1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。
以下に掲載の本日分は、第2期20点の4枚目です。
【日本盤規格番号】CRCB-6044
【曲目】チャイコフスキー:交響曲第4番
:ヴァイオリン協奏曲
【演奏】ロジェストヴェンスキー指揮レニングラード・フィル
ミハイル・ワイマン(ヴァイオリン)
【録音日】1970年9月9日、1970年9月10日
■このCDの演奏についてのメモ
このCDには、やがて1978年になってロンドンのBBC交響楽団の首席指揮者として迎えられるロシア(当時はソ連)の名指揮者ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーが、それに先立つ7年前の1971年に、彼の国を代表するオーケストラ、レニングラード・フィルを引き連れて、ロンドンのプロムナード・コンサート(プロムス)に招待されて演奏した時のライヴ録音が収録されている。二晩連続の演奏会から、1曲ずつ選ばれているが、どちらも、会場となったロイヤル・アルバート・ホールの広い会場をゆるがす大音響が力強くとどろきわたる熱演だ。
曲目が彼らの十八番のチャイコフスキーだけに、委細かまわずといった骨太さで大きな構えの音楽を堂々と披露しているのが、まず何よりのライヴならではの魅力だ。弦楽合奏の底力の威力は、このオーケストラ屈指のもので、その遠慮なく前へ前へとせり出してくる音楽が、イギリスの聴衆を沸かせている。
「交響曲」では第1楽章が必ずしもこの曲の立体的な構造を十全に描き出したものとは言えないが、コーダ直前からの盛り上げには、有無を言わせないものがある。そして、第2楽章に至って、このオーケストラがただ者ではないことが本当に実感できる。木管の吹く旋律が直截に響き、余情を排してグイグイと迫る。弦楽の合奏力の見事さは、この大音量が荒々しさではなく艶やかさに裏付けられていることを思い知らされる。金管のタフさはもちろんだ。第3楽章での弦のピツィカートも、とてつもなく力強い。第4楽章の開始とともに、猛然としたスピードで怒涛のように音楽が前進する。確信に満ちた演奏は、彼らの自国の音楽伝統を高らかに歌い上げる大デモンストレーションとなって、ホール全体を占拠してしまう。これは、実にトンデモナイことが起こった晩の記録だ。
それにしても、イギリスの聴衆の反応の素直さには感心する。最後の1音が鳴り響くなかから、もう待ち切れないとばかりに拍手が沸き起こり、場内はまるでサッカー会場のような騒ぎだ。こういう演奏を、したり顔しながらプロっぽくディテールについて語り出したならば、その場で蹴飛ばされてしまうだろう。
次の「ヴァイオリン協奏曲」は、1926年オデッサ生まれのミハイル・ワイマンを独奏者に立てての、翌日の演奏。スピーカーの前に陣取って聴くしかない我々にとって、しかしこれは、「交響曲」の興奮をそのまま持続させてくれる、うれしい余韻だ。オーケストラは翌日になっても、疲れも見せず快調で、彼らの得意満面な顔が目に浮ぶようだ。2曲を通して聴くと、心地好い疲れでくたくたになり、充実感が残るうれしいCDだ。やはりチャイコフスキーを聴くのには体力と気力が必要だ、と思わず苦笑いしてしまう。(1996.1.28 執筆)
私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。
以下に掲載の本日分は、第2期20点の4枚目です。
【日本盤規格番号】CRCB-6044
【曲目】チャイコフスキー:交響曲第4番
:ヴァイオリン協奏曲
【演奏】ロジェストヴェンスキー指揮レニングラード・フィル
ミハイル・ワイマン(ヴァイオリン)
【録音日】1970年9月9日、1970年9月10日
■このCDの演奏についてのメモ
このCDには、やがて1978年になってロンドンのBBC交響楽団の首席指揮者として迎えられるロシア(当時はソ連)の名指揮者ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーが、それに先立つ7年前の1971年に、彼の国を代表するオーケストラ、レニングラード・フィルを引き連れて、ロンドンのプロムナード・コンサート(プロムス)に招待されて演奏した時のライヴ録音が収録されている。二晩連続の演奏会から、1曲ずつ選ばれているが、どちらも、会場となったロイヤル・アルバート・ホールの広い会場をゆるがす大音響が力強くとどろきわたる熱演だ。
曲目が彼らの十八番のチャイコフスキーだけに、委細かまわずといった骨太さで大きな構えの音楽を堂々と披露しているのが、まず何よりのライヴならではの魅力だ。弦楽合奏の底力の威力は、このオーケストラ屈指のもので、その遠慮なく前へ前へとせり出してくる音楽が、イギリスの聴衆を沸かせている。
「交響曲」では第1楽章が必ずしもこの曲の立体的な構造を十全に描き出したものとは言えないが、コーダ直前からの盛り上げには、有無を言わせないものがある。そして、第2楽章に至って、このオーケストラがただ者ではないことが本当に実感できる。木管の吹く旋律が直截に響き、余情を排してグイグイと迫る。弦楽の合奏力の見事さは、この大音量が荒々しさではなく艶やかさに裏付けられていることを思い知らされる。金管のタフさはもちろんだ。第3楽章での弦のピツィカートも、とてつもなく力強い。第4楽章の開始とともに、猛然としたスピードで怒涛のように音楽が前進する。確信に満ちた演奏は、彼らの自国の音楽伝統を高らかに歌い上げる大デモンストレーションとなって、ホール全体を占拠してしまう。これは、実にトンデモナイことが起こった晩の記録だ。
それにしても、イギリスの聴衆の反応の素直さには感心する。最後の1音が鳴り響くなかから、もう待ち切れないとばかりに拍手が沸き起こり、場内はまるでサッカー会場のような騒ぎだ。こういう演奏を、したり顔しながらプロっぽくディテールについて語り出したならば、その場で蹴飛ばされてしまうだろう。
次の「ヴァイオリン協奏曲」は、1926年オデッサ生まれのミハイル・ワイマンを独奏者に立てての、翌日の演奏。スピーカーの前に陣取って聴くしかない我々にとって、しかしこれは、「交響曲」の興奮をそのまま持続させてくれる、うれしい余韻だ。オーケストラは翌日になっても、疲れも見せず快調で、彼らの得意満面な顔が目に浮ぶようだ。2曲を通して聴くと、心地好い疲れでくたくたになり、充実感が残るうれしいCDだ。やはりチャイコフスキーを聴くのには体力と気力が必要だ、と思わず苦笑いしてしまう。(1996.1.28 執筆)