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クルレンツィス指揮『マーラー第6番』/プロッセダ『メンデルスゾーン《ピアノ協奏曲》』/グロメス『ロッシーニへのオマージュ』

2018年12月27日 15時10分07秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)

半年ごとに、新譜CDの中から書いておきたいと思ったものを自由に採り上げて、詩誌『孔雀船』に掲載して、もう20年以上も経ちました。2011年までの執筆分は、私の第二評論集『クラシック幻盤 偏執譜』(ヤマハミュージックメディア刊)に収めましたが、本日は、最新の執筆分で、2018 年下半期分。年明けに発行される最新号のために書いたものですが、このブログに先行掲載します。なお、当ブログの、このカテゴリー名称「新譜CD雑感」の部分をクリックすると、これまでのこの欄の全ての執筆分が順に読めます。

  
■「劇場指揮者の時代」を再確認させるクルレンツィスのマーラー
 

 いよいよ「平成」の時代が終わろうという時に、思いがけないCDに出会った。テオドール・クルレンツィス指揮ムジカエテルナによるマーラー『交響曲第6番《悲劇的》』である。このCDについて書く前に、私とマーラーとの出会いについて書こうと思う。じつは、私が初めてマーラーの音楽を聴いたのは1960年代の半ば、まだ中学生だったころだ。テレビで読響のコンサート番組が放送されていて、当時常任指揮者だったウィリス・ペイジが『交響曲第1番《巨人》』を採り上げたのだった。確か、ブルーノ・ワルターの同曲のステレオ・レコードが初発売され話題になったのと、ほぼ同時期だったはずだ。おそらく彼の活躍していたアメリカではマーラーを演奏会で採り上げるのは普通のことだっただろう。しかし当時の日本は、まだそれほどではなかった。マーラーは「新時代の音楽」だった。このことは、日本人の「西洋音楽受容史」に関心を深めて執筆を続けている現在の私の、音楽文化史家としてのスタートラインとも密接に関わりあっている。「西洋音楽とは何か」がまだ完全には醸成されていない中でマーラーは、正に衝撃的な「新時代の音楽」だった。そして、マーラーがロマン派の音楽に屈折した心情を持ち込み苦悩してゆく過程を追体験していったのが私自身の青春時代だった。だが、そうした私のマーラー観は、戦後という時代を象徴的に体現して世を去った天才指揮者ロリン・マゼールの演奏スタイルの変遷を追っている内に、存外、私個人の思いではなく、誰にも当てはまる十九世紀的ロマン主義への憧憬ではないか、と思うようになっていった。だから、もう二十年ほども前になってしまったが、「BBCラジオ・クラシックス」でクルト・ザンデルリンク指揮のマーラー『交響曲第9番』の感動的名演が発売された際のライナーノートへの執筆で、私は思わず「大丈夫だよ、マーラー。僕らは、まだ生きている」と涙しながら書いてしまったのだった。それほどにマーラーは、私たちの時代の生き方に示唆を与える存在だった。では、私がマーラーを初体験した中学生時代よりさらに十年ほど遅れて1972年に生まれたクルレンツィスは、マーラーについてどう語っているのだろう。クルレンツィスは言う。「マーラーにあったある種の新鮮さは、時とともに損なわれ、枯渇していった。」何ということだ! これが、マーラーが当たり前になった今日の彼の立ち位置なのだ。彼は言う。「マーラーが、未知の作曲家なら、もっとよかったのに。」私はひそかに、ほくそ笑んだ。彼は私のようなマーラーとの出会いがしらの感動を体験していない! さて、そんな彼のマーラーは、実に快調である。例えば、バルビローリ指揮ニュー・フィルハーモニアの1967年録音に聴かれる慈しむような、優しい歌い上げは皆無だ。ざっくりと切り立った鋭さから、悲痛な叫びが突き上げてくる。その聴いていて思わず身を乗り出し、ぞわぞわとしたものが込み上げてくる自然な劇性は、彼自身が何んと言おうとも「新鮮」そのものだ。私は、バーンスタイン以後、マゼール、ブーレーズなどが、そして最近ではサイモン・ラトルが苦闘してきたマーラー像の結実が、いとも簡単に起こってしまったことに愕然とした。思えば、クルレンツィスもまた、私がこのところ言及し続けている「劇場指揮者」の系譜に属するひとりだ。やはり、レコード録音の全盛期という「20世紀」に生まれた「スタジオ録音とコンサート指揮者偏重の時代」に失ったものがあったのかも知れない、と改めて思った。
 
 
 
■プロッセダが「雄弁」に語るメンデルスゾーン『ピアノ協奏曲』
 

 『ピアノ協奏曲第1番』は、見つけると必ず買い求める曲のひとつになっている。LPレコードの時代からなので、もう相当なコレクションになってしまった。決して同曲異演のそれほど多い曲ではないから、ほとんどすべての録音を購入していると思うが、そこに新たに加わったのが、このロベルト・プロッセダのピアノ、ヤン・ウィレム・デ・フリエンド指揮ハーグ・レジデンティ管弦楽団による新譜である。この曲は、明らかに若書きの「青春の音楽」である。だから、ともすれば粗削りで、勢いに任せて突き進むスタイルの演奏に寛容である。私の知る限り、その方向であっという間に駆け抜ける演奏をやってのけて、「青春」を偽装した最初の巨匠はルドルフ・ゼルキンだと思う。だが、私はそれよりもずっと構成感を大事にして丁寧に弾いているレーヌ・ジャノーリの演奏が好きだった。あるいは、クリスティーナ・オルティスの柔らかで繊細な世界も好ましかった。今回のロベルト・プロッセダ盤は、とてつもなく丁寧な演奏だ。この曲の独奏ピアノが、これほどに多彩な色を弾き分けて素早く叩かれたことはなかったように思う。ピアノの音のひとつひとつがはじけ飛ぶようだ。それに呼応してオケも細心の注意を払っている。そこから生まれる緊張感の持続。息を詰めて聴き終えてしまった。もしこの演奏に不満があるとすれば、アゴーギクにまで工夫の限りを尽くすピアノによって、最後まで開放されることがないことかも知れない。大人の雄弁さなのである。
 
 
■グロメスがロッシーニの魅力をチェロで伝える魅力的なアルバム
 

 ロッシーニのメロディの魅力には独特のものがある。ショパンの有名な変奏曲もそうだが、これまでにも多くの作曲家がロッシーニへのオマージュで作品を残している。ラファエラ・グロメスという女性チェロ奏者による『ロッシーニへのオマージュ』と題されたこのアルバムは、ケルン放送響の伴奏によるものとユリアン・リームのピアノ伴奏によるものが混在し、どちらのロッシーニのメロディも、そのリームが編曲を手掛けているほか、オッフェンバックによる『チェロと管弦楽のための幻想曲《ロッシーニを讃えて》』、ピアノ伴奏によるマルティヌーの『ロッシーニの主題による変奏曲』も収録したアルバムだ。どの曲もグロメスのよく歌うチェロの自在さが温かく、心地よく聴ける。ロッシーニ『スターバト・マーテル』の最もオペラティックな歌《苦しみ悶え》は、原曲のテノールよりも彼女のチェロの歌のほうが相応しくさえ感じる。オッフェンバックの愛情あふれる作品の豊かな歌と軽やかなリズムによる様々なロッシーニ・メロディの引用も楽しい。様々なオペラの場面が目に浮かんできて、思わず浮き浮きとしてくるから不思議だ。また、ロッシーニ晩年の名作『老いのあやまち』の第十巻から「一滴の涙」が、チェロとピアノのバージョンで収録されているが、そのしっとりとした歌には思わず「これはチェロのために書かれた曲だ」と納得する。様々な楽器によるロッシーニ・メロディの妙技を聴いてきたが、これは確実にお勧めの一枚である。
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「フルトヴェングラー、未完の大器」を再確認/F・ライトナーのブラームス/レイポヴィッツ指揮「幻想」

2018年06月28日 10時23分12秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)
半年ごとに、新譜CDの中から書いておきたいと思ったものを自由に採り上げて、詩誌『孔雀船』に掲載して、もう20年以上も経ちました。2011年までの執筆分は、私の第二評論集『クラシック幻盤 偏執譜』(ヤマハミュージックメディア刊)に収めましたが、本日は、最新の執筆分で、今年上半期分。最新号のために書いたものですが、このブログに先行掲載します。なお、当ブログの、このカテゴリー名称「新譜CD雑感」の部分をクリックすると、これまでのこの欄の全ての執筆分が順に読めます。
 
■改めて「フルトヴェングラーは未完の大器であった」と確信

 一九五四年の初冬、七〇歳になる一年前という〈老年期〉に病に倒れて世を去った大指揮者フルトヴェングラーについて、私は、かつて「フルトヴェングラーは〈未完の大器〉だった」と書いた。三〇年以上も前、一九九〇年代の初め頃のことだ。趣旨はこうだ。「フルトヴェングラーは第二次大戦の終結まで、ナチの時代と共に歩み、その特殊な状況の中で無我夢中で指揮を続けた悲劇の音楽家だ。その彼が落ち着いて自己の芸術を本格的に検証し始めたのは、五〇年代に入り、LPレコードの登場で積極的に録音を行なうようになってからのことだ。それはフルトヴェングラーの音楽が大きく変わりつつあることを予感させる演奏を生み始めたが、その途上で世を去ってしまった」というものだ(拙著より引用)。録音技術が飛躍的に進化した現代では実感が湧かないだろうが、英EMIレコードのプロデューサーだったウォルター・レッグの回想に、一九五二年の『トリスタンとイゾルデ』全曲録音で、録音されたばかりの自身の指揮する音楽に耳を傾けるこの不世出の大指揮者の感嘆ぶりが記されている。録音嫌いだった彼は、この日以降、自身の指揮する音楽の客観化を急速に進めていったと、私は今でも確信している。第二次大戦終結までの十数年は、言わば〈ナチの時代という熱病〉に冒されていた歪んだ時代だったということだ。そのことは、一九三〇年代初頭の彼の録音に聴かれる鮮やかな隈取りの構築的な音楽づくりへの志向からも確認できる。「失われた二〇年」というものが、フルトヴェングラーにもあるということだ。だからこそ、このフルトヴェングラーの〈開眼〉からわずか二年半での死は、あまりにも早い。今回ドイツAUDITEから二枚組で発売されたCDは、フルトヴェングラーの死の前年一九五三年八月二六日に行われたスイス・ルツェルンでの音楽祭のライヴ収録。曲目はシューマン「マンフレッド序曲」ベートーヴェン「交響曲第三番《英雄》」シューマン「交響曲第四番」。「序曲」も含めた当日の全プログラムが収められた初の発売盤で、しかも放送局に残されていたマスターテープに遡ったという触れ込みで音質が飛躍的に改善され、「英雄」などは、客観化されたフルトヴェングラー芸術の偉大な成果と言ってもよいEMIの正規スタジオ録音と容易に比較試聴できるほどのものになっている。この「ルツェルンの英雄交響曲」は、テンポの自在な伸び縮みの天才的なドライブと伸びやかで輝きにあふれた雄渾さを確保しながら、内声部を濁りなく聴かせ隅々まで彫琢の限りを尽くそうとする強い意志の感じられる名演が繰り広げられている。しばしば、はやる心を落ち着かせようとするかのような足取りを聴かせるが、そこにも、自在なテンポの揺れがある。私は、久しぶりにフルトヴェングラーの天才的な音楽の自在さに触れて、改めてこの指揮者の〈早すぎた死〉を惜しんだ。シューマン「第四」は、DGGへのスタジオ録音の、いかにもワンテイクで即興的に採られたといった観のある録音と比較すると、曲想の変転とテンポ設定との関係性など、全体設計に格段の工夫の跡が聴かれる。特に第二、第四楽章の節回しに、それが顕著だ。ベートーヴェンのように堅固な構築性を保った音楽とは異なる、こうしたロマン派の不安定な音楽に対する方法論が確立しつつある予感を感じた。それは、私が今、新しい世紀を迎えてずいぶんと回り道をして戻りつつあると感じている、戦後の屈折したロマン派音楽演奏の歴史を一気に飛び越えてしまうものでもある。言うなれば、一過性の芸術である「演奏」と繰り返し再現される「録音」との接点を、どこに形成するかということだ。改めて、「フルトヴェングラー未完の大器説」を、声を大にして言う。

■N響ライヴシリーズでライトナーのブラームスアルバム登場
 この一、二年ほどの間、私は、この欄で「一筆書きの音楽」という言葉を幾度も使っている。カイルベルトについて書いたあたりからだ。そして、この数十年にわたって迷走していた西欧クラシック音楽の指揮者の在り様に希望を見出すとしたなら、オペラハウスでのライヴ感覚を武器にしたネゼ=セガンのような指揮者に可能性があるとも書いた。おそらく、そのことは、前項でのフルトヴェングラー再考とも深く関わっているし、皮肉なことには、昨今のレコード業界の不況からライヴ収録の編集ものばかりがリリースされていることとも、密接な関係がある。「完璧な録音」を目指したことで失ったものもある。もう三十年ほど昔に、私は、フランス系指揮者を論じる際に「劇場指揮者の系譜」という言葉を使ったが、今にして思えば、その時に、数多あるドイツの「劇場指揮者の系譜」にも目を向けるべきだったのだと思う。六〇年代以降、世界のレコード会社は、コンサート指揮者のスタジオ・セッションを中心に回り始めていた。フェルディナント・ライトナーも、そうした流れの中で軽んじられてきた指揮者のひとりである。その彼のブラームス交響曲一、二、四番、ドイツレクイエムといった大曲をNHK交響楽団で振った演奏が、三枚組アルバムとなって発売された。N響のブラームス「第一交響曲」と言えば、一九八七年定期演奏会での収録が、サヴァリッシュとの共演でソニーから発売されている。その切り立った大きな落差からくる〈静寂〉の巨大さには一歩譲るが、ライトナーの柔和で自然な運びが豊かに息づいた演奏である。カイルベルトのような「この人でなくては」という強い自己主張の指揮ぶりではないが、まちがいなく「音楽がそこに生まれている喜び」があふれている。
 
■レイポヴィッツ指揮の『幻想交響曲』復刻盤の存在意義は?

