2014/06/22 ルカ17章11~19「神をあがめるために戻って来た」(#273 )
先回、私たちは、弟子たちに対して、イエス様が仰った言葉を聴きました。
6…「もしあなたがたに、からし種ほどの信仰があったなら…言いつけどおりになるのです。
信仰は、信じる私たちの側の信じる力が弱いとか小さいとかいう問題ではない。そう断言されました。ですから、続く今日の癒やしの記事でも、
19…あなたの信仰が、あなたを直したのです。
と結ばれるのも、この感謝するために戻って来た人の信仰が立派だったから、それだけ優れていたから、というような事ではありません。「この人は、私たちよりも優れた信仰を持っていたのだ-私たちはこの人ほど感謝も足りないし、立派な信仰でもない」と引け目を感じたり卑屈になったりするとしても、そこで終わってはなりません。私たちの信仰は、からし種のように最も小さいものに喩える他ないとしても、その信仰さえ神様からの賜物であり、神がその信仰を通して豊かに働いて下さることを信じるのです。自分の信仰は貧しくとも、私たちの神である主は力強いと信じるのです。そして、その通り、ここでも、当時は不治の病としてどうしようもなかった病気、汚れているとして町中に住むことさえ認められなかった病をさえ、イエス様は癒してくださったのです 。
しかし、この十人の患者たちは、最初イエス様を見た時に、
13声を張り上げて、「イエスさま、先生。どうぞあわれんでください」と言った。
とあります 。「癒して」ではなく「あわれんでください」でした 。ただ病気が癒えるだけではなく、社会からも疎外され、宗教的には汚れていると見做されて、身を寄せ合って暮らしていた。彼らは遠くから、叫んで、憐れみを乞い求めたのです。イエス様が彼らに、
14…「行きなさい。そして自分を祭司に見せなさい。」…
と言われた時、彼らは祭司の所に向かいました。祭司は、「汚れ」として扱われていたこの病気がきよくなったかどうかを判断し、宣言する役目を負っていたのです。ですから、祭司に見せることで、社会的な回復が始まるのです 。彼らはそこに行きました。癒されてから、ではなく、癒される前に、イエス様の言葉を信じて進みました 。そして、その行く道の途中で、彼らはきよめられていることに気がつきました。そして、
15そのうちのひとりは、自分のいやされたことがわかると、大声で神をほめたたえながら引き返して来て、
16イエスの足もとにひれ伏して感謝した。彼はサマリヤ人であった。
というのです。「サマリヤ人」とは、エルサレムのあるユダヤと北のガリラヤとの間に挟まれたサマリヤの地域に住む人々ですが、彼らはアッシリア捕囚の時に連れて来られた人々とイスラエル人との混血で、宗教的にも異教徒の習慣が混じったものを身につけていました 。そうした歴史を背景にして反発し合っていた間柄です。それが、同じ病気のため追い出されていた者同士、この時は十人で一緒に暮らしていたようです。ところが、イエス様を通して病気がきよめられたことに気付いた時、
18神をあがめるために戻って来た者は、この外国人のほかには、だれもいないのか。」
とイエス様を嘆かせることになってしまいます。求めた憐れみをいただいて、病気を癒されただけでなく、祭司にきよいと言ってもらって社会復帰も果たせそうです。でも、その憐れみを感謝するために戻って来たのは一人だけ、このサマリヤ人でした。
私たちはこういう癒やしの記事から、「感謝を忘れてはいけません」というような「正論」めいた説教を引き出すだけなのでしょうか。イエス様に直接お願いして、こんな奇蹟に与る話自体、私たちとは別世界の話のようです。その溝を感じたままなら、感謝や、癒される信仰、などといくらひねくり回しても、こんな箇所は、何の役にも立たないのです。
でも、イエス様も別の意味でここに一つの見切りをつけられたのです。この奇蹟の後、イエス様は癒やしをなさるのは二度だけ、十八章の最後と、ゲッセマネの園でペテロが耳を切り落とした人の耳を癒された、その二回だけです 。奇蹟が信仰を引き起こすわけではないことは、十六章31節でも明言されました。癒やしや奇蹟のあるなしが問題ではありません。問題は、私たちが、私たちを憐れんで下さる主を求め、その恵みに感謝するかどうか、です。ここでも、このような憐れみ深い癒しさえ人を神に立ち返らせるのではない事が教えられているのです。奇蹟がないからと主を捨てる人は、奇蹟があっても感謝するために引き返しては来ない。それは、救いに至る信仰ではないのです。
