竹内貴久雄の部屋

文化史家、書籍編集者、盤歴60年のレコードCD収集家・音楽評論家の著作アーカイヴ。ときおり日々の雑感・収集余話を掲載

《BBC-RADIO クラシックス》シリーズで未発売に終わった(?)「第100集」の謎

2013年11月07日 13時19分38秒 | BBC-RADIOクラシックス


 前回、この場所で言及した「BBC-RADIO クラシックス」での欠番問題の続きです。以下に、「欧州での規格番号」→「日本クラウン盤の規格番号」(アルバム巻数)を表記します。ご存知の方も多いと思いますが、欧州の末尾の枝番は「-2」が1枚ものCDの意味で、「-7」が2枚組CDを表しています。

「15656-9180-2」→「CRCB6090」(80)
「15656-9181-7」→「CRCB6108~9」(97)
「15656-9182-2」→ 発売されず?
「15656-9183-2」→「CRCB6091」(81)
「15656-9184-2」→「CRCB6092」(82)
「15656-9185-2」→「CRCB6093」(83)
「15656-9186-2」→「CRCB6094」(84)
「15656-9187-7」→「CRCB6095~6」(85)
「15656-9188-2」→「CRCB6097」(86)
「15656-9189-2」→「CRCB6098」(87)
「15656-9190-2」→「CRCB6099」(88)
「15656-9191-2」→「CRCB6105」(94)
「15656-9192-2」→「CRCB6100」(89)
「15656-9193-2」→「CRCB6106」(95)
「15656-9194-2」→「CRCB6110」(98)
「15656-9195-2」→「CRCB6107」(96)
「15656-9196-2」→「CRCB6101」(90)
「15656-9197-2」→「CRCB6102」(91)
「15656-9198-2」→「CRCB6103」(92)
「15656-9199-2」→「CRCB6104」(93)
「15656-9200-2」→「CRCB6111」(99)

 「80集」までは欧州盤と同じ順序で発売されていた日本盤が、欧州での発売が遅れた「15656-9181-7」(内容は「マルコム・アーノルド自作指揮作品集」)と、次の一枚を飛ばして順送りにリリースされていることがわかります。その後も、いくつか順序が入れ替わりますが、これも、欧州での発売が遅れていて、日本へのマスターが到着していなかったためだったと思います。恣意的に発売順を入れ替えたものではないはずです。
 ちなみに、第88集以降のラインナップを記すと、以下になります。

「アサートン指揮のティペット」
「バルビローリ指揮のブルックナー8番」
「ロジェストヴェンスキー指揮のシュニトケ」
「タヴナー作品」
「ハウエルズ作品」
「ブリス作品」
「プロムス、ラスト・ナイト精選集」
「ラッブラ作品」
「ロースソーン作品」
「マルコム・アーノルド自作指揮集」
「イダ・ヘンデルのエルガー協奏曲」
「ユース・オーケストラ名演集」

 なお、最後の99集「ユース・オーケストラ名演集」の巻数表記(帯・背文字)が、順序入れ替えでの混乱の余波で、「98」と誤記されて発売されてしまいました。つまり「98」が2種出来てしまったわけです。
 しかし、こうして、99集までは発売されたわけですが、その間、数ヶ月、数回にわたって、イギリスの原盤供給元に対して、一枚の飛び番号についての問い合わせを繰り返したのですが、未定、未発売としか返答が得られないままでした。おそらく、許諾に関する交渉が不調のまま推移していたのだろうと思いますが、結局、全100巻の予定が、99巻で終わってしまったのです。
 この欠番は、ずっと気になっていましたので、私はその後、個人的に、この番号で海外からの取り寄せを何度か試みたのですが、該当商品なし、として返ってくるばかりで、その内、忘れてしまいました。どなたか、この後日談をご存知の方がいらっしゃったら、コメント欄に書き込みをお願いいたします。



《BBC-RADIO クラシックス》全100点の解説を終えての総まとめ

2013年11月06日 14時57分35秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがありました。イギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、第二次大戦後のイギリスの音楽状況の流れをトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載してきましたが、先日のブログへの再掲載が99点目となりました。以下の本日掲載分は、そのアルバムに付されたものです。

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■《BBC-RADIO クラシックス》の残したもの

 この『イギリス国立青少年管弦楽団結成50周年記念アルバム』として発売されたCDは、イギリスでは《BBC-RADIO クラシックス》シリーズの100点目を飾るものとして宣伝・発売された。これが99集なのは、未だにイギリスでのCD番号15656ー9182ー2が発売されないままだからだ。(99点の内2点は2枚組だが、日英ともそれぞれ1点で数えている。)原盤供給先の英カールトン社に問い合わせても十分な解答が得られないので、何が発売中止になってしまったかは不明だ。いずれ発売されるかもしれないが、現在のところ、予定がたっていないということなので、当シリーズは、ひとまず完結ということになった。
 そこで、この《BBC-RADIO クラシックス》シリーズすべてのライナー・ノートを担当してきた者として、これまでを簡単に振り返ってみたい。1995年12月新譜以来、2年余にわたった当シリーズだが、私の知る限り、このように1放送局が膨大なライブラリーを駆使して、これほどのアルバムを一挙に発売した例はないと思う。
 たとえば、日本でも『カール・ベーム/ウィーン・フィル』や『イタリア歌劇団来日公演』のNHK放送音源、『東京交響楽団/世紀の巨匠ジャパン・ライヴ』のTBS音源などのCD化シリーズ。単発ではマタチッチ、マーク、ストコフスキー、ミュンシュといった指揮者のものが思い浮ぶ。ソリストでは『渡辺茂夫/神童』『田中希代子/不滅の遺産』などが話題になった。だが、それらはいずれも、特定のアーティストなりテーマで集められたもので、《BBC-RADIO クラシックス》のように、数十年にわたる一国の音楽状況が捉らえられるようなものではなかった。私は、当シリーズの意義として、そのことをまず強調したい。
 イギリスは西洋音楽の演奏では、ヨーロッパでも特殊な位置を占めている。ドイツ・オーストリア圏やイタリア、フランスといった主流の音楽を、他国の音楽として、自分たちのなかで消化してきた。それはヘンデルやハイドンをロンドンに迎えた頃から変わっていないが、異国の文化伝統と出会いながら独自の音楽を培ってきたイギリスの、音楽文化の面白さを、そのまま伝える貴重なドキュメントが、このBBC-RADIO のシリーズなのだ。
 当シリーズを「玉石混淆だ」と表現した人がレコード業界の関係者には何人かいた。それらの発言の陰にある真意は結局のところ、人気の高いアーティストのライヴ盤が初登場したことを喜んでいるだけで、それ以外には興味がない、ということだ。これは、たとえば『バルビローリ/BBCライヴ』といったシリーズを望むということだと思うが、それでは、このシリーズのほんとうの面白さは生きてこない。
 私は、そうした発言を耳にするたびに、このシリーズは、意外なものを聴くほど面白いのだと強調したが、それは、当シリーズを丹念に聴いてきた方ならば、おわかりいただけると思う。モーツァルトとヤナーチェクばかりが話題になるマッケラスのマーラーからは、彼がヤナーチェクに出会うきっかけともなったプラハでの勉学の成果が感じられるし、レッパードのフランス音楽では、バロック音楽のスペシャリストの個性的なドビュッシーを聴くことができた。ウィンナ・ワルツのボスコフスキーが、ロンドンのオーケストラの持ち味にすっかり従ってしまうのは、このシリーズでなければ聴けない滑稽な真実なのだ。
 多くの亡命者を受入れてきたのも、イギリスの音楽界だが、ボヘミアからやってきてロンドンのオペレッタ劇場の職についたタウスキーや、ポーランドの作曲家=指揮者パヌフニクなどが、祖国ゆかりの音楽を新天地イギリスで指揮している演奏には、有名アーティストばかりを聴いていては得られない魅力があった。
 ハンガリーのピアニスト、アニー・フィッシャーの貴重な放送録音や、ダリウス・ミヨーの自作自演、ストコフスキー最後のコンサート、バルビローリ/ハルレの最後のロンドン公演、ソ連との関係が険悪になった時期のロストロポーヴィチ夫人を交えたショスタコーヴィチ作品の演奏会、ポーランドの政情不安に呼応したポーランド音楽の夕べなど、ドキュメントとして第一級のものも数多い。
 ホーレンシュタイン、マルケヴィッチ、ザンデルリンク、ケルテスなどのライヴは、彼らのスタジオ録音では表われていない面を赤裸々に聴かせてくれて、ケルテスの場合には、この指揮者がウィーン・フィルにこよなく愛された理由の一端を聴いた思いがしたものだ。
 ロシアの俊英ロジェストヴェンスキーがロンドンっ子をサッカー競技場のように燃えさせたレニングラード・フィルを引き連れてのチャイコフスキー「第4交響曲」の記録から、やがて、BBC響の主席指揮者となって、自国の音楽の紹介と、イギリス音楽への理解とに挑戦を続けた数年間の苦闘は、個々に聴いていただけでは得られない興味深い示唆に富んでいた。
 もちろん、ロンドン名物のプロムスでの録音も数多く含まれていて、そこではボールト、サージェント、グローヴズ、プリッチャードといったイギリス紳士と目される巨匠たちが、生命力にあふれた音楽を演奏している普段着姿を聴くことができた。軽音楽系と言ってもよいロバート・ファーノン、アシュリー・ローレンスといった指揮者のコンサートの楽しさからは、イギリス音楽界の層の厚さと、音楽の喜びを享受する率直さを感じた。
 彼らやエドワード・ダウンズ、ヴァーノン・ハンドリー、ジェームズ・ロッホラン、そして自作自演のアーサー・ブリス、マルコム・アーノルドなどからは、イギリスの作曲家の魅力あふれる秘曲をずいぶん聴かせてもらった。系統立った構成で厳選されたアルバムに仕上がっていたので、初めて聴く作品ながら耳に馴染みやすく、「こんないい曲がなぜ知られていなかったのだろう」と思うこともしばしばだった。これらの作品をこのようにまとめて聴ける機会は、もう二度と訪れないかもしれない。
 《BBC-RADIO クラシックス》シリーズは、個々のアルバム自体の力もそれぞれに持っているが、それを補って余りあるのが、「総体」として捉らえられたものの持つ意味だったと思う。スタジオや最近のライヴまがいの正式なセッションで録音された音楽が「公式記録」だとすれば、演奏会をそのまま記録した放送音源などのいわゆるライヴ物は、言わば「非公式記録」というべきものだろう。そうしたものは、様々な記録を重ね合わせると、「公式記録」以上に、真実の姿に辿りつくことができるが、単独では、大きな誤解や錯覚をも生みかねない。私たちが、《BBC-RADIO クラシックス》シリーズから得たものは大きかったと思う。演奏家とレコード会社との契約問題など、様々な難関があるようだが、このシリーズが再開されることを切に望んでいる。(1998.4.21 執筆)

