日商簿記1級に合格した佐世保商業高の磯本さん
試験は商業簿記、会計学、工業簿記、原価計算の4分野(各25点)があり、合格ラインは総合で70点以上。ただし1分野でも10点以下があると不合格となる厳しい内容で、8286人が受験し、487人が合格した。
一昨年に続き、2度目の受験となった磯本さんは「簿記電卓部」の60人の部員をまとめる部長だ。入学するとすぐに入部し、本格的に簿記を学び始めた。1日の勉強時間は、平日が3時間、週末は5時間に及ぶ。中学時代にバスケットボール部で培った体力で、試験直前の1日10時間の猛勉強も乗り切り、狭き門を突破。磯本さんは「まさかと思った。本当にうれしかった」と喜んだ。
魚介類アレルギーがある人に対して、どんなに素敵な寿司を出そうとあまりありがたくない。
ぼくは翼をもがれた鳥のように雌伏して都会で公務員をしていた。そのころはまだ特権が多く、民間人は少なくとも10万/月は出すだろう都会の官舎に、2000円/月で住んでいた。カネはたまる一方で、連日の説明会だの研修だの名目は何であれ食事がついていた。
その公務員をやめて、田舎に帰るとき銀行預金を解約すると行員が全員そろって見送った。
実は、僕には田舎はすでになかった。親からすると自分の思う職業に就こうとしないぼくは不要な存在で家に帰らせなかった。
ぼくは公務員アレルギーだ。どんなに美味しい公務員でも、ネクタイの質、色、靴は紐靴であること、紙の分け方まで指示された。もはや監禁ノイローゼ状態になっていた。アレルギーなのに寿司を強要されていた。
そんな僕を拾ってくれてのは熊本県だ。就任式の前日、ぼくは浮かれてバイクに乗り足をねんざして革靴がはけなくなり長靴で式に出た。ズボンを長靴の外側にするとあまりわからないだろうと思ったのは僕一人だった。
そんな僕を福岡から熊本までバイクで送ってくれたのは不良でチンピラの仲間だった。彼らは優しい心を持っている。ただし仲間内に関してのみ。
悪いことは重なる。県関係の全新任者の辞令交付にあたり、ぼくの座席だけが指定されていたので嫌な予感はしていたが、・・・ ぼくが宣誓をすることになっていたのだ。知る由もない。突然言われてアドリブで、「私たちは日本国憲法を体して誠実に職務に邁進し・・・」とか言って何とか切り抜けた。
じつは会場に遅刻していったので、予行ができなかったのだ。
本論
小学校中学校の先生は一般に、先生ご自身が教えることを放棄している。当たり前だ。その実力がないから教えられるわけない。やることと言えば仲良しごっこ。みんな仲良くお手お手つないで楽しい学校ごっこをする。
知的好奇心の強い子はやってらんないから私立に流れる。これがまたバカ公立🏫の先生にはありがたいことだ。ますます勉強しなくてよくなる。
身分という既得権はカネを積めばコネ採用としていつでも得ることができる。組合費という保険を日教組や地区労に払うと、ただ尻で椅子を温めているだけで数千万の退職金が待っている。議員に数百万のわいろなんざあ安いもんだ。
ということに該当するほとんどの先生は、バカをさらして一生を終わる。たいていそのバカのひどさに応じて校長や教育委員会やその他の天下り先に行く。
3年も前に自殺した中学生の遺書を教育委員会が隠していた。明らかにいじめを受けけていたことが実名入りで書かれていたにもかかわらず、遺書や重要な日記、手紙の類を保護者から取り上げ隠匿し返還に応じなかった。つまり、いじめはなかったことにしていたことが内部告発で明るみに出た。委員会が言った言葉は、
「真相究明のためにアンケートを実施します」「個人情報の管理を徹底します」
などと言ってマヌケぶりをさらした。
国家の根幹、百年の計はどこにあるんだ。これは犯罪だ。もともと低能だったものが耄碌したら際限なくバカになる。これではいかんのだ。
人間力を高めないと社会からはじかれる。日本にはその力をつけてくれる先生が消えていく。
ぼくは願う気持ちで先生を志す人に言う。こんなあほな現状だからこそ、そう、だからこそなんだ。
共感して読んでくれた君に先生になってほしい。
毎回固い話ばかりもなんだから、今回はやわらかく。
ある親戚がぼくにやや遅れてに高校の先生になった。ぼくは天地神明に誓って自分のためにインチキ採用を狙ったことはないが、この親戚野郎のために僕は一肌脱いだ。