あなたの信仰が、あなたを直したのです。
これは、正しくは「救った」と訳すべき文章です 。それも、完了時制ですから、
あなたの信仰が、あなたをもう救ってしまったのです。
という言葉です。ルカはこの言葉を4回も繰り返します 。けれども、先にも言いましたように、自分を救えるほど立派な信仰だ、というのでは決してないのです。この言葉を言われるのは、罪深い女、長血の女、サマリヤの病人や物乞いをしていた目の見えない人。いずれも、敬虔さを求める人々の眼中にはないような人でした。そういう人が、イエス様に憐れみを乞い求めたとき、そのイエス様に縋る信仰は、救いを得させる信仰だと言われます。自分の信仰がどれだけ熱心か、純粋か、という問題ではなく、ただイエス様を求めるという対象が正しかった故に、彼らは思いがけず、救いにさえ与ったのです。
でも、こうして新たに立ち上がって行く時、人々は好奇の目で見るでしょう。かつて汚れていたもの、というレッテルは生涯つきまとうかも知れません 。主イエスへの信仰故に迫害も受けたはずです。やがてまた病にかかったでしょうし、確実に死にました。主は、人生のあらゆる問題を解決して、いつまでもバラ色になさる方ではありません。癒やしだけで満足した残りの九人は、感謝を忘れただけでなく、癒された事自体忘れたでしょうか。それとも、癒やしが人生を明るくするわけではないことにいつか気付いて、戻って来たのでしょうか。奇蹟や癒やしを求める以上に、病や困難を通して、憐れみ深い主に出会い、賛美する者となることが幸いなのです。戦いや虚しさに塞ぐような人生の旅路をも、すでに救われた喜びを歌いながら歩めることにこそ、幸いがあるのです。
午後にコンサートがあります。多くの讃美歌作者たちは、目が見えなかったり、愛する人を亡くしたり、病や鬱に悩みました。その中で、主イエスに出会い、本当に明るい讃美歌を書きました。その尊い財産を今も私たちは歌っています。奇蹟や癒やしは過去のことではありません。次回見ますように、今も、主の御業は私たちのただ中で続いています 。
「憐れみ深い主が、私共の魂の深い必要を満たし、あなた様のもとにひれ伏し感謝する信仰を与えて、賛美の歌を歌わせてくださいます。願いが叶わなくとも、主イエス様のもとに帰って御名を崇め感謝する者とならせて下さい。私たちの人生そのものを、死の影の谷を通りながらも天の故郷に帰って行く旅路とし、その喜びの歌を歌い続けさせてください」
文末脚注
1 讃美歌273「わが魂を」「アメリカの説教者ヘンリー・W・ビーチャーという方が、次のような有名な言葉を残しているそうです。「地上に君臨したあらゆる帝王の名誉を勝ち得るよりも、ウェスレーのこの曲のような賛美歌を書きたいものだ。ニューヨーク一番の金持ちになるよりも、このような歌の作曲者になりたいものだ。金持ちは、しばらくすれば人々の記憶から消え去る。その人について何一つ話されなくなる。しかし人々は、最後のラッパの音とともに天使の群れが遣わされるときまで、この賛美歌を歌い続けることだろう。さらに神のみ前で、誰かがきっとこれを歌うことになると思う」
2 この律法は、私たちに罪や汚れを、自分のこととして考えさせるためのものであって、この病気にかかった人が特別に「汚れている」と差別されてはならないものでした。つくづくと、自分の汚れ、きよめの必要、憐れんで戴く他ない惨めさを思い、神にすがるため。今も私たちは、様々な形で「あわれんでください」と祈らされるのは、罪を抽象的にでなく、リアルに思い知る恵みである。感謝へと引き上げられるお取り扱いである。
3 「先生」エビスタテースは、ルカだけが6回使う言葉。いずれもイエスに対して。五5、八24(×2)、45、九33、49、十七13。
