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私が訳と監修をしているマンガ『論語くん』の単行本がまもなく発刊されます。

2015年07月14日 13時01分34秒 | 「論語」をめぐって

 アマゾンで私の書籍を検索なさった方は、もうお気付きのことと思いますが、今週の土曜日7月18日、夏休みの始まりに、毎日新聞社から、この本が発行されます。昨年の4月1日から毎日、月曜日から金曜日まで、ずっと欠かさずに「毎日小学生新聞」に連載されて二年目に突入、けさ我が家のポストに入っていた新聞には「連載第322回」が掲載されていました。

 この「論語をめぐって」のカテゴリーで当ブログをたどれば、ことのいきさつがおわかりいただけると思いますが、縁あって「論語」の子供向けの解説・訳を始めて、もう何年になるでしょうか。その間、小学館、学研から「論語」関連書を出しましたが、この毎日新聞との仕事は、それを本格的に通覧するよい機会となっています。

 毎朝、「毎小」の紙面に、私が作成した「論語」の書き下し文と現代語訳が一章ずつ載って、それを踏まえての三谷幸広さんによる「論語くん」たちのドタバタ劇が展開されているのです。三谷さんは藤子・F・不二夫プロに長くいた方で、教育マンガ書をたくさん手掛けているので、私も毎回、おもしろく読ませていただいています。

 この一年ほど、日刊の「論語」にかなりの時間を取られてしまいましたが、もうそろそろ、本来のペースを取り戻さなければなりません。じつは、その決意と反省を込めて、先日、アマゾンの「著者紹介文」を書き換えてもらいました。以下に転記します。これが、今の状況です。

 

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文化史家、音楽評論家、書籍編集者。1949年生まれ。詳細な調査を行なって解説したCD『黎明期の日本ギター曲集』(演奏:山下和仁、日本クラウン)が1999年度文化庁主催芸術祭大賞を受賞して以来、近代日本の西洋音楽受容史に深く関心を持って研究を続けている。レコード・CDコレクターとしても著名で、その収集の成果は、演奏スタイルの変遷を踏まえたクラシック音楽評論として、独自の視点を示している。CD解説も、演奏史を踏まえた視点から「名盤復刻」を中心に300点以上執筆。これらの西洋音楽受容史研究から発展して、大正・昭和初期文化に関連して「セノオ楽譜」「楽譜絵葉書」などの「大正イマジュリィ」に言及した著作や校訂・編集の仕事もしている。2012年7月には第二音楽評論集『クラシック幻盤 偏執譜』をまとめたが、こうして広がった視座をもとに、数年後を目標に第3評論集と、西洋音楽受容史研究第2弾の構想を練っている。一方2013年、10月、小学館および学研から相次いで小・中学生向けに『論語』を翻案・解説した書を発表。これらは、「論語少女」として話題になった『崖の上のポニョ』(スタジオ・ジブリ作品)の声優・ならゆりあとの出会いを機に、書籍編集者の視点で、これまでの多くの『論語』解説書を比較・検討して独自に完成させた「全訳」の一部を掲載したもの。これを受けて2014年4月1日より、毎日新聞社発行の『毎日小学生新聞』でマンガ「論語くん」連載(月~金)の監修を開始(マンガ担当は三谷幸広)。紙上で連日「論語」の子ども向け現代語訳を1章ずつ紹介して既に2年目に入り、その連載は300回を超えた。わかりやすく補筆した大胆な翻訳スタイルと、自由・平等・平和を希求する新しい孔子像を提示して好評を得て、2015年7月、単行本化第1弾が刊行される。2015年6月現在は、昨年秋に在庫切れとなった「唱歌・童謡100の真実」(ヤマハミュージックメデイア刊)を増補新版として再刊するための新原稿20曲分の仕上げの遅れを取り戻すべく、調査・執筆に短期集中している。

 

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 ――というわけです。

 

 

 

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近時方方――「毎日小学生新聞」に月~金曜の毎朝掲載されているマンガ「論語くん」の監修をしています。