 ベルリオーズ「幻想交響曲」の名盤史については、私の音楽評論としては最も古いものの一つとなった文章がある。一九九〇年五月にクラシック新譜の紹介雑誌『レコード芸術』編集部の求めに応じて寄せたもので、後に私の第一評論集にも収録したものだ。今でも、そこで展開した見方に変更はないし、チョイスされた各盤にも、その後の登場したいくつかの問題提起を孕んだ盤をほんの少し加える程度で構わないと思っている。うっかり書き落とした演奏は無い、と断言してもよい。――ということは、この一九五八年に米ウエストミンスター社の末期に録音・発売されたレイポヴィッツ指揮ウィーン国立歌劇場管による録音は「選外」ということになる。いくつかの、レイポヴィッツが残した録音について書いたことはあるが、ひとつの時代の〈あだ花〉のようなところのある人で、決して長い歴史の中での普遍的な存在意義のある演奏を残した人ではないと思っている。ある時代に刺激を与えたことは事実だが、それは、果たして、今になって聴きなおす意味がどれほどあるのか、ということだ。最近、かつての時代の、こうした癖のある演奏を珍重する聴き手が増えているのかと思ったが、どうも、そうではないようだ。むしろ、次々に「聴き比べ需要」を開拓しなければならない売り手の側の趣味に、その原因があるようだ。私の所有している米盤LPレコードと聴き比べてみて、かなり音質的には優れたCD化だと感じたが、もっと地味でも、復刻する価値のある録音があると思った。レイポヴィッツは、シェーンベルクやウェーベルンに師事したという経歴から、「革新性」が神話化された指揮者だが、「やりたいこと」が散発的で、まとまりのある印象に欠けることが多い人だと思っている。
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カイルベルト1953年バイロイトの『指輪』全曲/ネゼ=セガン『メンデルスゾーン交響曲全集』/福原彰美『ブラームス小品集』

2017年12月15日 12時45分12秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)

半年ごとに、新譜CDの中から書いておきたいと思ったものを自由に採り上げて、詩誌『孔雀船』に掲載して、もう20年以上も経ちました。2011年までの執筆分は、私の第二評論集『クラシック幻盤 偏執譜』(ヤマハミュージックメディア刊)に収めましたが、本日は、最新の執筆分で、今年下半期分。新春に発売される号のために書いたものですが、このブログに先行掲載します。(詩誌では字数制限に合わせて省略した部分がありますが、以下はオリジナル版です。)なお、当ブログの、このカテゴリー名称「新譜CD雑感」の部分をクリックすると、これまでのこの欄の全ての執筆分が順に読めます。

 

■カイルベルト一九五三年バイロイト《指輪》が超廉価で発売

 カイルベルトが初代音楽監督を務めたバンベルク交響楽団創立70周年記念のボックスアルバムを当欄で取り上げた時に、私は「一筆書きの音楽」という言葉を使った。この一九五〇年代には当たり前だった音楽が、その後の半世紀以上もの歳月を経てあらかた失われてしまったのを、私たちは体験してきたわけだが、そうした一筆書きの音楽が〈再生〉する可能性が、最近、ここかしこで予感されるようになってきている。次項で取り上げるネゼ=セガンもそのひとりで、ニューヨークのメト・オペラでのいくつかの公演を「ライブビューイング映像」で鑑賞して以来関心が高まってきたところで、メトの次期音楽監督就任が決まったとの報が入り、ますます期待が膨らんでいる。先日、来日して「NHK音楽祭」に手兵バイエルン国立管弦楽団を率いて参加したペトレンコもそうだ。これもまた、揺るぎない音楽が滔々と流れ続けて弛緩することのない大名演だったが、就任が決まっているベルリン・フィル音楽監督の地位が、この人の飾り気のない音楽の足かせにならないことを祈るばかりだ。少々脱線してしまったが、表題の「カイルベルト《指輪》全曲録音」の話題に進もう。これは、ワーグナー・マニアならご承知のように、五〇年代に毎年のようにバイロイト音楽祭で『ニーベルングの指輪』四部作を指揮していたカイルベルトの遺産のひとつだ。これもまた、滔々と流れる音楽が迸る名演である。じつは、カイルベルト/バイロイトの『指輪』四部作全曲(あるいは、その内のいくつか)の録音は他の年度のものがいくつも残されており、このあたりの情報に詳しい方ならば、五五年の「世界初のステレオ録音」の存在もご存じだろうと思う。数年前に突然「新発見」として英テスタメント社から発売されたので、購入された方も多いと思う。英デッカ社が当時の若きディレクター、ピーター・アンドリーに任せた正規のライブ収録だったが、アンドリーがこの直後に退社してライバルのEMIに移籍したせいか、あるいは、その後任として入社したカルショウが、スタジオ録音での『指輪』全曲録音をショルティ/ウィーン・フィルで企画したためか、お蔵入りとなっていたものだ。今回、私が取り上げるのは、それとは異なる五三年盤である。じつは、五五年ステレオ盤が登場した際、「全曲はともかく」と、少し遅れてだったと記憶しているが分売の『ワルキューレ』だけはしっかりと聴いてみた。そして、「ま、この程度のものか」といった感想で、そのままにしておいたのだ。今回、それよりも二年前の録音が、モノラルながら、全四部「ボックス入り12枚組」1800円程度で発売されたので、すぐさま飛びついて聴き比べたという次第。そして、本当のカイルベルトの真価に仰天したのだ。これこそが、「一筆書きの音楽」の神髄だ。わずか二年とは言え歌手も入れ替えがあり、同じ歌手では明らかな年齢的な衰えがあることも事実だが(五五年には第二キャスト盤もあるが、歌手陣は明らかに五三年盤が上。)、ひょっとすると、カイルベルトがマイクを意識しているのかと思うような取り澄ました部分が、この五三年録音には皆無だということが大きい。『ワルキューレ』は異演が多いから比較しやすいが、録音も優秀。五五年盤のステレオ音に負けていないだけでなく、第一幕冒頭からして、濃密な気配、空気感が凄い。ジークムントとジークリンデの二重唱から一気に駆け抜ける幕切れのアチェレラントの加速度では、名高いフルトヴェングラーのバイロイト『第九』を思い出させるほどのもの。この味わいは五五年盤では得られない。テスタメント盤で、言われているほどのものではないと思った方にこそ、聴いていただきたい貴重な遺産と信じて疑わない。

 

■ネゼ=セガンの「メンデルスゾーン交響曲全集」に聴く〈気配〉


 これは、以前当欄で採り上げた「シューマン交響曲全集」の姉妹編とでも言うべきもの。ヤニック・ネゼ=セガンがヨーロッパ室内管弦楽団を振ってのパリでの演奏会ツィクルスを収録したもので三枚組のアルバムである。ベートーヴェン以後、シューベルト、シューマン、メンデルスゾーンは、それぞれの苦悶の中で、ロマン派時代の交響曲の在り様を探り続けたが、それだからこそ、「全集」「全曲演奏会」といったアプローチには意味がある。『第1番』では、古典的なプロポーションからはみ出でくる音楽の軋みが興味深かったが、何といっても、新鮮な魅力に溢れていたのは『第2番《讃歌》』だ。この声楽付きの特異な音楽は全体をまとめ上げるだけでも至難の作品だが、例えばカラヤンの残した録音のように、優れた演奏からは極上の愉悦が得られる。比較的最近のものでは、私はクルト・マズア指揮ゲヴァントハウス管弦楽団の録音、エド・デ・ワールト指揮オランダ放送フィルの録音などが印象に残っている。端正な構築を聴かせるマズア盤、優美でしなやかなデ・ワールト盤に対して、このネゼ=セガン盤は深く沈み込んだ中からじわじわと音楽が立ち上がる〈気配〉が素晴らしい。「第2曲」で声楽が加わると、そのカラフルであたたかな色香にあふれた世界からは、それこそ、楽園に遊ぶかのような幸福感が現出する。前項のカイルベルトに続いて、ここでも〈気配〉がキーワードとなってしまったが、この曖昧で怪しげな言葉は、音楽の魅力を解く重要な要素なのだ。音楽が人の心の間隙に入り込む瞬間の秘密を解く鍵が、そこにある。そのことについて、引き続き、次項で考えてみたい。

 

■福原彰美が『ブラームス・ピアノ小品集』で新境地


 ハイドン、モーツァルトを経てベートーヴェンが飛躍的に表現力を拡大させてしまったピアノ曲が、シューベルト、シューマン、メンデルスゾーン、ブラームス等をどれほど苦しめて来たかを私たちの世代は知っている。それは演奏する立場にとっても同じ苦しみだったと思うし、その苦悶を私自身は、ずっと辿りながら聴いてきたと自負している。自問自答のように閉じたブラームスのピアノ曲では、ことさら、その演奏スタイルの歴史に関心があったが、ここ数年ではニコラ・アンゲリッシュの一連の録音に注目していた。このピアニストのくっきりとした音楽の小気味よさは、例えばウィルヘルム・ケンプが表現した夢見るような世界よりも、ずっと引き締まった音楽の魅力だ。そこから放射される光は、確かに隅々までよく照らしてくれた。だが、何かが足りない、と感じてもいた。それを埋めてくれたのが、私にとって身近な存在でもある福原彰美だったのは、うれしいことである。これまで何度となく書いたことだが福原のことは、たまたまの出会いがあって個人的にも、その音楽的成長を見続けてきた。その福原の久しぶりのソロ・アルバムが、これである。ブラームスのピアノ小品「作品七六」「一一八」「一一九」に加えて二つの歌曲が福原自身の編曲によってピアノで奏でられるという意欲的なアルバム。「Acoustic Revive」というレーベルからの発売で、Amazonなどの通販でも入手できる。福原のブラームスからは、大柄な巨匠芸への憧憬を断ち切った潔さから生まれる淋しくも儚いブラームスの音楽が、きらきらと輝いて香っている。ワレフスカという一筆書きの音楽を守り抜いた稀有なチェロ奏者とのデュオ以来、ローゼン、アモイヤルなど様々な名手との共演を重ね、音楽の根源的な気配、空気感を敏感に感じ取った若い才能が、私に問いかけてくるものは大きい。思えば、福原の演奏に最初に魅せられた際に、私は「彼女のピアノには、ある種の畏怖の感覚がある」と表現した。それは、薄氷の上を爪先立って歩くような繊細さとして、新しい感性だと讃えたものだった。ここ数年、彼女は、かつてのそうした美質から離れて、〈大きな〉音楽を目指していたように思う。その福原が、強い打鍵力に支えられた本物のピアニッシモを奏でる実力を手にして、還ってきたのだと思った。「作品一一八」冒頭の大きな音楽のうねりと繊細な内声部との共存に、福原の新境地が象徴的に生きている。

 

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バンベルク響17枚組ボックスの稀少録音/ドゥダメルの「ウィーン・フィル・ニューイヤー」/園田高弘とN響/堀米ゆず子とN響

2017年07月28日 16時04分16秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)

半年ごとに、新譜CDの中から書いておきたいと思ったものを自由に採り上げて、詩誌『孔雀船』に掲載して、もう20年以上も経ちました。2011年までの執筆分は、私の第二評論集『クラシック幻盤 偏執譜』(ヤマハミュージックメディア刊)に収めましたが、本日は、最新の執筆分で、今年上半期分です。いつものように、詩誌主宰者のいつもながらのご好意で、このブログも掲載します。なお、当ブログのこのカテゴリー名称「新譜CD雑感」の部分をクリックすると、これまでのこの欄の全ての執筆分が順に読めます。