《このブログへの再掲載に際しての付記》
 最初の段階では、イギリスでの発売が規格番号順だったので、日本でも、まったく同じ順序で発売されていたのですが、80枚目あたりからイギリスでの発売順が乱れ始め、その影響もあって、日本での発売順とで、かなり錯綜するようになっていったという記憶があります。
 最後の一枚を待っている間に、それらを比較検討して、日本での発売元「日本クラウン」の担当ディレクター氏にレポートを送り、「欠番」を指摘しての問い合わせをお願いした際のメモ書きが保管されていたので、近いうちに、このブログ上に掲載します。たしか、この「欠番」は、私も個人的にその後、2~3年にわたって追い続けたはずですが、欠番のままだったと思います。どなたか、新事実をご存知の方がおられたら、ご連絡ください。



第2次大戦後のイギリス青少年管弦楽団(ナショナル・ユース・オーケストラ)の歩みを聴く

2013年10月17日 12時35分09秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、第二次大戦後のイギリスの音楽状況の流れをトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの99枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6111
【曲目】エルガー:「行進曲《威風堂々》第4番」作品39
    ブリテン:組曲「ソワレ・ミュージカル」作品9
    ドビュッシー:「交響詩《海》」
    ホルスト:「組曲《惑星》」作品32より~第4曲「木星」
    シベリウス:「交響詩《大洋の女神》」作品73
    ガーシュイン:「パリのアメリカ人」
【演奏】レジナルド・ジャック、ワルター・ジュスキント、
    ピエール・ブーレーズ、クリストファー・シーマン、
    マーク・エルダー、ポール・ダニエル(各、指揮)
    イギリス青少年管弦楽団
【録音日】1948年4月21日、1959年8月22日、1971年8月23日、
     1977年8月20日、1989年8月6日、1996年8月10日

■このCDについて
 このアルバムは、1948年4月21日に最初の演奏会を行ったイギリスの青少年管弦楽団の結成50周年を記念するもの。その第1回の演奏会から、1996年のプロムスでの演奏までのいくつかを、時代を追って収めている。
 このイギリスの10代の少年たち多数の参加によるオーケストラからは、やがてイギリスを代表する各オーケストラの首席奏者たちが毎年のように生まれており、イギリスの音楽文化を支える重要な事業として定着している。1955年からは、毎年、ロンドン名物のプロムナード・コンサート(プロムス)期間中のゲストとしても登場し、その成果を披露している。1977年の録音で当時22歳のサイモン・ラトルがストラヴィンスキー『春の祭典』を指揮しているのも、このオーケストラだ。(CDが日本クラウンから発売されている。)
         *
 第1回の演奏会は第2次世界大戦前からオックスフォード管弦楽団などでの指導歴の長かったレジナルド・ジャック(1894~1969)が指揮台に立った。ここに収録された曲目「威風堂々第4番」は、おそらく最初の演奏曲ではなかったと思われる。記念すべき瞬間の記録だ。
 ブリテンの「ソワレ・ミュージカル」を指揮しているワルター・ジュスキント(1918~1980)は、プラハに生まれ1938年にナチスを逃れてイギリスに亡命した。戦後スコティッシュ・ナショナル響の指揮者をしていたが、この青少年管弦楽団を指揮した1959年当時は、カナダのトロント響の指揮者ではなかったかと思う。手堅い指揮ぶりで定評があるから、若い音楽家の指導にも手腕を発揮したのかもしれない。1971年の青少年国際音楽祭管弦楽団を指揮してのドヴォルザーク「交響曲第8番」がLP録音されて市販されたこともある。
 このCDでの一番の魅力が、ピエール・ブーレーズ(1925~ )率いる1971年の録音だ。フランスの前衛作曲家として著名だったブーレーズが指揮活動を活発に行い始めたのは50年代の終わり頃からだが、クリーヴランド管弦楽団の常任指揮者を経て、ニューヨーク・フィルの常任指揮者とBBC交響楽団の首席指揮者に就任したのが、この1971年だ。指揮者としての活動が最も充実していた時期のこの録音は、オーケストラの奏者たちの張り詰めた緊張感とともに、ブーレーズのドビュッシー像が、極めて鋭く抉るように細部まで捉らえられている。ここには、ほんのわずかの風のそよぎさえ見逃さずに置かない強い意志がみなぎっている。最近の手慣れた指揮ぶりを聴かせるブーレーズとは別人のようだ。こうした真剣勝負に打って出ていたブーレーズは、どこへ行ってしまったのだろうか? これはニューヨーク・フィルとの録音でも得られない、ある特別な日の貴重な記録だ。この1曲が聴けるだけでも、このアルバムの価値は永遠にあるだろう。
 ホルストの「惑星」を指揮しているのはクリストファー・シーマン(1942~ )。彼はこの青少年管弦楽団のティンパニ奏者だったという。この録音の1977年の頃はBBCスコティッシュ交響楽団の首席指揮者だった。
 シベリウスの「大洋の女神」は1989年の録音で、指揮はマーク・エルダー(1947~ )。彼も青少年管弦楽団の出身者で、ファゴットの首席奏者だった。このオーケストラも、こうして卒業生が指揮台に立つほどの歴史を重ねてきたということだ。エルダーは76年にロイヤル・オペラにデビュー以来、オペラ指揮者としてキャリアを積み、79年以降90年代に至るまでナショナル・オペラの音楽監督として活躍している。
 このアルバムの最後に収められたガーシュイン「パリのアメリカ人」を指揮しているポール・ダニエルという指揮者については、詳細がわからないが、演奏は、この曲の数多い録音の中で間違いなく優れた演奏として指を折られるものだ。音色の変化が大胆で、開放的な音楽を大きな振幅で鳴らし切っている。当夜はエドガー・ヴァレーズの作品と共に演奏されたというが、かなり意欲的な演奏会だったようだ。有能な指揮者のひとりとして、この名前を記憶に留めておきたい。

■演奏曲目についてのメモ
●エルガー:「行進曲《威風堂々》第4番」作品39
 ロマン派音楽の時代の終わり頃から今世紀にかけて活躍したイギリスの作曲家エルガー(1857~1934)は、同題の行進曲を5曲書いた。その内、最も知られているのは第1番だが、この第4番もそれに劣らない人気曲で、演奏される機会も多い。勇壮な音楽に始まり、中間部トリオには威厳に満ちた堂々たる旋律が響きわたる。この旋律がコーダに再び現われて華やかに締めくくられる。イギリス人好みの旋律の典型のひとつと言ってよいだろう。