僕が一番嫌っているコネ採用。身内だからちょっと自分のスタイルではないけれどやってしまった。教員になろうとした場合、実力でなることは福岡県ではほとんど不可能だ。佐賀県では全く不可能だ。
逆に教員が不足する県では教員免許を持たずとも採用された。「あとから研修」を受けるとバカにも免許が来た。
彼は生涯ぼくにコンプレックスを持っていて、何かとぼくに自己の優位性を示したがった。ぼくに変な質問をして、ぼくが「知らない」と答えると鬼の首を取ったかのように喜んだ。ぼくにむかって、「勉強してください」といった。
ぼくの力で彼は教員にならせてもらったことが、彼の頭の中にいつも回っていたようだ。それは誤解だ。ぼくにそんな力なんてないし持ちたくもない。親戚のある人の一番弟子が事務次官をしていただけだ。
人が何かにコンプレックスを持っているとき、個々の事象は人それぞれ異なってもその心理状態や思考回路は同じだと思う。
見苦しいのに空威張りをする。すぐメッキが剥げて赤恥をかく。それを隠そうとまた能力のあるふりをする。
ま、いいや。もう死んだから。ある年、健康診断を受けていなかった。まさにその時癌は進行し、半年後に休職し一年後に死んだ。最後までカッコつけて、「仕事がいそがしく健康診断に・・・」と。
いま反省する。どんなに上等の職業だとされていても実力のない奴を無理に先生にならせてはいかんな。つねに片意地を張るしかない彼の人生は、30年で終わった。
コネ採用をしなかったら、せいぜい🏫事務員程度で楽しく、ひょっとして今も生きていたかもしれない。自分が同志社大学出身であるというコンプレックスと対抗心の虚勢に溺れて死んだ。
今思う。人助けはほんとうにしてはならぬことだ。その人の向上心を奪い、劣等感の海でおぼれ死にさせる。
オウム真理教の浅原彰晃が言った。
「私の解脱を最後まで妨げていたものは、私が東大出身ではなかったことだ」、と。正直だ。大学に行こうとする若者のすべてが抱くのがこのコンプレックスだ。
「グダグダ何を言うか、そんなに不満だったらお前自身東大に通ってから言えよ」
こういわれると堪える。
大学は偏差値で序列化している。100校が横ではなく縦に並んでいる。階段の上は雲に隠れているが時折東大の段が見える。
レベルが違いすぎると劣等感もなくなるか。でも自分がいるすぐ上の大学に劣等感、下に優越感をもっている。社会に出ても階段ばかりだ。
しかし気がつくべきことはこの階段は人工のものであるということ。ハーバードに行けずエールに行ったことへの劣等感に共感する日本人はあまりいない。同様に修猷館に行けず近所の私立に行ったことは、同じく根拠のない劣等感を作る。人工だから普遍性は当然ない。
結論
人が作り出したものに人が苦しめられてはいけないのだ。
今まで生きてみて、この支配者に都合のいい差別構造は、必ず克服すべきものだとわかってきた。
全員が東大にはいけない、全員が修猷館には行けない。しかし、落ちた悔しさはなぜ劣等感に転化するのだろう。
申し訳ないが言わせてもらうなら、それは努力が足りなかったからだ。一分一秒もこれ以上勉強できないというほど考えたか、これ以上勉強したら死ぬというほど英語の長文和訳を考えたか。
何かに合格したとしても、すぐまたその上の階段が立ちはだかる。
その階段の上に行けなくて悔しいのは、本人がぐうたらだからに過ぎない。全力を出し切ったら階段は消える。
浅原は一時期まで凄まじい勉強をしている。正確な仏教理解だ。努力の地平に「滅諦」が見えたに違いない。
劣等感が嫌なら努力するしかないが、最初っからあきらめるのもよい方法だ。そうかな? それでいいか、本当にそれでいいか。
ぼくの親はぼくを医者か弁護士にしたかった。それ以外は認めなかった。迷惑な話だ。ぼくは学校の先生になりたかった。
そうしているうちに家庭は崩壊し、僕は路頭に放り出された。悔しかったが当面は公務員として糊口をしのごうと考えたのだ。
そのころ、教員に限ってはでたらめな行政がなされていた。マッカーサー民主主義にかぶれたあほ教員が多く、戦争未亡人のうちから学力のあるものを生活保護の一種として大量採用した。変な理屈だ。戦争未亡人を救うと民主主義が成立するらしい。
定年制がなかった。これでは採用はほとんどなくなる。階段を登れない先生、黒板に字が書けない先生、つまり先生をしてはいけない先生が死ぬまで先生をした。これも組合民主主義だそうだ。