 

■バンベルク交響楽団の創立70周年記念17枚組CD
 ドイツ・グラモフォンのマークが付いているが、テレフンケン(テルデック)、アマデオ、オイロディスク、オルフェオ、BMG、ソニー、バイエルン放送の音源まで加わったもので、もちろん、このオーケストラの前身である「プラハ・ドイツ・フィルハーモニー」時代からバンベルクでの創設時の指揮者まで務めたヨーゼフ・カイルベルトの指揮も収録されている。このオーケストラは第二次大戦前、当時のチェコ=スロヴァキア共和国の首都プラハで、同地に在住のドイツ人によって結成され、それが戦後になってプラハが共産圏(いわゆる東側)に組み込まれる事態となり、それを嫌って西側に亡命した楽員たちがドイツのバンベルクで創設したオーケストラだ。その重厚で暖かな音色が、大戦後のベルリン・フィルをはじめとする機能美へと傾斜していったオーケストラ文化の転換期にあって、大げさに言えば〈タイム・カプセル〉のような独自の存在感を持っていたことを思い出す。それは、一九八〇年代半ば、ヨッフム指揮の時代くらいまでだろうか。結成後間もない五〇年代のクレメンス・クラウスの「ばらの騎士のワルツ」、スイットナーの「ペール・ギュント組曲」、フリッツ・レーマンの「幻想序曲《ロメオとジュリエット》」、フェルディナント・ライトナーの「ワルツ《春の声》」なども収録されているのがうれしい。常任指揮者就任の決定直後に事故で急逝してしまったケルテスのマーラー「交響曲第四番」や、相性の良かったケンペの「歌劇《売られた花嫁》ハイライト」やシューベルト「未完成」も貴重。今はすっかり失われてしまった〈一筆書きの音楽〉の勢いが、何よりも代え難い魅力となっている。

 

 

■ドゥダメルのウィーン・フィル2017「ニュー・イヤー」
 ウィーン・フィルも半世紀以上もの間に随分と変化して、往年の響きや艶が失われているが、それは〈仕方のない時代の流れ〉として、私は積極的に受け入れてきた。だからこそ、奇妙に前のめりの音楽で煽るカルロス・クライバーよりも、〈意識操作の果ての音楽〉に徹したマゼールのニュー・イヤーを高く評価していた。マゼールのような〈屈折した抒情〉がマゼール自身も晩年に気づいていたように、いつか突き抜ける道が開けることを信じつつ、いったい、それは誰の手で、いつのことだろうと思っていた。それが、ウェルザー=メストでもなかったのには拍子抜けしたわけで、あの借りてきたネコのような初登場はイケナイ。だが、ドゥダメルには目が離せなくなってしまった。じつは、このドゥダメルという指揮者がベネズエラのオーケストラを振った演奏で姿を現した時には、何か違和感を感じたのだが、今にして思えば、それは、オーケストラの側に、どこかしらの無理というか力みというか、自然な音楽の流れとは異質の何かが挟まっていたからだと思う。この若い指揮者の美質は、よく言われるような「ラテンの血がさわぐ」と言った言葉で語れるようなものではない。体全体からほとばしるように生まれ出る音楽の持ち主に〈借り物〉ではない真の音楽家集団が応えたのが、このニュー・イヤー・コンサートだ。かつて一九五〇年代から六〇年代に、ウィーン・フィルはいくつもの奇跡的な名演を残しているが、それは、いずれも一期一会の輝きだった。それと同じことが、ここでも起っている。聴いていて幸福になるCDである。「音楽は、これほどに自由なのだ!」と思わず叫びたくなった。


■園田高弘とサヴァリッシュ/N響のシューマン「協奏曲」
 このところ、ひんぱんにNHK交響楽団の演奏会記録がCD化されている。こうした放送局のアーカイヴ音源が登場するのは、各レコード会社が新譜を作る体力を失っているからに他ならないから、余り喜ばしいことではないし、いつも私が指摘しているように、磨き上げられた正規のスタジオ・セッション録音と異なり、演奏家の解釈の真価を問うものとしては「参考資料」といった受けとめが大切だという私の持論には変わりがないつもりだ。だが、この2枚組アルバムに収められたシューマンは強く印象に残った。園田高弘は、堅固な構築力を持った音楽を聴かせる数少ない日本人ピアニストのひとりだったと思うが、だからこそ、このシューマンの「協奏曲」の音楽の流れに乗せて、独特の夢みるような幻想性を生かすことが出来たのだろう。ずいぶんたくさんの演奏で、この曲を聴いてきたつもりだ。一番初めに聴いたのはリパッティとカラヤン/フィルハーモニア管のEMI盤。自在なピアノをしっかりと支える敏感な反応のオーケストラとの奇跡的な共演が生まれていた。それと音楽の方向は異なるのだが、園田のピアノにも、じつに豊かな夢があり、それがしっかりと微動だにしない土台の上にあることが感じられた。指揮を受けもつサヴァリッシュは、この一九六四年十一月がN響との初顔合わせだったという。力が漲っていながら感興にあふれた自在な伴奏が繰り広がるのは、すべてがうまく合致した瞬間がここに生まれているからだ。N響に対して次第に模範を示す教師然とした音楽が前面に出てくる以前のサヴァリッシュが、ここにいる。これは、セッション録音ではなかなか生まれない演奏の記録だ。

 


■堀米ゆず子とヘルベルト・ケーゲル/N響のシベリウス
 これもNHK交響楽団のアーカイヴからのアルバム。前項よりもずっと後の時期、最も古いものでも一九八〇年九月に行われたもので、曲目はシベリウス「ヴァイオリン協奏曲」。以下、八一年のドヴォルザーク、八七年のモーツァルト「2番」と続き、最後に二〇一〇年のベートーヴェンと、4つの「ヴァイオリン協奏曲」を収めた2枚組。独奏者は堀米ゆず子である。一九八〇年という年が堀米にとってどういう年だったかを、私は今でも鮮明に記憶している。エリザベート王妃コンクールでいきなり優勝し、すぐさま本選の演奏がレコード(まだCDが一般的になる前だ)で発売され、一躍、時の人となったのがこの年、まだ彼女が十八歳だったと思う。その曲目もシベリウスの「協奏曲」。もちろん伴奏は本選会場ベルギーの放送局の交響楽団だった。ヴァイオリン・ケースを抱えた彼女の写真を掲載したジャケットの「ドイツ・グラモフォン盤」が緊急発売されたのは日本だけだったはずだ。もちろん今でも持っているが、タワー・レコードからそのジャケットを復元したCDが発売された時にも、懐かしくて購入してしまった。スターン/オーマンディ盤でほぼ満足していた私が、この曲のたくさんの録音を収集するようになったきっかけがこの堀米盤だ。じつは、それ以来、この曲は女性ヴァイオリニストに合っている、とも思っている。それほどに堀米のインパクトは強かった。その本選から数ヶ月しか経ていない凱旋公演のひとつをこうしてCDで聴けるとは思っていなかった。本選よりも一段と確信を持った骨太の音楽が艶やかに奏でられる。それを受ける指揮者がヘルベルト・ケーゲル。これは凄い!

 

 

 


 

 

 

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N響の1960年世界一周公演ツアー記録のCD/カイルベルトとケルン放響/クレンペラーのドキュメンタリー

2017年02月01日 16時14分29秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)

 

半年ごとに、新譜CDの中から書いておきたいと思ったものを自由に採り上げて、詩誌『孔雀船』に掲載して、もう20年以上も経ちました。2011年までの執筆分は、私の第二評論集『クラシック幻盤 偏執譜』(ヤマハミュージックメディア刊)に収めましたが、本日は、最新の執筆分で、先週書き終えたばかりの昨年下半期分です。いつものように、詩誌主宰者のいつもながらのご好意で、このブログに先行掲載します。なお、当ブログのこのカテゴリー名称「新譜CD雑感」の部分をクリックすると、これまでのこの欄の全ての執筆分が順に読めます。

 

■伝説の「NHK交響楽団1960年海外公演」が初CD化

 日本のオーケストラによる初めての世界一周公演ツアーとして知られているN響の一九六〇年ツアーの演奏が、8枚のCDアルバムでキングインターナショナルから発売された。九月一日から十一月一日までの二ヶ月、三〇公演に及ぶものだから、もちろん「全貌」という訳ではないが、ツアー全体の様子がかなり俯瞰できるものになっている。同行の指揮者がまだ三〇歳にもならない若い岩城宏之と外山雄三、そして当時の常任指揮者ウィルヘルム・シュヒター。協奏曲のソリストとしてピアノが園田高弘、松浦豊明、そして、まだ一六歳だった中村紘子。チェロが一八歳の堤剛というメンバーだった。日本のオーケストラが本格的にクラシック音楽の演奏をするようになって、まだ数十年しか経っていない時期の記録として、このような体系的なリリースは貴重だ。このツアーのアンコール用に作曲された外山雄三『ラプソディー』が岩城、外山、シュヒターと、三人の指揮でそれぞれ収録されているのも凄い。岩城はワルシャワ、外山はローマ、シュヒターはロンドンでの公演。思わず、その三者三様を聴き比べてしまったが、改めて岩城宏之の自然で伸び伸びした音楽に感心した。だから、このアルバムの一枚目、冒頭に収められたモスクワ音楽院大ホールでの岩城が指揮するチャイコフスキー「交響曲第5番」が、まず、強く印象に残った。この曲はチャイコフスキーの交響曲の中で一番、日本人の演奏に向いていると思っているが、岩城のこの録音も、なかなかのもの。特に第二楽章のひた押しな音楽の運びには息をつかせない力がある。岩城が日本人として最初の『ベートーヴェン交響曲全集』録音を日本コロムビアにするのは、このツアーが終わって数年後、一九六七~八年のことだが、その下地が二ヵ月にわたって少しずつ固められて行く過程を聴く思いがするアルバムでもあった。岩城/N響には、一九六七年のチャイコフスキー『悲愴』のコロムビア録音もあるが、『悲愴』は、このツアーでも取り上げられていて、今回のアルバムではスイスでの公演が収録されている。『悲愴』は『第5番』以上に岩城にとって繰り返し取り上げられ録音も残されている曲目だが、その数ある岩城の『悲愴』の中で最も若い時の録音がこれだ。N響の『悲愴』には、一九五四年にカラヤンが指揮した貴重な録音もある。岩城の最後のN響定期でも『悲愴』が取り上げられていてCDが追悼盤として発売されているから、この曲で定点観測をしてみるのもおもしろいと思った。定点観測と言えば、もうひとつ、興味深いテーマがある。中村紘子のショパン『ピアノ協奏曲第一番』だ。彼女が「その曲のことを想っただけで、ふと胸がいっぱいになるような、自分の過ぎ去った日々のなかで何ものにもかえ難い価値をもって光り輝いているような、本当に特別な1曲」と表現したこの曲も、シュヒター指揮のロンドン公演で収録されている。これもまた、彼女の最初の録音である。中村は、この五年後にショパン・コンクールで同曲を弾き、その本選での伴奏者ロヴィッキ率いるワルシャワ・フィルと再会した一九七〇年の録音、更に、満を持しての一九八四年フィストラーリ指揮ロンドン響との録音がある。このツアーの記録からは、「怖いものなど何もない」といった活きのよいピアノが聞こえてくる。後年、「日本人が西洋音楽を演奏するとはどういう意味があるのか?」と自問自答する以前の中村紘子の演奏だ。私は、ふと、ケルンの放送局のライブラリーでみっちりと〈学習してしまった〉若杉弘が、そんな学習前に活き活きと日本人の感性をぶつけていたころの読響の演奏を思い出した。西洋音楽の学習は〈魔物〉なのだ。学習後の中村や岩城と、若杉の違いとは何だったのか? また、大きなテーマが生まれてしまった。


■カイルベルト/ケルン放送響の名演が4枚組で発売

 