●ブリテン:組曲「ソワレ・ミュージカル」作品9
 「セヴィリアの理髪師」「ウィリアムテル」など多くの傑作歌劇を残したイタリアの作曲家ロッシーニ(1792~1868)の残した同題の歌曲集から、今世紀のイギリスを代表する作曲家ブリテン(1913~1976)がお気に入りの3曲を選び、それに第1曲として歌劇「ウィリアム・テル」第3幕の行進曲、第5曲(終曲)にはブリテンの母親が歌っていたという「慈悲」という旋律を配して、近代的な管弦楽法で編曲した1936年、22歳の作品。もともとはバレエのための作品だったが、演奏会用組曲として出版された。題名の「ソワレ」とは日没後に開かれるパーティ=夜会の意味で使われている。姉妹作に「マチネ・ミュージカル」がある。

●ドビュッシー:「交響詩《海》」
 フランス近代音楽の巨匠ドビュッシー(1862~1918)の管弦楽曲の理想が大きく花開いた傑作として知られている。「交響詩」は便宜的に付けられたもので、ドビュッシー自身は「管弦楽のための3つの交響的エスキス」と題している。「エスキス=素描」とは言ってもドビュッシーの音楽は、当時の絵画芸術の傾向と同じく、具象的な描写の音楽ではなく、ずっと感覚的なもの。海のざわめき、海と空とを隔てる曲線、風の通り過ぎる葉陰、遠く聞こえる鳥の声などによって呼び覚まされる目や耳の感覚、そして嗅覚が得たものを、音にした作品。1903年から1905年にかけて作曲された。3つの部分からなり、それぞれに以下の標題が付けられている。
 第1部「海の夜明けから正午まで」
 第2部「波の戯れ」
 第3部「風と海との対話」

●ホルスト:「組曲《惑星》」作品32より~第4曲「木星」
 イギリス近代の作曲家ホルスト(1874~1934)の作品で最も知られた「組曲《惑星》」は、1914年から1916にかけて作曲された。当時まだ存在が知られていなかった冥王星以外の、地球を除いた太陽系の惑星のひとつひとつテーマにした7曲からなる組曲。華麗なオーケストラ曲として人気が高いが、中でも第1曲「火星~戦争を司る神」と、この第4曲「木星~喜びを司る神」が有名。第7曲「海王星~神秘を司る神」ではヴォーカリーズによる女声合唱が加わる。

●シベリウス:「交響詩《大洋の女神》」作品73
 フィンランドの作曲家シベリウス(1865~1957)は、近代の偉大な交響曲作家として7曲の交響曲を残したが、その中でも独自の書法の充実で評価の高い第4番を1911年に書き上げた後、第5番を書く1915年との間にあたる1914年に作曲された。この年シベリウスは、アメリカのノーフォーク・フェスティバルからの招待を受けて渡米し、自作の演奏旅行を行っている。初めて大西洋を越えてアメリカ大陸に向かう感激で書かれたのが、この「大洋の女神」。さっそく新作としてアメリカ公演で披露された作品だ。演奏会を大成功させて故郷へと帰る船中で、シベリウスは、ヨーロッパが第1次世界大戦に突入したことを知る。そうした時代の作品だ。

●ガーシュイン:「パリのアメリカ人」
 ガーシュイン(1898~1937)は、ヨーロッパから独立したアメリカが、その独自のニュアンスを持った文化を音楽の分野で初めてヨーロッパに逆発信した作曲家として、永遠に記憶される作曲家と言ってよいだろう。「パリのアメリカ人」は、1926年に3度目の渡欧でパリに滞在した折に着想された、ガーシュインにとっては初めての本格的交響楽団のための作品。パリの街の騒がしさと、その中に居るアメリカ人の憂愁が見事に描かれている。
(1998年4月21日 執筆)

《このブログへの再掲載に際しての付記》
 ポール・ダニエルという若い指揮者について言及しているのを読んで、少々気になって調べてみた。地味だが着実にキャリアを積み上げているようで、特にオペラの分野での仕事で、イギリス・ナショナル・オペラでの活躍が高く評価されているようだ。シャンドスやナクソスを中心にCDもかなりリリースしている。

エルガー『ヴァイオリン協奏曲』の隠れた名盤、イダ・ヘンデルのBBC録音

2013年09月19日 13時12分42秒 | BBC-RADIOクラシックス
 このところ2ヶ月ほど、ある企画の原稿執筆と、編集作業とに追われてしまって、当ブログの更新が、まったく出来ませんでした。このまま放置すると、この場のテンプレートが勝手に変えられてしまうという警告が出ましたので、「仕方なく」更新します。以下に掲載する「BBCクラシクス」の連載も、いよいよ終わりに近づいています。ほんとは、エルガーについては、「追記」も書きたいのですが、それは、機会を改めて、ということにさせていただきます。
 ところで、その「ある企画」について。
 現在、アマゾンの「本」を私の名前で検索すると、10月新刊が2冊、予約受付中で出てきます。音楽関連ではありません。「なんで、こういうテーマの本を出すのか」と訝るかたもいらっしゃるかも知れませんが、これは縁あって、書籍編集者としての仕事の延長で2年ほど前から取り組んでいた仕事が、ようやく2冊、形になるのです。それに伴って、アマゾンに掲載されている「著者プロフィール」も、書き加えないと、と思っています。(この場所でも、近いうちに、ご紹介します。)おそらく、ここを訪れる方も、これまでと少し違うタイプの方が加わるでしょう。様々の方に参考になったり、楽しんでいただける場にしようと、考えています。



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、第二次大戦後のイギリスの音楽状況の流れをトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの98枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6110
【曲目】エルガー:ヴァイオリン協奏曲 作品61
     :交響的前奏曲「ポローニャ」作品76
【演奏】イダ・ヘンデル(vn)
    プリッチャード指揮BBC交響楽団
    アンジェイ・パヌフニク指揮BBCノーザン交響楽団
【録音日】1986年7月30日、1986年9月9日

■このCDの演奏についてのメモ
 エルガーは、ロマン派音楽の時代の最後にイギリスで花開いた作曲家だが、中でも、この「ヴァイオリン協奏曲ロ短調 作品61」はエルガーの美質がよく表われた作品として、多くのヴァイオリニストのレパートリーに加えられている傑作だ。
 実は、この作品の数多い録音の中で、私は結局のところ、作曲者エルガー自身の指揮を得て若き日のメニューインが力の限りを尽くしている1932年の録音の魅力を乗り越えるのは、容易ではないと思っている。メニューイン/エルガー盤は、決して少なくはないエルガーの自作自演の中でも際立った演奏で、取り憑かれたように大きく揺れ動く振幅に込められた感情の高まりを、メニューインが正面から受けとめ、力強い音楽を絶えず返している。メニューインがいわゆるヴィルトゥオーゾから精神主義者へと変貌しつつあった時期の、稀有な演奏だ。
 では、今回《BBC-RADIO クラシックス》に収められたヘンデル/プリッチャード盤は、どうだろうか? この作品の演奏は、オーケストラが奏でる深いロマン的な感情表出の中を、引締まった造形に裏付けられた夢想がソロ・ヴァイオリンで突き抜けていった時に、真の抒情性を発揮する。その点では、エルガーらしい抑制された気品から放射されるロマンの力強さへの共感がなければならない。
 イダ・ヘンデルの音楽性は、そうしたエルガーの作品に良く合っている。彼女の音楽は、決して息長く歌い上げるのではなく、選びとられた瞬間に短く力を込めて歌い切るもので、第2楽章には、特に、そうしたヘンデルの特質がよく出ている。1928年生まれの彼女にとって全盛期を過ぎてからの録音であるにもかかわらず、終楽章まで弛緩しないのもうれしい。熱烈な支持者の多いわりには録音の少ない彼女の、貴重なライヴの登場を喜びたい。
 伴奏のジョン・プリッチャードは、日本での評価は決して高くなく、穏健な伴奏指揮者といったイメージで捉えられているふしもある。だが、その真の実力の一端は既に、このBBCのシリーズ中のブラームス「交響曲第2番」やエルガーの「交響曲第1番」で聴くことができる。むしろ粘り腰の音楽で大きく歌い上げる指揮者だ。1921年にロンドンに生まれたプリッチャードは、晩年はこのBBC交響楽団の首席指揮者として82年から89年の死の年まで活躍した。
 1914年生まれのポーランドの作曲家で第2次世界大戦後にイギリスに亡命したパヌフニクは、亡命後は指揮者としてもイギリス楽壇に貢献した。このアルバムでは、エルガーの描いた祖国ポーランドを、共感を込めて堂々と指揮している様子が記録されている。指揮者パヌフニクを伝える貴重な録音だ。(1998.4.20執筆)



イギリス作曲界の鬼才アーノルドの自作指揮をまとめて聴くアルバムの楽しさは、ホフナング音楽祭の源流?

