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ウォルトン作品――自作指揮による「ヒンデミット変奏曲」と、ボールト指揮による「交響曲第1番」を聴く

2012年02月24日 14時36分43秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の13枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6088
【曲目】ウォルトン:交響曲第1番 変ロ短調
      :「ヒンデミットの主題による変奏曲」
【演奏】エードリアン・ボールト指揮BBC交響楽団
    ウィリアム・ウォルトン指揮ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団
【録音日】1975年12月3日、1963年3月8日

■このCDの演奏についてのメモ
 このCDには今世紀のイギリス音楽を代表する作曲家のひとりであるウィリアム・ウォルトンの重要な管弦楽作品が2曲収められている。そしてこの2曲の録音はおそらく、演奏解釈の上でも重要な記録として将来に残るものだろう。
 まず、後半に収められた「ヒンデミットの主題による変奏曲」だが、これは、作曲者自身の指揮というだけでなく、当CDの演奏が、初演当日の記録であるという点でも、歴史的に意義が大きい。ドイツの作曲家であるヒンデミットとウォルトンは、かなり親密だったことが知られているが、ヒンデミットは、このウォルトンの「変奏曲」を気に入り、指揮者としても実績のあったヒンデミットは、自らも指揮をする構想を持ったようだ。だが、結局果せないまま、数ヵ月後には世を去ってしまった。残念ながら主題を提供したヒンデミットの指揮する演奏は実現しなかったが、作曲者の初演の記録は、こうして今日、聴くことができる。
 ウォルトンの指揮は、演奏スタイルとしては、かなり感情表現の幅を大きくとったスケールの大きなもので、同時に、色彩感が豊かでニュアンスが細かく、くっきりとして引き締まった造形も聴かせる。かなり達者な指揮ぶりだ。この曲の真価を問うにふさわしい演奏と言えるだろう。
 ところで、ウォルトンは、わずか19歳の時に作曲した作品「ファサード」で〈恐るべき子供〉として驚嘆され。一躍、世界の作曲界に躍り出た。それはジャズの手法を大胆に取り入れた斬新な作品だった。そのため、モダニストのイメージが強いが、その後の「交響曲」や3曲の「協奏曲」などで聴かせるウォルトンの、大きな感情の振幅を表現する〈抒情性〉を忘れてはならない。
 そうしたウォルトンの音楽が内包する〈劇〉が自作の指揮から聴きとれるのだが、それは、ボールト指揮の「交響曲第1番」にも表われている。
 ドイツ・ロマン派との接点を色濃く持つイギリス指揮界の長老であるボールトにとって、ウォルトンは明らかに、若い世代に属する作曲家だ。そのため、ボールトのこの演奏からは、作品を支える時代精神が、ロマン主義の屈折の過程のあったということを、むしろ分かりやすく表現する結果となっている。そうした演奏が可能な指揮者は、(作曲者の残した自演盤を除けば)おそらくボールトを置いて他にいないだろう。そして、ウォルトンとヒンデミットを結び付ける絆も、そこにあったはずだ。当CDは、この作品の初期のイメージを伝える貴重な演奏と言ってよいだろう。(1996.7.28 執筆)

【ブログへの再掲載に際しての付記】
 特に付け加えることはほとんどありませんが、文中の「交響曲第1番」の作曲者指揮による録音は、英HMV原盤のLPのことです。また、その「作曲者の残した自演盤を除けば」とわざわざ言っているのは、サイモン・ラトルによるウォルトン盤を意識しているからだったと記憶しています。ラトル盤はなかなかの名演で、しかも、新しいアプローチで問題提起をしています。そのことは、私自身が、東芝EMIからの国内盤ライナーノートに書きました。(このブログ内を検索していただければ読めます。掲載済みです。)

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若き日のロジェストヴェンスキーが1966年プロムス・ライヴで聴かせた「マンフレッド交響曲」

2012年02月17日 11時37分34秒 | BBC-RADIOクラシックス


 このところ、音楽とは直接に関わらない時代考証的な仕事で忙しくしていますので、このブログの更新も滞りがちです。私が体調不良なのではないか、と心配して電話をしてきた友人も何人か居て、その中から思いがけず、むかし話に興じたりという幸福な時間も得ることができました。ブログの更新が滞ると、「私に何かあったのではないか」と思われてしまうのですね。みなさま、申し訳ありませんでした。当ブログ、「決定稿主義」でUPしていますから、どうでもよいことをつぶやくわけには、いかなかったのです。さて――

 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、久しぶりの、以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の12枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6087
【曲目】チャイコフスキー:「マンフレッド交響曲」
     :交響的幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」
【演奏】ロジェストヴェンスキー指揮モスクワ放送交響楽団
    イーゴリ・マルケヴィッチ指揮ロンドン交響楽団
【録音日】1966年8月18日、1962年8月26日