 第二次大戦が終結して直後のヨーロッパで最もドイツ的だった指揮者というと、誰が思い浮かぶだろう。ひょっとすると、その筆頭に挙げられるのは、カイルベルトかも知れないと思うことがある。あとは、クナッパーツブッシュ、エーリッヒ・クライバーあたりだろうか? クレメンス・クラウス、ヨーゼフ・クリップス、カール・ベームといった名前は、ウィーン寄りだし、多くの人材がヒットラーの時代に国外へと散り散りになり、地歩を失っていたからでもある。そのカイルベルトの録音が、ケルン放送局(WDR)の正式なライセンスを得てWEITBLICKというレーベルから、4枚組CDアルバムで登場した。すべて最晩年一九六六年~六七年にケルン放送交響楽団を指揮したステレオ録音。東武ランドシステムから日本語解説付きで発売されている。ケルン放送局のライブラリーには多くの名演が保管されているが、今回のカイルベルトは特に音質もよいコンディションだ。曲目は、ベートーヴェン『田園』『コリオラン序曲』、ブラームス『第一』、マーラー『第四』、ドヴォルザーク『新世界』、モーツァルト『三三番』。ブラームスは、ベルリン・フィルとのテレフンケン盤をはるかに凌駕する名演で、この剛直で堂々とした音楽の歩みは貴重だ。『新世界』もそうだ。一方、この指揮者としてはめずらしいマーラーでは、この時代のマーラー解釈の限界も感じてしまったが、緩徐楽章の甘美な鳴らし方にはメンゲルベルクを思い出させるところもあって興味深い。モーツァルトがベートーヴェンのように聞こえるのも、いかにも、だ。どれも単に「往年の~」では済まされない、貴重な記録だと思う。


■クレンペラーのドキュメント映像は興味深いが――

 『クレンペラー・ドキュメンタリー』というDVD二枚、CD二枚に、かなりのページ数の書籍まで付いたセットが発売された。ドイツの「ART HAUS MUSIK」の制作だが、映像は日本語字幕が付いている。「ロング・ジャーニー~彼の生きた時代」と題されたドキュメントと、クレンペラーがニュー・フィルハーモニア管弦楽団を指揮した一九七一年のラスト・コンサートに向けてのリハーサルや楽団員たちの証言ドキュメント、いずれも秀逸の映像に、そのコンサート本番全体を収録しCDが書籍とともにパッケージされている。CDは、二〇〇八年に英テスタメントから既に発売されているものと同内容だが、今回は、独ARCHIPHONにより「丹念なリマスタリングが施されている」と表記されている。だが、このCDに大いに疑問がある。有名なEMIのフルトヴェングラー/ウィーン・フィルの「未完成」もそうだったが、最近、リマスタリングによって演奏時間一〇分ほどのものが三〇秒以上も短くなることが多いのは、どうしたものか? 私は、ひとつには、最近の経験の浅いエンジニアが、機械的にピッチを「正しく修正」してしまうからではないかと疑っている。往年の名ディレクターのレッグなどの証言では、オーケストラの調律ピッチは国によっても、時代によってもマチマチだったという。クレンペラーがそうしたピッチを要求していたとしても不思議ではない。いずれにしても、このCD、テスタメント盤では互いの音を聞き分けるかのような絶妙の間合いだった木管の受け渡しなどが、奇妙にてきぱきしている。これがクレンペラーの指揮した音楽とは、とても思えないのである。


 

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オリジナル・ジャケットのサティBOX/米デッカ時代のレジナルド・ケル/17歳の潮田益子を聴く/岩城宏之~札響を聴く

2016年06月30日 15時53分11秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)

半年ごとに、新譜CDの中から書いておきたいと思ったものを自由に採り上げて、詩誌『孔雀船』に掲載して、もう20年以上も経ちました。2011年までの執筆分は、私の第二評論集『クラシック幻盤 偏執譜』(ヤマハミュージックメディア刊)に収めましたが、本日は、最新の執筆分で、昨日書き終えたばかりの今年上半期分です。いつものように、詩誌主宰者のいつもながらのご好意で、このブログに先行掲載します。なお、当ブログのこのカテゴリー名称「新譜CD雑感」の部分をクリックすると、これまでのこの欄の全ての執筆分が順に読めます。

 

■貴重なサティ録音がオリジナル・ジャケットで一気に登場

 ソニー系に米コロンビアと米RCAの原盤権が集約されたおかげで、このところテーマ別に集大成された様々なボックス物が登場している。この『ERIK SATIE & Friends』と題されたものは、サティの作品を中心に、その仲間たちの音楽も集めた一三枚組。それぞれオリジナルLPのオモテ・ウラを当時のままに再現した紙ジャケットに封入され、CDの盤面も当時のレーベル面を再現するという念の入ったもの。すなわち、「音符」も「犬」も居て、二つ目、六つ目、白犬、影付き犬も登場する。(この話、レコードマニアでなければ伝わらない?)音は、どれもかなりいい。カサドシュ夫妻の弾く『四手のピアノ曲集』は、これまで様々の復刻盤でずっと裏切られていたが、今回の盤でやっと納得。プーランクのピアノ伴奏によるベルナックの『フランス歌曲集』やクレスパンの歌う『サティ+ラヴェル歌曲集』も、思わず、歌声に惚れ込んだ。クレスパンの伴奏、サティ作品のピアノ独奏、ロイヤル・フィルを指揮してのサティと、三者三様のフィリップ・アントルモンのセンスにもすっかり感心した。『パラード』でアントルモン指揮のほかに一九四九年録音のエフレム・クルツ盤も収録するなど、同曲異演で四〇年代後半から七〇年代後半までのサティ解釈の変遷も追える。サティを六〇年代半ばに追いかけ始めた私にとっては、米コロンビア系のモノラル録音は見落としていたものも多かったし、七〇年から八〇年にかけてのアメリカレーベルのサティ録音(ヴァルサーノやマッセロスによるピアノ曲)にも目配りしていなかったことを思い知らされた。

 

■レジナルド・ケルのクラリネットの名技を聴き直す

 レジナルド・ケルのクラリネットで一九五〇年録音のモーツァルト「協奏曲」と五一年録音の「五重奏曲」を聴くCDが、タワーレコードの限定発売で復刻された。私にとって見慣れないドイツ・グラモフォン表紙での発売だが、これはジンブラー・シンフォニエッタとの協奏、ファイン・アーツ・カルテットとの五重奏とれっきとしたアメリカ録音だから、一九五〇年代初頭まで米デッカとドイツ・グラモフォンが提携していた時代のもの。米デッカのオリジナルは確か幾何学模様とアルファベットをあしらったものだったはずだが、我が家のどこに紛れてしまったものか、見当たらないので確証はない。レジナルド・ケルは、戦前からイギリスで活躍し、いくつもの名門オーケストラの主席奏者を歴任しているから、いわゆるイギリス管楽器演奏の伝統の中の一人――というより草創期の人と言っていいだろう。見事なアゴーギクの妙技で、よく揺れ動き、伸び縮みする音楽を奏でる名人だということはわかっていたが、今回のCDではさらに、よく走り、跳ねる自在な音楽の持ち主であることに気づかされた。アメリカ録音だからだろうなどと色めがねで判断してはいけない。あわてて一九四〇年のサージェント指揮ロンドン・フィルとの協奏、四五年のフィルハーモニアSQとの五重奏というEMI録音を聴き直してみたが、そうした思いで聴くと、ここでもその傾向がはっきり聞き取れる。一九五〇年前後の演奏に、既に現在に連なるものの芽が生まれていることに気づく感覚が、自分の中で最近研ぎ澄まされて来ていることに、改めて愕然とした。


■何と、一七歳の潮田益子の協奏曲録音が、一挙に発売!

 二〇一三年五月に七一歳で亡くなったヴァイオリニスト潮田益子の未発表音源が、フォンテックから二枚のCDとなって登場した。彼女の夫君であるローレンス・レッサー氏の協力によるもので、ライナーノートに寄せられた文章によれば、「彼女の若い時からの膨大な録音テープを聴き、改めて宝物に出会ったような気分になった」のだそうだが、それは、私にとっても同じだった。彼女の独自の感性の魅力に私が取り憑かれたのは一九七一年録音の小澤征爾指揮日本フィルとのシベリウスとブルッフの協奏曲から。その後、六八年に森正の指揮でチャイコフスキーとバルトークの協奏曲を録音しているのを知り、一九六六年のチャイコフスキー・コンクール入賞直後にヨーロッパやアメリカでの演奏を始めた彼女の青春時代の録音は、この二枚と新星堂から復刻されたことのある東芝録音のバッハくらいだと思っていたからである。今回、彼女が一七歳だった一九五九年録音の協奏曲2曲(プロコフィエフ第二番/グラズノフ)をそれぞれメインとし、各々に最晩年二〇一二年の室内楽録音を組み合わせるという構成で二枚発売され、プロコフィエフではストラヴィンスキー『ミューズを率いるアポロ』『デュオ・コンツェルタンテ』、グラズノフでは同じくストラヴィンスキー『ディヴェルティメント』とバルトーク『無伴奏ソナタ』と、彼女が晩年に残した重要な仕事も聴けるのだが、私が何より驚いたのは少女時代の潮田から、既に自身のイメージが確立している人の堂々とした音楽が鳴り響いてくることだ。改めて彼女の功績に感謝しつつ、その冥福を祈った。

 

■フォンテック「札響アーカイヴ・シリーズ」で岩城を聴く

 前項の一九五九年、まだ一七歳の潮田益子協奏曲で伴奏しているのは、プロコフィエフが恩師齋藤秀雄指揮する桐朋学園オーケストラ。そして、グラズノフが森正指揮のABC交響楽団である。ABC交響楽団とは懐しい名前だ。日本の交響楽団運動の父と讃えられる近衛秀麿が朝日放送の支援を受けていた時期の自身のオーケストラの名称だったと思う。思えば、日本の西洋音楽受容の歴史は、第二次大戦が終わって十余年というこの時期でも、その歩みはまだまだ端緒から這い出した程度だったと言っていい。これまでに幾度か書いてきたことだが、私は、日本の交響楽運動が、本当の意味で自分たちのものとして自立したのは、岩城宏之、小澤征爾、若杉弘というほぼ同世代の三人が、それぞれの音楽観を全世界に発信し始めた一九六〇年代後半以降だと思っている。だが、それでもベートーヴェンは手強かった。小澤、若杉が結局「ベートーヴェン全集」に手を出さなかったのは、偶然ではない。それほどに西欧の音楽伝統の岩盤は堅固なのだ。だが、岩城だけは違った。おそらく、この三人のなかで岩城が一番、西欧文化に対するコンプレックスが少なかったのだと思う。無理せず、ムキにもならず自然に接することができたのは、なぜだったのだろう。まだその答えが見つかっていないが、明らかに岩城だけが、最後の最後まで、自分の(すなわち日本人の)感じるドイツ音楽を、何の衒いもなく高らかに響かせることができた。この七七年と七九年の札幌交響楽団との演奏会記録で聴く「第4」「第7」からは、そうした岩城の雄叫びが聞こえる。

 

【付記】

上記「ベートーヴェン全集~」について、念のため補足します。小澤ファンはご存知のことと思いますが、小澤~サイトウキネンによって、ずいぶん長い年月をかけ、ばらばらに録音したベートーヴェンの交響曲が全曲録音を終えています。ただ、このことと私が言いたかったこととは違います。また、私の第一評論集(洋泉社・刊「コレクターの快楽」)にも収録しましたが、若杉~読響の最初の重要な録音が「田園」であることも、指摘しています。決して「幻想」ではないのです。一方、岩城は極く初期に「運命/未完成」の録音とは別に、「運命」を再録音してまで、一気に「全集」としての交響曲録音を完成させ、アンサンブル金沢との全曲演奏を機に二度目の全集、そして、ご承知の「振るマラソン」の記録映像まで残しました。

 

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カヒッゼのラフマニノフ2番/ムーティの「幻想+レリオ」/ワレフスカの新盤/芥川也寸志のバレエ曲稀少盤

2016年01月14日 14時07分31秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)

 

半年ごとに、新譜CDの中から書いておきたいと思ったものを自由に採り上げて、詩誌『孔雀船』に掲載して、もう20年以上も経ちました。一昨年までの執筆分は、私の第二評論集『クラシック幻盤 偏執譜』(ヤマハミュージックメディア刊)に収めましたが、本日は、最新の執筆分で、先週書き終えたばかりの昨年下半期分です。いつものように、詩誌主宰者のいつもながらのご好意で、このブログに先行掲載します。なお、当ブログのこのカテゴリー名称「新譜CD雑感」の部分をクリックすると、これまでのこの欄の全ての執筆分が順に読めます。

 

