braベクトルとketベクトルで量子力学を記述するのはDiracの量子力学の本である。
<A|はbraブラベクトルであり、|A>はketケットベクトルと呼ばれる。braベクトルもketベクトルも状態関数である。その間に挟まれているもの、たとえば1行下の式ではHは演算子である。
そして、<A|H|B>は、かっこ(bracket)が< にはじまり、>で終わって、完成するので、bracketと呼ばれる。
なんのことはない、かっこbracketを3つに分けて、bra|c|ketとし(縦線で3つの部分にわけた)、前の部分をbraと名づけ、後ろの部分をketと名づけ、それが完成するとbracketと名づける。
そしてこのbracketは積分で書くことができる。braベクトルはketベクトルの複素共役である。すなわち、(<A|)^{*}=|A>が成り立つ。
Diracの量子力学の本は難しいので、その一部を読むのに工学部の大学院生の講義としたことが数年あった。
もっとも数学者などにいわせると、この本はとてもわかりやすいのだというから、難しいとかなんとかいうのもやはり人によるだろう。
ところで、話がここから急に展開する。Diracが亡くなったあとにPhysics Todayに誰かがobituaryを書いていたのを読んだのだが、普通braはBrassiere(ブラジャー)の略語であるから、braベクトルとかいうのはそういうユーモアからきたのではないかと思う人もあろう(注1)。
私の子どもたちが、ほんの子どもだったころよく見ていたテレビ・アニメの中に「死ね死ね団」という、悪者のグループがあって、そのあまりの命名の安易さにおかしくて、何時間も笑いが止まらなかったことがある。braとketの類もそういうものであろう。
(注1)Brassiereはフランス語から来たと辞書にはある。この綴りは今日初めて英語の辞書を引いて知った。
(注2)Diracは寡黙な人であまり自分から話すことがなかったという。それは自分自身の性質から来たところもあるではあろうが、お父さんがスイス出身のフランス語の先生であり、夕食などのときに、Diracにフランス語を話すことを強制したので、寡黙となったという事情もあるとかいわれている。
フランスからDiracに会いに来た学者が一生懸命拙い英語で話をした後で、Diracがフランス語を流ちょうに話すと知って驚いたという話をどこかで読んだことがある。彼はそういうことを会話のときにはまったくいいだしもしなかったとか。
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