4 「あわれんでください」は、ルカが、十六24(金持ち)、十七13、十八38、39(エリコの盲人)だけで使い、神やイエスに対してのみ用いる、信仰的な言い方。しかし、その言い方が救いに至る信仰を保証するのではないことは、今日の箇所と十六章の金持ちの台詞が裏付けています。憐れみを求めるとは口だけで、憐れんでもらったら、もう忘れてしまうことがあるのです。憐れまれた、だから、感謝だ、憐れんで下さった神に栄光を帰します、というのが救いに至る信仰です。
5 ツァラアトの言及は、ルカでは、四27、五12前後、七22とここだけですが、四章と七章の2箇所は、教えの中なので、実際の登場はここと五章の2回です。
6 行くだけの信仰はあった。期待もあった。信じていた。でも、求めていた者が得られた時、感謝や賛美には心が行かなかった。信仰の弱さ、ではない。信仰の目的・本質が違っている。
7 Ⅱ列王十七24~41、参照。
8 この前の癒やしは、十四章1-6節の「水腫をわずらっている人」の癒しです。
9 「直した(救った。ソーゾー)」 六9、七50、八12、36、48、50、九24、56、十三23、十七19、33、十八26、42、十九10、二三35、37、39。
10 ルカ七50、八48、十七19、十八42。そして、いずれも時制は、後述の「完了形」です。
11 新改訳聖書は、第二版で「らい病」としていたのを、第三版で「ツァラアト」と音訳にしました。詳しい経緯に触れるには十分な紙面が必要ですが、ハンセン病のために苦しみ、差別を受け、人生を断絶された方々の深い苦しみに対して、教会も鈍感であり残酷であったことの反省をともなった変更です。今でも、第二版を使ったり、第三版を使いながらも「これは「らい病」のことです」と無邪気にも言ってしまったりする神経に対して、教会はもっと敏感でなければなりません。ハンセン病、また、精神障害者、犯罪加害者、同性愛者、被差別出身者、またそうした方を身近にしながら、それを公に出来ないでいる苦しみがあります。それに対する教会の鈍感さに、他人事めいた差別意識があることを真摯に認め、悔い改め、学び、変わっていかなければなりません。
12 憐れみを求め(キリエ)、恵みをいただき(福音説教)、栄光を帰し(グロリア)、感謝をささげ(祈りと献金)、派遣される。これは礼拝のパターンそのものです。
先回、私たちは、弟子たちに対して、イエス様が仰った言葉を聴きました。
6…「もしあなたがたに、からし種ほどの信仰があったなら…言いつけどおりになるのです。
信仰は、信じる私たちの側の信じる力が弱いとか小さいとかいう問題ではない。そう断言されました。ですから、続く今日の癒やしの記事でも、
19…あなたの信仰が、あなたを直したのです。
と結ばれるのも、この感謝するために戻って来た人の信仰が立派だったから、それだけ優れていたから、というような事ではありません。「この人は、私たちよりも優れた信仰を持っていたのだ-私たちはこの人ほど感謝も足りないし、立派な信仰でもない」と引け目を感じたり卑屈になったりするとしても、そこで終わってはなりません。私たちの信仰は、からし種のように最も小さいものに喩える他ないとしても、その信仰さえ神様からの賜物であり、神がその信仰を通して豊かに働いて下さることを信じるのです。自分の信仰は貧しくとも、私たちの神である主は力強いと信じるのです。そして、その通り、ここでも、当時は不治の病としてどうしようもなかった病気、汚れているとして町中に住むことさえ認められなかった病をさえ、イエス様は癒してくださったのです 。
しかし、この十人の患者たちは、最初イエス様を見た時に、
13声を張り上げて、「イエスさま、先生。どうぞあわれんでください」と言った。
とあります 。「癒して」ではなく「あわれんでください」でした 。ただ病気が癒えるだけではなく、社会からも疎外され、宗教的には汚れていると見做されて、身を寄せ合って暮らしていた。彼らは遠くから、叫んで、憐れみを乞い求めたのです。イエス様が彼らに、
14…「行きなさい。そして自分を祭司に見せなさい。」…
と言われた時、彼らは祭司の所に向かいました。祭司は、「汚れ」として扱われていたこの病気がきよくなったかどうかを判断し、宣言する役目を負っていたのです。ですから、祭司に見せることで、社会的な回復が始まるのです 。彼らはそこに行きました。癒されてから、ではなく、癒される前に、イエス様の言葉を信じて進みました 。そして、その行く道の途中で、彼らはきよめられていることに気がつきました。そして、
