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ニューヨーク・フィル時代のバルビローリを聴く/ピッツバーグ響とのスタインバーグの名演/グリゴリー・ソコロフは「気配」を聴く音楽の魅力だ

2020年05月12日 13時05分27秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)

半年ごとに、新譜CDの中から書いておきたいと思ったものを自由に採り上げて、詩誌『孔雀船』に掲載して、もう20年以上も経ちました。2011年までの執筆分は、私の第二評論集『クラシック幻盤 偏執譜』(ヤマハミュージックメディア刊)に収めましたが、本日は、最新の執筆分で、2020 年上半期分。まもなく発行される最新号のために書いたものですが、このブログに先行掲載します。なお、当ブログの、このカテゴリー名称「新譜CD雑感」の部分をクリックすると、これまでのこの欄の全ての執筆分が逆順に読めます。

 

 

■バルビローリ、ニューヨーク・フィル時代の全貌を聴く6枚組BOX


 バルビローリは、1938年にアメリカに渡りニューヨーク・フィルの常任指揮者となったが、数年で詰め腹を切らされるように追われてイギリスに戻り、ロンドンではポストを得られずにマンチェスターのハルレ管弦楽団の音楽監督となって一生を終えた。一部の識者から〈バルビローリの暗黒時代〉と言われているニューヨーク・フィルとの録音を私が初めて聴いたのは、たしか1980年代になってブラームス「第2」、シベリウス「第2」カサドシュとのモーツァルト「ピアノ協奏曲27番」を立て続けにアメリカのLP化盤で入手した時だ。そのオケの掌握力が漲った即興的感興にあふれた、自在にうねる音楽に衝撃を受けたのを今でも思い出す。モーツァルトでさえ、その豊かな詩情の揺れ動きの逞しい音楽がはじけ飛び驚かされる。これほどの指揮をする人がなぜ、その後いわゆる一流のポストを得ることなく一生を終えたのだろう。ハルレ管は、彼が着任してから生涯を終えるまで、決して技量の優れたオーケストラにはならなかった。かんたんに言えば、「ヘタ」なオケだ。アンサンブルは不揃いで、ソロもパッとしない、と言ったら散々だが、それはもちろん、一流のレコード会社が残す録音の仕上がりとしては、というかなり高レベルの要求での話だが、それはバルビローリという人の「優しさ」が生む弱点であり長所でもあるものから生み出されているのだと、私は思っている。例えばクリーヴランド管を一流に押し上げたジョージ・セルは、団員を容赦なく解雇して入れ替えたというが、バルビローリは誰にも優しく接したといわれているから、それが、オケの技量にも響いているのだと思う。バルビローリの名盤といえば『イギリス弦楽合奏曲集』がEMIにあるが、そこでのエルガー『弦楽セレナード』で強靭な合奏力を聞かせるのはロンドン・シンフォニエッタである。ウィーン・フィルとのブラームス交響曲全集、パリ管とのドビュッシー「海」「夜想曲」、ロイヤル・フィルとのシベリウス「2番」、BBC響とのベートーヴェン『英雄』といった客演指揮の録音がいずれも素晴らしいのも、バルビローリのオケ掌握力の証だろう。ハルレ管に対して彼は優しすぎるのだ。だから、ひょっとするとニューヨーク時代にオケとの軋轢で相当に懲りた出来事があったのではないかとさえ邪推してしまうのだ。それはともかくとして、ニューヨーク時代のバルビローリは決して「暗黒」でも「不遇」でもない。私の世代のオールド・ファンには、そうした先入観を持った方が多い。そして、最近の若いファンは、録音の古さから敬遠する向きもあるだろう。だからこそ聴いていただきたいニューヨーク時代のバルビローリの全貌である。今回、ソニーから米RCAと米コロンビアへの全録音が復刻された。1938年から42年までのもので、すべて初出はSP盤だが、この時期にはアメリカの録音技術はかなり高度になっていてLPレコード初期と同等のものもあるから、どれも音質はおおむね良好である。

 

■スタインバーグのベートーヴェン「交響曲全集」は、細部をしっかり彫琢した秀演


 Covid-19(新型コロナウイルス)の猛威がCD流通にまで影響して、輸入新譜がいくつも未着なので、同音源の手持ちの旧譜で執筆する。前項でバルビローリ/ニューヨーク・フィルの悪評について書いたが、その背景に、前任の常任指揮者トスカニーニの横やりがあったのではないかという憶測もあるという。そう言われてみれば、少なくともそれぞれの音楽性は真逆と言えるかも知れない。そこで思い出したのがウィリアム・スタインバーグである。ドイツのケルンに生まれ、アメリカに帰化した正統派の指揮者で、トスカニーニのためにNBC放送が創設したNBC交響楽団のアシスタントを務めて頭角を現した指揮者だ。1952年から、トスカニーニの推薦でピッツバーグ交響楽団の音楽監督を務めたが、60年代に、驚異的なサウンドで知られる米コマンドの35ミリ・マグネチック・フィルムによるステレオ録音で、ベートーヴェン交響曲全集のLPが製作されている。2014年のCD化が少量、輸入販売されただけだったが、どういうわけか、ドイツグラモフォンが世界中で大量に流通させることになったらしい。私は手元にあるカナダのスタジオが製作した板起こしのCDの音質がかなり気に入っているが、トスカニーニの眼鏡に叶ったその指揮ぶりは、よく鳴らすオケで細部まで彫琢された即物的かつ堂々たる音楽である。各楽器の動きの明瞭さは、この時代の演奏では別格だ。マーラー補筆版の「第9」も、金管の補強がしっかり聞こえる。

 

■ひっそりとした音の気配に思わず耳をそば立てさせるグリゴリー・ソコロフのピアノ


 このところ、新譜発売を最も待ちわびていたのが、このソコロフの2枚組リサイタル盤だが、これも、原稿執筆段階でまだ届いていない。日本への到着が遅れているようで、発売が1週間ほど延期になったとメールがきた。ソコロフは、名前だけはずいぶん昔から聞いていたが、これまで関心を抱いたことはなかった。それが一夜にして変わったのが、偶然目にしたNHKの深夜枠での録画放映だった。2015年8月の仏プロヴァンス大劇場でのリサイタルを収録したものだから、再放送だったのかも知れないが、これが凄かった。映像監督はブルーノ・モンサンジョンである。よくできたプログラムである。バッハ『パルティータ第1番』に始まり、ベートーヴェン『ピアノソナタ第7番』シューベルト『ピアノソナタD784イ短調』シューベルト『楽興の時 全曲』と続く。決して声高にならず、ピアノの音の動きをじっと追い続けている間に、時がながれてゆく。暗い闇の中に浮かぶピアニストが奏でる微かな音の気配に、じっと耳をそばだてさせられ、私は深夜、テレビの前で釘づけになってしまった。まもなく私のもとに届くはずのリサイタル盤は2019年の各地でのリサイタルから再編されたもので、ベートーヴェン『ソナタ第3番』『パガテル/作品119』ブラームスの作品118と119の『小品』などを収めたCD2枚のほか、イタリア・トリノでの2017年リサイタルを丸ごと収めたDVDも付いているから楽しみである。

 

 

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