2013年07月18日 16時49分23秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、第二次大戦後のイギリスの音楽状況の流れをトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて
以下の本日掲載分は、同シリーズの97枚目。

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【アルバムタイトル】「マルコム・アーノルド自作自演集」
【日本盤規格番号】CRCB-6108~9(2枚組)
【曲目】アーノルド:ピーター・ルー序曲 作品97
  :2台のピアノ(3手)のための協奏曲 作品104
  :シメオンの歌(キリスト降誕の仮面劇) 作品69
  :ヴィオラ協奏曲 作品108
  :4つのコーンウォール地方の踊り 作品91
  :フェアフィールド序曲 作品110
  :2つのヴァイオリンのための協奏曲 作品作品77
  :独奏ハープのための幻想曲 作品117
  :シンフォニエッタ第1番 作品48
  :ホルン協奏曲第2番 作品58
  :ブレイクによる5つの歌 作品66
【演奏】マルコム・アーノルド指揮
  BBC交響楽団/イギリス室内管弦楽団
  ノーザン・シンフォニエッタ/ロンドン・フィル
  アンブロジアン・シンガーズ
  イアン・パートリッジ(テノール)
  ロジャー・べトス(ヴィオラ)
  アラン・ラウディ/フランシス・メイソン(ヴァイオリン)
  オシアン・エリス(ハープ)
  アラン・シヴィル(ホルン)
  パメラ・ボウデン(コントラルト)他
【録音日】1966年~1977年

■このCDの演奏についてのメモ
 まさか、マルコム・アーノルドの作品を、これほどまとまって聴くことができるとは思わなかった。《BBC-RADIO クラシックス》ならではの快挙だ。この、必ずしも前衛的ではないが現代感覚にあふれた作曲家は、日本では広く知られているとは言えないが、イギリスでの大衆的人気は、かなりのものだという。そうしたアーノルドの音楽の裾野の広さを聴くに相応しいアルバムの登場だ。
 このアルバム・ジャケットの表紙を飾るコミカルなイラストの作者は、いまだに「冗談音楽祭」の元祖として語り続けられているジェラード・ホフナング。自身ではたった2回の音楽祭を主催しただけで30歳代の半ばで急逝してしまった奇才の筆によるものだ。アーノルドは、その1956年の第1回コンサートから参加をしており、親交も厚かった。(本日のブログ冒頭の写真を参照)
 音楽に対する深い教養と、ウィットにあふれたジョークを満喫できたホフナング音楽祭は、イギリス人のユーモア感覚を抜きにしては語れないが、アーノルドが、こうした音楽のあり方に理解を示していたということは、冒頭の『ピータールー序曲』にも、よく現われている。また、シリアスな音楽と軽音楽的な親しみやすさが混在した『2台のピアノのための協奏曲』や『4つのコーンウォール地方の踊り』の語り口も、ロンドンのライト・コンサートの楽しく充実した世界を思い起こさせるような出来栄えだ。
 『シメオンの歌』は、そうしたアーノルドの音楽の幅の広さが見事に結実した傑作。闊達なリズムの明るさや、自由で伸び伸びした中に詩情が漂い、堂々と締めくくられる音楽は、やがてアンドリュー・ロイド・ウェッバーの『キャッツ』に行きつく長い伝統のあるイギリス・ミュージカルを生んだ、この国の音楽風土の、幸福な部分の典型のひとつだ。演奏も充実した内容で、ロンドンっ子たちが拍手喝采するのは、こうした率直さなのだということを思い出させる。
 アーノルドはメロディストとしても才能のある人で、そのため、様々の独奏者のために書かれた協奏作品も多い。『ヴィオラ協奏曲』の第1楽章の旋律の美しさは特筆ものだ。また『ホルン協奏曲第2番』も名人芸的な演奏技術の披露にとどまらない魅力的な旋律に彩られた作品だ。デニス・ブレイン亡き後のイギリスを代表するホルンの名手アラン・シヴィルの名技で聴けるのはうれしいが、夭折の天才ブレインとの初演の録音をぜひ聴いてみたかったとも思う。なお、アーノルドの協奏曲には、このほか『クラリネット協奏曲第2番』がクラリネットの名手ベニー・グッドマンの委嘱により作曲され、アーノルド指揮で、モーツァルトの協奏曲の演奏とともにBBCで録音されているが、今回のアルバムに収録されていないのは残念だ。(1998.4.20 執筆)

【当ブログへの再録に際しての追記】
 文中で言及している「クラリネット協奏曲第2番」は、ザビーネ・マイヤーと、その兄、ヴォルフガング・マイヤーによる「ベニー・グッドマンへのオマージュ」と題されたCDアルバムで聴くことが出来る。
 デニス・ブレインの演奏した「ホルン協奏曲」初演の録音は、この原稿の執筆後に入手して、私の手元にあるように記憶している。只今探索中です。
 



イギリスの弦楽演奏の伝統を感じるロースソーン作品を聴く

2013年06月26日 13時01分27秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、第二次大戦後のイギリスの音楽状況の流れをトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの96枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6107
【曲目】ロースソン:ヴァイオリン協奏曲第1番
     :ヴァイオリン協奏曲第2番
     :コンスタント・ランバートの主題による即興曲
     :ディベルティメント
【演奏】テオ・オロフ(vn)
    エイドリアン・ボールト指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
    マヌー・パリキアン(vn)
    ルドルフ・シュワルツ指揮BBC交響楽団
    フランク・シップウェイ指揮BBCコンサート管弦楽団
    ブライデン・トムソン指揮BBCノーザン交響楽団
【録音日】1972年7月7日、1968年9月29日
     1979年6月7日、1979年11月29日

■このCDの演奏についてのメモ
 BBC-RADIOクラシックスのシリーズでは初めて、アラン・ロースソーンの作品だけで構成されたアルバム。演奏者も録音日もまちまちで、いかにも豊富なBBC放送局のライブラリーから選りすぐった「ロースソーン選集」といった仕上りになっている。そのあたりにも、このシリーズを一貫している明確なコンセプトづくりの精神が息づいている。
 収録曲は弦楽を主体にした作品ばかりだが、もともとロースソーンには、弦楽のための作品が多い。新古典主義の影響をうけたロースソーンだが、その本質は、イギリスの弦楽合奏の伝統の中にあったということではないだろうか。イギリスの弦楽アンサンブルの極めて純度の高い充実した響きには、しばしば驚かされるし、そうした演奏の美点を生かした作品が数多く生まれているのがイギリスの音楽界だ。ロースソーンの作品も、そうした演奏伝統に根差したものが多いのは、偶然ではないだろう。2つの「ヴァイオリン協奏曲」の後に収録された「即興曲」と「ディヴェルティメント」を聴くと、そのことを強く感じる。どちらの演奏も、機知に富み、美しく研ぎ澄まされたロースソーンの世界を、十全に表現している。
 一方、それ以前に書かれた2つの「ヴァイオリン協奏曲」では、凝縮されたロースソーンの晩年の世界を育んできたものが、拡大された中で四方に放射している。この暗闇に光るスペクトル光のような、緊張にあふれた豊かな色彩感を、それぞれの演奏が美しく表現している。こまやかなニュアンスにあふれた演奏は、この作品を鑑賞するにふさわしい。
 「ヴァイオリン協奏曲第1番」の独奏者、テオ・オロフは、1924年生まれのオランダのヴァイオリニスト。ロースソーンのこの作品の初演者であるだけでなく、ブリテン、マデルナなど、現代作品の演奏で定評がある。1971年まで20年間、ハーグ・レジデンティ管弦楽団のコンサート・マスター、74年から85年まで、コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサート・マスターを務めた。
 「ヴァイオリン協奏曲第2番」の独奏者、マヌー・パリアキンはアルメニア系のヴァイオリニスト。1930年代にはイギリスに渡り、リヴァプール・フィル、フィルハーモニア管弦楽団で弾いた後、1957年から、ソロ及び室内楽の活動を開始した。イギリス系のロマン派的作品の演奏を得意にしているという。
 エードリアン・ボールトはイギリス指揮界の重鎮として有名な指揮者。ルドルフ・シュワルツは1905年ウィーン生まれ。第2次大戦後イギリスに渡った。バーミンガム市響を経てノーザン・シンフォニアの指揮者を1973年に引退するまで10年間続けた。94年1月没。(1997.8.19 執筆)