2014年05月18日 15時14分48秒 | 「論語」をめぐって
 ブログの更新が、すっかり滞ってしまいました。
 ご報告が遅くなりましたが、じつは、このところ、毎日新聞社の『毎日小学生新聞』に月曜日から金曜日までの連日掲載されている「まんが『論語くん』」の監修に、すっかり追われてしまっていたのです。(もっとも、その他にも、プライベートに進めているプロジェクトがあって、そちらにも時間を取られているのですが、それに関しては、形が整ってから、この場にて発表します。)
 このブログを以前からお読みになっている方はご存知と思いますが、昨年の秋に子どものための「論語」解説書を、ひょんなことから小学館と学研から、続けざまに出版したのですが、それが縁で、「毎日小学生新聞」が今年の4月1日から掲載を計画していたマンガによる「論語」に、私が用意した「書き下し文」と「現代語訳」を使うことになったのです。昨年の年末のことでした。既に漫画家は、藤子・F・不二雄さんのアシスタントを長く務め、学習マンガでの実績も豊富な三谷幸広さんに決まっていましたが、子どもに分かりやすい訳文を探す過程で、私にお話があったものです。
 ご存知の方もあるかと思いますが(アマゾンの著者プロフィールにもあります)、私としては「論語」全文の解釈はすでに終わった仕事ですから、それを、一日一章ずつお渡しすることが中心になると思っていたのですが、実際に3月はじめくらいから前倒しで作業が始まると、それ以上に、かなり神経を使う仕事だということが実感されました。
 マンガでのストーリー展開は、子どもたちにとってもおもしろいものになっているのですが、時折、意味を少々誤解されかねない展開が生まれたりして、そうした場合は、ほとんどが、私の訳の微妙な読まれ方に起因するのです。
 それをひと言で言えば、端的な表現のむずかしさ、ということでしょうか。句読点の位置を変えるだけで済むものもありましたが、ほんのいくつかは、接続詞を大きく改変したりもしました。そのほか、微妙な工夫の連続です。登場人物のセリフを変えてもらったところもあります。マンガ化がひとつの「解釈」の結果であるのと同様に、私のマンガ読書もまた、「解釈」なのですね。「どう読まれてしまうか」という、私が昔からこだわっている「読者論」の世界です。このキャッチボールの大変さを、おもしろく感じられるようになってきたのが、最近のことです。
 やっと、落ち着いてきました。
 もう既に6月半ばまでの分を渡し済みですが、それでも、毎朝、我が家のポストに朝刊と一緒に投げ入れられる「毎日小学生新聞」を開くたびに、貯金がひとつひとつ消えていくようなプレッシャーが襲うのには、まだ慣れていません。ちょっと気を抜くと、即座に、編集担当者から、「訳文のストックが減ってきましたァ」とメールです。これは、ちょうど20年ほど前、まだ試験放送の段階だった衛星放送ラジオ(CS)で、レギュラー番組を週1回担当していたころに似ています。改築されて「赤坂サカス」になってしまう以前のTBS旧社屋に間借りしていた放送局に通うことに、やっと慣れ始めた3年目の半ばに、放送は終了しましたが、こんどの「毎小」の連載には、いつ、慣れるのでしょう。
 でも、そのおかげでしょう。最近は、気晴らしに音楽を聴きながら、新たに気がつくことが増えてきました。たぶん忙しさが、音楽を聴く集中力を生んでいるのでしょう。急に思い出したりして、数十年も聴き直していなかったCDをひっぱり出したりしています。自分の中で、クラシック音楽演奏史の見取り図が出来つつあるような実感があります。その成果が形になり始めるのも、まもなくだろうと思っています。
 それはともあれ、書籍編集者として出版界に入ったころから、いつか、子どものための仕事をしたいと願いながら果たすことができなかった私が、こういう形で、子どもたちのための仕事に携われることを、幸せなことだと思っています。連載が始まってまもなく、たくさんの反響を子どもたちからもらいましたが、小学4年生の女の子が、しっかりと読んでくれているのには、すっかり、うれしくなりました。
 このブログをお読みくださる皆様のお子さんや、お孫さんが小学校4年生から6年生くらいでしたら、ぜひ、お読みいただきたいと願っています。「毎日新聞」を宅配購読していなくても、「毎日小学生新聞」だけの宅配購読を、全国どこでも受け付けているそうです。
 私と「論語」との関わりや、私の「論語」観は、このブログ内、カテゴリー「論語をめぐって」で検索できます。

