1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。
――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの90枚目。
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【日本盤規格番号】CRCB-6101
【曲目】シュニトケ:交響曲第2番「聖フローリアン」
ロジェストヴェンスキー/
デニソフ/ペルト/シュニトケ:「パド・カトル」
【演奏】ロジェストヴェンスキー指揮BBC交響楽団
BBCシンガーズ/BBC交響合唱団ほか
【録音日】1980年4月23日、1979年10月9日
■このCDの演奏についてのメモ
シュニトケの「交響曲第2番《聖フローリアン》」の世界初演の録音が、今回、初めてCD化された。
この大掛かりな作品を指揮して、よくまとめ上げているのは、ロシアの戦後世代を代表する俊英、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーだ。彼は、この時期、同作品の作曲を委嘱した英国放送協会(BBC)が運営するオーケストラ、BBC交響楽団の首席指揮者として活躍していた。
この作品では、ライヴ録音ながら、卓越したバトン・テクニックで、切れ味の鋭い演奏を聴かせているのがさすがだが、ライヴのためか、細部の彫琢よりも、音楽の勢いを重視した演奏に傾斜している側面もあるようだ。そのため、全てが白日の元にさらされているような、堂々とした押し出しが前面に出過ぎているようにも思うが、どうだろう。
言わば、ロジェストヴェンスキーの前進力によって、シュニトケの病んだ世界が、ひと回り骨太の力強さを獲得したとも言えるだろう。この輪郭のくっきりしたビクともせぬ世界の、不思議な安定感は、ロジェストヴェンスキーによって拡大されたもののように思う。
もっとも、作品そのものにも、シュニトケの作品としてはある種のあっけらかんとした身振りの大きさを容認するところがあるようで、その意味では、ロジェストヴェンスキーの持ち味と良い方向でマッチしているとも言えるだろう。なかなかに聴き応えのある作品であり演奏だ。強い押し出しの金管の咆吼も、所を得て力強い。正に〈聖フローリアン〉でインスピレーションを得たというシュニトケの精神的開放の片鱗を垣間みる思いがする。
しかし、このCDの更なる面白さは、余白に収められた「パ・ド・カトレ」だ。これはロジェストヴェンスキー、デニソフ、ペルト、シュニトケの4人による合作。したがって、この第1楽章は、ロジェストヴェンスキーの自作自演というめずらしいものだ。
他愛ないお遊びの作品と言ってしまうことも出来るだろうが、なかなか機知に富んだ作品で、ロシアの近代音楽の中にある、変形されたフランス風エスプリの響きが、小味の利いた世界を繰り広げる。うさん臭いモダンとでも言えようか。そのあたりを、ロジェストヴェンスキーが器用に描いている。(1997.5.30 執筆)