【当ブログへの再掲載に際しての追記】
 執筆当時、情報が充分ではなかったので割愛した二人の指揮者について、加筆する。
 フランク・シップウェイは、最近、話題に上るようになったイギリスの指揮者だが、おそらく1955年あたりの生まれで、ロンドンの王立音楽大学を1970年代半ば過ぎに卒業しているはずだから、この録音時には20代半ばの青年だったと思われる。マルケヴィチ、バルビローリに師事した後、カラヤンの助手も経験し、1985年からドイツ、ベルギーなどのオーケストラの首席客演指揮者を歴任した後、イタリア国立放送交響楽団の初代首席指揮者を1994年から2001年までつとめた。1996年から2000年までベルギーBRT放送フィルハーモニー管弦楽団(現フランドル放送管弦楽団)の首席指揮者、2000年からはザグレブ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者として活動しているという。
 ブライデン・トムソンは、1928年スコットランド出身のイギリスの指揮者。シャンドスからヴォーン・ウィリアムズやアーノルド・バックスの交響曲全集を出すなど、イギリス音楽の演奏で大きな足跡を残したが、1991年に世を去っている。1977年から1985年まで、BBCノーザン交響楽団、BBCウェールズ交響楽団、アルスター管弦楽団などイギリス国内のオーケストラを指揮しているほか、ロイヤル・スコティッシュ管弦楽団の首席指揮者にも一時期就任。1984年から1987年まではアイルランド国立交響楽団の首席指揮者に就任した。研究家的なアプローチを生涯にわたって貫き、その収集した楽譜は、新進指揮者を支援するためのブライデン・トムソン財団に遺贈されている。




エドムンド・ラッブラの代表作を、ヴァーノン・ハンドリー指揮の作曲者立会い録音で聴く

2013年06月10日 15時24分29秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、第二次大戦後のイギリスの音楽状況の流れをトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの95枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6106
【曲目】ラッブラ:交響曲第4番 作品53
      :ピアノ協奏曲 作品85
      :チェロと管弦楽のための「ソリロキー」
【演奏】ヴァーノン・ハンドリー指揮ロンドン交響楽団
    マルコム・ビンス(ピアノ)
    ラファエル・ソマー(チェロ)
【録音日】1976年2月24日(マイダ・ヴェイルBBC第1スタジオ)

■このCDの演奏についてのメモ
 BBC-RADIO クラシックスに初登場の、エドムンド・ラッブラの作品集。録音は1976年2月24日の1日で行われているが、これは、BBC放送によるラッブラの75歳の誕生日を祝う行事の一環として、彼の作品を放送するためのものだった。録音にあたっては作曲者自身が立合ったと記録されている。その意味では、このCDはラッブラの作品を後世に伝える正統的な演奏ということができるだろう。
 「交響曲第4番」には、ノーマン・デル・マー指揮フィルハーモニア管弦楽団による90年頃録音の英リリータ盤や、リチャード・ヒコックス指揮BBCウェールズ交響楽団による93年録音の英シャンドス盤などがあり、演奏比較をすることができる。
 当CDのヴァーノン・ハンドリーの指揮は、その深く大きな呼吸の、確信にあふれた息づかいが特徴的だ。それは、この作品のなだらかな進行を、共感をもって引っ張って行く大きな力となっている。音型が大きくえぐるように動く力強さは、作曲者直伝のものかも知れない。どちらかというと硬質な音楽が持ち味のハンドリーが、いつになく逞しい音楽で突き進む第1楽章は、この作品の代表盤のひとつと言うに相応しい演奏となっている。バランスのよい響きで、安定した大らかな動きが底光りするヒコックス盤と好対照だ。
         *
 ヴァーノン・ハンドリーは、1930年生まれのイギリスの指揮者。長年にわたり名指揮者エードリアン・ボールトの助手を務めており、ボールトが得意にしていたヴォーン=ウィリアムズやエルガーなど、イギリスのロマン的作品の演奏には定評がある。現在はロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニーの首席客演指揮者の他、西オーストラリア交響楽団の芸術監督兼常任指揮者を務めている。
 ピアノのマルコム・ビンスは1936年生まれのイギリスのピアニスト。ロンドンの王立音楽院出身。イギリスのピアノ音楽に造詣が深く、ロースソーンの他、ブリテン、スタンフォード、ハミルトン・ハーティ、アイアランド、ロドニー・ベネットなど、イギリス系の作曲家の広範なレパートリーを持っている。
 チェロのラファエル・ソマーは、1937年チェコのプラハに生まれ、イスラエルで学んだ後、パリで名チェリスト、ポール・トゥルトゥリエの指導を受けた。61年にはカザルス国際コンクールに入賞。その後、イギリスに渡り、72年以降はマンチェスターのノーザン王立音楽院で20年以上も教鞭をとる一方で、現代チェコを代表する作曲家マルティヌーのチェロとピアノのための作品全集の録音をBBC放送に残すなど、意欲的な演奏活動も続けている。(1997.8.17 執筆)

【当ブログへの再掲載に際しての追記】
 この交響曲の他の演奏との聴き比べの部分、たった2行程度の文章を完成させるために、2枚のCDを購入して、何時間もかけて聴いてみたことを思い出します。そこまで私をムキにさせるだけの魅力が、このハンドリー盤にはあったからだと思っています。
 「ソリロキー」というタイトルは、担当ディレクター氏と押し問答になったような記憶があります。あるいは、曲目解説担当の山田治生氏との間だったかも知れません。原題をカタカナにしただけですが、無理に日本語にすると「ひとりごと」になってしまいますが、その言葉から日本人的にイメージする寂しさとかの感情的な感覚が出てくると間違ってしまいそうです。でも「独白」はピンと来ませんし、かと言って「一人芝居」もおかしい。つまり「モノローグ」とのニュアンスの違いをうまく表現する日本語が思いつかなかったのです。私は、日本人に対する日本語のタイトルなら「チェロと管弦楽のための《モノローグ》」でいいじゃないか、とさえ思ったのですが、なまじ原題が「monologue」ではなく「soliloquy」でしたので、あまり聞き慣れないカタカナ語で逃げることになってしまったのです。今にして思えば、「チェロと管弦楽のための《独白劇》」のほうが、かっこよかったかな、と思っています。でも、その場合も「モノローグ」との相違が問題になるかと……。



「プロムス」の恒例「ラスト・ナイト」の救世主(?)ロッホランの名演を精選した「とっておきの一枚」

2013年05月30日 12時12分06秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、第二次大戦後のイギリスの音楽状況の流れをトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。


 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの94枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6105
【アルバムタイトル】『ザ・ラスト・ナイト・オブ・ザ・プロムス』
【曲目】サリバン(マッケラス編)『パイナップル・ポル』組曲
    C・ランバート『リオ・グランド』
    イベール『ディヴェルティスマン』
    エルガー『威風堂々』第1番
    H・ウッド『イギリスの海の歌による幻想曲』
    T・アーン『ルール・ブリタニア』
    H・パリー『エルサレム』
    スコットランド民謡『蛍の光』
【演奏】ジェームズ・ロッホラン指揮BBC交響楽団
  BBCシンガーズ、BBC交響合唱団
  ピーター・ドノホー(pf)、ベンジャミン・ラクリン(br)
【録音日】1977年9月17日、1979年9月15日、1982年9月11日、1984年9月15日

