か ら け ん


ずっと走り続けてきました。一休みしてまわりを見ます。
そしてまた走ります。

日本も大したことないな

2020年05月28日 | 健康・病気

数字なんてどうにでもなるのよ。

このごろ目にするコロナ感染者数の日ごとの変化。急速に増えて急速に減少しているのを目にする。

これ人をだますのに使う伝統的手法。

政府も頑張り皆さんも自粛しパチンコ店は逆らったけど清潔な日本です。日本っていいでしょ…とギャグのようなうそをつく。

 

例えば人は音の大きさについて言うと、10倍大きいエネルギーの音でも2倍ぐらいの大きさに感じる。明るさについても同じ。

「どーん」という音がしたとき、その様子をグラフに可視化しようとする。このとき、音のエネルギーを縦軸に普通の目盛り(等差目盛り)を取るとグラフが跳ね上がりすぎてほかのデーターとの比較もままならない。

 

先に述べたように人間の耳は自然界の虫の羽音から雷鳴まで聞き分ける必要から、10倍の音のエネルギーを自動的に圧縮して2倍ぐらいに聞こえるように進化してきた。

この時、可視化しようとした先ほどのグラフの縦軸に工夫をこらし、10の2倍が20ではなくて100であるような目盛りを取ると実感と非常に近くなった。(対数目盛り)

 

世の中頭のいいのがいて横軸にも工夫を凝らすのだがそれは同様のことなので省略。

 

実情や実感や実用に近く統計学上の意味あるものとして目盛りを取り直しグラフにしてみると、日本のコロナ対策はさほど褒められたものではないことがわかる。

フィリッピンよりましだが韓国よりちょっと落ちる程度なんだ。

 

ぼくは、札幌医科大学なんて知りもしなかったが全体を俯瞰したうえでの専門性という点では天下一品の統計を示してくれた。

正確さに異常に固執することで必要以上に詳細なデーターに頼りかえって本質を見失うことがある。詳しさや信ぴょう性はそこそこでいいのよ。事実は真実を語らない。

問題はデーターの意味ある表現。結論のための我田引水をいかに排除しているかが問題。

お見事!

横軸にも工夫を加えると一層はっきりするので関心のある方はぜひ直に札幌医科大学の資料に接してほしい。

札幌医科大学医学部フロンティア医学研究所ゲノム医科学部門

 

大本営発表は人を騙そうにかかっている。

 

新潟の医学部の論文もすごいと思うが僕の能力が足りず皆さんに伝えるほどには理解が届かずとても悔しい。

 

そう言いながら僕は3密を避け山の中で読書三昧。この頃メスティンが活躍。山中自炊。

 

ニューヨークから紅茶が送ってきた。

紅茶はもともとアジアのモノじゃないのか。


明白な悪にはきちんと怒ろう

2020年05月21日 | 国内政治

安部は信賞必罰をよく心得ている。

尻尾を振ってくるお友達には学校を作るのに便宜を図る。(モリカケ問題)

国民には行動自粛を要請しながら、妻は大分県までご旅行。そこの宇佐神宮でしっかり密着記念写真。検事長は三密賭博行為にふける。(カケ麻雀問題)

 

不仁高位 播其悪

 

なんだか「カケ」が多いが、検事長黒川も「カケ」について反省の弁。それは、

 

「緊急事態宣言下における私の行動は、緊張感に欠け、軽率にすぎるものであり、猛省しています。このまま検事長の職にとどまることは相当でない」ので辞職するそうだ。

 

辞職させてはいけない。免職相当。法相も「訓告」という実害のない処分でごまかす。黒川に退職金とは泥棒におい銭だ。

 

もひとつ「カケ」。

公文書偽造を指示して安部を守った公務員は栄転させ、指示を受けた部下は、命を「カケ」て抗議した。

ぼくが現役時代、ある職員が仕事に追われ公文書を自宅に持ち帰り仕事をした。気が小さい上司は、即座にタクシーに乗って常置場所に戻しに来いと命じた。公務員にとって公文書とは、他の文書とは違い別格の緊張感をもって扱う書類だ。

ファシズムの極致、太陽の帝国ですら書き換えなんて思いもしなかったことを平然とやり、当事者は処分どころか「うい奴じゃ」とばかりに栄転させた。

公文書以上の歴史の資料はない。日本では偽造文書が歴史を作る。

 

「カケ」ではないが、

安部は私人たる妻にも秘書を公費でつけ、批判を受けると秘書はあこがれのイタリア勤務に栄転させた。

ここには、良心の「カケ」らもない。

 