そのほとんどない採用も、先生の子供とか地域ボスの推薦とか学校内の教科の話し合いで任意に決まった。本人の実力とか適正とかとは全く関係なく。(クローズドショップ制)
あまい汁なのだ。定年がなく痴呆でも働けるしその上ヤミ退職金がある。これは本来の退職金にほぼ匹敵した。100年以上の歴史がある伝統校は総理も出たし国会議員などは50人もいる。だから何でもできる。
なんてったって夏休み、冬休み、春休み、農繁休暇、試験休みががる。文化祭体育祭は高校になるとほとんど生徒が自分たちでやる。3年の2月3月はなぜか休み。それに午後の授業は帰宅してよいという先生が多かった。(僕の出身校だけの暗号、もうかり)
ただし、生徒は今より優秀だった。
こういう腐った教育界を日本社会党は既得権として固執した。
したがって採用なんて年に数人だった。福岡以外の田舎の県ではコネ採用で採用人数が埋まってしまう。ぼくは2年間連続で佐賀県の採用試験は1番だった。なぜ順位が分かるか。合格は僕一人だったから。ところが不合格者から採用した。
もちろん僕は腐らない、あきらめない、ぼくを採用しないはずないという確信があった。1番だから。
福岡県は組合に対して、こっそり順位を発表していた。ぼくが2番だったとき、番外と4番が採用された。
もちろん僕は腐らない、あきらめない。
ぼくはそんな泥沼に苦労して飛び込みたがっていた。しかし、銭はなくなるし、健康も害し、精神も害してきたのでとりあえず採用がある公務員になった。(緊急避難)競争率は数百倍だったが2年がかりで合格した。
ひねくれ劣等感が読むのはせいぜいこのあたりまでだ。
勘違いするなよ。頭が良かったのを自慢していると思う程度の低能は読むなよ。頭が良かったのもその通りだが、主たる合格要因は努力だ。
病んだ人を扱うのは嫌だし、ひとのトラブルで稼ぐのも嫌だ。だが公務員になってはじめて自分の本当の特性を知った。
ぼくは人に威張るのがヘタだ。負担だ。人がへつらうのも嫌だ。
病気になって辞めた。が、少し金がたまったので再び教員を目指した。
教師になってみると、自分の希望のすべてが満たされた。生徒が分かったという顔をする時以上の幸せはない。40人が僕の言葉だけで感動したときはかわいい彼女からコクられた時の喜びに匹敵する。
ぼくは自分の経歴を言ってるのではない。それを通じて教育の現状と理想を語るのだ。教師になりたくない人も、そういうあなたも自分の子供の保育士であり幼稚園、小学校、…の先生であることからは逃げられない。
すべての小学校、中学校、なんちゃって高校には競争がない。低能の心が穏やかになるときは現実逃避して自分の哀れな現実をしばしわすれた時だ。だから学校は低能にとって実に「楽しい学校」になる。
それでは問題の本質が解決しない。なのに労働組合を先頭に競争を敵視する。小中学校においては、とりわけダメ教師にとっては、むしろ好都合だ。競争なんてない方がよい。下手に切磋琢磨を実践するとモンスターペアレントが怒りだす。
教え方が悪いからうちの子はビリになったじゃないか・・・苦情は無限に汲めども尽きぬ泉のようにわき続ける。
だからテストをやめる。日教組は元来、頭が悪い人の集まりだったので、往々にして自分の言葉に酔い本質を見失う。
「子供を差別してはいけない」というのは彼らの錦の御旗で逆らうやつはいない。もしいたとしても解放同盟が処理してくれる。
そうして一番安心するのは無能な教師だ。なぜなら教材研究(授業の準備)をしなくて済む。。先に進む必要がないからだ。テストは差別なんだから、あってはいけないものだ。するとテスト範囲もあるはずない。だから授業は進まなくてよい。…なんてことがまかり通っている。
小学校は文化大革命の真っ最中だ。
このような小学校の先生たちは運動会でも差別差別とうるさい。かけっこで一等賞をとることは、ビリの子を差別していることだ。みんな手をつないで走ろう。ああ、美しい、共同、協力、共生だ。今度組合の教研(教育研究集会)で発表しよう。
こういうとバカが必ず乗り出してきて、そんな先生ばかりじゃない、とかいいだす。だからバカなのよ。今はそんな先生の話。
こんなおめでたい学校で子供は人生のスタートを切る。先生たちは差別嫌いなようだが、ちゃっかり自分の子は授業料300万/年の私立の小学校に入れている。、共稼ぎは小金持ち。周りのバカたちはその矛盾に気が付く能力もなく素朴にうらやむ、あるいはひがむ。
こんなお粗末な社会体制のもとでは、熾烈な競争を経て選抜された中国韓国のエリートたちの後塵を拝して日本が走ることになる。