■このCDの演奏についてのメモ
 ロンドンで毎夏7月中旬から9月中旬に行われる「プロムナード・コンサート」(略称:プロムス)の最終夜(ラスト・ナイト)は、イギリスの正に国民的行事で、ロイヤル・アルバート・ホールに集まった7000人余の聴衆たちは、やがて手拍子、足踏み、喚声で参加し、手にかざした英国国旗の小旗を振って合唱に加わるという、実に賑やかな音楽の祭典だ。オーケストラは、1927年以来プロムスを財政的に支援しているBBC放送のメイン・オーケストラ、BBC交響楽団だ。その生き生きとした様子は、CDでは、100周年の記念に1994年のラスト・ナイトのライヴ録音がワーナーから発売されたので、ご記憶の方も多いと思う。指揮は首席指揮者を務めるアンドリュー・デイヴィスだった。
 さて、BBC放送の豊富なライヴ音源から制作されている《BBC-RADIO クラシックス》シリーズにも、いよいよラスト・ナイトが登場した。指揮はジェイムズ・ロッホランだ。
 実は、「LAST NIGHT OF PROMS」の当シリーズへの登場と聞いたとき、私は不覚にも、プロムスの代名詞ともなっている名指揮者サージェントあたりの録音かと思っていたので、ロッホランと知って少々意外な感じがした。しかし、録音データを見て、ひとまず納得。演奏を聴いて、更に納得した次第だが、それはリスナーの方々のお楽しみとして、直接当CDをお聴きいただくとして、ヤボなガイド役としては、私なりに録音データで納得した事柄についてだけ、お伝えしようと思う。
 このCDの録音は、ある特定の年のラスト・ナイトをそのまま収録したものではない。77年、79年、82年、84年の4年分の中から、選びぬいてCD化するという、当シリーズの特徴である「コーサートの丸ごと収録ではなく、良いものだけを収録する」というコンセプトが、ここでも採用されている。アルバムの担当ディレクターは多くのディスコグラフィの著者として日本でもその名を知られるジョン・ハント。経験と知識豊富な彼の選択は、おそらく当を得たものだろうと思う。ご承知のようにラスト・ナイトは長い伝統によってプログラムの組み立てが確立しているので、毎年、同じ曲目がいくつか登場する。数年分のロッホランの同曲異演の中から、最良のものが選ばれているに違いない。「パイナップル・ポル」組曲に至っては、途中の曲目から録音年が変るという念の入れようだ。
 では、なぜロッホランなのか? 原則としてBBC交響楽団の首席指揮者が担当することになっているラスト・ナイトの指揮が、ロッホランに委ねられているのは、1977年という年が、ルドルフ・ケンペの76年の急逝によって首席指揮者不在となっていたことと関係があるのではないだろうか? 翌78年からはロシアのロジェストヴェンスキーが首席指揮者に就任するが、ラスト・ナイトは〈イギリス人の音楽魂〉を知っているロッホランが引続き担当したということかも知れない。ロッホランの指揮ぶりが、ラスト・ナイトを大切に育ててきた聴衆に受け入れられたのだ。このCDは、ラスト・ナイトのエア・ポケットとも言うべき時期を、見事に切抜けたロッホランの仕事を記念する1枚と言えるだろう。
 ジェイムズ・ロッホランは、1931年にグラスゴーに生まれ、60年代からイギリスを中心に活躍。71年から84年までは、バルビローリの後任としてハレ管弦楽団の首席指揮者の地位に就いていた。 (1997.8.20 執筆)



第一次世界大戦の英霊に捧げられた「合唱交響曲」に、演劇要素と合唱とが結合した英国伝統の芸術表現を聴く

2013年05月15日 16時21分09秒 | BBC-RADIOクラシックス

 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、第二次大戦後のイギリスの音楽状況の流れをトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。


 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの93枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6104
【曲目】アーサー・ブリス:合唱交響曲『朝の英雄たち』
【演奏】チャールズ・グローヴズ指揮BBC交響楽団
    BBC交響合唱団(ガレス・モレル指揮)
    リチャード・ベイカー(朗読)
【録音日】1982年8月12日

■このCDの演奏についてのメモ
 「第一次世界大戦の犠牲者たちへの鎮魂の願いを込めた合唱交響曲」と作曲者によって副題されている作品。今世紀のイギリスを代表する作曲家のひとり、アーサー・ブリスによる〈大叙事詩〉とも言うべき、スケールの大きな作品の録音だ。〈合唱音楽〉の伝統がしっかり根付いているイギリスだけに、ヴォーン=ウィリアムズの「海の交響曲」など、このジャンルには傑作が多いイギリス音楽の中でも、この1930年に完成された合唱交響曲は、特に楽しめる作品のひとつだ。
 演奏の水準も非常に高く、伸びやかで広々とした世界の豊かな歌心が、聴く者の精神を、最後には暖かで穏やかなもので包んでくれる。幸福な〈時〉で満たしてくれる音楽にめぐり会えたことに感謝したくなる演奏だ。
 ブリスの作品としてはめずらしいと言って良いほど、全編が爽やかで、しなやかな流れに貫かれているが、それには、名指揮者グローヴズの力も大きく貢献しているだろう。グローヴズの創る音楽には、いつも、自然体の自由さと、大らかなすがすがしさがある。その人なつこい眼差しには、言葉では言い尽くせぬ〈音楽のよろこび〉が宿っている。ブリスの、戦争の犠牲者たちへの鎮魂の思いが美しく昇華されている名演奏だ。正に、タイトルの「朝の英雄」に込められた作曲者の心情に相応しいものと思う。
 第1楽章と第5楽章では、朗読が用いられているが、第1楽章の朗読の背景で奏でられる音楽には、イギリスの田園風景が広がって行く。そして、第5楽章では、独白劇のような緊張がある。当時の交響曲的作品としては珍しい手法だが、シェークスピア劇を生んだイギリスの、演劇美学を味わうような側面も聴かせる作品だ。このCDは〈合唱〉と〈朗読〉という、イギリスが得意とする芸術を巧みに織り込んだ、〈イギリス音楽〉の魅力の総合とも言うべき傑作の、決定的名演と言ってよいものと思う。グローヴズには、ロイヤル・リヴァプール・フィル他との1975年録音が英EMIにあるが、これは当CDの演奏ほどには音楽が練れていない。
 指揮のチャールズ・グローヴズは、1915年ロンドンに生まれ、1992年、同じくロンドンで心不全により急死したイギリスの指揮者。イギリスの音楽に囲まれて成長し、イギリスの聴衆と共に育ったと言っても過言ではない生涯を送った指揮者のひとりだ。
 なお、この名演での、見事に音楽と融け合った朗読を担当しているリチャード・ベイカーは、1925年にロンドンに生まれた。放送、ミュージカルまで、活動の幅は広く、音楽作品のナレーターとしては、なくてはならない逸材とされている。彼が手掛けた仕事は、オネゲル「ダビデ王」、ウォルトン「ファサード」、プロコフィエフ「ピーターと狼」シェーンベルク「ワルソーの生き残り」など、多岐にわたっている。(1997.5.30 執筆)



作曲者と指揮者の深い友情を聴くハウエルズ『楽園への讃歌』。俊英ベイリーのチェロで『ファンタジア』も。

2013年05月10日 11時26分40秒 | BBC-RADIOクラシックス
 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、第二次大戦後のイギリスの音楽状況の流れをトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。


 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの92枚目

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【日本盤規格番号】CRCB-6103
【曲目】ハウエルズ:楽園への讃歌
      :チェロと管弦楽のためのファンタジア
【演奏】ドナルド・ハント指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
    スリー・コアーズ・フェスティバル合唱団
    アプリール・カンテロ(sop.)
    デイヴィッド・ジョンストン(te.)
       ―――――――
    ノーマン・デル・マー指揮BBCスコティッシュ交響楽団
    アレクサンダー・ベイリー(チェロ)    
【録音日】1977年8月23日、1982年8月12日

■このCDの演奏についてのメモ
 「楽園への讃歌」は作曲者ハウエルズ自身の家族の不幸を作曲の動機とした、美しく清澄な作品だ。このような生い立ちの作品としては、フォーレの有名な「レクイエム」が真っ先に挙げられるだろうが、このハウエルズの作品の場合、初演に漕ぎ着けるまでにも、多くの困難があったようだ。結局、初演の場となったのは、作曲者の生地に近く、若き日に音楽を学んだ町、グロスターだった。
 このCDに収録された演奏で指揮をしているドナルド・ハントは、このグロスターに生まれた宗教音楽の指揮者、オルガニスト、作曲家として、長く活動している人物。オルガン曲や多くの「キャロル」を作曲しているが、この「楽園への讃歌」の初演がやっとのことで行われた1950年には、初演の地グロスターのカテドラルの若きオルガニストだった。
 1930年生まれのドナルド・ハントが、グロスター・カテドラルのオルガニストに就任したのは、彼が18歳の1948年で、ここには54年まで在籍していたから、ハントにとって、青春時代の記憶に、この「楽園への讃歌」の初演が刻みこまれているかも知れない。
 いずれにしても、このCDに収められた演奏は、初演後20数年を経て、再び、同地に於て行われた記念コンサートの記録であり、リハーサルには作曲者自身も立合ったという。作曲者と指揮者とは深い友情に結ばれたが、この幸福な再演の後、5年余を経て、作曲者は世を去ってしまった。
 後に残されたこの演奏のCDは、イギリス南西部グロースターシャー州に位置する古い州都、グロスターに縁を持つ作品をめぐる二人の音楽家の友情が生んだ、ひとつの美しい花として聴くこともできるだろう。
 余白に収められた「チェロと管弦楽のためのファンタジア」も、幼くして世を去った息子への思いがこめられているというが、ここでチェロ独奏を担当しているアレクサンダー・ベイリーも、作曲者ハウエルズにロンドンの王立音楽院で学んでいる。
 イギリスを代表するチェリストのひとりで、エルガー、ウォルトンといったイギリスの作品の演奏に定評があるほか、ペンデレッキの「第2チェロ協奏曲」のカナダでの初演や、スタンフォードの「協奏曲」の世界初録音が話題となっている。
 伴奏指揮のノーマン・デル・マーは1919年に生まれ、1994年に世を去ったイギリスの指揮者。BBCスコティッシュ交響楽団などで活躍し、後期ロマン派を得意にしていた。特にリヒャルト・シュトラウスについては著作もあり、周到な研究を演奏で実践していたと言われる。(1997.5.29 執筆)



