美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

自身の内に伝説の英雄を喚起させ、遂には独裁者を顕現させることまである神怪不可思議の楽劇(ワーグナー)

2022年09月14日 | 瓶詰の古本

   ロオエングリン(爽朗透徹の心持で粛として前方を見やりつゝ)

皆様がたの行く事出来ない遠い国に
モンサルヷアトと云ふ城があります、
明るい塔がその真中にそびえ立つて、
それは地上に知られない程の尊いものであります。
そこに霊験あらたかな盃が一つありまして、
そこの最貴の宝物として保存されてあります。
それは人間の最も純潔なものによつて護られて行く様に、
一群の天使が齎したものであつて、
その霊験の力をば毎年新たに強める為め、
毎年天より一羽の鳩が降りて来る事になつてゐます。
その皿はグラアルといふ名で、純潔無垢な信仰には
グラアル守護の騎士の力を分たれます。
選ばれてグラアルに仕へる者には、
超自然の力が授けられます。
さういふ騎士には如何なる悪党の悪計も害を加ふる事が出来ず、
一度グラアルを見た者には死といふ夜はない事になります。
グラアルによつて遠い国に遣はされ、
善い行ひの権利の為めの騎士たるべく命ぜられた者にも、
その身分を知られないでゐる限りは、
聖グラアルの神力は消えるものではありません。
それ程グラアルの祝福は崇高偉大なものであります。
若しもあらはになる時は、――其騎士は俗人の眼より逃れなければなりません、
それ故皆さんは其騎士を疑はないがいゝのです、
皆さんが騎士の身分を知るとなれば、騎士は皆さんを捨てゝ行かねばなりません――。
さて今私が爰に禁制の問に答へるのをお聞きなさい、
私は即ち其為めにグラアルに遣されて皆さんの許(もと)に来たのである、
私の父パルツィファルはグラアル奉仕の騎士の王で、
その騎士たる私は、――ロオエングリンと云ふ名であります。

(『ロオエングリン』 ワグネル 中嶋清譯)

コメント
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