散乱問題での波動関数を求めるなどということは書物では見たことがないような気がする。
もっとも散乱をした後の波動関数とそのフェーズ・シフトphase shift(位相のずれ)を求めることを、大学院生のころはそういうことばかりをコンピューターで計算していた。
実際にしていたのは、二つのチャンネルがあって、その一つはもちろん陽子-陽子の弾性散乱のチャンネルであるが、もうひとつは陽子-陽子の衝突で、核子のisobarができるという、非弾性散乱のチャンネルである。それをシュレディンガー方程式として連立させて数値的に解くということをそれも3年近くにわたって研究した。
ところが、その二つのチヤンネルの波動関数のユニタリティ(確率)が計算で満たされていないということになって、計算は全く信用してもらえない。もちろん信用してもらえない理由があるのだが、自分たちの実感としてはフェーズ・シフトphase shift(位相のずれ)を見る限り、計算が間違っているという気がしないからこまった。
その解決は長くかかり、けっきょくは非弾性散乱の波動関数の正規化を弾性散乱と同じにしていて。それが正しくない結果を生んでいたということで、正規化定数を修正したら、ことは収まった。これは『大学演習量子力学』(裳華房)の先年亡くなった江沢洋さんが書かれた散乱の章を読んでいて気がついたと思う。
それで2年から3年かけてやってきた計算は結果的にはこの正規化だけで、問題がなくなり、すべての計算結果は生き返った。それで論文を書けそうになったのは博士課程の2年の終わり頃であった。
研究室の先生方にも、私はできの悪い奴だという烙印がおされていたのだが、少しづつ挽回できるようになった。もっとも間違いにはほとんど同時に共同研究のパートナーの H 君と私とが気がついたから、不思議なものである。
パートナーの H 君は頭のいい男だったが、そのあやまりの箇所に気づいてからも、やることが早いので、すぐにその検討にかかったけれども、あまり綿密に検討するという気質ではなく、やはりだめだったとがっかりして早々に家に帰ってしまった。
その彼の残した計算結果をよくよく吟味したら、なんのことはなく、ユニタリティは精度よく満たされていることがわかった。翌日でてきたパートナーの H 君が大喜びしたのはいうまでもない。
シュレディンガー方程式を解くことで研究をしている、原子核の研究者がそばにいたら、気がついて注意をして、あやまりの起こしそうな箇所を教えてくれたのだろうが、研究室のメンバーもそういうことをやったことがない人たちばかりであり、迷路にはまりこんだのはしかたがなかった。
(2025.4.22付記)このブログを見た方がおられたので、前のブログを書き換えている。もっとも本質は変わっていないのだが、内容を詳しく書いた。読みやすくなっていると思うが、それでもこういう分野の専門家でなければ内容はわからないかもしれない。
私たちの扱ったのはいわゆるtoy modelであり、現実の陽子ー陽子散乱を反映したものではない。それでも半世紀ほど昔ではそれも研究として成り立ったのであった。