上海紡績の小島氏の所へ、晩飯に呼ばれて行つた時、氏の社宅の前の庭に、小さな桜が植わつてゐた。すると同行の四十起(よそき)氏が、「御覧なさい。桜が咲いてゐます。」と云つた。その又言ひ方には不思議な程、嬉しさうな調子がこもつてゐた。玄関に出てゐた小島氏も、もし大袈裟に形容すれば、亜米利加帰りのコロムブスが、土産でも見せるやうな顔色だつた。その癖桜は痩せ枯れた枝に、乏しい花しかつけてゐなかつた。私はこの時両先生が、何故こんなに大喜びをするのか、内心妙に思つてゐた。しかし上海に一月程ゐると、これは両氏ばかりぢやない、誰でもさうだと云ふ事を知つた。日本人はどう云ふ人種か、それは私の知る所ぢやない。が、兎に角海外に出ると、その八重たると一重たるとを問はず、桜の花さへ見る事が出来れば、忽幸福になる人種である。
(「支那游記」 芥川龍之介)