周辺国はどうだろう。なぜ県や文科省は僕に外国の教育制度の調査を命じたのか。渾身の思いを込めて書いた報告書は握り潰し、きれいごとのウソ報告書を強制する。ウソを報告させ受け取ったバカは喜び、僕はカネをもらい昇給した。
こんな腐ったごみ溜め国はもうたくさんだ。事なかれ主義なのだ。
民間なら一発で倒産する。
親方日の丸は途方もない給与で人をつり、こき使われる人の人生にゆとりはない。高給だと錯覚する給与に到達するころ、うつ病で退職する。
無能への当然の報いだ。きれいごとで自分自身をだまし本当の自分の現実を直視しないでいると、当然の報いが来る。
一方、例えば韓国ではこう考える。
学校は正義と論理を教えるところだ。何度言っても不真面目が治らないとか意欲がない児童は、ひどく叱られる。正義感が強くPoliticalな子供が多い。
日本だったら体罰だと言って大騒ぎになる。
延世大学大講堂 (韓国は大学まで厳しい競争がある。日本人は、「韓国では卒業しても競争がひどいでしょう」というがそれは学歴の低い人たちのことで、延世大を出るということは、人生の万能パスポートを持ったことだ。日本もそうだろ。競争に勝った者への当然の報酬だ。)
素地は日本人も同様に持っている。子供たちの話し合いに参加させてもらうと極めてユニークな視点を持った子供がいることに気づく。だが先生がそれを処理できない、あるいは気づかないことが多い。
理由は、先生がバカだからが一つ。もう一つは臆病だから。今のままでいるには事なかれが一番だ。校長に知れたらどうしよう。安倍首相様のことを批判するようなことを子供(児童)が言ったが大丈夫か。やがてその子は、その先生みたいな子供になっていく。
Silence is golden.
日教組と、コネ採用させた市会議員の罪は深い。
学校というものは楽しいことが本質になってはいかんのだ。
競争の弊害は確かにある。だが負け犬のくせにそれを言っちゃあいかんのよ。
滋賀県皇子山中学のいじめ殺し事件については詳しく書いた。だが、無力感だけが残った。僕は針一本動かすことはできなかった。
日本人は冷たい。そして、強いものには無条件で従う。僕は役人や教師などをしながら、分かったことは日本人は冷たいということだった。
子供のいじめ殺人が続く中、加害者は保護され国家権力が未成年を理由に莫大な国費を使って被害者の仕返しから守り刑罰を科さず司法権も最大限協力して悪人をかくまう。高校も国費で出してやり戸籍も作り国家資格も与える。
まだ少年だから、という理由は日本では人々を思考停止させる。錦の御旗のように未成年といえば何でもとおる。昨日もいじめ殺人が起きた。もう内容を書く気がしない。国がその義務を放棄しているし、加害者保護の立場を崩さない限り同様の事件は毎日起きる。
そんなに人殺しの子供を保護することがいいことか。僕は、滋賀県の中学には子供を通わせない。このいじめ殺しが起きても市教育委員会はオーストラリア旅行に官費でいき事件の対応をせず、会見した校長は笑顔で舌を出した。
全校集会とアンケート。バカはこれしかする気がない。
人殺しは引っ越して、よく月には別の人間をいじめ始めた。
それでも仕返しせずにいろだと。僕は必ず仇を討つ。
善人が死に悪人が笑う。
イスラエルの元首相が来日し日本の首相と会談した。公式ではなかったので公文書記録にはない。日本の首相が、いじめで自殺する子供がいて困っています、と何気なく言ったら、イスラエル側はしばらく絶句した。
その後、彼らが発した言葉はまるでお母さんがわが子を諭すようだった。
もしイスラエルで一人でもいじめで自殺する子がいたら、全政府活動を即座に停止し原因の究明と対策及び犯人の厳重な処罰をします。それができなかったら国家とは言えません。
日本は反論できず気まずい沈黙が流れた。
どうせ記録がないとか政府は言うだろ。
だから最初に書いたように、日本は冷たい国だ。下にあるのはクラスのみんなが被害者を送るときの色紙だ。
韓国の現状は後日に続く。
~中央高校という名前がついている学校は元女学校である場合が多い。その影響は共学になっても続く。女子が8割を占め得意とする科目もなぜか文系科目が多い。
男子が少ないとそこの男子はモテそうなもんだが、やはりブ男はどんなにアドバンテージを貰ってもいい目に合うことはなかった。
