)
【当ブログへの再掲載に際しての付記】
ここで私が言いたかったのは、マゼール盤が決して標準的な演奏ではなく、むしろ、多面的な表情づけが、この曲をとても〈饒舌〉にしているということです。そして、フェッロ盤は、ひょっとすると、作曲当時の聴衆のイメージに一番近いのかもしれないと思うのです。