夏のある日のことだ。その日、工場の定期消防訓練があって、重いホースを抱えて走り回ったおれは、体の不調を口実に昼前に工場を退けた。南の国の強烈な陽の光がおれを串刺しにする。
ずるずると道を引きずりながら、おれは立ち昇る陽炎の中を歩く。コークスの臭いにつつまれたこの町を歩きながら、おれは苦い唾液が次から次へと口の中に湧いて来るのをどうすることもできなかった。
羽虫の舞う音が放射状に頭蓋の内側を撃ちつけ、頭上の太陽が消え失せてしまう。真っ暗闇の世界がおれの体を放り上げ、冷たい汗が猛烈に噴き上げて来る。世界が鳥肌を立てて顛倒して行く。きわめてゆっくりと。
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