男のくせに元女学校の、~中央高校に来ようと思うだけでなんだか気持ち悪いのである。女子談。
逆に福山は男ばかりの工業高校だが、稲佐山には女子が列をなしていた。この僕、理系の一番奥の教室で、全校で40人しかいない女子とは話す機会もなかった。
と続くと思ったか。そうはいくか。不運で、不幸で、貧乏で、小心で、ブ男で、話題がなく、背が低く、肌が汚い、且つ息が臭い。そんな男が持てようものなら僕は即座にテロに走る。女子のいる教室で自爆する。
モテたい一心のこんな高校生時代を過ごしたが、ま、僻まれても仕方ない品位というものが僕にはあった。だが、それがあるからといって誰にでも食いつくわけではない。
ところが先生になると話は違う。馬鹿な高校は若い体育の先生がモテるし、しっぽをつかまれない頭のいい女子生徒がくっついてくれるから先生も安心だ。
だがある高校では、まさかと思おうおじいちゃん先生めがけ列をなして質問に並ぶことがおこるのだ。オカマの先生に対しても説明がいいからと生徒は頼りにしていた。
おじいちゃんは漢文の先生。テキストとなるとあれもこれも盛り込んでぶ厚いテキストを作りたがる。ところが本物は端的に本質をつかむ。
例えば筑紫女学園の漢文のテキストは10ページ程度。十分なのだ。実力のないのがやたら難しくカッコつけたがる。
朝課外授業で成績が伸びると信じる一部のオウム信者たち。早めに目覚めよ。こんな変なのがいない学校は楽しく成績を伸ばしている。
3流大学の論叢を見ると難しくて僕はよくわからない。よく考えると何にも言ってない。考えて損する。3流地方私大はやがて消える。簡単なことを難しく言うえせ天才たちは河原で自殺する。
では難しいことを簡単に理解させるにはどうするか。
やたら多くの教材にあたらず、わずかな文を繰り返すことによりだんだん漢文が体にしみこんでくる。桑野先生は僕が最も尊敬する先生だ。
古文も同じ。課外授業が好きな無能国語教師には吐き気がする。助動詞の活用を丸暗記させる。それは教えているその教員が出たレベルの大学ならそれで間に合ったに過ぎない。
コネ採用の彼女らは、パズルごっこをしていると自然と現代文になるという。ばか。そんなら最初から現代文で書けよ。古文を学ぶ意義を教員が分かってない。
オカマ先生を気持ち悪がらず学問の指導を受ける生徒たち。立場を自覚し知的好奇心からオカマ先生を尊敬する生徒がほとんどだった。オカマ先生は言った。からけん先生、助動詞なんて5個覚えれば十分ですよ。桐壷だけ何度もやる方がいいんだけど、そうよねえ。
別の例だが、尊敬する灘の橋本先生。自由な授業を保証してもらえばいい授業ができる。橋本先生はその典型だ。
福岡の先生は、いつも焦って、何かに追われ、怯え、イライラしている。そんなところに教育はない。
僕は、ブログ「みんカラ」で、センター試験の心構え、なぜ君らは模試の点が伸びないのかについて、ご丁寧にも科目ごとに書き始めた。誰も読まないので途中で止めた。
今は追い込みの時期か。暗記だけで通る4流大学しか行くところのない人はそうだ。勉強したことないから今頃でも追い込める。伸びしろが無限だろ。
まともなところに行き勉強をしようと思う人にとっては、合格発表のメールを見て当たり前だと落ちついている自分が見えているはずだ。追い込みは高校2年の後半にすんだ。今、軽く流していても順位は変わらない。
そもそもぎりぎりで通ってなんになる。
スカイラインの群れに間違えて来たコペンが喘いでついていくようなもんだ。
センター試験の問題をあまり褒める人はいない。本当に試験形式で解いてみた人の誠実な所感と比べると巷の講評は的外れである。
センターは実によくできている。文科省が三流学生は暗記力だけで選考しろという圧力をかけている。三流の人間は考えたらいかんのだ。大学入試センターは、それに精いっぱい抗っている。
90点はバカでも家庭環境が整っていれば取れる。解いてみるがいい。だが、100点は取れないはずだ。
すべての問題は、精緻なからくり寄せ木細工だ。確実に、用心深く、ミスをしないが発想もない、言われたことは金科玉条、ルートを外れることは悪いことと信じる者を三流大学は量産する。
個性は、ない。あるはずない。統一した試験問題でどうして大学の個性がでよう。
しかしだ。それにすら届かず、大部分の底辺おそ松大学に行くともっと大きい悲劇が待っている。