■カヒッゼのラフマニノフ「交響曲第2番」の新鮮な魅力
 

グルジアの指揮者ジャンスク・カヒッゼの遺産が、まとめてCD化された。ソ連・ロシア中央での活躍が日本ではほとんど知られないまま、故郷であるグルジア第一の都市トビリシで晩年を過ごしたカヒッゼが、「忘れられた巨匠」と言われて一部で話題になったのは何年前だったろうか? 手塩にかけて育てたトビリシ交響楽団との録音が怪しげなレーベルから発売され、チャイコフスキーやベートーヴェンの交響曲が鳴り物入れで喧伝されたと記憶している。今回のリリースでの目玉は、その時期に発売予告だけで終わった幻の録音、ラフマニノフ「交響曲第2番」と、ホルスト「組曲《惑星》」の二枚組である。以前話題になった折には、トビリシ交響楽団のアンサンブルの強靭な合奏力には驚いたが、どこかタイムトンネルの向こう側からやって来た演奏のように思っていた。ベートーヴェンの交響曲録音のいくつかだ。つまり、新鮮な驚きや発見がない。立派な演奏だけど、今、改めて聴く意味があるのだろうかという疑問だった。だが、このラフマニノフはおもしろい。前面に大きくせりだしてくる歌がパレー盤の途方もないロマンティシズムの咆哮を思い出させながらも、パレーのような西欧クラシック音楽のきっちりした拍節感覚に裏打ちされたものではなく、マゼール盤が意識的に提示した小節線を取り払ったような数珠つなぎの旋律として響かせているのだ。そこが凄い! 思えば、このリズムの喪失感覚こそが、ラフマニノフの最大の特徴なのかも知れない。ホルストも鉄壁のアンサンブルで、一筆書きのような音楽が鳴りわたる。


■演劇的な『幻想交響曲』+『レリオ』の名演を生んだムーティ

 あまり知られていないことのようだが、リッカルド・ムーティはベルリオーズの『幻想交響曲』と、それに続く作品『レリオ』を、作曲者の指示通りにカーテンを上げ下げし照明を消し、続けて演奏するコンサートに関心があったらしい。この二枚組CDアルバムは、、ムーティの強い希望から実現したシカゴ交響楽団の音楽監督就任記念コンサートでの演目だそうだ。二〇一〇年九月のライヴ収録だが、収録日が四日間も記載され、しかも発売が昨年(二〇一五年)だったところをみると、語り手のジェラール・ドヴァルデューや、二人の歌手など出演者との折衝や、演奏の瑕疵を修正する音源編集など、多くの困難を乗り越えての発売ではないかと推察できる。シカゴ響の自主制作盤である。おそらく、ムーティとシカゴ響との執念の賜物だろう。一聴して、すぐ、その繊細で丁寧な開始に、まず耳を奪われた。じつに語り口のうまい音楽が開始される。それから約五〇分間、すべての音が音楽的でありながら演劇的なのだ。思えば私たちは、ワインガルトナー以来、『幻想交響曲』の演奏を、交響曲の美学、力学の中で聴いてきている。そこで思い出したのが、シンフォニックな作品ではさっぱりのファビオ・ルイージが、『幻想』だけはよかったこと。ルイージがメトのオペラで活躍しているのも納得である。ムーティ/シカゴの『幻想』が終わって『レリオ』が開始されて、こんなにぞくぞくしたことはなかった。ブーレーズ盤で初めて聴いてから約半世紀。デュトワでも、インバルでも納得できなかった『レリオ』が、「蛇足」でなくなった瞬間である。


■ワレフスカの自主制作アルバム『チェロの女神』で聴く近況

 クリスティーヌ・ワレフスカのチェロの名技が聴けるアルバムが、また一枚加わった。二〇一四年六月にカナダ、モントリオールのコンサートホールでのセッション録音で、ピアノ伴奏に福原彰美が加わっての『小品集』である。じつは、以前にもこの欄で触れたが、ワレフスカの奇蹟の再来日と言われたコンサートを一ファンとしてプロデュースした渡辺一騎氏に協力して以来、ワレフスカとも福原とも交流が続いている私は、このCDアルバムの実現に至る過程も、多少聞いている。これは、二〇一三年に行なわれたワレフスカ三度目の来日コンサート・ツアーの終了後に予定していた日本での録音・制作計画が流産した翌年、当初から助成を申し出ていた台湾の文化財団へのワレフスカの強い働きかけで実現したものなのだ。ワレフスカが「カナダでの録音が大成功で終わった」と突然メールしてきたのは、すべてが終わった後だった。彼女は若き日にフィリップス・レーベルで協奏曲を録音した時から付き合いのあるディレクターを頼ってカナダで実現したことをよろこんでいた。昨今のCD業界の厳しい状況から、最初はネット配信しか考えていなかったようだが、日本はまだまだ市場が少しは残っていた。自主制作に踏み切り、今回、タワーレコードからのみ発売された。この執念の演奏からは、二〇一三年の来日ツアー時の不調がウソのように、あの、肉声と体温が間近に感じられるワレフスカの至芸が聴ける。門外不出のボロニーニ直伝の作品が六曲収録されているほかに、一一曲のよく知られた小品を収めている。ワレフスカ、未だ健在である。


■戦後復興期に花開いた芥川也寸志のオリジナル・バレエ曲

 じつに興味深いマイナーCDを「アマゾン」で入手した。戦後の音楽界を牽引した作曲家と言えば、団伊玖磨、黛敏郎と並んで芥川也寸志の名がすぐに挙がるが、その芥川が戦後まもない一九五〇年代に作曲していたバレエ音楽が二曲、突然、出現したのだ。いずれも四〇分近い管弦楽の大作。バレエ・ファンタジー『湖底の夢』が芥川自身の指揮ABC交響楽団による演奏で上演日は一九五六年一二月一二日。バレエ『炎も星も』が上田仁指揮東京交響楽団による演奏で上演日は一九五三年一一月四日。どちらも楽譜すら見つかっていないので、タイトルも含めて、関係者以外からは存在そのものが忘れられていた作品である。それが、作曲を委嘱して上演した高田せい子・山田五郎舞踊研究所の流れを受けつぐ関係者宅から録音テープで発見され、丁寧な修復作業を経てCD化された。これは、奇蹟と言ってもいいことだ。この保存されていたテープは、今回表記されていないが、実際の上演の際の演奏ではなく、予め録音し、何度も練習に使用していたものだと思う。私の経験ではバレエ上演時の演奏が、こんなに足音なしに収録できるはずがないからだ。本番も、このテープを流した可能性がある。オケ・ピットの演奏に合わせて上演する舞踊団は少なかったとも記憶している。二曲の内では『湖底の夢』が、芥川がしばしば用いる、同じ音型を重ね合わせていくような音楽のつくり込みや、微妙に変奏されていく感覚がおもしろい。それにしても、上田仁とかABC交響楽団とか、昭和三〇年代にクラシック音楽入門者だった小学生には、なつかしい名前である。


 

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マゼールのヴェルディ・レクイエム/ルガーノのアルゲリッチ/若き日のランパル/フランス国立管80周年BOX

2015年07月07日 12時39分13秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)

半年ごとに、新譜CDの中から書いておきたいと思ったものを自由に採り上げて、詩誌『孔雀船』に掲載して、もう20年以上も経ちました。一昨年までの執筆分は、私の第二評論集『クラシック幻盤 偏執譜』(ヤマハミュージックメディア刊)に収めましたが、本日は、最新の執筆分で、昨日書き終えたばかりの今年上半期分です。いつものように、詩誌主宰者のいつもながらのご好意で、このブログに先行掲載します。なお、当ブログのこのカテゴリー名称「新譜CD雑感」の部分をクリックすると、これまでのこの欄の全ての執筆分が順に読めます。

■マゼール追悼として、ヴェルディ「レクイエム」を聴く
 マゼールの訃報に接してから、もう一年が経過してしまった。マゼールという「存在」そのものが、二〇世紀芸術の基本的命題を解く鍵だという私の思いについては、昨年七月にブログ上でさまざま書いたので、ここでは繰り返さない。だが、アクシデントからの死によって結果的に「晩年の仕事」となってしまったマゼールのミュンヘン・フィルとの一連の演奏は、私が予測していた方向、すなわち「自意識からの開放」へと向かいつつあるものだっただけに、その行く末は見届けたかったと、今でも思っている。マゼールは、過剰な自意識の処理方法を模索し続けた、その意味では最も20世紀的な音楽家だったからだ。今回ソニー・クラシカルから発売されたこのCDは、昨年七月十三日に世を去ったマゼールが、四月以降の演奏会をキャンセルする少し前、二月六日のミュンヘン・フィルとの演奏会ライヴ。今のところ公式に聴ける〈マゼール最後の演奏〉というわけである。この録音を聴いて、まず強く印象付けられたのは、アメリカのオーケストラのような明るくてよく抜ける金管の響きを、このドイツのオーケストラから引き出していることだった。音響の見通しがとてもよく、細部の動きが透けている極めてパースペクティブな仕上がりだ。だが、そうしたマゼール的な美質に留まってはいないのが、「晩年のマゼール」だった。「アニュス・ディエ」以降は、ほんとうに美しい。このようにじんわりとしみ込む音楽を待てるようになったのだ。敬虔な喜びにあふれ、巨大な音楽は一点の曇りなく響き渡る。改めてマゼールの突然の死を無念に思い涙した。


■アルゲリッチ&フレンズの「ルガーノ・ライヴ2014」
 マルタ・アルゲリッチが、気心の知れた音楽家を集めてルガーノで音楽祭を催し、そこでの演奏からセレクトして三枚組CDアルバムを毎年リリースして、もう何年目になるだろうか。この一連のシリーズでは、知られざる作曲家の作品の発掘や、さまざまの管弦楽曲の室内楽バージョンによる演奏などが目白押しで、中々に楽しませてくれる。また、協奏曲でアルゲリッチが感興にあふれた演奏を繰り広げているのも、毎年聴きのがせないものだ。数年前に、演奏のレベルの高さだけでなく、その選曲の面白さもあってにわかに私のコレクター魂が刺激され、イギリスのアマゾンで中古盤を買いあさり、あっという間に、その最初から全部を買い揃えてしまってから、もう何年にもなる。昨年のルガーノでの演奏を収録したアルバムも、例年通り年が明けてから発売された。当シリーズをこの欄で初めて採り上げるのに、意欲的な曲目ではなくスタンダード名曲を採り上げることになってしまうのが面映ゆいが、今回は、どうしても書いておきたくなった。モーツァルト「ピアノ協奏曲第二〇番ニ短調K466」である。ヴェーデルニコフ(発売時の表記「カプスシク」は誤り)指揮スイス・イタリア語放送管弦楽団と共演するアルゲリッチのピアノがすばらしい。最初から惹きつけられるが、第二楽章に入って、しみ込むように豊かで暖かな歌がひろがると、そこは、もうアルゲリッチの独壇場だ。よくうねり、よく歌う生きた音楽が、珠のように転がり出てくる。こんなにも美しい曲だったとは! いい仕事をして老いてきた人なのだと思った。


■若き日のジャン・ピエール・ランパルの至芸が復刻された
 ジャン・ピエール・ランパルは、フルートという楽器の魅力を広めた人としては二〇世紀最大の功労者だと思っているが、その若き日、一九五〇年代から六〇年代初頭の仏エラート社への録音は廃盤になったままのものが多く、私の思い出のLPレコードも、CD化されていないものがたくさんあった。それが、つい先ごろ、フランスで一気に一〇枚組BOXで発売された。私が特に欲しかったのは一回目録音のモーツァルト「フルートとハープのための協奏曲」と、テレマン「無伴奏フルートのための幻想曲(抜粋)」。どちらも小学生、中学生時代からLPレコードで長く愛聴していた。「協奏曲」は「パイヤール室内管弦楽団」の前身「ジャン=マリー・ルクレール合奏団」をパイヤールが指揮して伴奏している旧録音で、数年後に同じくリリー・ラスキーヌのハープ、パイヤール室内管弦楽団で再録音した演奏とはちがう。この演奏のほうが、引き締まった造形感を前面に押し出した個性的な演奏に仕上がっているのだ。無伴奏フルート曲を集めた一枚は、今回のCDではオリジナルLPの収録順と異なり、J・S バッハの「ソナタ」、テレマン「幻想曲 6曲」、C・P・Eバッハの「ソナタ」の順だが、作曲年代、時代様式からは、このほうが自然な流れなので、企画段階では、おそらくこうだったのだろう。LPレコードでは、A面に二つのソナタを収め、B面に6つの「幻想曲」が続けて収められている。テレマンの「幻想曲」は晩年になってから12曲全曲をデノンに録音したランパルだが、この選び抜かれた6曲の演奏からあふれ出てくる自在さと輝きがなくなっている。