ロシア正教に改宗した現代イギリスの作曲家ジョン・タヴナーの作品を、ロジェストヴェンスキーの指揮で聴く

2013年04月26日 11時43分07秒 | BBC-RADIOクラシックス
 昨年の8月9日付けのブログに「第90回」を掲載して以来、中断していた「BBC-RADIOクラシックス」のライナーノートを再開します。いよいよ、あと10回で終わりです! まずは、毎回掲載しているリード文から(じつは、少しだけ書き直しました)。

 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、第二次大戦後のイギリスの音楽状況の流れをトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの91枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6102
【曲目】タヴナー:「アフマートワ・レクイエム」
    タヴナー:「6つのロシア民謡」
【演奏】ロジェストヴェンスキー指揮BBC交響楽団
    フィリップ・ブリン=ユルソン(ソプラノ)
    ジョン・シャーリー=カーク(バス・バリトン)
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    ナッシュ・アンサンブル
    エリース・ロス(ソプラノ)
【録音日】1979年9月2日

■このCDの演奏についてのメモ
 このCDで、現代イギリスの特異な作品であるジョン・タヴナーの「アクマートワ・レクイエム」を指揮しているゲンナジー・ロジェストヴェンスキーは、1931年生まれの旧ソ連の名指揮者だが、イギリスにとっては縁の深い指揮者のひとりだ。
 ロジェストヴェンスキーとロンドンの聴衆との最初の出会いは、ボリショイ・オペラの指揮者に就任した1956年のロンドン公演が最初と言われている。この時、ロジェストヴェンスキーはまだ25歳の青年だった。政治的に、いわゆる東側のヴェールの向うから突然登場した若き天才指揮者を、西側でいち早く評価し、以後盛んに招待演奏会のアプローチを続けたのはイギリスの音楽関係者だった。
 その後、たびたびのロンドン訪問で、その実力の程をロンドンの聴衆に示していたロジェストヴェンスキーは、結局、BBC交響楽団の首席指揮者に、1978年から82年までの間、就任した。もっと長く続くはずだったが、この有能な指揮者の国外流出を快く思わなかった当時のソ連政府の強引な引き戻し策により、4年間で終わってしまったのだった。
 1981年録音の当CDは、そのロジェストヴェンスキーがBBC交響楽団の首席指揮者をしていた時期に行われたプロムナード・コンサート(プロムス)の演奏だ。初演が、この1週間ほど前に、同じメンバーによってエジンバラ音楽祭で行われたのを受けて、BBC放送局が総力を結集したイベントとして公開、録音された演奏会の記録。曲目の「アクマートワ・レクイエム」は、ロシア正教に改宗した作曲者が、ロシアの詩人の作品に材を求めたもので、改宗の決意の表われなのか、あるいは、原詩に内在する力に動かされたのか、極めて密度の高い、独特の精神の重さを感じさせる音楽となって結実している。
 政治的には〈反スターリニズム〉の産物と目されるだろうが、そうした背景を抜きにして、音楽的に、極めて優れた求心力を持った作品であり、演奏であると感じられる。暗部の底を覗きこむような緊張と、カラフルでありながら、濃密で重量感のあるサウンドだ。現代作品の歌唱に多くの実績のある独唱者を配し、この作品の理想の指揮者を迎えたものと想像されるほどの仕上りを聴かせる演奏だ。
 「6つのロシア民謡」も初演のメンバーによる演奏で、初演後8ヵ月を経て満を持しての録音だ。第2曲の「庭の白樺」はチャイコフスキーの「第4交響曲」の終楽章の主題に選ばれた旋律と同じ。第6曲の日本人にも広く知られた「カリンカ」などとともに、タヴナーの、東洋的な語法への深い共感と特異な個性との共存が、わかりやすく表現されている。(1997.5.29 執筆)



シュニトケ「交響曲第二番」初演と、アルヴォ・ぺルトらとの合作を自作自演するロジェストヴェンスキー

2012年08月09日 11時10分47秒 | BBC-RADIOクラシックス





1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの90枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6101
【曲目】シュニトケ:交響曲第2番「聖フローリアン」
  ロジェストヴェンスキー/
  デニソフ/ペルト/シュニトケ:「パド・カトル」
【演奏】ロジェストヴェンスキー指揮BBC交響楽団
  BBCシンガーズ/BBC交響合唱団ほか
【録音日】1980年4月23日、1979年10月9日

■このCDの演奏についてのメモ
 シュニトケの「交響曲第2番《聖フローリアン》」の世界初演の録音が、今回、初めてCD化された。
 この大掛かりな作品を指揮して、よくまとめ上げているのは、ロシアの戦後世代を代表する俊英、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーだ。彼は、この時期、同作品の作曲を委嘱した英国放送協会(BBC)が運営するオーケストラ、BBC交響楽団の首席指揮者として活躍していた。
 この作品では、ライヴ録音ながら、卓越したバトン・テクニックで、切れ味の鋭い演奏を聴かせているのがさすがだが、ライヴのためか、細部の彫琢よりも、音楽の勢いを重視した演奏に傾斜している側面もあるようだ。そのため、全てが白日の元にさらされているような、堂々とした押し出しが前面に出過ぎているようにも思うが、どうだろう。
 言わば、ロジェストヴェンスキーの前進力によって、シュニトケの病んだ世界が、ひと回り骨太の力強さを獲得したとも言えるだろう。この輪郭のくっきりしたビクともせぬ世界の、不思議な安定感は、ロジェストヴェンスキーによって拡大されたもののように思う。
 もっとも、作品そのものにも、シュニトケの作品としてはある種のあっけらかんとした身振りの大きさを容認するところがあるようで、その意味では、ロジェストヴェンスキーの持ち味と良い方向でマッチしているとも言えるだろう。なかなかに聴き応えのある作品であり演奏だ。強い押し出しの金管の咆吼も、所を得て力強い。正に〈聖フローリアン〉でインスピレーションを得たというシュニトケの精神的開放の片鱗を垣間みる思いがする。
 しかし、このCDの更なる面白さは、余白に収められた「パ・ド・カトレ」だ。これはロジェストヴェンスキー、デニソフ、ペルト、シュニトケの4人による合作。したがって、この第1楽章は、ロジェストヴェンスキーの自作自演というめずらしいものだ。
 他愛ないお遊びの作品と言ってしまうことも出来るだろうが、なかなか機知に富んだ作品で、ロシアの近代音楽の中にある、変形されたフランス風エスプリの響きが、小味の利いた世界を繰り広げる。うさん臭いモダンとでも言えようか。そのあたりを、ロジェストヴェンスキーが器用に描いている。(1997.5.30 執筆)



バルビローリの南国的なブルックナー演奏で「第8」を聴く〈特異な〉体験!