■このCDの演奏についてのメモ
 このCDには、チャイコフスキーの管弦楽作品の内、文学に材をとった標題音楽が2曲収録されている。指揮は、いずれもロシアの指揮者によるものだが、二人とも強い個性を持っているので、それぞれの表現を聴く楽しみがあるCDだ。
 「マンフレッド交響曲」は、ロシア(旧ソビエト連邦)の戦後世代を代表するゲンナジー・ロジェストヴェンスキーが1966年に、当時音楽監督をしていたモスクワ放送交響楽団を率いてロンドンのプロムナード・コンサート(プロムス)に出演した際のライヴ録音。この時期にはロジェストヴェンスキーは、すっかりロンドンの聴衆に親しまれていた。
 1931年生まれのロジェストヴェンスキーは、まだ20歳代半ばの56年にボリショイ・バレエのロンドン公演に同行してロンドンにデビューした。ロジェストヴェンスキーの並み外れたオーケストラの掌握力や、豪快で華麗な色彩感などにいち早く注目したロンドンの聴衆は、その後も機会あるごとに、この若い指揮者をロンドンに呼び寄せた。ロンドンとロジェストヴェンスキーの結び付きは、やがて、1978年からのBBC交響楽団首席指揮者就任へと発展していくが、この「マンフレッド交響曲」はその途上の1966年の演奏会。確信に満ちて自身のオーケストラを振り切って、チャイコフスキーの音楽から、カラフルでクリアなサウンドを引き出している。押し出しの堂々とした力強さが、どの部分でも濁りのない響きを失っていない。金管の強奏でも、弦楽とバランスよく刈り込まれ、束ねられ、まろやかでありながら輝きを持っているのが彼の持ち味。第2楽章は特に印象的だ。
 こうしたアンサンブルの妙味で聴かせるのがロジェストヴェンスキーだとすると、1912年にロシア(現在はウクライナ共和国)のキエフに生まれたマルケヴィッチの指揮する音楽は、かなり肌合いが違う。
 この演奏はオーケストラがロンドン交響楽団で、録音年が1962年となっている。これは、マルケヴィッチがフィリップス・レーベルに同交響楽団とで「チャイコフスキー交響曲全集」を録音していた時期と重なっている。完璧主義で知られるマルケヴィッチが、周到な研究でチャイコフスキーの音楽の解釈を築いていた時期の録音だ。ここでも、音楽の表情付けに揺るぎない自信が感じられる。
 マルケヴィッチの演奏は、突出した音色や、表情を容赦なく抉[えぐ]り出して聴かせるところにある。メリハリのくっきりした音楽は、ロジェストヴェンスキーとは別の意味で、押し出しの強い音楽の力を生んでいる。(1996.7.30 執筆)

【当ブログへの再掲載に際しての付記】
 この、15年以上も前に書かれた文章を読み返して、私自身も聴き直してみたくなりました。確かに、ここに書かれているとおりの特徴を持った演奏なのでしょう。だとしたら、それぞれの曲想からして、理想的な演奏でもあると、その後、この二つの曲を様々な演奏で聴き継いできた今、言い切ってもいいかと思っています。ぼんやりとした記憶ですが、特にロジェヴェンの若き日の演奏は、とても力強く、この人が、確かにこの時期「只者ではない」とロンドンで高く評価されていたのを納得した思いでした。「マンフレッド」にはマルケヴィッチの名盤がフィリップスにありますが、あのスコアをよく整理したといった演奏から飛び出してくるもの、はちきれてしまったもの、がロジェヴェンの演奏には刻印されていたと記憶しています。ロイヤル・アルバートの大きなホールを熱狂させた「プロムス」の名演記録のひとつだと思います。


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『唱歌・童謡100の真実』の訂正。「赤いろうそくと人魚」の作者は、もちろん小川未明です。

2012年02月03日 14時27分20秒 | 「大正・昭和初期研究」関連



 『唱歌・童謡100の真実』(ヤマハミュージックメディア)の発行後、新たに発見され確定した事柄や、面目ない誤植・書き誤りなど、著者としての責任から、気付くたびにこのブログにて告知しています。このブログの左欄を下にスクロールして、「大正・昭和初期研究」関連のカテゴリーをクリックしていただけると、様々の修正情報が出てきますのでご利用ください。
 今回は、完全に私の誤記です。申し訳ありません。

■86ページ上段、本文5行目============

×「赤いろうそくと人魚」で名高い童話作家、鈴木三重吉が創刊した雑誌『赤い鳥』~

○「赤い鳥運動」で名高い童話作家、鈴木三重吉が創刊した雑誌『赤い鳥』~

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 『赤い蝋燭と人魚』は大正10年に「朝日新聞」に発表された小川未明の作品です。また「赤いろうそくと人魚」は巻末の索引で拾っていませんから、索引への変更・訂正はありません。
 じつは、私が上記「×」のように書いていることを指摘してくれたのは、最近知り合ったチャッピーというニックネームの私の友人です。彼は私の著作の熱心な読者で、一曲一曲、丁寧に読んでくれています。その彼から指摘をされて、あわてて本を開いてみたら、彼の言うとおりでした。執筆当時、小川未明が「赤い鳥」に発表した「今後を童話作家に」という宣言文の紹介もして、当時の「赤い鳥運動」について書こうと思っていたという記憶がありますが、とんだ誤記が残ってしまいました。お恥ずかしい限りです。

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