いままで高校では東大に行くものもいるがどこにも行かないものも混在している。ピンキリの生徒で構成される高校の教室という世界で、優れた者がいかにすさまじく優れているかを毎日見ることができた。
4流私大というところは、センター試験で選ばれた言いなり小僧たち以上に、それにすら届かない知的障害者の集会所だ。一様なバカのシグマだ。できるやつはそれなりのところに行ってしまってそこにはいない。
なんとうれしくない入学式だろう。静かな講堂には絶望感が漂う。貧血を起こした時のように。
それほどバカな私大ではなかったが、僕が授業をしていると後ろでタバコを吸うものがいた。たまに出席を取るからいるだけだ。バカだ。出席表なんて帰りのバスの中に捨てるのに。
バカに囲まれると発想力が死ぬ。ああこの子も久大(九州大学、帝国大学系列だがここは人が集まらず3次募集までしていた。今やエリートのいくところになった)に通る力があるのにバカのるつぼに溶けていくんだなあと思う学生が何人もいた。実験室の機材は中学以下だった。水の電気分解しかできない。因数分解ができない学生。理系が。
完全に平等(公平)にフェア(公正)に選抜することは不可能だ。だが選ぶ側は、できるだけフェアを目指すべきだ。環境も、とくに家庭環境。公正を例にとると、親の教養がないと勉学を継続することはできない。ぐうたら親は子殺しをしている。
僕は日本の大学は1年でやめた。若干、韓国のほうがセンター試験は工夫がなくやさしかったが、学生一人一人にノブレスオブリージュの自覚があった。教えて楽しい。
日本。この次のセンター廃止後の統一試験の工夫は素晴らしい。100万人に対し記述式などあり得ない。だがいかに思考力を見るかに相当の知恵を絞ってある。
少し光を見た。
官僚の発想ではない。学校を回って現場を知る課長クラス、大学の若手のチームが精魂を込めている。
今年は過去問を使いまわしする。過去問を解け。見たことのある過去問と同じ選択肢を発見したら読まずに次の選択肢に進め。それが正解であるはずはない。時間を節約しろ。たまに外れることもあるが全体としてはこの方が点が伸びる。手も足も出なかったら3にチェック。
医学部系
あるヤブがひとごとのように言っていた。医者は勉強しない。町医者は講演会だ学会だと理由をつけて遊びまわる。さらに地元でしか相手にされないチンピラ商工会なんかで大きな顔をしていい気分になる。薬屋がそのヤブ医者どもにコバンザメのようにくっついて無学な医者の御機嫌を取る。
その薬屋(製薬会社のセールス)は大抵地元の3流大を出た文系の落ちこぼれであり、医者のほうはその同じ大学の医学部に年間授業料1200万のカネを払って合格を買ったものたちだ。その医者とセールスが同じ高校だったりする。そして同じ成績だったり。
医者は心では見下しているが対等を装う。セールスも装う。頭が悪かったら仕方がない。バカにまで医者の収入を与えることができる国力ではない。カネなどの自分以外に起因する原因で天地に開いた不合理な格差に、涙を心にしまい込む。
子どもは短冊にこう書く。「お父さんの薬がたくさん売れますように。」
人はどうしてこの不条理に怒らないのだろう。僻(ひが)むことは人一倍得意で、僕がクルーザーや馬に乗っただけでひきつけを起こす。
若者が刹那な欲望に身を任せるところ、文系ともいう
ただ、貧乏人にとっては1200万を毎年6年間も出すのは困難だが、世の中金持ちもいるのだ。国立医学部も合格したが彼女とはなれるのはいやだから私大に行き1200万払う、というのが何ともないものもいる。お父さんが福大を出たので僕も行こう。とか、アホはアホなりに決めるのだ。どの医学部にするか、どの経済学部にするか。
どうでもいいことで悩むな。入学と同時に、看護師が列をなして色目を使う、もう一つの学部では、人生は終わっている。
こうして能力に関係なく貧乏人は貧乏人を生み金持ちは金持ちを生む。違うという人は反論しなさいよ。違うこともあるとかいった例外の話ではなく、社会の構造が能力主義になっていてカネは問題じゃない、という証拠を見せてくださいな。
そのオオヤブ君が、いいことを言った。彼は飯をおごったり学会と称する酒池肉林に連れて行ってくれるので名前は伏せる。
何の医学的能力も知識も経験もなく要するにただの馬鹿だが、地域では先生様だ。誰も僕を先生とは呼ばないが。
「怒りっぽい人は早く死ぬ。」 (長くなったので次回)
別に高校が廃校になろうと、ましてや大学が消えたからと言って深い悲しみに落ちいる人は少ない。
