花耀亭日記

何でもありの気まぐれ日記

カラヴァッジョ《キリストの笞打ち》ドンナレジーナ(ナポリ)で特別展示。

2024-03-01 14:40:32 | 展覧会

ボローニャのFさんから展覧会情報を頂いた(Grazie!!>Fさん)

ルーヴル美術館に貸与されていたカラヴァッジョ《キリストの笞打ち》がナポリに戻ってきた。しかし、今回展示されるのはカポディモンテ美術館ではなく、ドンナレジーナ教区博物館(ドンナレジーナ・ヴェッキア)なので、ナポリに観に行く方は要注意だ。(ピオ・モンテ・ミゼリコルディアの近くでもある)

https://www.youtube.com/watch?v=kJbSBDY8rcQ

・会期:2024 年 2 月 28 日(水)~ 年5 月 31 日(金)

・会場:ドンナレジーナ教区博物館(Complesso Monumentale Donnaregina - Museo Diocesano Napoli)

カラヴァッジョ《キリストの笞打ち》(1607-08年)カポディモンテ美術館

《キリストの笞打ち》は元々サン・ドメニコ・マッジョーレ教会のフランキス礼拝堂のために描かれた祭壇画であり、1980年以降はカポディモンテ美術館に所蔵されるようになった。

カポディモンテ美術館では暗い特別室に照明効果を加えた展示をしているが、今回のドンナレジーナでの展示は(動画を見る限り)細部まで観察するのに適しているように思える。



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6 コメント

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ルネサンスのライヴァルたち そしてパラゴーネ(2) (むろさん)
2024-07-08 01:32:36
なお、ついでながら最近私はルネサンス・バロック美術や平安・鎌倉時代の彫刻を考える時の視点として、宗派対立がキーワードの一つと思っています。バロック美術の成立自体そもそもプロテスタントに対抗するためのものですが、もう少し細かい話でも、例えばボッティチェリに大きな精神的影響を与えたサヴォナローラの処刑は、フランチェスコ派からドメニコ派に対して出された火の試練に端を発しているし、フィリッピーノ・リッピのローマSMソプラ・ミネルヴァにあるカラファ礼拝堂フレスコ画と、同じローマ・アラチェリ教会のピントリッキオ作ブファリーニ礼拝堂フレスコ画について、この両派による対立関係を軸に考察した荒木文香氏の一連の論考もあります。日本彫刻史でも快慶・行快に近い作品で署名のないものの多くが法然の浄土教関連である(旧仏教への配慮から署名をしなかったか)、京都大報恩寺の創建(及び本尊が清凉寺式でないこと)は比叡山側から南都仏教側への対抗措置である、三井寺関係の彫刻は比叡山による焼き討ち対策を考えると理解できる(聖護院智証大師像の存在など)等、この視点に立つことによって見えてきたこともたくさんあります。呪詛などの精神的なこと、パラゴーネ、宗派対立など、ある程度時代を超えて行われてきたことを通して、個別の作品について詳しく知るだけでは見えてこなかったことが、作家や時代を超えて見えてきたと思っています。

なお、上記荒木文香氏の論文(美術史173号2012年)ではフランチェスコ派とドメニコ派の対立による考察の次の段階の論文の課題として、システィーナ礼拝堂壁画でのボッティチェリとペルジーノの競作が、その完成直後の時点でのピントリッキオ対フィリッピーノ・リッピというウンブリア派対フィレンツェ派の競合という形になって現れたことへの考察が必要としています。ここでもライヴァル関係を軸に考えることが重視されていることになります。

ローナ・ゴッフェンの「ルネサンスのライヴァルたち」とベッチュマン&ヴェディゲンの「ベネデット・ヴァルキ―パラゴーネ 諸学芸の位階論争」の2冊はこの1年ぐらいの間に読んだ本では分厚く、難解なものでしたが、ルネサンス・バロック美術を理解するには、この2つの概念は大変重要であり、今後も必要の都度関係個所を参照していく必要があると感じています。

