久保田二郎の「手のうちはいつもフルハウス」の表紙を見るたびに、力道山の姿が頭に浮かんで来る。無論、この本の中で力道山の立ち回りを眼前にしての話が出て来るからであるが、やがて連想は、昔田舎町へ巡業にやって来たプロレスの興行で、実物の力道山を見たときの感激へ繋がって行く。興行を触れるポスターによって、巨漢、悪漢達の猛獣顔負けの死闘への期待はいやがうえにも膨れ上がっていた。市営球場グラウンドのど真中に組み上げられたリングを遠巻きに囲むのは、ローマの市民ならぬ近郷近在から溢れんばかりに蝟集した郷人等ばかりである。
実は試合の内容は丸きり覚えていないが、威風人を払って入場して来るドン・レオ・ジョナサンとかスカイ・ハイ・リーとかの外人レスラーの、人間としては見たこともない雲突く巨大さに心底度肝を抜かれ、なによりテレビの中で阿修羅の如く唯ひとり勝利する英雄、力道山を生で目撃した感動に胸が一杯になり、それまで生きて来て最も興奮した夕闇の帰り道だったことを今に忘れられない。