15そのうちのひとりは、自分のいやされたことがわかると、大声で神をほめたたえながら引き返して来て、
16イエスの足もとにひれ伏して感謝した。彼はサマリヤ人であった。
というのです。「サマリヤ人」とは、エルサレムのあるユダヤと北のガリラヤとの間に挟まれたサマリヤの地域に住む人々ですが、彼らはアッシリア捕囚の時に連れて来られた人々とイスラエル人との混血で、宗教的にも異教徒の習慣が混じったものを身につけていました 。そうした歴史を背景にして反発し合っていた間柄です。それが、同じ病気のため追い出されていた者同士、この時は十人で一緒に暮らしていたようです。ところが、イエス様を通して病気がきよめられたことに気付いた時、
18神をあがめるために戻って来た者は、この外国人のほかには、だれもいないのか。」
とイエス様を嘆かせることになってしまいます。求めた憐れみをいただいて、病気を癒されただけでなく、祭司にきよいと言ってもらって社会復帰も果たせそうです。でも、その憐れみを感謝するために戻って来たのは一人だけ、このサマリヤ人でした。
私たちはこういう癒やしの記事から、「感謝を忘れてはいけません」というような「正論」めいた説教を引き出すだけなのでしょうか。イエス様に直接お願いして、こんな奇蹟に与る話自体、私たちとは別世界の話のようです。その溝を感じたままなら、感謝や、癒される信仰、などといくらひねくり回しても、こんな箇所は、何の役にも立たないのです。
でも、イエス様も別の意味でここに一つの見切りをつけられたのです。この奇蹟の後、イエス様は癒やしをなさるのは二度だけ、十八章の最後と、ゲッセマネの園でペテロが耳を切り落とした人の耳を癒された、その二回だけです 。奇蹟が信仰を引き起こすわけではないことは、十六章31節でも明言されました。癒やしや奇蹟のあるなしが問題ではありません。問題は、私たちが、私たちを憐れんで下さる主を求め、その恵みに感謝するかどうか、です。ここでも、このような憐れみ深い癒しさえ人を神に立ち返らせるのではない事が教えられているのです。奇蹟がないからと主を捨てる人は、奇蹟があっても感謝するために引き返しては来ない。それは、救いに至る信仰ではないのです。
あなたの信仰が、あなたを直したのです。
これは、正しくは「救った」と訳すべき文章です 。それも、完了時制ですから、
あなたの信仰が、あなたをもう救ってしまったのです。
という言葉です。ルカはこの言葉を4回も繰り返します 。けれども、先にも言いましたように、自分を救えるほど立派な信仰だ、というのでは決してないのです。この言葉を言われるのは、罪深い女、長血の女、サマリヤの病人や物乞いをしていた目の見えない人。いずれも、敬虔さを求める人々の眼中にはないような人でした。そういう人が、イエス様に憐れみを乞い求めたとき、そのイエス様に縋る信仰は、救いを得させる信仰だと言われます。自分の信仰がどれだけ熱心か、純粋か、という問題ではなく、ただイエス様を求めるという対象が正しかった故に、彼らは思いがけず、救いにさえ与ったのです。
でも、こうして新たに立ち上がって行く時、人々は好奇の目で見るでしょう。かつて汚れていたもの、というレッテルは生涯つきまとうかも知れません 。主イエスへの信仰故に迫害も受けたはずです。やがてまた病にかかったでしょうし、確実に死にました。主は、人生のあらゆる問題を解決して、いつまでもバラ色になさる方ではありません。癒やしだけで満足した残りの九人は、感謝を忘れただけでなく、癒された事自体忘れたでしょうか。それとも、癒やしが人生を明るくするわけではないことにいつか気付いて、戻って来たのでしょうか。奇蹟や癒やしを求める以上に、病や困難を通して、憐れみ深い主に出会い、賛美する者となることが幸いなのです。戦いや虚しさに塞ぐような人生の旅路をも、すでに救われた喜びを歌いながら歩めることにこそ、幸いがあるのです。