別項目のコメント返信で書かれた
<ティツィアーノもミケランジェロの影響をなにかしら受けているような気もします
のことですが、「ルネサンスのライヴァルたち」ではレオナルド、ラファエロと並んでティツィアーノもミケランジェロの敵対者たちの項目に取り上げられ、100ページに亘って考察されています。レオナルドがフランスへ行き舞台から降りてしまい、ラファエロは早死にしたということで、残る最大のライヴァルはティツィアーノ一人。そして、ティツィアーノはヴェネツィアに住んだままで海外の王侯貴族から多くの注文を受け、形態のフィレンツェ派に対する色彩のヴェネツィア派ということで、ミケランジェロも相当意識せざるを得なかったのでしょう。しかもミケランジェロが男性的な女性像しか彫れない、描けないのに対して、ティツィアーノはミケランジェロの構図を(左右反転など狡猾な方法で)利用しながら、魅力的な女性像を次々と描いていった―ミケランジェロとヴァザーリがローマに来ていたティツィアーノの工房に行って、ダナエなどの絵を見た後の感想の言葉が残っていますが、ライヴァル意識は相当なものですね。これ以上は「ルネサンスのライヴァルたち」をお読みください。

長くなりましたので、カラヴァッジョの勝ち誇るアモルやキリストの埋葬に関連したジュスティニアーニ、シピオーネ・ボルゲーゼとの関係などは別の機会にします。ラファエロのキリストの埋葬を無理やりローマに持ってきた張本人(パウルス5世)との関係とかベルニーニとの関わりなど、カラヴァッジョにも関わることであり、もう少し詳しく調べてみます。
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ルネサンスのライヴァルたち そしてパラゴーネ(1) (むろさん)
2024-07-08 01:30:31
まず、情報収集の件ですが、興味のある分野に特化してネット情報その他にいろいろとアンテナを張っていますが、日本美術(主に彫刻史)と西洋美術の両方をやっていることが、結果として役に立っているのかもしれません(美術展ナビなど)。今回の西美渡辺氏の論考も東博資料館に日本彫刻史関係の論文等を調べに行った時に、博物館美術館出版物の相互寄贈により西美の研究紀要が置いてあったので知ったものです(ネットにも出ていたので東博でコピーしないで済みました)。東博や東文研の資料室には日本美術の資料を探しに時々行きますが、西洋美術関係の資料もあり結構穴場です。東文研は昔矢代幸雄が所長だったので、ボッティチェリ関係の古い写真資料もたくさん保存されているかもしれません。今度行ったら確認しようと思います(先日放送されたNHK Eテレの番組「ザ・バックヤード 知の迷宮の裏側探訪 東京文化財研究所」を見て古い写真乾板や写真資料の保存状況が紹介されていたので思いつきました)。
そちらのイタリア情報については、ボローニャのFさんからのものが多いのなら、私もFさんに感謝しなくてはいけないですね。

<Rona Goffen「Renaissance Rivals」初版(ハードカバー)は2002年でペーパーバック版が2004年なので、渡辺氏は後者を指しているのではないか
なるほど、そうかもしれません。ただ、通常は内容が改訂されていない限り、引用としては初版を取り上げるはずです。Rona Goffen女史は2004年に60歳で病死されているそうなので、多分改訂版は出していないはずです。渡辺氏は西美の図書室など手近な所にたまたま2004年のペーパーバック版があったか何かでこれを引用したのかもしれませんね。
なお、日本語訳がある場合にこれを取り上げていないのは不親切ではないかと書きましたが、西洋美術史関係の論文で同様の事例が他にもありました。この後に取り上げる九州大学荒木文香氏のフィリッピーノ・リッピ作カラファ礼拝堂関係の論文(地中海学研究33号2010年)で、Gualazzi著1982年発行のサヴォナローラの伝記を注に引用していますが、1987年中央公論社発行の日本語訳があることを書いていません。論文の引用文献でこのようなことはよくあるのかもしれませんが、日本語訳がある場合にきちんとそれを記載している著者がいることも確かであり、私のように日本語訳を活用したいと思っている一般読者のためにも、できるだけ紹介してほしいと思います。