ましてや自動車学校、お料理学校が消えたから死のうという人はいない。
だが中学校、小学校となるにしたがい、きっとこの喪失感は自分だけしかわからないと思うほど悲しみは深くなる。
皆さんは神経がガサツな人が多い。
日本史どころか自分史すら次々忘れ、新しいもの、面白いもの、楽しいもの、分かりやすいものに飛びつく。考えない人が増えた。
廃校になった自分の学校に行くと、こんな小さな椅子に座っていたのかと思うほどだ。が、そういった学校があればまだよい。
教室はいつの間にか、にわか陶芸家がカッコつけて土をこね、なんちゃってカフェが文化祭の模擬店程度でカネを取ろうとしている。
失礼な話だ。小学校を廃止にされた村は文科省のお達しとなると途端におとなしくなる。校舎を転用して、「ホントはこんなに陶芸の需要がありました」とか「住民はこんなにヨガ教室を待ち望んでました」とモミてスリてでしっぽを振る。文科省は、ほら廃止してよかったでしょというのだ。
仕事はすべて命懸けだ。みんなそれぞれプロだ。にわか陶芸家は本物に失礼だしカフェもヨガも同じだ。
さて、それほど子供が減ったので統廃合をしたのか。それはここ40年を見ればそうだ。戦後の引揚者は田舎に住むしかない。だから都市に仕事が集まると当然に人口は減った。
しかし結論付けるのはまだ早い。100年のスパンでモノを見ると、明治政府は今よりもっと人口が少ないところに学校を建てている。
通学バスなんてなくとも歩いていけるところに学校があった。東アジアの低開発国はそれをお手本にしてきたのだ。
放課後、バスで連れ去られる子供たちには放課後の遊びは存在しない。牛乳配達のように暗くなるころポツンポツンと子供がおりていく。
世界に冠たる日本国はこんな現実を作ってはならない。明治貧乏政府が作った小学校の30%が消えた。安倍の仕業だ。どこが地方創生か。小学校は、村の寄り合いや盆踊りや集会の場であり、みんなの心のつながりがそこにあった。
明治時代の先生は学校ができうれしくて無給で働いたこともある。村の小学校の火を消してはならぬのだ。みんなの合言葉は「一等国になろう」だった。
昨日からの続き
○学力・資質基準
具体的な基準は、機構から提示するガイドラインを踏まえて各高等学校等が定めます。
by 独立行政法人日本学生支援機構
どこにあるかわからないから落とし穴なのであり、罠が目立っては意味がない。上記の文意は陥穽がある。
高校がすべて公立で同一の人口の学区(通学区)ごとに一校ずつ高校が存在するなら、学校間の格差はなくなる。しかしそこでは競争が消滅しsportsとsexがあふれるなんちゃって高校ばかりになる。
日本で最後までそのでたらめ高校を目指していたのが、当の高校の先生たちだ。(福岡県)しかし今や高校の偏差値は75から35まで開いた。日本人は姑息にも偏差値という指数を考え出した。偏差値が1違うと確実に通る高校に確実に落ちるほどの差がある。
30違うと微分方程式が解けるか掛け算の九九を覚えているかの違いなのだ。
そういう違いを無視して校内席次で受給資格を決定するなら、最初っからアポン高校に行っとけばよかったと生徒は思うだろう。
バカがカネもらって遊んで暮らし、まじめな奴が損する。そんな世の中を先取りしているのだとでもいうのか。
しかも、アポン高校ならまだしも、まともでない悪性高校も多く成績によらず恣意的に人選が行われる危険がある。非行、深夜徘徊、たばこ…これらは本人のプライバシーであり前科扱いされては憲法違反だ。が、奨学金の必要な生徒はよい子にするほかない。
高校には共通した基準が存在し得ない。気絶する格差が存在する以上、不条理な基準でごまかしてはならぬ。
うちの隣の梨花女子大 乳と頭の偏差値は人類最高
以前もまた、返済不要の奨学金はあった。教員になれば返済は不要とされていた。そのことによりなりたくもない教員を目指す学生が増え、教育大とは実力のない大学を意味した。sexだけは上手な、貧乏の口減らしのために、理想のない学生が集まった。
アホはどこにもいる。それには興味はない。問題は、政策という国家意思の決定がいかになされるかである。それは無誤謬が当たり前であり、ほんの30年前失敗したことを繰り返すとは相当バカだ。
うちの大学 ブスが多くて気が滅入る
はるか昔に着ていたな