▼写真は、今週、月、火の2日間、1~2面に特別掲載された私の解説読み物「論語を知ろう」の一部です。じつは、生まれて初めて、子どものためのエッセイを書きました。ちょっと勝手が違ったので手こずりましたが、これは、慣れました。「もう何でも書けるぞ!」と、すっかり強気です!

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「論語カルタ」の著者にもなりました!

2013年12月24日 14時19分27秒 | 「論語」をめぐって
 ご報告が遅くなりましたが、10月8日に既報のように小学館から『ゆりあと読もう はじめての論語』という本を出しましたが、じつは、その2週間後の10月20日過ぎに、学研から『論語なかよしかるた』というものも出しました。(写真参照)

 カルタがメインの商品で、それに解説の小冊子と読み札を読み上げるCDが付いただけのものですが、一応、書籍に準じる商品で、アマゾンやその他書店の通販サイトでも、私の著書として出品されています。付属CDは小学館の本で活躍してもらった子役タレントのならゆりあが読み手です。2冊合わせてのキャンペーンの展開を今、「ゆりあの論語プロジェクト」のスタッフたちと練り上げていますが、先月の末には「毎日小学生新聞」で大きく採り上げられましたので、いち早く、ちいさな子どもたちの間で話題になってくれるといいな、と思っています。
 小学館の本は、小学校高学年以上が設定読者ですが、暗唱を主眼にした「かるた」は、小学校2年生くらいから行けるかな、とは、制作者の目論見です。かるたへの収録フレーズは46本、選定はかなり試行錯誤しましたが、現代語訳と解説は全編書き終えているので、それほど大変ではありませんでした。ただ、やはり、ちいさな子どものために、という配慮での書き直しで編集担当者とのやりとりがあり、これは、私もずいぶん勉強になりました。
 私自身の幼い頃の記憶でも、小学校の5、6年生の頃にはかなりがんばってオトナの本を読んでいたので、小学館本は、もともと子ども向けを想定して書いていたこともあり、微妙な言い回しの工夫とルビ使用でクリアできる範囲でしたが、さすがに学研本は、もっと工夫が必要だったということです。
 何はともあれ、たのしい「かるた」が出来上がりました。私としては、幼いうちから憶えておいてほしい「論語」のことばばかり選んだつもりです。それに、とてもかわいい絵を付けてもらいました。かなり忙しい進行でしたので、選定句一覧だけで先に絵が出来てしまってから、私の解釈・解説と合わなくて書き直しなどというものもあってご迷惑をかけてしまいましたが、「こんな短期間で、このクオリティ?」と、久しぶりに、若いスタッフの方のパワーに圧倒されました。よいものが出来上がって感謝しています。
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ならゆりあの「論語らいぶ」の試演が、イオンモールで行われました。

2013年11月19日 15時45分44秒 | 「論語」をめぐって
 先日、11月17日の日曜日に、東久留米のイオンモールのイベントホールで、「ゆりあと読もう はじめての論語」発売記念イベントが行われました。先月、小学館から発売された新刊本のキャンペーンとして全国展開を予定している「ゆりあの論語らいぶ」の試演となるものです。(どのような本かは、10月8日のブログ上にてご報告済みですので、詳細は、そちらをご参照ください。)
 一ヵ月以上前から、何度も立ち稽古を重ねてきた甲斐があって、ゆりあも元気に公演でき、「歌って踊って、論語を広める」という試みとしては、まずまずのスタートだったと思っています。ゆりあのために作られたオリジナル・ソング『ロンゴの歌』も好評でした。とてもメッセージ力のある歌詞は、このイベントのディレクター・横山光則氏によるものです。聴きながら、完成度を高めてきちんとしたレコーディングに漕ぎ付けたい、と思いました。