■フランス国立放送局管弦楽団創立八〇周年記念アルバム
 現在のフランス国立管弦楽団の古い貴重な音源を8枚のCDに収めたBOX。私は、レコードという商品が大きなマーケットに成長した第二次大戦後に、西洋音楽演奏のグローバル化が本格化したと考えているのだが、その顕著な例はフランスの演奏に現われていると思っている。(前項のランパル~ラスキーヌ~パイヤールの旧録音のモーツァルトもその好例。再録音され、ずっと標準的な名演として何度も再発売された録音と異なり、ちょっと異質なモーツァルトだということが、よく聞くと感じられるはずだ。)ドイツ・オーストリア圏の音楽を自分たちの感性で演奏していたフランス人が、明らかな融合へと徐々に向かっていったのが一九五〇年代で、その過程を、私たちはシューリヒトやクナッパーツブッシュが指揮したパリ音楽院管の録音で聴いてきている。第二次大戦終結前にザハリッヒな演奏スタイルを身につけていたシューリヒトはその適役だったが、そう見て行くと、フルトヴェングラーのマーラー観をがらりと変えてしまったと言われているフィッシャー=ディスカウを独唱者に迎えた「さすらう若人の歌」は興味深いわけだ。残響音の短かいシャンゼリゼ劇場などフランスのホールでの収録から聞こえてくるクリアな響きはいかにもフランス的で、クリップスやシューリヒトのドイツ音楽だけでなく、クリュイタンス、クレツキー、ホーレンシュタイン、チェリビダッケ、バーンスタイン、マゼールなど、それぞれの指揮者の音楽が、まるでレントゲン写真のように晒されている。もっと系統立ててまとめると、更に見えてくるものがあるはずだ。

 

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ケント・ナガノと日本の「唱歌」/オーマンディ・サウンド再認識/ルフェビュールの真骨頂/カサドシュ再聴

2015年01月13日 11時37分18秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)
半年ごとに、新譜CDの中から書いておきたいと思ったものを自由に採り上げて、詩誌『孔雀船』に掲載して、もう20年以上も経ちました。一昨年までの執筆分は、私の第二評論集『クラシック幻盤 偏執譜』(ヤマハミュージックメディア刊)に収めましたが、本日は、最新の執筆分で、昨日書き終えたばかりの昨年下半期分です。いつものように、詩誌主宰者のいつもながらのご好意で、このブログに先行掲載します。なお、当ブログのこのカテゴリー名称「新譜CD雑感」の部分をクリックすると、これまでのこの欄の全ての執筆分が順に読めます。


ケント・ナガノで聴く「唱歌集」の不思議な懐かしさ
 ケント・ナガノという日系のアメリカ人指揮者に私が注目したのは、いつのことだっただろうか。少なくとも二十年以上は前のことだったと思うが、最初にケント・ナガノを聴いたのは、ロンドンのアンサンブルを振ってのストラヴィンスキー『兵士の物語』のはずだ。ロック系のスティングが語り役だった。その豊かで積極的な音楽に感心して、その後の欧米での活躍を、ずっと注目し続けていたが、彼の音楽に例えば小澤征爾や若杉弘に感じるような「日本人」らしい感性を聴くことはなかった。九十年代の終わりごろだったと思うが、親しかったレコード会社の制作担当者と会話した時、「ケント・ナガノはアメリカ生まれのアメリカ育ちで、日本語はまるで喋れないはずですよ」と聞いて、妙に合点がいったのを憶えている。そのナガノがいつの間にか日本に生まれ育ったピアニスト児玉麻里と結婚して一児の父になっていると聞いたのが数年前のことだ。この『唱歌集』は、二〇〇六年にモントリオール交響楽団の音楽監督に就任して以来、実現を強く希望していた企画だそうだが、やっと昨年秋に、カナダ「ANALEKTA」から発売された。ナガノは、わが子のために母親である児玉麻里が口ずさむ「CHILDREN SONG」に魅せられたという。心の深部に眠っていた感性が共振しているナガノの音楽は、どこまでも優しく、やわらかい。彼が、演奏活動のもう一方の拠点ドイツでの仕事で信頼している名ソプラノ、ディアナ・ダムロウも、単音節の日本語を、美しい発音でしっかりと歌っている。



オーマンディ・サウンドの奇跡を再確認した「カルメン」「アルル」
 一九五〇年代後半から六〇年代にコロンビア・レコードから発売された音源が、オリジナルLPジャケットの再現とともに、ソニーから大量にCD復刻された。これは、その一枚で、ビゼー『カルメン組曲』『アルルの女組曲』にポンキエルリ『時の踊り』が収められている。キャッチフレーズに「LP時代に誰もが聴いた」とあるのは、正にその通り! なのだが、私の場合は少々事情がちがう。私のいわゆる「盤歴」は、小学五年生だった昭和35(1960)年を基点にしているが、その最初に自分の小遣いで買ったレコードがグリーグの『ペールギュント組曲』。これは一〇インチ盤。それを確か翌年になって、B面に『アルルの女組曲』が収まった三〇センチ盤に買い替えたのだ。オーマンディの『アルル』のステレオ録音(今回の復刻)は一九六三年に行われ、『パリの喜び』とのカップリングでの発売だから、当然、私が一九六一年に購入した『アルル』はモノラル旧録音である。だが、長い間、私の『アルル』鑑賞の基準だったオーマンディの演奏の響きは、今回の復刻盤でも健在だった。そして、中学生になってから学校の音楽室にあったレコードを幾度もかけて、結局私自身は購入しないままだった『カルメン』ともども懐かしく聴いて、改めて「オーマンディ・サウンド」の凄さを思い知った。とにかく隅々まで各々の楽器がよく聞こえ、全部鳴り切っている。そのゴージャスなサウンドの鮮やかさは「奇跡」と言うほかない。こんな演奏はもう二度と生まれない。無国籍な音響世界なのだが、これは、それを超えて最高に音楽的だ。



イヴォンヌ・ルフェビュールの真価を初めて知った
 このピアニストの名前を始めて聞いたのは、確か一九七〇年代の初頭だったと思う。フルトヴェングラーのLPレコードが、正規録音から大きく外れて、続々と放送録音の類が〈発掘〉され始める少し前。まだ遠慮がちに、それでも「新発見」と大書され「EMI=エンゼル」のマークつきで発売されたモーツァルト『ピアノ協奏曲二〇番』の一九五四年ライヴ録音の独奏者としてだった。地の底を這うようなベルリン・フィルの鬼気迫る音の中から、スーッと立ち現れるピアノが印象に残ったが、そのほかの演奏に触れることなく過ぎていたピアニストだった。その彼女のピアノをまとめて何枚かのCDで聴いたのは十数年前のこと。フランスの「FY」というマークのSolsticeというレーベルで、彼女は最晩年、ここにたくさんの録音を残した。とてもよく考え抜かれたラヴェルやドビュッシー演奏だと思った記憶があるが、そこに登場したのが、この英テスタメントから初発売された一九六一年と六三年のBBC放送による録音。曲目はラヴェル「高雅で感傷的なワルツ」フォーレ「夜想曲第六番」「舟歌第六番」「夜想曲第十三番」シューベルト「十五のワルツ」、そしてドビュッシー「前奏曲集第二集(全曲)」である。どれも、じつに鮮やかな色彩があふれた演奏で、この羽のように軽く音が舞い、まばゆい光が見え隠れする演奏こそが、彼女のピアノの真骨頂なのだと確信した。鳴り物入りで次々に「新発見」と称する凡演を聴かされることが多くなったが、これは、久々に後世に残すべき記録だ。録音のコンディションもいい。



ロベール・カサドシュとロスバウトの「皇帝」を聴き直した
 このところ様々なレーベルの音源を、独自のコンセプトで超廉価でリリースしている「newton(ニュートン)」からの注目の一枚。一九六一年録音のベートーヴェン『ピアノ協奏曲第五番《皇帝》』と六四年ライヴ録音の『ソナタ第二八番』という組み合わせ。「皇帝」は、私自身は七〇年代からフィリップス系の「フォンタナ」の一〇〇〇円盤(日本語で曲名から謳い文句まで大書されたクリーム地のジャケット)で聴いていたが、ソナタのほうは一九七八年が初出のようだが記憶がない。カサドシュは米コロンビアが契約していたピアニストだったが、六〇年代にはヨーロッパではフィリップスから米コロンビア音源が発売されていたので、その関係で、カサドシュの録音がフィリップスから出ていたのだろう。オケは、フィリップスが自由に使えた「コンセルトへボウ管弦楽団」。ロスバウトの明瞭な音楽にしっかりと随いて、軽やかで澄んだ響きの伸びやかな音楽を聞かせる。だが何よりも、この演奏を大きく特徴付けているのは、カサドシュの徹底して楷書体の、一音一音くっきりと隈取っていく音楽の運びだ。それでいて音がやわらかい。硬直した音楽とは対極の、自在な音楽の澄み切った心境が感じられる。このピアノだからこそ、ロスバウトはオーケストラに薄い響きの確保を要求しているのだと納得するまでに、それほどの時間はかからない。昔、この演奏を聴いて、これほどに感動した記憶がない。ピリオド演奏をいろいろ聴いた耳が、この演奏の真価に気付かせたのかも知れない。ぜひ再聴をお勧めする次第。
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五嶋みどりのヒンデミット/キース・ジャレットのヘンデル/ネゼ=セガンのシューマン/マゼールの終着点?

2014年07月10日 12時32分00秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)
半年ごとに、新譜CDの中から書いておきたいと思ったものを自由に採り上げて、詩誌『孔雀船』に掲載して、もう20年も経過してしまいました。過去の執筆分は、私の第二評論集『クラシック幻盤 偏執譜』(ヤマハミュージックメディア刊)に収めましたが、本日は、最新の執筆分です。今年上半期分です。先週書き終えていたのですが、いつものように、すぐにブログへの掲載を手配する時間がとれなくて、そのままになっていました。まだ発行前ですが、詩誌主宰者のいつもながらのご好意で、このブログに先行掲載します。


■五嶋みどりのヒンデミット「ヴァイオリン協奏曲」

 若いころ(あるいは幼いころ)から演奏していて、大人になってしまうと急に弾けなくなる、という演奏家は決してめずらしくない。メニューインもマイケル・レビンもそうだったが、妙に「わけ知り」になってつまらない演奏しかしなくなるのと違って、自身の感性を頼りに夢中で弾き切っていた人が、様々な知識の集積によって、ある種の畏怖が生まれて弾けなくなる場合、それを乗り越えて真の演奏家として大成するのは容易なことではない。かつて私は、五嶋みどりの場合も、メニューインと同じく精神世界への関心が彼女を救いつつあるようだと書いたが、昨年リリースされたヤナーチェクの「ソナタ」ほかのアルバムに続き、このエッシェンバッハの指揮する北ドイツ放送響(NDR)をバックにしたヒンデミットの「協奏曲」を聴いて、五嶋みどりが掴み取った音楽の大きさを実感した。このところ二〇世紀の音楽が演奏される機会がいたるところで増加しているのは、肥大化したロマン主義へのアンチテーゼが、作曲家から演奏家、そして聴衆にまで降りてきたからだが、中でも彼女の弾く、このヒンデミットはいい。密やかで心地よい緊張から開放へと向かっていく道筋に、思わず耳を澄ます。見事な集中力だ。この曲が、ここまで凝縮された美しさに光輝いた瞬間を、私は他に知らない。エッシェンバッハの共感あふれるバックの息づかいも見事だ。独奏者と一体になった自在さがある。この組み合わせでは数年前のモーツァルトも良かったが、それをはるかに凌ぐ音楽の奔流が聞ける。


■カシュカシアンのブラームスとキース・ジャレットのヘンデル

 ジャズと現代音楽と古楽のジャンルで個性的なリリースが、一九八〇年代から注目されていたレーベル「ECM」が、国内盤8アイテムだけ、限定盤で復刻発売された。時代の数歩先を行くレーベルだっただけに、最近の音楽状況にふさわしい発売と思った。私が購入した(つまり、不覚にも当時の私の関心からは外れていて、今回注目した)のは2点である。まず、現代音楽&古楽のレーベルとしては異例なブラームス『ヴィオラ・ソナタ集』。キム・カシュカシャンのヴィオラで贅肉をそぎ落とした音楽はシンプルで硬質だが、その表情は優しく暖かい。しかし、静かだ。この、ひっそりとした気配に漂流する音楽は、プリムローズのヴィオラとフィルクスニーのピアノによる私の愛聴盤とはまったくの別世界。明瞭なラインが開く静謐な美しさは、確かに新ウィーン派のシェーンベルクに直結する。そのことに今頃になって気付かされた演奏だが、この盤が世に出たのはもう二〇年近く前である。しかし、それよりさらに数年前に発売されたのが、写真のヘンデル『クラヴィーア組曲集』。ECMレーベルのジャズ部門の稼ぎ頭だったピアニスト、キース・ジャレットが、話題になったバッハ『フランス組曲』の二年後、一九九三年に録音したものだ。ジャケットのデザイン同様にシンプルな美しさが印象的な演奏で、私は彼のバッハに打鍵力の弱さを感じて、それきりにしてしまっていたことを思いだした。このヘンデルは、彼のタッチによく合っている。豊穣なロマン派の対極が、ストレートに提示されている。


■ネセ=セガンのシューマンに聞くネオ=ロマンの響き

 二〇一二年十一月にパリでライヴ収録されたネゼ=セガンとヨーロッパ室内管弦楽団によるシューマン『交響曲全集』が二枚組でDGから発売された。響きが澄んでいて隅々まで良く聞こえる音楽だが、それは、オーケストラの規模が抑えられているからだけではない。響きは薄いし、各パートの動きは裸にされている。だが、音楽は、どこまでも流麗でしなやかだ。しかも、それは、しっかりとロマン派の音楽のたっぷりとした情感の高まりを想起させるようなもので、おそらく、その部分が、ジョン・エリオット・ガーディナーがシューマンで達成した音楽の躍動感や推進力との大きな違いだ。ネゼ=セガンの「二番」の終楽章や、「三番(ライン)」の第二楽章の、異常なほど重い音楽の動きに、この指揮者のロマン派音楽観が垣間見える。その意味で、この演奏は一見ピリオド演奏の成果を踏まえたかのような装いを聴かせながら、じつは、ネオ=ロマンとでもいうべき新たな音響を提示しているのだ。シューマンの書いたオーケストレーションに不備があると見なしたかつての多くの指揮者は、さまざまに響きを補完する方向に走ったことが知られているが、ネゼ=セガンは、そうではない。薄く重ね合わされた響きから、ねばりにねばる音楽が聞こえてくる「ライン」の第二楽章は、特に個性的な演奏だ。だが、この小編成のシューマンが最も成功しているのは「一番(春)」だと思う。さまざまな音楽の表情が、瞬間芸的に突出してくる刺激的で新鮮な演奏である。短かく寸断されたフレーズを、瞬間々々で歌い切ろうとしている。


■マゼールが自身を総決算する時期がまもなくやってくる?

