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METライブビューイング2018‐19『ワルキューレ』は、フィリップ・ジョルダンの導き出すワーグナー・サウンドが新鮮

2019年05月15日 11時30分40秒 | オペラ(歌劇)をめぐって

 先日、鑑賞したばかりの今年のメトの『ワルキューレ』について、覚え書き程度だが、少々書いておこう。

 3月30日ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場収録である。2011年の初演ですっかり話題になった「巨大マシーン」を駆使するロベール・パサージュによる演出版。今期は『ワルキューレ』のみの上演だ。

 スタッフ、キャストは以下の通り。

 

指揮:フィリップ・ジョルダン

演出:ロベール・パサージュ

 

ジークムント:スチュアート・スケルトン(テノール)

ジークリンデ:エヴァ=マリア・ウエストブルック(ソプラノ)

ブリュンヒルデ:クリスティーン・ガーキー(ソプラノ)

ヴォータン:グリア・グリムスリー(バスバリトン)

フンディング:ギュンター・グロイスベック(バス)

 

 このブログでは、昨年12月19日に、コヴェントガーデンにおけるロイヤル・オペラの『ワルキューレ』について書いている。パッパーノ指揮の今期公演だ。そちらも合わせてお読みいただくと、私の『ワルキューレ』観が、おわかりいただけると思うが、私としては、今回のメトでのジョルダンの作り上げたワーグナー・サウンドのライトな感覚がなぜか気に入ってしまった。

 それは、ロイヤル・オペラと同じくジークムントを歌ったスチュアート・スケルトンが、ロイヤルでは他の歌手と比較して少々力不足のように聞こえていたのが、メトでは水を得た魚のようにみずみずしい魅力をたたえて歌い切っていることに象徴されるように思う。ジョルダンが紡ぎ出すクリアでヌケが良く、そして暖かでもある第1幕。やわらかく揺れる音楽は、親し気な眼差しで春の暖かさを思わせ、ジークムントとジークリンデの兄妹が、まるでフンパーディンクの『ヘンゼルとグレーテル』を思い出させるように夢みる幸せな兄妹のように感じられたのだ。これは決して突飛な連想ではない。

 その音楽が、幕を追うごとに巨大化し、春の暖かさから厳冬へと推移して行くのは、正に壮観だった。ジョルダンの音楽は、底力のある音から、芽のよく摘まれたキメの細かな音色までじつに多彩であり、表現の幅が大きい。それに応え得たオーケストラの技量にも改めて感心した。

 ロイヤル・オペラでのニーナ・ステンメのブリュンヒルデには圧倒されたのだが、メトのガーキーもなかなかの歌い手。フンディング役のグロイスベックも、ワーグナー歌手としての今後が、ますます期待できる。室内オペラ的な対話劇・心理劇として、ヴォータンとフリッカのやり取りでの歌唱も秀逸。

 もうひとつ、書き加えることがあるとするなら、その対話劇を理解する上で欠かせない「字幕」の翻訳のわかりやすさだ。このところ、メトでのドイツ物は岩下久美子氏の訳なのだが、その見事さには、いつも感動している。以前の字幕からではどうにも理解できなかった様々なことが、いつも、ストンと腑に落ちる。学生時代から始まり、私が務めていた出版社を退社してしばらくは、夫君の岩下眞好氏ともども、友人として長いお付き合いだった。2年ほど前だったか、岩下氏の葬儀で10数年ぶりにお会いし、それきりになったままだが、相変わらずよい仕事を続けていると思い、また、その字幕によって新たに気づかされることの多さに感謝している。

 少々プライベートな話に脱線してしまったが、今期のメトの『ワルキューレ』は、またひとつ、あたらしい世界の誕生を感じさせた。

 

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