午後にコンサートがあります。多くの讃美歌作者たちは、目が見えなかったり、愛する人を亡くしたり、病や鬱に悩みました。その中で、主イエスに出会い、本当に明るい讃美歌を書きました。その尊い財産を今も私たちは歌っています。奇蹟や癒やしは過去のことではありません。次回見ますように、今も、主の御業は私たちのただ中で続いています 。
「憐れみ深い主が、私共の魂の深い必要を満たし、あなた様のもとにひれ伏し感謝する信仰を与えて、賛美の歌を歌わせてくださいます。願いが叶わなくとも、主イエス様のもとに帰って御名を崇め感謝する者とならせて下さい。私たちの人生そのものを、死の影の谷を通りながらも天の故郷に帰って行く旅路とし、その喜びの歌を歌い続けさせてください」
文末脚注
1 讃美歌273「わが魂を」「アメリカの説教者ヘンリー・W・ビーチャーという方が、次のような有名な言葉を残しているそうです。「地上に君臨したあらゆる帝王の名誉を勝ち得るよりも、ウェスレーのこの曲のような賛美歌を書きたいものだ。ニューヨーク一番の金持ちになるよりも、このような歌の作曲者になりたいものだ。金持ちは、しばらくすれば人々の記憶から消え去る。その人について何一つ話されなくなる。しかし人々は、最後のラッパの音とともに天使の群れが遣わされるときまで、この賛美歌を歌い続けることだろう。さらに神のみ前で、誰かがきっとこれを歌うことになると思う」
2 この律法は、私たちに罪や汚れを、自分のこととして考えさせるためのものであって、この病気にかかった人が特別に「汚れている」と差別されてはならないものでした。つくづくと、自分の汚れ、きよめの必要、憐れんで戴く他ない惨めさを思い、神にすがるため。今も私たちは、様々な形で「あわれんでください」と祈らされるのは、罪を抽象的にでなく、リアルに思い知る恵みである。感謝へと引き上げられるお取り扱いである。
3 「先生」エビスタテースは、ルカだけが6回使う言葉。いずれもイエスに対して。五5、八24(×2)、45、九33、49、十七13。
4 「あわれんでください」は、ルカが、十六24(金持ち)、十七13、十八38、39(エリコの盲人)だけで使い、神やイエスに対してのみ用いる、信仰的な言い方。しかし、その言い方が救いに至る信仰を保証するのではないことは、今日の箇所と十六章の金持ちの台詞が裏付けています。憐れみを求めるとは口だけで、憐れんでもらったら、もう忘れてしまうことがあるのです。憐れまれた、だから、感謝だ、憐れんで下さった神に栄光を帰します、というのが救いに至る信仰です。
5 ツァラアトの言及は、ルカでは、四27、五12前後、七22とここだけですが、四章と七章の2箇所は、教えの中なので、実際の登場はここと五章の2回です。
6 行くだけの信仰はあった。期待もあった。信じていた。でも、求めていた者が得られた時、感謝や賛美には心が行かなかった。信仰の弱さ、ではない。信仰の目的・本質が違っている。
7 Ⅱ列王十七24~41、参照。
8 この前の癒やしは、十四章1-6節の「水腫をわずらっている人」の癒しです。
9 「直した(救った。ソーゾー)」 六9、七50、八12、36、48、50、九24、56、十三23、十七19、33、十八26、42、十九10、二三35、37、39。
10 ルカ七50、八48、十七19、十八42。そして、いずれも時制は、後述の「完了形」です。
11 新改訳聖書は、第二版で「らい病」としていたのを、第三版で「ツァラアト」と音訳にしました。詳しい経緯に触れるには十分な紙面が必要ですが、ハンセン病のために苦しみ、差別を受け、人生を断絶された方々の深い苦しみに対して、教会も鈍感であり残酷であったことの反省をともなった変更です。今でも、第二版を使ったり、第三版を使いながらも「これは「らい病」のことです」と無邪気にも言ってしまったりする神経に対して、教会はもっと敏感でなければなりません。ハンセン病、また、精神障害者、犯罪加害者、同性愛者、被差別出身者、またそうした方を身近にしながら、それを公に出来ないでいる苦しみがあります。それに対する教会の鈍感さに、他人事めいた差別意識があることを真摯に認め、悔い改め、学び、変わっていかなければなりません。
12 憐れみを求め(キリエ)、恵みをいただき(福音説教)、栄光を帰し(グロリア)、感謝をささげ(祈りと献金)、派遣される。これは礼拝のパターンそのものです。