 マゼールの半世紀以上にわたる歩みは、あたかも戦後の音楽界全体の演奏スタイルの変遷史そのもののようだ、と私が総括したのは、今から十八年ほど前のことだ。その小文は一昨年刊行された第二評論集にも再録したが、その中で「誰よりも磨き込んできた指揮棒の技術を(マゼール自身が)捨てた時、戦後五〇年の演奏芸術のキーワードで在り続けた〈抒情精神の復興〉の方法に解答を見出す時なのだ」と予言した。その兆候はここ数年、時折見え隠れしていたが、二〇一一年四月から五月のフィルハーモニア管弦楽団とのマーラー交響曲連続演奏会でも、かなりの成果が生まれたようだ。先に発売された第一から第三交響曲までは、緻密なアンサンブルだけに留まっている感があったが、最近発売された第四から第六交響曲では、しり上がりに音楽の豊かな呼吸が確保されてきているのが感じられる。「第五交響曲」はマゼールの要求する表現にオケが近づいてきている。だまし絵のように折り重なる旋律をひとつひとつ明かしていくが、それは、ひところ持てはやされた末端肥大症のような音楽とはちがって、あくまでもスリム。全体が鮮やかに透けて見える。ロンド・フィナーレでも、重奏に埋没しない高域の響きが冴えている。息苦しさがなく、たとえて言えば自在に動く精密機械の動きを楽しんで追っているといった感覚。こうした演奏の延長に、私の思う「マゼールの終着点」があるはずだが、はたして、マゼールはそこにたどり着けるだろうか? このところ体調の不調でキャンセル続きなのが気がかりである。

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山田和樹/ネセ=セガンの台頭と、若き日のマゼール、フリッチャイの時代の遺産

2014年01月10日 14時38分14秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)
半年ごとに、新譜CDの中から書いておきたいと思ったものを自由に採り上げて、詩誌『孔雀船』に掲載して、もう20年も経過してしまいました。過去の執筆分は、私の第二評論集『クラシック幻盤 偏執譜』(ヤマハミュージックメディア刊)に収めましたが、本日は、最新の執筆分です。昨年下半期です。昨日書き終えたばかりで、まだ印刷に回っていませんが、詩誌主宰者のいつもながらのご好意で、このブログに先行掲載します。


■山田和樹/スイスロマンド管弦楽団デビュー盤の新鮮な魅力

 主席客演指揮者就任第一弾として、ビゼー・フォーレ・グノー管弦楽曲集が独PentaToneから発売された。これは各パートが、じつにバランスよく透けて聴こえる、隅々まで神経の行き届いた演奏である。肩をいからせたところのない〈なで肩の音楽〉のしなやかさが徹底して追及され、ささくれ立ったもののないなめらかな口当たりの音楽が流れてくる。「こんなにうまいオケだったか?」と、アンセルメ時代の痩せた音楽を思い出して、思わず身を乗り出した。「アルル」第2組曲第2曲でのサクソフォン・ソロでも対旋律を等価に聴かせ続ける棒さばきに、指揮者の強い意図を感じさせる。かつて、フランス音楽を洒落っ気たっぷりに演奏するフランスのオーケストラは、突出した部分を無数に持ち、その散らかった感覚が独特の魅力だった。個人主義から調和へと、時代は確実に回帰しつつある。だから、屈折したまま、わけもなく熱くなる理不尽さといった、いわば〈熱血の時代〉を駆け抜けてきた私のような戦後世代に、彼ら若い〈微熱世代〉が感動という〈渦〉を起こさせるのは容易ではない。山田和樹が、揺るぎない雄渾な物を目標に掲げられない今日でも私を揺さぶるのは何故だろう。かつて「アルル」はマゼールが、グノー「ファウスト」はカラヤン/フィルハーモニアが、ムキになって鋭い音楽の刃を突きつけていた。山田和樹はニセモノが紛れ込みやすいスタイルの演奏ながら、数少ない達人なのだろう。しばらく目が離せない。


■「春の祭典」の新時代か? ネセ=セガンの流麗すぎる音楽

 この曲を私が一種の衝撃を受けながら初めて聴いてから、もう半世紀以上の歳月が経ってしまった。誰もが、この二〇世紀音楽の先鋭さに畏敬の念を抱いて指揮し、奏で、両手に汗を握り締めながら聴いた、と言ったら「何を、大仰な…」と笑われるだろうか? だが、ほんとうに、そんな曲だった。私の場合、マルケヴィッチ/フィルハーモニア盤が最初だったろうか? ブーレーズのコンサートホール盤も、発売されてすぐに聴いた。カラヤン/ベルリン・フィル盤が出たときは、バーンスタイン盤と何度も聴き比べた。誰もが、それぞれの流儀で、何者かに向かって吠えていた――。そしてマゼール/ウィーン・フィル盤が出たときは、この曲から流れるように豊かな音楽性を強引に引き出した試みに舌を巻き、やがて、ラトル/バーミンガム市響の登場。その、どこもムキになることなく、さらさらと疾走していく感覚が新鮮だった。ラトルは「ムキになるのはダサイんだよ」、と先行世代のオジサンたちに言っているようだ、と、日本での本格的CDデビューに際しての紹介文を『レコード芸術』誌に書いてからも、もう四半世紀ほど経ってしまった。このネセ=セガンのフィラデルフィア管盤は、じつによく鳴る「ハルサイ」演奏。滔々と流れる音の洪水が終了すると、そのままストコフスキー編のバッハへとなだれ込む。この「終止符」の在りかが見えないバッハと組み合っているところにこそ、このハルサイの秘密があるかもしれない。


■初期DGで、ムラヴィン盤の陰に忘れられたマゼール盤の復活

 ロリン・マゼールは、戦後の演奏スタイルの変遷をひとりで体現し続けて変貌を繰り返してきた天才だが、若い頃の演奏以外は認めない、という頑固な聴き手も多い。私自身は、これまでにマゼールの壮大な変貌の意味について様々なところで考察してきたので、ここでは繰り返さない。前述の山田和樹やネセ=セガン、あるいは、ベルトラン・ド=ビリーらの口当たりのなめらかな音楽が台頭する時代に、マゼール自身がどのような決着を与えるか興味深いところだが、つい最近、「時代錯誤」のように若き日のマゼールの〈奇演〉が、「世紀の名盤」と銘打たれたDGの復刻シリーズで発売された。ある意味では時代の役割を終えた「名盤」が多い中、チャイコフスキーの『交響曲第4番』は、未だに多くの問題提起を残した演奏だと思う。長い録音歴を誇るマゼールだが、意外に同曲異録音は少ない。そんな中、この曲は数少ない例外だ。このベルリン・フィル盤は一九六〇年、マゼール三〇歳の録音で、この後に、ウィーン・フィルとデッカ録音、クリーヴランド管とはソニーとテラークとで2回も録音するという念の入れよう。この「抽象化の陥穽」に嵌まり込んでしまったチャイコフスキーの、謎に満ちた世界の入口作品に、マゼールが果敢に挑戦している。おそらく、「一番、わからないまま、ムキになって振っていた」演奏がこれ。だからこその、謎解き開始の原点。もう一度ゆっくり演奏史を辿りながら、聴き直してみたいと思って聴いた。


■聴き落としていたラフマニノフ『パガニーニ狂詩曲』の名盤

 前記マゼールのチャイコは、まだドイツ・グラモフォン・ゲゼルシャフト(DGG)時代のもので、アメリカではMGM系列だった米デッカによる発売だった。このDGG時代の「ハルサイ」初録音が、フリッチャイ指揮ベルリン放送響盤だった。まだこのレコード会社がヨーロッパのローカル・レーベルのイメージから脱却する以前である。このモノラル末期からステレオ初期のフリッチャイ盤が、タワーレコードから大量に復活した。そのうちの一枚に、ラフマニノフ『パガニーニの主題による狂詩曲』とウェーバー『ピアノ小協奏曲』、チェレプニン『十のパガテル』、さらにアイネム『ピアノ協奏曲』まで収めたアルバムがある。これらは、言ってみればDGが「国際標準」になる以前の演奏の記録であるのかも知れない。じつは(告白するが)、これまで半世紀以上もかけて数万点のレコード・CDを聴いてきた私が、この個性あふれるラフマニノフ演奏を聴き落としていた。ピアノ独奏はマルグリット・ウェーバー。チャイコフスキーの強い影響を受けたラフマニノフは、晩年に、師と同様に抽象化の陥穽に彷徨い込んだのだと思う。『ピアノ協奏曲4番』は、その所産。大いなる目くらましの世界。前衛性で切り立った鮮烈な表現が、この『狂詩曲』の本質として抉り出されている。ここには、「映画音楽的な大衆性」にシフトしたラフマニノフは居ない。二〇世紀音楽の矛盾と苦悩が美しく昇華されていることに、心の底から共感できる演奏だ。
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蘇った諏訪根自子/バルエコのギターで聴くバッハ/ザビーネ・マイヤーのジャズ/マゼールの近況に思う

2013年07月03日 11時49分52秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)
 詩誌『孔雀船』で、半年に一度、「リスニング・ルーム」と題する新譜CDへの雑感を書いています。本日は、その最新原稿。昨日下版したばかりの今年上半期分ですが、4つのアイテムが連想的につながってしまいました。なお、掲載写真は、その雑誌用にグレースケールでスキャニング処理したので、モノクロになっています。

■大正ロマンの源流「諏訪根自子」がCD2枚組で帰ってきた!

 私は数年前から、西洋のクラシック音楽がどのようにして日本人のものになってきたかを、様々な角度から探っている。そのささやかな成果の一つが一昨年刊行された『ギターと出会った日本人たち――近代日本の西洋音楽受容史』(ヤマハミュージックメディア)だが、その延長でこのところ調べているのが、大正期の乙女文化と西洋音楽との関係だ。最近、その背後に大正から昭和にかけて各社から続々と刊行された様々な少女雑誌や、竹久夢二の表紙画で一世を風靡した『セノオ楽譜』に象徴される特有の「時代の気分」が漂っていることを確信するようになったが、諏訪根自子は、その流れの中で重要な演奏家の一人だ。だが、私はこの天才少女の名を一九七〇年代に、「奇跡の復活」と喧伝されてバッハの無伴奏ソナタとベートーヴェンのソナタがキングレコードから発売された際には、失礼ながら「面白半分」に聴いた程度で済ませてしまっていた。(この時期、じつは私自身、自分がその後、日本人の西洋音楽受容史研究に首を突っ込むなど、思ってもいなかった。)今回発売された2枚組CDは、メンデルスゾーンの協奏曲をわずか十歳で弾き、時の名手ジンバリストを驚嘆させた彼女が離日前、一三歳から一五歳までに日本コロムビアに録音した全てである。昭和八年から一〇年。私はこの少女が既に、ただ「巧い」のではなく、私たち日本人の感性で豊かな音楽を奏でている事実に驚嘆した。歴史を見る目が変わってしまった録音である。

■マヌエル・バルエコのギター・ソロで、バッハを聴く

 私が前項で触れた「日本人の西洋音楽受容史」に関心を持つきっかけとなったのは、山下和仁のギター独奏による『黎明期の日本ギター曲集』というCDの解説に取り組んだことからだった。その山下が天才少年と称賛されてデビューした十八歳から数年後、新境地を拓くべく、ギター独奏版に自ら編曲してバッハの無伴奏チェロ曲に挑戦した事はよく知られている事実だ。思えば山下が、西洋音楽に触れて間もない黎明期の日本人作品に関心を持ったのは、彼なりの二度目の転機だったのだろう。その彼の最初の転機にあたって取り組んだ音楽が、いわゆる西洋クラシック音楽の規範ともいうべき「大バッハ」の世界だったというのは、当然のことであった。誤解されてしまう可能性を畏れずに言えば、バッハは、音楽という本来不分明な世界にデジタルな感覚を持ち込み、体系化を完成させた偉大な人物である。だからこそ、「西洋的な音階」の「規範」なのだ。キューバ生まれのバルエコもデビュー当時からバッハ作品のギター独奏への編曲演奏に取り組んでいるが、この一九九五年にEMIに録音された「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ」第1番、第2番、第3番は、久々の再発売国内盤。その驚異のテクニックから紡ぎ出される均一な音の洪水から生まれる多声の音の粒が、あたり一面に投げ出され響きあう。その美しく澄んだ世界が西洋音楽という、東洋の、あるいはアジアの文化と明らかに異なる世界の本質でもある、と思う。

■ザビーネ・マイヤーの郷愁のアルバムは「ジャズ」?