>ベルニーニ作プロセルピナ
石鍋氏の「ベルニーニ」(吉川弘文館1985)を確認したところ、「絵画的表現を彫刻によって達成しようとした大胆な試み」「大理石をロウのように扱う困難さを克服してきた自負」により、「プロセルピナの略奪には絵画と彫刻とを結びつけようとする発想と、大理石をロウのように意のままに刻もうとする意志がはっきりと認められる」とありました(P26~27)。パラゴーネという言葉は出てきませんが、ベルニーニの「絵画表現を超えようという意思」は明確であり、さらに彫刻家としての対抗意識として、P27には「ミケランジェロの彫刻・絵画は解剖学的に美しくりっぱなだけで、肉体を表現する才能を持っていない。(自分にはそれを表現できる技巧がある)」というベルニーニの言葉が引用されています。

また、ローナ・ゴッフェンの「ルネサンスのライヴァルたち」訳者あとがきには、「ライヴァルリーという視座は比較論(パラゴーネ)と表裏一体をなすもの」とあります。今回、渡辺氏の論考をきっかけに、ルネサンスからバロックにかけての美術作品の本質を理解するには、ライヴァル関係とパラゴーネのことを知ることが重要であると再認識したのですが、ライヴァル関係は現代人にもよく理解できるのに対し、パラゴーネはかなり現代の意識とズレた感覚と思っていました。絵と彫刻はどちらの方が上か、絵と詩はどちらの方が優れた芸術なのかなど、現代人には全く馬鹿げた論争のように見えますが、これが当時の人の意識であり、作家も注文者も収集家も皆この考えに大きく左右されていた、ということです。私はかねてより昔の美術作品や歴史を理解するには、当時の人の精神的な背景を知ることが大事と思ってきました。平安・鎌倉時代の記録には(さらに大河ドラマ鎌倉殿の13人や光る君へなどにも)呪詛や物忌み、方違えといったことがよく出てきます。我々にとっては迷信でも当時の人はこれに従って生きていた、そして美術作品として今に伝えられてきた物も、当時はこういう精神的世界の中で作られたものです。ミケランジェロやカラヴァッジョの作品もその背景としてパラゴーネという考え方が存在していることを前提として考えると、よく見えてくると思っています。(続く)
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むろさんさん (花耀亭)
2024-07-04 02:27:26
拙ブログにいつも貴重な情報を頂き、本当に感謝しております!!むろさんさんの情報収集力にはいつも瞠目しております🌟
で、恥ずかしながら、実はカピトリーノのリッピ親子展もボローニャのFさん情報からなのですよ(汗)(Grazie!>Fさん)
頂いた情報がむろさんさんのお役に立てて私も嬉しいです(^^ゞ

で、Rona Goffen「Renaissance Rivals」ですが、初版(ハードカバー)は2002年で、ペーパーバック版が2004年なので、多分、渡辺氏は後者を指しているのではないかと思われます。ちなみに、私は語学弱者なのでもっぱら邦訳版派です(^^;