 冒頭のイベントの様子を写した写真は、小学館本の冒頭に掲載した『論語・里仁篇』の一章をゆりあが解説している場面です。

 子曰く
 徳は孤ならず
 必ず隣あり

です。これに私が付した現代語訳は、

 先生が言ったこと。
 正しい事をしている人は、
 ひとりぼっちではありません。
 必ず、どこかに仲間がいます。

です。イベント当日は、ゆりあ自身で、さらに子ども向けにやさしく説いていました。
 何はともあれ、新しい展開に向けての第一歩が始まりました。次の展開も、このブログ上でご報告したいと思っています。

 この写真は、気恥ずかしいことですが、私とゆりあとのツーショットです。



 
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子ども向けの「論語」入門書、『ゆりあと読もう はじめての論語』ができました。

2013年10月08日 11時43分12秒 | 「論語」をめぐって
  10月10日に、小学館から『ゆりあと読もう はじめての論語』という本が発売されます。
 論語の全訳という厖大な仕事をお引き受けしてから、結局、2年余りの歳月を費やしてしまいましたが、その成果の一部が、こういう形で結実しました。まだ第一歩に過ぎません。「音楽演奏史」や「音楽文化史」について書き続けるほかに、もうひとつ、仕事を増やしてしまいましたが、これもまた、私にとって大切な仕事として継続していきたいと思っています。
 このブログをご覧の方はあまりご存じないと思いますが、「ならゆりあ」は、スタジオ・ジブリ作品の長編アニメ「崖の上のポニョ」で主役の声を担当した少女です。今、中学2年生になっていますが、小学校の終わりごろから「論語」を熱心に読むようになり、いつのまにか、たくさんの論語の言葉を諳んじてしまって「論語少女」と新聞・雑誌などで話題になったタレントです。その、ゆりあのキャラクターを生かして、子ども向けの論語入門書を作ろうというプランが生んだ本です。もちろん、彼女の声の朗読CDも付属しています。
 全体構成、レイアウト・プラン、帯のキャッチフレーズ、など、久しぶりに手ごたえのある編集仕事も兼務して、充実した数ヶ月でした。全体のカバーも表紙も本文も、デザインは、最近知り合った若いデザイナー葛宮聖子さんにお願いしましたが、プランニングのやり取りで、その反応の良さに、思わずうれしくなることしばしばで、感謝しています。
 表紙絵には、昨年の私の音楽評論集の表紙にも使わせてもらった日暮菜奈ちゃんに、オリジナルで描いてもらい、それを全面に使いました。オリジナル画を注文した時のテーマは「ぐるぐると、ニョキニョキ」です。「ぐるぐると、ニョキニョキね。わかった」。それだけで済んでしまえる会話が、うれしかったです。保育園に勤める彼女が、子ども向けの本に相応しい元気な絵を描いてくれました。(あ、もう、菜奈ちゃん、なんて呼んでは申し訳ないのです。数ヶ月前に幸せな結婚をしました。一人前の主婦、です)
 ――というわけで、例によって、どんな本なのかをお伝えするために、私の「あとがき」を、以下に全文掲載しますので、お読みください


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おわりに

 「ゆりあのまえがき」にあるように、ならゆりあは、三年ほど前に私が出会ったときには、すでに『論語』にかなり興味を持って読み続けている少女でした。
 それから、あっという間に二年の月日が過ぎて行きました。
 子どもの成長は、ほんとうに早い、と改めて思います。あどけなかったゆりあも、いつのまにか中学生になっていますが、その二年間に、彼女は、それまで読んでいたマンガの『論語』から少しずつ離れていき、新しく私が書き起こした読み下しの原文と現代語訳の『論語』の朗読を、第一篇「学而」から順に録音するという仕事に取り組み始めました。
 それは、彼女の身体的な成長に追い越されそうになりながら、結局、一年近くの歳月をついやしてしまった原稿作りでしたが、それも、今となっては、たのしい追いかけっこの思い出です。現在、それらはネット上で配信・販売されていますが、それこそ「論語少女・ならゆりあ」の価値ある仕事として、彼女の思春期の記録ともなっていると思います。