 このCDと前項のバルエコの2枚のEMI盤は、何と「ユニバーサル発売」のEMI国内盤である。レコード界の不況による会社再編は、ついに「グラモフォン」「デッカ=ロンドン」「フィリップス」「EMI」という大レーベルが、ユニバーサル一社に統合されるという事態になったわけだが、さて、この『ベニー・グッドマンへのオマージュ』と副題されたアルバムは、偉大なジャズ・クラリネット奏者として著名なベニー・グッドマンと、その彼の良きライバルとして双璧だったクラリネット奏者ウディ・ハーマンのためにそれぞれ書かれた作品を中心にしたアルバムである。かつて、カラヤンに嘱望されてベルリン・フィルの首席奏者を務めたこともあるザビーネと、兄のヴォルフガングに、かつてはドイツでもことさらに重厚なサウンドで知られていたはずのバンベルク交響楽団が共演。意外な内容だが、出てくる音楽はベスト・コンディションだ。CDに付されたライナーノートによれば、マイヤー兄妹の父親はクラシック音楽のピアノ教師だったが、大のジャズ・ファンでもあったそうで、ドイツで最も早くからジャズバンドを組織していた人物だという。曲はアーノルド、コープランド、ストラヴィンスキー、バーンスタインのクラリネット協奏曲作品に、グッドマン楽団の人気曲を加えたもの。二〇世紀の西洋クラシック音楽の重要な潮流のひとつとして、ジャズが与えた影響は大きい。それが、ここにもひとつ花ひらいている。

■マゼール/ミュンヘン・フィルのブルックナー「第3」に思う

 バッハ以来の西洋音楽が、西洋人自らの手によって解体され始めたのがロマン派の時代だとすると、それを再構築し、新たな要素を挿入することで変容させようとしたのが二〇世紀だった。私たち日本人は後衛の位置からそれを追い続け、アメリカという新大陸は、西洋人社会の中で、そうした伝統文化のない地の自在さで、二〇世紀音楽の前衛を切り拓いてきた。ロリン・マゼールという音楽家は、こうした時代を最も先鋭に、鏡のように映し出して見せてくれた天才だった。七、八年刻みであたかも振り子のようにアメリカとヨーロッパを交互に活動の舞台としてきたマゼールは、現在は四度目の渡欧というか帰欧の地としてのミュンヘン・フィルハーモニー音楽監督の地位にある。前任地が二〇世紀芸術を象徴するニューヨークだったというのも面白い。昨年、マゼールはNHK交響楽団を初めて振った。マゼールの細部をゆるがせにしない指示はどうやら健在だったようで、N響は最後までコチコチで、じつに窮屈な音楽を聞かせたが、その分だけ、マゼールの意図もむき出しになっていた。それはN響という日本のオーケストラが、まだ西欧文化と四つに組み合う固有の音楽文化を醸成できていないことから起こることだと思う。ミュンヘン・フィルとの新しいCDのブルックナー演奏は、自意識の過剰を武器としてその音楽キャリアを始めたマゼールが、音楽の自発性を信じ始めた末に到達した境地を垣間見る思いがする。つい最近のラトル/ベルリン・フィルにも、それは言えることだが、これらが何を意味しているのか? 彼らが何を捨て何を掴もうとしているのか? 答えはまだ出ていない。光は、東方から射すかも知れない?

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2012年下半期の新譜CDから(4) 私が注目した頃のウェルザー・メストに再会できたCD

2013年01月24日 10時30分50秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)

■若き日のウェルザー・メストのライヴ盤がオルフェオから登場
 ウィーン国立歌劇場の音楽監督となって二年目のウェルザー・メストは、今年二〇一三年の正月、二度目のニューイヤーコンサートで、やっと自分のペースを掴みかけたようだ。一昨年のニューイヤーは酷かった。まるで借りてきた猫のようで痛々しかった。ウィーン・フィルという〈伝統〉は途方もなく手ごわいのだ。大ベテランのプレートルもヤンソンスも、そうだった。ニューイヤーどころか国立オペラは、さらに手ごわい。だから、今年は、かろうじて合格。メストは私にとって、一九九〇年代の初めに一部で注目された頃から追ってきた指揮者だから、思い入れもあり、これまでにもロンドン・フィルとのヨハン・シュトラウス集のライナー・ノート(東芝EMI国内初出盤)以来、機会あるごとに何度も執筆してきた。それは、昨年二〇一二年六月に刊行した私の第二評論集『クラシック幻盤 偏執譜』に第一章として収録したこの「リスニングルーム」欄の十五年間にも散在している。メストは私にとって、未だに発展途上の人、なのだ。期待が大きい分だけ、不満も多い。だが、一九八〇年代の終わり頃に「メストは、二十一世紀のクラシック音楽界を牽引する指揮者になる」と信じた私の気持ちは、今も変わっていない。一九八九年夏のザルツブルクで、若いオーケストラ、マーラー・ユーゲントを振ったブルックナー「第七番」。ここに聴かれる奇跡的とも言える音楽の躍動! いつかまた、ここに還ってくるはずなのだ。
(本編、ここまで。以下は昨日の但し書きの繰り返しです)

 半年に一度、詩誌『孔雀船』に「リスニングルーム」と題して新譜CD紹介を1998年からずっと続けています。その15年の蓄積は、昨年まとめた私の2冊目の音楽評論集の第1章に、「とっておきCDの15年史――こんなおもしろいCDが発売されて、アッという間に消えました」と題して、完全編年体で再録しました。本文は、つい先日、書き終えたばかりの新しい原稿です。昨年7月以降、年末までに発売されたCDの中から、私が書いておきたいと思ったものから4枚選びました。
 なお、その4枚の並び順など全体構成にも配慮して執筆していることから、これまではブログにも一挙にUPしていたのですが、最近、携帯やスマホで読む方が増えてきて、長文は読みづらいと言われるようになりましたので、不本意ですが、4つに分割して毎日、1枚ずつ掲載します。本日は、その4回目です。
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2012年下半期の新譜CDから(3) ブッフビンダーが弾くフォルテピアノで思ったこと

2013年01月23日 17時33分04秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)
■ブッフビンダーがフォルテピアノで弾くモーツァルト「協奏曲」
 アーノンクール/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの伴奏でモーツアルトの協奏曲、二三番と二五番のライヴ録音を収録したCDがソニーから発売された。どちらかというと古楽器ものを敬遠しがちの私が手を出したのは、昨年、たまたま目にしたブッフビンダーの弾く「ヨハン・シュトラウス・ワルツ編曲集」(一九九九年・独テルデック)で、そのテクニックの冴えと、ほとばしる音楽の軽やかさとのバランスの妙味に関心を持ったからだった。このモーツァルト、一聴して、まず感じたのは、「おしゃべりな音楽だな」という感覚。「小うるさい」のだ。そして、しばらくして、それはこのフォルテピアノという楽器が、現代のピアノのような優れた制御機能を持っていないからだ、と気づいた。思えば、ロマン派の時代以降、ピアノの性能が高まるにつれて音の強弱がはっきりし、それに伴い、人々は、ひっそりとした音の雄弁さにも気づいた。そして、コンサートホールでの音楽鑑賞という形態。だが、かつて音楽は、食事をしながら、おしゃべりをしながら聴くものだった。ブッフビンダーらの演奏は、そうした古き時代のキッチュな再現だ。フォルテピアノは一音一音コトコトと、音を途切りながら連なり、オーケストラもブツブツと音をちぎり、急激なフォルテを交えて進む。これ、じっと耳を傾けて聴くものじゃないのだ。そうでないと、身体能力が飛躍的に向上した現代の優れた音楽家たちによる自在な演奏は、〈表現〉が溢れてしまう。
(本編、ここまで。以下は昨日の但し書きの繰り返しです)

 半年に一度、詩誌『孔雀船』に「リスニングルーム」と題して新譜CD紹介を1998年からずっと続けています。その15年の蓄積は、昨年まとめた私の2冊目の音楽評論集の第1章に、「とっておきCDの15年史――こんなおもしろいCDが発売されて、アッという間に消えました」と題して、完全編年体で再録しました。本文は、つい先日、書き終えたばかりの新しい原稿です。昨年7月以降、年末までに発売されたCDの中から、私が書いておきたいと思ったものから4枚選びました。
 なお、その4枚の並び順など全体構成にも配慮して執筆していることから、これまではブログにも一挙にUPしていたのですが、最近、携帯やスマホで読む方が増えてきて、長文は読みづらいと言われるようになりましたので、不本意ですが、4つに分割して毎日、1枚ずつ掲載します。本日は、その3回目です。
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2012年下半期の新譜CDから(2) 永冨和子のドビュッシー演奏の「遺産」を聴く

2013年01月22日 10時33分20秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)
写真は、日本ウエストミンスターから発売されたCD

■永冨和子の最後のリサイタルの記録がCD化
 1980年代半ばから、ヨーロッパを中心に国際的な活動を続けていた永冨和子は、1959年のパリ留学以来、レーヌ・ジャノーリ、ラローチャ、クロード・エルフェといった私が関心を持っているピアニストに直接教えを受けている。このCDは、その永冨の最後のリサイタルの記録だ。曲目はドビュッシー「前奏曲集第一巻」とモーツァルト「ソナタ K457」「幻想曲 K475」、それにアンコールのドビュッシー「月の光」「水の精」。ドビュッシーの「前奏曲集」は、光と陰の交錯が千変万化して綾なす名演で、そのリズムの生き生きとした様に、まずおどろく。確かにドビュッシー演奏は、この二〇年で飛躍的に深化したのだと実感する。明快なフォルムを聴かせながらも、濃密な情感を維持し続けているのは凄い。例えばポール・クロスリーの演奏が、理論を振りかざした音楽のように感じてしまった。今回のアルバムは、永冨の遺稿となった「ドビュッシー前奏曲集・第一巻」の校訂・解説書(レッスンの友社より刊行)に合わせての発売だそうだが、同書は、一曲一曲の解釈にとどまらず、体験に基づいた奏法の実際、フィンガリングなどを詳しく記述したものだという。第一巻で途絶えてしまったのが残念だ。プラハで進行していた録音が2枚目までで途絶えてしまったモーツァルトのソナタ全集(日本コロムビアより発売)も残念だったが、こちらも一曲だけ、このアルバムで聴ける。明快でありながら、余情が止め処なくあふれ出てくる演奏だ。
(本編、ここまで。以下は昨日の但し書きの繰り返しです)

 半年に一度、詩誌『孔雀船』に「リスニングルーム」と題して新譜CD紹介を1998年からずっと続けています。その15年の蓄積は、昨年まとめた私の2冊目の音楽評論集の第1章に、「とっておきCDの15年史――こんなおもしろいCDが発売されて、アッという間に消えました」と題して、完全編年体で再録しました。本文は、つい先日、書き終えたばかりの新しい原稿です。昨年7月以降、年末までに発売されたCDの中から、私が書いておきたいと思ったものから4枚選びました。
 なお、その4枚の並び順など全体構成にも配慮して執筆していることから、これまではブログにも一挙にUPしていたのですが、最近、携帯やスマホで読む方が増えてきて、長文は読みづらいと言われるようになりましたので、不本意ですが、4つに分割して毎日、1枚ずつ掲載します。本日は、その2回目です。

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