稀代の悪人には稀世出の悪人が集う。

良心を持たない人は検事に限らず公職にあってはならない。

 


ウソはしきりと絶叫する 67

2020年05月20日 | 韓国

<前回のつづき>

ナポレオンはクーデターで政権を握り自ら皇帝になったのであるがフランス国民たちは彼を本物の革命の守護者であるとあがめてやまなかったのであるし国民投票を通して絶対多数がナポレオンの皇帝主義に賛成した。

ナポレオンもまたこのようなフランス国民の期待に応え征服戦争を通じ全ヨーロッパに革命を広げ、そのことに一生をささげた。征服戦争がどうだとか正当であるとか言えないがナポレオンやジンギスカンの征服戦争はヘーゲルが表現したように生きた世界精神の活動であって、これらの征服戦争によって人類の歴史は一段階高い段階に前進することができたのである。

したがって。我々は侵略と征服の歴史を見るときある民族が相手の民族を侵略することは悪であるという単純な視点から抜け出し、果たして征服の内容がいかなるものであるのかというところに注目する必要がある。

民族という概念自体は発明されて200年にしかならないイデオロギーにすぎないし現代社会において次第に廃れつつある旧時代の遺物である。だから民族単位の自主的存立がまっとうなことであるという論理も最近はやっている民族国家の自己合理化であるのみであり、それは歴史を評価するときの基準たりえないものなのだ。

 

このような視点から見ると19世紀末ヨーロッパ人の植民地征服においては正当性を見出しにくいが日本のアジア進出には明らかに世界精神の自己具現という側面が存在していたといえる。

革命を通じて非ヨーロッパ地域で最初に近代的な社会制度を構築し自律的にブルジョワ革命を完成させた日本の明治維新はまさに奇跡のようなことだった。その後の日本の東アジア進出は西洋帝国主義の侵略戦争とは違い搾取と収奪が目的であったのではなく革命と近代精神を広めようという意図が前提となっていたのであり、このような点から(日本は)十分に正当性を持つことができるのである。

日本帝国は朝鮮と台湾で民衆を押さえつけていた古い体制を清算して近代的な法の統治を具現化することでその結果日本統治地域の住民たちは文明の洗礼を受けより人間的な生活を享受することができた。

 

最近、日本とシンガポールとの間で自由貿易協定が締結されたというニュースが入ってきて、日本総理は<拡大東アジア共栄圏>を打ち出したというニュースも来た。この二つとも、大ニュースである。まさに東アジアに協力と共存の新しい時代が開きつつあることを示唆するニュースだと言える。

同じとき韓国では世界的なソプラノ歌手の美しい声と素敵な映像に彩られた明成皇后ミュージックビデオが火が付いたように売れていた。極右ショービニズムの狂風策動はつまるところ韓国という国をアジアの孤児国家にするものであり、いつかはだれも思い出したくない恥ずかしい過去となって痛ましい歴史の傷になるであろう。

この本によって(国民が)目を覚ます日の一日でも早く来ることを望んでやまない。

 

2002年 2月 大韓民国 首都 ソウルで

 

 

<次回用メモ>[1-2] 상처뿐인 해방-일본의 패전과 한국 p39 ≫

      ( )は訳者からけんがつけました。日本語部分は

       転載自由  

 


好きに理由はないんだよ

2020年05月10日 | 趣味

趣味人にとっては、垂涎のとか、幻のとか、究極のとか、…とにかくその趣味の世界の中でも逸品というものが存在する。その趣味人、通常の反論のたぐいは聞き飽きてまともにとりあおうとはしない。

「どうせおまいらには分からんよ。」

どうしてこんな古臭いもの、実用にならないもの、大きくて重たくてダサくて…、とにかく信じられない、どこがいいのか、しかも気絶しそうな価格。しかもそんなガラクタ、一個二個なら我慢してやるが、どうして何個も買いあさるんだ。…と、とくに女房達には信じられないことのようだ。

「そんな言うなよ。これはコールマンのビンテージモノなんだ。」

「だから一個あればいいでしょ。とにかく部屋の中で火を扱わないで。ガソリンの臭いがいつまでも残るから。」

 

好きに理由はないと言いつつも、人の楽しみに対し無理解な発言が続くとつい、うんちくを語りたくなる。

それがまた女房にはイラっと来るのだ。

「じゃあ鏡台の化粧品の山は何だ。」と反論したくなるが言わない。我慢。

 