学生諸君。制度が不合理で不条理なのは日本が国家の体をなしてから一貫している。ともすると不満を言うことで自分の怠け心を正当化しようとする。2,3万のカネを貰うため目標を変えたり落としたりしてはならぬ。わずか2,3回バイトすれば済むカネのため自分の人生をゆがめてはならぬ。
石にかじりついても行きたい大学に行け。どうでもいい大学に2万の奨学金を貰って200万を捨てるか。まさかと思うところに希望を建てろ。高くない希望は破たんし、低いところにも落ちることになる。
誤魔化しやっつけ仕事、まやかしの奨学金に頼るな。奨学金所管の学生機構の理事長は100万の月収だ。(情報公開PDF)
<引用>
○家計基準
・家計支持者(父母、父母がいない場合は代わって家計を支えている人)が住民税(所得割)非課税であること
・児童養護施設退所者等社会的養護が必要な人は18歳時点で施設等に入所等していた(いる)こと。
○学力・資質基準
具体的な基準は、機構から提示するガイドラインを踏まえて各高等学校等が定めます。
by 独立行政法人日本学生支援機構
まず家計基準について。
税金を払ってないものについてはひどく貧乏しているので進学が困難であろう。だから天下り隠れ蓑機構が罪滅ぼしに雀の涙をやろうという、まことしやかなごまかしのはした金バラマキ法を作り、それがきょう国会を通過した。
この手のものは人の表面的な同情心に訴えるものだから一度できるとなかなか消えない。そればかりか、文科省、厚労省、その他の外郭が競って作りだすから、制度の乱立を招き、まとめる役所がなく、混乱して、わずかの金を貧乏学生がもらいまわる事態になる。
それでも、優れた学生がカネがないから学業を断念する事態を減らせるのなら多少の存在意義はある。それは低脳が勝手にそうであろうとか、そうに違いないとか根拠なく、実態を知らず、状況を正視せず偽善的な同情心でもってよい子ぶって思っているだけだ。
貧困が単に神の気まぐれでアトランダムに起こるものなら、カネのバラマキで救いようもある。否。貧困には理由がある、それも動かしがたい理由で貧困は起こっている。しかもそれは再生産されている。ばか、ひんこん、ばか、ひんこん・・・
問題はカネがないことではない。優れた家庭教師をつけるから安い金で東大に行き良い地位につく。そしてよい収入は、都市部での生活を可能にし教育環境を整わせる。
富裕の好循環が出来上がっている。いいか。東大生がカネがなくて学業をあきらめたか。
問題はカネではないのだ。
地方のもともと学習意欲も能力もなかった学生が、貧困を理由に退学している。あるいはポン大学への進学をあきらめている。それは表向きだ。
ポン大学を出ても一生三流の人生が待っている。だが、大学側はやめられては困る。そんな大学はもともと学問をするところではなく金儲けのために存在している。
だから大学に代わって官僚の天下りが文部予算をもぎ取ってばらまいたのだ。もともと文部官僚とは最も頭が悪い。天下り先の少ない文科省に行くしかなかった落ちこぼれ官僚達は良心がマヒするのが早い。
じゃあどうすれば?だって。それは文科省が考えろ。独立何とかに下請けさせず官僚が考えろ。官僚は勝手に好きな仕事をしている。本気で奨学金、ひいては学問の貧困について考えろ。
もう一杯になったので、学力資質基準については明日。
公務員を目指していた僕にとっては、寝台にのるということは東京で試験を受けるということだった。年に一回。
合格するのにも100倍程度の競争率であったが、それより苦しかったのは合格が採用を意味しなかったことだ。
ひどい時は、合格僕一人、採用0というときもあった。そしてまたチャレンジできるのは一年後。それまで僕は親の妾の家でバイトと勉強の日々を送った。ほかに行くところもなかったが、その家も飯があるだけでカネは出さなかった。
したがって「さくら」のステップを踏んで社内に乗り込むときは、決戦に臨む戦士の気分もしたが追い詰められた境遇と遮断されるわずかな幸せのときだった。
それを4回、すなはち4年も繰り返した。
ここまでくると落ちても悔しくなくなる。負け惜しみでなく悔しくないのだ。
アホがまともに努力しないで試験を受けても悔しくない。ただのお遊びだからだ。
だが究極の頑張りの後もまた悔しくなくなる。俺を落とすなんてことは試験のほうがおかしいのだ。若かった。僕はその後10年ぐらいそう信じ続けた。
僕の人生は「特記事項なし」で終わった。ただその「さくら」の中のひと時はきっと一番幸せな時かもしれなかった。