>ベルニーニ作プロセルピナの掠奪
なるほど、むろさんさんのおっしゃるように「ベルニーニはパラゴーネの観点から絵画以上のことを彫刻でも出来ることを示したくて」かもしれませんね。
そして、ベルニーニはカラヴァッジョ作品を見ているはずです。ボルゲーゼ所蔵はもちろん、多分ジュスティニアーニ所蔵作品も。ジュスティニアーニは古代彫刻コレクションも持っていましたから、ついでに《勝ち誇るアモル》も見ていると私も思います。あ、この辺は石鍋先生のご専門ですよね😉
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展覧会情報に感謝 (むろさん)
2024-07-03 00:30:36
カピトリーノ美術館でのフィリッポ・リッピとフィリッピーノの展覧会の情報ありがとうございます。
ご紹介のサイトでの記事や掲載写真を見ると、素描は別として、板絵では日本に来たことがある作品が多いように感じます。来日していないものでは、父フィリッポの絵でミラノ・スフォルッツァ城美術館のトリブルツィオの聖母とトリノ・アカデミア・アルベルティーナの四大教会博士(2年前のMet展で来日した玉座の聖母の両翼)がありますが、私が見ていないのはこのアルベルティーナの2枚の絵だけです(Metの聖母子とは背景の建築表現が一致するので、一具の作品と分かりますが、元々どこにあったものかは不明です)。美術館が外部に貸し出す絵というのはどうしても小さいものとか保存状態が良いものになるので、同じ絵が多くなるというのは仕方がないことかもしれません。トリノのアカデミア・アルベルティーナというのはどのような美術館なのか調べたことはありませんが、将来サバウダ美術館へ行きフィリッピーノのトビアスと大天使の絵を見たいと思っているので、この四大教会博士の両翼もその時までのお楽しみとしておきます。

今回たまたま知ることができたカラヴァッジョ作キリストの埋葬来日の情報を投稿しましたが、私はかねてよりカラヴァッジョ関係の来日情報とかテレビ番組情報については、情報を知ったら速やかにこちらの掲示板に投稿するように心掛けています。特にテレビ番組情報は放送を見逃してしまうことがないように注意しています。(これは美術関係では他の分野でも同じで、日本の仏像彫刻では別の愛好者関係の掲示板にすぐに投稿するようにしています。)
こういう情報はそれを知ってもらいたい人、価値の分る人にお伝えすることが何より大切ですから、今後も注意していきたいと思います。そういった意味では今回教えていただいたフィリッポ・リッピ、フィリッピーノ・リッピの展覧会の情報はありがたいと思っています。海外のこういう情報を知らせてもらえる知り合いはあまりいませんので、今後もよろしくお願いします。

次に渡辺晋輔氏の論文についてですが、この中で気になったのはP12の注釈16(本文P10)に書かれたRona Goffenの「ルネサンスのライヴァルたち」の引用の仕方です。渡辺氏がこれを書いたのは2021年国立新美術館で開催予定のカラヴァッジョ《キリストの埋葬》展」カタログのためとのことですが、注16には英文の原書のことしか書いていなくて、2019年に出た日本語訳(塚本博訳、三元社)のことには触れていません。注16には原書のP211とありますが、邦訳版で確認したら該当部分はラファエロの項目のP262にありました(渡辺氏の本文はかなり省略された引用です)。
私は原書の引用で邦訳版があるものはできるだけ邦訳版を確認しようと心掛けています。それによって理解が深まったり、関連分野のことを知る手掛かりにもなるためです。渡辺氏も当然2019年に出た邦訳版のことは知っていると思いますが、注16に書かないのは不親切だという気がしました。なお、邦訳版では原書が出たのは2002年となっていますが、渡辺氏の注16で2004年となっているのも何故か分りません。
美術書の邦訳では、例えばミラード・ミースのペスト後のイタリア絵画の翻訳について、石鍋氏は「この本には誤訳が多いので注意が必要」と書かれています。また、私が気づいた例では、ボッティチェリ没後の負債に関する相続放棄の件で、相続人である長兄の息子を姪と訳している例がありました。美術史の専門家でもこのような誤りがあるので、日本語訳のある本を全て信用することはできないと思いますが、素人が趣味で読んでいるのですから、日本語訳がある場合は活用したいと思っています。

