聖書のはなし ある長老派系キリスト教会礼拝の説教原稿

「聖書って、おもしろい!」「ナルホド!」と思ってもらえたら、「しめた!」

はじめての教理問答6~10

2018-07-15 14:20:35 | はじめての教理問答

2018/7/15 「神はどんなお方?」詩篇19篇

はじめての教理問答6~10

 先週から新しく「はじめての教理問答」を開いてお話ししています。今日は、問6から10まで、特に神さまはどんなお方か、を確認するお話しです。

問6            真実の神さまはふたり以上いますか?

答 いいえ、真実の神さまはただひとりだけです。

問7 このひとりの神さまには、いくつの位格がありますか?

答 みっつの位格があります。

問8 神さまのみっつの位格とは、どなたとどなたですか?

答 父なる神さま、子なる神さま、聖霊なる神さまです。

問9 神さまは、どのようなものですか?

答 神さまは霊であり、ひとのような体を持っていません。

問10 神さまは、どこにいますか?

答 神さまはあらゆるところにいます。

 ここでは神さまってどんなお方かを言い表そうとしていますが、その前に、先週お話ししたのは、神さまが私たちも世界の全てをもお造りになった、と言うことです。世界を造られた神さま。その神さまは何人もいるのでしょうか。世界中には沢山の宗教や神さまが崇められています。そこで中には「宗教の数だけ、人の数だけ神さまはいるんだ」と言い切る人もいるのです。ですから

「真実の神さまは二人以上いますか? いいえ、真実の神さまはただ一人だけです」

という問をここではしています。そして、私たちにとっても本当の神さまはお一人です。人間が沢山の宗教を持っていようと、本当の神さまはただ一人。そう信じることはとても大事なことだと思います。

 しかし、そのお一人の神さまとは、私たちの理解には到底収まりきらない、偉大なお方です。私たちは、世界よりも大きな造り主の神さまを、到底この小さな頭の中で理解しきることは出来ません。神さまが、私たちには考えられないくらい偉大なお方だという事を忘れないようにしましょう。その最も典型的なことが、一人の神さまに、三つの「位格」がある、ということです。一人の中に、三つの神さまの位格がある。それは

「父なる神様、子なる神様、聖霊なる神様」

の三つのお方です。これを「三位一体」と言います。父と子と聖霊なる神様、三つは別々ですが、神として一つ。神は一人であって、三人の神がおられるのではありませんが、父と子と聖霊と、三つの方がおられるのが神。それは私たちのこんな頭では到底理解できっこない、神の偉大さです。人はこんなふうに、三位一体を説明しようとしてきました。三角を使ったり、三つで一つのリングを考えたり、水と氷と水蒸気とか、色々な例を使った説明があります。

 けれども、どれも不十分です。世界の中のことでは説明できません。なぜなら、神はこの世界よりも大きな方ですから。そして、その大きな神がこの世界を造り、治めておられるのです。

 三角や水や味気ない譬えよりも、こちらのほうが三位一体のイメージとしては素敵です。

 説明しようとするよりも、父なる神が作られた世界、子なるキリストが地上でなされた御業や十字架、聖霊なる神様が今も人の中に働いて、私たちを生かし、慰め、導いてくださっていること。その父と子と聖霊がともに働いておられる神のお姿を、限りなく想像させてくれます。神様の豊かさを膨らませてくれます。

 神に対するイメージには二つの種類がある、と書いてある本がありました。一つは、世界を上から治めている神がいて、人間社会に時々口を出したり、介入したりしてくる神です。世界の上に立つ神です。世界の頂点におられる神、上から世界を支配している神。ピラミッドに象徴されます。一番上に君臨している王です。強く偉大な神ですが、しかし、恐ろしい気もします。

 もう一つは、その逆です。神が世界の下からいつも世界を支えておられる。人間が気づこうと気づくまいと、神は世界を一番下から支えておられて、世界を生かしておられるのです。そしてこの三角は、ピラミッドのように頂点から世界を牛耳る三角ではありません。三位一体の三角です。父と子と聖霊の神が、互いに結ばれて、一つに世界に働いておられるのです。三位一体の神が、世界を支えておられるのです。ひとりの神に三つの位格がある、というのは人間の理解を超えた神秘ですが、父と子と聖霊の神が一緒に世界を支えておられて、ともに私たちに命を下さっている、と考えるなら、神がもっと身近になります。神様が慕わしく思えます。

 今日読んだ詩篇19篇。

「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる」

と始まりました。天、大空、そして宇宙も世界の全ても、神の栄光を僅かばかりですが、映し出しています。神の偉大さ、測り知れない大きさを、自然は豊かに表しています。それが続いて

「主のおしえは完全でたましいを生き返らせ
主の証しは確かで 浅はかな者を賢くする。

それらは 金よりも 多くの純金よりも慕わしく
 蜜よりも 蜜蜂の巣の滴りよりも甘い」。

 神の教え、神の言葉が、私たちの魂を生き返らせてくださる。神の言葉は、純金よりも蜂蜜よりも素晴らしい、と私たちの事にグッと引き寄せました。そしてそれが

「どうか 隠れた罪から私を解き放ってください。
あなたのしもべを傲慢から守ってください。
それらが私を支配しないようにしてください。
そのとき私は大きな背きから解き放たれて全き者となるでしょう。」

と、私たちの心の奥に隠れた罪の願いにまで深くされました。天、大空から、私たちの隠れた思いにまで、神は働いてくださる。天の事だけにかまけている王ではなく、この世界の全てを支えて、どこにでもおられて、私たちの心の奥までも支えておられる。それが神です。そのような神だけが、ただ一人の真実の神である。そう私たちは信じています。

 この神は霊であって、体はありませんから、見ることが出来ません。それでも、どこにでもおられます。神はあらゆるところにおられます。神がおられないところはなく、いつでもどこでも神はおられます。神なくして存在するような場所はどこにもない。神はいつも私たちを支えておられます。その事を何よりも示してくれるのは、主イエスの御生涯です。

 イエスは、低くなり、小さくなり、私たち人間の中に来られました。人々の涙を拭われ、弟子たちの足を洗うほど低くなりました。罪を負って、十字架にかけられました。イエスは「わたしを見た者は父を見たのです」と言われました。三位一体の神がどんなお方か、イエスが仕えるお方であったことに最もよく現されています。私たちはこの神を信じています。だから、私たちも互いに仕え合い、生かし合うのです。

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