なぜ我慢して、罵詈雑言に耐えるのか。なぜ我慢? 反論しても勝ち目はないから。

 

ランタン大好きの本人も本当のところはよくわからない。「とにかく素敵じゃないか。この明かりの色を、揺らぎを、音を、聞けよ。」なあんてこと、言っても相手に通じるはずはない。

じゃなぜLEDじゃあだめなのか、電池じゃダメなの、と反論されても

「せいぜい譲歩してもLPGだな。」これも言ったらおしまい。じっと心でつぶやく。

 

ぼくは、このごろ一人キャンプに凝りだしてコールマン、スベア、ホエブス、ラジュース、プリムス…のコレクターの気分がわかりだした。

ぼくも我慢の子でいなければならない。

カネをためてGSを買ったとき、190Eに乗ったとき、4万の月給で18万のF2を買いシャッターを押したとき、人生を登っている実感がした。そしてぼくのGSは、F2は、確実にぼくを上品なやさしさで包んでくれた。

そんな仲間を集めないわけにはいかないだろ。

 

 

 


非難しやすいものを非難する

2020年05月02日 | 思想

なにが自粛だ。どこが自粛だ。満員電車。どうやって2メートル開けろというのか。観光地の渋滞。濃厚接触のないデリヘルはどんな技を使うのか。JKのエンコーは放置する。・・・

一方で、自宅勤務、保育園閉園で家庭内濃厚接触は増している。すると、仕方がないじゃないか、とか、じゃあどうすればいいのかというあほな反論が来る。

ただでさえ収入が減ってカリカリしているときに、能天気にパチンコに殺到する低能を見るとイラっとする人たちは特に絶叫しだす。

 

ちょっとちぐはぐで退化した人間が目に付く。

危機感のないアホが大挙してサーフィンをすることやそこらの河原にキャンプと称してウイルス培養することをこのときとばかり非難しつつ、自宅勤務のうえ学校閉鎖で家庭が過密になる、またはあいかわらずの満員通勤は仕方がないといって見逃す。そうやって感情のままに。怒ったり思考停止したりするとトゲトゲウイルスが満面の笑みをたたえる。

おまいらの狭い濃厚接触部屋はパチンコ屋どころじゃないだろ。

 

 

結論

ぼくらは客観性をなくしてないか。自分の都合で非難したり自己中心になったり、DOUBLE STANDARD。いやいや、ダブルどころではない。その場その場の条件反射で生きていないか。

情報の受け手が能天気である以上、テレビだろうがネットだろうがYOU TUBEだろがすべて「ウケ」狙いの情報があふれてくる。

 

仕方がない。保育園がやってないもん、会社いけないもん、電車混むもん・・・すべて仕方がない時にはウイルスも見逃してくれるんだな。

 

いつから仕方がなくなったんだ。すべて100年前にはなかったことだ。だから発想を変えたとき、または政治意識を変えたとき、道は開けるはずだ。

 

 

おまけ

政府は今日、せめて育児休暇は半分は取りましょうといった。あわれだ。休暇は全部取って当たり前だ。

共稼ぎしないと生きていけない世の中は、仕方がないものではない。日本人が選挙で共稼ぎという仕事中毒社会を選択したからこうなったんだ。

SWEDENの育児休暇は415日ある。産前産後の休暇は別にある。幼稚園に通うまでしっかり家庭で子供を育てる。その間の給料は100%政府が保証する。学校病院タダ。タダ。

SWEDENでは、子供の教育をおろそかにしてまで会社に尽くすことは非常識なのだ。

日本では「仕方がない」という常識だな。教養がないから学校任せ、保育所任せにしようとする。

 

おまけの結論

子供の面倒を見てくれないんですか、とはいかに狂った発言か。ただ、選択の余地なく窮地に立たされた母親に責任はない。こんな流行病で社会が崩壊しようとするシステムにしたのが間違っていたのだ。

世界はいかに自転車操業だったのか。欲望の資本主義の化けの皮がはがれてきた。

かつて子供はお母さんが、おばあちゃんが、…育てた。政治を人任せにするから一部の者があぶく銭をつかむ社会システムになった。あおりで貧乏人は共稼ぎ。

自分の子供ぐらい自分で育てろ。

 

コロナと同じだ。コロナが去るまではコロナ対策に集中しろ。

子育てが終わるまでは子育てに集中しろ。自己実現だなんだとカッコつけて自分のやりたいこと、欲望を正当化するのは親として恥ずかしくないか。ろくな子は育たない。