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 ですから、この本は、ならゆりあが、『論語』の四百五十余りもある全章を読み上げたのちに作られたものなのです。そのことを、まず強調しておきたいと思っています。この本は、そうしたゆりあが自分の心に特に残ったコトバを中心に、三十八の名言を原典の構成にとらわれずに並べ直して編んだものです。そして、ゆりあがわからなかったこと、もっと知りたいと思ったことを解説し、あわせて、ゆりあの感想も書きとめました。
 ゆりあが選んだものは、私の想像とかなり違っていました。おとながおもしろいと感じるもの、理解しやすいものと、一〇代の少年・少女が感じることとのちがいを、改めて知ることともなったのが、ゆりあの選択でした。それに加えて、ほんの少しだけ、どうしてもゆりあたちに読んでおいてほしいものを加えました。その意味でも、この本は、本当の意味で、彼ら、彼女らの世代のための「論語入門」になったと思っています。

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 『論語』はなぜ、二千年以上もの長い間、読み続けられてきたのでしょうか?
 そのことについては、多くの人がさまざまな考えを述べていますが、いちばん重要なことは、孔子の考えが、とてもピュアで、公平、平等を大切にする、今で言えば民主主義的な世界観を持っていた「普遍的」な教えだったから、というのが私の考えです。
 さまざまな時代で(最初に作られた時からも?)、その時々の権力者によって利用されたり、また、その逆に、禁じられたりといった歴史を持つ『論語』ですが、孔子の教えの本質は、時の権力者の機嫌をとって相手の気に入るように行動したりせず、少々意地を張ってでも、まじめにコツコツと努力を積み重ねれば、必ずどこかで評価されると信じる人々が団結する社会、みなが平等で幸せに暮らせる社会の実現をめざす、というものだったはずです。それこそが、さまざまな時代に、一部の人から孔子が恐れられていた理由、そして、孔子が一番に伝えたかったことだと思います。
 地球がひとつになっていかなければならないという、これからの世界の未来を担う少年・少女たちに、この本を通じて、そうした『論語』のほんとうの価値を知る、最初のきっかけをつかんでほしいと願っています。

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 この本は、すこし背伸びをしてでも、『論語』にチャレンジしたい、と思っている小学校五、六年生から、中学生くらいを主な読者として構成されています。ちょうど、ならゆりあ、というひとりの少女の成長に寄り添うようにもなっていると言えるでしょう。
 けれども、そんなゆりあを姉のように思う、もっと年下の、幼稚園から小学校に入学したばかりの子どもたちにも、『論語』のコトバの響きが自然に身につくCDが付いています。ゆりあの親しみやすい声で、意味がわからないままに聞いていても、知らないうちに『論語』の教えが、心の中に残っていきます。コトバの意味は、その子たちの、きょうだい、ご両親が読み聞かせで伝えてあげてください。あるいは、お孫さんに、おじいちゃん、おばあちゃんが読み聞かせるのかも知れません。
 お年寄りにとっても、私自身が経験したように、子どものころに学校で学んだ『論語』が、とても新鮮に響いてくるはずです。『論語』は、さまざまな世代に、それぞれの思いが生まれるコトバの泉だからです。


(編者プロフィール)
竹内貴久雄(たけうち・きくお)
音楽文化史家、音楽評論家、書籍編集者。日本人の西洋音楽受容史を追って解説したCD『黎明期の日本ギター曲集』は文化庁・芸術祭大賞を受賞。『論語』は書籍編集者の仕事の一環で数年前から研究。様々の注釈書を比較調査して全文の解釈、現代語訳を完成。『論語』の心を現代人のリズム感覚で伝えようと構想中。主な著書に『唱歌・童謡100の真実』(ヤマハミュージックメディア)『ギターと出会った日本人たち』(ヤマハミュージックメディア)『論語なかよしかるた』(学研教育出版)ほか多数。

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