2012年07月13日 11時27分54秒 | BBC-RADIOクラシックス





1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの89枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6100
【曲目】ブルックナー:交響曲第8番 ハ短調
【演奏】バルビローリ指揮ハレ管弦楽団
【録音日】1970年5月20日

■このCDの演奏についてのメモ
 このCDの演奏は、名指揮者バルビローリにとって、ロンドンの聴衆を前にした最後のコンサートの記録となったものだ。演奏が行われたのが1970年5月20日で、バルビローリが突然の死を迎えたのは、大阪万博でのコンサートを指揮するための初来日を目前にした7月29日だった。
 当CDの演奏会のプログラムは、ブルックナーの「第8交響曲」に先立って、エルガーの「序曲《南国にて》」が演奏されている。同じプログラムでハレ管弦楽団の本拠地マンチェスターでの演奏会があり、次いでイングランド北部のシェフィールドでの演奏会、そして、当夜のロンドン公演という日程だった。
 バルビローリとハレ管弦楽団とは長い付き合いで、当時は首席指揮者の地位を高齢のため退いていたが、終身桂冠指揮者の称号をこのオーケストラから受けていた。言わば、ぴったりと息のあったところを聴かせていた時期にあたる。バルビローリのファンの方ならば、すぐに気付かれたと思うが、演奏会の冒頭にエルガーの「序曲《南国にて》」が置かれているのが、いかにもバルビローリらしい。エルガーは、バルビローリが得意にしていた作曲家であり、そのエルガーのイタリア・地中海体験から生まれた「序曲《南国にて》」は、バルビローリの中にあるイタリア人の血を思い起こさせるものだ。
 「序曲《南国にて》」は、後期ロマン派的な作品ではあるが、それでも、エルガー。普通の感覚では、やはりブルックナー・サウンドとはかなり隔たりがある。だが、実際のところ、この一見奇妙な取り合わせの曲による演奏会のブルックナーは、ほんとうに〈南国的〉だ。ひとつひとつ階段を昇って行こうとせず、一気に駆け上がり、小休止ももどかしげにグイグイと突き進む。呼吸は、あくまでも大らかで開放的。全身で表現するクレッシェンドがはちきれそうだ。これならば、エルガーの「南国にて」のあとに演奏されたブルックナーは、とてもよく似合っていただろう。オーケストラも懸命に随いてくる。
 いずれにしても、実に堂々とバルビローリ流に高らかに歌い上げられたブルックナーだ。ブルックナーを聴き慣れた人ならば、第1楽章の冒頭を聴いただけで、すぐに「おや?」と思われるに違いない。地の底からじわじわと上がってくるような厳しさ、切り立った、どこかひんやりとした冷悧さが影をひそめ、バルビローリのブルックナーは、とても暖かい。いきなり高い声で歌い出されて面食らうような、陽気なイタリア人気質。バルビローリの本質は〈英国紳士〉的なものではないのだ。そのことがとてもよくわかる演奏だ。愛すべき仲間、バルビローリの遺産に乾杯! (1997.5.30 執筆)




ティペットの80歳を祝うコンサート・ライヴで聴くアサ―トン指揮「三重協奏曲」の名演

2012年06月28日 13時00分37秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの88枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6099
【曲目】ティペット:「三重協奏曲」
       ~ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロと管弦楽のための
    ティペット:「聖アウグスティヌスの幻影」
       ~バリトン独唱・合唱と管弦楽のための
【演奏】デイヴィット・アサートン指揮ロンドン・シンフォニエッタ
       エルンスト・コヴァチッチ(vn)
       リヴカ・ゴラーニ(va)
       カーリン・ジョルジアン(vc)
       ジョン・シャーリー・カーク(br)
       ロンドン・シンフォニエッタ合唱団
【録音日】1985年1月20日


■このCDの演奏についてのメモ
 このCDは、現代イギリス作曲界を代表するマイケル・ティペットの、80歳を祝うロンドン・シンフォニエッタの特別演奏会の記録だ。1985年1月20日にロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで行われた。
 曲目はティペットの代表作のひとつとして知られている『アウグスティヌスの幻影』と、1979年に書き上げられ80年に初演されていた『三重協奏曲』だが、80年代以降、最近に至るまでのティペットの作品の傾向から推察すると、むしろ『三重協奏曲』が作曲者の晩年の境地を伝える代表作となる可能性が高いように思う。特に二つの間奏曲と、それに挟まれた第3部の美しさは比類なく、第1部の激しさを浄化している。ティペットは、未だ〈現在進行形〉の作曲家なのだ。
 この作品への聴衆の関心の高さを一面で表わすものとして、同曲のCDが既に90年録音の英ニンバス盤と、95年録音の英シャンドス盤の2種発売されていることがある。ニンバス盤は作曲者自身の指揮(ヴァイオリンは当アルバムと同じコヴァチッチ)によるもので、オーケストラはBBCフィルハーモニー。シャンドス盤はリチャード・ヒコックス指揮ボーンマス響によるものだ。発売順では最後になったが、当アルバムの演奏は、CDとなって私たちが聴けるようになったのは今回が初めてでも、イギリス国内では当然、過去に放送されており、広く知られていたもののはずだ。これまでに発売された2種の録音は、当アルバムのアサートンによる演奏を踏まえたものと言ってよいだろう。
 アサートン盤の演奏は、この曲の真価を広く知らしめるに大きな貢献をしたはずだと確信できるほどに見事なもので、アサートンの好サポートを得た独奏者相互の緊迫感のある音楽が、もぎたての果実のようなみずみずしさを湛えている。二つの間奏曲での切り詰められた各パートの鮮明さ、リズムの粒立ちのよさも特筆できる。このあたりを作曲者自身の指揮した盤と比較すると、アサートンがスコアの深部を掘り起こしていることが聴き取れる。これはアサートンの才能の一端をも表わすアルバムだ。
 デイヴィッド・アサートンは、1944年生まれのイギリスの指揮者。1968年にコヴェントガーデン王立歌劇場(ロイヤル・オペラ)に史上最年少の指揮者として登場した戦後イギリスの俊英。同年に20世紀音楽の紹介を主な目的としたロンドン・シンフォニエッタを創設、自ら音楽監督として意欲的な活動を開始した。最近はオペラ分野に力を注ぎ、イギリス・ナショナル・オペラでの活動が96年から始まった。(1997.1.28 執筆)

【当ブログへの再録に際しての付記】
1905年1月2日生まれのマイケル・ティペット(Sir Michael Kemp Tippett)は、1998年1月8日に、その長い生涯を終えた。


ラトランド・ボートンの「ケルト交響曲」(交響曲第2番)を、エドワード・ダウンズ指揮の名演で聴く

2012年06月19日 12時10分04秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの87枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6098
【曲目】ボートン:交響曲第2番「ディエ―ドゥリ」(ケルト交響曲)
    ボートン:交響曲第3番 ロ短調
【演奏】エドワード・ダウンズ指揮BBCフィルハーモニー管弦楽団
【録音日】1985年12月1日、1983年4月14日

■このCDの演奏についてのメモ
 ラトランド・ボートンの二つの交響曲という、めずらしい作品を収めたCDだ。イギリス版のカタログでも第3交響曲がヴァーノン・ハンドリー指揮ロイヤル・フィルで英ハイペリオンから発売されているだけのようで、第2交響曲は、今回のアルバムへの収録が、現在唯一の録音のようだ。私自身、今回のアルバムによって初めて聴くことのできた作品だが、これは思わぬ拾い物。幻想に満ちた牧歌的な世界がひろびろとひろがる美しい作品だ。BBC-RADIOクラシックスのシリーズには、こういう未知の作品との出会いがあることも魅力だ。
 「第2番」の冒頭を聴き始めただけで、北欧の音楽に通じる少し寒々とした澄んだ響きが、駆け足で滑り込んでくるような美しさで耳を捉える。親しみやすい旋律が、軽やかに駆けまわるような展開は、とてもすがすがしい。演奏も、深々とした呼吸に支えられた大きな広がりを持ったもので、細部にこだわらず一気に推し進めていく大らかさで、ざっくりと描いていく。この、大地に根ざしたような確かな手応えは、なかなか求めようとしても得られるものではない。
 「第3番」もダウンズ指揮の演奏の基本的な姿勢は変らない。こちらの作品の方が物語的展開をベースにしていない作品なので、多少形式的な厳格さがあるようだが、ダウンズの演奏は、ここでも、瞬間々々を精一杯全開して歌い上げてしまうので、聴いているこちらもそれにつられて、その場の感興の盛り上がりに率直に随いていくことになる。実にあけすけな音楽だが、それが隙だらけになったり空まわりしないのは、ダウンズが掴んでいる音楽が、素朴な感情の発散に素直な姿勢で貫き通されているからだろう。アダージョ楽章での野太い流れのたくましさにも、それは表われている。演奏家の持ち味と作品の個性が幸福な合致を聞かせる録音のように思う。
 エドワード・ダウンズは、1924年バーミンバム生まれ。ロンドンの王立音楽院を卒業。現在はロイヤル・オペラ・ハウスの首席指揮者として活躍しているが、このCDの録音の頃は、BBCフィルハーモニーの首席指揮者に就任していた。このオーケストラと、ロマンティックな作風を持ったイギリス近代のあまり知られていない作曲家の作品を、精力的に紹介していたようで、バックスとバントックの作品を収めたCD(CRCB-6069)でも好演していた。BBCフィルハーモニーは、かつてBBCノーザン交響楽団という名称で活動していたBBC放送局傘下のオーケストラのひとつ。マンチェスターを本拠地にしている。(1997.1.28 執筆)