「えらい事になつてしまつた。然し私には、もう一つだけの願ひ事がきかれる、と云ふわけなんだから、一足飛びに王様にならうと思へば、王様にもなれる。全く、あれを大王妃にして、栄耀栄華をさせてやれば、それに上越す事はあるまい。けれども王妃にしてみたところで、鼻先へ腸詰を、ぶら下げたあの態(ざま)で、玉座に坐つて見ても其が何にならう。フアンシヨンを愈々悲しみに、しづませるばかりだ。かうなつては、フアンシヨンの心持次第にするのが一番よい。
気味の悪い、この長い鼻の持主で、そのまゝ大王妃になつて見度いか。それとも、もとのまゝの人並な鼻の持主になつて、昔のまゝに樵夫の家内で居てもよいか、一つ家内に、きいてみよう」
フアンシヨンは、王様のお妃とは、どんなものか、どんなに威勢のよいものか、どんな役徳があるか、よく知つて居りました。そして又王様の位につけば、いつもすまして居なければならない事も、知つて居ました。然し色々と思ひ惑つたあげく、醜い姿で王妃になつて居るよりも、人並な姿で田舎頭巾をかぶつて居る方が、よほどよいやうに思はれました。全く見苦しいとなれば、不承不承にも、人は譲歩してしまふものですね。
かうして樵夫はいつまでも樵夫でした。王様になつて威張るわけにもまゐりませんでしたし、財布が金貨で一杯になる事もありませんでした。家内の鼻を昔通りにしてやる為めに、たつた一つの最後の願ひを、天にきいていたゞければ、それに上越す仕合せはないので御座いました。切角もらつた力が、何の役にも立ちませんでしたね。
全くです、心の浅ましい、眼先の見えない、考への浅はかな、気の落ちつかない変り易い人には、望みごとをする値打がありません。たとへ望んでも、その徳が身につかないでせう。そして、さうした人々の中で、何人位が、天から授けられた力を、うまくつかひこなして行くものでせうかね。
(「仏蘭西家庭童話集 第三巻」『馬鹿げた願ひ』 シヤアル・ペロー 長松英一訳)
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