渡辺氏の論文の内容についてですが、これを読んでカラヴァッジョのことを理解するには、ルネサンス以降の絵画・彫刻の流れや時代背景が重要ということを再確認しました。ローナ・ゴッフェンの本ではレオナルド、ミケランジェロ、ラファエロやティツィアーノ、セバスティアーノ・デル・ピオンボ、チェリーニ、バンディネッリ、ヴァザーリまでの影響関係やライヴァル関係について述べられていますが、これらがカラヴァッジョにまで影響を及ぼしていること、そして、そこには絵画・彫刻の優劣論争(パラゴーネ)も絡んでいるということもよく見えてきました。

ミケランジェロが彫刻家であることに拘り、油彩は女子供や暇人がやることと言ったことも、カラヴァッジョがメデューサの楯で彫刻には出来ないことを表現しようとしたこともこの観点から考えると理解できるし、これに関して最近思ったことでカラヴァッジョとベルニーニの肉体表現のことがあります。カラヴァッジョの勝ち誇るアモルと隣に飾られているバリオーネの聖愛と俗愛の表現・技術を比較し、勝ち誇るアモルの肌の描き方の素晴らしさを実感しましたが、ベルニーニ作プロセルピナの掠奪で、プロセルピナの腰に食い込むプルートの指とプロセルピナの肉の表現について、大理石で何故このような肉体の柔らかさが表現できるのかと思ってしまいます。ベルニーニはパラゴーネの観点から絵画以上のことを彫刻でも出来ることを示したくてこの像を作ったのではないかという気がします。プロセルピナの注文主はシピオーネ・ボルゲーゼなので、カラヴァッジョより27歳若いベルニーニもカラヴァッジョの絵はたくさん見ていたと思います(教会の他、シピオーネのコレクションも)。勝ち誇るアモル(または同様の肉体表現の作品)をベルニーニも見ていたのでは?
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むろさんさん (花耀亭)
2024-07-02 00:31:28
貴重な情報をありがとうございました!!
2021年の展覧会中止のリベンジ(?)になりそうですね。もし他にもヴァチカンから美術品が展示されたら本当に嬉しいです。でも、万博のパビリオンだと入場するまでも大変そうで、ゆっくりと鑑賞できる環境になるのか心配です(^^;

で、渡辺氏の論考もありがとうございました!!2021年の展覧会用だったのですねぇ。興味深く読みながら勉強させていただきました。私的になんだか、《キリストの埋葬》のニコデモはやはりミケランジェロかもしれない、との思いも強くなってしまいましたですが(^^ゞ

ちなみに、蛇足ですが...既にご存じかもしれませんが、カピトリーノ美術館で「Filippo e Filippino Lippi. Ingegno e bizzarrie nell'arte del Rinascimento」(2024/05/15~08/25)が開催されているようですね。(↓ URLのjpをitに)

https://www.museicapitolini.org/jp/mostra-evento/di-padre-figlio-filippo-e-filippino-lippi-pittori-fiorentini-del-quattrocento

https://www.youtube.com/watch?v=lbMVwKk3ZKk&t=40s

フィレンツェではなくローマでの展覧会なので、内容的にどうなのでしょうね?
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キリストの埋葬 来ます! (むろさん)
2024-07-01 13:03:19
しばらく新しい記事がありませんが、お変わりありませんか。

さて、この記事のテーマとは無関係なのですが、カラヴァッジョの情報なのでここに投稿します。
コロナ禍で来日が中止となったバチカン絵画館のカラヴァッジョ作キリストの埋葬が来年開催の大阪・関西万博で来日します。(下記URL)
https://www.cbcj.catholic.jp/2024/05/10/29636/
他にどんな作品が来るのか、それによっては私も行くかもしれません。

また、このキリストの埋葬について、西美の渡辺氏が書いた論考があることを最近知りました。
国立西洋美術館研究紀要No. 27 (2023.3) カラヴァッジョの《キリストの埋葬》に見られる古典的性格 渡辺晋輔
既にご存じかもしれませんが、インターネットで読めるのでご覧ください。(下記URL)
https://nmwa.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=1695618753902
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